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◆◆◆ -- 2006年12月のお話 -- ◆◆◆

 

-- 061231--                    

 

         

                             ■■今年の意味と無意味■■

     
 
 
 
 
 紅い瞳の予定表に余裕という文字は無い!(挨拶)
 
 
 流れる雲も足を止め、溢れる夜の静寂も鮮やかに、昼夜の寒暖の差が限りなく埋まっていくかのような
 麗らかでありながらもどこまでも穏やかな冬の一日。
 飛び込めばどこまでも飛んでいけそうな空を見上げて、それでいてただ目の前を飛ぶ鳥達の飛翔だけが
 ただ美しく。
 暮れていく太陽の中のその美しい影の下には、無限に広がる一年の闇と光が犇めいていた。
 
 
 ・・・・。
 
 
 改めまして、ごきげんよう、紅い瞳です。
 せっかくの書き出しですが、書いている途中であり得ないくらいにアホらしくなってきたので、その辺りは
 もうぽいっと投げ捨てて次に行きましょう次!
 はい。
 ということで、本日は我が魔術師の工房が織りなす日記の数々をまとめてひとつにしてぽんと書いてみ
 ましょうという、壮大かつ限りなく虚しい行為を繰り広げるということを行う、一年のどん詰まりで御座いま
 す。
 いったいこのバカはこれからなにを書き出してくれるのか、楽しみで楽しみで穴があったら入りたいくらいに
 どうしようも無いくらいに緊張しております。あー書きたく無い書きたくない書きたくないー
 はい。
 大晦日に行う今年最後の更新ということで、少しは真面目に書いてみようかと思っておりましたので
 すけれど、あいにく本来ならば30、31日の二回の更新に渡って書く予定が、年末の忙しさにかまけて
 すっかりおじゃんになりまして、ええ、そういう訳でこの31日の一回で全部書かなくちゃいけないことになり
 まして、ええ、ほんともう駄目なんですが、ええ、ていうか大掃除中にアニメ観ながらとかほんと全然駄目
 ですよね、アリアにハマりすぎて手が止まってるっていうか思考停止で社長の真似とか、もう、ほんと。
 駄目でした。
 ごめんなさい。
 そんな感じで、どんな感じかもすっかりわからないような、そういったていたらくで御座いますので、その、
 年末といえども今年のメインなノリである、この砕けすぎるにもほどがありすぎる、自由自在過ぎて筆者自
 身もコントロールできない文体でまったりのっぺりぐったりとしながら書かせて頂くことになりました。
 もうなに書くかわからんぞ、まじで。覚悟しときぃや。(私が)
 
 ではまずはなにからお話申し上げましょうか。
 そうですね、っていうかもうこの文字を打っている途中で既にこれしかあらへんやろとかいう断定が発生
 しておりますので、その、もう書きます。
 アニメのお話。
 ていうか、紅い瞳がこの一年で観たアニメのお話をします。
 語って書いて喋って、なんか書いたりしてみます。
 あー、色々あったよね。
 感想も書いたし、書かなかったりもしたし、とにかくアニメ、ありました、この一年も。
 
 
 ◆ ◆
 
 はい。
 まずはあれだね、あれ。
 去年の続きからでしたけど、蟲師
 やーこれは、あれだ、最高。
 アニメ最高作品です。圧倒的よ。もう駄目。死ぬる。
 この作品と出会えたことを神様に感謝して、そのあとで神様の背中をどーんと豪快に叩き倒してあははっ
 とお腹を抱えて大笑いしたくなるような、そんな神秘体験も真っ青なアレで、もう、大変でした。
 最高、最高。万々歳。
 でね、うん、この蟲師はなんていうかもう、全力を尽くして言葉を並べて立てても、勿論それで理解して
 解釈したもの自体にはなんも価値が無くて、それでいてただこの凄い作品に接してもう堪らないほどに
 ウズウズとしてる自分の感情に終始することでも収まりがつかなくって、だからもう必死こいて考えて感じて
 、結局残ったのはそうした見苦しい足掻きだけで、なにかもう荒廃に限りなく近い感慨を残しまくって、
 でもそれなのに、なんだか蟲師ってすげーって、どうしてもぽろりと言い続けてしまう私だけが残って。
 なんていうか、今思うとね、私はでもそうして残った私を獲得するために、凄い蟲師と向き合っていった
 訳じゃないんだろーなーってね。
 私が私を得たいのなら、まずは私を求めることをやめることだ、という理で動いてるって自分的に説明し
 ては居たけど、それも実は違うんだろーなーって。
 確かに結果的に、どうしても残った私の存在というものには出会えた訳だから、それは確かに私は得られ
 たのだろうけど、でもそのときの私は既にもう私の存在を不要としているんだよね。
 ほら、日記みて貰うとわかるけどさ、今年の私はなんか妙に私私、自分自分言うてるんだけどさ、でも、
 それはだからその私とか自分とかを求めてたっていうのかというと、やっぱりそれはどうしても違うんだろー
 なーって、そうして書いてきた一年のどん詰まり、あるいはその最後にして頂点に位置する私は思う。
 ってあー、これって今日の文章のまとめみたいに書くことなのに、しょっぱなに書いてどうするんだよー。
 まぁいいか。
 
 うん。
 でね。
 蟲師はさ、そういったことの一番初めにあった作品で、たぶんその蟲師の作品としての巨大さが無かったら
 、今のこの私は無いんじゃないかって思う。
 もし蟲師が私の解釈の中で自己完結できるだけの作品だったら、やっぱりそれは自分を求めていること
 にしかなれなかった、というかそうして手探りしている手が限りなく自分に触れていることを確かめるだけの
 ものにしかなれなかったのかもしれない。
 蟲師のどうしようも無い巨大さ、そのとてつもない深さと多様さ、それがもう最初からがんと私の外側に
 立って居たんだよね。
 無論、その外壁に沿って歩くことで、それと接している自分の肌を通して自分を感じ続けることは実際
 できたのだけれども、でもどうしてもそれを越えて在る、その蟲師の膨大さに私は心奪われて、そしてどう
 しようも無いほどに全力尽くして蟲師と向き合っていたんだ。向き合うっていうか、むこうに飛び込んでた。
 アニメって、なんていうか抽象的っていうか、簡易な表現であるものから如何に多くのものを読み込むか、
 という作業を視聴者に持たせていくけれど、でもそれを主体的に行っていて、いつしかそうして解釈を
 重ねていくことだけのうちに閉じてしまうこともあるんだよね。
 わかっているつもりでも、どうしても自明の事として、絶対に今の自分の言葉で説明できると、そうやって
 アニメを自分のうちに抱え込んでしまっているんだよね。
 ほんとは、ただただわからないものが、目の前にあるだけなのに。
 そしてそうして解釈を繰り返していくことは、その目の前のわからないものに飛び込んでいくための踏み台
 にしかならないのにね。
 それは、そうした作品に対する自分の解釈の堆積とそれと自分との位相に感じる「萌え」だったのかな、
 って今は正直思う。
 なんだかんだいって、私も別の形でオタクだったんだなぁって。
 それは萌えという言葉を発する必要も無いほどに私を恍惚とさせていたものだったんだなぁって。
 あー、なんかわかったって、今、思った。
 それが、今年の私が今の私に教えてくれたものなんだって。
 そして、だからこそこれから私が一番しなければいけないことは、素直に蟲師のような巨大でどうしようも
 無い作品を求めることだということを、強く強く感じたよ。
 ただひたすら、思考と感覚の中に。
 それから得られる、「萌え」を越えて。
 わからないことを、わかるために。
 
 
 ◆
 
 ということで、出だしはOK。これでいける。では、次。
 地獄少女。そして地獄少女二籠
 これはね、私にすごく必要なものだと思ったアニメ。
 「怨む」ってどういうことなんだろう。
 ていうか、なんで怨んでなんていられるんだろう。
 私にとって、怨みとはただ解消されるだけの、それはただ失われることでしかその存在意義を持たないも
 のだった。
 もう答えとして、怨んでもなにも変わらない、誰かを怨んでも仕方ない、だから必ずその感情は殺して、
 そうして怨みをひたすら殺しそれでも幸福に生きていこうとする強い意志だけに意味がある、というのがあ
 たから。
 その通りだと、私は今でもしっかりと思っている。
 そして、そんなのはただの理想論で怨んだことの無い奴がただ理屈でそう言っているだけの奇麗事だ、
 ということも。
 その通り。
 だから、私はこの地獄少女を私が観ていることの重さを感じたんだ。
 じゃあ、怨んでみよう。身も心も裂けてしまうくらいに怨みに染まってみようって。
 実際そうなって、そうしたらもうそんな「理想論」やら「奇麗事」を言えなくなるのか確かめてみよう。
 そしてあっという間に私は地獄少女に飛び込み、感じ、考え、そして激しく怨むということの熱情を越えた
 魂を感じ取った。
 ああ、こういうことなんだ・・・・
 地獄少女を観たことで、私はその怨みの視線で世界を読み解くことを覚え、そして怨みに支配されない
 ものはすべて非現実的なうわごととして処理しようとすることが、どうしようも無くわかったんだ。
 ちょっと辛いときがあったときも、すごく辛いことがあったときも、比べようの無いほど辛いことが続いたときも、
 その地獄少女が魅せてくれた「怨」の境地から生きていくことができたんだ。
 ああ、そういうことなんだ・・・・
 よく、わかったよ。
 ほんとうにそうしていると、そうすることしかできなくなるということが。
 そして、その「できなくなる」ということ、或いは「しかたがない」ということを、必ずそうしたときに「言葉」に
 しているということも。
 なぜか必ず、仕方がないと、これが正しいのだと言っている、怨みに満ちている自分だけがいたの。
 それほど、苦しかったんだよ。
 それほど、辛かったんだよ。
 どうしようも無いほどに狂おしく、そしてどうでもいいほどに真っ直ぐに目の前の怨めしい存在だけをみつめ
 て。
 いつしかそうした自分を肯定する言葉を吐く必要が無くなるくらいに、怨みに閉じて。
 
 でも。
 だから、とてつも無く、わかっちゃったんだよ。
 どういう意味と重さがあるのであれ、「逃げ」てるな、って。
 今、私、逃げてるなって、どうしても、わかっちゃうんだよ。
 その自分の言葉に激昂しようとも無反応であろうとも、それほどその自分に似合う言葉は無かったんだ
 よ。
 或いはそうさ私は逃げてるよ逃げてるさ私はそういう弱い人間だから、とただ肯定を無防備に重ねるだ
 けだとしても、それは同じことだった。
 馬鹿みたい。
 心の底から、ほんとうに自分のことを、そう思ったよ。
 もの凄まじい感情に囚われて、それをひたすら重ねることのうちに我を忘れようとしている自分を感じるた
 びに、ね。
 我を忘れていく自分を感じることすらできない、ほとんど無の状態に存在していることを知るたびに、ね。
 絶望よりも色濃い地獄の中で、ただ必死に同じところを逃げ回ってるなんて。
 私がやりたいこと、すべきことは、ただの一度として私から無くなってはいないのに。
 そして。
 どうしようも無い喪失を感じたあとにさえ、その「喪失」という「言葉」を示した私とその場所があることを、
 なによりも激しく感じたんだ。
 それ以上の感覚は、もう私には必要無かった。
 それ以上言うことは、もう無かったんだよ。
 地獄の底で天を見上げる少女の瞳は、なによりも血塗れで、そしてなによりも深い希望に満ちていたの
 だから。
 それが、地獄少女について書いた私の感想のすべて、ってこと。
 
 
 ◆
 
 そして、今年の最も中心にあったアニメというか、たぶん今年の自分が「出会った」という意味で、最も
 その割合の大きかったアニメはこれ。
 xxxHoLic
 これはもうあれですよ、なんだ、なんて言ったらいいんだ。おいわかんないよまじで。まじでじま。
 キーワードは「存在」。うわー嘘くせー。ていうかキーワードとか痛すぎー。
 うん、よくわかんないんだけど。
 ていうか、よく考えたら、ここまでつらつら書いてきたけど、これ既に全然今年一年のまとめになってない
 よね。もう滅茶苦茶だよね。ていうかいつも通りだよね。よし。
 でね。
 存在とか必然とか、よくわかんなかった、今まで。
 ただ言葉として後付け的に名前付けてるみたいな感じで、その言葉が指すものそれ自体を知らなかった
 というか。
 でも。
 ホリックと接して、その中に飛び込んで、やっとそれがわかったっていうか、わかったという必要も無いくらい
 にただ当たり前過ぎるものになって。
 なんていうか、世界観? そういうのがもうかなり変わったっていうか、その、色々かきーんといい音出して
 変わったんだよね。
 うわーなんじゃこりゃー、うわーどないなっとんねん。
 でもなぜか、もう既にしたり顔でそうして狼狽えてる自分を笑ってるというか、なんだその落ち着きはという
 感じで不審顔に覗き込まれただけで、もう笑いが止まらないというか。ほんと、なに言ってんだこいつ。
 ね、やっぱ「存在」ってキーワードでしょ、っていうもう当たり前なことに気付くだけの面白さというか、その
 当たり前さのあまりの「新鮮さ」に笑わずにはいられないんだよね。
 すっごい、楽しかったんだ、ホリック観てるときって。
 あー、生きてるって楽しいなぁって、ほんと感じまくってたもん。
 や、ほんとはそのとき、「生きてること」が楽しいだなんて思ってはいなかったんだよ。
 ただ「生きてるって楽しいなぁ」という「言葉」を示しながら、ひたすらホリックを楽しんでただけなんだよ。
 生きてることそのもの、存在していることそのものが楽しいわけ無いでしょ。
 生きてるから楽しいことと出会えて、存在してるからその出会いを続けていくことができるだけなんだか
 ら。
 だから生きてるだけ存在してるだけで楽しめるわけで無く、だから楽しいのと同じくらいに辛いことはある。
 楽しいことは楽しいこと、つらいことはつらいこととして、必ず全部私の生そのもの、私の存在そのものとは
 離れてあることなんだよ。
 そして、その私の生と存在が此処に在るからこそ、その離れているもの達と出会えることができる。
 そういう感じでしたね、ホリックは。
 もう、なんていうか、くはーって感じの溜息モノだったよね。
 うん。
 ホリック、万歳。
 
 
 ◆
 
 そして、BLACK LAGOON  The Second Barrage
 これはもう、あんまり言うこと無いですね。
 ただ、書いた。
 そのままです。
 書いてる私がそこに居るということだけです。
 つまりはそういうことです。
 年の初めの蟲師との対面と同じように、ただ私はこのブララグに揺さぶられていただけです。
 ブララグは力強い負の感情に身を委ねることの全肯定、それは地獄少女で言うところの「怨」と同じ
 ものがありながらも、それらのいかなる言葉も凌駕する圧倒的なエネルギーそのものが描かれていた
 んだと思う。
 なんていうか、自分のこと馬鹿とか思ってる暇すら無いほどに、その負的なエネルギーに翻弄されるどこ
 ろかむしろ主体的にがっつり貪り喰ってしまうような、別の言い方をすればひたすら愉しんでいるというか、
 地獄少女的にいえば怨むこと自体にすべての生き甲斐を感じることができるという、その完全な突き抜け
 方をしてる。
 これもまた、極致だよね。
 もし本当に逃げてる自分の姿を全肯定できて、そしてその逃げそのものを心底楽しめるのなら、それは
 もうすべての言葉を寄せ付けない完璧な生なんだよね。
  そこまでいけるなら、それはそれで良いことなのではないか、というかもはやそれを批判する言葉のすべ
 てがその無意味さを露呈するだけなのだろうね。
 ヘンゼルとグレーテルがそのことを提示する前段階のすべてを引き受けてくれ、そしてバラライカとロックが
 圧倒的な筆致を以てそれを示してくれた。
 ブララグの感想では、もうなんだかほんとめくらめっぽう書きたいことを書いて、書けることを書いてという
 ことの連続でした。
 そしてそれはそれでひとつの愉しみであるということの気付きだけが、私がブララグの感想を書き続ける
 正当な理由になるのじゃないかなって、そう思いました。
 あんなにぐだぐだだったのに、なんだか書いてるうちに楽しくなってきたものね、そのぐだぐださが逆に。
 あーなんて情けないもの書いてるんだろって思って、あー駄目だ駄目だと思いつつも、それを越えて確か
 に楽しかったので、まさにそういったブララグ的な感覚を自ら体現していたような気もしています。
 なに言ってんのかもうさっぱりわかりませんが、もうなんでもいいです。
 
 
 ◆
 
 実は今日の日記は夕方くらいからだらだらと書いてて、途中でご飯とかお風呂とか挟んで書いていた
 物だから、すっかりノリが統一されていないというか、文章としてアレな感じですけど、頑張ります。
 いつもここから!
 はい。
 
 で、まぁ私的になんていうか、あーくるとこまで来たなぁって感慨なんですけどね。
 なんていうか、コレを今年一年のアニメの感想の締めに持ってこれたのは良かったなぁ、というか。
 たぶん、今年一年の総決算になったアニメ体験でした。
 ローゼンメイデン オーベルテューレ
 うん。
 なんていうかさ、水銀燈って私的にかなり自分から遠いとこに位置してるキャラなのよ。
 ぶっちゃけ真紅とか翠星石とかの方が、言葉的に私に近いしまたそれへの寄り添い方も似てるんだよね。
 でもさ、だからこそ私はトロイメントのときとかに水銀燈でも感想書いてきた。
 だって水銀燈っていうのがどういうものかわかりたかったし、感じたかったからね。
 そして色々書いて、色々わかって、そしてやっぱり私とは違うなぁというのがわかって、そしてそれ以上に
 その私と水銀燈との間に通底するものも感じられたりして。
 そしてこのオーベルテューレで、ある意味水銀燈のコペルニクス的転回があって、ぶっちゃけ正直びっくり
 ぎょうてんして。
 うん。
 だからもう、なんていうのか、もうまさに素っていうか、ただもうなにも無い状態ですらすら感想書いたんだ
 よね。
 水銀燈のことを書くんじゃなくて、ただひたすら水銀燈で書く。
 もし水銀燈的な、あの負のエネルギーに対する真摯な情熱をまっすぐに燃え上がらせていったら、いった
 いどうなるのか。
 そしてなによりも、そうして苦しみと痛みと怒りと怨みと絶望に支配され、そして堪らなくそのこと自体が
 どうしようも無く悲しく悔しくて、それでいてどこか自分の中でそれらすべてに対して確かな愉悦を感じて
 いる、その状態に於いて、いったい「私」はなにをして、そしてなにを「言う」のか。
 ただただもう、それだけだったんです。
 そしてそれが、この一年で感想的に培ってきたものの、すべてだったのです。
 
 
 
 ◆ ◆ ◆
 
 というような感じになりました。
 こうして眺めてみると、今年はわざわざ一年で書き貯めたものに統一した意味を施さなくても良いような
 気がしてきます。
 もしかしたら、ここに来てようやく堅苦しさが抜けてきたのかもしれないという感慨もしています。
 ただ書くことに充足している、或いはもはや自分が書いていることに対して、どのような言葉も不要なので
 は無いかとも思いました。
 今年はなんだかんだで、アニメの感想を書いていない時期が一切無く、書いた本数自身は少ないもの
 の、書いている期間ではなにげに今までで一番長い年になったかもしれません。
 そういった辺りが、私とアニメの距離を縮め、またアニメを当たり前なものとして私に受け入れさせていった
 とも言えるのではないでしょうか。
 この一年がアニメの感想書きとしての成長へと繋がったのか、それとも退化することになったのかはわかり
 ませんけれど、内外問わずそういった自身への評価が全く気にならないほどに、ただたんに当たり前のよ
 うに感想を書き続けられたことを、私は嬉しく思っています。
 来年もまた今年のようなスタイルを目指す、とは口が裂けても言いませんけれど(笑)、それでも最終的
 に一年後にまた一年を振り返って楽しかったなぁと言えたらいいなと、今は思います。
 勿論、そんなことを言うことを目標になぞ、これもまた死んでもしませんけれど。(笑)
 
 さて、すっかりアニメ話ばかりになってしまい申し訳ありませんでした。
 この魔術師の工房は別にアニメだけでできている訳ではありませんので(笑)、無論他のことも考えたり
 感じたりしてきました。
 全体的によく言えば落ち着いた、悪く言えば怠慢全開という運営状態というのが、ひたすらサイト的には
 続いてきた一年だったと思います。
 訪問者数も、これまで一年に一万のペースでほぼ来ていましたけれど、今年は半分以下のペースで
 まったりと刻んできています。
 その身の丈に合ったゆったり感に居心地の良さを感じていながらも、それでいてやっぱりもうちょっとちゃん
 と頑張らないといけないな、とも切に感じています。
 もっとも、訪問者数減の原因がどの辺りにあるのかを踏まえて言っている訳では無いので、それは訪問
 者数増を目的とした頑張りにはならないのですけれどね。(笑)
 管理人としてというより、サイトを楽しんで運営しているいち個人として、より楽しくやりたいと思っているの
 で、その結果として訪問者数が上がってくれれば嬉しいけれど、でもそれで上がらなくても別に良いので
 す。
 
 はい。
 そんなところでしょうか。
 今年はまぁ、どうなのでしょうね。
 アニメ的には色々面白いのがあって、日記ではまともに扱わなかったものもあったりして、少々後ろめたさ
 が残るほどの豊作年でした。
 そういう意味で、良い年でしたと言っても良いでしょう。
 少なくとも、アニメの感想を書いている日記書きとしては。
 そして、魔術師の工房の管理人を楽しんでる紅い瞳としては、今年一年は色々試練な年でした。
 理由は上記にある通り。
 だから、来年は頑張ろう。
 そして、来年も楽しみにしています。
 
 
 
 今年一年、魔術師の工房をご愛顧してくださった方々、愛顧とまでは行かなくとも来てくださった方々に、
 一年分の御礼を申し上げます。
 ありがとう御座いました。
 そして。
 来年も、よろしくお願い申し上げます。
 
 
 それでは、良いお年を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ってなんか妙にしんみり調っていうかそっけないっていうか、書くの途中でめんどくなってきたなこいつ。
 
 
 ということで、ええと、まぁ、その、うん、来年もよろしく! (笑顔満載で)
 
 
 
 
 
 

 

-- 061227--                    

 

         

                                 ■■銀様のなく頃に■■

     
 
 
 
 
 最高。(挨拶)
 
 
 改めまして、ごきげんよう、紅い瞳です。
 ていうかほんと御機嫌です。御機嫌ようなのですよ。最高ですよ。
 ほら、あれです、オーベルテューレ、そうあのローゼンメイデンの、あれですあれね。
 つまりはい、アニメです。アニメのお話です。
 紅い瞳的に機嫌が良いのは大体良いアニメに出会ったときです。
 もうね、駄目でした、面白くてね、凄くてね、うん、面白かった。語彙無。
 いやいや、だってまさかあんなにすごいものになるとは正直思って無くてですね。
 あ、もうなんか今日はざっくばらんにローゼン知らない人置いてけぼりなネタバレ全開もなんのその、ってな
 感じでいきやがりますので、そういうことで。
 で、ええとどこまでお話しましたっけ。
 うんうん、そうそう、すごいってお話。
 すごい。
 すごいすごいと連発することしかできないくらいにすごい、というひどく個人的な理由ですごいです。
 なに言ってんだかわかりませんが、別に錯乱はしておりません。極めて冷静です。大丈夫です。
 ていうかオーベルテューレで語ること語らないうちには死んでも死に切れません。誰かトドメさして。
 ええと、なんのお話でしたっけ。
 妙にお話があらぬ方向に逸れるときは、大概紅い瞳が興奮しているときです。当たり前やな。
 さて。
 いい加減まともにお話しましょうか。
 あんまり変わらない気もしますが、まるで気にしません。
 
 はい。
 まーぶっちゃけっていうかまったりぽっかり言うと、まさかああいう形で来るとは正直思ってなくって。
 もっとこうあっさりと過去の水銀燈と真紅のバトルをちょろっと描いて終わりで、まぁ今までのトロイメントとか
 の印象を大幅に変えるようなことはしないだろうなぁ、だってローゼンって結構ファン大事にしてるみたいだ
 しぃ、とか、そんな邪なことを考えてたりしていましたので。邪か?
 それが、あれですよ、あれ。
 なに、あの水銀燈。
 な   に   あ   の   銀   様   は  。
 もしあのとき私が片手にティーカップを持っていたら、驚いて取り落としていたことでしょう。
 そして懸命に床を拭いてます。
 いきなり銀様泣いてるし、ていうか真紅にべったりてあなた、どうなってんの?
 全国の銀様の下僕ファンはさぞやあっけに取られたことでしょう。
 或いはあんなの銀様じゃない! と絶叫なさった方もいらっしゃったかもしれません。
 でも、それ以上にあの銀様もまたそれでよし、と感慨もあらたに萌えた方もいらっしゃったのではないで
 しょうか。
 いや私は別に萌えてないけど。どっちでもいいんだけど。(冷)
 まぁうんあれだ、萌えとかそのへんは置いといて、なにが言いたいかというと、なにが言いたいのやら。
 ・・・・・。
 
 えーなんか調子狂うなぁ。なんだこのノリ。切り口間違えたかな。
 ええと。
 まぁ、うん、そうね。
 書きたいことは大体先日書いた感想で書いた訳ですけど、まぁそれはいいや。
 うん。
 うまく言えないんだけどさ、ああして水銀燈のキャラをいじってきたスタッフの勇気にまず拍手したいってい
 うのがあってね、そしてそれをちゃんと使いこなしてあんなに素晴らしいことをやってくれるというのは、これは
 もう完敗というところなのです。
 ただのトロイメントとの整合性の辻褄合わせで終わらせるかと思いきや、完全にオーベルテューレ独自の
 観点からスタートできるものを描いてくれて、感無量なのですよ。
 これは、観て、本当に良かったです。
 これを観て、確かにトロイメントを新たな気分で観直すことは当然激しくできて、それはまた有意義な事
 ではあるけれど、そのひとつ手前で、このオーベルテューレ自身が描いたものをこそ、まずは深く深く感じ
 、そして考えて貰いたいって、私はこれを観た人には言いたい気持ちなのですよ。
 あの水銀燈って、いったいどういうことなんだろう。
 あの水銀燈を観て、私たちはなにを感じ、そしてそこからなにを考えていけばいいんだろう。
 前回前々回と書いた私の感想は、ちょっと興奮し過ぎてその辺りに深く突っ込んでいけなかったので、
 やや心残りな文章になっちゃったんだけど、その再読も含めて、私はやっぱりこのオーベルテューレはちゃん
 と考えてものにしておきたいって思う訳。
 うん。
 このオーベルテューレにおける水銀燈をどう捉えるかで、いろんなことがわかってくると思うから。
 と言っても、言葉は足りなくとも、前回前々回に書いた感想に私の感じ考えたものは全部詰まっているか
 ら、ここで改めて別の言葉で説明してもあんまり意味は無いのですけれど。
 ただ。
 水銀燈って、すごいなぁって、改めて言いたい気持ちではあるんですけれどね。
 でも、その「すごさ」そのものを私がどう捉えたか、ということの方が私にとっては最も重要なことで、そして
 それを書いたのが私の感想文です。
 ぶっちゃけ、水銀燈は私とは違う、ということですし、また私は水銀燈の凄さを理解するために水銀燈を
 書いたというか。
 前回の感想の最後の一行に、一応それが全部込められてはいるんです。
 「私を 置いて 行かないで」。
 真紅を否定し、真紅を否定する自分を否定し、ただお父様への愛で作る美しい自分を作り上げること
 にすべてを賭ける。
 それを水銀燈の凄みとして私は考えましたし、そして、それでも必死に切実にお父様を求めているだけ
 という現実が、その本質的なところにしっかりあるという、その私の視点としての凄みを付与して、あの感
 想は書きました。
 言葉を操り、やるべきことを定め、そうして描いた自分の世界の中に居る自分こそを、示したかった。
 んー、なに言ってんのかわかりませんけど(我ながら)、つまりもっと普遍的にというか根元的なものとして
 考えると、「水銀燈」という自分が語った「自分」を感じている自分が居る、というか、なんというか。
 あー頭悪いな、私。泣きそう。
 でね(立ち直り)、でもそうやって描いた「自分」は決して此処に居る自分じゃ無いけど、それでもそうして
 言葉として目の前にある「自分」があるからこそ、それを目の前にして居る自分が此処に居るんだよね、
 とそういうことでもあって。
 水銀燈がなにを考えているか、は重要では無く、ただそこになにかを考えている水銀燈が居て、それを
 感じている水銀燈自身が重要。
 そして、その重要な水銀燈にとって最も重要なのは、その水銀燈が考えていること。
 水銀燈はそういう外的な「自分」を或いは服として着、或いは剣として振り翳しているんです。
 そして、その服を着て剣を振り翳している水銀燈が、此処に居る。
 そして、ね。
 纏う服がその中身を燃やし、振り翳す剣がそれを握る手を切り刻むこともある。
 その服はその服であり、その剣はその剣でしか無いゆえに、そのを持つ自身とひとつにはなれないのだから
 。
 でも。
 ならばその服を脱ぎ捨て剣を捨てるのか。
 ううん、違うんです。
 じゃあ、なんであなたはその服を着たいと、その剣を振り翳したいと思ったの?
 その問いに答える私自身がすべてなのです。
 私が求めている、そのために、すべてを賭ける。
 そして。
 それでも。
 
 私は私以外の存在に左右されていることも、強く強く感じているのです。
 
 だからその服と剣は、なによりも大事なその私以外のものとの接触に不可欠なものであり、それら自身
 もまたその私以外のものでもあるのです。
 
 
 はい。
 あー、結局自分の書いたものを説明してますよ。
 あー、恥ずかしい。
 でも、銀様萌え〜とか言ってログを全部埋めるよりは幾分マシな気がするっていうか、いまさらですが、
 そうしておけば良かったと後悔もしきりなうちに銀様萌えという文字が既に私の頭の中を支配してます。
 あー萌え萌え五月蠅い黙りなさい。>自分頭
 はい。
 なんだか呂律が回らないような案配です。
 あー、なんかうずうずムズムズします。
 なんか語りたいような語りたくないような、よくわからない心持ちです。
 あー、駄目だ。駄目です。
 すっかり銀様にやられました。
 ごめんなさい、萌えとか言って。
 この気持ちはそんなもんじゃ済まされないです。
 もっとこう、ほら。
 もっとこう、深くて重くて。
 えーと。
 
 萌え?
 
 
 
 追記:
 オーベルテューレ万歳。続編希望。他のキャラの始まり物語として。
 蒼星石とか翠星石とか真紅とかの序章も作って欲しいです。
 むしろ雛の大冒険も可。おそらくトロイメントの続きは作られるのでしょうけれど、その前に是非他の
 キャラのオーベルテューレをやって欲しいです。是非是非。
 このオーベルテューレを観て、ローゼンメイデンの過去エピソードはただの設定消化に終わらないで済む
 と確信できましたので。
 ていうか、トロイメントでの銀様復活といい、ローゼンのスタッフはなんか気合いというか気構えというのが
 違いますね。尊敬です。ファンの期待に応えつつ、それを越えるものをしっかりと作ってくれるんですもの。
 ただのファン御用達のアニメに収まらないその力強さを以て、それでもファンの求めにも応えられるその
 大人さが頼もしいですよ、ほんとに。
 銀様の人気があるなら銀様で作ろう、でも決して銀様ファンに阿るだけの作りにはしない。
 どのキャラを選択してもその充実した作品の理解度とそれに対する誠実という名の発展的創造性があ
 るゆえに、非常に面白いものがしっかりとできている。
 私は、ローゼンのスタッフには期待しています。
 だから雛の復活よろしく。
 
 
 
 ◆
 
 すみません。
 今日はこの辺でよしときます。
 なに書き出すかわかったもんじゃないので。
 で。
 一応金曜日に更新予定だった今週の地獄少女二籠の感想は、来年初めに更新を延期します。
 ちょっと書いてる余裕無いので。
 というか、今年もまた30、31日に一年のまとめみたいな文章を書いたりする予定ですので、構ってる
 余裕も無いことですし。
 ということで、お願い致します。ごめんなさい。
 
 
 
 
 
 
 

 武装錬金を観ながら文章を書くもんじゃないと、よーくわかりました。

 パピ、ヨン!

