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◆◆◆ -- 2012年2月のお話 -- ◆◆◆

 

-- 120214--                    

 

         

                                ■■ カナリアの窓辺 ■■

     
 
 
 
 
 
 
 
 − 突き抜けるように青が広がる空
 
 手を伸ばせば、けれど届いてしまいそうなほどに、それは目の高さより、ほんの少しばかり上で
 ずんぐりと広がっていた。
 かしゃかしゃとまるでシャッターを押すかの如くに瞬いて、その随分と手軽に触れられる青を裁断
 しながら、ゆっくりとなにかを想っていた。
 どろどろのぐしゃぐしゃに溶けて、真っ黒に鋳潰されていく胸の中に、その細切れにされた青を流し込む。
 かさりと音も無く、歩く。
 靴音を体の重みで消しながら、背を伸ばして胸を張り、端然と歩を描く。
 なぜだかそんなときほど、私の頭の中は、汚い言葉で満たされていった。
 口にする事が憚られるような、言葉。
 なによりそんな言葉を口にした途端、この真っ直ぐで朗らかな青空に押し潰されてしまうのではないか
 という、そんな明朗な恐怖によって頭の中に閉じ込められている、それは、凶暴なものだった。
 
  凶暴なのに、すっかり飼い慣らされている。
 
 
   + それは可愛げに充ち満ちた、愛らしいものだった
 
 愛らしくて、だからなにより腹立たしく、引き裂いてやりたい。
 胸の中に流し込まれ、暖かく満たされていく青は、やがて胸に犇めく淫らで饒舌な細胞達に切り
 刻まれ、真っ赤に爛れてその頬を朱に染めていく。
 その、血に堕ちた空が、呻く。
 憎い
 私は、その胸の中の叫びだけを、言葉にして思い浮かべる事が出来た。
 どうして、こんなことをしなければいけないのだろう。
 端然と、平然と、柔らかに、優しげに。
 そうあれかしと願い始めたのは、いつの頃からだったろう。
 そうでなければならないと律し始めたのは、どういう理由でからだったろう。
 
 くるくると、絵の具を固めて縫い合わせたような、黄色い髪を
 どうしても、指に搦めることが出来ない
 
 ぼんやりと、作り物のように、私の頭にぶら下がる髪。
 もしかして、これはこういう形にしか開かない造花なのではないだろうか、いや、そうであったらいいのに、
 と、そう思うときはいつも、見事に晴れ渡る青空の日々だった。
 この固められた髪を咲かせて、一体なにを隠しているのだろう。
 私は、今の自分の髪型を変えることが出来ない。
 どうしても、この形でなければならないと、毎朝毎朝、たっぷりと、そして残酷に時間を費やして、
 私は前日と寸分違わぬ、この夏空に張り付くひまわりの影絵のように固められたヘアースタイルを創り
 出す。
 私にとって、髪は髪でなく、型だった。
 
 その型はそして 私の努力如何に関わらず
 
  常に必ず展開される型だった
 
 私の努力はその型の善し悪し程度にしかならないまま、その髪に指を絡めようとしながら、
 ただぼんやりとそれを眺めている。
 それはさながら、渾々と、青空に沈む黄色い水中花。
 私は毎朝、洗面台の前に立ち、鏡と向き合い、そうして、自作自演のウィッグを紡ぎ、笑顔を描く。
 そして、まだ使用してはいない、重厚なメイクボックスの封印を守るかのように、そっと蓋に指を置く。
 化粧なんて、したくない。
 それなのに、どうしてこんなものが、此処にあるのよ。
 
