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◆◆◆ -- 2006年3月のお話 -- ◆◆◆

 

-- 060329--                    

 

         

                                    ■■ 甦る地獄 ■■

     
 
 
 
 
 『怨んでやる・・・・・お前達みんな・・・・死んでも・・怨んでやるっっ!!』
 
                             〜地獄少女・第二十五話・閻魔あいの言葉より〜
 
 
 
 
 
 
 
 鴉がひとこえ鳴いた。
 紅くてまん丸な空は大きな溜息をついている。
 ゆっくりと開いた瞼が重たくて、一生懸命目を開けようとして、そうしたら涙が止まらなくなって。
 悲しくて、悲しくて、ただ悲しいことが悔しくて、滅茶苦茶になってしまえと思って睨み付けた相手の瞳が
 恐怖に震えているのを見つけてしまう。
 怖いなら、私に構わないでよ。どうして私にいじわるするの。
 でもそれでも私がこの村の中に居るということは、変わらないことなのだものね。
 私は村に居たかったし、でもそれ以上に村以外に私の居場所は無かったから、だからほんとになんとか
 必死にみんなに怖がられないようにしてたのに、私がなにかすればするほどみんなは私を怖がった。
 
 『ごめんなさい・・・』
 
 体を丸めて身を守るように謝っても、そんな事はみんなにとってどうしようも無いことだった。
 謝ったって、私は居なくならないのだもの。
 私が謝るということは、それは私が此処に居させて欲しいと思うからで、だからそれがみんなにも伝わるから
 こそ、謝れば謝るほど私はいじめられていった。
 私は・・此処に居ちゃいけないんだ・・・・誰も・・・許してくれないの・・・・
 私は、この村から出ていきますと言ったときだけ、初めて此処に居ることを最後にちょっぴりだけ認められる
 の。
 認められ、そしてさっさと言葉通りに出ていってくれって、そういうこと。
 悲しくて、仕方が無かった。
 そして。
 なによりも、悔しかった。
 どうして私は此処に居てはいけないの?
 
 それは、私が物の怪だから。
 
 
 ◆◆
 
 私がどんなに私は物の怪なんかじゃないといっても、そんな言葉は誰にも通用しなかった。
 私が真実物の怪かどうかなんてことより、みんなが気味悪いと思っている事実、それが私を通して見える
 ことでそれはそういう事になってしまうの。
 とにかく私は物の怪なのだから、この村には居てはいけない、と。
 でも。
 仙太郎だけは違った。
 あいはあいだと言ってくれた。
 私がひとりで必死にみんなに受け入れて貰おうとして、そしていとも簡単に断られていじめられて、でも
 そうすると仙太郎はいつも私を庇ってくれて、いじめた奴らに仕返しをしてくれた。
 だから私はいじめられるといつも仙太郎の所に行った。
 行って、泣いて、散々悲しむ私の姿をみせつけてあげた。
 仙太郎の顔がみるみる紅くなっていくのを見つけて、私はいつも気が遠くなっていく。
 こんなこと・・やめればいいのに・・・
 仙太郎に仕返しして貰ったって、逆にどんどん私はみんなから受け入れられなくなっていくだけなのに・・
 私をいじめた奴らと喧嘩して仙太郎が怪我をするのが耐え難いほどに辛いのに、それでも私は仕返しに
 向かって村の中に走っていく仙太郎の背中をじっと見つめることをやめようとは思えなかった。
 私じゃ勝てないから仙太郎に行って貰う・・・・
 うん・・・私は・・・あいつらみんな大嫌いだった・・・・
 この村に居たいから・・それでも受け入れて貰おうと思って我慢し続けて・・・でもあいつらはそんな私の
 ことなんて全然見てくれないで、ただ物の怪だといって罵っていじめて・・・・
 やっちゃえ仙太郎! あんな奴ら!
 だっておかしいもん。
 私だってちゃんと村の人間なのに、ただ気に入らないからって物の怪だとか言って、村のためとかなんとか
 言ってそんなのあんた達の我が儘じゃないっ!
 だから私は悔しくて悲しくて、そうなるといつも仙太郎の所に走っていって、そして仙太郎の背中を見送っ
 て・・・・・仙太郎が怪我して・・・・・私のために・・・・・・私のせいで・・・・・・・
 
 『ごめんなさい・・・・』
 
 私が・・あんな奴らのいうことを気にするから、仙太郎に怪我させちゃったんだよね・・・
 私のことを護ってくれるって仙太郎が言ってくれるんだから、私はもう悔しがったりしちゃいけないんだよね。
 だって・・・私の居場所は・・・・仙太郎の隣にちゃんとあるんだもん。
 
 
 でも、私はそれでもこの村の中に居た。
 
 
 ◆◆◆
 
 山神様の生け贄に選ばれてしまった。
 私が物の怪だから厄介払いのために選んだなんて、見え透いてる。
 お父さんもお母さんもわかってた。
 村の馬鹿な大人が決めたことなんて、私達にはまるわかり。
 でもあいつらはだったらそれがどうした、という顔してふんぞり返っている。
 もう、悔しいとも思わなかった。
 私達が抗議したって、いくらでも理由を付けてなんだかんだで私を生け贄にしてしまう。
 生け贄って掟がある限り、私はこういう運命になるだろうってことは、ずっと前からわかってた。
 でも呆れるほどに、どうすることもできないの。
 村の奴らがどんなに馬鹿だろうと、この掟がある限り私はどうすることもできない。
 仙太郎は私を厄介払いするために生け贄にするんだろうと叫んだけど、あいつらはだったら代わりをつれ
 て来いといった。
 当たり前よ、仙太郎。そんなこと言っても無駄よ。
 私が嫌だと言っても、その代わりに可哀想な他の子が選ばれるだけなんだもの。
 内心はどうあれ、この場合はあいつらが誰を選んだってそれは不公平ということにはならないの。
 でも当然誰が見たってその選ばなければいけない誰かひとり、それを私にした理由は明白なんだけどね。
 馬鹿みたい。大人ってこんな馬鹿なのかしらね。
 でも馬鹿だろうとなんだろうと、どうしようも無いことだった。
 生け贄を村の娘の中からひとり選ぶ、それはつまり村のみんながひとりだけ殺したい奴を選んでもいいと、
 そういう事なのだもの。
 その掟そのものを否定しない限り、私は生け贄に真っ直ぐに選ばれていくだけ。
 そしてきっと、その掟を否定したりしたら、それこそ村人全員自身が山神様に代わって私を殺しに来るのよ
 ね。
 逃げ場は、無いわ。少なくともこの村の中にはね。
 お父さんとお母さんに抱きしめられて、それに疲れてふたりが私から手を離したときに感じた隙間風。
 それが私の肌を凛と立たせ、そしてその肌の内側はただ小さく震えるだけなのを必死に押さえ込んで、
 そうしてゆらゆらと囲炉裏の火のぬくもりを見つめていた。
 うん、わかってるわ・・・お父さん、お母さん。
 
 私達の覚悟は、今日このときに決まったものじゃない。
 もうずっと前から、私が物の怪として蔑まれている頃からいつかはこうなると覚悟していた。
 その覚悟を示すときが今日このとき目の前に訪れただけ。
 怖いものなどなにも無い、恐れるものもなにも無い。
 ただ深々と、深々と、雪だけが降っていた。
 悲しくも悔しくもなかった。
 やらなければ、死ぬだけ。
 お父さんとお母さんは、私は生かすために死んでくれると言った。
 此処が、私の正念場。
 すごいよね、正念場の実感なんて。
 ただいじめられていたのが、それがほんとに殺されちゃうときがくるなんてね。
 でも、それは怖いとか恐ろしいとか、そういうんじゃなくて、それはもうただ淡々と無感情に私がどうするか
 だけが求められていた瞬間だったし、また私もその求めに応じることしかできなかった。
 うん、ありがとう。お父さん、お母さん。
 私は、絶対死にたくない。こんな死に方絶対したくないよ!
 
 私は、生きるよ、仙太郎。
 
 私が掟を破って生き延びれば、きっと村には山神様の祟りがあるわ。
 お父さんもお母さんもその怖ろしさに震えながらも、それでも私を生かしたいと言ってくれた。
 私のせいで、この村の人の何人かは死ぬかも知れない。
 そう、私のせいで、私のために。
 許せないわよね、本当に。一体誰よ、こんな掟作ったのは。
 そして誰よ! こんな愚かなものを今も実行し続けてる奴らは!
 私は絶対に許せなかった。
 自分ひとりだけが死ねば他のみんなは助かるだから死ぬ、なんて平気で言う奴らのことが!!
 そうやって代々不幸な子達をひとりづつ殺していったのがお前達なんだっ!!!
 だから私は絶対死んでやらない。
 私が死ななかったから、山神様の怒りに触れて死人が出たのはだから私のせい?
 巫山戯ないで!!
 それは私のせいでは無くて、山神様のせいでしょう!!!
 私は・・・・私は・・・・・・
 ずっと・・・・ずっと・・・・・・怒り続けていたのかも知れない・・・・・
 目が眩むほどに怒り狂い、怨み募るままに泣いていたのかもしれないわ・・・・
 仙太郎・・・・見て・・・・見ていて・・・私の踊りを・・・
 生け贄の儀式で死者の行を演じる私が、山神への怒りをたたえてはっきりと生きているのを。
 そう・・私は生け贄。
 喰われて死ぬその瞬間まで、徹底的に生き抜いてやるわ!
 その方が活きが良くて山神様だって喜ぶでしょう。
 うん・・・・うん・・・・・仙太郎・・・・・・
 
 
 
 怖いよ・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
 お父さんとお母さんが仙太郎に助けを頼んだ。
 死なずにひっそりと山に隠れて生き延びる手筈の私の世話を頼むと。
 仙太郎は、躊躇っていた。
 そんな事をしたら村のみんなが、と言い澱む仙太郎を見て、私は伸ばしかけた手を引き戻した。
 うん・・仙太郎まで・・・巻き込んじゃいけないよね・・・・・・
 これは私の戦いなんだもん。
 私はお父さんとお母さんの力が無くちゃ生きられないけど、でもだからお父さんとお母さんの手を借りて
 生きようと思っていた。
 お父さんとお母さんが私を生み育て、そして守ってくれる、それが私の求めていた幸せだった。
 仙太郎まで欲しがるのは、贅沢だった。
 でも。
 仙太郎・・・・・私のね・・・手ね・・・・・・・震えてるの・・・・・ほら・・・・こんなに冷たくなって・・・・
 私が生きるってことは、それって当然のことで・・・・だから・・・・それなのに仙太郎を捨てるのは・・・・・
 そう・・おかしいと思ったの。
 そして・・・・ああ・・・・・こっちが本当の正念場なんだって・・・・思ったのよ。
 気付いたら私は、仙太郎の袖に縋っていた。
 仙太郎に助けを乞う目を向けて、全力で仙太郎を求めていた。
 なんで私が仙太郎と離れなくちゃいけないの、なんで仙太郎を諦めなくちゃいけないの!
 仙太郎は、私を守るって言ってくれた。
 でもその言葉だけで私を守れるとは思わない。
 それに見合う覚悟を、仙太郎が持って初めてそれは力を持つ言葉になるんだと思う。
 そう・・・・・・そう・・・・・・・・だから私・・・・・・
 
 『仙太郎・・・・・・・・・・・』
 
 仙太郎に私を助けさせることができるのは、私だけだと強く思ったのよ。
 私が素直に、そして心の底から本当に助けを求めない限り、仙太郎の助力はただ虚しい犠牲にしかな
 らないって。
 仙太郎に無茶をさせない、仙太郎に怪我をさせない、そう思っている限り私は決して助けては貰えない。
 私は仙太郎に助けて貰うのか貰わないのかと問い、そして助けて貰うと答えた時点で私は絶対に仙太
 郎に助けて貰わなければいけないの。
 村に背を向けた仙太郎のその背中が、なによりも・・・なによりも・・・・愛しかった・・・・・・
 ありがとう・・・・仙太郎・・・・・ありがとう・・・・・・・
 感謝するしかないよ・・・・・・・そして・・・ほんとうに・・・ほんとうに・・・・・・ありがとう・・・・・
 だから・・・・ごめんねは・・・・・・絶対もう・・・・言わないから・・・・・・
 
 
 ◆◆◆
 
 6年が経った。
 私の背丈はだいぶ伸び、それを追うようにして黒いこの髪もまっすぐに伸びていった。
 こんなにも長い間山の中に居るというのに、私はまるで辛くは無かった。
 村の中から追い出されて、まるで人の気配を感じることが無い月光に照らされて、その静寂がどこまでも
 あてどなく続くのがなによりも嬉しいこととして、私の前には永遠に続いていた。
 嬉しい・・・・
 生きていることの喜びが私の体を育み、その体の座す闇の中から見上げた光は果てしなく明るく、そして
 その光の元に続く闇は底知れぬほどに穏やかだった。
 『月が・・・・綺麗・・・・・』
 時々訪れてくれる仙太郎との逢瀬が、その月をより鮮やかに染め抜いていった。
 からからと、それは軽快な笑い声を漏らして私達を見守っていてくれた。
 月夜の元に照らされる、秘匿されるべき私の生が躍動している。
 ゆっくりと弧を描いて佇む月の影がただ鬱蒼と照り輝く水面を守っていてくれた。
 密やかな楽園。
 狭く静かに切り取られた空間に閉じ込められながらも、その中に封じられて確かに在る私の今を感じて
 いた。
 穏やかに、どこまでも、いつまでも、続くと信じて。
 
 『ずっと・・・・このままならいいのに・・・・』
 
 いつの頃からか、私はもう村に戻りたいとは思わなくなった。
 私がただ私の誇りに思う私の生の赴くままに、その真摯な思いのままに過ごせるのなら、それならそれは
 どんな場所ででも良かった。
 なにもあの村に拘る必要は無かったのだと、ようやく気付いたのよ。
 仙太郎が私に隠れるようにしてこっそりと一緒に村を出ようかと言っているのを聴いて、私はとても幸せだ
 った。
 ううん、いいのよ仙太郎。そう言ってくれるだけで、私はどこで生きててもそれでもう充分よ。
 私の顔に漂う、幸福の絶頂で踊る微笑みを仙太郎に魅せようと・・・・・振り返って・・・・・
 
 
 其処に、醜い村人達を見つけてしまった。
 
 
 ◆◆◆◆
 
 6年経ってもまだ、この者達は愚かだった。
 私を悪意に満ちた目で見つめていた。
 汚らわしい。
 私が死なない事でどれだけ村の者が山神様の怒りを被っているのかを知っているのか、などと言う。
 怒りで目が眩んだ。
 あんた達が生きたいがために私を殺そうってだけの話じゃないの! 自分勝手もいい加減にしてよっ!!
 あんた達が怒れば怒るほど、私の中にもそれと全く同じ怒りがこみ上げてくるのがわからないのっ!!
 私はあんた達になんか絶対殺されないんだから!!!
 仙太郎の言うとおり、私達は村から出れば良かったのかもしれない。
 村人と私は自分が死ぬか相手が死ぬか、ただもうそれだけだったのだから。
 あいつらの怒りを消すことなんて、私にはできない。
 だから私は、逃げるしか無かった。
 戦う力なんて私になんて無かったのだもの。
 でもだからといってやすやすと殺されてやるほど、私は馬鹿じゃないの。
 だから、逃げた。必死に逃げた。
 きっと、あいつらの怒りをさらに燃え上がらせるような背中を、見せて。
 どうしようも無く、捕まった。
 仙太郎だけじゃ私を守ることなどできなかった。
 ごめんね、仙太郎・・・・・・・・・逃げ切れなくて・・・・・・
 悔しいよ・・・・悲しいよ・・・・私達の幸せを守りきれなくて・・・・・・・
 それでも・・・私は・・・・叫ぶことを・・・やめられなかった・・・・
 『助けて・・・・・・・仙太郎っ!! せんたろっ』
 
 
 生け贄の儀式を執り行う舞台に6年振りに再会したお父さんとお母さんと一緒に並べられた。
 そして鍬で無造作に一打ちされて、私達は虚しく地面に転がった。
 気付いたら、私は穴の中だった。
 泣いて泣いて泣き尽くす、その精魂枯れ果てる手前で打ち殺されて、それなのにまだ死んでなくて。
 私に、まだ泣けっていうの?
 穴の上から仙太郎の声がする。
 仙太郎・・・・・・仙太郎・・・・・・・
 仙太郎の涙が頬に落ちた感触。
 仙太郎、仙太郎、仙太郎!!!
 仙太郎が穴に土を投げ入れた。
 重い・・・・・・私の命が・・・ひとつずつ私に返ってくるみたい・・・・・
 その愛しい土塊の感触を頼りに、私は力を振り絞ってあらん限り泣き叫んだ。
 
 『仙太郎っっっっ!!!!』
 
 ずれた目隠しから覗いた仙太郎は、すっかり村人に囲まれていた。
 嗚呼・・・・もう・・・・・駄目なのね・・・・・・
 村人達の欲望満ちる声に染められて、もう仙太郎はどうすることもできなくなっていた。
 私を生かしておいたから匿っていたから、村は災厄に襲われた、だからその村を守るためにも私を・・・
 ごめんね仙太郎・・・・今までごめんね・・・・・そして・・・・・ありがとう・・・・・
 だから・・・・
 仙太郎が・・・・・私は・・・・・・・・私は・・・・・・・・・それでも私は・・・・・
 ううん・・・ううん・・・・・だから・・・・・だから私は・・・・・・・・
 
 
 あなただけは・・・・・あなただけは・・・・・・・・
 
 
 
 
 『私を守るって・・信じてたのに・・・・・・・・・・・・・・・・信じてたのに』
 
 
 
 
 仙太郎・・
 
 
 
 
 ++++
 
 ぞくり。
 
 這い出せ。
 たちあがれ。
 歩け。
 燃やせ。
 嗤え。
 うたえ。
 
 すべてを殺す。
 すべての中に囚われたものを壊す。
 消えろ。
 
 
 許さない。
 私を殺したものどもを。
 そして。
 私を殺したものどもを許さない私を、もう二度と殺させない。
 
 
 やがて再び開くその瞳に、力を、込めて。
 
 生きたい。
 
 
 
 
                               ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 

 

-- 060327--                    

 

         

                             ■■ 蟲の宴 〜生&笑〜 ■■

     
 
 
 
 
 そう、蟲師というアニメがあるんだけど。
 なんていうのかな、こうひどく心に染み入るとか感動するとか、そういうんじゃなくて、あったとしてもそれは
 結果として気付いたら心に染み入ってたりとか感動してるとか、そういう状態になっている訳で、実際それ
 見た瞬間というのは、ほんとうにもうどうしたらいいんだよコレ、という反応に満ちてしまってるんだよね。
 すごいすごいと連呼して、そしてただもう懸命になってその目の前に広がっているモノに視線と、そして持て
 る感覚を総動員してそれを理解というか感得するというか、なにかもう心の底から貪欲になれるような、
 そういった大変なものをこのアニメは示してくれたんです。
 すごい。
 私はぶっちゃけ結局のところこのアニメを見てて、そうとしか言えなかったような気がするんですよね。
 くあーなにこれなんだこれなんなんだよ一体、とそうやって慌てふためく自分を必死に落ち着かせて、そうし
 てなんとかそれと向き会い続けただけ、というか。
 