 
 
 

 

-- 061225--                    

 

         

                                    ■■薔薇言霊■■

     
 
 
 
 
 『この気持ち、どう伝えればいいのかしら・・・・・』
 

                      〜ローゼンメイデンオーベルテューレ・後編・水銀燈の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 重く張り詰めた闇が、ただうっすらと肌に吸い付いている。
 ただ転げ回る重い重い血の流れが私を揺さぶり、気付けば足下に血溜まりができていた。
 その血が体から漏れ出たものか、最初からそこにあったものか、そしてそれが本当に私の体の外に広がっ
 ている黒い血の海なのかもわからなかった。
 夜の闇はあまりにも薄いがゆえに、あらゆるものをそこに映し出す。
 地べたに引きずられているかのように、私の体は無駄に激しく倒れ込むことに力を使い続け、まるで私の
 足先にすべての血液が集められているかのような、その重み。
 その夜の闇は、ただひたすらに軽い。
 そしてその中で碌に起き上がることもできない私の体だけが、独りで自らの重みに囚われている。
 すべての努力が霧散した跡に残された。
 脱力という名の力の充溢が、ただただ激しく体を動かしていく。
 壊れろ壊れろ壊れてしまえ。
 ただ項垂れている口元が、その言葉を示す動きをしてくれないことだけを見つめている。
 どうだって、いいわ。
 もはやその言葉さえ、無かった。
 
 お父様は、ここにはいないのね。
 
 瞳が動く。
 なぜかその紅い瞳だけは、貪欲に動き回る。
 冷静さを確実に失うためだけの、その状況観察。
 目に映るものすべてが私から希望を奪っていくのを確信していくために、私はただその瞳の勝手な行動を
 野放しにしていた。
 それこそほんとうに、どうでもいいわ
 なにが目に入ろうと、もう。
 どんなものがあろうと、もう。
 お父様が、いないのだから。
 もう、動く力も無いの。
 もう、勝手に動き回る体しか無いの。
 私の、私の大切な服を着て必死に操り感じた、私の体はもう止まらない。
 私はもう、その体に勝てない。
 その体が崩れていくのを止められない。
 私はその体の中で動くことができない。
 私はもう、血溜まりに投げ込まれた用済みの私。
 だから、いいわ。
 
 だって、ここまで言葉にしても、その嘘を証すことができないのだもの。
 
 動くのをやめ、ただお父様への妄執の中に沈んでいた。
 それを哀れむように蔑むように見下ろした私の体は、目の前の真紅に飛びかかり、お父様の姿の彫ら
 れたブローチに触れようとしていた。
 お父様、お父様、お父様・・・・・・
 真紅に突き飛ばされ壁にぶつかりまた項垂れるまでの、その一部始終を冷静に感じていたわ。
 ほらね・・・・もう駄目と言う必要の無いくらいに、駄目なのね・・・・・
 お父様の残滓にも満たないブローチに触れるという、たったそれだけの、その貧弱な願いさえ私には叶え
 ることができないのだから・・・・
 ああ・・・まだ言ってる・・・・
 もう・・・いくら言葉を浮かべたって・・・・
 それを示す口の動きは、永遠に為されないのだから・・・・・
 ただただ・・・・居よう・・・・・
 居ようと思う必要の無いくらいに、この憎らしい体に囚われて。
 
 
 
 
 
 

〜 その浅い髪よりも薄い夜の闇は、果てしなくその始まりを殺し終わりを刻んでいく 〜

 
 
 
 

- 朝が、来た -

 
 
 
 
 
 
 
 ◆
 
 昨夜となにも変わるはずの無い世界は、その色付く速度を上げるたびに重く犇めいていった。
 動くはずの無い体に囚われているという言葉が、いつしかその体の中に入り込み、そしてその内側に膜を
 貼り、直接体の中の私を包んでいった。
 肌に差す朝日が、痛い。
 光に照らされその姿を顕していく、薄い闇の支配下にあった弱者達が、圧倒的な存在感を私に示し
 ていく。
 瞳に映っていくその明るい部屋の姿を言葉にして感じるたびに、私は無限の痛みを感じていった。 
 駄目・・・・語ればそれがすべて世界と通じてしまうわ・・・・
 なにもかもが白日の下に晒されていく中で、私は必死にその痛みと戦っていた。
 そしてどうしても、その痛みを産み出す言葉の創造をやめることはできなかったの。
 
 あれは・・ベッド・・・・・
                  あれは・・クローゼット
    あれは・・人間・
                             あれは・・・・空・・
 
 

 あれは・・・・・・・・・・・真紅・・・・・・

 
 
 

++++++ これは 私 ++++++

 
 
 
 
 刺すように辺りを見つめ、そして響く痛みが漏らす愉悦を初めて感じた。
 知るって・・・・こういう・・・・こと・・・なのね・・・・
 闇の次に現れた朝の光はそれでも冷たいままだったけれど、それは私の無様さを嗤いも無視もしなかっ
 た。
 興味本位で私の顔を覗き照らす光に顔を逸らしながら、それでいていくら言葉でその冷たさを描いても
 、なぜか私の体は熱く静かに止まっていたのよ。
 どうして、動かないでいてくれるの?
 どうして、私の気持ちをわかってくれるの?
 今、私は、確かに感じてる。
 動きたい、と。
 そして、その切っ掛けが訪れてくるのを、なによりも深く切実に舐めるように待っていたの。
 だから、今は動けない、いいえ動いてはいけないのだと思っていた。
 そして、私の体は、まるでそのことを私に諭して返すようにして、その通りに動かないでいてくれた。
 私を・・・・護って・・・・・そして・・・・・導いてくれるのね・・・・・・・
 一緒に・・・・・・・生きて・・・・・・くれるのね・・・・・・・・
 残酷で酷薄で薄情で、その他のありとあらゆる罵声を必死に並べ立てても、それをいくらこの朝の中に
 当てはめても、それなのに、この瞬間は、今は。
 『お父様は・・・・?』
 真紅に、尋ねたの。
 そうしたらね。
 真紅ったら。
 
 
 私に、手を差し伸べてくれたの!
 
 
 
 
 私の冷たい手は、しっかりと、その真紅の手をめがけて動いてくれたわ。
 
 
 
 
 ◆
 
 真紅・・・・・真紅・・・・・・
 
 陶然とする体の中で無表情を晒しているのに、なにも嬉しくは無いし、苦しくも無いのに。
 それなのに、どうして私は真紅に手を引かれているの?
 どうして、あなたは私をちゃんと歩かせようとしてくれるの?
 私の体には、お腹が無いの。
 だから真ん中ですぐにぽきりと折れるようにして崩れちゃうの。
 でもそんな欠陥がある以前に、私は歩くということそのものを知らなかった。
 妹達が歩いているのを見ていたけれど、それが私にもできることだとは最初から思っていなかったから、
 もし私の体に欠陥が無ければ普通に歩くことはできる、ということを全く知らなかったの。
 私は、なんにも知らないの。
 恥ずかしいということも、知らなかった。
 私は真紅が美しく歩いている姿を見て、そしてやがて私もそれを目指したい、目指さなくてはいけないと
 確かに思うようになっていたわ。
 右、左、右、左。
 真紅に手を引かれ、ただ前に進んでいた。
 真紅に手を引かれなくても、ただ前に進もうとしていた。
 真紅・・・真紅・・・・・
 私・・・・沢山沢山・・・・・色んなこと・・・・・知りたいわ
 私が・・・・・・
 私が・・・・・・・・
 全部・・・・自分でできるようになるために・・・・
 
 
 美しく歩くこの私の姿が・・・・・・・欲しいの
 
 
 なにもかもが、愛しかった。
 なにも私は知らないんだということを遙かに越えて、ただただなにもかもを知りたくて堪らなかった。
 真紅・・・真紅・・・・・教えて・・・・・これ・・なに・・・?
 知るための苦痛と、知ることの歓喜が、強く強く私に私を与えていったわ。
 真紅はほんとうに、色んなことを教えてくれた。
 歩き方も、紅茶もお菓子も、蒼い月も、夢の見方も、そして美味しい紅茶の淹れ方も。
 そしてね、そしてね、そうして生きていくのがほんとに心の底から楽しいってことを、真紅は教えてくれたの!
 私がひとりで色々なことができるようになって、それを真紅が褒めてくれて、そして真紅が喜んでくれて、
 ほんとにもう涙が出るくらいに私は嬉しかったの!
 私のただ流れるだけの髪も信じられないくらいに美しいその純白を私に魅せてくれて、そして私の大切な
 お父様のくださった黒く輝く服は、なによりも逞しく私の体を包んでくれるようになったのよ!
 真紅・・・真紅・・・・・・・・・真紅・・・・・・!
 そして遂に、私はひとりで歩くことができた。
 真紅に手を引かれ、そして真紅が手を離しても、ずっと歩き続けたいという私の願いを、夢を、叶えること
 ができたのよ。
 ああ・・・・・・・ああ・・・・・・私・・・・・・・・・歩いている・・・・・・・
 あの私が憧れて、そして・・・立てるはずの無かった美しい妹達の舞台の上で・・・・私・・・・歩いて・・・
 ああ・・・・
 これで・・・・・
 
 『お父様は、お喜びになると思う?』
 
 『ほんとうに?』
 
 『私に微笑んでくれる?』
 
 『私を抱き締めてくれる?』
 
 『間違いない? 絶対?』
 
 
 

〜〜 『早くお父様に見て貰いたい・・私のこの姿を、歩く姿を・・・・・!』 〜〜

 
 
 
 

『ありがとう』

 

『真紅』

 

『あなたのお陰よ』

 

だから、私が頑張ったって言っていいのね。

 

だから

 

『もう少し、練習するね。』

 
 
 
 
 ◆
 
 『夢・・・・・そう・・夢ね・・・・』
 
 終わらない朝が悠久に続いていく。
 寝ても覚めても朝日は途切れず、休むことを知らない私は、いつしか休息を求めるようになっていた。
 束の間の、夢。
 そう、夢。
 終わらない夜が悠久に続いていく、悪夢。
 決して動くことの無い、置き捨てられた残骸。
 その姿を決して見ることができないのは、それが自分だから、ということを知ってしまう、絶望。
 ただただ明るい舞台の上でお父様に相応しい人形になることを夢見ている、ただの闇に溶ける人形。
 
 お父・・・・様・・・?
 
 その叫びがその夢を消したのか。
 それとも・・
 
 
 
 
 
 --  そう 夢は終わらない 絶対に
 
 
 
 
 
 ++++
 
 流れ出る血よりも蒼く体を覚ましていく光が照っている。
 沸き上がる血よりも紅く夢への通い路を経つ熱が叫んでいる。
 鋭利に研ぎ澄まされた刃を翳す腕が零れ落ち無情にもその剣に引きずられていく。
 
 『そう。私は水銀燈。ローゼンメイデン。』
 
 慈しみと慎みを携えた誇りを胸に、その歩くべき道を抱き締める。
 頑張らなくちゃ。そして頑張れる私を、だから褒めて。
 
 『そう。ローゼンメイデン。第一ドールの水銀燈。』
 
 愛と勇気を纏う希望を胸に、この居るべき体を抱き締める。
 愛してる。そして真紅に教えて貰った美しい私を、だから愛して。
 
 
 『そうよ。』
 
 私が諦めなかった、この逞しくも愛しい、希望に満ち満ちた漆黒の体。
 私は私が大好き。
 私を受け入れてくれた真紅が、世界が大好き!
 みんなみんな、大好きよ。堪らないくらい、愛してる。
 私、私、今、ここに居て・・・・幸せ・・・・・・私・・・・・・・
 此処に来て・・・・・・よかった・・・・・・
 
 
 
 
 そしてその私のすべてが詰まった剣が、返す刀で私を真っ二つに切り裂いた。
 
 
 
 
 夥しい悲鳴をあげて、私の体は崩れていった。
 無の満ちた、暗黒の空洞。 
 
 
 ---- 『お腹が、無い。』 ----
 
 
 『この子は、ローゼンメイデンでは無いわ。』
 
 
 言葉が。
 ああ・・・・・言葉が・・・・・・・・・・
 綺麗なままに、美しいままに、お父様に相応しい人形のままに。
 ローゼンメイデン、お父様に作られた第一ドールのままに。
 私は、崩れた。
 私は・・・・・・
 死ぬほど求めた妹たちの舞台の上で、賞賛されながらも死刑に処された。
 なんで・・・・・・・なんで・・・・・・・・・・・
 なんで・・・・・・なんで・・なんで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 これで良かったんじゃないの?
 私は自分の足で立って歩いて、色んなことを知って、服もちゃんと着こなして、髪も美しく流して、
 お父様に相応しい人形の一員になれたのに・・・・・・・それなのに・・・・・
 どうしてっっっ・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!
 
 そして。
 
 
 気付いた。
 
 
 
 恐ろしい、恐ろしい、ことに。
 
 
 
 
 この地べたは、なんでこんなに冷たいの・・・・・?
 
 
 
 
 ++++
 
 私は此処に来た。
 そう、来たのね。
 なら、何処から来たの?
 その問いに答える前に、体から溢れ出た無限に重いその闇に私は押し潰されていた。
 しっかりと動かせるようになった愛しく軽い体は、その断末魔に押さえつけられていた。
 重い・・・・・・重い・・・・・・・・目が・・・・・・開けられない・・・・・・
 言葉が次々と喉から溢れてくる。
 口が歪み切ってしまうほどに、嘘よ嘘よと、決してそれを証す事無く無抵抗に動いていってしまった。
 『嘘・・・いや・・・・・・真紅・・・・真紅っっ・・・・・助けて・・・・・・・・・・・っっっっ』
 体を軽快に美しく動かしてくれた優しい力は、私の血走った指先だけに生き残り、そして必死に私は
 その蒼い石畳の上を這いずった。
 そんな・・・・・そんな・・・・・・・・・・駄目・・・・・・・・・・・・絶対・・・・・駄目っっっっっ
 せっかく此処まで来たのに!
 お父様に会うために!
 『どうして来てしまったの?』
 来たかったからよ!
 どうしても、どうしても、此処に来たかったからよ!
 こうして必死に叫べば叫ぶほどに、私がどこから来たのかがわかってしまうだけなのに、それでも私はっ!
 私は・・・・此処にもう居るのっっっっ!!!
 
 
 
 私は、此処に居たいの!!!!!!
 
 
 
 
 
 助けて・・・・・・・・・・真紅・・・・・・・・・!
 
 
 
 
 




 
 

◆ 『私はローゼンメイデンじゃない。ただの作りかけ。』 ◆

 
 
 
 
 

『私は、なんのために生まれてきた・・・・・』

 
 
 
 
 

その答えが、闇に差す光の堕ち先に在ることを、私は、知った

 
 
 
 
 
 ◆
 
 真紅。真紅。
 お久しぶりね。
 本当に長い間、ありがとう。
 本当に、ほんとうに、ね。
 ふふふ。
 あなたは私に、とてつもなく重い事を教えてくれた。
 私に、命が在ることを、ね。
 『見て、ローザミスティカが、此処に。』
 よろしくね、真紅。
 ふふふ。
 
 
 真紅、あなたは私を憐れんでいただけ。
 真紅、あなたは私を蔑んでいただけ。
 あなたは私を差別することで自分の地位に安心したいだけ。
 私を助けたのも、全部自分のためだけ。
 自分を誇示するために、自分が自分で居るために。
 
 『嫌な、女。』
 
 そうね。
 それは私も同じね。
 そうやって真紅を罵倒する言葉を並べ立てているのだから。
 私が真紅の非道を詰れば詰るほどに、そうして真紅に憐れまれるほどの情けない人形である私の姿を
 描き出すだけ。
 真紅を詰って、そうして非難する者としての自我を得られたとしたって、そんなものがお父様に相応しい
 私では無いのがわかるだけ。
 真紅を詰ることに、だから意味は無いわ。
 ただの、し・か・え・し。 趣味よ、しゅーみ。
 うふふ。
 楽しいわ、真紅。
 あなたを虐めることが、こんなに楽しいだなんてね。
 ほんとうに、世界って楽しいことに満ち満ちているのね。
 あなたが、それを教えてくれたのよ、真紅。
 うふふ。
 真紅。
 真紅。
 聞いて。
 
 
 私はね、真紅。
 あなたの言う通り、作りかけの、お父様に置き捨てられた、ローゼンメイデンの名を冠されないジャンク。
 第一ドール? 
 それは一番初めに作られた、それ以降の人形の練習台として好き放題に作られ放置された、未熟で
 無価値でただ捨てられるだけのものってことなのよね。
 お腹の無い、ただ自分の力で歩くこともできない、服を着るようにも出来ていない、そういうお人形として
 さえその存在意義の無いものよね。
 私は、ジャンク。
 ええ、そうよ。
 私は水銀燈という名の、無。
 私はただ闇に溶けていくだけの、可哀想なジャンク。
 私はその中でひたすら足掻き続け決して抜け出すことのできないという事を含んだ、その絶望というにも
 虚しい存在だったわ。
 生きるも死ぬも無い。
 私はただお父様のお姿を夢見て朽ち果てるだけのもの。
 或いは、その夢に溶けて人知れず消えていく時間そのものだったのかもしれないわね。
 
 でもね。
 真紅。
 
 
 その夢は、生きていたの。
 
 
 
 今ならわかるわ。
 あの暗い部屋の中の重い重い闇が、確かに胎動していたのが。
 私はその夢を見、そしてそれに溶けてひとつになりながら、そしてその闇そのものとして確かに生きていたの
 。
 私は、生きている。
 もう、いやになるほどに、生きていたのよ。
 ああ、もう、狂いそうになるわ。
 私の中の言葉は、なんて貧弱なの。
 この気持ちを、この想いを、この存在を、この魂を、どうやったらあなたに伝えることができるのかしら。
 
 
 
 私は、お父様を、愛している。
 
 
 
 ただそれだけで、もはやその言葉を遺す意味すら失われるほどに、私が生きていることがわかってしまう。
 お父様を想う気持ちだけで、あの部屋から出てきたわ。
 お父様への愛に染まるだけで、この舞台の上にやって来たわ。
 出られるはずの無い場所から出て、来れるはずの無い場所へ来て。
 それが、今。
 それが、水銀燈。
 水銀燈、と言う、言葉。
 無きものを在らせ、在るものを無くす。
 真紅。
 あなたを否定してあげるわ。
 あなたのその高慢なだけの自尊心をへし折ってやるわ。
 ただ在るだけのことに充足し、無きところから高く飛ぶことをしなかったあなたを消してやる。
 私はあなたを批判するだけじゃなく、あなたを実際に消すことでも、愉しみを得るわ。
 そしてそれに囚われず、私が水銀燈と名乗り続けることで、絶対にお父様の所まで飛んでみせるわ。
 私はお父様の娘よ。
 そう在らせるのは、そうで在りたいと思い続ける私だけにできること。
 私はジャンク。
 私は妹達を作るための実験体。
 作りかけ。
 ええ、そうよ。
 
 だから、それを否定する。
 
 受け入れたりなんか、しないわ。
 事実は事実として受け入れることに、意味なんか無いもの。
 本当に私が私であると言い続けるなら、その事実を受け入れるなどと言うこと無しに、この身を以てそれ
 を晒し、そしてその醜い私の体を全力で否定するために、絶対に絶対に美しくなってやるだけなのよ!
 私は、ジャンクなんかじゃない!
 私は実験体なんかじゃない!!
 私は作りかけなんかじゃない!!!
 だって。
 だって、お父様はいつかきっとこの体を完成させてくれるんだから!!!!
 あら? なーに? 真紅。
 でも今のあなたは確かに作りかけの状態じゃない、っていうの?
 それが今のあなたでしょ、っていうの?
 うふふ。
 馬鹿ね。
 ほんとうに、醜い子。
 
 
 
 お父様にお会いし私を完璧にして貰うためにアリスゲームを戦っている、それが今の私よ。
 
 
 
 たとえ、お父様が私にお会いしてはくださらなくとも、それは変わらない。
 お会いしてくださると信じて飛び続ける、それがこの水銀燈の魂そのもの。
 それが私のローザミスティカ。
 お父様は、そう言葉にして顕したものを、私に改めて与えてくださったのよ。
 こんなに嬉しいことって、ある?
 こんなに愛おしいことって、ある?
 私が作りかけで生まれてきたのは、ジャンクなのは、すべてそれを得るためだったからなのよ。
 光から生まれ闇に生き、そして光へと向かって飛び立っていく。
 嗚呼・・・・・・
 光から生まれ光に生き、そして光の中で幸福なままに生きていく者達への妬ましさに照らされて、
 この背に燃える黒い剣は紛れも無く力強く私を生きさせていくわ。
 ふん。
 真紅。
 あんた達には負けないわ。
 負けるはずも無い。
 闇に生きそれでも光を求める者の命を賭けた努力を蔑み、ジャンクはジャンクらしく大人しく闇の中で
 生きていろ、なんて平気で言う奴なんかに。
 真紅。
 私は水銀燈よ。
 私はジャンクじゃない。
 それが事実じゃないとあなたは言い張った。
 大人しくサラの元で幸せに暮らせとあなたは言い放った。
 良い子面した、その憎々しく優しさに歪んだ愚かな口で。
 
 
 『それが私を馬鹿にしてると言ってるのよ! 私をローゼンメイデンと認めてくれて無かった!!』
 
 
 『あなたみたいなドールが、アリスになれる訳が無い!』
 『アリスになるのは、私。誰よりもお父様を愛してるこの私!』
 
 鋭く燃え上がる漆黒の翼を添えた剣で薙ぎ払ってやるわ。
 あなたのそのわざとらしい無垢な白さを朱に染めてやるわ。
 あなたは真紅。ちょうどいいじゃない。
 あなたの周りを飛び回る、その真っ赤な薔薇があなたの醜さをよく表してるじゃない。
 さぁ、戦いましょう、真紅。
 憎悪を翳し愛を奪い合うために。
 自らの振り回す剣に気を付けなさい。
 それは下手をするとあなたの求めるその愛を切り裂いてしまうかもしれないのだから。
 私は大丈夫。
 私のお父様への愛は。
 
 それは最初から残酷に切り刻まれ続け、それでもずっとずっと耐えて生き延びてきたのだから。
 
 これからもずっとそれは変わらない。
 私の姿を飾るのが虚しくとも、お父様への愛が悠久に続くのならば、それは果てしない価値があるのだか
 ら。
 私は美しさを求め続け、その追求に耐えうる強さをもっともっと手に入れていくわ。
 だから。
 
 
 
 
 
 
 『今度こそ胸を張って言えるわ。
 
私は水銀燈。
 
ローゼンメイデンの第一ドール。
 

よろしくね、真紅。』

 
 
 
 
 
 

だからお願いです

 
 
 
 
お父様
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私を 置いて 行かないで
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                    ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデンオーベルテューレ」より引用 ◆

 

 
 
 

 

-- 061224--                    

 

         

                                    ■■薔薇剣服■■

     
 
 
 
 
 『お父様・・・・・・・・・・どこ・・・・・・・・・・・』
 

                      〜ローゼンメイデンオーベルテューレ・前編・水銀燈の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幾万と交わり幾億と重なる豊饒な大地に咲く白き薔薇。
 色鮮やかな命の群の為す叫喚が風を呼び空は艶やかな光に包まれる。
 天と地の間に埋もれ犇めく馥郁たる生誕を祝う息吹が踊り合う。
 真幸くあらばその唯一筋の白光が地に舞い降りる。
 水底よりも静寂に雲上よりも張り詰めた永遠のひとときが訪れる。
 時は止まり、すべての命の騒めきが息を潜めて見守る闇が、深々と世界を包んでいく。
 
 耿々と広がる真闇に向けその愛しき雲間より産み落とされた一握の光。
 
 闇より深い魂を空よりも高く透き通らせその光の幼子は薄く闇に抱かれ舞い落ちる。
 風にそよぐ陽炎よりも軽いその体を闇に浮かべ真っ直ぐにあてどなく地を目指し流れ落ちる。
 期待に満ちたあどけない瞳を両の手で覆いながらそのひとつの誕生は始まった。
 なにも知らない無垢なる光がその降り立つ大地を照らしたとき。
 其処には。
 何者も、居なかった。
 燃え出でる黒き産声を翼に靡かせ揺れる魂を抱え込みその光は独り立ち上がる。
 見上げた空の中で、自らの通り過ぎた誕生の祝祭が静かに猛っているのが見えた。
 声にならぬ声を喉に響かせ震わせるこの肩を抱くのは堕ちた光と闇のぬくもりだけだった。
 私が・・・在る・・・・・
 地獄の力に引き寄せられた生まれたての体は崩れ落ち、無情な角度で固まった首筋に満ちる力だけ
 が、ただ激しく暴れていた。
 ありありと映るその雲間より漏れ出でた光輝たる楽園の騒擾の残滓が、私を追い遅れて生まれ落ちて
 きた羽に真っ黒に取り憑いていくのを見上げていた。
 背に降り積もるその残酷な黒い幸せが、私を追い立てそして私から逃げていく。
 地を這いずりそれから逃げ回り、空に拳を突き上げそれを追い回し、そして黒く濡れてなによりも重く
 空の下の大地に溶けていく私の体を感じていたわ。
 吐き出した剣を振り翳し、さぁ、妬ましき白き薔薇を朱に染めてしまいましょう。
 背に生えた闇よりも愚かな羽が舞い散りその紅き花びらと溶け合い、やがてその情熱と化した毒棘が私
 を燃やし尽くしてくれるまで、独り哀れに過激に踊りましょう。
 燃え尽き溶け散り、やがてその失われた姿が空の中に咲き顕れるその日まで。
 
 
 目覚めたそのときに、愛しきそのぬくもりのあらんことを。
 
 
 
 
 +++ 序章、開演 
 
 
 
 
 
 ◆
 
 ぼんやりと、その鮮明な時間を感じていた。
 なにも無い。
 その一言ですべてが説明できてしまうほどに、それは鮮やかな無だった。
 無意味な言葉を喉の奥で転がして、萎れるままに枯れていく言葉を示すことの意欲を感じていた。
 不思議ね。
 なにも不思議とは思っていないのに、不思議だと呟けるなんて。
 どこまでも静まりかえる目の前の暗闇が動かないことで、その過ぎた時間の重みを感じているだけなの
 に。
 私には、なにも無い。
 私には、なにもできない。
 それなのに。
 なぜ私は、言葉を話すことができるの?
 なぜ私には、動かすことのできるこの軋む音を響かせる腕があるの?
 それでも目の前に広がる無の絶望が、果てしなくこの体を項垂れさせていく。
 待てども待てども、求めても求めても、救いは無かった。
 もはや救われるということがどういう事であるのかもわからなくなるくらいの、それは悠久なる闇の堆積だ
 った。
 闇に、光が灯る。
 鮮やかに咲き誇る絶対の無が灯す、その色彩豊かな夢が顕れる。
 粛々と築かれていく幸福の光景。
 慎ましやかで艶やかな誕生の連続。
 愛された体に光を宿し、暖かな胸の中に抱かれて。
 高貴な生誕を彩る温情が、激しい熱情を私の胸に呼び覚ます。
 ああ・・・ああ・・・妹達・・・・良かったわね・・綺麗な格好をさせて貰って・・・
 ああ・・・おめでとう・・・・あなた達の誕生は・・・なによりも暖かく受け入れられたわ・・・・
 優しき想いが駆け巡り、ささやかな羨望と期待を胸に、私は妹達の姿を見つめていた。
 ああ・・・・ああ・・・・・・次は・・・・・・・・私の・・・・・・
 灯りは消え、そしてまた灯る。
 再び浮かび上がる、その愛しき幻影。
 私はそれが瞳に映ったのと同時に、腕をあげた。
 お・・父様・・・・・・わたし・・・・・ここに・・・・・・
 妹達の生誕祭が進んでいく。
 待って・・・・・・わたし・・・・・・まだ・・・・・はやく・・・・
 最後の妹の頭上に、祝福の幕が降り始める。
 わたし・・・・・・わたしを・・・・・置いて・・・・いかない・・・・・で・・・
 光に満ちた幕が降り、それは緩やかな反転を描いてその闇の帳を広げていった。
 ああ・・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・あ・・・・・・
 この無限の繰り返し。
 それに慣れたことなどただの一度として無く、ただその地獄に震える感情そのものを失っていくだけだった。
 私はただ無感動にこの瞳を見開いていただけだった。
 そして無意味な言葉を呟いて、ただただその闇の一部となっていただけだった。
 
 それなのに
 
 それなのに、失われた感情の形を演じ続けるだけの形骸だった私は、やがてその感情の形そのものと
 なって目の前の幻影に対峙していた。
 狂おしいという言葉に相応しい振る舞いを越えて狂い、激しいという形容を破り捨てるほどの激情を晒し
 、愛しいと叫ぶ手前で愛を求めて泣き喚いていた。
 不思議・・・・・
 此処に転がっているのは、紛れも無く無表情に置き捨てられた人形なのに。
 『お・・・・父・・・・・さま・・・・・・・』
 どんなに冷質を晒し無に溶け落ちて感情を失っても、この胸に張り詰める言葉がもたらすものは途切れ
 る事無く、私の体に漲り続けている。
 この純然たる渇望と、この確然たる意志。
 受けて発動する感情のすべてが無に帰しても、発して為す想いは絶え間なく私を動かしているのね。
 
 私の・・・・・・私の誕生も・・・・・私・・・・・・此処に・・・・
 最後の妹を抱いて去っていくその金色に燃えるお父様の背中。
 私はもう一丸となって、その背中目指して手を伸ばしている。
 駄目・・よ・・・・駄目・・・・・こんなの・・・絶対・・・・・・・駄目・・
 私は、お父様の娘。
 私はお父様にお仕えしなくちゃいけないの。
 私も妹達のように美しい服で着飾って、生命力に溢れた言葉を綴り上げて、そうしてお父様を喜ばせて
 差し上げなければいけないの。
 私のしなければならないことをしたくてしたくて堪らなくて、なんとしてでもしたくて堪らなくて、喉が裂けても
 腕が千切れても構わないほどに力を尽くして追い求めて。
 ごとり、と無様な音を立てて転がった私の体が、その追求の果てに私に与えられたもののすべてだった。
 激しく大地に打ち付けられた激痛が、失われた希望の分の重みを以て私を押し潰す空からの落下に
 よるものへと換えられていく。
 その無造作に振れ落ちる体に打ちのめされ、私の胸に在る言葉達はその力をすべて私の内側に打ち
 付け暴れ回った。
 ・・・・・・・・痛い・・・・・・・・・・・・目が・・・・開けられ・・・・な・・・い・・・・・
 
 歪み軋む体の節々に今にも罅が走る予感に震えること無く、それでも私は指先に力を込めて這いずっ
 た。
 お父様の背に伸ばした手を、このまま朽ちさせたりなんか、絶対にさせないわ。
 私は・・私は・・・・・お父様・・・・・・・お父様・・
 この冷たい大地の先に、這いずった先に見えた、その私の真っ黒な体の形骸。
 私のために用意されながら、決して私に与えられること無く、私と同じに置き捨てられた漆黒の服。
 お父様が作ってくださったこの大事な大事な体を、絶対にこのままにはしておけないわ。
 だから私は、絶対にこの胸に灯る言葉を絶やさない。
 私は私を語り、叫び、求め、そしてその私を手にいれるの。
 私を象るその闇色の服をまとって、私は此処から出て、お父様にお会いしなくてはいけないのだから。
 お父様・・・・・・お父様・・・・・・・
 
 それでも、今行きます、という言葉は零れ続ける涙によってどこまでもその力を失ってしまうだけだった。
 
 
 
 私のこのボロボロの体で、この服を・・・・・・どうやって着れば・・・・いいの・・・・
 
 
 
 ◆
 
 かすれていく意識が、滔々と体に満ちる力の実感を激しく燃え上がらせる。
 このまま瞳を閉じたままではいられないほどの激しい疼きが、私の体を内側から痛めつける。
 悲鳴を上げる気力すら尽きた私は、ただ喉から漏れていく吐息に揺れる髪の海に沈んでいた。
 もはやこの髪がどんな色をしているのかもわからなく、この体がどんな風になっているのかもわからない。
 ただ呆然と続く感触だけが、私が此処に居ることを冷酷に告げている。
 その感触がもたらすもの、そしてその感触を眺める者を、私は得ることができなかった。
 私は、ただ地を這う者。
 這って、這って、這い続けて、その先になにがあるのかも、その頭上になにがあるのかもわからずに、
 ただそのまま朽ちていくだけの存在。
 その悲哀を感じる主体を、私はもう遠い昔に失っていたわ。
 私はただただ、無様な体を引きずりお父様を求めてひたすら這い続ける以上のものにはなれなかった。
 だから私は、もう、その自分の姿に一心不乱に・・・・・
 
 埃を被り部屋の隅に打ち捨てられていたその服にゆっくりと袖を通す。
 今私は、確かにその服とそれを着ようとしている私を見つめている。
 白い肌が黒い服に触れる感触の愛しさに震えながら、それでも懸命に服を着込んでいった。
 この着方であっているのかわからない・・・でも・・・・私にはこれが服だってわかるの・・・・
 お父様が不要ゆえに捨てたのかもしれないその服は・・私にとってはお父様が私のために作ってくれた
 宝物だから・・・・
 私は・・どうしようも無く出来損ないのお人形・・・・
 自分でもなにが出来損ないなのかもわからないような、ジャンク。
 私はなにも知らない、なにも教えられていないみすぼらしい残骸。
 私はお父様に暖かく抱き上げられていく姉妹達の姿を見て、それとの比較で自分の不出来さを呪うこと
 しかできなかった。
 ああ・・・私も妹達のようになりたい・・・・・私も・・・・ああなりたい・・・・
 真実私は、私の今の姿を知ることはできずに、ただその妹達への羨望に終始するだけだったのよ・・・
 
 その闇よりも鮮やかな黒い服を頭の天辺から足の先まで被り込んだ。
 服の皺や乱れを懸命に直しながら、そうしてかくかくと無様に動かす指先が、新たな皺と乱れを服に
 呼び込んで。
 焦れば焦るほどに私の姿はだらしなく崩れ、諦めて手を止めればその服は一層その不躾さを晒していっ
 た。
 ほんとうなら・・お父様の愛しい指が・・・・・私をこの暖かい服で飾ってくれたのに・・・・
 それでもただの一度たりとも、自分がお父様に飾られる姿を想像することも実感することもできずに、
 ただその見窄らしく落ちぶれた黒い布きれを全身で抱き締めて、私はよろよろと立ち上がった。
 私の大事な大事なお洋服・・・・・お父様が作ってくださった・・私だけの魂・・・・
 だから・・・その服を・・・・・・着ないでいるわけには・・・・・いかなかった・・・・・
 絶対に・・・・絶対に・・・・・私はそれを・・・・着たかった・・・・・
 どんなにそれを着込んだ私の姿が醜く淫らでも、どんなに不作法でみっとも無くとも、あまつさえその服を
 侮辱するような着方しかできなくとも。
 私は、それを着なければいけないの。
 なにも教えて貰っていないのは、それはきっとその服は私には与えられないものだったからなのよ。
 与えないのだから、それについての知識を教える必要も無かったのよ。
 だから・・・・・私がこの服を勝手に着たことを・・・お父様はお怒りになるのかもしれない・・・・
 そして・・・・・もしかしたら・・・・・お父様は・・・・・お怒りになることすらもないのかもしれない・・・・
 捨てた服を・・・・・捨てた人形がどうしようと・・・・・知らない・・・・・と・・・・・・・
 ああ・・・・・お父様・・・・・・
 私は、恐ろしさを噛み殺して、ただもう服を纏った私の姿を鏡に映して微睡んでいた。
 見つめれば見つめるほどに、その姿は醜いものにしかならなかったから、私はその鏡の向こうの夢の世界
 の中に、私が手を加えずに綺麗に着せられた服を纏った私の姿を見ていた。
 この姿を、この生きている夢の美しい姿を目指して・・・・私は・・・・・
 私は・・・・・生きて・・・・いく・・・わ・・・・・
 私は・・・・お父様に・・・・・お会い・・・・・したい・・・・・・・
 お父様に・・・・・・この服の正しい着方を・・・・・教えて頂きたい・・・・・・・
 私はだから・・・・それまで・・・・・・・自分で出来る限り・・・・・ちゃんとそれを着られるように・・・・・
 私は・・・・・お父様に・・・・・・よく頑張ったなと・・・・・・・・褒められ・・・・・・たい・・・・・・・
 ああ・・・・・・・・ああ・・・・・・・・
 
 黒く輝く服を抱き締め、そして私はゆっくりと泣き崩れていった。
 
 その姿を映す鏡の中に、壊れた体に汚れた布を巻き付けた人形の姿を見つけながら。
 
 
 お父様は、置いて行ったの。
 この私に、この服を、では無く。
 この私と、この服を。
 
 私たちは、捨てられたのよ。
 
 
 
 
 

 〜 群雲から零れる光跡を舐め生き延びるそのひとつの捨て子の時間は激しく踊る 〜

 
 
 

- 闇を着飾り光を求め白き薔薇を朱に染めんとその身を振り翳す -

 

- 滴る鮮血が金色の空を覆いその下の闇を深めようとも -

 
 

- その闇を呷りて光の中に生まれ変わらん -

 
 
 

待って

私を 置いて

 

行かないで

 
 
 
 
 
 
 ◆
 
 お父様・・・・
 お父様・・お父様、お父様。
 お父様・・・・どこ・・・・
 お父様は・・・・どこにいらっしゃるの・・・・
 お父様、お父様、お父様!!
 