 
 軽やかに、躍る。
 ふうわりと、話す。
 唇から漏れ出る言葉を、ひたすら器用にこね上げて、造型を施していく。
 嘘ばかり。
 嘘を吐くつもりはまるで無いままに、どうしても言葉を紡ぎ終える前に、その言葉が嘘であることに
 気付いてしまう。
 その出鱈目な縫い目の張り巡らされた私の言動を、しかし失敗作として投げ捨てる事が出来ずに、
 その失敗としての嘘を、失敗していないものとして取り繕いながら、美しく磨き上げる。
 風がさらさらと流れていく。
 木漏れ陽が長閑に小鳥達のざわめきを讃えていく。
 歩きながら、かちこちに固まる体を精一杯ほぐしながら、優雅の二文字を足先に描いて、
 一歩ずつ、歩いている。
 雲が、目の高さより、ほんの少しだけ上を、流れている。
 白く、薄く、綿菓子のように、ぼろぼろの雑巾が漂白されてさらにぼろぼろになっていくように。
 こんなにも清々しい青空に、その雑巾色の雲は、なんだかとても似合っていた。
 それなのに、どうしても、あの潔癖な空から、その雑巾を引き摺り落としたくなる衝動に駆られる。
 そんなときの私の背筋の伸びは、きっとその瞬間の世界一だろう。
 背筋を伸ばし、胸を張り、顎を引き、優雅に、端麗に、しなやかに歩く。
 それが私の、青空への忠誠の証であり、雑巾に堕ちた雲を弾劾する私の誠意だった。
 青空の下で煌めく、太陽のような女の子。
 端然と、明朗に、単純明快に、その様を示そう。
 アスファルトに乗せるその一歩一歩が、その女の子への捧げ物。
 恭しく、全霊を懸けて言祝ぐ。
 なんの、演技だ。
 けれどなにをしているのだろうという、溜息のような疑問は出ない。
 ただその問いに答える言葉が、無限にこの世界には満ちている。
 なんの演技かと問われたら、それは私の演技だと答える。
 これが、私。
 黄色に咲く、私というひとりの女の子。
 
 ずるずると広がっていく、その私の探索。
 掘り進み、掘り進み、泥まみれになりながらも、その泥まみれな私なら、立つ瀬も見つかるはずだと、
 私はそうしてしきりに頷く私の姿を確認しながら、前に進み続ける。
 その私は、決して泣かない。
 誰かの役に立ちたい。
 この私の姿を、誰かに捧げたい。
 ただその大音量の合唱を頭の中に響かせ、ひたすら黄色く固められたツルハシを振るって、
 前へ前へと掘り進む。
 一体、なにを目指しているのだろう。
 もしそれが、掘ること自体が目的となっているのだとしたら。
 巨大な青い空に蓋をされた、その真っ黒な穴の中にいることの危険を知らせるなにかは。
 きっと
 鳴かないだろう
 
 その 黄色く飼い慣らされたカナリアは、鳴くことではなく、その死を以て危険を示すだろう。
 
 
 
  死んで たまるか
 
 
 
 
 
 
 
 ☆
 
  ☆
 
 
 
 残念ながら
 恥ずかしながら
 私は、いじめっ子だった。
 
 きらりと鮮やかに彩られた光を靡かせ踊り戦う様で、それを見つめる者がどれだけそれに魅了されて
 いるかを量りながら、私は、そうして本当はなにより私自身こそがその踊り戦う自分の姿に魅了され、
 虜囚とされていることを、誤魔化していた。
 あるいは、その姿に魅了されている誰かを、私の代わりに生け贄として捧げて。
 飛んで、跳ねて、柔らかく笑んで。
 そして、それらしく戦いの厳しさを説いてやれば、私の目の前にいるこの子達の心を動かすことなんて、
 随分と簡単な作業だった。
 私自身が陥っているかもしれない愚かな罠を、相手の心の中にも見つけ、それを暴く。
 相手がその罠に陥っていると指摘し、その相手が改心する様を見て、ひとりほくそ笑み、安堵する。
 