 なんていうかね、蟲っていうなにか生命の根元みたいなものが出てくるんですけどね、それを見たときに
 私はおっこの「蟲」って奴をどう解釈していくかって事にこのアニメとの付き合いが築かれていくのかな、とか
 まぁそういうお手軽に構えてたりしてね、そして気付けばもうそんな事言ってた自分を泣かしてやりたいという
 ような切実で限界でお前馬鹿だろほんとと罵りしりたくなるようなね、本当にそれだけじゃ済まないほどに、
 そしてそれこそ本当に感動するほどに嬉しいほどにこの目の前に広がっていたアニメは深くて遠くてね。
 蟲ってものをなにかの象徴として捉える、それはそれでいいのだけれど、でもではその象徴したものという
 ものを拾い上げて感想に書いたとしても、それってきっとどうしようも無く自分ひとりだけあの蟲師の世界
 から飛び出しちゃってるような感じがするだけなんですよね。
 蟲師はもうわかったからって言ってひとり早引けしてきてさ、そしてなんだか知らないちんちくりんな「蟲」と
 いうものについての説明を書いてさ、どうだ!とか威張って振り返ったらもうそこにはとっくに蟲師というアニメ
 は居なくなっちゃってる、という感じでさ。
 すっごい、ほんとすっごい悲しくなっちゃってさ。
 なんで私ってこんなに馬鹿なんだろって、もうなんかずっと蟲師を見るたびに思っちゃってさ、だってさ、
 蟲師って奴を語ろうとすればするほどにさ、その語ったものはその中の世界のほんの一粒の砂の温度とか
 手触りを描いたりしてるだけみたいなさ、そういった途方もない孤独を感じちゃうんだものね。
 どうあったって蟲師ってものを語ることはできなかったし、だから私がどんなに感想を書いてもそれは呆れる
 ほどに蟲師のウチのほんに一欠片にしか過ぎなくってさ、だから感想を読めば読むほど、そして蟲師を観
 れば観るほどにさ、もー全然駄目だって感じになっちゃったんだよね。
 でもさ、それは同時にもの凄くゾクゾクしたんだけどね。
 だってもう嬉しいじゃないですか。
 蟲師って、もう全然さっぱり私の手には余る滅茶苦茶スゴイ奴なんですよ?
 こんなのと向き合って格闘できるなんて、それ自体がもう嬉しくて嬉しく堪らないんですよ。
 あはは、もうなんか、ベタ惚れですよ、蟲師に。
 
 蟲師ってのはさ。
 うん、色々私なりに感想を書いてきた訳だけれどもさ、そうしてきてわかってきたのはさ、これは本当に多く
 のもの、ううんもう絶望的なほどに大容量のものを含んでいる作品なんだよね。
 生きている、ということそのものの描写、それをただひたすら連続させていっている、そしてそれと同時に
 生きているということはどういうことか、という問いとそれに対する思考法を展開させてもいる。
 そういったものが勿論直裁的な言葉で語られる事も、また意図的に描かれることも決して無く、ただ観る
 者に漠然とそういった境地へと至る気づきを与えてくれるんですね。
 そしてそういった根本的な出発点としての答え、それというものを既に作品の常備品としてある「蟲」の姿
 で渾然と示しているんです。
 答えは既に目の前に最初からあるじゃない、でも、それが「答え」になるにはただそれを観てるだけでは決
 していけない。
 蟲師の各回で展開されるお話、それ「語り」そのものから得られる回答としての答えだけでは全然
 至れない境地でもあるんです。
 蟲師のそれぞれのお話は非常に味わいのあるお話ですけれど、ただそのお話にうんうんと頷いているだけ
 では、あの死にたくなるほどに広大な生命感を得ることはできません。
 例えばね、人物の表情っていうのがね、これは蟲師がアニメ史上最高のものを持ってると私は思うのね。
 でもね、あれはきっと良い表情を「魅せてる」ということだけには留まらない、すなわち表情で「語る」という
 ことを徹底しているからこその圧倒的な凄みなんだと思うんですよ。
 私なんて、もう彼らのいちいちの表情が気になって気になって、本当にその瞳やら顔の影の付き加減
 だとか、そういうものからせっせとせっせと本当に馬鹿みたいに意味を汲み取ろうとしましたもんね。
 そして実際、それらの表情は、前後の状況思考法などと搦めて見れば見るほどにその奥行きを増して
 いき、それはどんどんとその物語の下で蠢いている無限にして無尽の世界を語り出していったんですね。
 すごかったですよ・・・・これはもう感動なんてものじゃない・・・・神秘ですよ・・・まったく・・・
 それはその表情が語り出したものではあるのだけれど、けれどその表情達に語り出させたのはあくまでそれ
 を観る側の者たちで、だから私達がその表情に意味を求めれば求めるほどに、その表情は色とりどりの
 深い感情と思索の世界をそこに魅せてくれるんです。
 
 そうして見えてきたひとつの、いいえ無数の世界の重なりとしての光景がどっさりと零れ落ちてくるようにして
 画面の向こうから迫ってくる。
 その豊かさを解するためにその豊かさの一因を担う。
 気付くと、ああ実はいつのまにか私もその光景の中に居るのだなぁって感じになってて。
 それぞれの場に提示されたその豊かな感覚、その中から色々と感じ考えていくことがいつのまにかできる
 ようになっていて、そうするとますます主人公のギンコや他の登場人物達の言っていることの中身や感情、
 そればかりではなく、その言葉や感情の表わすものが一体この光景の中の何処に顕われるのか、それを
 探しに行くことができるようにもなるんです。
 だから、蟲師の感想を書いているときの私というのは、自分のひねり出した感想をぽいっと放り出して、
 その光景の中に顕われていくとてつもない豊饒なモノたちと出会いにいっちゃうことができてたりするんです
 ね。
 例えれば、私が書いてきた蟲師の感想というのは寝言を書き写したみたいなもので。
 私自身はちゃっかり夢の中でゆったり楽しんでたりする訳で、寝言っていうのはただそれを実況中継してる
 だけみたいなもんなんです。
 
 
 でね。
 蟲師はなんかもうそうやって生というものを丸飲みにしたまま体験し続ける自分と出会い続け、そしてその
 出会いの中から紡ぎ上げていく言葉というものをでんとひとつひとつ丁寧に導き出すことができるようにも
 なっていて。
 勿論すべて断片的なものばかりだから、重要なことはすべてそれらを拾い集めて再構成する私達に委ね
 られているのだけれども。
 そうして紡ぎ上げられていく言葉達の羅列が、今まで書いてきた私の感想のようなものとして蓄積され、
 そしてその蓄積があること、それは決定的にその蟲師という夢の中から飛び出しちゃってる事
 にはなるのだけれども、でも夢から目覚めて自分の蓄積された寝言を書き留める作業をしている、そうい
 う事の中にも実は広大な夢が横たわっていることにも気づけるわけです。
 感想を書きながら生きている自分、というものにもまた出会えるのです。
 そうして少しずつでもはにかみながらでも積み上げていく私達それぞれによる蟲師の感想というものの中、
 それ自体を見つめていくことで、初めて其処に「言葉」で縁取られ限定されたいわゆる「思想」としての
 蟲師も出てくる訳なんです。
 なに言ってんだか自分でもわかりませんが、どうでもいいです。
 で、ふっと気付くことは、蟲師には面白い形で「笑い」というものが挿入されているんですよね。
 それこそほんとうにふっと笑う、そういう表情を魅せる人物達が居て、主人公のギンコなんかもすごく軽薄
 で、でもその軽薄や笑いというものが、それが重くどっしりと敷き詰められている絶望によってこの場にある
 というのが見えてくるんですね。
 でもそれはやせ我慢というか諦観というか、そういった類の笑いや軽薄では無く、それは紛れも無く希望と
 向かいあってついくすりと笑ってしまえる、まさにそういう瞬間としての今現在の「私」というものをとてつもな
 くおおらかに描いているんですね。
 どうしようも無いから笑うしかない、そういう苦笑をしている自分が本当に可笑しくてくすっと笑ってしまう。
 そして大体、それはその隣に居る他の誰かとの笑い合いの中にあったりするんですね。
 馬鹿みたいに大袈裟に笑って哀れで愚かな自分達を嘲るので無く、本当に心からぽろっと笑ってしまう。
 そうやって笑えるということがその過酷な状況という中でそれでも芽吹く、それ自体がすごい生命感を
 かもしだしてもいるんですね。
 笑ってなけりゃやってけない、それっているのはまだまだそのやってられない絶望のウチでじゅくじゅくと腐っ
 てるだけの笑いであって、でもそういう愚かな自分の姿が見えてくると、あーだからちゃんと生きなくちゃい
 けないんじゃないか、いやでも待てよ、いちいち生きなくちゃいけないだなんて思わなくても私はふつーに
 生きたいって思えるぞ、お、お、なんか楽しくなってきたヨなんか嬉しくなってきたよ、そう言って、ごくごく
 当たり前のようにして笑みが零れる、それがもう圧倒的な存在感を以てこの「蟲師」というモノの中には
 敷き詰められているんですね。
 ギンコが厳しい顔するのと、ギンコが巫山戯てにやけるのと、それはまるで同じことで、ただそれぞれ在る
 ようにして在るだけさとけろっと言えちゃう、そういう感覚がどっさりあるんです。
 ギンコだけじゃなく、他の人物達もその笑いの形やそれに至る経緯そしてその意味に於いても違いが
 あるのだけれども、それらはどうしようも無いほどにあっさりとあの豊かで広大な光景の中に存在すること
 が出来てしまうんですよね。
 悲しい笑顔、苦しい笑顔、楽しい笑顔、愛しい笑顔。
 そういったものが渾然一体としながらも、確実にそして着実に生きて此処に在るというのを示す、
 それが「蟲師」という作品が私達の瞳の中に顕わす豊かな生命感の一因を担っているのだと、
 私はうすうす感づき始めているのでした。
 そして、「蟲師」は笑っている暇が無いくらいに膨大であてどないモノ達をまだまだその中に存在させてい
 るという事にも。
 うすうすていうか、それは最初からわかってたけど。
 あはは、蟲師、最高。
 
 
 
 ◆
 
 はい、根性で書きました。なんかもう全然書く気なかったのに叱咤激励して書きました。
 ああもうなんか早く寝たいです。むしろ永眠したい。
 うん、でも蟲師についてはもうちょいなんか書いておきたかったし、いいでしょう。
 御陰様でもういい加減にも程がある文章になってしまった訳ですけれど、それならそんな文章でも書くの
 と書かないのとではどっちがマシなんだ、という卑怯な二択を自分に迫りまして、そしてなんとか接戦を
 制して(ええ危なかったですヨ)こうして書いてみたわけですよ。あとで絶対後悔するに200蟲。
 いやでもほんと蟲師って作品はすごいですよ。
 惚れたっていうよりは正直尊敬ですよ。こんなのすごすぎな訳ですよ。
 ぶっちゃけこれを差し置いて他のアニメをどなたかにお勧めすることは有り得ませんし、これだけのスケール
 を持ってる作品を打ち切りにする放送局なんて滅びればいいと思う。(根は相当に深いみたいです)
 まぁうん、でも真面目とか巫山戯てとかそういう前置き一切不要で蟲師の凄さは全方位的に紅い瞳が
 保証致しますので、アニメというものの素晴らしさ、いいえ、その凄さというものを、そしてその可能性の
 極致を感じたい方には、是非是非一度観て頂きたいと思っています。
 正直採点したとしたら、100点満点中100点です。200点とか言いません。言う必要ありません。満点。
 もし減点するとしても、それは単に私の好みに合うか合わないか、という点に於いてのみでしかできませ
 ん。
 先生完敗です。あなたにはもう教えるところはなにもありません。
 いいえむしろ私を弟子にしてください! お願いです! 師匠。
 そんな感じ。
 私なぞが採点するしない以前に私はこの作品から学ぶことしか許されない、100点つけてむしろこっちが
 こんな採点方法しか持ってなくてごめんなさい、代わりに弟子入りさせてください、というかなんというか。
 私は勿論「蟲師」という作品に個人的に惚れ込んではおりますが、それ以上に尊敬できるという意味で
 スゴイスゴイスゴイっと絶叫して憚らない圧倒的なものとしてこれを捉えています。
 感じること考えること、そうしたことが出来るのが嬉しくつい笑ってしまう、そうして生きている自分を感じら
 れる作品。
 感じてください、そして大いにあの深いなにかを考えてみてください、そしてそして、是非、笑ってください。
 蟲師は、ほんとうに、すごいですよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 蟲師万歳。 (この世のモノとも思えない凄い笑顔で)
 
 
 

 

-- 060324--                    

 

         

                             ■■地獄の炎が立っている■■

     
 
 
 
 
 『私は構わない。この怨み、地獄に流すがいい。』
 
                             〜地獄少女・第二十四話・閻魔あいの言葉より〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 薄明かりが遥か遠くに見える。
 けれどそれを覗き込もうと意識した瞬間に、それはもうその距離を無にして目の前に顕われている。
 轟々と、燃え盛る炎の如くに、それはその熱度を感じさせる前にその紅々しい姿を放っていた。
 熱い、という言葉が唇の間より溜息の如く漏れ出すも、その程度の息吹ではその炎を消すことはできな
 いのだということが、肌を焦がすその紅い灼熱の明かりが教えてくれる。
 なにを言おうがどうしようが、この炎はすぐにでもこの体を焼き尽くす。
 それまでの僅かな時間を自覚することに、一体なんの意味があるのだろうか。
 けれど意味などというものを、そのときも、そしてそれ以前のいついかなるときにも求めたことは無かった。
 それなのに、どうしてその求めてなどいないものの姿をばかり、その薄明かりの中に見ようとするのかは、
 これもまた一度たりともわかることはなかった。
 伏して感じる水に濡れた岩場のぬめりを帯びた冷たさは、ふと見上げた目の前の滝壺から零れ落ちた
 水飛沫の奏でる轟音によって、まるで意識されることはなかった。
 それでいて、此処にこうして座っていることが、ひどく冷たいものをもたらすような気がして、ただ深々とその
 冷たさを求めていた。
 一向に、この体は冷めなかった。
 かといって、迫り来る業火を熱く感じることもなかった。
 気付けば、すべての炎はその流れるような激しさのままに、滝壺へと飲まれ、そして消えていた。
 薄暮。
 紅い紅い夕闇が、ひたすらに積み重なっていった。
 
 
 ◆◆
 
 座っている。
 足の力を抜くたびに勝手に崩れる体を支えようと、再び立ち上がる。
 けれど立ち上がった自分の目の前には、既にすっかりと畳の上に崩れるようにして座っている自分が居た。
 くるくると、目が廻った。
 否。
 それは見上げた天井が廻っていただけなのだろうか。
 どこにも力を入れていないのに、あらゆる脱力の意志さえも込めていないのに、それなのにただ廻っている
 感覚だけが押し寄せてきて。
 込み上がる吐気が決してその想いを遂げることの無いという淫らな安堵のままに支配され、そこにはた
 だ畳の上に倒れ込んだ体の重みを感じている自分だけが在った。
 なにかがおかしいのか、それとも最初からすべておかしいなかで自分だけが正常なのか、いや、それとも
 全くなにも問題など無くそれが在るがままのことだったのか、まるでわからない。
 嘘ばかりを言う。
 わかることなど、最初から最後までまったくありはしないというのに。
 腹が立った。
 気付いたら、もう其処に、体の重みは、無かった。
 
 ゆっくりと湯の中に広がっていく髪の形を見ていた。
 黒く蠢く化物でも、それはただ熱い水に踊らされて重く沈むだけだった。
 美しいと、思う。
 自らの体の一部でありながら、目の前で勝手に蠢くその異形の黒いモノの姿達を。
 どんなにそれを自分の意志で動かそうとも、それは絶対にその通りには動かないし、そして手で握って
 思う通りに動かそうとしても、それは手で握ったことの影響を受けた分だけ、自分勝手にただ重く広がる
 だけ。
 だからそれを美しいと、思う。
 そして、憎らしいと、思った。
 だから、どうでも、良かった。
 
 落ちてきた雪の作る泥濘に足が触れてはいけない。
 だからずっと其処に立っていた。
 次の雪が降るまで立ち続け、雪が沢山降ることを祈っている。
 雪上に残る足跡を踏み消すために歩き回り、それが出来なくなれば立ち止まる。
 積み重なる雪達を踏み潰し、そうなればそこに残るのは醜く歩くことのできない泥濘だけだとわかっていな
 がら、けれどその清い雪の上だけしか歩けないのなら致し方ないと思う。
 そして、その思いのままに見上げた空には、ただ煌々と陽の光が立っていた。
 嗚呼・・・溶かしていく・・・・・全部を簡単に溶かしていく・・・・
 残酷な日差しに負けぬように、我を忘れて雪達を踏み消していく自分の愚かさと醜さが残すその泥濘
 を前にすると、あっという間に竦んでしまう。
 厭だ・・・・こんなのは厭・・・・・
 厭なのはその醜い泥濘か残酷な日差しか、それとも愚かな自分なのか。
 少なくとも、なにかを嫌がっている主体というのがその愚かな自分では無いというのはわかる。
 残酷な日差しを怨んでいるのかそれに怯えているのかわからぬながらに醜い泥濘を作り続ける愚かな自
 分が、ただただこの目の前に居るだけだったのだから。
 
 
 ◆◆◆
 
 それは、飛んでいた。
 くるくると目が廻るようにして、そしてそれ自体が自ら廻っていると云う感覚に囚われて。
 飛び廻るそれの姿に見惚れているうちに、その姿形が段々とどこかで見たなにかへと変わっていくのを
 感じていた。
 感じ、そして、ただ、感じているだけだった。
 動かない。
 そのときようやく自分の体が無いことに気付いた。
 そして、その目の前に浮かぶ廻転物が、他ならぬ自分の体だという意識に到達する。
 辿り着いたその場所は、紅く腫れ上がっていた。
 ぶくぶくと痛々しく充血し、そしてそのままの痛みを感じさせていった。
 痛い・・・痛い痛い痛いっっっ!!
 転々と飛び上がりながら絶叫するその自分の体の幻影が紅い涙を流すたびに、痛みが響き渡ってくる。
 幻影・・・・それは幻だっていうの・・・?
 再度痛みによって自らの体の中に自分が在ることに至る。
 それなのに、まだ目の前には苦痛に苛まれ血の涙を流して暴れる自分の体が在った。
 これは・・・・おかしい・・・・・・いえ・・・・おかしいはず・・・・・
 そう・・か・・・・・だから幻・・・・なのか・・・・・
 その思考が照らし出すものにはしかし、どうしてもその姿を消滅させることはできなかった。
 渦を巻いて幾重にも重なり落ち続けるその目の前の自分の体が、飛翔のたびに薄れていくその輪郭を
 表わすたびに、どんどんとそれが自分の体であるという言葉を喚き散らしていった。
 嘘臭い、と思わずには居られなかった。
 そう、本当にそう思わなければ気が狂いそうだった。
 目の前に、憎悪に満ちた自分が、居るなんて。
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 『まだ残っていた。忌わしい血は、絶えていなかった。その血は私を惑わせた。』
 
 憎らしい。
 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
 その言葉を発するたびに、目の前で燃え盛る炎は黒く溢れかえっていった。
 黒い炎が人の形を為すのを見つめながら、その燃え盛る人形の炎が焼き尽くすモノ達を憎んでいた。
 憎め、憎め、憎め。もっともっと憎み怨むがいい。
 その業火に薪をくべるたびに走る絶叫が体の中に奔る。
 
 黒炎が、天を衝く。
 
 我が身炎と為して、すべてを灰燼に帰すべし。
 体より溢れ出した黒い炎達で自らの体を焼き尽せば、そこには体を失った漆黒の憎悪だけが残る。
 淫らなるゆえに得たその真正なる怨念は形を為し、そして自分となった。
 許さない。絶対絶対許さない。
 怨めば怨むほどに、その自らの憎悪となりし体を憎み、そしてそれを生み出した憎らしいモノ達を決して
 許さない。
 怨みたくなかったのに。
 憎みたくなどなかったのに。
 だから。
 怨まなければいけないのならば。
 憎まなければならないのならば。
 
 この身こそを憎悪とするしか、無かった。
 
 
 『もう一度、殺そうというの? 時を越えてまたあのときのように。』
 
 
 許さない。
 この身を憎悪そのものとしてこの世に残したモノ達を。
 
 
 
 
 ++++ 私は怨み。怨みは私。
 ++++ 私を生みし者を地獄に送り続けるために。
 ++++ 私を二度と生み出すことの無いように。
 ++++ 『私は殺されたりしない。』
 