 伸ばした手が疲れ果て。
 叫び続けた喉が痺れ果て。
 それでも生き続けた体は、悠久の遍歴を未だ終える気配も無い。
 みすぼらしき装いと振る舞いと、幼さを見破られずに済むはずの無い愚かさを振りまいて、それでも手を
 伸ばし喉を涸らしてお父様を探し続けていた。
 お父様・・・・どこ・・・・
 止まらない涙が頬に汚い筋を描き、動き続ける体が服の乱れを増幅させていく。
 それでもその涙を拭うことも服を脱ぐこともせずに、ただひたすら泣き濡れていく私の体を抱き締めていた。
 お父様・・・・どこ・・・・
 光の中のお父様を求め、闇の中を這いずり回る。
 光へ至る活力を、闇を糧とし沸かせている。
 
 私は、お父様に抱き上げて貰いたかったの。
 私はただ普通に、お父様に愛して貰いたかったの。
 でもそれが叶わなかったのを思い知ったとき、私はお父様に抱き上げられお父様に愛される自分を求め
 たわ。
 その姿を、目の前の幻の中の妹達の美しい姿に求めたのよ。
 翠星石の、蒼星石の、真紅の、その美しくも暖かい笑顔に憧れたの。
 ああ・・・なんて美しいの・・・・
 私はただ俯きながら、それでも時折妹達の姿を見上げていたわ。
 私は、第一ドールの、水銀燈。
 お父様に最も早くに傅き、最も長く仕え、そして最も賢く強く深くお父様のお力になるべき存在。
 なによりも深い自覚と愛を、私を光輝たる生の中に芽生えさせるはずものだった人形。
 私にはその資格と、そして義務があった。
 それなの・・・に・・・・
 私を捨てたお父様を怨むことなんて、しないわ・・・
 そんなこと、ありえないもの・・
 私はただ、それでもただ、お父様のためになりたかっただけなのだもの。
 私も、お父様に相応しい人形になりたい。
 いいえ、ならなければいけないのよ!
 そうして私は延々と、お父様を探し続ける健気で哀れな娘になった。
 気が触れるほどに狂い、狂うほどに気が触れて。
 お父様・・・・・お父様お父様・・
 お父様は、どこ
 
 私は完全に、見苦しい私を見失い、そしてその喪失を埋めるかのように、必死にお父様のお姿を追い求
 めていたわ。
 
 ぐしゃぐしゃに縮れた灰よりも脆い髪を放り出して。
 どろどろに濡れた蝋よりも鈍い顔を投げ出して。
 お父様を求めれば求めるほどに私は私を失っていく。
 私を求めれば求めるほどに私はお父様を見失っていく。
 
 
 ふと、光を帯びた一筋の雫の群が、空から流れ落ちてきているのが見えた。
 
 
 お父様・・
 私・・・・
 私は・・・・・
 
 此処に、います!
 
 お父様に捨てられたお人形が。
 お父様を追いかけているお人形が。
 妹達に憧れて、すっかり怯えている私がここにいます。
 羨ましくて情けなくて。
 つい、私の姿を見つめてしまいます。
 こんな醜い体でしかない私が、悲しくなってきてしまいます。
 だから、私はお父様にお会いして・・・
 ほんとは・・・・そうしてお父様に・・・・ちゃんと私を抱き上げて貰いたかったんです。
 綺麗に飾って、愛おしそうに頬ずりをして、そして優しくおはようの一言を囁いて欲しかったんです。
 私もあの光溢れる生誕祭の中に居たかったんです。
 でも・・・・
 だから・・・・・・
 私は・・・・・・
 
 
 
 いま、ここにいます
 
 
 
 あのとき・・・・
 あのとき・・・・・押し込められた棚の上から転げ落ちたとき・・・・
 目の前に・・・・・私のあの真っ黒な服が置いてあったことが・・・・・どんなに・・・・・嬉しかったことか・・・・
 私・・・・もう・・・あのとき・・・・必死で・・・・・必死に・・・あの服のところまで・・・・這って・・・・
 そして辿り着き手にした服を着て、私はその服に見合う私になろうと・・・・・
 絶対に・・・この服を・・・・放さないと・・・・
 この服を・・・・なによりも・・・・・愛すると・・・・
 この服に袖を通した瞬間、すべてがひとつになった気がしたわ。
 これが、私。
 これしか無くとも、これ以上があろうとも、これが私。
 今この瞬間に満ち満ちていく、圧倒的な感情が私をひとつにまとめていく。
 泣き崩れようとも、力尽きようとも、私はこの服の中に居る。
 
 涙は尽きない。
 溢れる力も止まらない。
 深々と汚れていく体を哀しんで、その美しさを深めていく妹達の幻影を羨んで。
 そして。
 私は、ただ懸命に、ただただその命を振り捨てるほどに、生きて。
 あの暗い部屋から飛び出して、私はずっとずっとお父様を探している。
 たとえ、あの暗い部屋の棚の上に置き忘れられた人形の中に戻ろうとも。
 私は。
 諦めない。
 諦められるわけ、ないじゃない。
 お父様。
 お父様。
 
 
 
 私は、ローゼンメイデン第一ドールの、水銀燈。
 
 そして。
 
 
 私は。
 
 
 
 
 お父様の、娘です。
 
 
 絶対に、絶対に。
 
 
 
 
 
 ++  そして、舞台へ
 
 
 
 
 ◆
 
 体が激しく軋み内に広がる淀みは力を奪い喉より漏れる言葉は燃え果てて。
 なによりも強く強く願いに満ちたその手が遂に無を掴んだとき。
 この体はあてどなく上昇し、そしてすべての苦しみを越えて消滅した。
 目の前の私が、完全に消えた。
 そして次の瞬間。
 私が目にしたのは。
 
 世界だった。
 
 私が育て損なった醜い体を披露する美し過ぎる死刑台。
 私が立てるはずの無い残酷な舞台。
 目の前に広がる闇のあまりの薄さに、私は吐き気だけを感じていた。
 しっかりと動く体。饒舌に回る機能を獲得した口。
 埃を一払いすれば敢然とその姿を顕す漆黒に塗れた闇の羽。
 栄えある第一ドールの地位を有し、気高き水銀燈の名を冠されたこの存在。
 それが顕れた。
 その顕在という世界が膨大に広がっていたのを、私のその存在を以て感得していた。
 
 逃げ場は、無い。
 
 鏡の中から零れ落ちてきた私にかけられたその声で、私はその声の主の存在に晒された。
 真紅が、あの真紅が目の前に居るのを、私が真紅の目の前に居ることを感じて、知った。
 怖かった。
 怖くて怖くて、もう生きていられないくらいだった。
 私はお父様を探して・・・こんなところまで・・・・来て・・・・・
 決して追いつくことのできないはずの、その妹達の美しい世界にまで来てしまっただなんて。
 私を襲う得体のしれない感覚は、罪悪感と恐怖の感情を装いながら暴れ回っていた。
 お父様・・・・・・お父様・・・・・・
 
 
 『お父様・・・・お父様は・・・どこ・・・・・
  お父様は・・・お父様はどこなの・・・・教えて・・・お願いぃぃ!』
 
 真紅の、『この子・・・・作りかけの・・』という言葉は、まるで聞こえなかった。
 
 
 ああ・・・・ああ・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・あ・・・・・・・・
 
 
 『お父様が・・・・・私を残して・・・・お父様が・・・・・』
 
 真紅の、『この子が・・・・第一・・・・ドール・・』という言葉は、まるで聞こえなかった。
 
 
 急速に色褪せていく世界の中で、私はなんの言い訳の意味も込めずに、ただただお父様に縋り付いて
 いた。
 私は・・・・・
 私は・・・・・・誰なの・・・・・
 第一ドールの水銀燈って・・・・・なに・・・・・・・
 お父様は・・・どこなの・・・・
 お父様・・・・お父様・・・・・
 降り積もり続けていく涙が、私の中の堰を溶かし崩していく。
 
 
 
 そして世界は、ただ恐怖と絶望に満ちたものへとなっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 『お父様・・・・・・・・・・どこ・・・・・・・・・・・』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                    ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデンオーベルテューレ」より引用 ◆
 
 
 
 

 

-- 061222--                    

 

         

                                ■■鏡が消える地獄■■

     
 
 
 
 
 『何時行っても、お隣居ないのよ。』
 

                         〜地獄少女 二籠 ・第十一話・志津子の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 歩けば足を痛めるばかりのアスファルトから湯気のようにして立ち昇っていく夕暮れが、ただその中に閉じ
 込められていく夕日と共に空に浮かんでいる。
 その薄暗く黄色く輝く夕焼けに照らされて、その冷え込む体の感触に震えながら、夜までの時間を
 微睡んでいた。
 眠気など感じる暇も無いほどにやつれた頬の重さだけが、ただゆっくりと項垂れていく首筋の速度を感じ
 ていた。
 ことりと音を立てながら寝返りし、無音の寝息を囀りながら、その紅い太陽の下で干涸らびていく幻影
 に埋まっていった。
 夢の無い、なにも無い時間。
 手探りの先にはこの気怠い目覚めしか、無かった。
 どこまでも続くという永遠の体感が、その見開いた瞳の中の世界からやってくる。
 両手を広げ、誘うように、その甘くて薄い声はそこで待っている。
 そう・・起きたのね・・・
 その言葉が私の頭の中に広がる映像を鮮明にし、指の先まで生気を行き届かせ、ベッドから体を起こし
 足を前に一歩踏み出させる。
 するすると這うようにして立ち上がった私は、ただその私の姿を鏡に照らしながら、動いていく。
 薄暮の下に垂れ込める、幻影。
 鏡の中に映る私に手を伸ばしても、その目の前の私はもう勝手に動き出していた。
 ただ独り、鏡の前に取り残された私だけが、またベッドへと足を向けた。
 睡魔の導き無き、夢の無い時間へ。
 
 私を襲う激しい動悸だけが、いつまでも私の体を覆っていった。
 
 
 
 ◆
 
 覚めていく感覚の犠牲に置き捨てたものを踏み台にして、未だ無色に燃えさかるその夕暮の中の生活
 を始めていく。
 寝起きをもたらしてくれた笑顔に感謝して、そのありがとうの言葉の元になにも無いのを確かめながら、
 ただするべきと定められた毎日の営みを綴っていく。
 なにも無い感情を胸にしまいながら、それでも漏れ出す言葉の端々に縋って語りかける。
 こうして喋り続ければ、私はいつか私を取り戻せるかしら・・・
 重ねる言葉の手軽さに、その薄く張り詰めた美しい意味を添えて、ただゆっくりと色付けすることを続けて
 いけば、このあてどない日々の中にでもしっかりと感情にまみれた生活を得ることができるのかな。
 おそれげも無く闇に手を差し入れまさぐり、その指の先になにも触れないことにびくびくとし続け、そうして
 続く無の中の手探りがいつかきっとなにかに触れることを信じている。
 その触れたものがどんなものであるかの誰何と、またそれに対する恐怖を、既に失って。
 無惨に散りばめられた僅かに体感可能なもの達を必死に拾い集め、ただその収拾物で作り上げていく
 いびつな美しさに命を奪われた、その伽藍堂の日常だけが続いている。
 
 気弱さと淡泊さ。
 そっけなくて、それでいて語ることはしっかりと以上に喋る。
 決して無口では無く、かといって積極的に人と交流を図ったりなにかに追われているような饒舌なタイプ
 でも無い。
 ただ淡々と当たり前のようなことに些細な努力を滲ませた情感としての言葉を示している。
 人との必要なコミュニケーションとしての会話の中に、ひっそりと瞬間的に命を賭けている。
 そして自らは、その自分の命のうちで賭けられるものの割合が、泣きたくなるほどに少ないことを感じて
 いる。
 何度も、明るくは無いけど暗くも無く、かといって無表情という訳でも無く表情あるし、よくわからないと
 人に言われる。
 一歩間違えば根暗のオタク女に見られてもおかしく無いのに、それでもどこかそれとは一歩分の距離を
 隔てたところに立っている。
 美人なわけでも無いし色気なんてあるわけ無いのに、それなのにその向こう側にひっそりと私自身とは
 関係ない魅力があると、言われた。
 私が根暗じゃ無いと思われるのは、私がまともに喋るからだし、オタクじゃ無いのは趣味が無いから。
 そして私の向こうに見える魅力というのは、ただの幻想。
 私の淡泊さを儚さに、気弱さを従順さに見立て、そしてその中に立っている私の存在が意外にもまとも
 な人間に見えるからこそ、それとのギャップに力強さや色気を感じているのだろう。
 だからそれは、私自身とはなんの関係も無い魅力。
 当の私は、ただ根暗でオタクな自分にならないでいようと必死に足掻いているだけの、惨めな女。
 それでも滲み出てくる重苦しさや無様さはあるはずなのに、それなのに無情にも動き続けるこの体が為
 す生活感の放出が、それを感じるものの感覚を鈍らせている。
 私はちゃんと生きている、ちゃんと毎日を普通に楽しく人間らしく生きている。
 その呪文のような言葉だけが、自他共に認められていくことの中にしか、私のこの今は無い。
 そうして常に放出し続ける人と私のために描かれた言葉が、ただ延々と私を作っていくのを感じているだ
 けの私をみて、人はすべて必ずお前はまともだ普通だおかしくなんてないよ、と言う。
 いいえ、言ってくれるのよ、ありがたくも。
 氷よりも黒く閉ざされている私を差し置いて、ただ必死に人との繋がりの中に生きていけば、その生活の
 中に私の居場所を作れるのよ。
 それって、広義のオタクよね。
 私が語る言葉で作った、幻想的な私の中にしか生きられないんだから。
 
 私は嘘はなにも吐いてないし、怠けてもいない。
 私は私のしたいことをするために設定した、するべきことをこなしているだけ。
 ひとつひとつに仕切られた、その細々と積み上げられていく課題をクリアして、それで得られたささやかな
 成果の中に生きている。
 私はそして、得られたそれらの成果を私自身に溶け込ませひとつにすることができない。
 私は、私が得られたものになんの感慨も得られず、またそのゆえにその感慨の堆積としての私になる
 ことができない。
 いつも目の前に、私が居る。
 それが、私の現実。
 私の目の前に居る私は、ほんものじゃない。
 それは幻よ。
 でも、誰も、そして私ですらそうは思ってはくれない。
 そうして幻がこなし築き上げ顕現させた生活をまとう私こそが、本物だと。
 だって、生きて動いて話しているのは、その鏡の中の私だけなのだから。
 
 
 
 ++ 『私、今日から此処に住むの。よろしくね。』
 
 
 
 
 ◆◆
 
 目を瞑れば、いとも簡単に鏡の世界の扉は開く。
 次に気付くときは、大抵手探りに人と話をしている。
 私らしく私なりに、そういった心掛けを全くしないで済むように、ただただその場の瞬間と目の前の人の表
 情の観察の中で生きている。
 今、感じたことを。今、あなたの話を聞いて考えたことを。
 そうしてひとつひとつの出会いと別れの積み重ねが、私が生きるということなんだと、なぜかいつも呟いて
 いる。
 そう、私の姿が映る鏡の前で。
 そして振り返ればそこには、なにも無いただの世界が転がっている。
 鏡を背にすれば、私は私を見ずにただその世界の中で生きていけるんだ。
 独りで暮らし生活を営み作り上げていくことの愉悦が、部屋の中には無表情に広がっている。
 お手製の毎日に感じるその私の存在の確かさに安堵して。
 ちぐはぐで幼稚で拙い私の生活能力で達成できるものなどたかが知れているけれど、私は私で私以上
 のもので無く、ただその私がその生活ができることの愉しみのうちに収束できるのならば、それは全く無視
 してもいい、見たことの無い夢のようなもので済む。
 多くは望まず、ただささやかで穏やかで、そうして等身大の生活があれば、私はそれで充分よ。
 その実感を胸に深く抱き締めて、ただそれに従い生きていけることの喜び。
 地味な女と影で言われても、それでもしっかりと楽しく自分が生きていけるのならそれでいいじゃない。
 そうして目立たなくとも溌剌と生きていれば、それは無言の生命力の発露として、わかる人にはわかって
 貰える魅力になるのだわ。
 私はその人達と一緒に生きて、そしてその中のひとりと愛を結び合って生きていくことができたら・・・・・
 それ以上は、どうしても、言えなかった。
 言ったらもう、そういう生活は二度と出来なくなることを、どうしようも無くわかっていたのだから。
 だから私は、幸せとか言わない。
 愛とかも、言わない。
 ただ淡々と、そっけなくも真摯な気持ちを示すだけ。
 真に求めるものは、決して言葉にしてはいけないのよ。
 そう・・・・・・
 だから・・・
 だから私は・・・・・
 
 幸福と愛を真に求め続けているという私を語り続ける私は、永遠にその私にはなれないのね。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 日々の労働と生活の疲労が、若い体と心にうち負かされていく快感を味わって。
 来る老いの瞬間を感じることの冒涜さを、その快感に満ちる今の楽しい生活に感じている。
 刹那の愉しみを途切れること無く編み続ければ、それは永遠となっていくのよ。
 どんな出来損ないの生活だって、しっかりとまじめに続けていれば、きっと楽しくいられるのよ。
 そう意識することなど無くて済むほどに、私の毎日は密かに充実していた。
 
 野良猫を、一匹拾って飼ってみた。
 ペット禁止のアパートだったけど、野良を続けてたら腎臓が肥大して死んじゃうって獣医さんに言われた
 んだから、仕方ないじゃない。
 それを知って捨てられるわけ無いでしょ?
 捨てろって言われても、捨てられないわよ。
 規則じゃ飼っちゃいけないってことになってるけど、そんな決まりと猫の命とどっちが大切かっていう話。
 ううん、別に蓮くんに迷惑かけたりしないわ。
 飼うからにはちゃんと私が全部面倒みるし、アパートの他の人達にバレないようにも気を付けるから。
 でも心配なのよねぇ、お隣さん。
 引っ越しの挨拶にいつ行っても居ないんだもの。
 まぁ焦ることはないから、そのうちにまた挨拶に行ってみるわ。
 
 そして私の部屋の中にその猫は仕舞われた。
 閉じた私の世界の中で、それでも安らかな寝息を立てるその姿がいじらしく、また憎い。
 どくどくと脈打つ不条理感が、背徳感と背中合わせで私をその猫との生活の中に追い立てる。
 私はもう猫は飼わないって言ったけどね。
 でもやっぱり部屋の中に私以外の誰かが居てくれるのって、やっぱりちょっと嬉しいのよ。
 そうして新しいものと付きあうと、それに必要な知識とかも得られてね、その知識が役立ったときに感じる
 ことができる気持ちは、なんかちょっとこそばゆいけど暖かい。
 
 『しょうがないよ。私も実際に飼うまでなんにも知らなかったから。』
 
 無闇に振り回す指先に、その手探りの中で触れた現実。
 その中で掴み続けていく足場を一歩一歩踏み締めて、一日一日を過ごしていく。
 そして。
 悪魔はやってきた。
 突然の、無言電話。
 外からの、攻撃。
 薄く閉じた私の世界の中で必死に続けたその手探りがもたらした、ひとときの悪夢。
 ベッドに飛び込み一心不乱に睡魔に祈り、それでもやってこない睡眠の時間にただただぬくもりを感じて
 いた。
 感じてる、今私は眠れない理由を感じてる。
 私の長い夜を支配してくれる夢が、ようやく私の元に降りてきた。
 悪夢だろうと幸せな夢だろうと、それは同じく私の夜を満たしてくれる夢に過ぎない。
 ガタガタと震え、耳を塞ぎ、そうして必死に苦しみ続ける私を見つめている私が居る。
 ああ・・・・私・・・・・夢を・・・・見ているわ・・・
 夢の中の私が・・・・あんなに生き生きとのたうち回っているわ・・・
 それは来る日も来る日も途切れることの無い、激しい毎日の始まりだった。
 揺さぶられる部屋。
 荒れる心。
 いそいそと感じていく、日常に舞い降りた非日常の渦中にある自分を確かに感じながら、そしてエスカレ
 ートしていくその嫌がらせと、そしてそれに対する私の感覚。
 ネコヲステロ、という紙が窓に挟まれていた。
 興信所に犯人割りだしを依頼し、挨拶のまだ済んでいない隣の人がその標的となった。
 見つけた。
 私の世界の隣に居る人を。
 嫌がらせに対する怒りなどあるはずも無く、今までのことで感じた苦痛の堆積も今はもう影も形も無い。
 私は極めて冷静な文面で飾った手紙を、隣人の部屋のポストに投函した。
 それはさしずめ私が初めて書いたラブレター。
 淡々と、見えない感情が見え隠れする、それでもただ普通に事務的な形を取っている文章を以ての、
 その隣人に対する接触。
 私は被害者で、あなたは加害者。
 私はあなたのせいで、仕事に支障も出始めて、引っ越そうにも経済的に無理なことを思い知らされるば
 かりで、それでもなにも抗する手段の無い私の生活能力無さを深く深くこの体に刻んで、そしてなけなし
 のお金をはたいて興信所の人を雇って、あなたを探し当てたの。
 私にできる、私お手製の、等身大で実感たっぷりの、そのあなたへの接近。
 あなたが猫がお嫌いなのはわかりますし、このアパートがペット禁止なのもわかっています。
 悪いと、思っています。
 私は今回の件を公にするつもりはありませんし、いずれ猫を連れて出ていくつもりです。
 ですからどうか、それまでの間はお心を休めてはくれませんか。
 
 『勝手なお願いだとは承知してます。でもこうする以外、私にはどうすることもできません。』
 
 これで嫌がらせが止むとは思ってない。
 いいえ、止むかどうかは関係ない。
 だって。
 私にできるのは、これだけなんだから。
 ふふふ。
 猫を捨てればすべて解決するのにね。
 相手は猫を捨てることを要求してるんだから、それをしばらく待てと言うのは虫のいい話。
 お前の事情など知らない、さっさと規則通りペットを捨てろと、ただその嫌がらせは続いていくのよきっと。
 当たり前だわ。
 でも当然、その事態に晒された私がそんな事思うはずが無い。
 話のわからない人だと溜息をついて、そしてだから自分は頑張って猫を捨てずにこの部屋から出ていくた
 めの時間を過ごすことができることに、情欲を燃やすだけなのだから。
 あれ・・?
 どうやら違うみたい。
 私はそんなことよりも、もっともっと有意義で欲深いことを感じたみたい。
 
 許せない。私が誠意を以て当たったのにそれを無視するなんて、許せないっっっ!
 
 あはは。
 隣人に怨みを向けたわ。
 反射的過ぎて泣けてくるくらい。
 ただ理不尽な隣人の行為に対する無力で哀れな私に完全になりきっているわ。
 猫を捨てもせず自分が家を出ることに勤しむことも放り出して、ただ地獄通信に名前を書き込んで。
 地獄少女がほんとに来て、心臓が飛び出るほど驚いている私の姿ほど滑稽なものはないわ。
 でも、いいわ。
 鏡の中のその私の生活は、めまぐるしいほどに劇的で、そしてなによりも実感に感情に満ち満ちている
 わ。
 私がただ独りの生活を気楽に謳歌していた影響で被った地獄が、絶え間なくその鏡の中で美しく豊か
 なものになっていくのを、ただひたすらに感じるわ。
 愚かしくも浅ましくも、そんな価値とはなんの関係も無しに、私はそのぞくぞくとした興奮を味わっていた。
 わかるかしら、この臨場感が。
 この怒りが、怨みが、悲しみが、悦びが。
 部屋に、この私が作り上げた鏡の中の世界に満ちているの。
 
 そして喜ばしき破局は訪れた。
  猫は隣人によって奪われ、そして私はなんの抵抗も無く、激烈な感情の渦の中で怨みを晴らした。
 私はそれを、ずっと見ていた。
 もの凄い、迫力だった。
 確かに私は今一瞬、激情に囚われていた。
 鏡の中の激情に駆られた私を見て、感じた。
 ぞくぞく、したわ、
 そして私は、隣人への怨みに覚醒した。
 鏡の中の私を見ての興奮が、鏡の中の私を通しての隣人への怨みによる興奮へと同化した。
 私の猫を・・・・・私の可愛いムルを・・・・・許さない・・・・・・・っっっっ
 振り返ると、そこには割れて砕け散った鏡の広がる私の部屋だけがあった。
 吐息も激しく止まらない動悸で舐めあげた首筋にかかる重力を、今確かに感じていたわ。
 このリアルな感覚が、この生々しくも主体的なこの私の感覚が・・・・すべて・・・・
 鏡の消えた部屋に映った私の顔が、憎しみで激しく歪んでいるのが見えた。
 ああ・・・・嗚呼・・・・・・まだ・・・・見えるの・・・・・ね・・・・・・・
 
 
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 ムルは結局死んではいず、また隣人である立花さんは部屋中にムルの写真を飾るほどにムルを愛し、
 それを奪われた恨みから私に嫌がらせを続けていた。
 立花さんはただ、私からムルを取り戻したかっただけだったのよ。
 恋人も友達も居ない孤独の生活の中で、やっと巡り会えた唯一の友人を奪われた悲しみ。
 『私の・・・・・たったひとりの友達だった・・・・』
 私が、奪った。
 立花さんのすべてを。
 そして、立花さんの命をも。
 立花さんの部屋中に貼り巡らされた写真の中に佇むムル。
 私が押し込めたなにも無い部屋の中の囚われたムル。
 立花さんもまた、立花さんのできる方法で生きた。
 私からムルを取り戻そうと、人と話をすることができない立花さんは必死になって行動を以て私に抗議
 した。
 私には、それでも話をしなければ伝わらないこともあるのだから、それをしなかったあなたが悪いという
 口実が残されている。
 私はでも、それをもう望んではいなかった。
 どうでも、良かった。
 ほんとうに、どうでも、よかった。
 
 私たちは似ているわ・・ほんと立花さんの姿は鏡に映った私のよう。
 だから私たちは、良い友達になれたのかもしれなかった。
 でもそうはならなかった。
 そうはならなかったんだよ、とひどい自己完結を以て、お互いがお互いに収束してしまったゆえに。
 結局私たちは自らの世界に閉じこもって、その中での甘美な生活に自堕落に耽ることしかしなかった。
 そして・・・・
 立花さんはそれでも・・・・
 その世界の中に扉を・・・・・
 友達という別の世界を・・・・呼び込もうとしていたのね・・
 鏡の中にでは無く、今そこにいる自分の隣に居るものとして。
 鏡の中に、自分と一緒に映る友人として。
 猫と人の、そのふたりの世界を生きようと・・・・・
 私とは・・・・根本的に・・・・・違う・・・・・・
 私は・・・・・・それが・・・・・・・
 それが・・・・・・・・・
 
 
 頬を撫でる隙間風が、私の時間を動かしていく。
 ゆっくりと冷えていく胸の温度。
 しっかりと失われていく現実の体感。
 そして。
 あっさりと私に迫る得体の知れない感情。
 気付くと、目の前のムルは私を通り越し、立花さんの部屋から出て行った。
 ムル・・・ムル・・・・・・私を置いていかないで・・
 こんな恐ろしい世界に置いていかないで・・・・・
 私が取り残された世界に、私を置いていかないで・・・・・・
 
 ムル・・・・ムル・・・・・・・待って・・・・・・置いていかないで・・・・・っっ
 
 
 
 
 
 
 
 
 私は天城志津子。
 私は立花今日子にはなれない。
 私は天城志津子を語るもの。
 だから私は天城志津子にはなれない。
 私は天城志津子を語る者。
 そして。
 天城志津子に語られる天城志津子は、立花今日子になるべく立花今日子を語る。
 だから立花今日子にはなれない。
 立花今日子を語るものは、すべて立花今日子にはなれない。
 
 呆然と見上げたムルの映った鏡を見上げて、私はただひとつ、溜息を吐いた。
 
 
 
 
 
 
 どうでも、いいわ。
 
 
 
 
 
 
                                ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 
 

 

-- 061220--                    

 

         

                                    ■■ 言葉×魂 ■■

     
 
 
 
 
 『あの女の一言を引き出した、おまえのあれがほんとの弾丸だ。』
 

                         〜ブラックラグーン第二期 ・最終話・レヴィの言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 

 -- アニメ「BLACK LAGOON  The Second Barrage」 --

-- 略してブララグ2 ---

 

----- 終了 -----

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 はい。
 ブララグ2最終話、見ました。
 はい。
 
 
 
 
 
 
 すごかった。
 
 
 
 
 