 その私は、恥知らずで、卑怯ないじめっ子だった。
 
 そんなことをしても、私がまともになれる訳もないのに、ただ誰かを、私の代わりにまともにしてあげる
 ことで、きっとそれが出来ているのだと、錯覚する。
 錯覚だ、ということだけは、誤魔化すことは出来ないままに、けれどその作業を止めることが出来ない。
 延々と、後輩の女の子達に、端然たる私の姿と言葉を示し、その子達こそを私の求める人間に
 仕立てようとする。
 その女の子を育てることが、まるで私自身を育てることと同義であるかのように、ひたすら目を瞑って。
 後輩の、美樹さんと鹿目さんがまともになっても、私がまともになれる訳じゃ無い。
 あの子達が幸せになっても、そのふたりの幸せを見ることで感じる私のそれは、きっと幸せなんかじゃ無い。
 
  また 私だけ   置いていかれるの?
 
 その繰り返し。
 それなのに、私は馬鹿みたいに、けれど当の本人は賢しらに確かな手応えを感じながら、
 端然たる先輩を演じ続けている。
 この演技が上達する事と、私が成長することは、きっとイコールじゃ無い。
 なぜなら、彼女達の前にいる、きっと素晴らしく素敵であろうその先輩の心の内は、ひどく物悲しく、
 そして、なにより惨めな想いで、ずっと果てしなく埋まり続けているのだから。
 全然、幸せなんかじゃ無い。
 誰かひとり、助けるたびに。
 そのひとり分だけ、私のために与えられるなにかが、永遠に私に与えられなくなった事が決定したことを、
 必ず、感じている。
 私の代わりに、他の誰かが、救われていくのを、なによりその人を救った私自身がどうしようもなく、
 感じている。
 かえして
 その救いは、その助けは、私が貰うべきものだったのよ!
 助けた本人が、そう心の内で叫んでいる。
 
 浅ましいかしら?
 ええ、浅ましいわね。
 だから、掘り続ける。
 浅ましく、物悲しく、惨めな想いが次々と降り積もり続ける中、それらを必死に除けようと、
 延々と、永遠に、掘り続ける。
 浅ましさを論い、それを否定して成る私の姿を創造すれば、またそれもひとつの演技上の役にしか
 ならない。
 浅ましいのよ、私は。
 そのことを受け入れ、なにより受け止めることが出来なかったからこそ、私は・・
 
 
  そう
 
  そんな私には
 
  見事に
 
       友達が、ひとりもいないのだった
 
 
 
 
 
 
 自分が調子に乗っているのを感じている。
 毎朝同じ時間に起きて、毎朝同じ髪型と同じ笑顔を作り、毎朝同じ歩き方をして。
 鳴き声を奪われたカナリアは、今日も渾々と青に閉じた黄色い水中花を眺めながら。
 学校に、来る。
 学校に、いる。
 それは、絶対の法則であり、絶対に遵守すべき生活だった。
 誰にも話しかけられない訳じゃ無い。
 魔法少女の力を使えば、私に話しかけた後に、そのクラスメイトがどんなことを他の人と話しているかを
 聴くことが出来る。
 実際、聴いた。
 数え切れないくらい必死に、聴いた。
 内容は、はっきりとふたつに分かれた。
 ひとつは、私の応対が大袈裟過ぎて、話しかけた自分の方が気後れしてしまう、というもの。
 もうひとつは、単純に、話していても、面白くない、というもの。
 笑ってしまうわ。
 私の演技上の優雅さでさえ、同い年のクラスメイトに対しては、そのコミュニケーションの取り方として
 全く通用していないのよ。
 後者の反応に関しては、なにをかいわんや、よ。
 私の演技が、それが演技であろうとなかろうと、少なくとも、それしかない、ということは簡単に見抜かれ
 ていたのよ。
 それはそうよね、ずっとひたすら優雅な演技をしながら、上から目線の教訓めいたことばかり言う女なんて
 誰が友達になりたいと思うのよ。
 ふふ、私はね、女の子グループの、それこそ見栄のために利用されることさえもなかったわ。
 あいつは駄目だ、色んな意味で。
 そういうレッテルが、共通して私には貼り付けられていた。
 ひとりだけ、静かに浮いている子。
 孤立している、しかしそれを恐れていない演技をしている子。
 ええ
 恐れていたわ
 どうしようもなく
 ひとりが、怖かったわ
 