 
 『消えてしまえ。』
 
 
 怨まれし者を地獄に送る。
 怨んだ者を地獄に送る。
 怨み怨まれ仲良く地獄に堕ちなさい。
 だから。
 
 残酷な日差しよ。
 私の踏み殺した雪達諸共、私を怨みで焼き尽くすがいい。
 さすればお前は、もう誰も殺せない。
 
 
 この私が、すべてを燃やし尽くすと、信じて。
 私の中の美しい怨みが、私の身代わりと、なって。
 だから。
 
 
 
 
                               ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 

 

-- 060322--                    

 

         

                                ■■生きている希望■■

     
 
 
 
 
 ◆ ◆
 
 ■「蟲師」 第二十話(地上波放送分最終話) :筆の海
 
 ・目の前に自分の綴った文字がある。延々と綴ってきたもの、そしてこれからも永遠に綴っていくもの達の
  羅列。書いても書いてもそれは尽きることはなく、ただそこにはその続く文字達の息吹に照らし出された
  自分の疲弊した姿だけがあった。つう、とひとつ溜息を漏らす瞬間にその文字達の奏でる吐息とそれが
  同質のものであることが肌を通じて伝わってくる。そうだな・・・私もこの者達と一緒なのだな・・・・
  延々と、ただ延々と生きるためだけに此処に居る・・・・・
  頬を伝う生の苦しみの雫が、ただ流れるがままにその文字達の下地となりし巻物の紙へと付着していく
  を見つめている。生きるというのは辛いことなのだな・・・・その辛さを・・少しでも私達をそれでも生かす
  この世界に知らしめることができたならば・・・・少しは楽になれるのだろうか・・・・
 ・その安楽への絶え間無い憧憬が、それでもその手にするものこそがその世界に在りし自らの体を綴って
  いるという事の中へと、そのひとりの女を気怠いままに誘っていく。海へ・・海へ・・・筆の・・海の中へ・・
 ・荒れ果てているというよりすべてが消えたままでいるという様相を呈した荒野。唯その中に峻厳として
  聳える一軒の家。そこへと至る道筋は僅かに一本ながら、踏みしめられ他とは隔絶される事によって
  その周囲の地にあるものを消して出来たその成り立ちが、無限大なる可能性を秘めたまま押し隠す
  豊かにして厳格なるその姿を有していた。この道を外れれば、お前もまたこの道に喰われるぞ・・・
  押し固められた道という大いなる犠牲の上に成り立つものを踏みしめて、ギンコはその荒野の中の家へ
  と至る。
 ・家の中を老婆に導かれ、そして深奥なる地下の書庫にて書に耽るギンコ。ひっそりとその存在感を示す
  家の中に続く道筋が、その膨大な書に刻まれた文字達をその支配下へと収めている。強靱にして厳格
  、絶対にして厳守されねば脆く薄い道。その道を踏みしめる者が絶えればその道は消滅し、そしてその
  道の中で脈々と綴られてきた文字達は暴れ出す。文字達を読みたくば、この道を踏んで歩み、そして
  その書の中に在る文字達に至れ。決して、その文字達を踏み固められた書から逃してはならん。
  逃せばそれはすべてのものを喰らい尽す。道も書も、そして文字達自身をも。自らを生かす道と書を
  喰らい尽せば、それは自らの存在を食み始めるのだ。
 ・「そう、これらの書物は紛れも無く奇書である。内容は勿論の事、その存在理由に於いて主に。」
 ・この文字を記した者の生誕に依りて、その文字の存在は始まった。書かれる者は書く者の生存と共に
  在る。孤独なる苦しみの中で苦吟しつつ書を物する女・淡幽。自らの右足を染める墨を使いて文字を
  綴る。その墨があるゆえに文字を綴るのか、それとも文字を綴るために足に墨が刻まれているのか。
  それが同じであるということを、ただただ文字を紙に刻み続けていくたびに感じていく。私は・・・・四代目
  の筆記者として生まれてきたのか生まれてきた私の足に墨色の痣があったから四代目になったのか、
  そんな事はわからんよ・・・・・・私は・・・ただそのどちらなのかを考えているだけなんだ・・・・・
  淡幽の生が淡々と、そして脈々とその墨を伝って巻物に描き込まれていく。
 ・目の前に映し出されていく墨色の自分の姿を見て泣き叫ぶ淡幽。小さな紙の中に覗ける漆黒の無の
  有様が、その迫力と共に淡幽に迫ってくる。こんなのやだ・・・なんで・・「なんでこの足動かないの!?」
 ・座せばじっとりと汗ばむ左足の鼓動を隔てて、あまりにも静寂なる居住まいを魅せる墨色の右足。鋼鉄
  のように無機質なまま体と繋がっているその右足の異質さに怯え、その迫り来る恐怖にただただ疲弊し
  ていく自分に恐怖する。「私も・・・外で遊びたい・・・っ!!
 ・自らの体でありながら自らの思うように動かぬ墨色の右足。動かぬこと墨色なること、それらをすべて受
  けいれたとしても、それが決して自由に歩き回ることと右足の色が綺麗になることとは結びつかぬことを
  淡幽は感じずにはいられないのだ。どんなに・・どんなに頑張ったって・・私はずっとこのままなのっっ!?
  私はみんなと一緒になりたいっ! 私だって楽しく生きたいよ!!
 ・代々筆記者をつくる淡幽の家狩房家付きの蟲師である老婆・たまはしずしずと語り出す。お嬢さんの
  その墨色の右足にはお嬢さんでは無い者が住んでいるのです。淡幽を恐れと微かなる希望が襲う。
 ・自らの体の不遇を受け入れるという事がどういう事かもわからずに、ただそれに耐える事でしかそれを受
  け入れ続ける事しかできぬのならば、それはいつしかその右足諸共その体を蝕んでしまう。すべてを呪
  いすべてを破壊しただただ受け入れなければならぬ者として結局はそれを怨むことしかできなくなってしま
  う。だが今の淡幽は自らの不肖なる右足を受け入れるという事がどれだけ恐ろしいことであるのかを、そ
  れを受け入れた上でその右足を否定していた。否定するはすべてを怨まずに済む生を希望するがゆえ
  。右足の存在を恐れ悲しみそれに苦しみそれから逃れたいと思う、それはすべて淡幽が幸せに生きた
  いと願うがゆえ。たまにはその淡幽の切実で誠実でそしてなによりも強靱な生への希望をその叫びに
  聞いたゆえに、その右足の来歴を語るを決心する。
  「お嬢さんにはもう、おわかり頂けると思いますので、すべて、お話致しましょう。」
 ・自らの右足が自らのもので無いという事実それに対する恐怖を、それが自分で無いのならばそれをな
  んとか変えていこうと思える対象物として受け入れていくことができるだろうとたまは確信するのだ。
  悪しきモノは封じて眠らせれば良いのです。さすればその右足を動かすこともいずれ叶うやもしれませ
  ん。
 ・異質なる禁種の蟲。本来蟲は動植物の栄えるところ栄え、枯れるところでは枯れるもの。しかしその蟲
  は他のものが枯れ往く場所でそれらを喰らいながら生きていた。淡幽の先祖がそれを自らの体内に封
  じ死に、以来その子孫には代々体に墨色の痣ができるという。つまりは子孫にもその蟲が宿り続けると
  言う。
  戦慄する淡幽。「私もそのうち死んじゃうの!?」
 ・「そうさせぬために、たまがおりまするっっっっ!!」
 ・たまという恐れと希望の塊が淡幽の目の前に浮遊する。たまという他とは隔絶された存在に背負われて
  淡幽は蟲封じの呪を心に念じながら、同じく他とは隔絶された一本道を歩いていく。ただただ淡幽の望
  む希望のために。うっすらと翳る希望を見失わないように、必死に必死に歩いていく淡幽。道は他には
  無い、この道を踏み外せばこの道そのものに喰われてしまう・・・・・
  たま・・・・・希望って・・・・それを見失うと・・・・今度はそれを見てる私を食べに来るんだね・・・・・
 ・「お嬢さん、着きましたよ。」
 ・蟲師のたまが為してきた蟲を屠ってきた体験談にして夢物語のような実話を聴いて、それを紙に書き
  記すことによって、右足の墨色の蟲がその文字となってその書に封印される。書けば書いた分だけ蟲は
  自分の外に吐き出され、そして自分の中にまだ残っている蟲は大人しく眠っていてくれる。嬉々として
  たまの話に聴き入る淡幽の笑顔が照らし出す希望は、ただただ燦々と光り輝いていた。そうして眠らせ
  た蟲をまた起こして同胞が屠られた話をそれに聴かせ体から追い出す、そのたびにその蟲と共に在った
  右足には激痛が走ったが、それでもその苦痛を受け入れることで見つめることのできる希望を信じて、
  淡幽はその自らの中の他者を殺戮していった。微笑むたま。お嬢さん・・その殺戮の上に自らが立って
  いるという事実を忘れてはいけません・・・でも・・そうして立てた者だけがその希望を得られるのですよ
 ・だがたまがその殺戮の上に見える希望を際立たせるためにその殺戮の事実を際立たせることは無かっ
  た。たまはあくまで淡幽のその場限りの苦しみを除くためだけに蟲退治の話をした。それが殺戮の連続
  であるという如何ともしがたい事実を敢て隠しながら。それを見つけるのはお嬢さん、あなたの仕事なの
  です・・・・・私にできるのは・・お嬢さんがなにかを見つけるための下準備のためにそれを隠すことだけ
  なのですよ。
 ・たまなる道から外れた者から聴く話を聞いて淡幽はまざまざと自らの業を実感していく。所詮私の聞く
  話は蟲を殺す話で、そして私はそれを聴いて私の中の蟲を迫害しているだけだったのだな・・・・・
  希望に彩られた右足の痛みは絶望の苦しみを伴うようになっていた。それはわかっていることのはずだっ
  たのにな・・・・・全然わかっていなかったのだな・・私は・・・・
 ・蟲を殺して廻る話を聞く度に、それを語る者の中にその殺す対象への理由無き恐れがあるのを感じて
  いく淡幽。私が・・・なによりもこの蟲を恐れているから・・・・私のこの右足は動かないのか・・・・
  いや・・・違うな・・・恐れずともこの右足は動かないのか・・・ああ・・・右足はただ動かない右足でしか
  ないのか・・・・そうか・・・・それが・・その変えられぬ事実を恐れるあまりに・・・・蟲が・・・恐いのか・・
  そうじゃないな・・・・恐いから・・・・・そこに恐るべき蟲しかいないのだ・・・・・私が恐れるから・・・・
  その恐れを支配できぬから・・・・その蟲を支配できずにただ殺してしまうのだな・・・・・
 ・理由無き恐れ、それをそのままにしておけぬゆえにそれに『蟲』という形を与え、その実体あるものを消す
  ことでその決して消せぬ恐れの代わりと為すことを人間は続けていた。蟲を殺す者に殺さずとも済むの
  では無いかと問うと返ってくる実際に蟲と対峙した者でなくてはそれは言えぬのではないかという答え。
  「それはその通りで、けれど私にはどうしようもないことだった。・・・私だって、この足さえ動けば」
 ・そして淡幽は知っている。自分のこの右足は絶対に動かないという事を。
 ・この右足が動けば蟲を殺さないで済むと言えるのでは無い。蟲を殺さないで済むと言うからこそ、この
  右足は動くのだ。出会ったモノへの恐怖に怯え、そしてそのために蟲を殺すということを絶対とするのなら
  、それは蟲とは常に恐怖を伴った存在として現われるだけのものになるのだ。蟲とは殺すものとしてその
  存在意義を以てしか存在させることができなくなってしまうのだ。在るようにして在る、しかしその在り様
  をそれを見る者が既に決めてしまっているということはあるのだ。恐れるものであるから殺すのでは無い。
  殺さねばならないと思うから恐ろしいのだ。
 ・呆然と座り込む淡幽。孤独な一本道の果ての家の中で、嬉々として殺生を続けていた自らの存在を
  責める淡幽。私の体の中の蟲・・・・私の右足が動かないという事実・・・・そうなんだ・・・・・事実は私
  の右足が動かないというただそれだけなんだ・・・・・蟲なんて・・・・・居ない・・・・・私は・・・私だ・・・・
  私の右足は・・・・私の右足だ・・・・・・たとえ・・・・・本当に私の中に恐ろしい蟲が居るのだとしても・・・
  それは・・・・やはり私が支配して私の一部としなければならないのだ・・・・・恐れを・・・恐怖を・・・・・
  それを踏みしめて歩かねば・・・・・やがてそれに喰われるのは私自身なのだ・・・・
 ・だが。だがそれでも、この淡幽の右足が動かないのはどうしようも無い事実だったのだ。
 ・そして淡幽の目の前にギンコが現われる。蟲と対峙し蟲を殺さずに自分も喰われずにそれを嬉々として
  話す者として。
 ・自らの吐き出した文字達の迫害の歴史が刻まれた書の住まいへとギンコを案内する淡幽。
  「これらはすべて死の目録だ。・・・私は・・生物と蟲が共に生きている話を聴きたい。」
  これはな・・・私が恐れた私の生の記録でもあるんだ・・・私の生を・・・それを行っていたのは私自身な
  のだ・・・書き付けた蟲達の命の羅列が・・・私には・・・それを恐れれば恐れるほどに・・・・・・なにより
  も・・・なによりも愛しいものに感じられるんだ・・・私は・・・私の生を綴るこの手で・・・・生きている私を
  ・・・ただただそれを・・・・・この世界の中に書き込み続けているんだよ・・ギンコ・・・・・
 ・ああ・・・・そんな馬鹿みたいなことしかできない世界が時々厭になってな・・・そういうときにその世界を
  壊すようなことを・・・人は時々してみたくなるんだよな・・・・でもな・・・それは遊びなんだ・・・・遊びにし
  か過ぎないんだ・・・決して・・・決してそうする事しかできない、そうする他に術は無いといって諦めて
  しまってはいけないんだ・・・・そう・・・・でもそれは遊びとしての存在意義を保つことはできる・・・・・
  恐れを・・・・それを支配するためにはそれを『遊び』として迫害してやればいいのさ・・・・私達は恐いもの
  から逃げよう殺そうとすることしかできないが・・・ならばそれを遊んでやればいい・・・・そう思うと・・・・
  蟲・・・いや恐怖というのは面白い奴だよな・・・・楽しいぞ・・・
 ・そしてな・・・ギンコ・・・だからこそ・・・・・そういった事しかできない世界そのものを壊す遊びもできるんだ
  よな・・・・・私によってただ迫害されるしかない蟲を・・・時々・・この世界から・・・この道から解放してや
  るために・・・・・
 ・そうだ・・・・・・私達は・・・・・生きているんだものな・・・
 ・「ちゃんと、生きておったのだな。」
 ・たとえ解放されても決してその解放された場所からは飛び出ることのできぬと知ってもまだ生きている蟲
  、淡々と自らを世界に書き付け続け紙に自身を閉じ込めそこから逃れんがためにその紙を腐食させて
  もその書の書き手としての自分からは逃れられぬ事を感じてもなお生きている淡幽。そして、殺さなけ
  れば殺される蟲と対峙していながらそれを殺すこともそれに殺されることも無く生き続けているギンコ。
 ・見上げた天井にたむろする文字達を眺めて微笑む淡幽。
  「私にだって、出来る蟲封じはあるのだぞ。」
 ・すべてを自らが支配するべき術。恐れも恐れを恐れる自らもその自らを存在させる世界に存する自らの
  の存在も許容し支配する力と意志を淡幽はしっかりと着実に獲得していた。他と隔絶した一本道の先
  にある家の中の一房にて筆を取るひとりの女。その女が在るべくしてただ在るという自らの姿をその見上
  げた低い天井の中に見つけていた。
  私はこの蟲と向き合い、恐れ合い・・・・・そして共に在り続け・・・共に楽しく生きられるよう・・・色々無
  茶をして生きていくよ・・・・
 ・「決して下手をしたりはしない。それが・・・私の務めなのだから。」
 ・ただ恐れを恐れとして書き写してもそれは世界の中に存在することはできない。故にその恐れを自らの
  中に受け入れ自らの一部と為し、それでいてなお時々その自らのうちより解放してやることによって顕現
  するその異質の者としての他者性を以てそれを世界の中に刻み込むことで在らせることができる。
 ・「文字の海に溺れるように生きている娘が、ひとりいる。」
 ・「蟲に体を浸食されながら、蟲を愛でつつ蟲を封じる、そういう娘が、ひとり、いる。」
 ・自らを恐れ自らを憎み自らを呪い自らを愛する淡幽が居る。そういうひとりの人間が生きている。
 ・そしてその生きている人間の見上げた空では、紛れも無い希望が這いずり回っていた。淡幽はそれを
  ちょいと箸で掴みその内容を諳んじそして呪詛と愛を込めてそれを世界の中に刻み込んでいく。
 ・淡幽の右足は、それでも決して動かない。自分の先祖達がずっとそうだったように、死ぬまで自らの墨を
  紙に書き付けてもそれは消えることは無く、またこの業を子孫に残して死んでいくだけ。
  「私の代でも・・・結局叶わないのかもしれないな・・・」
 ・そしてギンコは聴く。「お前、足治ったらどうすんだ。」軽快に空々しく答える淡幽。
  「お前と旅がしたいな。」冗談だと淡幽がいう。
 ・だが、それがお前の希望・・・そして今確かに生きているそのお前の言う言葉なんだよな。
 ・どんなに頑張っても足が動かなくても、どんなに目の前の恐怖が恐ろしくてそれを殺すしかないとしても、
  足を動かしたい、足を動かすために蟲を殺したくない、そう願いまたそう言って生きているお前だけが、
  今ここには居るんだ。お前がどうせ動かせないなら動かしたいと思わない、蟲を殺さなければ生きられな
  いなら殺すしかないと考えるゆえにそういうお前が居るのと同じようにしてな。
 ・お前はお前という世界を描き出す筆そのものなんだよ。しっかり逞しく、その自分に溺れろや。
  まぁ、言わなくてももうお前はわかっているようだがな。
 ・墨色の右足から湧き出てくる文字を指先に込めて紙に書き込む淡幽の姿が、その荒野の中をしっかり
  とその淡幽の左足と蟲の右足の赴くままに歩いていた。
 ・そういうお前の旅になら付き合ってやってもいいぜ。
  「それまで俺が無事生き延びられてたらな。」俺が蟲を殺さずにそれでも蟲に喰われずに生きてれば。
 ・「生きてるんだよ。」
 ・ギンコ・・・お前が・・・・そう考えてるから・・・お前はそうして今生きてるんだ・・・お前がそう考え続けてい
  る限り・・・・お前は生き延び・・・・・そして・・・生きているんだよ・・・今のこの世界の中に・・・・
  私も・・・・頑張らねばな・・・私の希望は・・もはや・・・・私自身なんだな・・・・私が生きていることが・・
  こうして空を見上げようとし続けていることが・・・なによりもこの空を光輝かせているんだな・・・・
  私が見つけるからそこに希望があって・・私が書き付ける希望はそこで生きていて・・・・・私の中の・・・
  決して私にはどうすることもできない恐怖に彩られた希望が・・・私の体から・・・・溢れ出ていく・・・・・
  嗚呼・・・・私の目の前の世界に追いやり封じ込めた希望が・・・・・・あんなに力強く・・・・・
 ・私は・・・・生きている・・・・希望があろうが無かろうが・・・生きて此処に居る・・・・・希望があるから生き
  ているのではなく・・・・生きているから希望があるのだな・・・・
  だから・・たとえこの右足が死ぬまでに動くことが無くとも・・私はそれが動くことを目的にしてあくまで蟲を
  紙に書き続けていく・・書いて書いて・・・そうして書き続けていく道を歩いていくんだな・・・
  そうして歩いていることそのものが・・・ずっとずっと・・その辿り着けないゆえになによりも力強く私の目の
  前で輝いていてくれる希望を与えてくれるのだ・・・・
  右足が腐って落ちようとも・・・たとえ・・・蟲に喰われようとも・・・
 ・「それでも、生きてるんだよ。」
 ・「無茶言ってんなぁ。」
 ・「あっはは、なんとかなるさ。」
 ・其処にはただただ、片足の不自由な女と片目の無い白髪の男が生きて在るだけだった。
 