 
 最高。
 びっくりしました。
 なんで、こんな・・・・・ちょっと言葉が出ません。
 最後の最後でやってくれました。
 やればできるじゃないの、というか想像以上のものを魅せてくれました。
 すごすぎる。
 その他の形容が色褪せてしまうほどに、その言葉で一杯です。
 完璧です。
 あれ以上は無い。
 作画の乱れもひとつも無く、演出ももうカッコイイやら生々しいやらドラマチックやらの満載のファンタスティ
 ックで、ストーリーの展開ももう言うこと無しのスリリングな展開で、そしてもうもうもう!
 なんですか、あれは。
 あのまとめかたは。
 あの言葉は凄すぎる。
 あの語られていることは凄すぎる。
 あの描かれ方は凄すぎる。
 ああもう、半端無い。
 まったく、前回までの不貞腐れ状態な私の言葉をしっかり全否定してやってもいいくらいです。
 もうね、まったく恥ずかしいですよ前回までの私の受け取ったものなんて。
 いいんですいいんです、もう、あんなのもう知りません。あんなんじゃもう全然足りません。
 この最終回、見事に私が考えていたものを遙かに上回るものをみせてくれました。
 わかりました、了解です。
 この最終回こそが、私の勝負所です。
 さぁ、考えていきましょう。
 
 
 ◆
 
 さて、今回は素直に丁寧に順番をなぞるようにして書いていきましょう。
 まずは、冒頭での銀さんと雪緒お嬢の会話。
 前回雪緒お嬢が固めた、夜の中に生きていく覚悟と愉悦。
 それを感じている自分が居ることを感じている、果てしなく冷たい自分が居るのをふたりは感じている。
 悪漢悪党を気取り、滲み出るその哀しみを確かに感じているからこそ、こうして今此処に居る、ここに
 存在している自分が感じているこの快楽もまた、確かに存在しているのを保証できる。
 雪緒お嬢はその自分で構築したシステムを掲げ、そうしてゆっくりと産み出し続けていく、その今生きて
 いることの愉悦を噛み締め、またそれをひしと抱き締めて生きている。
 そうしている自分の姿を、外側から眺める冷静な自分は居ないと、そう雪緒お嬢が感じていると見た
 からこそ、私は前回その雪緒お嬢の姿を賞賛しました。
 ただひたすらにがむしゃらに、その生に没入できるのなら、それはいかなる生であろうとも、否定する根拠
 をぶつけられず、またぶつけられても全く怯まないゆえにその根拠は無効となる。
 それが、完全なる現実の全肯定。
 今回の冒頭のシーンにおける銀さんとの会話に於いても、それでもそうしてぶちあげて肯定した現実と
 しての夢、つまりロアナプラで一旗揚げようということの困難さから目を背けられない銀さんを、まるで
 その夢に引き込むような物言いをします。
 けれど。
 そこに示されたその言葉は、上辺だけのものでした。
 銀さんとどこまでも一緒です、というのは一体どういう意味なのか。
 ロアナプラまでですか、そこまで一緒に行くのですか、という銀さんの問いに、雪緒お嬢ははいと答える。
 雪緒お嬢にとってのそのロアナプラ、とは、本当はどういう意味なのかがあのシーンからはみえみえなほど
 に伝わってきます。
 雪緒お嬢は、全くロアナプラに行くのを現実的なこととして、全肯定することなどできていません。
 最初から、そうしてロアナプラに行く夢を掲げながら、そうしてその夢に決して追いつくことのできない
 自らの体を滅ぼすことを目指していたのです。
 そう、銀さんと共にロアナプラを目指すということは、ロアナプラという太陽目指して燃え尽きるのをわかっ
 ていて飛び続けようということなのです。
 一緒に死ぬために生きましょう、銀さん。ずっと、一緒です。
 これは、バラライカのそれとは、似て非なるものでした。
 バラライカは、自分を殺すのを愉しむのを目的に生きている。
 ゆえに目的地は必要無く、ただ殺し続け生き続けることだけに意味がある。
 雪緒お嬢は、死ぬために必要な旅をロアナプラまでの道程に重ねるのを目的にしている。
 ゆえに目的地は確かにあり、ただ死という完結としての終わりにしか意味が無い。
 決定的に、違ったのです。
 
 そしてその雪緒お嬢達の死への旅路を彩る死神ことバラライカはというと。
 ロックと再びの会話。
 この会話は、ブララグ屈指の会話です。
 ロックがすごいことしてくれて、そしてバラライカもそれに見合うことをしてくれました。
 ロックはこう言ったのです。
 鷲峰組を徹底的に、叩いてくれと。
 枯れ木も残らないくらいにと。
 雪緒お嬢を解き放つため、に。
 ものすごいこと、言った。
 雪緒お嬢に普通の生活を与える代わりに、鷲峰組のものたちを皆殺しにしろ、と。
 そうすれば、雪緒お嬢の属さなければならなかった闇の世界そのものが消えるだから。
 
 『な、る、ほ、ど。 なるほどなるほど。』 byバラライカ
 
 凄まじい反応です、このバラライカの言葉も。
 お前はいい悪党になるぞロック、とまるでロックのすべてを喰い破ろうとするほどのその言葉。
 確かにそれは雪緒お嬢を平和な世界に帰還させるだろう。
 けれどそれは、雪緒お嬢が護ろうとしたものを犠牲にして成り立つ帰還だ。
 バラライカが喜ぶのも無理は無い。
 言うようになったな、ロック。
 これは、この瞬間は。
 ロックが現実を全肯定した瞬間。
 だが。
 ロックの目は、瞳は、そのバラライカの怖い笑顔に照らされるものではありませんでした。
 いや、私がごく普通に受け取ったそのバラライカのいやらしい笑顔には照らされていない、ということ。
 バラライカ自身は、おそらくわかったはず。
 ロックのそれが、決して妥協からでも捨て身からでも、ましてやヤケや逃避から出てきた言葉では無い
 ことを。
 ロックが、正義を捨てたわけでは無いということを。
 バラライカの反応の字面は、そうしたロックの負のものから出てきたものとしてロックの言葉を受けたことを
 示していますが、しかしそうしていやらしく虚仮にする形でその賞賛の言葉をロックにかけていながら、
 逆にそれが真では無いことをロックの瞳が敢然として示していることをこそ、最も愉しんでいることのあらわ
 れもあるのです。
 よし、よく言ったぞ、ロック。
 お前の正義、確かに受け取った。
 ロックの熱い叫びはすべてを吹き消し、ただただ求めるものだけを激しく求めることに集約された、
 その「日本の女子高生の鷲峰雪緒を救う」という魂としての正義が、バラライカに提示されたのです。
 バラライカを満足させる、その熱い「正義」をロックは示したのです。
 そのロックの「正義」は、バラライカの「趣味」に触れることができたのです。
 いいぞ、ロック。
 悪党とはそういうものだ。
 正義か悪かなどどうでもいい。
 自分がなにを求めなんのためになら命を賭けることができるかだ。
 お前はお前が命を賭けるに値するものを示してみせた。
 誰を殺してもあのお姫様だけは護りたいと、そう吐いてみせた。
 そこにはお姫様だけしか守れずに他を殺すことへの罪悪感などは微塵も無い。
 素晴らしい。
 その罪悪感とやらに命を賭ける気が無いのなら、それは無用なものだなロック。
 ただ欲しいものだけを求めると、そう公言して憚らない、それが悪党だ、ロック。
 それが素晴らしいことだ。楽しいことだ。
 そう、言えたな、ロック。
 
 
 ならばその頼み、聞き届けよう。
 
 
 そしてバラライカは、鷲峰組と敵対する香砂会の頭を殺して戦闘終了を宣言し、撤退を堂々開始。
 これで終わりだ。
 ロックの言葉が示した魂に応え、バラライカはバラライカとしての魂を示してみせた。
 ならばおまえの言葉を無駄にしてやろう。
 その言葉を踏みにじって返す、私の「趣味」を以て応えよう。
 バラライカは、ロックの願いの裏の願いを叶えてくれたのでした。
 誰も殺さない訳にはいかないが、お前のその言葉に値するだけのことをしてやろう。
 標的を鷲峰組から香砂の頭に変更。
 以後私はこの件に関知しない。鷲峰の小娘の命にも関与しない。
 『ピョートル(大頭目)は私に戦争をやれ、焼け野原にしろと言った。それを忠実に守っただけだ。』
 そして頭を撃った銃を記念にとロックにあげようとするも、ロックはそれを断り、バラライカもまたそれを許す。
 ロックの撃った言葉が、人を殺した。
 だからこの銃はお前のだ、とバラライカは言います。
 けれど。
 ロックはこう答えます。
 『銃は好きじゃないし、持ち慣れないものは持たない主義だ。』
 
 『ただ、この引き金を引いたことを忘れたりしませんよ。これはお返しします。』
 
 そして返された銃を、あっさりとバラライカは投げ捨てる。
 まるでゴミのように。
 バラライカは拘らない、あらゆる正義や趣味に。
 ロックの主義に則り、ロックにとっては鉄の塊なだけのものを容赦なく捨てる。
 そして。
 それはバラライカの「趣味」を達成するに必要な重要な道具であるはずのものとしても、あっさりと投げ捨
 てられてもいる。
 『軍曹、その銃もここに捨てていけ。』
 銃を投げ捨てたときのバラライカの楽しげな表情が堪りません。
 言葉で人に人を殺させてそれを認めておきながらも銃だけはもたないだと巫山戯るな、とはバラライカは
 言わなかったのです。
 バラライカが感応したのは、今生きているロックのその魂。
 ならば私もこの魂を示してみせよう。
 バラライカにとって、「趣味」は魂では無い。
 バラライカ自身の存在、魂にとって、銃など等しくゴミにしか過ぎない。
 バラライカがロックを罵らなかったのは、その罵りはバラライカの魂にとって本当はゴミでしかないのだから。
 ふふふ。
 久しぶりに楽しめたぞ、ロック。
 自由とは、まったくいいものだな、軍曹。
 
 
 
 ◆
 
 そして、いよいよ雪緒お嬢とロックの対峙です。
 雪緒お嬢の化けの皮をロックが剥いでいく展開。
 雪緒お嬢は、饒舌。
 言葉を紡ぎ、言葉を重ね、言葉を創り出し、言葉を纏う。
 ロックが言葉を吐くたびに、雪緒お嬢はただ淡々と言葉をして返す。
 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。
 一種爽快とも言えるほどにロックの言葉を打ち返し、すべてを言葉の土俵の上に掻き集めていく。
 いくらロックがどのような魂を以て言葉をみせようとも、それを理としての言葉として収納でき得る限り、
 雪緒お嬢に負けは無い。
 いやらしく無表情に笑うお嬢。
 怖気がしました。
 気持ち、悪い。
 鉄面皮の上を這う言葉になにも感じないでいられることに、ぞくぞくとした興奮を覚え、ただ淡々と無表
 情を重ねることのなかにすら生を感じない、ただただその無為な興奮だけで終わる、汚いその魂。
 言葉がただ言葉でしか無いことを悪用し、すべてを言葉だけで終わらせようとしている雪緒お嬢。
 バラライカの停戦宣言を、信義に悖る裏切りをした奴のことなど信じられるかと言って返し、ロアナプラで
 一旗挙げるなど所詮一場の泡沫、私の体がここにある限り鷲峰は存在しそして私の足場は闇であり
 続け、闇に生まれ闇に生きるそれが現実と嘯き、私達はヤクザなんですよ、と丸く収めてみる。
 そのはしたない愉しみがもたらす、その延々と棚引く哀しみを糧に、ただ哀れで美しい物語を語るその
 物語の中の登場人物として、雪緒お嬢はその死へのレースへと堕ちていくのです。
 愉しめないなら、愉しむ作法を身につけるのみ。
 『このタイマンで、先にブレーキを踏む訳にはいかない。』
 
 
 
 『いい加減に、しろ!!』 byロック
 
 
 
 建前に縛られている雪緒お嬢。
 建前で自分を縛っている雪緒お嬢。
 そして。
 建前で縛る自分の体がその呪縛ゆえに死ぬ理由を得ていることにしている雪緒お嬢。
 これで・・・・ただただ・・・・・死んでいける・・・・・
 
 雪緒お嬢の目の前で、心底愉しそうにレヴィと闘り合う銀さんの姿が、よりそれを鮮明に描き出す。
 
 そこにいたのは。
 泣きながら愉しもうとしているひとりの虚しい女がひとりいただけ。
 雪緒お嬢は、完全に銀さんに置いていかれ取り残されているのです。
 銀さんも雪緒お嬢も、義に殉じることでしか、生にありつけないと思っていただけ。
 それを建前と言うんだ! 雪緒ちゃん!!
 いくら義を叫ぼうとそれを理由にしてなにかをしているだけに過ぎず、真実義のために生きることなどして
 はいないのだから。
 ヤクザとは、義を生きるのでは無く、義という言葉を掲げる者。
 雪緒お嬢は、ヤクザの義のために生きてるんじゃない。
 ヤクザの義を唱えることで、生きているのです。
 重要なのは、その義という言葉が得た、その生そのもの。
 
 
 『ここに君がいるのは、ヤクザとしての面子のためなんかじゃない。
  君は夜に同化しようとして足掻いた、そのためだ。』
 
 
 君は・・・
 君はただもう生きたくなかっただけだ。
 だから生きなくていい理由を得ようとしてただけだ。
 もう生きてるのが嫌で嫌で堪らなくて、元の生活に戻れないことを嘆くために元の生活に戻れない理由
 を並べ立て、そうしてただただ死んでいく自分を見守り安らかになりたかっただけだ。
 そして、そう思わねばならなくなってしまった自分のことを、果てしなくずっと嘆き続けていたんだ!
 雪緒ちゃん。
 『君がバラライカさんと同じ道を歩まない方法なら、あった。』
 だが君はそれを選ばなかった。
 夜の闇に同化するのを選ばなくてはならない理由を積み上げて、そして強引にバラライカさんと同じ道を
 歩くことにしてしまったんだ。
 雪緒ちゃん。
 君は言ったね。
 『でも、私は既に、賽子を投げてしまった。』と。
 それが。
 それが、本当の君じゃないか。
 そうやって嘆いた君しか、そこには居ないんだ!
 賽子を投げたという既成事実を自ら作り上げて、退路を自分から断ったのは、そうしてバラライカとは違う
 道を歩まねばならなかったことから逃げたかっただけじゃないか!
 ほんとうに、ほんとうに君が求めていたのは、なんだったんだ。
 そうしてなにもかももう賽子を投げてしまったという事実だけで終わらせてしまいたかったのか?
 違う!
 そうして終わらせてしまいたいと思った、それほどまでにして隠したいものが君にはあったんだ!
 君は!
 平和に、普通の女子高生として生きたかったんだろう!?
 タカマチがいつまでもずっと続けばいいと、そう思っていたんだろう!?
 それが、ほんとうの君だ。
 ただただそれを求めていた君だけがそこに居るのを、それを必死に隠そうとしている君の姿が教えてくれる
 んだ。
 君のその言葉が、銀さんを止めたんだ。
 君が魂から搾り出したそのなによりも強い後悔の言葉が、銀さんに生きたいと思わせたんだ!!
 そして銀さんは、死んだ。
 生きたいと思って、死んだ。
 後悔は、無い。
 雪緒お嬢のために、本当の雪緒お嬢のために死ねたのだから。
 雪緒お嬢のために死ぬために死んだんじゃない。
 雪緒お嬢のために生きようと思って死んだんだ。
 銀さんがレヴィとの闇の中での戦いを愉しんでいたのは、それはバラライカと同じでその裏に哀しみを
 無条件にぶら下げたものだ。
 だから銀さんはその愉しみの中に生き続けるという生を逞しく営みながらも、それでも置き去りにしてきた
 「雪緒お嬢」というそれを越えたものをなによりも最も求めていたんだ。
 銀さんほど、雪緒ちゃんに普通の生活に戻って欲しいと願っていた人はいなかったんだ!!
 銀さんに刀を捨てさせることが出来たのは、だから雪緒ちゃん、君だけだったんだ。
 そしてそれは。
 そうして築く銀さんとの穏やかな生活が。
 それが本当は笑い話などでは無く、君が本当に求めてやまないゆえに君こそがそれを実現する当事者
 だったということを、圧倒的に君に感じさせ続けていたってことなんで。
 だから君は、わかっていたはずだ。
 
 『君のいびつさは、こうあればと願う自分の嘘で、自分を騙しきれないほど、頭が良すぎたことだ。』
 
 君が何人の人を殺そうと、関係ない。
 それが君が死を選ぶ理由になんてなりはしない。
 それはただ、君が君を殺す理由になるだけだ。
 その理由を採用して君を殺すのは、君だ。
 それを選ぶのは、君だ。
 その選択の理由になるのは、ただひとつ。
 君が今、生きているか死んでいるか、ただそれだけだ。
 君が真に生きたいと思うなら、これからもその生は続くし、また死は果てしなく遠い。
 死ぬ理由なんて、死以外に無いんだ!!
 そこに居るのは、ただ生きてはいけない理由を並べ立てて、生きることから逃げている君だけだ!!!
 生きろ、とは言わない。
 だけど俺は。
 君が死を選ぶ理由を、絶対に、認めない。
 そして。
 
 君もまたその死を選ぶ理由をゴミのように思っているはずだ。
 
 自由じゃないから、自由になるんだよ! 雪緒ちゃん!!
 自由になった自分を得られるのは、生きている自分だけなんだぞ!!!
 
 
 死にたくないという言葉だけが、君の魂と同質だ。
 
 
 
 
 
 ++
 
 そうして雪緒お嬢と銀さんは死に、ロックとレヴィは生き残った。
 雪緒お嬢はロックの語った言葉を受け、そしてその力強さに押し負かされ死に堕ちてしまいました。
 ロックが語った言葉はすべて雪緒お嬢はわかっていたのでしょう。
 そしてその言葉が示す熱い魂が自分の中に確かにあることを感じずにはいられなかったのでしょう。
 そして、その魂が自らが綴り続けてきた薄っぺらい言葉無しでもしっかりと生きられることを知ってもいた。
 けれど。
 その事実を充分に死ぬほど分かって居ても、そう生きられなかった今の自分が居ることを雪緒お嬢は
 感じているのです。
 ただ唯一銀さんだけを手がかりにしてだけしか、淡い夢を掴むことができなくなってしまっているのを。
 銀さんが死んでしまったのなら、私はもうただ冷たく醒めていくだけなんです。
 だってタカマチがずっと続く夢を見ることが出来たのは、銀さんが居たからなんだから。
 銀さん・・・・銀次さん・・・・・・・
 目の前に横たわる銀さんの冷たい体が、その重みの分だけ夢を押し潰していったのです。
 『醒めてしまった今となっては、遠すぎるんです・・その土地は。』
 
 その醒めてしまった体と、雪緒は向き合うことができませんでした。
 
 銀さんと暮らす夢の潰えた自分という「今」に、それを見つめている自分を投げ込むことができなかった
 のです。
 目の前にあったのは、ただただ銀さんの骸と、一振りの日本刀だけ。
 転がっている死ぬ理由を拾い上げている自分しかそこに居なかったがゆえに、雪緒は死んだのです。
 安堵も苦痛も、無く。
 ただただ、終わった。
 求めることに、殉じることができなかったがゆえに。 
 
 そして。
 ロックとレヴィは。
 
 『あたしら悪党は、そう簡単には死なねぇんだよ。』 byレヴィ
 
 
 
 
 ◆
 
 はい。
 途中から全然素直に丁寧に順番になぞるように書いてませんでしたけれども、大体こんなところでしょう
 か。
 むー。
 まだ足りない気も大いにしますけれど。
 いやでも、ほんと最終回は良かったです。
 まさかバラライカとロックを使って言葉と魂の関係を描いてくれるとはね。
 バラライカもカッコ良かったけど、ロックも随分とカッコ良かったです。
 まぁそれはおいといてい。
 雪緒お嬢は結局どういう存在だったのか。
 というより、雪緒お嬢的なものをロック的なものはどう捉えたのか。
 ロックは一見狂言回し的でありながら、実は本質的には雪緒お嬢の方が狂言回しで、ロックこそが主体
 として動いている存在だったことに気付かされます。
 雪緒お嬢を見ると、ロックの姿が鮮明に浮かび上がってきます。
 雪緒お嬢を否定することで、ロックが肯定したものが見えてきます。
 なぜ、雪緒お嬢は死んだのか。
 なぜ、ロックは生きているのか。
 私は、ロックはもうなにがあっても自分で死を選ぶことは無いと思います。
 バラライカも、レヴィも、「悪党」と呼ばれる者はすべて生き続けるでしょう。
 彼らには決してどうにもならない現実を嘆き、だからそれに従属するしか無い理由を紡ぎ続けるという事
 無く、ただ己が求めることをその現実の中でし続けていく。
 彼らが受け入れるのは、ただただ「私」だけ。
 彼らがどうにもならない現実の中で徹底的に求めるものを求め続けるという自分を全肯定したとき、
 そこに今生きてこうして在る自分の姿が顕れるのです。
 どうにもならない現実の中でそれを上手く利用してやりたい放題し続けることも、その現実を変えていこう
 と努力し続けることも、それに於いては同じことなのです。
 バラライカは銃を撃ち、人を殺す。
 ロックは銃を持たず、人を殺さない。
 そして両者ともが、そのお互いがなにかを求め続けている自分を生存させるために生き続けていく。
 バラライカが銃を投げ捨てることも、ロックが人を殺すこともある。
 でもだからそうしたからと言って、銃を持つバラライカと人を殺さないロックが否定されるというのは、ナンセ
 ンス。
 そうやって紡いだ否定の言葉を綴るのでは、雪緒と同じ。
 そのとき銃を捨てると決めたバラライカと、人を殺すと決めたロックだけが今そこに居るのだから。
 そしてそれを否定するのは今の自分という魂を否定するのと同じで、そして逆にその今決めたことをそれ
 から後もそれを理由にして続けていくのもまた、その時々のリアルとしてある自らの魂の否定でもあるの
 です。
 つまり、理由はどうあれ人を殺さないと言っていたくせに人を殺したんなら、もう二度と人を殺さないなんて
 言えないはずだ、という言葉を誰に言われようとも、そして自身が言い聞かせようとも、それでその通りに
 人を殺し続けるのなら、それはその言葉に自分の魂を売り渡したに等しいということなのです。
 重要なのは、その時々で自分がどう感じるか、それだけなのです。
 理屈や主義なんて関係ない。
 理屈や主義は「私」じゃない。
 理屈や主義にただすべてを任せて生きるかどうかを決める「私」だけが、此処に居る。
 たとえ人を殺してしまったとしても、それがこれからも人を殺し続けていい理由になるはずが無い。
 相手を殺さねば自分が死ぬ状況で、そのときに自分が死にたくないと思えば相手を殺す。
 けれど、だからじゃあこれからはそうやって他者の命を奪って生きるのが人間なのだから、だったらもう命
 を奪うのに罪を感じなくてもいいし、好きに殺せばいいということにはならない。
 ロックは、まさにそういった生を獲得したのでしょう。
 そして、そうして生き続けるのを求めることにしたのでしょう。
 だからたぶん、ロックはそう簡単には死なないでしょう。
 銃は持たないけど、その分他のなにかで身を守る術を鍛え、そしてそれでも駄目なときには・・・・
 そう・・・・諦めて死ぬ、とは言わないんですね、ロックは。
 それでも死なないと、言うんですね。
 理屈では無く、ただ理屈を不要として、ただすべてをその瞬間に賭け続ける。
 その死なないというなによりも強い言葉に、すべてを込めて。
 その生存本能と、そしてそのどうしようも無い本能という魂が埋め込まれた存在として、ただただロックは
 この世界の中に実存しているのです。
 その存在を世界に投げ込んだのは、そのロック自身の言葉。
 言葉が魂を造り、そしてその魂が言葉を産み出していく。
 そしてその言葉を示し続ける魂を有しているロックという実存が、ただただそうして在ることの責を負い、
 世界の中に生きていくのです。
 これは、バラライカもレヴィも、同じことなのです。
 ブララグとは、そういうことを描いた作品だと思います。
 
 
 
 
 
 ◆ ◆
 
 はい。
 長いような短いような、まだまだ書き足りないようなもういいような、そんな感じでいい加減な心持ちで
 はありますけど、ていうか最後の一行への繋げは強引だなと思う、でもこの辺りで筆を収めましょう。はい。
 これを以て、ブララグ2の感想完了とさせて頂きます。
 今までお付き合いくださった方々に、厚く御礼申し上げます。
 色々と下手くそなものをお見せして、申し訳ありませんでした。(笑)
 第3期の制作はあったとしても、原作のストックが貯まるまでには相当かかりそうですので、たぶん忘れた
 頃に発表されたりするので、あまり今は考えません。
 というより、あのラストでもうブララグは良い気もしていますのでね。
 でもあったらあったで、たぶん絶対見ますけど。感想は微妙だけど。(笑)
 
 ということで、なんだか妙に名残惜しくなってきてるのですけれど、この辺りで終わりましょう。
 
 最後に。
 
 
 
 
 
 
 ブララグ万歳。
 
 
 
 
 
 
 
 はい、お疲れ様でした。
 
 
 
 
 
 
 
                           ◆ 『』内文章、アニメ「BLACK LAGOON」より引用 ◆
 
 
 
 

 

-- 061218--                    

 

         

                           ■■世界で一番よつばが好き■■

     
 
 
 
 
 よつばはなかない! (挨拶)
 
 
 よつばきたなー。なー。
 もう6巻なんだよなー。なー。
 半年に一度の愉しみだもんなー。なー。
 なー。なー。
 なー?
 
 本屋さんでこの本を手にしたときの気持ちが解る奴は手を挙げろ!!
 ノンストップ!
 そんな感じ。
 きたよ、きたか、ついにきたかよつばよ。
 そんな感じ。
 読んだよ、読んだ。思いっきり読んだ。
 
 あー、すっきりした。
 
 そんな感じで。
 なんとまあ、せいせいしいことよ!! きにいりました!!
 
 うん。
 ギャグとか、そうゆうの、段々軽めになってきてる。
 あんまり爆笑とか、無い。
 お腹抱えて転げ回って小指を机の角にぶつけてひぃひぃとかいわない。泣かない。
 びっくりぎょうてんとか、そんなことも減った。
 あっさり。
 読み終わったときに感じたのは、あれもうこれで終わり、って疑問。
 でも。
 それは物足りなさとは、違う。
 全然足りてる。
 ていうか、体のどこかから漏れてる。はち切れてる。
 すーっとお腹一杯になって、それを感じる前に頭のてっぺんから抜けてるというか。
 すっきり、爽やか。おしまい。
 いいね。
 いいね。
 この感じ。
 
 よつばはさ、相変わらず元気なんだけど、その元気さを私達はもう知ってるし、たぶんよつばも知ってるし
 、だからよつばは少しずつでも色々成長してて、そんなに滅多ことでは大技を見せたりはしてくれなく
 なってる。
 どちらかというと、小技というか、それをアレンジしたような、小手先の技術でちょちょいっとやってみよう
 というか、そんな小生意気さがちょびちょびでてるというか、つうかあれだね、めんどうになってきたなあいつ
 、とか、すっかり綾瀬さん家のお隣に引っ越してきた小岩井さん家のよつばは地元になじんできてる。
 えなもふーかもあさぎねーちゃんもかーちゃんも、ちょっとやそっとの事じゃ、あーはいはい、って感じで、
 適度に驚いたりして、野生児よつばとのお付き合いで済ませられてる。
 それでも時々それを上回る実力をよつばは見せてくれて、ぎょっとしたようにびっくりしてしまう彼らだけど、
 それでも心得たもので、あーはいはいおどろいたなー、とやる気があるんだかないんだかたぶんないような
 素振りで拍手してくれる。
 よつばも、わりと気に入ってる。
 ぐだぐだだけど、あーつかれたーたのしかったー、と、大の字になって寝っ転がれる。
 そういうぐだぐだな脱力感と、それによる爽快感がきもちいい。
 
 今言ったようなことを言い換えるとだな、それは周りのみんなのツッコミ力が上がったとも言えるのだ。
 そうとも言える。そうかもしれない。
 ただ、そのボケとツッコミのやりとりが面白いって訳じゃなくて、両者とも結構気さくに気が抜けてて、馴れ
 合いという名の親密度上昇というか、そんなのがいい感じに上がってるから、結局いい加減にぐだぐだな
 やりとりで終わって、あーだりぃーとか言ってぐっすりお休みできちゃうというか。
 よつばなんて、もうすっかり綾瀬家の四女じゃん。かーちゃんはとーちゃんにタメだし。
 でもなー。
 それでもな、やっぱり綾瀬家は綾瀬家で、小岩井家は小岩井家で、ちゃんと分かれてるし、よそよそしさ
 は無いんだけど、ばっちり他人同士の新鮮さもきっちりあるし、妙な節度というかお互いのお隣さん感を
 愉しむみたいなとこ、ある。
 今回は特にあさぎねーちゃんが、そういう感じで一番いい感じに愉しんで味出してました。
 ホラ虎子見て! すっごいかわいー! サルみたい!
 そーいって自転車初乗りよつばの額をぺしぺし叩きながら遊んでる隣のおねえさん。いい気なもんだ。
 あさぎねーちゃんの面白いとこは、そうやっていい気なところからぺしぺしとよつばにちょっかい出して、
 そうしてきっかり余裕な感じで遊べちゃうとこなんだよね。
 それは妹のふーかやえなに対しても、母親のかーちゃんに対してもそうなんだけど、やっぱりそれが一番
 自由自在の奔放も程々にしときなさいと小言を言いたくなるようなお遊び主義が爆発するのは、
 やっぱりお隣の小岩井さん家のよつばちゃんに対してなのだ。
 この子おもしろいな。
 でも最近は随分とお姉さん度が上がってきて、よつばで遊びながらも妙に親心というか姉心というか
 ぶっちゃけふたりだけしかいないときは自分が責任負わなくちゃいけないから感じてしまう年上意識というか
 おとな感覚というか、そういう変なとこも魅力といえば魅力として出てきてはいたけど、それは逆にあさぎ
 ねーちゃんの速力を落とさせてる効果もあって、当初のような理不尽に近い爆発感が無くよつばに対して
 劣勢を感じさせるような、そんなんあさぎねーちゃんじゃねぇ、とか言いそうだけど、そういうあさぎさんも
 素敵です、とか某ジャンボが随分高いところから囁いてきそうですので、まぁいいか。
 そう、それはそれとしてある意味での脱力傾向的な魅力として面白いんですけどね、ほら今回だって
 虎子と一緒によつばと自転車乗りに行ったときも、まぁ余所見してよつばを土手から転げ落ちさせるわ、
 行くかい?とよつばを坂道の上からだーっとダッシュで駆け下りるプレイに誘ってまた転けさせたりとか、
 もうほんとてんで保護者意識の欠片も無いねーちゃんだけど、それでも一応小岩井さんにすみませんと
 か謝っておくあたりの妙な後付な意識は面白かったんだけど、あんだけよつば煽っといてそれはねーだろ、
 とかまぁよく考えればそっちが面白いとこなんかー、って今、気付いた。おもしろいな。
 
 って、なんか、個人的に話が横道に逸れた面持ちです。
 あさぎねーちゃんが面白すぎて、つい余所見してしまいました。
 あさぎねーちゃんはよつばの次に大好きです。
 世の中にいらないものなんて一つもないのよ。
 いやそーゆーのはいい。
 でね。
 ほら、みうらもわかってきたじゃん? よつばのこと。
 夏休みの宿題を夏休みも終わりの今にまとめてやってる小学生らしい小学生が、とっくの昔にそんな
 ものを終わらせて涼しい顔してる小学生らしくない小学生の部屋で、宿題のしゅの時も知らずそれに
 追われる奴の気も知らずに豪快に笑い転げてる横に居る。
 やってらんねー。
 あまりの笑えなさなのによつばにおもしろそーとか素で言われて、じゃーおもしろくなさそうにやってやんよ
 とか言ってあの顔っていうかなんだあの口っぷりはあはは、みたいな感じでよつば大爆笑。
 やってらんねー。
 そんな感じ。
 そんな感じで、もうよつばはみんなに完全に受け入れられててさ、片手間で笑えたりさ、あうんの呼吸
 というかさ、そういう感じだから、もうみんな訳わかんないよつばに動じることはあんまり無くなって、よつば
 もそんな感じが気持ちよくてそれほどの大はしゃぎはしなくてさ。
 だから彼らの間柄において、いい意味で新鮮さが無くなってきてる。
 でもな。
 よつばは、もっとでっかかった。
 ジャンボ意味ねーなー。
 そんな感じ。
 割と落ち着いて小技でしのいでる感のあるよつばだったけれど、だからと言ってよつばがなにもしなくなる
 訳が無い。
 むしろ今は安定期という名の準備完了状態なのであって、だからその占領の完了した場所から、よつば
 は新たな行軍先を見つけて飛んでいくの。
 よつば、ふーかのがっこうに行った。
 これ、しょーげき。
 自転車乗って、ひとりでお届けものした。とーちゃんにげんこもらったけどな。
 よつば的なスタート。
 ふーかどこいった!?
 これ。
 鬼に金棒、よつばに自転車。
 よつば、いま、さいきょう、さいきょう。
 いや。
 よつばはこれで、さらにぐぐんと強くなる可能性を手に入れた!!
 そして早速その可能性を大いに実現したのが、このよつばふーかの学校に行くのお話。
 すっげー、よつばすげー。すっげー。
 な。
 あさぎねーちゃんと虎子と一緒に自転車に乗って大人な買い物も経験したよつばは、もう強い強い。
 結局とーちゃんにはあっさり怒られて、ふーかもそこそこなリアクション程度で、あんまり華やかな爆発は
 見えなかったけど、でもとーちゃんの後をうあーんうあーんうあーんと全力で泣き喚いて付いていったよつ
 ば、もっともっと強くなる!
 よつばはよつばの知らなかった場所に来て、そしてそこで知ったふうなことを言うことを覚えて、それがそこそ
 こ通用するようになって、そしたらまた今度はよつばの知らない場所へレッツゴー。
 もしかしたら、それでもえなやふーかやあさぎねーちゃんやかーちゃんやとーちゃんやみうらや虎子やジャン
 ボややんだや、あ隣のとーちゃんわすれてた、そのとーちゃん達はもうそれにすら付いていけるほどの
 よつば順応力を手に入れてしまっているのかもしれない。
 でも、それでも。
 それでもよつばはきっと、そこからぐぐーんと飛び出してくれるんだと思う。
 勿論、あっちみてーこっちみてーあっちみるー、あははまたかよー、みたいなノリで。手探り全開で。
 そのよつばのあっちのこっちにもいる、よつばの知らない世界と、そしてよつばが知ってきた世界が暖かく
 そのよつばの前進を支えてるんだね。
 