 嫌われたことは無かった。
 お高く止まっている嫌味な奴、とは思われていなかったと思うし、そういう呟きはきこえてはこなかった。
 だけど
 ひとりだった。
 私は、みんなに全部見透かされていたんじゃないかしら。
 いつまで、演じているつもり?
 私は・・・わたしは・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ・
 
  ・
 
 
 
 その日両親が消えた。
 
 私の世界から、両親だけが消し飛んだ。
 交通事故だった。
 あっけらかんと、まるで漫画みたいに、物凄い勢いで車体が吹き飛んで。
 バラバラにはならなかったけれど、グチャグチャに車は潰れて。
 両親も、まるで車の一部みたいにして、笑ってしまうくらいに、滅茶苦茶になって潰れてしまった。
 ああ
 おとうさんも おかあさんも
 車になっちゃったんだ
 そのときの私は、妙にぽかんとしていながら、ひどく納得してもいた。
 ほんとは
 おとうさんと おかあさんは
 最初から、車だったんだ
 人間に化けて、おとうさんとおかあさんに化けて
 でも もうそれが出来ないくらいに疲れちゃったから、
 事故が起きちゃって・・
 そっか
 おとうさん おかあさん
 ふたりとも、元に戻れたんだ
 
 わたしも 連れていって
 わたしも
 車・・・・なんだよ・・・ね・・?
 急に、ひやりと空気が流れ込んできて、そのとき私の体がべっとりと真っ赤になっていることに気付いて。
 おとうさんとおかあさんは、ぺしゃんこに潰れていて、なのに私は・・・
 私の周りには、丁度私と同じ分よりも、ほんの少しだけ広い隙間があった。
 この隙間があったから、私は生き残り、そして。
 この隙間を埋められなかったからこそ、私はひとりになってしまった。
 私は、人間だった。
 そのとき、あの潰れた車の中で、生きていたのは、私だけだった。
 ひとり
 私だけ
 私だけ
 私は、車じゃなかった
 おとうさん おかあさん   待って・・・・っ
 ずる ずる
 私の周りの隙間を、溢れる血で塗りたくりながら、私はひやりと冷めていく魂を突き破り、叫んだ。
 
 死にたく ない!!!!
 
 人間だった
 私は人間で、生きていた
 私自身が真っ青に突き付けてくるそのことが、私を生に打ち付けていった。
 がんがんと、それは響く痛みだった。
 必死で隙間を埋めて、おとうさんとおかあさんと一緒に死のうとする凄絶な私を、命を懸けて抑え込む。
 死なせやしない。
 殺させやしない。
 死んで、たまるもんか!
 そう叫ばなければ、私はそのまま血を塗りたくり続けて、自分を殺してしまうかもしれないと思っていた。
 そんなときに、キュウべえが現れて、私に魔法少女の契約を迫ったの。
 否やは無かったわ。
 だって、否としか答えない私しかいなかったのだもの、その私を倒して生きるのは、私しかいないじゃない。
 