 
 自分というものはそれはすべてを自分の思う通りに動かせるものでは無いし、また自分の思いとはかけ離
 れた行動をするものでもある。
 けれどそのどうしよう無い自分というものを意識している自分そのものが、それらの不動さを感じるために
 どっしりとした安定感を獲得していく。
 ひどく切実な感覚であるはずなのに、いつのまにかなによりも遠いところにその自分を意識している感覚が
 あることに気付く。
 他とはきっちりと隔絶されていながらそれは「他との隔絶」というその「他」という存在の上に成り立つもので
 あり、またそれはすべての道を収束した一本の道の先端に位置するような、孤独でありながら騒然として
 いて、他の者の吐息を熱く感じながらもなぜか体はひんやりと冷えていたりする。
 自らの中に蠢く他者なるものの存在、それを激しく感知しているのは他ならぬそれを内包している自分
 自身であり、その内なる他者を知覚して震える自分の存在がひっそりとただ在るのを感じてしまう。
 淡幽は自分の筆記者としての在り様を、ギンコにちゃんと見ていてくれなと言います。
 淡幽はギンコに見られているという感覚、この世界の中に自分という存在をギンコの瞳によって照らし出し
 たいと、そう思い続けることのできる自分自身の存在そのものに、なによりも熱く激しく抱きついてるんで
 す。
 誰かが見ていてくれるから、世界に内包されている「私」という他者を知覚してくれている誰かが居ると
 いう事、それを認識することで淡幽は生きている自分がどういうものであるのかを知るのですね。
 ギンコが見ていてくれると思うから、淡幽は頑張れるんです。
 自分の中にある蠢くなにか、それが紙という世界に書き記される事でその姿を顕わすゆえに、淡幽は
 それでも筆を取りたいと思えるんです。
 そして淡幽はその紙にしみの蟲の卵を付着させて、その紙の腐食を進めていったりもする。
 ほっといたって紙という世界は変わっていってしまうのだから、そのたびに自分の存在をそこに在らせるため
 に何度もそれを書き込み直さなければならないだけれど、ならば自分からその自分を記す場所を変えて
 いこう、そういうこともしていこう、そうやって自分を在らせるということの楽しみが在るからこそ、生きているの
 が楽しくなるのじゃないか。
 蟲を殺さずに済むと言えるのは実際に蟲に対峙するものだけではと言われたとき、淡幽はむっとするん
 ですね。
 違うだろ、蟲と対峙しなくちゃ言えないような、そんな「自分」なんて全然楽しくないだろう、と。
 言えるか言えないか、では無く、言うか言わないか。
 そして淡幽の右足が動くか動かないか、では無く、動くと思うか思わないか、なんですね。
 淡幽は実際に蟲と対峙し続けているのですけれど、しかし対峙するという事実そのもの、或いは対峙して
 いる対象そのもの、それら事実や対象と出会っている自分というものをどう在らせるのかというのは関係
 無いことだろうと淡幽は言うのですね。
 淡幽だって体に宿る蟲のことは恐くて恐くて堪らない訳で、だから実際はひどく関係はしてるのだけれど、
 でも淡幽はそうやって恐怖している自分の姿を見つめることができたからこそ、だからこそその恐怖と共にそ
 の対象である蟲とも生きたいと思えなくちゃ駄目だろうと思うのです。
 それが、蟲と共に生きている自分の姿というもの、そうして生きている希望の姿に、淡幽はなによりも強く
 憧れ、そしてその憧れの元に動かない右足のためにも、その残る左足の一歩を大きく大きく前へと踏み
 出し続けるのです。
 私が生きてる限りこの前進は止まらない・・・・
 そして・・・
 この前進を私が止めない限り私はずっとずっと生きて此処に在るんだ・・・・・
 右足が重くなれば重くなるほどに、どうしようもない死が近づけば近づくほどに、淡幽はそう思い続けるこ
 との中に自らの存在を描き出していくのです。
 自らをこの世界の中に書き込む筆記者として、淡幽はそうして自らを書き込むことのできる自らの存在と
 いう筆を振るうのです。
 人は皆、そうして自らの編み出した呪法を以て、自らをこの世界の中に封じるのです。
 封じられるということは、その封印された場所からは出ることはできないということ。
 けれど。
 それは封印されて此処に居る、というなによりも確かな存在証明になるのです。
 筆記者としての運命に封印された私、書物に封印された私、肉体というものに封印された私。
 誰もが其処に、沈黙なる生命の息吹をただただ感じ取りながら。
 自らもまたそのなによりも静かでありながらもなによりも騒々しい、豊かな世界の中に生きていくのです。
 
 蟲師については到底語り尽くせません。
 そしてその無尽という歓びを与えてくださったことに感謝致します。
 蟲師万歳。
 今の私に言えることは、ただこの静かなる言葉だけです。
 そして、この文章を綴る指先が、今私の目の前に熱く感じられるのでした。
 
 
 

 

-- 060319--                    

 

         

                                   ■■ 震える世界 ■■

     
 
 
 
 
 春の訪れを待ち侘びている者達のその春への想いが暖かく広がるのを肌で感じながら、立つともなくただ
 風に身を任せて彼らと共に春を求める歌をくちずさむのが心地よい今日この頃、皆様如何お過ごしで
 しょうか。
 穏やかな気候を感じている自分がふと目の前に居るのを感じてしまうとき、それはもうとてもとても優しい
 気持ちが溢れてきてしまいます。
 目の前の誰かの笑顔が暖かいときは、それはきっとその誰かの瞳に映っている私の笑顔もまた燦々と暖か
 く輝いているのだという事を、ゆっくりとそれでも確かに感じているからなのでしょう。
 その心の底から深々と暖まっていく感触が、鮮やかに目の前に私自身の姿を照らし出してくれるのです。
 
 さて。
 先程、「雲のむこう、約束の場所」という作品を見終えました。
 見ている間中感じ続けていた、誰かの笑顔に照らされたその笑顔を見て笑顔になれた私の姿を、すべて
 見終えた後に私の目の前に顕わしてくれました。
 なんて清々しいのだろう、という言葉をまずすっきりと溜息と共に吐き出して、そして大きく息をひとつ吸い
 込んで、本当にもう喉が枯れるまでお話したいと思える、この震えるような感動。
 なにげ無くただ自分が此処に在るという感動、それをなぜ自分が知っているのかという疑問に苛まれ、
 ただ鬱々と言葉を重ねるも、その言葉の遍歴が為す他の誰かと築く世界のぬくもりがただもう涙が止まら
 ないくらいに綺麗で、たとえその綺麗で大切な風が取り巻く自分と共に在り続けるだけの世界が矮小で
 あろうとも、この涙が頬を伝う感触を越えるほどのものを、その矮小な世界の外で刻々と変化していく
 禍々しく巨大な世界がもたらさない限り、その世界と在る自分だけが此処にあるという言葉。
 美しい綺麗な世界の中にきらきらと輝く誰かの姿を見つけたとき、その誰か自身はその美しい綺麗な世
 界の中に分離し独立し孤独なままに閉じ込められているのです。
 美しい世界の一部として生きること無く、ただそう見えるだけで本当はただただ誰もがひとりその世界を負っ
 て生きている。
 そして自分の背負う美しく綺麗な世界を見上げて、そしてなんとかそこに辿り着きたいと想うのです。
 こんなにも身近にありながらも、世界ほど自分から遠いものは無く、ただただ自分が此処に在るという
 実感にも似た冷たい説明を唱えることしか私達にはできないのです。
 そしてその中で、私達は常にその自らの築き上げた美しい綺麗な世界から得るその「美しい綺麗な」実
 感を頼りに、或いはそれを切実な糧として生きていくのです。
 
 けれどそれは逆に、その「美しい綺麗な」実感を得ている、という自覚だけは確かに存在していて、
 ゆえにその自覚の元に見渡す世界は紛れも無く美しく綺麗なものであり、それはまたそれがすべてとして
 広大なままに広がっていく絶対的な世界として認識されもするのです。
 自らの体験から生み出す甘い世界の幻想体験の連続、それを体験しているという意識そのものが存在
 する限り、私達は常にそれと並行して確実に存在する現実という名のひとつの世界の存在を感じない
 訳にはいかなく、その現実世界というものを認識した上で為されるその美しい綺麗な世界の体験は、
 逆にその現実社会と並行してある、ただの「可能性」としての世界のひとつにしか過ぎなくなってしまうの
 です。
 それを感じた瞬間に震える心。
 そして震える世界。
 
 見上げた綺麗な場所。
 それは見上げている自分自身が立っている場所そのものであり、たとえ自分が今立っている此処
 がその場所なんだと言っても、それは決して言葉以上のものにはなり得ずにただ無為に風に乗って流され
 てしまうだけ。
 自分が今此処に居るという実感、それそのものは決してその「此処」という場所と一体化することはでき
 ないのです。
 ゆえに誰もが憧れを以て、今現在既にそれを「実感」しているという形で確かに体験している世界、
 その存在そのものを得るためにどこまでも追いかけていく。
 けれど、その心の内は遥かなる危惧と共に深々と冷えていくのです。
 もしこのまま見上げて追いかけている、その美しい綺麗な世界に「辿り着いて」しまったとしたら、私はその
 美しい綺麗なものを感じることはできなくなっちゃうんじゃないの? と。
 いつも共に在り続けた美しい綺麗な、そしてなによりもそのぬくもりを以て感じ続けることの出来た世界を、
 「いつか辿り着ける場所」として見上げるもの追いかけるものにして、そして本当にそこに辿り着けてしまっ
 たとしたら・・・・・
 私はずっと最初から、此処に居るのに。
 初めからの居場所を、辿り着く場所として遥か雲のむこうに押し上げてしまったという恐怖に震えるので
 す。
 そして、見上げ追いかけるものとして、ただただ無味無臭な「可能性」としてだけあるひとつの世界に貶め
 られたその美しい世界に辿り着いてしまった瞬間、その世界の美しさと綺麗さとぬくもりを失ってしまうので
 す。
 求めたものを得るということが、それを失うという事へと至ってしまうのです。
 自分の居る世界、それは自分とは関係なしに刻々と変化していく禍々しく広大な世界でありながら、
 それでいて刻々と変わっていく自分の中にある美しい綺麗な世界によって照らし出されてもいたのです。
 
 そして。
 そうして美しい綺麗な世界との一体化を阻まれたままでも、確かにその中でひとり立っていることでその
 世界の美しさ綺麗さを感じられた「私」は、それがすべて失われた場所で新たなその「美しい綺麗な」世
 界を、その目の前に居る誰かと共に築き上げていこうとするのです。
 自らの求めたものを求めることによって失い、けれどそれはそうして失うことによって初めて改めてそれが自
 分と共に在るものだという感触を得ることに至らせたのでした。
 ひとりで見上げた雲のむこう。
 そこで輝く美しい光に照らし出された、紛れも無くその場所を見上げている私の「此処」が、
 その一瞬を経て世界というものを初めて実感させるのです。
 綺麗で汚くて美しくて醜くて暖かくて冷たくて。
 そしてなによりも遠くなによりも近い「私達」の世界が広がっていることを、感じて。
 ぞくっと震える一瞬の感覚、それだけが世界というものであると、私はとても清々しく感じられました。
 
 
 P.S:
 ヒロインの中の人がガンスリのヘンリエッタの中の人も兼ねていたとは結局最後まで気付きませんでした。
 一応事前に知ってたのに、肝心の声聞いてもわからなかったってどういうこと? (ほんと駄目な人です)
 
 
 ◆ ◆
 
 今日はただもう蟲師の第20話の「筆の海」という作品に登場する淡幽お嬢という人物について、切々と
 朗々と延々と語り上げようと思っておりましたのに、ひょんなことからケーブルテレビで放送されていたこの
 「雲のむこう、約束の場所」に魅入ってしまい、このような次第となってしまいましたこと、誠に申し訳無いこ
 とと思っています。
 特に淡幽お嬢に「筆の海」というお話のすべてを詰め込んでしまい、思いっきりその思いの丈を吐き出した
 いと思っていたつい先程までの私に対して。ほんとごめん。
 
 それと最近思うのですけれど、情感が無い。
 いえ、どうも最近はつらつらと論理の赴くところのままにそれを追いかけることしかしていないような、そんな
 紅い瞳的には面白くもなんとも無い文章ばかり書いてしまっている私なので御座います。
 もっとこうドロドログチャグチャとのっぴきならないような雰囲気を醸し出すというかひねり出すというか、そう
 いった境地から綴られていく言葉の中に、ひょっこりと芽生えるなにか理屈なようなもの、それに血肉を与
 えてさらに色彩を加えてその言葉に塗り込めていく、という作法こそが私としましては書いていて最も楽しい
 のです。
 論理と情感、感情と理屈、という他愛の無い二分法にはもはや全く満足できないゆえに、それらの切り
 離せぬ結びつき、いいえそれらはふたつにしてひとつひとつにしてふたつという、それこそ一心同体ぶりを
 示す事のうちに、私がなにかを書くことで顕わしたいなにかが見えてくるのですから。
 要するに最近の紅い瞳はなっとらん、ということです。
 精進なさい。<はい、努力します。
 
 さて、黙っているのも面倒ですので、あっさりと淡幽お嬢への思いの丈を小出しに致します。小出して。
 「淡幽お嬢」、という人格そのもの自体を総論として思い描くよりは、その人格というものを礎にして見出さ
 れる思考性精神性そして哲学を描くことができる、という意味に於いてはこの淡幽お嬢という存在は破格
 の存在で御座いまして、それゆえ通常ならばその描画の重要素のひとつとなる情感というものにあまり
 こだわらなくても済むというほどなのです。
 これはすごい。
 まるで思想が足を生やして歩いているような、哲学が筆を以てさらさらと文字を綴っているような、そういっ
 た人物の象徴化としての淡幽お嬢のお姿を拝すれば拝するほどに、私の中に募る想いには滾々と言葉
 が湧き出、そしてその想いの内側に張り付いてそれを動かしていくような、激しくも静かな律動を以て私は
 いよいよそのお姿の中へと誘われていってしまうのです。
 面倒になってきましたので、まとめます。
 つまりは淡幽お嬢萌えです。
 詳しくは火曜日頃更新予定の蟲師感想日記をお待ちくださいませ。 (*注:萌えはありません)
 
 ちなみに、いえちなみにで言うような事では無いことは重々承知の上では御座いますが、正々堂々と
 本文で申し上げるのも気が引けるというより恥ずかしいので、どうかこの態をお許しくださいますよう。
 では、ひとつ。コホン。
 
 
 紅い瞳的アニメNo,1作品はぶっちぎりで「蟲師」となりました。 *恥ずかしいので文字小さくしてみました。
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 今日は春の陽気(目一杯曇ってましたが)に釣られてか、妙に指の動きが滑らかですので、
 もうドンドンいきます、いいえいかせて頂きます。
 「戦国無双2」を友人とやりました。
 1よりかなり改善されて、大幅に楽しめる要素が増えたように思えます。
 キャラの差別化がアクション数の増加によって飛躍的に伸び、プレイしていてもそれによって戦術性を感じ
 られるレベルにまで到達しており、またそれでいて操作はあくまで簡単という、私などには嬉しいもので、
 またキャラの成長要素も獲得した勲功(経験値)によって上昇する階級(レベル)に伴うもののみでは
 無く、ゲーム中で稼いだ金銭によって購入した「技能」を修得することによっても為されたりして、大幅に
 その領域における愉しみが増加しています。
 技能の数自体も増え、また階級が上限に達してもパラメータはさらに伸び続けもするらしく(まだそこまで
 育てていないので未確認ですが)、育成ゲームとしての愉しみもしっかりと含有されていました。
 逆にキャラひとりを完全に育て上げるにはかなりの時間がかかるので、結果キャラそれぞれが違った育ち
 方をし、そのおかげでプレイ自体も長く続けていけると思います。
 私的には友人とやっててかなり楽しかったですし、1での不満点をかなり改善してあって、1とは全く違うも
 のを作ったという話にも頷けます。
 ただやはり私としては不満点はいくつかあります。
 最大のものは、護衛兵好きな私にとって護衛兵が護衛武将、つまり戦場に連れて行けるのがひとりだけ
 というのはまさに痛恨の極みでした。
 初めてプレイしたときには思わず友人に蹴りを入れたくなったほどです。うん、ごめん無関係なのに。
 どんなに武将の種類が豊富であろうと、連れて行ける数がひとりなのではお話になりません。
 それに新武将が作成できないというのはどういう事ですか。
 双六とかいうミニゲームは全く以て不要です。
 ああもう、いらいらしてきた。
 でもね。
 
 一杯斬れれば、どうでも良くなるよね。 (それが無双の真髄)
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 すみませんすみません、くだらないことばかり延々と書いてしまって本当にすみません。
 でもまだあといくらでもくだらないことが頭の中に行列を為していてうわーたいへんだーな状態で御座います
 のでほんともうすみません。
 今週(というかもう先週)のすごらじ聞いて雪の音が好きとか自分の出す音が好きとかいう話がでてきて、
 お、これは蟲師を見ているんですねこの人達、という脳内限定勝手に設定事項がまたひとつ増えたりとか
 、マリみてのラジオは毎週は更新しないんだということを当日まで全然気づかなかったりだとか、
 ていうかアリアのラジオはまだ聴いてないとか(もう火曜が更新日です)、まったく本当にくだらなくてすみま
 せん。
 あ、あと(以下略)
 
 
 
 そ、それじゃ、また。 (バタバタしながら)
 
 
 
 
 
 おまけ:
 来る3月25日土曜日午後11時30分より、毎月恒例のチャット会を行いたいと思います。
 ていうか3月はあと2回は土曜日あると思ってたらあと1回しか無いとか、まったく時間が経つのは早いもの
 よなぁというプチ浦島気分を味わていうかごめんなさい急に決めたりしてほんとごめんなさい4月こそはみな
 さんが来られそうな土曜日にしますからほんとごめんなさい!
 