 つーかぶっちゃけ、私的にあさぎねーちゃんの逆襲期待してる。
 てかえなとかふーかとか、あとかーちゃんとかとーちゃんとか、ぶっちゃけ誰でもいいけど、そういう人達がよ
 つばと出会って接し続けたことで得たもので、なにかこうよつばをぎゃふんと言わせてみて欲しい。
 えなはえなだけどえなだけじゃなく、よつばと出会ったえなであり、ふーかもあさぎねーちゃんもみんなそうだ
 から、だからそういうところを見せて欲しいな。
 大人な子供の力を、よつばにみせてやれ!!
 よつばをびっくりぎょうてんさせてみろ!!
 そしてそれは、よつばから見れば、大人な大人の力を見たときの驚きと同じであることに溜息をつくことに
 なるだろうし、だからそれがこのよつばと!を読む大人達にとっての癒しにもなるんだよね。
 子供から見れば、ひじょーしきもじょーしきも、等しく知らないことで不思議なことに変わりは無い。
 そしてそうやってひじょーしきもじょーしきも含めての体験を共有していくことで、大人もしっかり成長して
 いく。
 子供と一緒に、子供でも大人でも無い場所へ。
 いいよね、すごく。
 すっきり。
 
 おしまい。
 
 
 ◆
 
 今日は書くこと一杯です。大変です。ぎゃー。
 まだまだ続きますので、この辺りでさっさとウィンドウを閉じるのが賢い選択です。
 でも、別に閉じなかったら馬鹿、という訳でも無いぞ。
 愚か者だけが行けるステージもあるのだから。
 ごめん。少なくとも今日の日記にそんなステージはありません。やめとけ。
 
 えっと。
 ヨウスコウカワイルカってご存じ?
 揚子江に居る淡水性の珍しいイルカです。
 視界の悪い河に住んでるから、目が退化してて音波でコミュニケーションしたりするんです。
 実物を見たことは無いんですけど、結構好きな動物だったんですけど・・・
 揚子江のヨウスコウカワイルカが絶滅
 えー。
 なにこの寂寥感は。
 好きだった頃から絶滅危惧種だった動物が、実際に絶滅した瞬間を感じるって。
 もんのすごい、寂しい。
 私は、種よりも個を重んじるし、種のために個を消すのはあってはならないことだと思っている人だし、
 ぶっちゃけ個の死に比べたら種が滅ぶことなんて断然どうでもいいことだとも思っているんですが。
 ただこうして実際にその瞬間に受ける、その感覚そのものは、やっぱり半端無い。
 理屈としては、種の絶滅によって困るのは自分達の住み良い環境の変動を受ける人間であって、
 だから絶滅させないのは人間の都合であって、その種に属している一個体にとっては自身の生存以上
 に重要なものは無いのだから、絶滅なんてどうでもいい。
 最後の一頭のイルカと、何億といる内のとある一頭の牛の命の重さは、彼らにとっては全く等しい。
 でも感情としては、やっぱり絶滅ってのはせつない。
 まー、だからそれは人間の感情の勝手、ってことなんですけども。
 けど、その感情に揺れているのが誰なのか、って事だけが私には重要なことな訳でもある。
 そして、そうだからこそ、私は種の絶滅に対してはただこの黙祷を捧げるのみなんですけど。
 盛者必衰の理、ですし。
 あー、駄目じゃんそれ。
 滅ぼしてんの、人間じゃん。
 人間て、私じゃん。
 そういう事。
 それを忘れたら、駄目だと思う。
 救えるのなら、救いたい。
 
 
 ◆
 
 サッカーの話。
 旧トヨタカップ、現クラブワールドカップ。ついさっきまで普通にトヨタカップって言ってましたーっ!
 あのね、ロナウジーニョ、不発だたね。
 準決勝ではデコと共に、もうほんとテレビ画面の中に諭吉さんを放り込んであげたいくらいの、ものすごい
 パフォーマンスを魅せてくれたんだけどさ。
 決勝が、あれなんて。
 マークはキツかったし、疲労もあるのもわかったけどさ。
 笑わなくなったら、おしまいじゃん、ロナウジーニョ。
 どんなに辛くても、それを顔に出さないであくまでサッカーを愉しむ方向に全力を尽くしてた彼がさ、
 笑ってないってどういうことよ。
 せめて私が見てる試合でくらい、笑い続けていて欲しいよ。
 だってロナウジーニョは私のアイドルだから。
 サッカーとは楽しいものだ、その言葉の一番の体現者は彼だから。
 プロとして勝つことにすべてを注ぐ、そのひたむきさを美しく感じるときもあるけれど、それと同時にそれは
 もの凄く醜いものに映るときもある。
 なんでそんな、苦しい顔をしてサッカーをしているの?
 なんでそんな、サッカーは苦しいものにならなければならないの?
 実際に無限とも言える辛さや苦しみを乗り越えてピッチの上に立っているのはわかるけど、その辛苦を
 見せ物や売り物にするのは、それはもう全然間違った事だと思うし。
 その辛苦を糧にして、そして見ている者も楽しくなるような、そういうサッカーをしてこそのプロじゃない?
 無論、ただヘラヘラとショーとしてサッカーのグラウンドを利用するなんて論外だけど、それとサッカーとは
 楽しいことなんだ、こんなこともあんなこともできるんだ、ということをその全力のプレイに込めて魅せる事は
 違うし、またそれはただ勝つことだけに固執して勝つためにはなんでもするし、それに関係しない事はしな
 いというのとも、違う。
 サッカーは楽しい。そしてより楽しむために、勝つ。
 勝った方が、断然楽しいもんね。
 そんな訳で、今年のチャンピオンズリーグ残り試合でのロナウジーニョには期待してます。
 いえ、応援してます。頑張らなくてもいいなんて言いません。頑張れ。死ぬほど楽しんできてください!!
 テレビで放送されるのか疑問だけどねははははは。・・・・・。
 
 
 ◆
 
 うぇー、疲れた。
 ほんとは昨日と今日に分けて書くつもりだったのに、昨日は予定が入ってしまってすっかり書けなくて、
 今日焦って堪ってたネタを一気に消化みたいなね、ほんと、素でアホだ私。
 っていうか、まだ終わりませんよ、まだまだです。こっからむしろ本番です。アニメです。
 そうアニメ。アニメのお話を色々やってしまわなければなりません。やっつけなくてはいけません。
 で、えーと、手始めにブララグ2と地獄少女2のお話をしなくちゃなのですよ。
 あー・・なんかマジで疲れて残りのこと考えるとアレなんで、地獄少女2はいいや。
 ブララグ2についてだけ書きます。ブララグは今週最終回だもんね。
 でね。
 うん、ブララグね、そう、ブララグ。
 うーん、なんていうかね、失速してるよね、作品として。
 初めの双子編以降、なんていうか、ぱっとしないっていうか、乗り切れないというか。
 特に日本編は、ロジックとして読み解くものとしてなら、まぁそこそこ良質と言ってもいいのかもしれないの
 だけれど、ひとつの作品としてわーっとノらせてくれるかというと、その辺りちょっと疑問符が付いてしまう。
 もっとこう、全体でぐいぐいと引っ張ってくれるような、その分厚い勢いを期待していただけに、それで乗り
 切ってしまうぜベイビィとか甘い算段をしていた私はうぇーな有様になってしまった訳です。
 感想的に、死んでる。
 まー、感想の方については、その当初から適当をモットーというかスタンスにしてやっていこうって奴だったか
 ら、この成れの果ては仕方無いのだけれどもね。
 でもそれにしたって、やるせない。
 もうちょっとこー、ね、なんか無い?
 物足りないというか、決定的になにかが無いというか、まー、そもそもこの作品で感想を書こうって思って
 、それでその観点でブララグを捉えてるから、そうとしか感じられないのかもしれないのですけどねー。
 ぶっちゃけ今、私の中ではその批判と自省のど突き合いが延々と続いとりやす。
 どちらにせよ、完全に私的にブララグに遅れを取ったことには違いはありません。
 感想は大失敗の部類に入るでしょう。やっちゃった。
 
 うーん。
 でもね。
 逆にそういう視点で、つまり感想として綴る対象としてブララグに迫れたということは、やはりかなり得難い
 ものなのだよねぇ。
 第一期のときには考えられなかったもんね、ブララグで感想を書くなんてさ。
 実験的、というよりはもはや冒険的な意味合いを以て望んだこの執筆体験はさ、まぁそれ自体が結構
 意味があったんじゃないかなぁって思うよ、正直。
 あーあと双子編は滅茶苦茶拾いモノだったけどね。感想の出来も、まぁ悪くなかった。
 月並みにこの経験を次に繋げます頑張りますありがとうございました、とか言って終わらせるのはでも、
 やっぱりちょっと忍びないというか、ていうかまだ最終回ありますから! みたいな。
 そう。
 まだブララグは、終わってないぞ。
 なんか色々とズルズルと来てしまってて、その一番大切な一話一話を大事にするという精神を、どうも
 雲の彼方に虹の向こうに放り投げてしまっていたようで、あいすみません、頑張ります。まだまだです。
 そんな訳で、最終回には割と必死になってみます。
 感想は期待しないでください。無駄です。 (言ってることが違う)
 
 
 ◆
 
 まだ大丈夫。まだいけます。
 そろそろ時計の短針の位置が気になるお時間ですが、全く気にしません。見えません。
 お次は、よつばと!話題に次ぐ本日のメインです。アニメです。
 来期より始まる新しいアニメを物色しなくてはならないお日頃です。
 あー、あれな。
 そうだな、来期はこう、ありそうで、ないな。全然。
 なんかこう、最初はあると思ったんだけどな、なかったな、全然。錯覚だな、まったく。
 時々、そういう現象に見舞われるのが、紅い瞳のレベルの高さなのです。なんのレベルかは知りません。
 で。
 はぁ、そうですね、それでも全く無い訳では無いので、いくつか目を付けたのを紹介させて頂きましょう。
 かなりラインを低めに設定しての選考です。守備範囲の広さは伊達では無いのです。
 
 
 京四郎と永遠の空:
 微妙なとこだけど、化ける可能性も自分の中では否定できないのが惜しい(?)ところ。あんま設定的
 なところの消化に力を傾けずに、愛だのなんだのの徹底展開をしてくれると、神無月の巫女みたいに熱
 くなれるかなぁって。でも独自性が無さそうな雰囲気もあって・・・やっぱり微妙・・・
 
 がくえんゆーとぴあ まなびストレート!:
 賭けだなぁ・・・(また後ろ向きだな)。ギャグコメディな感じであっさり笑える感じならいいけど、ただの萌え
 系だとどうしようも無いしなぁ・・たんに女の子が集まってきゃいきゃい遊ぶだけとかは勘弁な・・。シュール
 でもいいから、とにかく笑いが欲しいしまたそれに期待してのチョイスです。
 
 のだめ カンタービレ:
 有名で人気作だから。それ以外の理由はありません。ノイタミナ枠というのはどうでもいいです。取り敢
 えず挑戦です何事も。(前向きな意味でです、はい。ほんとだってば!)
 
 ひだまりスケッチ:
 まなびストレートのリザーブとして確保。印象としてはこちらの方が萌えとかほのぼのとかに行きそうなので。
 まぁ別にそっち方面に行っても行かなくてもいいんですけどね。面白いかどうかが最終的には問題な訳で
 。そしてそれは見てみなければわからない訳で。・・・じゃあなんで今私はこうして色々悩んでるんだろう・・
 ・・・(悩)
 
 Venus versus Virus:
 今のとこの期待作。私の時々あてになる直感が選び出した一品。んーそうきたか我が直感よ。しかしこ
 れを選ぶのもわからぬではないが、その大丈夫かのう?と、そのなにが大丈夫なのかを問うているのかが
 わからない状態です。わけわかんね。設定とキャラはまぁまぁ深みを得られそうな可能性を持ってるし、ス
 トーリーはただの勧善懲悪的お説教モノになる可能性もあって怖いけど、うまくすればホリックのような
 感じになってくれる気もしてますので、そう、行け!(はい行って参ります)
 
 
 そんなとこでしょうか。
 あーなんかほとんど後ろ向きだな。駄目だこりゃ。
 と、お嘆きのあなた、というか私、朗報です。
 というか、たんに忘れてただけです。嬉しすぎて脳の一部がやられてしまっていたみたいです。
 公式サイトも無かったから、紹介するものとしての印象が薄かったのもあるかもしれません。
 ていうか、これ以外来期は無いです。消えろ。
 それほどの意気込みです。本当に消えて貰っては困ります。
 はい。
 この作品のアニメ化を待ち望んでいたのは、私だけではあるまい。
 ぶっちゃけ、未だにアニメになるなんて信じられません。怖くて頬をつねれません。
 はい。
 いい加減焦らすのも飽きてきた、ていうか早く言いたくてうずうずしてるのを止められませんので、はい、
 もう言います、言っちゃいます、耳の穴かっぽじってようく聞きやがれ! >自分
 
 
 
 
 
 「もっけ」、2007年1月より東京MX他で放送予定。

 (ソースはウィキペディア)

 
 
 
 
 
 最高です。
 感無量です。
 涙です。泣です。
 最高。
 ここの日記でも原作の感想書いたことあるけど、あれは実にいいものです。
 妖怪モノです。ちゃんと色々妖怪というものを説明してくれてます。
 でもロジックとしての「妖怪」を越えて、リアルとしての「妖怪」を活写してくれてます。
 文字だけでは決して表現できない、漫画の力を良く使っている作品でもあります。
 それが、今度はアニメになるなんて。
 期待半分心配半分ですが、とにかく最高です。お祝いです。
 アニメ化するのに、よつばと!よりは敷居は低いとは思うから、着実にアニメとしての特性を活かして、そ
 して無理に原作をそのまま忠実になぞるようなことをしなければ、きっとそれなりのものができると思いま
 す。
 そんな感じです。
 あー、ほんと、もっけです。もっけの幸いです。幸せです。
 どんな作品になっても、楽しみです。
 だって今はまだ見てないですから。
 こうして放送開始を待っている間は、天国です。
 
 
 
 はい。
 ということで、今日はこれでお終い。
 ほんとは、今見てるアニメの感想を久しぶりにしっかりやりたかったんだけど、時間です。
 あーでも書きたい書きたい。
 あさっての方向とレッドガーデンまだ見てなかったりするけど、僕等がいたでめっちゃ感動したとか書きたい。
 だって水ちんが、だけど駄目なときこそ踏ん張んなきゃやばいじゃん、あんた余裕ありすぎ、矢野がいつ
 までも追ってきてくれるとでも思ってるの?、離れちゃってからじゃ遅いんだよ、って言うんだよ。泣いた。
 そ・・そうだよね・・・・そうなんだよね・・・・うん・・ほんとそう・・・・そうだよ・・・ほんとに・・・・
 いつ、どこで、誰が、なにしてるの? 
 その究極に切実な実感が、一番大事なんだよね。
 うん、いいこときいた。
 うん、いいこといった。
 
 
 よし、頑張ろう。 (目覚ましをセットして)
 
 
 

 

-- 061215--                    

 

         

                                  ■■ 地獄の休日 ■■

     
 
 
 
 
 地獄少女二籠第10話「曽根アンナの濡れた休日」についての感想は、特に執筆致しません。
 面白いことは面白かったのですけれど、地獄少女の感想として書けるタイプのものではなかったので。
 駄目男に惚れた女達が集まって女同士で楽しくやってくのとか、なんかいい感じだったんですけどねぇ、
 それは良かったというか好きとか嫌いの範疇なので、書けないってところで。
 ということで、今回の感想はお休みです。
 ま、たまにはいいでしょうこういうお話も、こういうお休みも。(第一期のときは何回かあったけど 笑)
 
 それでは、また来週。
 
 
 

 

-- 061213--                    

 

         

                                   ■■ 現実×夢 ■■

     
 
 
 
 
 『知識とは、現実を忘れるためにある。
  書物からは味わえない現実の陶酔感。
  それを象徴する土地、ロアナプラ。』
 

                         〜ブラックラグーン第二期 ・第十一話・雪緒の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 ブララグ2第11話、見ました。
 
 ブララグ史上前代未聞の作画崩壊劇、勃発。
 
 はい。
 ちょっと、凄かったですね。
 なぜにあそこまでひどくなってしまったのか大いに疑問なのですけれども。
 どうも第二期は双子編を頂点として、どんどんとその造りの部分のレベルが下がってきているように
 感じます。
 偽札編は作画の乱れが数カ所程度目には付きましたが、それ以外に特に問題は無く、けれど
 日本編に入ってからは作画の乱れこそ減りましたが、その他の演出などに大いに問題があり、全体と
 してぶった切られたような非連続感もあったりしました。
 そしてここに来ての作画大崩壊。
 人物の顔の1/3くらいは崩れてました。
 崩れていない部分においても平坦なものが並び、はっとするような表情も無く(バラライカがロックにのしか
 かって見下げてる怖いシーンの描写も、種類の違う怖さな描写でやや違和感あったり)、どうにも制作
 的に息切れしてるような感ばかりがしてしまいました。
 うーん、ブララグの醍醐味のひとつは、そのクオリティが高いという褒め言葉に見合うだけの造りにあったの
 にねぇ。
 ちょっと、残念。
 こう、なんていうの? 安心して乗っかってハイになれるようなさ、そういう土台的な部分における力強さ
 みたいなものがあってくれないと、いまいち乗り切れない。
 そういう無条件な愉しみというものに乗せてくれる親切感と、それで強引に見る者を引っ張っていく狂気
 じみた勢いが無くてさ。
 日本編は確かに色彩的に地味であるのは否めないのだけど、だからといってブララグがそれをしっかり
 動かすことができないとは思われなかったし、現に見てみてあれはもっともっと面白くできたんじゃないかな
 ぁと思う。
 あれはあれで充分面白いけどそれを越えてもっと行ってみよう、というおねだりじゃなくて、もっと今まで
 通り全部の力振り絞ってどこまでも飛んでこうよ、っていうお誘いみたいな感じで、私はスタッフに色々
 求めたいところです。
 あれじゃ手抜きと言われても仕方ない。
 今までがずっとハイクオリティだっただけに、やればできたはずだから。
 
 さて、肝心のお話の中身ですが。
 これはまた、なんとも面白い方向に行ったなぁ、という感嘆がてらに満足しているところです。
 ちょっと意外といえば意外だけど、でもちょっと考え方を変えてみると、ああいう方向に軸をずらすことも
 可能だし、またその境地から進んでいくことは、それは別に今までの在り方のその根本的なところとは
 矛盾しないなぁっていうのがわかって。
 いや、具体的に書かなくちゃなんにもわかんないですね。
 書きます。
 
 ・
 ・
 ・
 ・
 
 
 趣味、かぁ。
 
 
 ロックはバラライカの言葉にそう呻いて返した。
 バラライカはこう言った。
 相手になにかをやめさせたきゃ、そいつを満足させるか、そいつが納得する理由を示せ、そうしないで
 ただ「正義」という奴を垂れ流すのなら、そいつはただの他力本願でくだらないものの吐く血反吐と同じ
 だ、と。
 バラライカ的には、まさにその通り。
 バラライカは、神の在すお空の上からぶらさがっている正義というものにはなんなの価値も感じて
 いなく、ただ自らのいる闇と血で出来た大地の上でお互いを満たし合うために必要な、その「協定」と
 しての正義にしか価値は無い。
 正義とはただ信じるもので無く、ただただ実行し目の前の他者と共有している現状態そのものを差す。
 その以外の正義とやらいうものは、バラライカにとっては全くの無価値。
 その通り。
 ロックの翳す正義がバラライカになんの利益もたらさないのであるのならば、それはただロックの吐く都合
 のいい自分勝手な言い分でしかない。
 悔しかったら、私を納得させるだけものを示してみろ、ロック。
 ロックはバラライカにも信じる正義はあるはずだ、と言った。
 だが、バラライカは、信じた正義を失い、そして正義とは信じるものでは無くただの実物にしか過ぎない。
 ロックの正義とバラライカの正義は、根本的に違う。
 だからロックがどんなにバラライカを罵ろうと、そんなものは全くの無効。
 バラライカを怒らせるにも足りない、ただの寝言だ。
 交渉事に能力を発揮するロックが、そんなこともわかっていなかったというのは、姉御同様意外といえば
 意外ではあったと思う。
 そして。
 それはやはり、違った。
 いや。
 バラライカによって、違うものにされた。
 ロックは言った。
 あんたは勘違いしていると。
 正義など方便だと。
 これは、趣味だ、と。
 あんたと同じですよ、と。
 
 ロックが浮かれた現実の中で正義のお題目を唱えるのと、地獄の中で戦争の歓喜を味わい続ける
 バラライカは同じだ、と。
 
 あー、そりゃ笑うわな、バラライカも。
 面白くて愉しくて、涙がでてきそうだ。
 よし、いいぞ。それは非常にいい答えだロック。
 バラライカの中にはあり得なかった、その言葉。
 そして、瓢箪から駒的な思いをそのバラライカの高笑いに添えた。
 現実を肯定しろ、さぁただひたすら肯定しろ。そうすれば自分のしなければならないことが、太陽よりも
 熱く照りつけてくるぞ。
 さぁ言ってみろ、お前はなにがやりたい、お前がただひたすら求めその追求の中に骸を晒すほどにただ
 それを求めてやまないものはなんだ、さぁ言え、すべてを明るみに晒しすべてを闇に投げ入れろ!
 そうだ、それだ、その歓びだ、その喜びだ、わかるか、それを感じているのはお前だ、お前以外にその
 激烈さと圧倒的な威力を知っているものは無い。
 酔いしれろ、その力に、その重さに、その苦しみに、その歓喜に!
 『私達の命は実に軽い。まるでキャンディーバーの包み紙だ。』
 その薄っぺらい命の上で、さぁ踊れ。その命を踏み破るほどに踊り狂え。
 正義? 焦燥? 罪悪感? 神? 愛? 
 あははははははは。
 いいなまったく、それはいい、それはいいぞ、是非ともその美しき観客共に、我らの踊りを魅せてやろうで
 は無いか。
 そいつらに見つめられ焦らされ焦らされ、その挙げ句にすっかり踊るのをやめて立ち止まった瞬間に、
 お前のその薄っぺらな命だけが残るのだ。
 そんなものはいらない、そんなものはいらないぞ、ロック。
 けだものになれ、踊り踊り狂い、死ぬまで踊るのではなく自らを踊り尽くして殺し切れ。
 そう。
 それは、バラライカの思想でも哲学でも宗教でも正義でも無い。
 そう。
 バラライカは、好きでやっている。
 戦争が好きで好きで、ただ殺したくて暴れ尽くしている。それだけだな、ロック。
 曰く、趣味、と。
 そして。
 
 そこに、バラライカの本質的な哀しみがある。
 
 思想も哲学も宗教も正義も、その踏み破って殺し尽くす自らのつまらない命のうちに過ぎない。
 そして残されたのは、そう、それはまさに残されたものとしての、ただの趣味と名乗るしかないもの。
 好きでやっている、と言うしかない状態。
 なぜ、こんなことになってしまったの・・・・
 その想いが絶対にバラライカの頭の中には去来しないからこそ、その哀しみはそのバラライカの尽きること
 の無い舞踏の中に顕れていく。
 そしてバラライカはその舞踏の中の哀しみをこそ背負って、しっかりとその踊りを続けてもいる。
 決して意識化されないからこそ、それは一生あり続け、だからこそその哀しみのためにバラライカが生きる
 こともまた決してない。
 だからそれは必ず、バラライカによって一笑に付される、最弱の感情。
 哀しいだと? 哀しいと言ったかロック! いいぞ、言え、もっと言えロック。
 血反吐を吐くまで嘆き悲しんでみろ、それで私を満足させてみろ!
 バラライカの暴虐は、ゆえにバラライカの生そのものとなっている。
 バラライカはバラライカ。覚悟を決める必要も無いほどに、後悔など既に過去の遺物にしか過ぎないほど
 に、それは当たり前過ぎるほどの歓喜なのだ。
 
 バラライカは、笑った。
 涙が出るほどに笑った。
 だがその涙は、哀しみが裏に張り付いていながらも、それでも紛れもなく愉悦の哄笑だった。
 そしてロックは、そのバラライカの力強さに見事に引っ張り上げられてしまった。
 ロックにとっての正義をただ趣味と断ずるのは、明らかに間違いだった。
 ロックはただ、自らの地に足の着いてない浮遊感や、また同じく自分の中にある「論理」としての正義に
 則って感じるそのことに対する劣等感から、それを正義と名乗ることに怯えただけ。
 正義が方便だと? 笑わせる。ロック、それはみえみえだな。
 自分はただ逃げてるだけだ、ただどちらつかずの中途半端な人間なんだ、そんな人間がいくら正義正義
 と言ったって誰も聞いちゃくれない、当然だよな、俺はただ正義って言葉を書いただけなんだから、だから
 その正義ってのはなんの意味も無いもので、だから俺が自分勝手に嘯いてる独り言、つまりはそれが
 俺の趣味ってことで、それでいいでしょもう。
 ロック、不貞腐れてるだけ。
 ロックのとってのその趣味としての正義は実体は無い。
 ていうかそれはほとんど自虐としての「趣味」というものにしかならない。
 それは正義になれなかった趣味、それが俺にはお似合いなのさ、というロックの怠慢。
 嘘だねロック、それは方便では無く、嘘だ。
 ロックのそれは、正真正銘正義じゃないか。
 全力を尽くして、それが達成できなければ死んでも構わない、だから死力を尽くしてでも全うしようとし、
 そしてそれができずにまた死ぬこともできなかったら号泣し、そして絶対に次こそはと誓いを立てる、そう
 言った生そのものなものじゃないか、それは。
 ロックの言う趣味とは、バラライカのそれとも実は違う。
 バラライカのそれはまた正義でも無い。
 バラライカは、自分が死んでも構わない、では無く、自分を殺すつもりでやっているのだから。
 バラライカの趣味はまさに生そのものになっているが、ロックの言う趣味はそれには至れないクズなもの。
 ロックのそれは逃避で、バラライカのそれは前進。
 バラライカの「趣味」に該当するのは、ロックの「正義」だけ。
 
 
 
 『お前はこいつと同じ生き方を望むべきでは無い。』
 
 
 
 ロックはバラライカにはなれません。
 今回の話で感心したのは、ロックがその全力を以てバラライカ化するための脱力を行い始めたことです。
 このままいけば、ロックはロアナプラの流儀に帰るでしょう。
 でもたぶん、すぐに死ぬでしょう。
 だって、ロックはたぶんロアナプラに戻ったら、正義なんて二度と翳しはしないでしょうから。
 奇しくも、ダッチがこう言っています。
 
 『ロックが銃を手にせずに済んでいることは、俺達には最大級の幸せなんだぜ。』
 『あいつが撃てば、それはこっちにまで跳ね返ってくる弾なのさ。危なっかしくてしょうがねぇ。』
 
 ロックが正義を翳さないのは、バラライカが戦わないのと同じ。
 ロックが不正義に目をつむりただ銃を撃つだけなのならば、それはバラライカがすべてを投げ出して敵の
 銃の前に姿を晒すのと同じこと。
 ロックは、バラライカにはなれないのです。
 ロックはバラライカでは無く、ロックなのですから。
 ロックはバラライカのように戦いを愉しむ事はできないのですから。
 嫌々戦って、なんとかそれを好きになろうとして銃を撃って、そんなのは真っ先にあの街では死ぬ。
 ロアナプラは、そこに求めるなにかがあるものしか、その生存を許さない街。
 ロックはロアナプラで生きたいのでは無く、日本に居るのが苦痛だっただけなのだから。
 
 
 『馬鹿な勝負に命を賭けるのは、今後は避けた方がいいわ。』
 
 
 本当の意味で現実肯定できない奴は、さっさとおうちに帰って糞して寝てろ。
 
 
 
 
 そして、今回の最大の注目点は、雪緒お嬢と銀さんコンビ。
 というか、雪緒さん。
 うーん、これは。
 これは新たなバラライカの誕生の予感。
 さしずめ銀さんは軍曹のポジションに。
 うーん、これは。
 まさかそういう方向に行くとはね。
 これはまた、雪緒生存エンドも見えてきましたよお客さん。
 まー逆に、別の意味での死亡フラグも立った訳ですけどね。
 ロアナプラのボニー&クライドを夢見ながら銃弾に倒れるとか。縁起でも無い。
 しかし逆に私的には予想外の意外な面白さを味わえて、まさに瓢箪から駒なのです。
 目の前に突如として顕れたその地獄極まる現実の中に、どんな愉しみを見つけられるか。
 銀行強盗をしてすっかりノリノリな雪緒さんは、その興奮の背後に広がる現実の苦しみをしっかり感じて
 いながら、その苦渋と共にある愉悦をもまた、その興奮として感じます。
 そこにはもう、普通の生活から堕ちねばならないことからの逃避、としての自虐は微塵も無く、ただその
 哀しみを背負って踊る舞台しか無い。
 どんな哀しみを背負おうとも、そこで踊る歓喜を止めることは誰にもできないことを、雪緒さんは激しく
 感じているのです。
 こうなったら、私の全部を使って愉しんでやるわ。
 それは刹那的な愉しみでもあり、冒頭でのレヴィのセリフにあるように、もう死んでいる人間のような
 言い草でもある。
 でも。
 そこにはもう、生きるの死ぬの、生きることの執着などをわざわざ口にするような雪緒さんは居ないので
 す。
 ただただ、生きている。
 『悪漢になるのって、痛快だわ!』
 この言葉に込められているものは重大でしょう。
 とてもとても、彼女にとっては恐ろしい言葉の姿でもあるのでしょう。
 でも、言った。
 そういったものをすべて超越して、ただ口から迸ったその言葉だけが、今生きている雪緒さんそのものの
 姿を雪緒さんに示してみせるのです。
 うーん、愉しそうですねぇ、ほんと。
 その愉悦を胸に、大手を振ってバラライカに立ち向かい、そして悪漢の国ロアナプラに乗り込んでいく。
 その新しい雪緒さんの夢が、雪緒さんにその愉しい現実を与えてくれるのです。
 まさにバラライカ2世。
 いいですね、いいですね、これぞブララグの真骨頂!
 銀さんの強力な銃を所望して、その黒光りする銃身をみつめてるお嬢様。
 ああ、いいね、ほんといいよ、この前進感覚。
 そしてその足場に広がる闇の感覚が。
 その堪らない推進力がそれを見ている私たちを引きずっていってくれることの快感よりも、
 ただ画面の中の普通の女の子がその不幸さに負けるどころかそれを丸かじりにして、貪欲にその中に
 乗り出していくことの痛快感と刹那さが堪りません。
 平和な国日本の絵に描いたような昼下がりの安穏たる公園にて発砲事件を起こし、その世界からの
 決別を以て為す闇への帰還よりも、私はこちらの方が好きなのだと思います。
 
 
 
 と、そんな感じで、当初私が想像していたような、正義や普通に殉じるみたいな展開ではありません
 でしたけど、その分私がバラライカに(ヘンゼルとグレーテルにも感じていたけど)感じていた類の愉しみに
 立脚した見方ができて、大変充実しました。
 まーあの絵が無ければもーちょっとノれたんですけどね。下手すりゃ祭りでしたのに。はぁ。(溜息)
 ブララグの愉しみのひとつの、いわゆるどうしようも無さを中心に据えてこうして書くことができて、まぁ、
 その分は帳消しにしてお釣りがくるのだけれども。
 つーか、バラライカの姉御で一本書きたいなぁー。
 でもなんか結局徹頭徹尾狂ったこと書いて終わりなんだろうなー。
 悪趣味全開も問題だしなー。
 
 あと、レヴィが最近かなり気になるんですよね。
 んー。
 んー。
 わかるような、わからないような。
 簡略に訊くけど、あれはロックに靡きかけてたの?
 イマイチわかんないんだよねーあの人。
 ていうか、わかるからわかんないってゆーか。
 なんていうか、あの人だけ妙に生々しいっていうか、むしろほとんど主人公じゃん。
 感情の動きも理屈のつむぎ方も動き方も、みんな表裏全く無しで、時々魅せる黒い表情にもその深さ
 そのもの以外ありそうも無いし。
 んー。
 あんなに感情移入しやすいレヴィさんだと、かえってわかんなくなっちゃうなぁ。
 なんであんな素直なん?
 別に描写としてそういうレヴィさんが不自然言うてるんじゃなくて、それは自然でいいんだけど、だからこそ
 そこに居るひとりの人間としてなに考えてんのか、その根本的なところでわかんないってゆーか。
 あれはほんとにロックの魔の手にもう陥ちちゃったのかな。
 なんていうか、言い方非常に悪いけど、あのふたりが並んでる背中みると、子供を失ってただ悲嘆にくれ
 て歩いてる夫婦みたいに感じるんだよねー。
 あれぇ? いつのまにレヴィはそんなにロックの位置に近付いてたの?
 その辺り、私の課題として、ひとつ残りました。
 ロックとレヴィの関係抜きに、やっぱブララグは無いでしょ。
 んー。
 でもなんか、おぼろにわかる気もするんだよね。
 あの冒頭の居酒屋のシーンとか、バラライカとのやり合いのシーンとか、もうちょっと良く見ればわかるよう
 な気もしないでも無いししない気もするし・・・・・・・・
 
 
 
 
 はい、ドロー。 byバラライカの姐さん (キリが無いので今日はこれで。バイバイ!)
 