 最近謝ることで調子を上げてきてる奴ってどうかと思う。(黙れ)
 
 
 

 

-- 060316--                    

 

         

                                   ■■ 生存地獄 ■■

     
 
 
 
 
 『地獄? ・・嘘・・・・どうして・・どうして私が・・・・・・なんでなの・・?・・・・誰がこんなことをっ・・・・』
 
                             〜地獄少女・第二十三話・加奈子の言葉より〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 荒れて、荒れて、涼やかに、荒れて。
 
 颯爽と流れる闇の手前に落ちる一握の時間。
 さめざめと涙で湿る土の匂いを背に伸びていく影の行方を追っていた。 
 そのあやふやな影の先に立つ闇が此方に来るまでの僅かな隙間。
 その隙間が、その時間が、延々と、延々と、続いている。
 ほんの一瞬の薄明かりに照らし出されたその影を見つめる瞳の座す薄い空間。
 やってくる。もうすぐあれが此処にやってくる。
 その確信に怯え瞼を閉じた先に見えた闇の中にはもう誰も居なかった。
 それなのに、まだ、この瞳はずっと前方を見据えたままだった。
 なにか居る。
 だってあの闇は、動いて・・・・
 
 ◆◆
 
 にこやかな笑顔。
 その内側にあるものを想像するたびに悪寒がした。
 その悪寒がなぜ発生するのかを問う前に、その悪寒が在ることでその笑顔の禍々しさを確信していた。
 怖い笑顔。
 福々と広がっていく優しさや暖かさ、それがいくらでも醜く冷たく変わっていくのをその場で感じていた。
 目の前に繰り広げられる圧倒的なこの現実が、私の心を怒りで震わせていた。
 ほら、この人きっとなにか隠してるんだよ。
 そう思えば、この人の隠しているものを全部晒して、誰の目にもわかるようにその醜さを暴きたくなった。
 ぐるぐると私の瞳の中を駈け回る憎悪が、どんどんと私の見つけるべきものを目の前に映し出していった。
 やっぱり、あの人が見えてきた。
 あの人の姿が、あの人の言葉が、あの人のしていることが、いっぱい、いっぱい。
 見えたってことが、それが目に映ったってことが、私がそれを目の前に映し出したってことが、それがなにより
 も動かない証拠なの。
 あの人は悪い人よ。
 
 
 ◆◆◆
 
 悪い人なんて居ないんだ。
 なぜなら、悪い人しか居ないから。
 それを悪いとして見た人の瞳の中に映る人は、須く悪い人だけが在るんだ。
 いいか、つぐみ。
 加奈子さんは、お前も見た通り、悪い人なんかじゃない。
 それは俺達だけじゃなくて、周りの人のほとんどがそう思っているというのは調べた通りだ。
 でもな、それは俺達の中にあるこれが悪い人だというイメージに沿っていない、という事なだけなんだ。
 彼女が表でも裏でも「悪い」ことを本当にしていなかったのだとしても、それは俺達の定義した悪さをして
 いないということだ。
 ああ、そうだ、だからその定義によって加奈子さんを見ている人達の瞳の中では、確かにあの人は愛すべ
 き善人であって、そして憎むべき悪人では無いんだ。
 だから、もう言わなくてもわかるな。
 あの人の事を俺達と同じ善人悪人の定義で見ない奴の瞳の中には、あの人は決してそうは映らない、
 ということなんだ。
 逆にいえばそれがどんなものであれ、「怨み」による依頼ならば引き受けるという事なんだ。
 俺達から言わせれば「逆怨み」なことであろうと、それは「怨み」であることに変わりは無いから、だから
 地獄少女は加奈子さんを地獄に連れて行ってしまった。
 ひとりでもその人を悪人とみれば、その人は地獄に送られるべき悪人になってしまうんだ。
 
 いいか、つぐみ。
 それはこういうことなんだぞ。
 世界中の誰もが、地獄に落ちねばならないほどの悪人であるのかもしれない、と。
 俺も、お前も、どんなに清廉潔白で正しいことを為すだけだったとしても、誰かに怨まれてしまえば、
 それで終わりってことなんだ。
 誰かに怨まれないで済む事なんて有り得ない。
 げんに加奈子さんだってあんなに良い人だったのに、見ず知らずの全く関わり合いの無い人間によって
 地獄に送られてしまっただろう。
 それなら、俺達の定義した正しさをちゃんと実行しない地獄少女が間違ってる、これはなにかの間違いで
 、ほんとは加奈子さんは地獄に落ちるべき人じゃ無かったんだと言うか?
 違うぞ、つぐみ。
 地獄少女は「俺達の」正義の味方なんかじゃない。
 地獄少女はあらゆる人間の正義を動機とした怨みの味方なんだ。
 誰かがそれを悪いと言ったら悪いという、それが地獄少女のしてることなんだ。
 だから地獄少女に間違いなんてない。
 彼女にとって重要なのは、ふたつの正義がぶつかり合って諍いが生じ、そしてそれのどちらが先に怨みを
 晴らすという形でその正義を全うしたいと考え行動したか、ということだけ。
 つまり、良いも悪いも無く、誰が一番最初に地獄通信にアクセスしたのか、ただそれだけなんだよ。
 
 そしてな、つぐみ。
 その地獄少女の在り方を批判しただけじゃ、結局地獄少女のやってる事と変わらんさ。
 地獄少女のしていること、それは重要なことを俺達に示しているんだ。
 もし地獄少女が「俺達の」正義の味方だったとしたら、どうだ?
 俺達は、今のこの地獄少女の実態を見て感じて、そうしたらどう思う?
 俺達にとってあくどい事を醜い事を間違っている事をやっている奴が居たとして、それを見てそれ
 が許せなくてそいつを地獄送りにしてやろうと思ったら、それは結局加奈子さんを地獄送りにした奴と同じ
 ことをしているってことに気付くはずなんだ。
 どんなに悪いと思える奴が居たとしたって、それはそいつがそいつとしてただ在るようにして在るだけで、それ
 が思いもよらないうちにいきなり地獄送りにされてしまったときの驚き、それはな、加奈子さんの助けを求め
 るあの叫びと、なんら変わりは無いものなんだ。
 今まで地獄少女によって地獄送りにされてきた人々は、みな一様に驚き悲しみ、そしてなによりも彼らの
 思うところの正義を鑑みた上でそれを「理不尽」な苦しみとして受け取っていくんだ。
 俺達の正義は、ただ俺達の正義にしか過ぎない。
 俺達が自分の思う正しさを確信するためには、その事を大前提にしてなくちゃいけないんだ。
 それがどんなに理に叶っている言葉であろうとも、どんなに理屈が通っていようとも、俺達という存在その
 ものはその理や理屈からは離れていて、だからこそ俺達はその自分とは離れているものを自在にいじり、
 そしてそれゆえに人によって全く形の違う正義が出来ていくんだ。
 その異質な正義同士をどんなに突き合わせたって、それで優劣を決めることなんてできないんだ。
 だからそれを踏まえないで確信する正義というのは、それはもはやただの狂気にしか過ぎなく、そしてその
 狂気の成れの果てが「怨み」としてその姿を顕現させていく。
 俺達は、「正しさ」というものを、自分達の創り上げたモノ、或いは自分が頷けたモノの中にしか感じる
 ことはできない。
 でもだからその「正しさ」によって行動していけば、いずれその「正しさ」に見合わないモノを抹殺しようと
 いうことに行き着いてしまうんだ。
 俺達は、そして俺達とは決して共有しない正義を持つ人々は、ただただ自らが生きて此処に在るという
 意識の中を漂っているにしか過ぎないんだ。
 だから、それを根こそぎ奪ってしまうような地獄少女のしていることを許してはいけないし、またすべての
 「復讐者」を許してはいけないんだ。
 つぐみ。
 もしお前が誰かをどうしようも無く怨んだとき、或いは誰かの怨みを代行して晴らそうとする者を見たとき、
 その自分の怨みの気持ちと誰かの怨みの代行者の姿を認めるその大元にある正義、その存在を認める
 ためには、なおの事それと同等にしてその正義によて否定される者が持つ正義の存在をも認めなくちゃ
 いけないんだ。
 そうだ。
 間違ってると思う正義の中身を認めろって言ってるんじゃない。
 それを認めるというのは、逆にそれを否定する自分の正義の存在意義を否定する事になってしまうから
 な。
 だが、その間違ってる正義の存在そのものを否定することもまた、それと同等の重さを以て存在している
 自分の正義の存在そのものの否定にもなってしまうんだ。
 いいか、つぐみ。
 『復讐は、なにも生まない。』
 だから。
 するべきは、ただその間違ってる正義のどこがどう間違っていると思うのかを考え、そしてその正義の中身
 を修正することを求めることだ。
 修正を行う、その当の間違ってると思う正義を創った者を地獄に送ってしまったら、本当に何にもならない
 。
 俺達がすべきなのは、悪人を殺すので無く、悪を善に変えること。
 勿論相手だって自分が正しいと思っているのだから、逆にこちらの正義を悪とみなして自分の思う形の
 善へと変えようとするだろう。
 でも、それでいいんだ。いや、それがいいんだよ、つぐみ。
 俺達は、そうやって自分達からは離れたところにある「善悪」という場所で、ただただ争えばいい。
 そしてだから、決して「自分達」という「居場所」を破壊してはいけないんだ。
 信奉する正義のままに殺し合えば、それはただただ狂信的な壊れた死の世界しか生まない。
 俺達は、そのために正義を自分から分離し、そしてその分離したもの同士のみを争わせることが可能に
 なるんだ。
 
 それは大変なことなんだけどな。
 勿論、俺だってそれは痛いほどにわかってるさ。
 俺達から離れているはずの正義っていうものが、それでも確実に俺達の内側にあるっていうことをな。
 だが。
 
 
 そうしなければいけないということもまた、痛くて痛くて堪らないほどに感じているんだ。
 
 
 
 つぐみ。
 絶対に。
 絶対に。
 
 目の前で消えた加奈子さんの笑顔を、忘れるんじゃないぞ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 忘れられないからこそ、すべての怨みを晴らそうとする者を、俺は今、しっかりと見つめている。
 
 
 
 
 
                               ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 

 

-- 060314--                    

 

         

                                     ■■ 青春 ■■

     
 
 
 
 
  前略。あとなんか色々略。
 
 蟲師が20話で終了になりました。
 打ち切り、という形式なのかどうか、その辺りの放送側の内情は知りませんが、もしそうであるのなら
 非常に残念であるという思いは拭い切れません。
 それに対する文句批判非難罵倒罵詈雑言ていうか祟ってやる等、切りがないほどに申し上げたい事は
 ありますが、その辺りについては本当に切りが無いので、このたびは控えさせて頂きます。
 ただ、こういったことが当たり前なことだとして、放送・制作側はおろか視聴者側までもが受け入れてしま
 うのは非常に危険なことだと思います。
 視聴者は視聴者としての自覚と責任を以て、放送・制作側の事情を一切慮る事無く、ただただ「無責
 任」にその提示された作品に対する評価をするべきであって、決して放送・制作側にたってその評価を歪
 めるべきでは無いと思います。
 それは広い意味での馴合いになると思いますし、またそうして放送・制作側に対する視聴者側の厳格な
 態度こそが、真に作品の質を向上させる因になると考えています。
 視聴者は放送・制作側に同情する事によってその存在意義があるのでは無く、ただただ厳格な作品に
 のみ対する評価者であることこそ意味があると、私は思っています。
 ていうか、面倒なんでふだんはそういうこと滅多に言わないんですけどね、私。
 でも蟲師みたいな、それこそ視聴者にまったく阿る気が無い(当然ですが褒め言葉ですよ)、
 完全天上天下唯我独尊な作品をこういう形で終わらせて、しかもそれでいいやっていう風な雰囲気が
 広がってしまうのは、どうもね、うん。駄目だと思ったからね。
 つーことで、一応抗議の姿勢を示した紅い瞳でした。草々。
 
 はい、お疲れ様でしたー。撤収。 (さっさと着替えて)
 
 
 * ぶっちゃけ正直に、マジで蟲師のような素晴らしい作品が打ち切られるのは、大きな損失だと思うで
   すよ。私しゃ別に萌えとかツンデレとかまぁそういうオタク御用達のアニメを否定しはしないし、むしろあ
   あいう風にして実感的に視聴者と繋がれる作品てのも大事だと思ってるんだけどね、でもだからといっ
   てそうじゃない作品をそれと同じ系列で評価して残していこうっていうのは、やっぱりマズいんじゃないか
   って思うのさ。そのマズイって気持ちまでどうでもいいっていうのは、まぁ、うん、駄目だと思ったの。
 
 
 