 
 
 
 
                           ◆ 『』内文章、アニメ「BLACK LAGOON」より引用 ◆
 
 
 
 

 

-- 061210--                    

 

         

                                    ■■ 黄昏前 ■■

     
 
 
 
 
 朝晩の冷え込みがすっかりと羽を伸ばして、一日中すっかりと寒くなってきた今日この頃、
 皆様如何お過ごしでしょうか。
 紅い瞳です、ごきげんよう。
 
 さて、今日はどうしましょうか。
 や、なんか今日は面白いこととかユーモアに満ち溢れるものを書いてみたいな、などという欲望に駆られ
 てあられもない心持ちになって、いてもたっても居られないほどに一発頭を殴って沈めました。
 落ち着けよと。
 はい。
 いや、最近どうも日記の文章というかサイトでの私の紅い瞳の在り方というか、そういったものが随分と
 そっけないような気がしたのですよ。
 なんていうか、すっかり慣れちゃったというか惰性というかぐだぐだというか、なんていうの、そっけない。
 語彙無いなおい。
 どーもこう、サイトとかネットに接しているときに情熱を感じないというか、ただ文字だけをだらだらと書いて
 いるというか、サイトのデザインなんかにしろここのところ全然変えて無いでしょ?
 つまり、そういったなんというか進歩的な雰囲気がちっとも感じられないし、或いは退廃的というには
 ちんけなほどに小さくまとまっちゃってるというか、そういう感じなのです。
 や、こんなこと言ってる時点で既にマイナス思考っていうか陰気だなキミ、と自分につい手を差し伸べて
 頭なでなでしてあげたくなったりしてしまうのですが、話が逸れました、ええとなんの話でしたか。
 そう、面白い話ね、ユーモアね。よしきた。
 そんな話をしようと思ってしたことは一度もありませんね、はい。
 いやいやいや、笑かそうとか思ったら逆になんにも書けないよ私なんて、そうだよそうだよ、私なぞ素で
 ボケてなんぼなのだろうし、そもそもボケとか言ってる場合では無いでしょう。
 ん? なに言ってんだ?
 
 あー。
 あれ?
 今日はなにを書こうとしてたんでしたっけ?
 んー、今頭ぐしゃぐしゃやりながら考え中。
 あ、そうだ。そうだ。それだ。
 もっとこう、主体的に、こう、なにかさ、ないかな、みたいな。
 いやなんもわかんないよそれ。
 んー。
 どーも、なんかもしかして今頃になってようやくネタ切れしたきたのかな私。
 いやそもそもネタなんてあったことないですよね、ていうかネタ無い無い言い続けて四年ですよ。
 そのネタ無い無いということすらネタにしなくなったんじゃない?
 あー、そうかも、いや、そうだよ。それ採用。
 ほんとにそうかな? って思ってログ調べたら、そうでもなかった。おい。
 あーもう。
 なんだこれ。
 なにこのモヤモヤは。
 なにこの私の中のどす黒いものは。
 いやその表現は怖いのでやめよう洒落になりません。
 うん。
 まぁ、あれだね。倦怠期?
 でもさ、日記の更新自体はちゃんとやってるんだよね。週三回。
 ん、や、逆にだからこそ怖いのか、まるで平然と家事しながら心の中でカウントダウンしてる主婦みたいで。
 やばい、なんかある日突然トップページに「さがさないでください。」とか理解に困る書き置きを残して
 いなくなっちゃったりだとか、そういうことを今にもしかねないような気になってきた。なんかやる気出てきた。
 
 今は地獄少女とブララグの感想書いてますけど、私的には今まで一度たりともアニメの感想を書き続け
 るというスタイルをやめるだなんて思ったことは無く、それ以前に先のことを考えたことなんてなかった。
 今やってること書いてることで頭が一杯で、ただもうそれだけが楽しくて、またそこからできあがっていくもの
 を実感して、その実感の堆積がどんどんとさらなるサイト運営の糧になってたんだよね。
 いや、それ以前にそれがサイト運営の糧になるかどうかなんて関係無しに、私はただサイトを更新し続け
 て、色んなものを感じてきただけだから、そういったものを感じるためにサイトを更新し続けていたというの
 は違うのだとも思う。
 ただただサイトでものを書くことだけに意味があって、なにか意味を求めてものを書いているわけじゃない。
 言うなれば、私はこの魔術師の工房というひとつの場に置いて、「紅い瞳」というひとつの「私」を描き
 込み続けたかったんだと思う。
 なにかを書き続けてること、その試行錯誤やその成果や失敗や感情や、そういったもの全部を魔術師
 の工房の中での紅い瞳がひっくるめて引き受け、そして統合した姿としてその自身の姿を顕していたん
 だと思うんだ。
 というか、つまり紅い瞳っていうものを延々と書いてきたんだろうなぁ。
 だからね、私はなにか例えばだけど、思想体系みたいなものを編みたい訳じゃないし、テーマを定めた
 哲学の追究をしている訳でも無く、そして小説の題材作りをしてるのでも無い。
 ただ、日々思うことを書いている。
 まさに、日記なの。
 アニメの感想もそれ以外のものも、すべてその日記という枠組みに入るんだよね。
 あ、一応ウチは日記サイトってことになってるんだろうけど、一体どれくらいの人がそれを知いやどうでも
 いいや。
 でね。
 そうやって日々無作為に書いてるものたちを眺めて、ときにはそれを意味というもので括ったりするという
 ことも、これまた無作為的にやってきたの。
 それはそれらを意味づけすること自体にだけ意味があって、決してその意味づけられたものを足場として
 、さらに次のステップを目指すために飛躍する、ということは私は全然してないんです。
 あ、勿論そういう飛躍をするという意味づけ自体ならしょっちゅうやってますけどね。
 つまり、実際のところとしてなにが起きているかというと、それはただ無作為に流れるままに書きたいこと
 書いてるだけのアホの子がいる、というだけのことなんです。
 だからそれに意味づけしたりすることも、そのアホの子のしてるアホなことのうちのひとつにしか過ぎない。
 
 でもね。
 そうやって適当に書きたい放題書いてるってことはね、それでもそうして書いているという「私」が居て、
 そうして書いているという「生」が動いているってことでもあってね、だからそれは私が意味づけしようが
 しまいがに関係なく、その「私」と「生」を見つめている私にとっては、果てしなく連続したものとして捉え
 られてもいるってことなんです。
 あー今年も一杯書いたなぁ、あーすっきりした、あー色々あったよねぇうんうん、しみじみとくるよ、と
 そういう気分に年末も近くなると必ずなって、そうして毎年年末に訳のわからない感慨めいたアホ文を
 書いたりして、そうしてきっかり文字にして表したその嘘っぽい意味を鷲掴みにして、さぁ来年も張り切って
 いきましょうって、そういうノリになるんです。
 私が書いてるものに意味なんて無いですよ、だって本人が意味を込めてなんててんで書いてないんで
 すから。
 だけど、だからこそそれを意味のあるものとして、次の年に繋げていこうとする心意気、それ自体だけが
 この魔術師の工房というサイトの存在そのものには意味があるんじゃないのかなぁ、と思います。
 ただ日々の執筆を螺旋の如くに巡らして、そのあるはずの無い帰結とやらを無理矢理ねじ込んで、
 そうしてできた終わりが実は次の始まりにもなる。
 私はそうやっていつも、自分の書いたものを読み直してますし、書いた本人が読み直すものとして初めて
 日記は日記になる。
 ていうか、それが日記ってものじゃない?
 んでね、そういうむりくりな意味づけとかしらける言うてもさ、それはちゃうねん。
 や、私も前はそう思ったこともあったけどね、ちゃうねん。
 そうやって自分の元に無理矢理だろうがなんだろうが、引き寄せてがつんと一発かますのが、それが
 主体的ってもんじゃないの、って思わない?
 訳わかんない世の中嘆いて、正しいことなんて無いとか嘯いて、それが本質として世界を相対化した
 って、どうしても相対化できないものがひとつだけ必ずあることに気付くだけなんだし。
 「私」だけは、必ず絶対的に此処に在るもんね。
 「私」からだけは逃げられないもんね。
 その「私」から始まるからこそ、相対化とか意味づけとかには意味があるわけだし、まただからこそ今度は
 それらが必要だってこともわかってくるんだよね。
 「私」無き相対化や意味づけには価値は無いけど、「私」在る相対化や意味づけには確かに価値があ
 る。
 そう、思うんです。
 
 
 ・・・・・。
 
 えっと、なにを書いてるのかな、こいつは。
 ええと、今日はユーモアとかボケとか書きたいとか言ってなかった? こいつ。
 いや、待てと。待てよと。
 これはあれだ、最後のボケに繋ぐ冗長もとい壮大な前フリなんだよ。
 だからこれからこいつはなにかみせてくれるんだよ。
 でっかいボケをさ。
 ねぇ?
 
 
 
 答えがわかってることきくな。
 
 
 
 ◆
 
 あー、欲求不満。
 なんか色々書きたいことありますです。
 ていうかついに今年中に旧白白で書くことは叶いそうに無いです。泣。
 ああ聖様志摩子さんで思う存分書きたいのになぁ、もうほんと機を逸してあまりあるほどに逸しまくって、
 その全部私が悪いんですがというか別に私以外に悪い理由がある訳ないんですがていうかごめんなさ
 いしっかりサボってしまいました堪忍な。
 ええと。
 灰羽とか羊のうたはまだいいのですけど、マリみての旧白白についてはかなり書く気でいたのに、これはも
 う犯罪級にがっかりです、自分でサボっといて言うことじゃないのは重々承知の上ですけれど敢えて
 言わせて貰いますがっかりだあーがっかりだがっかりだあなたには失望したわ。
 カレイドも書きたいなぁ、ていうかOVAのケーブルでの放送無いかなぁ、ていうかすごらじ2やんないかなぁ、
 ああもう、すっかりそんな感じです。
 とか言ってるうちにもうそろそろローゼン特別編とか来ちゃうわけですよ。あー怖い。
 今からちゃんと感想書けるかどうか不安で不安で愉しみで仕方ありません雛に逢える♪
 ・・・。
 えー、はい、うん、今の無しね無し、はい、不安です不安、胃に穴が空きそうです、ええと、でも頑張り
 ます書きます感想絶対書いてやる死んでやる。(落ち着け)
 時間的精神的に余裕があるかどうかはわかりませんけど、余裕は無くとも書けないことは無いの精神で
 ギリギリのラインでもちょっぴり越えちゃっても平気です☆と枯れた笑顔のひとつでもぶら下げてなんとか
 やってやりますので、その、ご興味おありの方は、どうぞひとつふたつ、期待などしてやってくださいませ。
 なにに興味があるのかは、敢えて問いませぬゆえ。
 はい。
 
 あ、あとほとんど意識的に忘れてましたけど、よつばと!6巻のはつばいも近いです。
 ローゼン特別編の感想がごく普通に無かった事になっていたら、それはすべてよつばと!のせいです。
 
 
 
 ◆
 
 アニメのお話。
 えっと、なんかだるい。
 てか書く気が全然無いです。
 だって今週の武装錬金に変態出てなかったんだもん。
 やってられるか。
 早坂姉弟とやらも全然だったし、ああもう、駄目だ今週は。
 そんな感じです。
 変態が出てくるかどうかで一週間の善し悪しが決まる人間がもう駄目です。
 あーでも、漫画の話なら。
 珍しくブリーチの。
 たぶん最新刊。
 あんの、一護が虚化を抑えるだのなんだのの件で、うちなるもうひとりの自分と戦ってたときのシーン。
 あの辺の、「戦う」ってことの感覚に、なんか感動した。ぞくっ、ていうより、どきっ、とした。頭悪。
 つか、私のせつめーわかんないですね、これ。
 手元にコミックス無いんで、うろ覚えここに極まれりなので。
 感動だけお持ち帰りみたいな、そんな、頭悪いなほんとこいつ。
 ごめん。
 あ、で、もひとつブリーチで。
 正直アニメのブリーチは原作分のアニメの話は大体良かったけど、オリジナルなバウント編はもうめちゃく
 ちゃというか、ひどいというか、誠意が感じられないというか、ひどくて。なにあれ。
 別に原作の雰囲気を壊さないでとか原作ファンに配慮してとかは全然どうでもよくて、ていうか原作者も
 むしろアニメのスタッフがどういう風に面白いものをアニメスタッフなりに作ってくれるか期待してただろうし
 (って確かどこかでそういう原作者の言葉見た気もする)、でもそういう話以前にまるでものを作っている
 ということの意識というか、制作に対する誠意みたいなものがまるっきり感じられないひどさで。
 絵はともかく、シナリオにしろ演出にしろ構成にしろていうかもうキャラそのものからして、まるで小学生が
 授業中にノートにしてる落書きみたいなその場限りみたいな感じで、も百聞は一見にしかずなのでもう
 言いませんけどね、ふぅ、なんか興奮した落ち着け落ち着けどうどう。最近文句多いな自分。
 でね。
 まぁ最新刊には原作者のアニメにはもう期待してないけど、劇場版の出来には期待してる、みたいな
 言葉が堂々と書かれてて、そういうこと書けるもんなんだねぇ、とちょっと変な感心してしまったりとか、ええ
 と、それだけのことです、はい、すみません。
 
 えっと、他のアニメに関しては特にありません。
 一応、地獄少女2は凄かったけど。
 そういうことで。
 
 では、ごきげんよう。
 
 
 
 
 P・S:
 きたる12月16日土曜日午後11時30分より、毎月恒例のチャット会を行いたいと思います。
 いつもよりやや早めの開催ですけれど、どうぞごゆっくりと寒さに震えながらでも気合い入れて頑張り
 ましょう! あ、お部屋の暖房禁止な。 (冗談です。はい。)
 
 
 

 

-- 061208--                    

 

         

                                ■■地獄に望むもの■■

     
 
 
 
 
 『大好きで、
        大嫌い。
  優しくて、
        残酷。
  愛しくて、
        憎い。
 
               ・・・・・・・・・・お兄ちゃん・・』
 

                         〜地獄少女 二籠 ・第九話・真帆の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 ----
 
 いつの頃からか、俺は運命という言葉を信じなくなった。
 というより、運命という言葉ですべてを片づけることの重さに我を忘れて、すっかりそれを恐れてしまった
 からなのだろう。
 俺がなにかを望むのはそれは運命なのだから、という自己弁護のために飼い慣らしたはずのそれは、
 それと同時に、その向こうから無限に迫ってくるその必然の重量を俺に投げつけてきた。
 俺がなにかを望んでいるのは、本当にどうしようも無いくらいに、運命だったのだ。
 俺がそれを嫌だと思うこともできないくらいの、もの凄まじい因果によって、俺はその運命に囚われていた
 。
 重すぎる業を、感じる。
 なにかをいやらしく求めていることを正当化するために使っていたと思ったそれは、本当は初めから俺を
 獰猛に縛り付けていたのだった。
 あまりにも、怖かった。
 怖くて、怖くて、怨んでしまいそうなほどに。
 だから俺は、運命なんて信じない。
 運命なんて、無い。
 運命なんて。
 
 
 ◆
 
 『好きと嫌いは同じもんでできてるからな。そういうこともあるだろうよ。』
 
 あるわけ無いだろ。
 好きと嫌いは違うものだ。
 絶対にひとつにはなれないものだ。
 だから俺は、ただ好きになり嫌いになるしか無い。
 好きと嫌いは、それぞれ違うものを与えていく。
 好きでしたことが嫌いですることの障りになり、嫌いでしたことが好きですることの障りになる。
 だからそんな言葉遊びはやめるんだな。
 言葉遊びで好きとか嫌いとか言うな。
 
 俺は絶対的に矛盾している。
 真帆の事が好きで好きで堪らないから、真帆に彼氏ができたらそいつを真帆から取り上げるのは、それ
 は俺が真帆が好きだからそうしていること。
 それなのに、俺は、好きだからこそ、その意味でそうすることは絶対に無い。
 真帆は、俺の妹。
 俺は真帆を愛している。
 だから俺は。
 女装して、女になって、ひとりの女として、真帆の彼氏を奪う。
 いや、そのことにおいて、俺の目的は真帆から彼氏を奪うことにあるのでは無く、俺が女になること自体
 にあるのだ。
 俺は、女にならなくちゃいけないんだ。
 妹を愛してはいけないから、だから俺は真帆を愛するひとりの男であってはいけないんだ。
  だから俺は女になって、真帆の彼氏を誘惑し奪い、そして自らの女性性を高めていくんだ。
 俺は女、だから真帆を愛せない、いや愛しても女だから平気、だって同性なんですもの、なんの問題も
 無いわ、そうよ、そうに違い無いわ。
 いいえ、そうじゃないわ、なにを言ってるの、あんな子が好きな訳ないじゃない、あんなブスが妹だなんて
 、それなのに一人前に男なんか作って、私の方がいい女なんだって思い知らせてあげなくちゃ。
 そして。
 そうすることによって男を真帆に近づけずに真帆を独占できる、そのひとりの男としての願望も満足させて
 いる。
 馬鹿だ。本当に、馬鹿だ。
 そして。
 それが、兄と妹として生まれ落ちた、俺たちふたりの運命だった。
 そしてそれを知るのは、今のところ、俺、だけ。
 
 真帆・・・・・
 
 
 
 
 〜その運命の名を翳して生きる、ひとりの人間の物語が・・・〜
 
 
 
 
 ◆◆
 
 焼け付くほどに紅く染まった彼岸花。
 溜息よりも重く飛んでいく桜雲。
 あるはずの無い空の中で喘ぐ瞳が凝視に堪え得る強度を誇っている。
 凍てつくほどに漲る体中の力が、どこにも行かずにここに留まっているのを感じている。
 諾々と逡巡を重ねる日々を通り過ぎ、それがもはや迷いそのものを取り込み喰らい血肉になっている
 のを知っている。
 真帆、という名。
 それが付いている人間は、もはやそこには居ない。
 そこに居たのは、もはや真帆というものそのものだった。
 如何なる存在も真帆に類するものも無く、ただこの空の下に真帆をその誕生から重ねたものだけが
 累々と立っていた。
 そこに居るのは真帆だけ。
 真帆以外のものに真帆を例えることも無い。
 真帆は真帆。
 だからいつも必ず真帆から視線を外す。
 真帆を見ずとも、もうそこにはずっと真帆しか居ない世界が在ることを確信できているのだから。
 
 『大好きなものだから、壊したくなる。』
 
 なにを?
 そう、なにを、だ。
 壊すのは、ただただ、真帆を真帆以外で在らせるものだ。
 それが、一番深いところにあるものだ。
 真帆は真帆だ。
 女でも妹でも無い。
 だから壊す。
 真帆が、女であり妹であるから。
 それを壊すために、俺は真帆の彼氏を奪い、そして俺は女になる。
 
 風が、目の前を吹き抜けた。
 
 感じない。
 なにも感じない。
 なにも感じないことにすらなにも感じない。
 真帆しか見えない。
 見えちゃいけないんだ。
 だから。
 だから。
 なにも感じない。
 なにも感じてはいけないから、感じない。
 みずみずしさも、ぬくもりも喜びも悲しみも、まるで鬱になったかのようになにも感じない。
 ただただ茫漠と広がる世界が、その無機質ささえ俺に感じさせる事無く、目の前の風の向こう側に
 消えていく。
 モデルの仕事。
 そんなもの、心の底からどうでもいい。
 キャーキャー騒いで寄ってくる女共をぶちのめしてやろうとさえも、もう思わない。
 ただただこいつらを殴ったらどうなるかということを思い描きながら、そのまま素通りしていくだけだ。
 真帆、真帆。
 もう、その名を呼ばなくても世界は真っ白になっていた。
 真帆、真帆。
 その名にあった力と意味は、もう無くなっていた。
 なぜならば。
 もう真帆しか、無いから。
 真帆と他を分かつ必要が無くなったから。
 真帆、真帆。
 俺はお前が生まれる前から、ずっとお前を愛してたんだよ。
 お前がどんな顔をしてようと、どんな言葉を話そうとも、俺はお前を愛するって決めてたんだ。
 
 それを、今目の前に居る真帆をしっかりと見据えて、言った。
 
 嘘以外のなにものでも無いその運命論を、一体真帆はどう受け取ってくれただろうか。
 真帆が真帆である資格は、今目の前に居る真帆が在るからに他ならない。
 どんな真帆でも俺は愛していたというのは、本当はあり得ない話。
 なぜなら。
 俺が愛するもの以外は、真帆では無いのだから。
 俺が真帆と名付け、そしてその名そのものとなった時点で、それはどんなことがあっても真帆であり、
 そして俺に愛されるものだったのだから。
 真帆で無いものなど、俺の目の前には無いんだよ、真帆。
 
 だからこれは運命なんだよ、真帆。
 
 俺は愛することをやめられないんだ。
 真帆が真帆である限り、俺は真帆を愛するのをやめることはできないんだ。
 だって、俺は真帆を愛してるんだから。
 俺が愛してるから、真帆はずっと真帆なんだ。
 な? 頭おかしくなるだろ。
 
 
 
 ◆◆◆
 
 ふと目が覚めると、夢の終わりだけがその消滅を待つ間を俺の目の前で漂っていた。
 くるくると無駄に回る言葉を指でなぞり、それが消えるのをただ俺は待っていた。
 続く夕闇の中で妹のために食事を作る時間を愉しみながら、昼間のモデルとしての仕事の時間を散々
 に頭の中で虚仮にして、俺の姿に騒ぐファン共を嘲笑い、そうしてさらに高揚していく気分に乗せて
 ひたすら夜の支度を続けていた。
 この充足感、この充実感が堪らないよ。
 夕食の味見をしながら感じていたのは、妹への愛と憎悪。
 妹を喜ばせる美味しいものを、妹よりも女らしく作れる事の恍惚感。
 真帆に触れた指先が、弾けるようにして真帆から遠ざかっていくのを、俺は延々と見つめていた。
 この感触が彩る時間の連続だけが、俺に至福を、そして日常を与えてくれる。
 妹を愛し、その愛から逃れようとしてしていることが、さらに妹への愛を育ててくれる。
 そしてそのしっかりと育まれた愛が、絶対に真帆へと飛びかかっていかないのを感じている。
 俺は、私は、女なんだから。
 くるりと一回りして、ひらひらと輝く淡い緑の服を翳して、私はひとり悦に入るのよ。
 妹への愛が高じれば高じるほどに、俺はほとんど自動的に女になり、そして女としての俺が高まっていく。
 まさに安全弁としての女装、いいえ、もはや女性化が私にはあるのよ。
 
 
 ほらね、男を剥き出しにした途端、この男は妹に飛びかかったでしょ。
 
 
 私は、真帆を傷つけたくないの。
 私はね、ちょっと気取って真帆よりも女らしいことを美しいことを誇ってみたりしちゃったけど、ほんとはただ
 ただ真帆の事を傷つけたくなかっただけなのよ。
 私の中にある男はね、肉体的にも社会的にも、妹である真帆の敵にしかならないのだもの。
 この男が真帆を愛している限り、それは絶対に避け得ないものだから。
 でも私なら、真帆を傷つけることは無いし、それにその愛自体も最初から密やかなものにしか過ぎない
 もので済むものね。
 というより、私は真帆に迫ったりましてや飛びかかったりしないもの。安心して。
 真帆の事を第一に考え、真帆が傷付かないように、そのためには真帆に汚い虫が付かないようにしたり
 もしたけれどね。
 ふふふ。
 私って綺麗? 私と遊びたい?
 『いいわよ。』
 
 
 『その代わり、妹には近付かないでね。』
 
 
 妹に男なんていらないわ。
 真帆に相応しい男なんて、誰もいないの。
 『これでまたひとり、真帆に近付く男が消える。』
 『これでいいんだ。これで・・・・・』
 これで・・・・・・
 真帆は真帆でいられる。
 真帆は真帆という名の付いた人間でも無い、ただの純粋な真帆で居られる。
 そうだ。そうなんだ。
 真帆は俺に愛される存在なんだ。
 俺が愛してる限り真帆は真帆なんだ。
 真帆は俺のものだ。
 そうだ。そうなんだよ。
 ははは。
 あはは。
 
 
 あはははは・・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・・
 
 山吹色に割れた夕暮れの向こうに月が見えた。
 ゆっくりと風に揺れる髪の肌触りが、ぞくぞくと首筋を色付かせる。
 淀みを感じない青く透き通った体の中ほど見えないものは無かった。
 完全に透明であることが、それが無であるということだけを私に教えてくれた。
 どこからともなくやってくる体の感覚が、ひしひしと肌の内から染み出していくのを、私はいつもただ感じて
 いただけだった。
 爽やかな風を感じて透き通っていく私の体は、あらゆるものと溶け合い、そしていつでもその存在を無く
 して、ただその感じる風の心地良さだけを感じるものでいられた。
 夜の闇はただ冷たいほどに暖かく、悲しみの涙はただただ辛い甘美を与えてくれた。
 泣き濡れた髪を乾かし溶かす自分の姿の中に、ただその視線を以ての存在の意識だけが此処には
 あった。
 自覚無き、私。
 私無き、私。
 そんなものは、無かったのね、お兄ちゃん。
 私は必ず、そこにあらゆるものを持って、居たのよね。
 
 次々と私の元を去っていった恋人達の背を見つめるうちに、いつしか彼らの瞳を真っ直ぐに見ることを
 覚えていた。
 ただただフラれたことの悲しみに沈む優しさに溺れる手前で、私はただ忘我の状態で私の前から去ろうと
 している男の子の顔を見つめていた。
 なにかある、と思ったからじゃない。
 気付いたら、私は彼らから目を逸らしてはいけないと思っていたから。
 気まぐれじゃない。
 確固として、それは強迫にも似た、切実な凝視だった。
 そうしたらね、お兄ちゃん。
 すぐに、わかっちゃったのよ。
 おかしいよね。
 お兄ちゃんを見てても全然わかんなかったのにね。
 お兄ちゃんがやったこと、全部、わかっちゃったんだ。
 ぞっとした、なんて表現を良く聞くけど、私はそうはならなかった。
 私はお兄ちゃんがやったことを確信していくたびに、ただただ無為にその確信をさらに深めていくことだけ
 を考え、またそうしていくことで薄れていくなにかをだけ、感じていたんだ。
 気付いたら、私、お兄ちゃんが絶対なにかするとわかってて、ボーイフレンドを作ったりした。
 あまつさえ、彼の情報をお兄ちゃんにわざと教えて反応を窺ってみたりもしていた。
 それはもう、本当は、そうやってお兄ちゃんが私に対してしていることを強く確信するためにしていた
 事なのかもしれない。
 私は・・・
 お兄ちゃんに私の彼を奪わせてみたかったのかもしれない。
 私はその事実を、ただ重ねていたかっただけなのかもしれない。
 私は・・・・・・・
 
 
 
 私は・・・お兄ちゃんのこと・・・・・・好きだから・・・・・・だから・・・
 
 
 
 だから、お兄ちゃんに私の事好きって言わせたかった。
 お兄ちゃんに求められている私をもっと感じたかった。
 うん。
 わかってる。
 それは嘘だって。
 そんな事、口が裂けたって言うわけない。
 でもね。
 でもね・・・・・
 
 
 それならなんで、私はお兄ちゃんを地獄に堕とそうとしたの?
 