 
 ◆ ◆
 
 ■「蟲師」 第十九話 :天辺の糸
 
 ・きらきらと薄く輝く水面を目の前にして始まる物語。その水の流れの一筋のようにして、ふたりの人間の
  会話がさりげなく流れている。
 ・子守の仕事が終わったあとの事はなにも考えていない、というより自分の意志でどうするかを決める気が
  まるで無いような、そういったひどくなにかに不安げでありながらも心地良く流されていく吹とい少女。
  雇い主の息子である清次郎が、仕事が無いなら俺と添わないか、というような事をその吹を捉えている
  流れに添わせようとする。それを吹はその流れの中から見上げて驚くも、自らがどうしようも無いほどに
  囚われている流れの中にある、もうひとつの流れをふと掴んでしまう。
 ・天から垂れている、吹にしか見えない糸。吹はその清次郎による求婚の言葉の横で、穏やかに流れる
  川の流れの手前で、その糸を引き、そしてその糸に絡め取られ天へと引き上げられてしまう。
 ・自らが見ているものの中には、他の人には見えないものがあるという事を自覚し、ゆえにそれがおかしい
  ものでありまたそれが見える自分のおかしさをも知りながら、吹はそれを越えて当たり前の事としてそれら
  の出来事と接し、捉えられ、流され、そしてその中で生きている。清次郎からの求婚という吹にとっては
  ただただ目を丸くするしか無い出来事もまた、その驚異さを越えて「当たり前な幸せ」として受容されて
  いく。けれどそのときその驚異さと同等な「当たり前な不思議」が吹の目の前で起きる。そして吹はその
  不思議な糸に絡め取られ、そして消えてしまう。
 ・それは吹にとってはごく当たり前の不思議でありながら、清次郎にとってはそれは有り得無いという意味
  での、絶対的不思議にしか過ぎないその吹の消失であった。呆然とする清次郎。この消失というものに
  対する吹と清次郎の間には確かに相違が生じていた。真っ白に輝く「吹の消失」を捉えた清次郎。
  そして天から垂れてきた真っ白な糸を掴んでそのまま空に連れて行かれた吹。吹にとってこれは消失
  では無い。吹はただずっとありのままであっただけ。
 ・夜空に広がる星空の下に生きるふたりの人間の見上げていたものは、違う。吹の見えているものは
  清次郎には見えず、清次郎はただそれが自分の未知なるものなのだろうとして、知っていこうとする。
  だが結局清次郎にはそれを知ることが出来なかった。自分では完璧に手を尽して準備も整えた。それ
  でも見えないという事は、これは吹が嘘を付いているとしか・・・。吹が天から垂れてきた糸を引っ張り空
  に巻き上げられた、というのは清次郎のついた嘘だった。清次郎はただ吹がそう言っていたのを信じただ
  けで、実際には吹が消えたという事実しか見えてはいなかった。山に探索に入った村の人々はその清次
  郎の話すら信じなかった。清次郎は不思議な事はあるんだ、とただ言っていただけ。村人は不思議な
  事の存在自体は認める気はあるが、それを語る言葉に説得力が無ければ信用しない。世の中に不
  思議なものなんてありゃしねぇんだよ。あっちゃいけねぇんだ。村人に信じられるのは体感として襲ってくる
  驚異としての言葉で綴られたモノそれ自体だけだった。
 ・そして当の吹には不思議な事など存在せず、そして消えてなどいなかった。空に巻き上げられ、そして空
  から戻ってきていたのに、清次郎も村の人にもその姿は見えていなかった。蟲の気を帯びた吹、それは
  その「不思議」という気に飲み込まれ、それはゆえにただ有り得ない不思議なものとしての不可視な
  存在としてしか、清次郎や村人達には認知されなかったのだ。清次郎はただその「不思議さ」のみを見
  つめ、村人はただそれを見えてはいけないモノ、或いはタブーとしてしかそれを認識することができなかっ
  た。だから誰も吹を見つけることはできなかったのだ。
 ・そして不思議なモノを「当然な不思議」として視ることのできる蟲師のギンコは、木の上に薄白く飾られ
  ている吹の姿を見つける。まるで祭り上げられたまま決して見てはいけない禍々しいご神体の如くに、
  それは奇妙な白さを纏ってそこに在った。
 ・「何事だ、ありゃ。」
 ・自らにまとわりつく「不思議な白」い靄の中を歩く吹。目の前を歩くギンコの姿を見つめながら歩く自身
  の姿を感じる前に、ただただそのギンコの背に従っている自らの不思議さに酔っていた。なんで・・なんで
  だろう・・・。それはまるで赤子の如くに、触れるもの見るものすべてが不思議なものであるゆえに、それ
  が当然な事になったゆえの不思議の消失を得ているかのよう。吹という人間は、ただずっとそう在り続け
  ていた。不思議なこと・・一杯ある・・・綺麗で・・・美しくて・・・・・嬉しい
 ・吹にとってゆえに不思議は不思議であって不思議では無い。吹という存在を自身が感じることができる
  という、その人間最大の不思議さえもそれは同じことだった。ただただこの現実を甘受し喜びを噛みしめ
  ていくためにそれを知っていく。
 ・だが吹の姿が余人には見えない、という事態そのものが自身を覆っていることも吹は知っていく。ありの
  ままの自分を生き続けていけば、その本質に近づけば近づくほどに、吹はその「不思議」に近づき、そ
  してその不思議を見て体験していくという主体としての「人間」からは離れていく事を感じていく。見てい
  るモノと一体化してしまえばそれを視る事はできない。吹はいつのまにか「吹」と名付けられた「人間」が
  自分でも見る事ができないことに気付く。あれ・・・私って誰だっけ・・・?
 ・吹が吹を捉えている流れの一筋となってしまえば、もう其処に「吹」は居ない。「吹」は流れに流されな
  がらもそこで「流されている自分」というものを自覚している者。流れるのでは無く流されている者。別の
  なにかによって動かされている自分というもの、自分を動かしているなにかを感じること、その意識を以て
  吹は「吹」という名を与えられた「人間」で居ることができていた。
 ・そしてその「人間」の「吹」だけが、他の人間の目の前に顕われることができる。
 ・地面の底に流れる光の河。吹にしかみえないその光は、その不思議さを越えた当然なる美しさを以て
  吹の目の前で横たわっている。だがそれを見つめれば見つめるほどに、吹はその光そのものになってし
  まい、それを見つめることのできる吹自身を失ってしまう。
 ・「あまり見るんじゃない。あの光は目の毒だ。慣れすぎると、陽の光が見えなくなる。」
 ・そしてギンコは夜空に浮かぶ天の川を見ろと指し示す。強い陽の光から目を逸らして、その光にも負け
  ないで輝く空の下を流れる光ばかり見ると、もう陽の光を見ることはできなくなるぞ。空の上で輝く光は
  強い陽の光に押し負けて、昼間はまるでその姿が見えないが、しかしそれは夜になればちゃんと陽の光
  に照らされて光輝くことができるんだ。空の上と下で対を為すが如くに光り輝くふたつの河。それは似て
  非なるものなんだ。強い光を求めるのなら、それに支配され動かされていく弱い光を見ろ。そうすりゃ自
  分が陽の光に照らされて其処でしっかりと光り輝いているのを感じられるようになるぞ。だから、陽の光を
  求め続けろよ。お前はずっと此処に在るんだから。お前が此処に在れば、陽の光にちゃんと照らされて
  りゃ、他の人にもお前が見えるようになるだろうよ。お前にしか見えない光の河にお前がなれば、それは
  決して誰にも見つけて貰えることは無く、お前自身もまたお前を見失うぞ。
 ・そして他の人にも見える「人間」の「吹」を思い出す吹。人の匂いがするところの方が良いのだと言って、
  ギンコは吹を連れ回していた。吹にとって最も重要だったのは「人間」である「吹」だった。吹が存在して
  いるという「当然な不思議」の下に生きる吹はただただずっとそれを求め続けていた。だから吹は蟲がみ
  えていようと光の河が見えていようと、自分が求め生きたいと思っている場所は人里の中にしかないと
  いうことを知っていた。そしてそれが、吹にとっての「当然」だったのだ。
 ・「私、帰らなきゃ!」
 ・村に帰ってきた吹を見つめる村人の目は冷たかった。一度消失した者が帰る場所は無かった。吹がただ
  当然のようにしてそれしか選ぶことのできなかった、子守という村の中での居場所はあっさりと奪われて
  いた。当然のようにどうしようも無くなった吹。だが、吹を目にした清次郎が吹に改めて求婚する。
  目を見開く吹。そして、ごくごく当たり前な感動としての涙を目に湛えて、吹はその喜びの虜となった。
  嬉しい・・・嬉しいわ・・・清次郎さん・・
  此処に居たのは、ただただ求婚されて喜ぶひとりの女。そして村人の目の前にあったのは、あってはいけ
  ない禍々しい目に見える不快なモノの姿だけだった。
  あんな嘘までついといて、まさか若旦那の求婚に応じるつもりじゃなかろうね・・・
 ・村の中に流布する当然の発露として、清次郎の父親はふたりの結婚を許可しなかった。吹の幸せな気
  持ちがそれに害される事が無いのと同様にして、その父親の意志もまた揺らぐことは無かった。それを
  見た清次郎は、ふたりの橋渡しをしていく事となる。吹を、「この家の人間」としてちゃんと受け入れるた
  めに、なんとか父上を説得しよう。
 ・吹にまとわりつく白い靄はまだ消えてはいない。それが消えない限り吹はその靄に取り込まれたまま、皆
  の前から姿を消してしまう。靄との一体化。それを防ぐためには、吹にそれでも他の人にこの姿をみせた
  いと、それでも陽の光を受けて輝きたいと、それでも人間で居たいと思えるようにならなくてはならなかっ
  た。ギンコは清次郎を見てあんたなら大丈夫だろうと言った。吹と同じものを見ることができなくとも、吹
  と同じものを見ることができる者を羨ましいと言ったあんたなら。「吹は幸せ者だな。」
 ・吹はなにも嘘などついていなかった、吹にだけ見えるものというのは確かに存在していたと、清次郎は
  ギンコの蟲についての講釈を聴いて思い知る。だから今度は、俺があいつを信じて・・・・
 ・吹を信じ、愛し、ゆえにそれを動機として父達を説得するに励む清次郎。だが清次郎にはわかっていた
  。俺がたとえ吹を信じても、他の人には信じられないものもある。だから俺は吹を理解可能な形にして
  父上達に示さなくちゃいけないし、だから吹にも頑張って貰わなくちゃいけないんだ。だから俺は父上達
  に吹を認めて貰うために頑張るから、吹も認めて貰えるように頑張ろうな。俺達ふたりの愛がある限り、
  絶対認めさせてやろうよな!
 ・そうして清次郎はギンコの言うとおりに、吹に人間である事を自覚させ、またそう在り続けさせるための
  動機を育てあげていった。俺達は駆け落ちはしないんだ。俺達は「人間」なんだから、人と繋がっている
  存在なんだから、俺達は父上達を捨てて逃げ出したりしないんだ。吹もまた、自分が求められている喜
  びに震えながら、懸命に清次郎と共にこの家の中で生きていく道を歩いていった。険しくも希望の光に
  照らされた道を、ふたり手を繋いで豊かに幸せに歩いていった。
 ・「しかし、その後届いた文は、また吹が姿を消したことを知らせるものだった。」
 ・吹は笑顔だった。そして当たり前の嬉しさを噛みしめて、一生懸命にその当然な嬉しさを生きていた。
  頑張るのが楽しくて、我慢できるのが嬉しくて、肩身を狭い思いをすればするほどに、自らを覆い隠して
  しまう陽の光が強ければ強いほどに、それを受けて輝く自分の姿を感じていた。嬉しい。だから頑張らな
  くちゃ。だが、吹は忘れていた。吹はそうして希望を求めて生きられる「人間」である「吹」である前に、
  吹はその「人間」の「吹」を見つめるただの吹であるということを。吹は肩身の狭い思いをしているという
  自分の姿が今この家の中にあるのを、それを見ないでいることはできなかった。
 ・清次郎のしたことは、「人間」的に、「この家の人間」的に、そして今現在の村人の目にも見える存在を
  求める人間的には正しかった。体が軽くなって宙に浮いてしまう今の吹の姿を見せてしまえば、絶対に
  父や他の人には受け入れて貰えないだろうと思うがゆえに、清次郎はそれをまずなんとかするように
  吹に求め、そして吹もまたそれに懸命に応じようとした。  
 ・足を柱に紐で結びつけられ、そのままじっとしてろよと清次郎に言われたときの吹の瞳。あまりにも当然な
  清次郎の解決策に、なんの疑いも無く従い、またそれを懸命にこなそうとしている自分を肯定しながら
  も、その瞳の中に映っていたのは、紛れも無く足を柱に結びつけられて部屋に閉じ込められている自分
  の姿だけだった。その姿を照らす陽の光は、その狭い部屋の中には届いてはいなかった。
 ・私・・・・なんてことしてるんだろ・・・・
 ・清次郎の理屈を以てすれば、吹をそういう状態に置くのは仕方の無いことで、自分達が求めようとして
  いるモノの大きさを考えれば、避けることのできない犠牲であった。吹もまたその「清次郎さん」の理屈を
  正しいと感じ、だから頑張らなければいけないと自分に言い聞かせていた。だが、吹はそうやって自身に
  言い聞かせる吹である前に、そうやって自身に言い聞かされる吹であった。それが正しいことだとわかって
  るに、清次郎さんの言う通りだと思うのに・・・・・なのに・・・どうしてだろう・・・あの空の下を流れる光の
  河が・・・この部屋の畳の下で輝いているのが見えるよ・・・・
 ・吹は吹が求める対象にあらず。また吹は吹が求める対象を求める者にもあらず。
  吹は吹きが求める対象を求める吹を見つめる者で在る。
 ・そして吹は、その見つめた自分の姿を悲しいと思ったのだ。笑顔で居る自分を泣きながら見つめていた
  吹をやがて白い靄が包み、そしてその姿を清次郎の前から、そして吹の瞳からも奪っていった。
  吹にはもう自分が見えない。「人間」の「吹」を求める自分の姿を見つめることができないゆえに、吹は
  それに照らし出されることがなくなり消えていった。
 ・「言ったはずだぞ。お前が繋ぎ止めておいてやるんだと。」
 ・だから俺は頑張ったさ! 俺が繋ぎとめてやるために必要な情報を集め分析して、そしてその目標を
  達成するにはどうしたらいいのかを現実的に考えて、そして描いた図式を顕現させようと頑張ったさ!
  吹だってそれはわかってくれたし、だから一緒に頑張れたんじゃないか! ああするのは仕方無かった。
  でもああでもしなくちゃ周りの人は吹を受け入れちゃくれないんだよ。だから俺達は我慢したんだ。
  ここに居るのは俺達だけじゃないんだ。ここは他の村人も住んでる村なんだ。俺達はみんなに認めて貰
  いたかった。逃げたりしない。見捨てたりしない。この村の中に生きられないんじゃ、どこに行ったって生き
  られやしないんだ。それがわかってたから、俺達はちゃんとみんなとうまくやっていこうとしたんだよ。
  交渉ごとなんだよ。俺達を受け入れて貰う代わりに、俺達だって我慢しなくちゃいけないこともあるんだ
  。そうして初めて父上達は俺の説得に乗ってくれるんだよ。俺達の好き勝手やって、それで話に応じて
  くれっていうほうが間違ってるんだ。俺達はその理屈に頷いて、そして村の人間としてちゃんとやっていこう
  と思ったからこそ、だからこの我慢こそが希望になってたんじゃないか! なのになんで吹は・・・・・・
 ・「誰よりあんたが、今の吹を受け入れられずに居るんだな。」
 ・清次郎が求めたのは、村人達に受け入れられる、村人達の目にも映る「人間」の「吹」だった。
  それは吹もまた求めていた「吹」ではあったが、だが、吹はその「吹」では無いのだ。清次郎は「吹」を求
  め受け入れてはいたが、ただの吹を求め受け入れることはしていなかったのだ。ふたりが同じモノを求め
  ていただけで、お互いの存在そのものを求め合ってなどはいなかったのだ。
 ・「見えずとも、吹は今も此処に居る。」
 ・「人間」の「吹」が消えてしまっても、ただの吹はずっと此処に居る。その「人間」の「吹」が消えてしまって
  も、それでもまだそれを見たいと想い続けている吹が居る。そう思い続ける事ができているのは、それは
  同じくその「吹」を求めていた清次郎が其処に居るからだった。吹だけは、確かに清次郎の存在そのも
  のをしっかりと照らし出してみていたのだ。
 ・夜空に瞬く星々は陽の光さざめく中にも、その姿を失ってもなお居続けている。そしてそれでもその陽の
  光があるゆえにそれを受けて光り輝くことができ、そして、ずっとそこに居ることができるのだ。
 ・「見えなくても、ずっと空に居るんだ。」
 ・花嫁の姿の無い祝言。其処に居たのは、花嫁が居るが如くに振る舞う花婿の姿だけだった。
 ・花婿は家から出、そしてそこで見えざる花嫁と生き、そうして村人は近寄らなくなった。
 ・目の前に不思議な花婿の姿がある。それは忌むべき禍々しきモノではあるが、決して見えない存在で
  は無いままに村の中に在り続けた。村の中に「見てはいけないモノ」として確かにその姿を維持し続け
  たのだ。そしてその花婿は延々と見えないはずのモノを見えると言い続けていた。馬鹿馬鹿しい。なに
  言ってんだか、もう若旦那もお終いさね、ああおかしくなっちゃあね、あの吹と同じようなもんだよ。
 ・そして、そこに吹と同じでありながらも、確かに村人の目に映る清次郎が居た。其処に、「見えないは
  ずのモノ」として新たな姿を顕わした清次郎。
 ・そして。その清次郎と同じものである吹もまた、「見えないはずのモノ」として、確かにその姿を村人の前
  に顕わしたのだった。見えないはずなのに確かに見える吹の姿が、目の前に。
 ・吹という、不思議でありながらも「当然」な存在が、村の中に生き始めたのだ。吹が「人間」の「吹」の
  中に入っていくのでは無く、吹の中にその「人間」の「吹」が宿ったのだ。吹が村人に認められるから
  此処に居られるのでは無く、吹が此処に居るから村人は吹を認めるのだ。無論、村人のその認め方は
  異様である。吹はただ逃げ出してたのがただ帰ってきただけだと。不思議なことなどあるはずは無いんだ
  と。「吹だよ。一体いつ戻ったんだろうねぇ。」当然なことが起きただけであると。昔からなにも変わっとりゃ
  せんよ。あの子はああいう子さ。消えてた?あんた何言ってんだ?
 ・そして、吹の姿は、敢然と、その村の中に居場所を「確保」したのだった。
 ・「人々は吹の姿を視るようになり、その後は吹の姿を消す癖はもう二度と出なかったという。」
 
 
 なんか色々後書きしようと思ったんだけれど、ほとんど書きたいことは書けてしまったよ。
 でもまだまだいくらでも書けるなー。書けすぎて後書き如きにゃ手に負えないや。
 蟲師最高。
 その想いがあればいくらでも感想を紡ぎ出すことができるし、またその想いをいつも私の中にあらせてくれる
 のはその蟲師という作品の存在そのものであるのだし、だから私は蟲師が在るって感じることができるたび
 にわーっと色々な想いを涌かせることを安心してできる訳だし、そしてだからこそそうやって豊かに湧き出し
 た想いをもっともっとすっげーものにして書き表わしたいっ、って思えるのですよ。
 うん、この「天辺の糸」っていう話はそういうことね。
 私っていう存在があるってことをいつでもどこでも強く感じられるからこそ、だからなおのことその私というもの
 が見ているもの求めているものをみようとする。ときにはその見ているもの求めているものの光が強すぎて
 、肝心のその私が存在しているということそのものの姿を感じられなくなるけれど、でもその光を感じてい
 るということ自体が、そこに「感じられない私という存在」というものを顕現してくれるのですよね。
 私はだから私というものを見えようと見えまいと感じることができる訳で、またそれは逆に他の人から見られ
 ている自分というものもまた、それと同じなんだということに思い至る訳。
 みんなの中で生きるためには既に居るみんなに受け入れられるようにしていかなきゃ受け入れて貰えない
 、そうしなくちゃそのみんなの中に自分を感じられないと、そうじゃない。
 みんなの中で生きたいって思ったとき、既にそう思った私はそのみんなの中で生きてるんです。
 そこに今在るもの、その中に自分も含まれているという事に気付けば、みんなに受け入れられない私、
 というものが確かにそのみんなの中に生きて在ることを認識することができるんですね。
 そして、だからこそ今度はその中で、そうしてみんなの中で生きている中で、なんとかみんなに受け入れて
 貰おうとするんですよね。
 最初から在る「自分」という居場所というものに、その「自分」が居ることができる居場所を改めて創って
 重ねていく。
 自分の姿をみんなに見せつけるために、そして見て貰うために。
 私を見て貰うために私を変えるのでは無く。
 私を見て貰うためにみんなを変え、そしてみんなを変えることができるように私を変えていくのです。
 そうして見せつけていく私という存在を見つめる視線が在るからこそ、私は私を変えていこうと思えるの
 です。
 私という不思議な存在を、それとは違った形の不思議さを持ったこの広大で不思議な世界の中で、
 きっちりとその世界の光を受けて光輝かせるために。
 自らの発する不思議な光とひとつになるでも無く、また世界の発する不思議な世界に飲まれるのでも無
 く、ただただその世界の中にひとり立っている自分を視るために。
 世界は人の数だけの不思議な光に満ちてなきゃ、ですよ。
 そのためにこそ、私は私の光をしっかりと護り、そしてまたそれを押し潰そうとする光からもまた、目を逸らし
 てはいけないのです。
 そう、だから私は、いつも、此処に居る。
 
 
 
 
 
 うわー。 (恥ずかしくて死にそうです)
 
 

 

-- 060310--                    

 

         

                             ■■春は眠くていいじゃない■■

     
 
 
 
 
  時候の挨拶を考えたら、なんだか風にそよぐ花粉のイメージが見えてきたのでやめにしました。(挨拶)
 
 いや、実際はまだまだ症状は出てないんですけどね。
 年々妙に発症時期が遅くなってきてるのは、これはなにかの兆候なのかとか心配事は尽きませんが、
 皆様におかれましては如何お過ごしで御座いましょうか。
 さてはい、特に書くことは無いのですが、どうしましょうか、ということなのです。
 ほんとはね、実はね色々考えてたんですよ。
 あまりにネタが無いんでトチ狂って私的に今まで見てきたアニメを評価して順位付けてみたりしようかなぁ、
 なんて思ってね、色々細かく評価基準を設定してみたりとかしてたんですよ?
 こういうの考えるのって結構面白いんですねー、知らなかったですよ。
 でもね、駄目だった。
 蟲師がいかに素晴らしい作品であるかを証すためのものにしかならなかったんだよね。
 要するに蟲師が打ち切りにされたときに受ける私の衝撃度を確認しておきたかっただけというか。
 まぁね、こういうのは考えてるときが一番楽しいんですよ。
 いざ書く段になると絶対あとで後悔するぞ感がビシバシときてさ、駄目でした。
 ていうかそんなことよりも蟲師打ち切りになったら、関係者に末代まで祟ってやる号泣します。
 あー、なんかなに書いてんのか素でわかんなくなってきた。
 
 で、うん。とにかくなんか最近つらつらと書くことをしてなかったんで、今日はなにか書こうかなぁと思ってだね
 、それでこうして指を動かしてるんですけどね、あれだ、今見てるアニメの感想でも書きましょうか、ええ今
 思いつきました、アドリブは強いですよ私、ていうかいつもぶっつけ本番ですよ、どうでもいいですね、うん。
 や、昨晩チャットで蒼さんにかしましの感想書いてみてよみたいな事言われてさ、あーよく考えたら日記の
 ネタにはなるよなーみたいなことを漠然と考えてさ、そう漠然とね、うん、萌えとか萌えとかツンデレとか別に
 書かなきゃそれはそれでちゃんとした感想になるわけで、だから萌え抜き感想を書いてみようかなぁ、とか
 そう考えた瞬間、萌え抜きなんて炭酸の抜けたフ○ンタオレンジだよ、そんなのただのオレンジジュースじゃ
 んとかそんな感じがしてさ、別に私はオレンジジュースは嫌いじゃないけどさ、でもフ○ンタオレンジじゃな
 きゃ意味ないしさ、あれ? 意味ないんだっけ? 別にオレンジジュースでもいいよね? いいね、うん。
 
 感想です。
 
 ◆かしまし: 目のやり場に困ります。でも勧められた以上しっかりと最後までみます。すっげー気恥ずかし
 い。はずむ萌えとか有り得ない。あすたやお父さんの痴態は笑うしかない。なんか目がかすむ。
 あんまり気持ちを込めるとストレス溜まるので、最近はただ淡々と冷静に見てます。
 そうして改めてみるとやす菜萌え割と素直に見られるなぁという事に気付きました。
 あと笑顔はとまりの方が萌え結構次の展開が気になる癒し系という感じもあるなぁと思った。
 色々なシチュエーションを重ねてそれに応じた作品側からの回答が与えられていくのを、ただそれをぼーっ
 と見ているのも、これはこれでなんだか穏やかで、そして癒されるようなほっとするようなそんな感じします。
 でもはずむには萌えません。絶対。(信念)
 
 ◆Fate: 説明がウザい、と最初は思ったし、なんか創作者の存在をその未熟さとして感じられるような
 ところがあったりして気になったけど、それは逆にそうやって創られている玩具、或いは見ている者自身も
 またその造形に口出しする事ができるような、まぁ極めて同人的というか、その辺りよくわからないくせに
 よくいうなお前、で、うん、まぁそうやって手軽に制作側と同調できる愉しみがあるよね。だからああいう
 雰囲気や人物の考え方、そういうもの自体がどうこうよりも、それをどうやって魅せていくかということを考え
 てああだこうだと褒めたり貶したりして愉しめるのかな、やっぱり。だからあとはセイバーがどれだけ格好良く
 なるかだけが勝負どころだと思う。
 
 ◆舞乙; あはは、これはイイ。これはイイものだよ諸君。娯楽品としてはかなりの良作じゃよ。ていうか
 巻き巻きとか猥褻物陳列とか幼児プレイとかまぁそういう小技もそうだけど、そういう小技と同列にして登
 場人物達の心理描写とかが綴られていて、まぁ要するに作品全部を使ったアトラクションみたいな感じで
 ってわかんないか、うん、つまりね、視聴者サービス精神旺盛っていうか、如何に視聴者を愉しませること
 ができるかって所に身の置き所があるんだよね舞乙って。だからそれに踊らされ、っていうかむしろ一緒に
 手を取り合って踊ることができれば、これは愉快なひとときを過ごせる作品なのだと思う。
 ぶっちゃけ私は踊りまくってます。あはは、止まんない。
 
 ◆しにバラ: まだ1話しか見てないけど。意外に面白かったような感触。そう、感触。なにが面白いのか
 よくわかんないけど、とにかく面白いって言わなくちゃいけないような気がするんです。いやほんとです。
 なんかこうムズムズするというか、だからちょっと掻こうと思うとすっとかゆみが治まってしまうというか、ええと、
 なに言ってんだ。うん、あのね、静かなお話だよね。で、その静けさというのが本来出てきてはいけない
 部分にまで出てきていてね、そのせいで妙にのっぺりと全体に平べったい静寂を広げていてね、だから
 すごくリアルなお話でありながら、それがひどく象徴的なものにみえて、だからリアルなのだけどリアルには
 見えず、そのリアルさを表わすためにそのおかしな静けさがぽんと提示してある、みたいな。
 ・・・・まだまだこれからさ! (投げやり)
 
 ◆怪: 1作目の四谷怪談は1話だけ見て愛想つかしたんだけどね、なんていうか本気でこんなもの今頃
 作って満足できる?っていうくらいの手抜きというか駄作というか、逆にそれがなんか怖かったんだけどね、
 で、2作目の天守物語もね、確かにひどい造作ではあったけどね、でも一粒一粒をその中から取りだして
 みるとね、おって感心するというかむしろ完全に圧倒されるようなところもあってね、ラストは別の意味で圧
 倒されたけどね、うん。で、3作目の化け猫。まだ1話目だけどね、へぇー。へぇー、こりゃーすごい。
 なんだか1作2作と続けてみて、この怪っていうアニメが進化してるのがみえたね。というか1・2作目が芋虫
 みたいな感じでなにこれって感じだったんだけど、3作目でしっかり鮮やかな羽を広げたというかね、もうほん
 と私はなに言ってんだよ、で、うん、良いよ。近年稀に見る怪作だよね。怪だけに。笑えないね全然。
 いやもう、ほんと、ごめん。
 
 
 
 あとね、4月からまた新しいアニメ始まるよね。知ってました?
 うん、私としては結構面白そうな作品が揃っているってところだったかな。
 でもね、良く見たらね、感想書けそう、という意味で面白そうなのは無いかもしれないというね、
 いわゆる紅い瞳的直感がぴーんときてね、こなきゃいいのにね、まったく、黙ってりゃかわいいのに。
 うん、こんな感じの作品に、こんな感じで興味を示しました。
 
 
 ・BLACK LAGOON
  銀光さんお勧め(ということにしておく)だから。あと某評論サイトで原作の評論
  読んで私も観てみたくなったから。それ以上でもそれ以下でも無い完全他力本願。
  面白くなかったらあなたたちのせいです。
 ・ARIA第二期: 
  大本命。選んだ理由は第一期のそれに準じます。ていうかネーミングセンスが気に入ら
  ないので個人的に第二期と呼称します。紅い瞳のつまらないこだわりをお楽しみくださいませ。
 ・スクラン二学期
  選んだ理由は(以下略)。まぁ特に言うことも無し。好きだから、この作品。 
 ・NANA
  まぁあれだけ話題になったのですし、わざわざ避ける事も無いかなぁって。ぶっちゃけ興味は
  ありまくりだったんですよ、一応。
 ・RAY THE ANIMATION
  なんか硬派っぽいし。最初はなんだってそんなもんなんですよ。別に適当に選んだ訳じゃないって!
  信じて! ビリーブ!
 ・XXXHOLiC
  黒幕。ああそうさ。私はこういうのが趣味さ! 悪いか!? (誰もなにも言ってません)
 ・西の善き魔女
  タイトルが気に入りました。
 妖怪人間ベム:  
 プリンセス・プリンセス
 
 
 
 
 おやすみなさい。
 
 
 

 

-- 060308--                    

 

         

                                ■■地獄の中の正義■■

     
 
 
 
 
 『憎んでも虚しいだけだ。だから、復讐なんてやっちゃいけないんだ。』
 
                             〜地獄少女・第二十二話・はじめの言葉より〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 正義。
 なんて愚かしい響きだろう。
 その響きに酔うままに生きる快感の無駄を知るがゆえにその愚劣さは果てしない。
 正義。
 なんて芳しい想いだろう。
 自らの内に湧き出る感情にその名が冠せられるときのこの淫靡な陶酔は限りない。
 その言葉を耳にしたときに感じる嫌悪は、その言葉を感じたときの潔癖を呼び覚ます。
 悪とみなされたものに対する憎悪は、その悪の重みに等しい愛の在処を指し示す。
 許さない。
 愛していたゆえに憎らしい。
 愛が自らの内に育まれていく感触を頼りに、其処に確かに正義の印を刻んでいた。
 愛が正義を証し、正義に照らされた愛に深みが加わっていく。
 愛しいほどに正しい関係。
 常に誇らしげに愛という言葉を示すたびに、其処には完全無比な正義が顕われる。
 愛しているからこそ正しく、正しいからこそ愛している。
 ゆえに正義から解放されたその愛は、その根拠を失い薄弱となる。
 その正しさゆえに有り得た愛は、無限にその命を奪われていく。
 殺せ、殺してしまえ。
 許さない。絶対に許さない。
 愛が離れて、其処に独り立っているのが、見えた。
 
 
 ◆ ◆
 
 俺は別にあいつの事をわかっていなかったとは言わない。
 俺が仕事に熱中して家を空けて、それに苦しんで妻は不倫に走ったということを、俺は少なくとも言葉の
 上でもまたその感情の上でも理解しているつもりだ。
 だから俺はあいつが寂しがっていたということ自体を否定するつもりは無いし、また俺があいつに寂しい想い
 をさせた事に関しては悪いと思っている。
 だが、それとこれとは別だ。
 寂しいからといって不倫していいということにはならないだろう。
 妻の明確なる裏切りを知った夫が、その不正を正さずに妻に阿れば、それは際限の無い不正の連続の
 引き金を引いてしまう事になるんだ。
 辛いのはあいつだけじゃない。
 俺だって辛くて寂しかったんだぞ。
 それでも俺はお前のためを想い懸命に仕事に打ち込んでいたんだ。
 ああ、それでお前に寂しい想いをさせたのはわかってるよ。
 だが、そうするしかなかったのは、お前だってわかってることじゃないか。
 つぐみも生まれて、今俺が頑張らねば、家族路頭に迷うことだって有り得るんだ。
 それをただ寂しいからと言って自分だけ楽になろうだなんて、そんなのは自分勝手過ぎるではないか。
 俺はお前の奴隷じゃないんだ。
 俺はお前を愛しているからこそお前のためになろうと頑張ってきたが、だからといって越えてはいけない一線
 を越えることまで許した覚えは無い。
 俺は、お前に愛されているという自覚が無ければお前を愛せない。
 いや、俺は本当はお前がどうであろうとお前の事を愛してるよ。
 だって惚れたのは俺の方なんだからな。
 でもな、それだけだったら、それはただの片思いにしか過ぎないだろう?
 俺はお前に告白しそれを受け入れられ、そしてお前に結婚を申し込みそれを認められ、そうやってお互い
 が共有する場としての「愛」を育んでいくのが夫婦ってものだろう。
 相手がどう思おうと自分は相手を愛してるっていう愛は、その「愛」の発生動機にしか過ぎないはずだ。
 俺達はお互いが片思いしてるだけでは無いんだ。
 俺達は俺達ふたりともが愛し愛されている自覚を得ている、という自覚としての「愛」、それが正常に履行
 されている状態を生きていかなければいけないのじゃないのか?
 ああ、今でも俺はお前の事を確かに愛している。
 お前に裏切られた今でも、俺の中には初めてお前と出会ったときと同じ感情が滾々と湧き出ているよ。
 だが。
 俺はその俺の片思いをそれだけであることを決して認めないし、そして許してはおかない。
 俺達は夫婦だ。
 永久の愛など存在しなくとも、それを存在させようと努力し続けるという誓約を交わした関係なんだ。
 だから俺は・・・・・なによりも大切なこの愛を・・・・・・許すことはできなかったんだ・・・・・
 あゆみ・・・・・・お前が・・・・・・
 お前さえ・・・・・裏切らなければ・・・・・・俺は・・・・・・・
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 私は今でもあのときの空の色を覚えている。
 あのとき、確かにそれは真っ白だった。
 無限に広がる可能性と奥深さ、それを持ち得ながら決して落ちてはこない安定さを以て、あのときの空は
 私の体の上で光り輝いてくれていた。
 燦々と窓辺にもたれる陽の光の穏やかさ。
 溶けるようにして熱くなっていく頬の色を自覚しながら、それでも一生懸命に目の前の人を見つめていた。
 あの一瞬が、私の中には綺麗に縁取られて暖かくしまわれている。
 なによりも大切なこの宝物を抱きしめていると、私はいつも嬉しくなれた。
 ううん。
 それだけ、今が辛いってことよ。
 私の中の思い出が綺麗になればなるほどに、それは今現在の苦しさを際立たせていった。
 はじめさん・・・・
 あの頃はあんなに私を求めてくれたのに、私はそれが嬉しくて嬉しくて本当に我を忘れるくらいに嬉しくて、
 だからその嬉しさで一杯になって一生懸命に今までの自分ではとてもできないようなことにも挑戦したり
 して、そうやってどんどん変わっていく自分に驚きながらも、その隣ではじめさんが笑ってくれているのがまた
 とても嬉しくて、本当の本当に幸せの連続でそれは止まることの無い嬉しさだったのに。
 私はそうやってはじめさんによって動かされて、そして新しい自分を生きることができるようになったのに。
 それなのに、はじめさんは私のためだなんて言って家をずっと空けるようになって・・・・
 私は、ただはじめさんにずっと見つめて居て欲しかっただけなのよ。
 私ははじめさんに求められれば求められるほどに幸せだったし、だから本当に私ははじめさんだけが居てく
 れればそれだけで良かったの。
 ええ・・・そうね・・・・
 今思えば、それがはじめさんを焦らせてもいたのよね・・・・
 私はただはじめさんだけを求めていて、でもはじめさんはそんな自分だけを求めるなんてそんな悲しいことは
 するな、もっと私達は幸せになるべきだ、そう思っていたのね。
 その幸せというものに明確な形を与えるために、はじめさんは仕事に没頭し稼ごうとしていた。
 私は・・・・はじめさんから言わせれば・・・はじめさんを小さく見ていたのね・・・
 はじめさんはもっともっと私を幸せにできるといい、自分はだからそのためにもっと頑張らなくちゃいけないと、
 そう思っていた。
 そうしてはじめさんは・・・・・・・私からどんどんと離れていった・・・・・
 私と離れても共有していられるだけの強い「愛」をこそ育むことばかり考えて・・・・・・・・
 一時の気の迷い、だとは言わないわ。
 私は計画的だった。
 他の男と出逢いを重ねたのは、それははじめさんを求めるがゆえの抗議でもあり、またそれでもきっとはじ
 めさんは帰ってきてはくれないという絶望に支配されたからだった。
 つぐみが生まれて、ますますはじめさんは家を空けるようになった。
 生まれてくるつぐみのために、もっともっと働かなくては、と言って。
 どうしようも無い。
 つぐみが生まれることではじめさんも家に居てくれるかもしれないという希望は、つぐみが生まれることで
 より一層はじめさんを家から遠ざけてしまうという絶望にすり替わってしまったのよ。
 私は・・・・・・
 私は・・・・・・・・・・・
 嫌・・・・・・もういや・・・・・・こんな生活・・
 このままじゃ私・・・・つぐみを・・・愛せない・・・・・・・
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 目の前を覆う雨が目に凍みる。
 形を保ったまま中身の消え失せた正義の力強い禍々しさだけが俺を支えていた。
 夫を裏切った妻を断罪した。惚れてくれた男を足蹴にした女を死に追いやった。
 俺は自分の正義にただ従った。
 それだけをただ聞くと吐き気がするが、しかしその正義を全うせずに続ける結婚生活を思い描くと自分を
 殺したくなった。
 ・・・・・。
 気付けば俺は、その正義を全うしたことで、あいつを、あゆみを死なせてしまっていた。
 そして呆然として振り返ったそこには、「正義」と殴り書きされた愛だけが残っていた。
 おい・・・・・あゆみ・・・・・・・この愛を・・・・俺は・・・・・誰に向ければ・・・いいんだ・・・・・
 
 目の前にあのときの俺と同じような男が居た。
 女に金を貢いで裏切られ、そして女を呪い断罪し地獄送りにした男が。
 男は言った。
 『こんな想いを味わうことになるくらいなら、あいつと出会わなきゃよかったんだ・・・』、と。
 ははは。
 俺は男に復讐はなにも生まないと言った。
 馬鹿なことをと言った。
 ははは。
 今の俺には良くわかったよ、それが当事者には絶対に届かない言葉だということが。
 そしてその誰の言葉も届かなかった当事者を経て、初めて誰にも届かない言葉を吐ける第三者になれる
 ってね。
 お笑い草だよ、まったく。
 俺はもはやかつて当事者だった第三者にしか過ぎない。
 俺と同じ男を前にして、そいつに対して俺が言うことはすべてそいつには届かないんだ。
 だから今の俺があのときの俺に言う言葉は、すべて無効なんだ。
 俺には・・・・・今の俺には・・・・・・あゆみの絶望が・・・・良くわかる・・・・・
 そして・・だからこそ・・・・今の俺は・・・・その届かない言葉を吐く者としての自覚を・・・・
 たとえそれが届かない言葉であるとしても、絶対に途絶えさせてはいけない言葉なんだ。
 
 あゆみの言葉を、今、俺は唱え続けなければならないんだ。
 
 なによりもあのときの俺が創り出したものの怖ろしさを、今の俺が知る故に。
 そして。
 それは。
 今の俺になにものにも代え難いほどに、あゆみの言葉を示し続けなければならないということなんだ。
 正義を貫くこと、正義に彩られた愛を護ること。
 それは一体なんのために、誰のためにすることなのかを、俺はあゆみの死を以て思い知り続けている。
 俺が正しい愛をあゆみとの間に育みたかったという俺の願望は、あゆみの願いを無視した上で成り立って
 いたんだ。
 俺はあゆみと共有する「愛」をあゆみも持つべきだという「片思い」をし続けていたんだ。
 俺はあゆみとの間に築く理想の結婚生活を、ただずっとその中に描き続けていただけなんだ。
 そしてその描いた絵の中に、あゆみは、居なかった。
 俺はただその描いた絵を、あゆみに見せつけていただけだったんだ。
 
 あゆみがなぜ俺を裏切ったのか。
 あゆみがなぜそうまでしなければならなかったのか。
 それを踏まえずに為される俺の正義には、決してあゆみと共有できる愛など芽生えない。
 俺はあゆみの裏切りだけを取りだして、ただただそれを非難していただけだった。
 離婚の原因は妻の不倫、けれどその不倫にもまた原因があった。
 無論、その不倫の原因にもまた原因はある、といって俺があゆみを非難することもできるだろう。
 だが。
 それこそ、俺があゆみを非難するために、そのためだけに俺の正義を全うしようとしていた証しなんだ。
 俺はあゆみとの愛を育むことの困難さに恐れを為して、ただその愛の正邪だけを論ずることに逃げ込ん
 で居ただけなんだ。
 俺は自分だけ辛さから逃げようとしたあゆみが許せなくて、羨ましくて、ただただ怨んでいただけなんだ。
 
 
 不毛だ。
 なによりもなによりも、果てしなく、限りなく、不毛だ。
 
 
 俺がしたかったのは・・・・・そんなことじゃなかったんだ・・・・・
 俺は・・・・俺は・・・正義なんか・・・・・
 そんなことより・・・俺は・・・・・・・・ただ・・・・あゆみを愛して・・・・・・・・
 目の前に転がった正義に縋り付いただけの俺。
 正義を全うするのが俺の本質じゃない。
 俺はただあゆみを愛して幸せになりたかっただけなんだ!
 俺には今もあゆみの裏切りを知ったときに、ではどうすれば良かったのかと問われても答えられない。
 今はどんな奇麗事も言えるかも知れない。
 だがいざまた同じような立場に置かれたとき、それが言えるとは思えない。
 きっとあの男と同じように、また惚れた女を殺してしまうかもしれない。
 でも。
 でもな、つぐみ。
 第三者にしか過ぎない今の俺の言葉は、確かに当事者の人間には届かないかもしれない。
 だが、それでも。
 
 
 俺は、今の俺は、お前の母親を死なせてしまった俺は、絶対にもう誰も死なせはしないからな。
 
 
 
 
                              ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 

 

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                              ■■故郷の先に聳えるもの■■

     
 
 
 