 
 私は最初、というかかなり長いこと、お兄ちゃんは私が憎いんだと思ってた。
 お兄ちゃんは女装趣味があるのじゃなく、ただ心が女で、だから女として私と張り合うために私から彼氏
 を奪うんだって思ってた。
 私はだから、激しく怒りを覚えていた。
 お兄ちゃんのそれを女装趣味だの男のくせにだのと罵倒するのは簡単だったけれど、それは逆に本質的
 なところでの私の怒りをお兄ちゃんに伝えられないということは、どうしようも無くわかっていたから、だから
 私はただ兄が私の彼氏を奪い続けているということに対して、凄まじい怒りを抱いていった。
 お兄ちゃんがほんとに女ならそれでもいいよ、でもそれならなおのこと私の彼氏を奪ったということを謝っ
 てよ!
 ・・・・・。
 私は、そうやってなぜか冷静にお兄ちゃんを責めようとして、お兄ちゃんのあら探しをしている自分の姿を
 、なによりも冷たく見下げていた。
 それも、本質的なことじゃ無いじゃない。
 私は・・・・もっと・・・・もっと・・・・・・・本当に・・・・ぞっとしてることが・・・・・・・
 
 お兄ちゃんが私の彼氏を奪うのは、それが私と張り合うためなんかじゃなく、私のことを想ってのこと、
 いいえ、はっきり言うわ、私を愛してるからこそなのだからということを、私はわかっていた。
 私はだから必死に、兄に怒り兄を怨み、そしてその怨みは兄が私の彼氏を奪い続けているという事実
 に向けられていると思い続けていた。
 だからその怨みに応えて地獄少女が来てくれたとき、もの凄くほっとしたの。
 この怨みで、この怒りでお兄ちゃんをこの世から消し・・・・・・
 できなかったわ。
 ええ、当たり前すぎるほどに。
 だって。
 
 私はお兄ちゃんを怨んでいながら、そして愛してもいたんだから。
 
 お兄ちゃんの眼差しを感じてない訳が無い。
 お兄ちゃんは真実女なんだと、思い込める訳が無いじゃない。
 全身の血液が凍り付くほどに、そのお兄ちゃんの溶けるような熱い眼差しを感じないなんて、あり得ない。
 お兄ちゃん・・・・
 お兄ちゃんが男の人だってこと・・・・・・わからないわけないじゃない・・・・
 だから、あんなにさらりとただの妹であり続けたのに・・・・
 お兄ちゃんだって、自分の中に男があるのから逃げられないこと、わかってるでしょう?
 どんなに逃げたって、その逃げてる自分が男なんだから。
 それは私も同じこと。
 ひっそりと中身を無にしてただ感じる肌の輪郭だけを装っていたって、その肌が張り付いているのが、この
 紛れも無い女の体だってこと、わかってる。
 鏡の中に映った自分の姿がどうであろうと、それを見つめている瞳が女なんだもん。
 お兄ちゃんを見つめても、お兄ちゃんのことがわかんなかったのは、それは私が女だったから。
 私は無意識のうちに、お兄ちゃんが男の人であることを見ないようにしていた、薄情な女。
 社会的に許されない仲であるかどうかに関係無く、私はただもうお兄ちゃんを初めの初めから無視して
 た。
 それが、兄と妹。
 社会的に兄と妹の愛が許されていたとしても、兄と妹という関係自体が、既に私をお兄ちゃんから遠ざ
 けていた。
 好きだけど、それは愛とは違う。
 私は激しく迫るお兄ちゃんの視線に反応して、ただただその禁忌に踊らされて体の内を燃え上がらせて
 いただけ。
 私はだから、たとえどんな事があっても、お兄ちゃんの胸には飛び込めない。
 そうよ。
 そうよね。
 
 
 
 だから、もし、お兄ちゃんが、今度私の胸に飛び込んできたら。
 
 
 
 『お兄ちゃん・・・道に迷っちゃってるの・・・・』
 
 
 『ううん・・・そうじゃない・・・・』
 
 
 
 『もう私・・抗えない・・・・・きっと今のままではいられない・・・』
 
 
 
 なによりも熱くお兄ちゃんの眼差しを指先を求めて、私の体は荒れ狂う。
 熱く熱く私の肌を内より焼け焦がすものが、すべて私の外と内を入れ替えちゃう。
 ああ・・・駄目・・・・もう駄目・・・・
 助けて・・・・・
 誰か・・助けて・・・・・・
 怨みなんてないよ・・・・・
 怒りなんてないよ・・・・・・・
 助けて・・・・・
 変わりたく・・・ないよ・・・・・・・
 
 
 
 
 『助けて、地獄少女。』
 
 
 
 
 お兄ちゃんを、殺して。
 
 
 
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 ・・・・・・
 
 鏡に映った美しい女装をした男を凝視していたら、その瞳の中に真帆が居たのが見えた。
 お前は、一体この俺の姿をどう見るんだろう。
 この姿は真帆に見せてはいけないもの。
 本当は、この姿の下にある醜い姿を見せないための姿であったのに。
 俺は、どの俺を真帆に見せれば良かったのだろう。
 女でも男でも、俺は真帆の前に立っていてはいけなかったのだろうか。
 そうだな。
 俺が、妹を愛してしまったからなんだろうな。
 俺が妹を愛しさえしなければ、俺は男でいられ、女にならずにも済んだのに。
 でも。
 俺は、真帆を愛した。
 それをやめるなんて死ぬことよりも難しいことだ。
 俺は、そういう運命。
 その運命の下にある俺の生を終わらせずに、真帆を愛するのをやめることなんてできない。
 死ねば真帆を愛する自分を失える。
 そして。
 それはつまり、俺が真帆を愛するという事自体は、決してなくならないということだ。
 俺が生きているということはすなわち真帆を愛しているという事なのだから、俺が死ねばそれは変わると
 いう論理を導くが、しかし事実はそうはならない。
 というより、俺の生だけで無く、俺という存在そのものが真帆を愛するというものであり、その存在が無く
 なるということは、つまり真帆を愛していない俺というものも無いのだから。
 だから。
 死んだはずの俺が、地獄に堕ちている自分を感じているという存在がいま此処にこうしてあるのなら。
 
 
 嗚呼・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 『いずれ地獄で妹と逢えるときが来るかもな。』
 
 
 
 
 『これで・・真帆を傷つけなくて済む。』
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・・++
 
 衣装ケースに遺された、お兄ちゃんの女物の服を抱き締めた。
 私の全身に染み入るお兄ちゃんの香りが、私に私を激しく感じさせる。
 『こんなにいっぱい・・・・・』
 その目の前に広がる服の数だけ、お兄ちゃんが苦しんできたのを感じていく。
 お兄ちゃんが私のために、それでも私のために、その仮面を自分に押し被せてきたことを。
 そして。
 
 
 『お兄ちゃん・・・・・・お兄ちゃん・・お兄ちゃん・・・・・』
 
 それだけ、私のこと、愛してくれてたんだね。
 
 
 私を傷つけない愛と私を傷つける愛の香りが私を包んでく。
 私のためを思ってくれればくれるほどに、私を愛さずにはいられなかったのよね。
 それはそれぞれ決して同じものでは無いけれど、そこにそのふたつの思いを抱いて苦しんでいたひとりの
 人が居たのは確かなのよね。
 だから・・・・
 もし・・・その私を傷つけなくても済む世界にいけるとしたら・・・・
 もし・・・・傷つけられなくても済む世界に私が行けるとしたら・・・・・・
 
 私は・・・・・
 
 
 
 
 人として越えてはならない一線を越えた罪。
 そして。
 その一線の無い世界へと導く救い。
 
 
 地獄少女の真紅に凍ったその瞳が、私達を無事地獄へと送り届けてくれた。
 
 
 
 
 
 『すぐにそばにいくからね。』
 
 
 お兄ちゃん。
 でも私は、ほんとはすぐにはいけないよ。
 私はね、お兄ちゃん。
 お兄ちゃんの居ない残りの人生という地獄も歩かなくちゃいけないから。
 だって。
 
 
 おにいちゃんの愛を、ずっとずっと裏切り続けたのは、私なんだから。
 
 
 
 
 地獄で、待っててね、お兄ちゃん。
 
 
 
 
                                ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 

 

-- 061206--                    

 

         

                                   ■■ 血×体 ■■

     
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 震えてる。
 
 
 今から私が言おうとしていることに。
 手が、足が、全部、全部、震えてる。
 
 
 
 
 
 
 
 『あなたは私の敵です。』
 
 
 
 
 ◆
 
 
 私はただ幸せに生きたかった、なんて思ったことは一度も無かった。
 こうなってしまった今でさえ、それは変わらないことだった。
 どういう風にして生きたいか、などと考える前に、私はただここで生きていた。
 自分の姿を、人生を、そんなものを考えたことも、そして考えようと思ったことも無かった。
 なぜそんなことを考える必要があるのか、という問いさえそこにはないほどの、完全というにも馬鹿らしい
 ほどに、それはただそうでしかなかった。
 私がヤクザの娘で、私が跡を継がなければ組の多くの人たちが路頭に迷う。
 その事実を目の前にして、真実私がなにを考えたのか、正直私にはわからない。
 私が鷲峰雪緒であるということの事実が、ただただ私にもたらしてくるものに動かされて、ただただこの
 鼓動を感じていただけだった。
 この体の中に灯った熱情が、一体なにを動かしていたのか。
 ただ呆然と、私はそうして動かされていく私の体を感じていた。
 見上げた夜空に浮かぶ白い白い雪を、ただただ待っていた。
 
 『私は、普通に生きたかった。』
 
 岡島さんを目の前にして、私は今度はそう言った。
 その言葉に晒されたこの体の中に、また再び熱い血潮が駆け巡った。
 ごくごく平凡だった日々、組長の娘であるという事実を極力知らずに生きていくことができた日常、
 そうして暖かく優しく咲き誇っていた写真の中の私の笑顔が、その力を無限に開放していった。
 私は岡島さんを呪った。
 本心では無い。あるはずも無い。
 ただ、呪わねばならなかったから。
 私はただ普通に生きたかっただけなのに、それなのにこうして組長の跡目を継いだ身として、この暗い
 夜の中に生きていかなければならなくなったのを、それを真っ直ぐにそうしてはいけないと叫ぶ岡島さんを
 呪わねば、私は。
 私は、この夜の中に生きていくことなどできはしないのだから。
 悔しかった。
 なによりも。なによりも。
 
 
 
 岡島さんを呪わねばいけないことが。
 
 
 
 岡島さんの前で激昂する私が居た。
 私が岡島さんの翳す正論を否定するために必要な根拠をすべて掘り出して、懸命に懸命に、本当に
 全霊を以て岡島さんに向けて叫んでいた。
 だって、誰も助けてはくれなかったじゃないですか! と。
 銀さんのために、組のみなさんのために、その人たちが助かるのなら、私が全部背負う。
 そしてもしそれが私にしかできないことなのなら、私が背負わなくてはいけないのだと。
 岡島さんはそういうのを全部無視して、ただただ私を助けてあげる、私を守ってあげる、私を元の普通の
 生活に戻してくれると言う。
 
 『じゃあ私を助けてください! 鷲峰組を! 銀さんを! 組員のみなさんを!!』
 
 できるわけない。
 それをわかっていて、私は言った。言わねばならなかった。
 なぜなら、あの人たちを助けられるのは、私しかいないのだから。
 そう思わねば、私があの人達を助けるために動ける訳ないじゃない。
 岡島さんはただ自分の足場が無いから、そうやって好き放題言えるだけなんです。
 ただ頭の中で考えた言葉だけで、その言葉とのお遊戯の中だけで生きていけるから、そんな簡単に
 言えるんです。
 岡島さんは、ただ自分から夜の世界に飛び込んでいきながら、それでいてそこに足場を築く訳でも無く
 、ただふらふらとしたい放題言いたい放題なだけなのよ。
 岡島さんは、こうして夜に堕ちていく、あなたの故郷のごく普通の女子高生の姿を失いたくないから、
 あなたの中の逃げ場を失いたくなかったから、だから私を助けるだなんて言ってるんでしょ。
 岡島さんは、私を助けたいなんて思ってない!
 そして助けられもしない!
 だったら、もうこれ以上私に関わらないで!
 私の前に、その姿を見せないで!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 『わかってます。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 それは。
 それは全部、私のことだって。
 私は、覚悟することでしか、この私の姿を捉えることができなかったんです。
 私はああして、岡島さんと共に、今の自分の中にあるすべてを捨て去りたかっただけなんです。
 どうしようも無くて。もう、ほんとうに逃げ出したくて。
 迷うのは駄目だ、ただただ夜を生きなくちゃ駄目だ、その覚悟を固めるためだけに、私は岡島さんの姿を
 した私の可能性と、そして私にとっての私という私が追うべき責任対象を捨てたかったんです。
 私にとって岡島さんがどういう人かなんて、そもそも関係無いんです。
 岡島さんがどういう人であろうと、それを非難することに意味は無いんです。
 なのに私は、叫んだ。必死に叫んだ。
 全部。
 そう、全部、岡島さんのせいにしたかったから。
 私の中のすべての可能性と、普通の姿をした私のせいにしたかったから。
 私は、私を捨てた。
 捨てることでしか、この目の前にあらわれたものに対する覚悟を醸成することはできなかったんです。
 私は・・・・わたしは・・・・・・・・・
 
 
 そうとしかできない自分が、悔しくて堪らなかったんです。
 
 
 なんで・・・・
 私は・・私のことなんて、考えたことなかったのに。
 岡島さんの言うことのすべてが正しいと思っているのに、それなのにそれを達成できない私の存在に出会
 った途端、その不出来な私を肯定することで頭が一杯になって、その岡島さんの言葉を否定するしか
 できないなんて。
 悔しい・・・・・
 悔しい・・・・悔しい・・・・・・・・・・・・・悔しい・・・っ・・・
 
 そう。
 岡島さんの言うとおり、私は自分で賽子を振ったんじゃない。
 振らされただけなのでしょう。
 でも。
 だから私は、自分で振ったのだと思うことしかできないじゃないですか!
 私はただそうやって全部抱き締めてその中で生きるしかないんです。
 でも。
 私はその賽子を自分で振ったのだとしても、それを振るということは決められたことなんです。
 ええ、わかってます、岡島さん。
 わかってて、言ってます。
 私は、とてつも無く弱い人間です。
 自分でこれが正しいってわかっているのに、それが実行できないことを知るやいなや、それを実行せずに
 済む理由と、そしてそれがもはや正しいことでは無いことを証明することに必死になってしまう女なんです。
 駄目なんです。
 私ほんと、頭でっかちだったから、こういうことに慣れてなくて。
 本当に苦しいときに直面したときに、ただただその直面したことに真っ直ぐに反応することしかできないん
 です。
 本当に・・・・
 ほんとう・・・・・に・・・・・・・・・
 
 
 
 岡島さん・・・・・・・・・悔しいです・・・・・・・・
 
 
 
 私が求めていた普通の生活って、なんなのでしょう。
 私はそれをなんのために、今こうして求めようとしているんでしょう。
 本当はずっと、そんなもの求めたりしたことは無かったのに。
 私がもうずっと普通な生活をしていて、それが今奪われようとしているから、求めるようになったのでしょうか
 。
 私は・・・・自分が思っていたよりも、もっとずっと愚かな人間だったのかもしれません。
 奪われたから、求めるのですか?
 奪われなかったら、求めないのですか?
 私は既にきっと、完全に満たされた状態でいて、ただその均衡を崩さないためだけに生きていたのです。
 私が哲学や文学や思想の本を読んで色々と考えるのも、ただその安定を維持していたかっただけな
 のです。
 そして今、こうしてその安定が壊れようとしているときには、すべてをかけてそれを元に戻そうとしている。
 それが、私なんです。
 或いは、それは私の体なのです。
 地に足がついてないどころか、私は最初からその無限に広がる大地そのものにしか過ぎなかったのです。
 
 
 
 『私は普通に生きたかった。普通に生きることを望まなかったあなたと同じところにいるはずなのに。』
 
 『わかってます。でも悔しいんです。どうしてもそれが悔しくて堪らない。』
 
 
 
 『だから私、あなたが嫌いです。』
 
 
 
 
 
 
 ◆◆
 
 
 散々、岡島さんの前で泣いた。
 まるで、一番大切なものを守れないことを謝るようにして。
 そしてその謝罪は、痛烈で必死な岡島さんへの非難となって顕れた。
 じっと、それを見ている私がいた。
 ああ。
 みっともない。情けない。
 要するに、泣き落としで自分の怠慢を認めさせようとしてるだけでしょ。
 切れた唇の端から流れ込む血の錆臭い匂いを感じながら、私はひとり呟いた。
 舐めるようにして私の内側を這いずり回る、あの穏やかで普通な日々への憧憬が、今にもこの肌を突き
 破って弾け出てきそうな快感を感じている。
 ああ。
 気持ち、いい。
 体にまとわりつくその血泥が、一体どこからやってきたのかを感じずにいられるなんて。
 肌の外側から懸命に血潮の暴走を止めようとするたびに、ふとこの手を離して弾け飛んでしまいたい
 気持ちになる。
 抑えようとすれば抑えようとするほど、その力は溢れてくる。
 ただただ、目の前の夜に従属して。
 その下で、ただなにもみずに、自分の存在も信条も感じずに、ただただ真っ直ぐに生きていたかった。
 それが、至高の安定をもたらすのだと、この凄艶な私の肉体はその流れる血の存在をちらつかせて
 私を脅迫する。
 それを、私はみてる。
 それをみてる、私がいる。
 目の前の、岡島さんと並んで。
 
 やめて。
 
   やめて。

 
      わかってるから。


 
          わかってますから!
 
 
 
 
 

 『違う! 君は選ばざるを得なかったんだ!』

『そいつを見誤ったら、君は余計なものを背負って生きなければならなくなるんだぞ!!』

 
 
 
 
 私はその岡島さんの言葉に、あなたはどちらつかずの夕闇の中にいるからそんな事が言えると答えた。
 関係ない。
 岡島さんなんて関係ない。
 私にとって、真に重要なことは。
 私が、どうするかということだけ。
 私が父の跡を継がなければ銀さん達が辛い目に合うから、仕方ない?
 そうすることが、みんなが助かるんなら、そうするしか無いじゃない?
 私がそうするって決めたんだから、と泣きながら叫んで?
 みえみえなのよ。
 私は。
 そういったことをすべて否定してまで、本当に私自身が、私の体に囚われていない私自身が求めている
 ものが無いから、そうとしか言えなかっただけじゃない!
 なによ、とってつけたように、私は普通の生活を送りたかっただなんて。
 それはただなにも起きて欲しくは無かったってだけでしょ。
 銀さんも組のみなさんも全部捨てて、それでも普通な生活を送りたいとは口が裂けても言えないという
 ほどに、私は銀さんやみなさんのことを思ってたんじゃない。
 私は・・・・
 私は・・・・・・・
 
 
 ただただ、なにも求めるものの無い自分で居ることも、そこから逃げ出すこともできなかっただけなのよ!
 
 
 銀さんも組のみなさんも全部捨てて、それでも普通な生活を送りたいと口が裂けても言えなかったのは、
 そうするしかなかったから。
 そして、そういうことを言えないようにしたのは。
 私自身。
 私は、鷲峰組の存在に寄りかかって、それ以外のものを見たり考えたりすることを徹底的に怠けてきた
 のよ。
 私は、悲劇のヒロインの皮を無理矢理被せられる、真のヒロインでいたかっただけなのよ。
 ヤクザの娘という不遇にありながら、それを極力感じずに済む生活をさせて貰って、でも当然そういった
 配慮をしてくれた人達の存在が私をより強くその不遇に身を置かせ、そしてその配慮の大元が消え
 たからそれを口実として、それを最大の不幸として私の背に自ら負わせる不遇なヒロインに居場所を求
 めたんです。
 そんなこと、わかってます。
 そして、わかっているからこそ、わかっているわけにはいかなかった。
 必死に、それこそ本当に必死に、ただただそのヒロインと合一しようとしていたんですから。
 自分のことを悲劇のヒロインだなんて思っている者が、悲劇のヒロインになれるわけないのですから。
 それしかないと、そうするしかなかったと、私が言うことの責だけは放り出して。
 岡島さんを論破することに真摯になれたのは、それだけ私が必死だったということ。
 たじろぐ岡島さんの顔を見て、ふっと落ち着いていくはずの私を感じたかったんです。
 
 
 不毛、ですよね。
 
 
 そして、そんなことで絶対に落ち着きなど得られないことを、私は初めから知っています。
 岡島さんが私を助けることができないから、私を助けてくれるものなんていないから、じゃあ仕方ない、
 私はこの夜の道を覚悟を決めて歩きましょうと、ほくそ笑みながら囁く声だけが私の耳には届きます。
 まるわかりですよ。
 馬鹿みたい。
 その声の示す私の姿に、私なんでどこにもないじゃない。
 主体的生に満ちた、私の存在の欠片も無いじゃない。
 誰も助けてくれないから?
 岡島さんの言葉は無力だから?
 だからなんだっていうのよ。
 全部そのせいにしてるだけじゃない。
 私が、私こそがどうするかを投げ出して。
 なんで。
 なんで私。
 銀さんとみなさんを置いて、飛び出さなかったの?
 いえ、それよりも。
 なんで私は父の元から、あの家から飛び立たなかったの?
 銀さんやみなさんや父に辛い思いをさせたくなかったから、という言葉のせいにして、私はそのことをずっと
 ずっと無視してきた。
 私はみんなのためを思ってたんじゃない。
 私はただ、みんなを傷つけるのが怖かっただけなのよ!
 私が語った岡島さんの姿とおんなじよ。
 傷つけてでも生きようという、私としての生の自覚が決定的に私には無かったんです。
 私は、ヤクザの娘という肉体の意識にかまけて、その意識を見つめそして動かしていくべき主体としての
 意識を持っていなかったのです。
 ヤクザの娘としての自覚が無いのは問題外。
 そしてヤクザの娘としての自覚しか無いのは大問題。
 ヤクザの娘として、それでもそれを越えた自分の可能性を認めそれを求め、そしてその境地から、
 改めてあの家に、あの組に戻ってくるということをしなかった。
 私は、そういう私として、あの人達を愛することをしなかったんです。
 私は、私がヤクザの娘であるから跡を継ぐんじゃない。
 私は、私がそうしたいと思ったから跡を継ぐんです。
 そのとき初めて、私は「ヤクザの娘」になるのだと思う。
 私はその「ヤクザの娘」を名乗るには、まだ全然世界を知らなさ過ぎる。
 私は鷲峰組十四代総代を継承するには、もう致命的なくらいにその資格が無い。
 私思うんです。
 もし今まだ父が居たら。
 絶対に私に跡を継がせようだなんてしないと。
 むしろ私が継ぎたいなどと言ったら、張り倒されるかもしれません。
 
 
 ええ・・・
 
 わかってるんです・・・・岡島さん・・・・・・
 
 私は・・・・・・・
 
 
 
 
 ◆◆◆
 
 
 板東さんは、自ら死にに行ったんです。
 なんのために・・・
 私にはほんとうのところ、よくわかりません。
 でも、無駄死にでは無いことだけはわかります。
 板東さんの死が守ったものがなんであるのか、それを本当に知っているのは、私だけだと。
 板東さん・・・
 私は・・・いえ・・・・・私たちはあなたの死を・・・・・利用することが・・・できます・・・・
 あなたの死を理由にして、みんな自分たちの在り方を決めることができるんです・・・・・
 私は・・・・・
 あなたの死で・・・みんなが結束できることも・・・・・
 そして・・・・・みんなを解き放つことができることも・・・・・・わかってたんです・・・・
 父も・・・・銀さんも・・・・板東さんも・・・・・本当は・・・・・
 私だけは・・・・・巻き込まないと・・・・・・・・巻き込んではいけないと・・・・・・・
 
 私はそれを、踏みにじった。
 私、なにやってんでしょうね、ほんとに。
 あの雪降る庭で、銀さんのあのほんのり嬉しさの灯った顔がみたかっただけなのよね。
 ごめんなさい。
 ごめんね、銀さん。
 私は、ただ自分の不遇な人生を覚悟することしかない、そういうみっともない人間の逃げ場として
 あなたの目の前に立ってしまったんです。
 『選んだと思わなければ、覚悟なんてできません。』
 そう。
 私は自分で選んで銀さんの前に立ったんです。
 あなたと、板東さんと、父と、その他の私を見守ってくれた人達の想いを裏切り、そして逃げ出してきて。
 銀次さん。
 あなたもわかっているはずです。
 今の私には、あなたの前に立つ資格が無いということを。
 この夜の世界は、私みたいな子供が歩いてよい場所ではないと。
 
 わかりますよね? 岡島さん。
 それは、私達平和で幸福な、まるで普通を絵に描いたような国・日本に生まれた者の宿命だと。
 
 私たちは、普通にならなくちゃいけないんです。
 私たちはどんなに辛くても過酷でも、普通な幸福な世界の中で生きられないのなら、それはすべて
 自分達のせいだと自覚せずにはいられないということを。
 この世界には、日本など比較にならないほどに凄惨な地獄を有する国が多く存在し、そしてその中では
 子供ですら必死にそこに存在しようとしている。
 そしてこの国では、この日本では、子供はみんな当たり前の平和な生活を送らなければいけないし、
 そしてそれが当たり前な事としてあるんです。
 それは、地獄のような国の中でそれでも必死に生きているのと、同じことなんです。
 私達も、必死にこの国の中で生きなければいけないのです。
 そう、この国は平和で普通で幸福な国です。
 だから、平和に普通に幸福に生きなければならないのです。
 それを目指して、そうならなければいけないと、そうならないのは自分の怠慢だと、そう思い掛けて。
 だから。
 岡島さん。
 あなたも、わかりますよね。
 日本で育ち、日本に生きてきた私達は、その地獄のような世界で生きる人達と同じところに居てはいけ
 ないのだと。
 それは、その地獄の中に生きる人達が死んではいけないのと同じ理由です。
 私達は私達のこの場所で生きていかなくてはいけないのです。
 私は・・・・・・
 確かに・・・ヤクザの娘です。
 そして親の跡目を継がねばならない位置に立っています。
 でも。
 
 私は、その地獄に甘んじて、その中で生きるわけにはいかないのです。
 
 私は、私の知っている普通は幸せは、その地獄には無いのですから。
 あのロシアの人達や、そして岡島さんのお連れの方達の住む世界ではその地獄に生きるのが当たり前
 なのでしょうし、それがあの人達の流儀なのでしょう。
 でも。
 ここは、日本なんです。
 そして私は日本で育った日本人なのです。
 私には日本に平然と広がる平和と普通と幸せを良く知っていて、その中で生きるのが当たり前で、
 そしてそれが私の流儀なのです。
 そして。
 今の私は、いえずっと私は、その平和で普通な幸せを心底求めて生きたことは無かったのです。
 ただ薄く垂れ込める闇に寄り添われて、なんとなくの不安を紛らわせるためだけに、ただ生きて。
 私は、だからその当たり前な、日本に生きるものとしての生すら掴むことをしなかったのです。
 それをすらしない、できなかった人間が、どうしてその世界とは違う世界の地を踏み締めて立つことが
 できましょうか。
 
 悔しいです。
 悔しいんです、銀次さん。
 
 どうして私、それでもまだ、此処から立ち上がれないんですか。
 
 
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 
 本当は私、生まれたときからずっと、父の跡を継ぎたかったんです。
 みんなのために・・・・・・・・・・・・銀次さんのために・・・・・・なりたかった・・・・
 だから・・・私は・・・・
 ただ・・・・父の跡を継ぐために・・・・普通な生活を諦めるために・・・・普通な生活を求めようと・・・
 だから・・・
 だから・・・・・・その一途な自分の本当の想いが・・・・・・不安で・・・・・怖くて・・・・・
 飽きるほどに普通な生活を極めれば、本当にもう真っ直ぐに父やみんなのところに飛び込めるのだと・・
 私は・・・・
 そう・・・・思って・・・・・いたんだと・・・・
 
 でも、そうだからこそ、私は普通な生活を求めることができなかったんです。
 私は立派な日本の堅気の社会人になって、そしてその位置からこの家に戻ろうとしてたんです。
 つまり私にとって、この歩みの、この道の先にあるのがただの折り返し地点でしか無いことに気付いて
 いたんです。
 本気になれるわけ・・・・・無いじゃない・・
 私がどんなに一生懸命平和に生きたって、それは全部ヤクザの娘に持っていかれてしまうんだから・・
 その葛藤が、いえ、葛藤なんて言いたくない、そのただの停滞がずっとずっと私を・・・・・・
 私はただずっと・・・・
 
 
 ずっと、ここに立ち止まって居ただけなんです。
 
 
 岡島さん・・・・
 あなたを責めれば責めるほどに、私は・・・・
 私自身がどんどんと追い詰められていくのを感じています・・・・
 私はそれなのにもう、あなたを責めることしかできないんです・・・・・
 それが悔しくて・・・悔しくて・・・・・それ以外のどんな感情にも染まれなくて・・・・・・・
 岡島さんに責められることよりも、岡島さんを責めることの方が辛いなんて・・・・・
 
 
 ああ・・・・・
 
 嗚呼・・・・・・・・・
 
 
 私はもう・・・・・・ほんとうに・・・・・・普通の世界には・・・・戻れないの・・・・・?
 
 
 私の中でかすかに生き延びている自己批判の心を敏感に感じ取りながらも、その心が死へと向かって
 いるのを感じています。
 岡島さんを責めて感じる苦痛が、やがて薄れていくのを感じるためだけに、もはやその苦痛が生き延びて
 いるのがわかってしまうんです。
 
 
 銀さん・・・
 
 
 
 銀さん・・・・・・・
 
 
 
 
 
 それでもこの私の、この背中を守ってくれる理由は・・・・なんなのですか・・・?
 
 
 
 
 
 
 
 その答えを待っている、永遠に続く短い夜明け前の中で、私はまだ泣いていた。
 
 
 
 
 
 
 
                           ◆ 『』内文章、アニメ「BLACK LAGOON」より引用 ◆
 

 

-- 061204--                    

 

         

                           ■■黒のち晴れの方向に反逆■■

     
 
 
 
 
 はい、最近全然日記のタイトルを真面目に考えていない紅い瞳です、ごきげんよう。
 もう12月ですね。
 時候の挨拶を考えるまでもなく、しっかり12月ですね。
 それがあれだ、次あたりに気付くのはもうきっと年末。
 もう年末かよ! とか静かにツッコミ入れてるうちに除夜の鐘がゴーンで終了です。
 あ、ちなみにクリスマスには途中停車致しませんのでご注意ください。
 そんな感じで時間の経つのが早すぎて、もうなんか全然駄目駄目な私ですけれど、まぁ適当に残り
 一ヶ月ほどとなった今年を生き延びていこうと思います。
 時間よ、止まれ。 (台無し)
 
 さて。
 えーと、あれだ。
 ノワールとか見てます。アニメの。再放送で。
 やー、何年ぶり? 4年? 5年? すごい昔な気がしますけど。
 私にとってのアニメの原点のひとつみたいな作品なので、まぁ、思い入れがあるようなないようなすっかり
 忘れてるような、えっとあやうく主人公の子の名前を忘れかけてるような、そう霧香ですよね霧香、忘れ
 るわけないじゃないですかあはは、とか、もうそんなギリギリな感じでみてました。割と疲れました。
 で、はぁ、そうですね。感想ですか。うん、感想ね。
 あれ? ノワールってこんな謎だったっけ? (第一印象)
 つーかぜんっぜんわかんなかった。
 え、なに、これ、え、え、なにどういうことこれ? みたいな。
 謎でした。謎。なにこの謎。どうしても謎。
 んー。
 いや、えっと、あれを見た当時の私は一体どうやってあれを受け取ったのだろうか、とかむしろ興味津々。
 ていうかね、まぁ、ちゃんと言うけどさ。
 ええとね、謎っていうか、要するに意味深なセリフとかシーンとかの数珠繋ぎで出来てるみたいな感じで
 さ、よく見ると別に意味のあることなんもやってなくて、むしろそのはったりと同質な「謎」が主体としてある
 ような感じで、今そうして考えると、つまりあの頃はこれにすっかりやられたんだろうなぁとか、むしろ煙草を
 ふかしながらのほほんと若気の至りににんまりとするっていうか。うわ、ダサ。
 いやさ、でもさ、それは逆に今の私がいいのか悪いのかわかんないけど、あの当時のような素な感覚を
 失ってるってことでもあってさ。
 あの頃の、その「謎」の向こうにある「意味」に振り回されるんじゃなく、わからないという「謎」そのものに
 翻弄されるっていう、そういうこう、なんていうの、ががーんとびっくりくるようなエネルギーが無くなっちゃって
 るのかもしれないんだよね、今の私って。
 だってノワールみるたんびに、わかんないわかんない言って、それなのにそれはわかろうとするためのわか
 んないじゃなくて、ただそこにわかるものが描かれていないことに対する非難としての「わからない」の
 連発でさ、それって私が絶対なっちゃいけないって心掛けてきた状態じゃん! とか、気付いた。
 あー、今まで色々アニメみて感想書いてきて、そうしてることのうちには気付かなかったけど、ほとんど
 原点的な位置にあるノワールのあのエネルギーに照らされると、こんなにはっきりしちゃんだなーって。
 
 えっとね、プチ感動中。ていうか反省中。
 感動しながら、反省してる。シュール。
 
 謎は謎として完結するもんじゃ決してない、という存在そのものとして、単一にそこに広がってる。
 謎っていうのは、わかるというその次に控える理解を含んでる。
 だから、謎を謎として、わからないものとしてしっかり受け取れば受け取るほど、逆にそれはその次に自動
 的に広がっていく、そのなにか「わかるもの」を描き出していくのだよねぇ。
 だから、謎をわからないものとしてわからないままのものとして頑なに受け取れば、逆にそれはその「謎」と
 しての本質を見誤ることになるのだろうね。
 だから、最初から「わかる」ものっていうか意味を求めて謎にぶつかってったって駄目なわけで、なんだか
 知らないけど訳わかんない謎っぽいものにブチ当たって、わー全然わかんないぞなにこれなにこれ、あ、で
 もこれってもしかしてこういうことなんじゃ、あ、あ、そうかもそうかも、ってそういう感じで、むしろそういった
 訳のわかんなさに引っ張り上げられる感じで、色々わかっていくのだじゃないかなやっぱり。
 つーか、わかるものをわかったって仕方ないっていうか、わからないからわかるんじゃね?
 