 
 ◆ ◆
 
 ■「蟲師」 第十八話 :山抱く衣
 
 ・羽裏に描かれた山の絵の中に時折棚引く煙が見える羽織。その羽織に抱かれた山の絵を観るもの、
  そしてその山を目の前にしたものに、その煙はみることができる。
 ・「こっから先には誰も住まんぞ。」自らの立つこの場所が生きる場所であり、往くも帰るもずっとこの場所
  。ここより先に自分達の住む場所は無く、ただただこの場所から誰かがそこに住んでいるかもしれない
  と思い描きながらその立ち上る煙を見上げている。
 ・そしてまたここから歩き出す。ずっとここで。そして次のここへ。それは必ずいつも山の見える場所である
  ことに変わりは無い。
 ・故郷から飛び出た男が戻ってきたこの場所から見上げた山には、もう誰も住んではいなかった。故郷に
  居たころは確かに炊事の煙が上がっていたのに。今はその煙を観ることはできない。
 ・山は以前と変わらずそこにあるのに、それは衣に抱かれてその間から覗く山では無くなっていた。ただ剥
  きだしの荒れ果てた山の輪郭だけがそこには聳え立っていた。
 ・絵師になるを目指し、姉に見送られ父に背を向けて故郷から出てきた男・カイ。自らの背負うものの
  重みをしっかりと身に纏い、それに滅ぼされることなくそれと共に歩みだしたカイ。姉のくれた故郷の息吹
  のつまった羽織を着ていれば頑張れる。
 ・淡々と師匠の元で雑務をこなすカイ。しっかりと仕事をこなし毎日働きその積み重ねの果て立派な絵
  師である自分の姿を思い描き、それに対して期待に裏打ちされた焦りを覚えていく。「はやく、絵が
  描きたい。姉ちゃん達、どうしてるかな。」絵を描くためにも頑張ってこの雑務をこなさなくては。
 ・しかし冬が過ぎ春が来ても一向にカイは雑用のみを与えられ、まるで雑用として雇われたかのような生
  活が続く。カイを絶望にも似た焦りが襲う。俺は早く絵を描かなくてはいけないのに、それなのにずっと
  このままの生活が続いたら・・・。今自分がしていることが自分のしなければならない事に繋がっていない
  のかもしれないという疑念が、カイの焦りを加速させそして深化させていく。
 ・師匠の絵の具を失敬し、姉から貰った羽織の羽裏にこっそり故郷の山の絵を描くカイ。広げた羽織の
  中に描き出されていく山の姿は、ただただ懐かしく、そして悲しかった。帰りたい。でも帰れない。帰って
  たまるか。ここで踏ん張って頑張らねば。でも頑張っても無駄なのかもしれない。姉ちゃん。俺、頑張る
  よ。姉ちゃんと父さんのために。そして、俺のために。こぼれ落ちた涙に絵の具を浸し、カイは深々と
  山を描いていった。
 ・その山の中には確かに懐かしい人達が住んでいた。
 ・才が認められ、段々と絵師として世の中に出ていくカイ。そのたびに直面する問題に対してカイはそれぞ
  れ力を尽していく。頑張らなくては。今この目の前の問題を片づけ続けていけば、それはきっとあの山に
  繋がっていくから。カイはそう信じて目一杯生きていく。
 ・姉から貰った羽織を質に入れ絵の具を買い、貰った仕事をこなすために徹夜を続け、出来上がった絵
  を評価されそれが次の仕事を呼び寄せ、そしてまたその仕事を増やすために次の図案を考えていく。
  その流れの中には羽織を受け出すことも故郷から手紙があるという事も存在していなかった。
 ・自分の故郷かもしれない里が地滑りで壊滅したという話を聞くカイ。だがカイの中にはそれが自分の故
  郷では無いはずという推測を書き立てる言葉しか無く、今はそれよりも仕事をこなさないとという積極的
  な言葉しか存在しなかった。
 ・そして羽織は質屋から失われ故郷は土砂の中に消えていた。
 ・故郷とそれを見つめる自分のために頑張っているという自覚は、それを発展させることでそれとの距離を
  離れさせていた。姉さん達のために頑張ってるんだ。だから今は俺は俺のできることをしなきゃいけない
  んだ! そしてその言葉によって綴られていくカイの山の中には、もう誰も住んではいなかった。カイの努
  力そのものがその努力対象を消していった。頑張れば頑張るほどに、カイは頑張ることしかできなくなっ
  っていったのだ。カイは姉達のために絵師になったのに、絵師である自分というもののために生きるのに
  精一杯になってしまっていた。
 ・抱いてくれる衣を失ったカイはやがて自らの生命力が弱まっていくのを感じていた。自らの見つめている
  山の中に住んでいる人々、それを見ている自分というものを失ったカイ。姉のくれた羽織が抱いてくれて
  いる自分を忘れたカイ。そうだ・・俺はあの山を見上げていたあの場所の人間だった・・・。衣に抱かれた
  山の中に人を見るには、まず自分がその衣に抱かれてその山を見上げているということを知らねばなら
  なかったのだ。
 ・自らの不調が故郷を忘れたことに起因しているということに思い至るカイ。頑張って頑張ってただ頑張って
  、そうして一体なんのために頑張っていたのかを忘れた頃にようやくそこに至る。思い出されていく懐かし
  い故郷とそこに住む大事な人達。嗚呼・・俺・・・故郷を出てくるまえまでの姉ちゃんや父さんの事し
  か知らないんだ・・・・。俺・・今の姉ちゃんと父さんの事全然知らないんだ・・。それでもカイには覚えて
  いる都合の良い記憶を噛みしめることしかできなかった。でも・・・今はそれしかできない・・・・だから・・・
  だから・・・帰ろう、故郷へ。帰らなくちゃ行けない。帰りたい、という護らねばならない本能を護るため
  に。
 ・「二人の顔が見たい。故郷の山河の匂いを嗅いで歩きたい。」
 ・それがまた生命力の溢れた絵を描くことに繋がると信じて。
 ・だが、カイの帰った場所にはなにも無かった。カイの知らない十年の間にそれは綺麗に消し去られてしま
  っていた。姉ちゃんも父さんもいない・・・。だが「ここ」はあった。故郷の輪郭を為す場所だけは空洞に
  なって確かにあった。そしてそれは痛切にカイに語りかけてきた。私達はずっとお前を求めていたと。愕然
  とするカイ。知らなかった。知る術も機会もあったのに、そしてその求めに応じられる存在にもなったのに、
  肝心なときに役に立てなかったなんて・・。俺は・・・・俺は・・・・一体なんのために絵師に・・・・・・・・
 ・帰るべき故郷失ったカイ。そしてカイに与えられたのはただここに居るだけの場所だけとなった。
  「もう、来るんじゃない。」だから街には帰れない。もうここに「居る」しかない。来るのが駄目なら居るだ
  け。絵師であることの意味を失ったカイにはもはや街は帰る場所でも無く、また帰る場所としての故郷を
  持つ街での生活もまたカイには無用のものとなっていた。真っ白に穴の空いた空虚な故郷の中に呆然
  と座り込むカイ。なにも無い・・・・無くなっちまった・・・
 ・それでもカイにできるのは絵を描くことだけ。それは逆にもはやカイに出来ることは絵を描くことだけという
  こと。そしてそれと同時にその意識そのものがカイに絵を描かせなくなってしまった。もう絵すら描けんのか
  。いや絵を描く意味が無いんだ当たり前か。
 ・「もう・・戻れんよ・・・。俺には、もう、なにも描けんのだ。筆をとってもなにも浮かんでこんのだ。」
 ・故郷のために街に出て、そして故郷のためになることができずに故郷に逃げてきたカイが見上げた山。
  「今日も山は見知らぬ山のように見える。里の者にとって俺がもうよそ者なのと同じように。」
 ・見上げた山に浮かぶ煙は一筋も無く、ただその山際を照らす残酷な陽の光だけが目を焦がしていった。
 ・カイは帰る場所も逃げ込む場所も失い、ただ行く宛ての無いまま空洞の里の中にいた。だが、その周縁
  を彩る故郷は、その空洞の存在を許しはしなかった。家の前に置かれたひと束の野菜。カイを詰った
  おばが置いていってくれたその里の恵み。じりじと空虚な故郷の中身を埋めるが如くに、カイもまたその
  満たされていく故郷に飲まれていった。嗚呼・・・俺・・・また故郷を食ってる・・・・
 ・「里の・・・・土の味だ。」
 ・深々と満たされていくカイ。カイの目の前で深まっていく故郷の姿が、カイに生きる力を再び与えていく。
  そしてカイはやがてその中で生きていくことができるようになっていく。少しずつ少しずつカイもまた故郷の
  中身の一部となって。
 ・おばが死に、おばが養っていた姉の娘でありカイの姪であるとよを引き取ることになったカイ。カイにとっては
  僥倖でありまたチャンスであった。今一度、この故郷の中に求め求められる人を得るチャンスを。カイは
  これを逃すことはできなかった。今目の前にある最大の問題でありながら、それがさらにその先にまで
  確かに繋がっているのが鮮明に見える予感。とよを引き取ることを親族に土下座して頼み込むカイの
  言葉。「どうか余所にやらないでください!」とよはこの場所の人間、そして俺はこの場所に人間が居る
  のを見上げたいんです! そのカイの姿と言葉に苦々しくも頷く里の者達。そして苦々しくも甲斐甲斐
  しくカイを受け入れていく里の者達。
 ・とよは頭と体の発育の遅い子。五歳にもなるのまだ赤子のよう。その当面の最大の問題と接しながらも
  、カイはもうその事だけに囚われることは無くなっていた。笑顔で里の人達との交流を広げていくカイ。
  その目にはやがて元の姿に戻った山が映っていく。緑鮮やかに、そして確かに煙を立ち上らせる美しい
  山の姿が。とよのために里の中で働きそしてその成果を与えて見ることのできるとよの笑顔を求め、さら
  に今の里の中で生きていくカイ。「あいつ喜ぶぞぉ。」
 ・そしてカイは山へと足を踏み入れる。地面の下からブツブツと文句を言いながら出てくるギンコが
  面白い。
 ・そして煙の下から顕われたギンコが纏っていたのは、かつて故郷を出る際に姉から貰いそして質に入れた
  まま行方不明になっていたカイの羽織だった。煙の正体はその土地々々に固有の産土という蟲だった。
  土に住む蟲であり地滑りによって流された産土が同郷の素材で作られたカイの羽織に入り込み、そして
  絵の中の山に煙を立ち上らせていたのだ。
 ・故郷から出たカイは故郷の煙を纏う羽織に抱かれて生きてきた。「姉が、全て山にあるもので作ってくれ
  たものだ。里を出た頃、これを羽織ると山の匂いや音を思い出せた。」カイはそうであったからこそ生きて
  いることができ、またそうであるからこそ生きる意味を見出すことができたのだ。いつでも故郷を思い出す
  事ができるもの、それを纏って生きている者。それは常に今現在の故郷を見上げてもいるのだ。
 ・その故郷を見上げている者そのものの中にも故郷は存在し、またそれはその者自身もまた故郷で出来
  ておりそれと同時にその者はその故郷の一部であるとも言える。自らの中で脈々と棚引く緑鮮やかな
  煙の住まう土の集合体。ゆえに何処に居てもそれは故郷と共にあるのと同じではあるのだが、しかし
  目の前に広がる故郷が無いという事自体がその実感を薄めてもしまう。遠くに在りてただ想う故郷の姿
  は残酷なほどに醜く薄命なのだ。だから故郷の一部でありながらその故郷から飛び出たものは、その
  故郷へ帰ること無くしてその自らの中の故郷を生かしておくことはできないのだ。
 ・そうして故郷に帰ってきた者は存分にその故郷と一体化する。
 ・そして一体化したのち、またそれは見上げるものとして離れていく。
 ・見ることのできるものとして、見上げる事のできる自身の存在を噛みしめながら、そしてその見上げたも
  のの中にも自分は居るということを強く感じながら。山を抱く衣を見上げながら、深々と衣に抱かれてい
  く感触。再び羽織の羽裏に山を描いたカイをみつめるとよの楽しそうな笑顔と、そしてその笑顔をみつめ
  るカイの姿が、はっきりとその山の中に棚引く煙の一筋として描かれていくのが見えた。
 ・帰ってきた故郷の先に聳える緑鮮やかな山の中に分け入っていくカイの姿は、ただただ力強かった。
 ・「お山〜。」
 ・「そうだぞ、とよ。お山だ。」
 ・「もっと書いてぇ。」
 ・「・・よーし、いいぞ!」
 
 
 誰のために頑張るのかを常に考えながら頑張らないと、結局「頑張っている事」そのものに囚われて
 肝心のその誰かの姿を見失ってしまったりする。
 でもだからといってその誰かを見失うことを恐れるあまりにその誰かの元に逃げ帰ってきてしまっては、
 一体なんのために頑張ろうとしていたのかすらもわからなくなってしまう。
 そしてそれは結局誰のためになることも無くただの無意味となってしまう。
 カイは無くなってしまった故郷のあった場所に戻ってきて、本当になにも無くなってしまったと思うけれど、
 でもそう思っている当のカイ自身は確かに存在しているのであるし、またカイが在る限りそれはまた誰かの
 ためになりたいと考えるカイを見つけることもできるようになるということでもある。
 そうするとなにも無くなってしまった場所に、また新たな「故郷」が見えてくるんですよね。
 カイは故郷に帰ってきて故郷の消滅を知り、そして新しい故郷に進んでいったんです。
 とよの笑顔を見続けて、そしてそうし続けることのためにまた絵を描き始めて、そうするとまた改めて絵師に
 なりたいと思える自分と出会えるカイ。
 里の中でとよと共に絵を描き続けるカイの姿が私にはよく見えました。
 この先にはなにも無い。そしてだからこそそこにはいくらでも描き込める。
 冒頭の姉と弟と父のやりとりが、改めて眩しくて堪らない。
 ぶっちゃけ、涙が止まりません。
 やっぱり蟲師はすごいや。
 
 
 

 

-- 060301--                    

 

         

                                 ■■ 流れ着く地獄 ■■

     
 
 
 
 
 『人生には色々なことがある。なかには信じられないほど理不尽な事も。
  でもそれは乗り越えて行かなきゃいけないんだ。それが生きるって事なんだ。』
 
                             〜地獄少女・第二十一話・はじめの言葉より〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 時計の音がひたひたと彷徨っている。
 無音の中で一人歩きするその音だけがただ私の心を見つめていた。
 ゆっくりと、激しい静けさが辺りを包んでいる。
 掌を見つめるままに見たその向う側に続き降りていく階段の数を数えながら、どうしてもそれを数え切れな
 いままでいた。
 何度数えても、また一段目から数えている。
 何度も、何度も、ただ数えて、時が過ぎて。
 時計が鳴らす秒針の一歩が階段を一段ずつ降りていくたびに、まるで時間が遡っていくようにして辺りは
 静かで在り続けていた。
 もういい。もういいよ。
 気付いたら、私、終わってた。
 
 
 ◆
 
 くるくると逆巻く時間が止まったままでいる。
 誰も居ないはずの家の中を見渡している自分の姿もまた止まっている。
 誰も居ない。無人の家。
 それはかつて居たものがもう居なくなってしまったという記憶を含んではいない。
 それは昔誰かが居たのだろうという淡い推測の果てに取り残された幻影として在るだけだった。
 その幻を思い描いているのは私のはずなのに、その幻はもはや私の手元を離れ勝手にこの家の中を浮
 遊していた。
 それでいてその幻影はなお私の中のものを映し出していた。
 私の望むもの、望まぬもの、そして望まなければならぬものと望んではいけないもの。
 私はその選別を行うことをすべてその暖かな夢の世界の中で為していた。
 時計が鳴り響く。
 そして音も無くその夢の中ですべてを理解していく私の眠りは妨げられる事無く続いていく。
 それは漆黒の子守歌にも似た輝かしい時間の流れだった。
 流れ、廻り、そして止まっている。
 同じところをいつまでも、同じことを何度も何度も、同じ夢を見続けて。
 私は淡々と終わっていった。
 
 気付いたらパソコンの前に座っていた。
 そしてあいつの名前を書き込み、そうしたら後に地獄少女が立っていた。
 あまり驚かなかった。
 ひどく当然な流れのような気がして、ごく普通に地獄少女と向き合っていた。
 そして呪いの藁人形を渡されて、そしてこの紅い糸を引けば相手を地獄に堕とすことができるけれど、
 自分もまた死んだあと地獄に堕ちると言われた。
 不思議と、怖くは無かった。
 ひどく恐ろしいことを言われたのに、ひどく怖いことをしようとしているのに、なぜだか綺麗に落ち着いていた
 。
 それはなにもわからない、という無としての落ち着きだったのかもしれない。
 あいつを地獄に落すことも私がそれで地獄に堕ちることになるのも、それが一体どういうことなのか、それを
 私が観ている幻のように鮮明なその夢は教えてはくれなかった。
 そして私の手元には、ただ意味不明な藁人形だけが残った。
 なに・・・これ・・・・
 どうしたらいいのかわからない以前に、なぜ私が今此処にこうしているのかさえもわからなかった。
 そしてふと階段の下を見たら、いつの間にかつぐみちゃんとそのお父さんが居た。
 
 
 
 
 あ・・・・・・そうだ・・・・・・・・・・・お父さん・・・死んじゃったんだった・・・・・・・・
 
 
 
 
 ◆ ◆
 
 不意に泣き出すことを止めるという行為を思い出し、そしてその先に泣くのを耐えている私をみつけ、
 そうしたらもう涙が止まらなくなっていた。
 なにがなんだかもう全然わからないと叫びたくて堪らなくなって、それだけで頭が一杯になって、そして私は
 この家の中を泣いて廻っていた。
 自分のすすり泣く声が聞こえ、しまいには涙の零れる音までが聞こえてきて。
 そしてそれが終わると決して巻き戻して再び再生されること無く、それは途端に饒舌に喋り始めた。
 なんでこの家に誰も居ないのか。
 私はつぐみちゃん達に話した。
 話して話して、そしてまだ話していた。
 あいつに騙され、そしてお父さんは騙された事に気付く事も無く死んじゃった。
 そうやって昏々と語り続けている私の中から漏れだしていく幻は、その鮮明さをきっちりと失い消えていった
 。
 気付けば目の前に誰も居ない家の中で私だけになっていた。
 激昂していた、と思う。
 そのときの自分の感情を自覚している事に驚く前に、その感情のままに此処に私は居た。
 あいつに騙されていたということ自体はどうでもいい。
 でもそのどうでもいい事、それが結局お父さんを死なせてしまった事、それは、それだけは、いいえ、それこ
 そが私に穏やかでありながらもなによりも確とした怒りをもたらしてくれていた。
 あんな奴のために死んじゃったなんて・・・あんなひどい事されて・・・・・それで死んじゃうなんて・・・・っっ!
 お父さんが死なねばならない理由なんて無かった。
 お父さんが死んで良いはずなんて無かった。
 あいつがやったこと、ただそれだけが裁かれて、ただそれだけで終わればいいことだったのに。
 それなのに・・・・その本当に醜くつまらない出来事は、お父さんを連れて行ってしまった。
 許せない・・・・・・
 なんでお父さんを連れて行くのよ・・・・
 あいつだけが死ねばいいのに・・・・・・・・!
 そして、あいつだけは、まだ、生きている。
 許せなかった。
 なぜだかもう全然わからないけれど、わかる必要を感じないくらいに、それこそが最も許せなくなっていた。
 当然のことよね。
 
 
 『なんでお父さんが死ななきゃいけないの? 
  新しい家に移って新しい仕事を始めて、普通に暮らしたかっただけなのに!』
 
 
 
 
 『それで、アクセスしたのか。地獄通信に。』
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 わかってるわ、それがおかしことだってことくらい。
 あいつが生きてようと死んでいようと、それ自体は私には関係無いことなのだから。
 私にとってただ一番重要なのは、お父さんが居るか居ないか、ただそれだけ。
 だからお父さんを居させるためにあいつを地獄に送るのなら、まだわかる。
 でももうお父さんが居なくなったあとにあいつを殺すのは、それは全く意味が無い。
 そしてその無意味なことをするために私も地獄に堕ちなければいけないだなんて、割に合わなさすぎる。
 どう考えたっておかしいことだって思う。
 私にあるのは、ただあいつにつまらない事で騙されてそのままお父さんを失ってしまった事が許せないという
 、ただそのやるせない怒りだけ。
 そんなもの、お父さんが居ないというこの家の中では、本当にちっぽけなものにしか過ぎない。
 私は怒りに震える自分を感じれば感じるほどに、その怒りがその重さと深みを保ったままどんどんと見えて
 くるのを感じていた。
 嗚呼・・・・・・目の前に怒りに満ちた私が居る・・・・・
 ひどく、落ち着いた。
 あっという間に静かになってしまった。
 怒り狂う自分を見つめれば見つめるほど、私はその怒りから離れていった。
 私の主体はその怒りには無い。
 怒りにまみれた家の中をゆっくりと歩き始める。
 そうすると、またあの穏やかで懐かしい幻が見えてくる。
 お父さん・・・・・・・ああ・・・・・・・・お父さん・・・・
 ただただ、悲しかった。
 既に怒りや怨みはどこかに消え去ってしまっていた。
 
 つぐみちゃんのお父さんの話すまともなお話が見えてきた。
 とても理知的でそれでいて情感のこもった優しくも毅然としたお話だった。
 ひとりの人間を地獄に落すということの罪、そしてそれを自分が一生背負っていくという苦しみ、
 そうする事の無意味さと虚しさ。
 私はそれを良く知るがゆえにこそそれにひれ伏してはいけないと思っていた。
 でも話を聞いているうちに、そうしてただそれらの事実に反抗するためだけにあいつを怨もうとしている私の
 姿に気が付いてしまった。
 馬鹿ね。
 つぐみちゃんのお父さんのお話を聞いて、それで怒りが募っていくなんて。
 私がやってることは本当になんにもならない。
 ただ私のいっときの感情を満足させるためのものにしか過ぎない。
 確かにその感情は刹那であればあるほどに強烈なものであるのかもしれない。
 でも。
 それなら、私が真に反抗すべきなのはその凶悪な感情そのものに対してであるべきではないのか。
 だって。
 私はそんな怒りよりも、お父さんの幸せをこそただただ願い続けているままなのだから。
 つぐみちゃんのお父さんの言うとおり、お父さんは復讐なんて絶対私に望まない。
 そして私がその復讐を果たすために地獄に堕ちることなんて、絶対に絶対に許さないと思う。
 お父さんと過ごした幸せな時間だけが、音を立てて目の前を流れていった。
 そして呪いの藁人形は私の手元から流れていった。
 私には、それがどういうことなのか、わからなかった。
 だから。
 ただただ、お父さんの事を、想った。
 
 
 そして、精一杯幸せになろうと、想った。
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 押し黙ったまま降り続ける雨の下に再び地獄少女が顕われた。
 『あなたが決めることよ。』
 その言葉の轟く中にあいつの嘲笑があった。
 ゆらり、とそれは輝いた。
 弾かれたようにその禍々しい光に向かって駆けだして、そして引き裂こうとした。
 目の前にあいつが居る。
 それは絶対だった。
 そして私の手元には、また藁人形が流れ着いていた。
 
 『やっぱり許せない・・・・あいつだけはっっっっ!!!』
 
 雨に濡れた紅い瞳が示した許し難きものの存在が私を駆り立てていく。
 激しくも静かに滑らかに深々と廻り始める鼓動だけが熱い。
 憎悪に喘ぐ私の吐息のリズムが降りしきる雨よりも激しくなっていく。
 許せない・・・・・・
 お父さんを殺したあいつを許さない・・・・・
 あいつが居る限り・・・私は幸せになんてなれない・・・っっっ
 
 
 
 
 そして。
 
 
 
 その手前に、お父さんに抱きしめられた私の姿が顕われた。
 
 
 
 見上げた雨空の向うから穏やかな時間がやってくるのを、ただただもう私は知っていた。
 お父さん・・・・・お父さん・・・・・!
 私・・・・お父さんに抱きしめられる自分が好き・・・・・
 もう・・私を抱きしめてくれるお父さんは居ない・・・・・・
 でも・・・・・・それが許せなくて・・・・・あいつを殺してしまったら・・・
 私は・・・・・もう・・・たとえお父さんが生き返っても絶対に抱きしめて貰えない・・・
 ううん・・・違う・・・
 それでも・・お父さんは・・・本当の本当に心配したといって、怒りながらも私をしっかりと抱きしめてくれる。
 だから・・・
 だから・・・・・・・
 
 だからこそ、私はもう絶対にお父さんに叱られないように頑張れるんだ!
 お父さんをこれ以上心配させないためにも。
 私の事をいつでも精一杯心配してくれていたお父さんのためにも。
 
 
 お父さん・・・・・・うん・・・
 
 
 『お父さん・・・・・私、頑張る!』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ------
 
 もう紅い瞳は顕われない。
 だから大丈夫だと思った。
 目の前にお父さんの姿がある限り、もう大丈夫。
 
 
 
 でも、お父さんの姿が見えなくなったら。
 もし、目の前にまた藁人形が流れ着いたとしたら。
 
 
 
 
 
 
 『それは、あなたが決めることよ。』
 
 
 
 
 
 
 空を見上げることは、もう出来なくなっていた。
 
 
 
 
                              ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 
 

 

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