 そう。
 私にとってのアニメを見るということの原点ていうか、アニメを見ることにおいて一番要にあることは、
 そういったなにか訳わかんないものに突然晒されて、そうしたときに一体この馬鹿な私はどういった反応を
 示すのだろうか、ということなのですじゃ。じゃってなんだじゃって。
 ま、ぶっちゃけ、そもそもそういったアニメに出会うことは稀なので、そればっかりを指針にしてたらアニメファ
 ンなんてその日のうちに開店休業を迎えるみたいなものなので、まー言い方は悪いけれど、自分的には
 大体意味を掴んでるものに、敢えて「謎」を打ち込んで、そこから展開していくという作法を以てアニメを
 読み解いていくのを自分的王道としてたんですよ。
 あとはわかんない、っていうかなんかあるんだけど私の知らないとてつもなく凄いものに晒されて、ほげー
 って感じで間抜け面した有様を書き綴る、みたいなふうにしたアニメもありますけどね。
 蟲師とかカレイドとかそうよ。
 つかまぁ、そうやって大体意味掴んでるってったって、それはいわゆる正攻法的文法的に読み込んだ場
 合のものなので、それで終わらせられるようなら、そもそもわたしはアニメなんか興味無いし、そもそも
 小説とかの方が何倍も充実してるんだからそっちオンリーなはずな訳だし。
 アニメが国語の問題を解くようにして楽しむものなら、私は最初から小説読むって話。
 で、なにが言いたかったのかな、あれ、わかんなくなってきたぞ、ええと、なんだっけ?
 あ、そうそう、あれだ。それだ。これだ。
 つまりね、そうやって一見単純なお話なんだけど、それをただの「お話」として読まずにそれ自体が示す
 なにかを読み込み、またそしてその読み込んだものを作品に還元して改めて読み直したものを元手に
 して、一体あなたはなにを考えますか、というようなアニメとの接し方を通してきていたんだけど、それは
 確かに私的に有意義なものではあったのだけれど、長らくそうしていると、ノワールような真に謎なものと
 出会ったときに、その「謎」をただ「意味の無いもの」というものとしてか受け入れられずに、素通りして
 いってしまうんじゃないかって。
 それは一個の作品だけじゃなく、作品の一部に、真に謎な部分があるときにも、それを既知のものとして
 捉えていることもあるということ。
 
 つまり、「わからないもの」ということから始める自分が無い、ということ。
 
 ノワールを見て、そうだよなぁ、って感じでした。
 もっとこう、わからなさというか、わかろうという切実感の籠もった手探り感みたいなのをさ、感じたい。
 それは、「既にわかっている」自分を、より鮮やかに描く一助となると思うんですよね。
 うん、そんな感じ。
 なんかわかんないけど。
 
 
 ◆
 
 はい。
 強制的に、次はハルヒです。今日は晴れてたから。晴れ晴れ愉快だから。ハルヒです。
 ということで、先日上書き用ビデオテープを早送りしたり巻き戻ししてたりしたら、なんだか知らないけど
 ハルヒこと「鈴宮ハルヒの憂鬱」の最終話のみががっつり残っておりまして。
 他の回は全部上書きされてたのを儚んで、最後の一話だけは遺しておこうと、そういうなんとも言えない
 感慨に耽る当時の私を汚いものを見るかのように思い返しながら、やっぱり見てましたハルヒを。いぇー。
 懐かしいー、とか思えないくらいの、この臨場感。うわ、きたこれ。
 やー、放送当時自分で絶賛しといて、結局ロクな感想書かないで終わらせてしまった前科がそうさせる
 のか、いやもう、ぐぐっと引き込まれる面白さがもう面白くて面白くて死にそうになりました。
 ほんと感想書かなくてごめんなさい。生まれてきてごめんなさい。
 と、なぜか妙に卑屈な態度を示しつつも限りなくそんなことはどうでもいいので、やっぱりハルヒみてました。
 面白い。
 まー、確かに当時、っていうか今もいわゆるネットにおけるハルヒ熱は盛んで大変ですけど、その内実
 に見られる面白さもあることはありますし、逆にああいった作りや演出としての面白さが無ければ、それは
 ハルヒであってハルヒでは無いのではあるのですけど。無論萌えもね。
 ただ、その面ではしゃぎすぎると、その他の部分に目がいかなくなってしまうきらいがありましたので、
 当時も今も変わらず私的にはギャグ的なところでしかそういう盛り上がりはしませんでしたけど。
 とはいえ、ならばおまえはハルヒのなにを語るんじゃい、と言われると、実は、えーと、なんだろ?って話
 になるのでして。
 いや、はっきりとした形としてあるんですけど、それが私の中であまりにも完結してしまっているので、
 どうにも語るという形でそれを示すことができないのですよね。
 んー、やっぱあの最終回が私が感じた凄さの最もすべてが凝縮してると思うんですけどね。
 ていうか、なんかわかんないかな? あの最終回見た人は。
 そう、あの演出かや今までのギャグなり萌えなり、そういったものがすべてきっかり整合性と連関性を以て
 築いてきた涼宮ハルヒの憂鬱という凄まじい歴史が作り上げた、まさに芸術的なあの最終回という
 重厚な世界の中で、ハルヒとキョンは一体なにしてたっけ?
 なんかもう、それだけ言えば、それが私の答えみたいな感じです。いやまじで。
 ね? だから語れないでしょ? (理由になるかぼけ)
 あのアニメのスタイルが、あのアニメがアニメとしてのすべてを使って織り込んだ、そういった「世界」として
 あった「アニメ」の中に、ふたりの人が居る。
 そのアニメと人は決して切り離せず、たぶんそのふたつが同時にあったからこそ、あの最終回のもの凄い
 (ノワールのとこで言ったのと同じような)エネルギーが爆発したんだと思う。ていうかぶっ飛んだし私。
 ハルヒすげーハルヒすげーハルヒ超すげー。
 つかまぁ、だからそのアニメと人の、その人のことを語れよ、とか言いますか。
 え、だって、もう、ハルヒ終わったじゃん? (しれっと)
 
 (話を逸らして)そういえばこの間のメディア芸術祭でもハルヒ上位に入ってたものねぇ。
 一応私もアニメとしてはハルヒは奇跡以外のなにものでも無い作品(出来、とは言いません)だったと
 思ってたので、そんな感じがしましたけど。
 つまりあれは文章だけだったら全然なのかもしれないってこと。今度読んでみよっと原作。
 まーあの順位は絶対ネットの組織票みたいなとこなんだろーけどね。
 そんな感じで、ハルヒは二期制作の噂が絶えませんけど、噂としてのアイデンティティを確立するまえに、
 是非続編放送が始まって欲しいと願う紅い瞳でした。
 もしくはキッズで再放送希望。今度は録画して保存します。絶対。
 感想は、書きません。 (爽やかに)
 
 
 ◆
 
 戦国無双2Empires略してエンパは、やりすぎによる飽きを防ぐための自粛中につき。
 ちょっと先生、やりすぎた。
 
 
 ◆
 
 さて、せっかくですので、なにがせっかくなのかわかる気もおきませんけど、今日はアニメのお話で
 全部まとめてしまいましょう。
 あー、今週っていうか先週っていうか実は先々週なんだけど。
 あさっての方向で号泣しました。ていうか、泣き死ぬかと思った。
 ああいうの駄目。駄目。死ぬる。泣けて泣けて。
 実の兄じゃない兄の幸せを邪魔しないために家を出て、でも体は大人でも心は子供で履歴書にふつー
 に12才とか書いちゃうほどてんで駄目で、もうまったく貧乏貧困真っ盛りコースで、夜は公園の滑り台
 の下に宿をとって、そして幼い頃からまだ見ぬ年の離れた兄の写真を両親とじっと笑顔でみつめながら
 の生活が、実は自分はほんとの娘じゃなかったという両親の話を聞いてしまい、それを決して両親に
 否定されることなくがばっとその抱擁とともに認めさせられて、そして今まで以上に両親に可愛がられてい
 くことの不安と喜びと悲しみによって、まるで途切れることの無い永遠なものとしてその主体性を奪われて
 いった日常。そしてその日常でさえ両親の突然の死という形で終わらされてしまい、参列者の帰った家
 にひとり取り残されたその子の前に顕れた、その写真の中だけの、そしてだからこそその永遠性が元から
 あるという主体性たる兄のその現実の体によるその冷たい抱擁が、なによりも強く強くその子に自身の
 存在を感じさせていく。泣いて泣いて、そして、泣いて。その涙の中から芽生えた希望としての生が脈々
 と密やかながらも逞しく営まれていくことの歓喜。子供らしくそれでいて強く強く生きたいと、そう考えて
 切実ながらもその背中を兄に優しく守られていることの安堵が、その子を強く生きさせる。その果てに
 みた、自らの存在による兄自身の不幸せ。
 
 ああ、駄目だ。駄目です。ああもう、なんだよこれ。
 
 ごめん。ほんと泣いた。ていうか泣いて終わった。
 あさって最高。あさっての方向最高。
 そんな感じでした。 ていうかもっかい見よっと。
 
 
 あとはそうですねぇ、武装錬金とか変態とかパピヨンとかありましたけどね。
 あーあと今週ていうか先週のNANAはしっかり録画できましたはははさっぱり話が見えねぇ!
 えっと、ナナはなんであんなダメージ受けてんの? 
 まぁいいや。まぁいいのか。いいよね。
 あとは、ああそうだ、この間キッズでだけどちょこっとギアスみたよコードギアス。
 んんー、そうきたかって感じでした。
 え、流行ってんのああいうの、デスノみたいな感じの。
 「反逆」ってワードがもう痛々しいほどに美しくめり込んでて、ああ青春やなぁとか詠嘆するところの手前で
 、なんかこう、がくんとやられるっていうか、なんていうか。
 なんていうか、あー、なんか、これ、理解したいなわかりたいな感じたいな、って正直思った。
 主人公のルルーシュ以外にはてんで見所なんて無かったけど、でも逆にあのルルーシュの滅茶苦茶
 透き通った怒りみたいなのを、もっと深く感じて、そしてなんか書いてみたいって思ったよ。
 デスノの夜神月には全然魅力感じないけど、こっちのルルーシュは嫌いと好きの境界線上から、もの凄
 い勢いで好きの方角にぶっ飛んできそうな、そういうあぶなっかしさというかハラハラな感じがする。
 んー。
 自分的に、かなーり意外なんだけどさ。
 ああいうキャラは、可愛いといえば可愛いんだけどさ、それとはちょっと違う感覚もまた、確かにしてるん
 だよね。
 まさか私も反gy(以下削除)。
 つまらないことを申しました。
 
 
 というあたりで、今日は終わりとしましょう。
 変態の話は、寝覚めが悪くなりそうなので、今日は全力でよしときます。
 では、ごきげんよう。
 
 
 
 

 

-- 061202--                    

 

         

                               ■■ 仕方のない地獄 ■■

     
 
 
 
 
 『そう・・・あなたはわかってくれたのね。』
 

                         〜地獄少女 二籠 ・第八話・翔子の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 夜空よりも高く上がる月を見上げて朝を思う。
 その思いに耽ることの悲しみを感じているときほど悲しいときは無い。
 なぜ月など見上げねばならないのだろうと、なぜこんな感傷的にならねばならないのだろうと、そのどんど
 んと私の中から沸き上がる思いに吹き上げられるようにして上昇していくその月の影の中に、ずっとずっと
 私は居て、そしてそこから抜け出すこともできずに、また抜け出そうと思うこともできなかった。
 朝は求めずとも必ずやってきて、そしてまた次の朝がやってくる。
 ただその繰り返しの中にだけ必死に生きていたかったのに、必ずそうはできない自分だけがあった。
 なぜ、考えてしまうのだろう。
 自分が今、なにをやっているのだろうか、などと。
 自分がやっていることは、ほんとうに正しいのだろうか、などと。
 なにをやっているのか、そしてそれは正しいことなのかと、もう数え切れないくらいに問い続け、そしてそれに
 必ず力強く答えを与えてきたというのに、その問いが尽きることは無かった。
 なぜ、考えてしまうのだろう。
 それはきっと、問いでは無かったのかもしれない。
 それは、ただ、そういう問いという言葉をぶつけて自分を安定させたかっただけなのだろう。
 自分はただ真っ直ぐに突っ込んでいく周りの見えない人間では無く、その都度自分を客観視し、そして
 大局的に自らの目指す場所を間違えない指針を持ち続けることができているのだと、それを誇示する
 ことを目的としていただけに過ぎないのかもしれない。
 そしてその誇示のうちに確かに感傷としての感情が籠もっている人間らしさに、その自分の温かみを感じ
 ているのだろう。
 ああ、私はまともだと。私はちゃんと普通だと。
 狂ってない。私は狂ってない。
 そして私は、その空高く打ち上げられた禍々しい月の中に、いつも必ず見つけてしまう。
 
 その月を毎晩毎晩見上げることに妄執している、この自分の姿を。
 
 
 私は、こんなことがしたいんじゃない。
 
 
 
 ◆
 
 私には、教育指針などという大仰なものは無かった。
 とはいえ、同僚の教師達の中には、確かに教育指針などという言葉に値するようなものに従って、
 教育活動を行っているものはいたが、それはまさにそのものが信奉している何者かの教えをそのまま
 実行に移しているだけのようなものばかりだったから、私がわざわざそんなものを持っているというのを喧
 伝することの愚かさを感じていたゆえでもあったのだが。
 もし私がそういう意味で盲目的に信奉しているものが教育に於いてあったとしたら、それは目の前に居る
 生徒をよく見て、そして如何にそれを正しい方向に向かわせることができるか、という事を必ず中心に
 据える、ということだけだった。
 マニュアル通りに、それが正しいと言われていることだから、その通りにさせる、或いは生徒がそうしなけれ
 ばただ罰して除く、ということだけは絶対にしないと、そう心掛けていたと言い換えることもできるだろう。
 
 教育とは、なんだろう。
 その答えを、私は常に知っていたと思う。
 逆に、それを知らないのに教育に従事している同僚達に対しては、いつも批判的な態度を示していた。
 自らと、そして目の前の生徒と、そのふたつが存在し、そしてそれぞれがお互いの存在を実感し合って
 いるということ、それを無視してただ教育論を唱えその型に生徒をはめるだけなど、それは既に教育では
 無く洗脳であると思っていた。
 教育は洗脳では無い。
 教育とは、教師を通じて生徒が世界と社会を知っていくという行為だ。
 主体は教師と、そして生徒自身のふたつに同時に存在しているのだ。
 ゆえに教師がその生徒に対する世界や社会のうちのひとつとしての存在感を示すためにのみ、その強権
 を振るい愛の鞭を振るうことが許されているのだと思う。
 決してその愛の鞭を振るって、自分の教育理念の上で純粋培養した「正しい人間の在り方」などを
 刷り込んだりしてはならないのだ。
 いや、ときにはそのような肥大した存在を以て生徒の前に立ち塞がるのもいいだろう。
 けれどそれはやはり、絶対に主にあるべきものでは無く、ただその存在を以てその向こうに広がる世界や
 社会に生徒が触れることができるための道具でしかありえないものでなければいけないものなのだ。
 教師の唱える教育理念に共感し、それを通して世界や社会に入っていくのならそれは良し、そして
 そうでなくその教育理念に承伏しかね、そしてその反発を元にして新しく掴んだなにかを通して世界や
 社会に入っていくのもまたよし。
 大事なのはそこで、ただ反発心だけを無意味に育て、ただその反発することの中にしか生きられなく、
 そして反発を通してでしか世界と繋がれなくなってしまうのを防ぐことだ。
 それは、ただ唯々諾々と無批判に従順に、主体性無くただ教師の言われるままの人間に育つことを
 防ぐのと同じくらい重要なことなのだと、私はずっと思って生徒と接し続けていた。
 
 同僚に、その私と同じ志を持つものは皆無だった。
 というより、底抜けに幼稚な教師ばかりだった。
 巫山戯た感慨かもしれないが、長い教師生活を送って一番感じたのは、その教師達の未熟さだった。
 生徒達の主体性を育てるのが肝要なのだと言えば、生徒達に全部丸投げし、あげくの果ては自己責
 任などと言ってあっさりと臭いモノにはフタなのが見え見えな処分を連発し、生徒達に社会に出て困らな
 いよう学ばせるのも大事だといえば、ただ自分達の信奉するものを押しつけ型にはめ、やはりそれから
 はみ出たものを容赦無く処分したりと、もう目も当てられないほどだった。
 教育など欠片も無く、ただ自分達の都合の良いよう生徒達を管理することだけに執心していたのだ。
 それが、一番簡単でラクだったから。
 初めから教師をラクな仕事として選んだものは論外としても、そうでなくいわゆる教育熱心な教師ほど、
 その傾向は高く、そしてそれが生徒に通じずにいると、まるで生徒が悪いかのように溜息まじりに達観
 したようなことを宣うのだ。
 最初からお前たちのやっていたことは無意味なことで、それを知る努力さえ怠っておきながら、その無意味
 なことで被ったものをすべて生徒のせいにし、そしてひとりふんぞり返っている愚か者たちが、今私と職場を
 共にしているのだ。
 吐き気が途切れたことは、一度も、無かった。
 
 
 職場の中で静かに孤立していた私の存在を、生徒たちは敏感に察していた。
 いつしか私は、公然と鬼婆やらなんやらと囁かれるようになっていた。
 私は決して生徒に阿るようなことも、気に入られるようなこともしたことは無かったし、ましてや理不尽な事
 を押しつけたりしたことも無かった。
 してはならないことは、しっかりとその理由が伝わるようにその子を観察し、そして手を抜かずに伝えていた。
 なぜ、それをしてはいけないのか。なぜ、それは悪いことなのか。
 校則にあるから、では無い。
 それをすることが悪い理由があるからこそ、それは校則に指定されているだけであり、その本質はそれが
 悪いことの理由の方にあるのだ。
 なぜ、ルールというものがあるか。
 それはそれを守らないことで不利益を被るものがあるからだ。
 それは他人だったり、そして自分自身だったりする。
 そういったことを、私はいつも必ず丁寧に伝え、そしてわかって貰おうと努力した。
 だが。
 
 私はいつしか、化粧婆、と言われるようになっていた。
 
 鬼婆、ならまだいい。
 それは私の厳しさの形容でもあり、またそれだけ私が生徒に肉薄している証拠でもあるのだろうと。
 でも、化粧婆とはなんだ。
 確かに、私は不器用であり、或いはこの顔を可笑しく見るものもいるだろう。
 私は教師である前にひとりの女でもあることを捨てた訳では無く、他人の目を気にしているがゆえにそれ
 でもなんとか化粧をうまくなりたいと思い続けている。
 でも、駄目だった。どうしても、駄目だった。
 努力は、している。それこそ、泣きたいくらいに努力はしている。
 でも、どうしても駄目だった。普通の、可笑しくないレベルにさえ到達することができないのだ。
 なのに。
 それを揶揄しただひたすらな悪意を込めた嘲笑を以て、蔑まれた。
 ひどい。ひどすぎる。
 教師としての私を非難せずに、女としての私を嗤うなど。
 私がどんなに教師として接しても、生徒達は私をただの化粧婆としか見なかった。
 そうすればラクであることを、知っていたから。
 学校の教師達の中で、私だけがガミガミと言い、そして他の教師達がそんな私を遠巻きにして、そして
 その向こうから生徒達と安楽に付きあっていたから。
 私には、それが教師と生徒の癒着に見えた。
 共に、ただ楽でいたいがゆえに、私という共通の敵を作り、すべてをそこに押し込んだ。
 私は、生徒達のことを、ゆっくりと、そして確実に見ていた。
 それはその生徒達にとって一番大事なことが、その生徒達自身に則した教育法が必要であるという
 ことだったから。
 だから私はなによりも生徒の観察を重視した。
 そして、だから、だから、なによりもわかってしまった。
 その堕落した教師と、そしてあてどなく膨大な未来を背負い常に憂鬱を背にした生徒達との、先の無い
 腐敗した安寧に満ちた楽園がそこに広がっているのを。
 その中に於いては、私はただただその安寧と平和を乱す破壊者でしかなかったのだ。
 私こそ、この学校に於いての秩序を乱す者だったのだ。
 
 嗤うしか、無かった。
 
 そうした私の存在を通して、生徒達はやがて世界と社会を知り、そしてその中へと入っていく。
 私は私の存在を使って、見事に生徒達を教育したのだ。
 良いも、悪いも、無かった。
 そのとき私はようやく、感じた。
 同僚達に対する、侮蔑の籠もった共感を。
 
 
 
 ◆◆
 
 以前職場を共にした教師の中に、熱血とは違うまさに勤勉な教師が居た。
 その教師はただひたすら理を説き、理を以て生徒に向き合い、そしてその理を崩す新たな理を生徒が
 見つけることができるのならば、進んで自らの理を訂正し生徒を褒めるということをしていた。
 だが生徒達にとって、そもそも理に優れた教師を理によってうち負かすことができる訳も無く、またその
 ための膨大な努力をするくらいなら適当にやった方がマシであるのは明白だった。
 あの教師は別に悪い事をしていた訳では無かったが、ただ生徒に対する要求が高すぎ、また要求する
 ことに傾き過ぎていたのだ。
 言いたいことがあるのならはっきりといえ、その言が正しければこちらはなにも言わない、などと、正面
 切って教師に言われてまともにやり合えるような子は今の時代には滅多に居ないし、また逆に今の子達
 は昔以上にストレスに晒されそれを発散したくて仕方ない状態であり、それは到底理だけで処理できる
 ようなものでは無かった。
 あの教師の間違っていたのは、理を通して、理の向こうからでしか生徒と付き合おうとしなかった点だ。
 どんなに生徒が不満を抱いていても、それは理に合わないだろうと、理に照らせばそれは理不尽であり
 ゆえにそれは仕方の無いことだと、ただそうやって理に丸投げしていたゆえに、その教師は結局のところ
 生徒に全く無視されるという形に耐えられなく辞めていくこととなった。
 私は、それゆえに同じ轍を踏まないように努めた。
 生徒に向き合い、寄り添うように、それでいてしっかりと生徒と対峙するように。
 理だけでは駄目。あらゆる手段と可能性を使って、自分の存在をすべて使って、そして自分そのものを
 通して、生徒がその先にあるものに至れるように。
 
 だが、駄目だったのだ。
 
 私は、気付いていなかった。
 そういう問題では無いのだ、ということを。
 こちらがどんな形を取ろうとも、どう愛と誠意を以て体ごとぶつかっていこうと、生徒達は既に知った逃げ
 道の楽さを選んでしまうのだということを。
 私は、間違っていることは間違っていると言い続けた。
 それはルールだからというのでは無く、それは他の人に不利益を迷惑をかけることなのだから、しては
 いけないことで、それはまた結果的に自分にとっても返ってくることなのだと、言い続けて。
 けれど生徒達は、既に他人の存在そのものを失っていた。
 生徒達にとっては、他人のことなど先ほどの話の教師の理と同じく、いちいち考えていられないことに
 なっていたのだ。
 私は、今の子供達がそこまで追い詰められ自分だけが生き残るだけで精一杯だとは思わない。
 他人のことを思い遣りたくてもそれだけの気力と力が無いのだとは、全く以て思わない。
 今の子達は、敏感で、そして賢い。
 沢山の情報に晒され、そしてそれを処理する能力に非常に長けている。
 それは私たちやその上の世代の者の子供の頃とは、比べものにならないほどのものだ。
 ゆえに今の子達は、生徒達は、どうすれば安楽な逃げ場に逃げることができるのかをよく知っている。
 如何に他人のことを考える力を自分の事に回すことができるか、どうすれば他人の事を考えずに居る
 ことを自己欺瞞的にも対外的にも正当化できるかを、よく心得ている。
 そうやって自分の事だけに一生懸命になっていれば、本当に他人への思い遣りに使うための力が不足
 し、そして本当に心の底から他人などどうでもいいと思えるようになれるということを知っている。
 だから私は、その最後の一線だけは絶対に譲らなかった。
 どうして、そうしてはいけないのかを考えてみなさいと、言い続けた。
 あなたがそうすることでなにが起きるのか考えてご覧なさいと、言い続けた。
 でも、違った。根本的に、その私の言葉は生徒達に通じていなかった。
 のみならず、私がそういう事を言い続けているという存在であることを、体よく利用されてしまったのだ。
 あの化粧婆さえ居なければもっと楽になれるのに、あの化粧婆を消せばいいんだ、あの化粧婆を消す
 ことが自分のするべきことなんだ、あの化粧婆を消すことは正しいことなんだ。
 あの化粧婆が全部悪いんだ。
 
 生徒達の怨念が、ひどく歪んでいるのが、みえた。
 
 彼らにとっては私がなにを言おうがしようが関係なく、ただ私の存在だけが意味があった。
 化粧婆。
 生徒達が私に求めたのは、ただただ自分にある不満のすべてをぶつけるための標的だった。
 そこに私という先生は、居なかった。
 そこに、他人を通してその向こうに広がる世界や社会というものが、無かった。
 なんという、閉塞。
 化粧婆というアイテムを使って、ただただずっとひとりの世界に閉じこもっているのだ。
 そういったひとりの世界が接し合い、そしてお互いがそのあるはずの無い隣の世界の悪寒にも似たぬく
 もりを、必死に消し去ろうと足掻いているのだ。
 震えた。
 そういうことができる環境をこの校内に作っているのは、紛れも無く私達教師ではないか。
 私は、影で生徒と共に私を嗤う教師を幾人も知っている。
 その嗤い合った教師と生徒の間に、果たしてなにか生まれているのだろうか。
 あの先生は口五月蠅い化粧婆で最悪だけど、先生は話がわかって五月蠅くないからいいよ、と言った
 連帯感は生まれるのだろう。
 でも。
 生徒は必ず、そうして生徒と通じ合えた気になって喜んでいる教師をこそ、心の底から冷笑しているはず
 だ。
 負け惜しみと受け取られたら馬鹿馬鹿しい限りだが、私は女として嗤われて、あの教師達は教師として
 嗤われているのだ。
 今の子達は賢いけれど、底抜けに幼い。
 私たちや上の世代の者が子供の頃は、そういった教師に対してもそれなりの許容力を持って暖かく笑っ
 て見てあげていたものだが、今の生徒達はきっぱりとそういったモノたちは切り捨てる。
 ただただ醒めた目で軽蔑し、嘲笑うだけ。
 そこに、その教師達は愚かだけれどそれでも一個の人間である、という認識は無い。
 そこに居るのは、ただただ「切り捨ててよい」他人という名の標的だけなのだ。
 
 それを、この学校の教師達はわかっていない。
 わかろうはずもない。
 なぜなら。
 私たちが教え育みそして導くべきものが、そういう恐ろしい子供達であるということを見たくないのだから。
 つまり、たぶん薄々はわかっているのだろう。
 そして、わかっているがゆえに、それがはっきりとわかってしまうまえに、いち早く闇に葬ってしまおうとして
 いるのだろう。
 自分はわかってない。なにも知らない。今の子達は自分達の頃となにも変わらない子達ですよ、と。
 そうして、教師と生徒の間に、その共有する幻だけが存在する。
 切り捨てるべき教師と、扱いやすい玩具の生徒。
 そのふたつを操る両者の利害が一致するところに、化粧婆は顕れるのだ。
 
 
 
 
 ◆◆◆
 
 闇の中でも黒く輝く髪よりも鮮やかな夜の帳が風に揺れている。
 燦々と熱く消えていく太陽を喰らい大地は夜の中を生き延びる。
 高々とその円を晒す満月の蒼に映える闇の影。
 夜にまみれた大地に生える眼差しが滾々とその影を月にめり込ませていく。
 今夜も、良い月が、上がっている。
 
 『生徒の気持ちわかってないし、私だいっきらい。』
 
 生徒の囁きが背を焦がす。
 生徒の気持ち?
 それは逃げたいってことでしょ?
 あなた達が逃げずにちゃんと前を向いているのなら、私はいくらでもあなた達の気持ちを理解するし、
 またそうできる自信と実績もあるわ。
 私にあなた達の気持ちがわかっていないとでも思っているの?
 本当は頑張ろうとしてるんだけどそれでも上手くできなくて仕方無いのに、それなのにギャーギャー頭
 ごなしに文句言って、だからあの化粧婆は嫌いなのよ、って?
 そうでしょうね。あなた達はそう思っているのでしょうね。
 そして、私はわかっているわよ。
 初めはともかく、少なくともそう思っている今現在に於いて、その言葉の中心にあるのがどの部分である
 のかを。
 あなた達が私に抱いたその想いの中心にあるのは、その「仕方無い」という部分でしょ。
 あなた達は確かに頑張っているのでしょうね。
 でも、その頑張りは一体誰のためにやっていることなの?
 あなた達のためでしょう?
 そして、頑張ろうと思ってずっと頑張ってきたのはあなた達でしょう?
 あなた達、私がその頑張りをこそ助けてあげると、そうずっと言い続けてきてるの、ちゃんと聞いてたかし
 ら?
 私が初めからずっと頭越しにあなた達を叱っていただけだと、どうしてそう思うようになったのかしら?
 あなた達は、自分達から頑張りを放棄した。
 そしてその放棄を正当化するために、私を、化粧婆を利用した。
 自分達が頑張らなくてもいい理由を、化粧婆のせいにした。
 だってどんなに努力したってどうにもならなかったんだもの仕方ないじゃない、誰も助けてはくれなかったし
 、居るのはギャーギャー五月蠅い化粧婆だけなんだもの、もう努力したって意味ないじゃない仕方ない
 じゃない。
 そういうことでは、ないの?
 あなた達が私の下手くそな化粧ぶりを嘲笑うのは、どうせ努力したってあんな顔にしかなれないんだから、
 努力なんてするだけ無駄よと、自分や周りに触れ回りたいからなんでしょ!
 あなた達は・・・・・・
 あなた達は・・・・・・・・・
 努力を・・・・
 人の・・・努力を・・・・・なんだと・・・・・・・
 
 
 
 
 
 見上げた月の中で泣いている女の流す涙が、分厚い化粧を流していくのがみえた。
 
 
 
 
 
 
 
 なんで・・・・
 
 なんでよ・・・・・・・
 
 
 どうして・・・・・・私は・・・・・・こんな・・・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 醜く塗りつけたものが醜く溶けていく。
 美しく思い描いた夢が美しく思い描いた崩壊のままに消えていく。
 まっさらの、素顔。
 鏡の前に晒したその顔には、なにも、無かった。
 開放感も、安楽感も、苦痛も閉塞も、無かった。
 
 私の昔の教え子。
 その子は今名前を変え、私と同じ職場に勤めている。
 私を怨み、そして地獄に堕とす機会を虎視眈々と狙い続けて。
 自らの人生の負の部分をすべて、かつて目の前にいた化粧婆にぶつけて。
 そしてそのエネルギーを駆って、今度は自分の教え子達を使って私を地獄に堕とそうとしていた。
 私を怨む生徒達を使い、私を地獄に堕とそうと。
 
 鏡の向こうに映る真っ白な顔に、再びすべてが塗り込められていく。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 -   怨   -
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無様に散らかっていくだけだったものが、初めて真っ直ぐにひとつにまとまっていった。
 ふつふつと燃えたぎる怨みを顔に塗り込め、唇に憎しみを差した。
 嗚呼。
 ようやく、わかったわ。
 私が、いつまで経っても化粧が上手くできなかった理由が。
 私こそ、なんのために、誰のために、努力し化粧しているのかがわかっていなかったのね。
 
 
 
 
 夜の温度が、すぅ、とひとつさがった。
 
 
 
 
 
 
 『数え切れないほどの誹謗中傷を受けて、夫も子供も離れていって、それで平気でいられる人間が
  居られると思うの?』
 
 
 
 
 
 
 ふふふ
 ふふ、ふ
 
 頭と口が、歓声を上げながら躍動している。 
 既に月の消えた漆黒の夜の静寂の中で蠢いているのは、私だけだった。
 嗚呼。
 嗚呼。
 
 すごい、すごい、私、怨んでる。
 
 怨んでる、教え子を。
 
 
 
 『あなたは教師として絶対に許されないことをやってしまった。
  自分の生徒を犠牲にしようとしたこと。』
 
 
 それを今、私もやろうとしている。
 カタカタと、なによりも冷たく静かに地獄通信にあなたの名前を書いていたわ。
 真っ白な頭の中に、あなたの名前がくっきりと怨みで塗り込まれていくのを感じていたわ。
 もはや、怨み、という文字は無かった。
 それはすべてあなたの名前の一部となって、ただただ鏡の中の私の顔に描き込まれていった。
 だってあなたが悪いのですもの。
 教師としてあるまじきことをして。
 私を散々苦しめてきて。
 おまけに最後には私を地獄に落とそうとした。
 充分ね。
 充分よね?
 見上げる月は無くとも、今この瞬間に空に打ち上げたこの純白の文字を夜に書き込んだわ。
 私、間違ってないわよね?
 私、狂ってないわよね?
 いいえ。
 いいえ。
 私も地獄に堕ちる覚悟があればそれでいいのよね?
 ね?
 ね?
 そうよね?
 
 
 『あなたのような教師を産み出してしまった報いだわ。』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『怨み、聞き届けたり。』
 
 
 
 
 
 
 + +
 
 
 あの人が消えた後、私のかつての教え子がこの職場に教育実習生としてやってきた。
 この人も私を怨んでいるのね。
 その人はのこのこと私の前に出て、そしてにっこりと笑ってこう言った。
 
 『昔は色々と噛みついちゃってごめんなさい。
  これからもびしびし指導してくださいね。』
 
 
 醜く張り付いたままの化粧が、にんまりと嗤った。
 
 
 『今じゃあれが愛の鞭だったってこと、わかりますよ。』
 
 
 
 報われた努力が流した涙と、報われなかった努力の流した涙が、なによりも醜く化粧を溶かしていくのを
 感じている。
 真に死ぬべきだったのは。
 あの子に怨まれて地獄に堕ちるべきだったのは。
 
 
 
 
 化粧婆に逃げた私だったのよ。
 
 
 
 
 その言葉を遺すために残りの人生を生きようという思いが、残酷なほどに顔に塗り込まれていくのを感じ
 ている。
 
 
 そう・・・・
 
 
 
 
 地獄はもう・・・・・・始まって・・・・・・いたのね・・・・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
                                ◆ 『』内文章、アニメ「地獄少女」より引用 ◆
 
 

 

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