  私にとっての、最初の魔女は、そうして車とひとつになって、おとうさんとおかあさんと一緒に死のうとする
  そんな私だったのかもしれない。
 
 
 私はその魔女を倒して、生き残った。
 でも、私はその戦いを続けなければ、生きることが出来なくなってしまった。
 私は、生き残り続けるために、鳴かなければいけないの。
 今、自分がしていることは、なんなのか、それを自分に示さなくてはいけなかった。
 それなのに・・わたしは・・・
 気付けば、私は、またあの車の中の隙間を、埋め始めていた。
 私の目の高さよりも、ほんの少しだけ高い青空を掴み、そこにぼんやりと必死にぶら下がり続けていた。
 優雅に、端然と、麗しく優しく、微笑んで。
 深く鋳潰されていく青に閉じ込められた、水中花のように、泣いて。
 それが、車の中の隙間と、青空までの距離を埋めると、信じて。
 ひとりは
 嫌
 私は、穴を掘り続けながら、気付けば穴を埋め始めていたの。
 埋めて、埋めて、みっちりと隙間無く、私をびっしりと圧殺して欲しくなっていた。
 そうすれば・・もう・・・ひとりじゃ・・・
 私は、鳴きもせず、ひとりで泣くことしか出来なかった・・
 ひとりが怖くて、辛くて、延々と、必死に危険な穴を掘り埋め続ける作業を励ますために、泣いた。
 ずっと泣き続けている、この可哀想な女の子を救ってあげて。
 笑顔に裏打ちされた涙を奮い、泣いて、泣いて、どんどんと私は危地に陥っていく。
 鳴いて危険を知らせるはずの、そのカナリアの口をきつく縛り上げて。
 死ぬまで、黙ってて頂戴。
 それが、魔法少女。
 生きるために魔法少女になったのに、それはいつのまにか私を死へと導く存在になっていたわ。
 
 
   ゆらり
 
 
    あの 潰れた車が葬られた
 
     鈍色の道路に浮かぶ陽炎が
 
       ずっと私を  嗤っている
 
 
 
 
 
 
 
 
  − その嗤い声に炙られながら、青く縛り上げられた黄色い花は
 
    枯れることなく
 
 
      ずっと 
 
 
       永遠に
 
 
 
 
 
 
 
 

◆   ◆   ◆

 
 
 
 
 
 紅い瞳と、真っ白な毛並み。
 くるくるとよく口が回りながら、その瞳は全く揺れず、その毛並みが波立つことも無い。
 これは果たして生き物なのだろうかと、だいぶ初めの頃は疑っていたような気がする。
 疑いながらも、私の側にいたのは、それ、だけだった。
 人形、ぬいぐるみ、男の子が遊ぶようなプラモデル、果ては捨てられていたマネキンを部屋に並べた
 事もある。
 それらの物達の間で、白い塊に紅い雫を犇めかせたそいつが蠢くだけで、なんだかとても
 恐ろしかった
 キュウべえ。
 その生き物ともぬいぐるみとも言えないそいつが、人形達の間に並んでいるだけで、その人形達が、
 ただの物なのか、それとも本当は生きているのかもわからなくなる。
 もしかして、雨の中必死に引き摺ってきたあのマネキンは、誰かの屍体が腐って、腐りきって、
 その誰かの持つ隙間を埋め切ることで、出来上がったものなのかもしれない。
 生きてるの?
 死んでるの?
 それとも、ただの物なの?
 なにがなんだかわからなくなった、私の部屋に居並ぶそれらのものが、もはやキュウべえと溶け合った、
 キュウべえそのもののように思えてきた。
 私の側にいたのは、それだけだった。
 キュウべえしかいなかった。
 もしかしたら、この部屋の外にいるのも、みんなキュウべえなのかもしれない。
 幼い私は、泣き続け、泣きじゃくり続けた。
 キュウべえは、今と変わらない、けれどまさに幼い子供に対する話し方を、読み上げるようにして、
 その頃の私に語り続けた。
 大丈夫、怖いことなんて、なにも無いんだ、と。
 それが嘘かどうかなんて、関係なかった。
 その言葉しか、そこには無かったのだから。
 私は、その言葉に、縋った。
 
 私の周りには、こんなに沢山物があるのに。
 人形、ぬいぐるみ、男の子が遊ぶようなプラモデル、果ては捨てられていたマネキン。
 部屋を一歩外に出れば、沢山の人達がいる。
 でも私には、キュウべえしかいなくなっていた。
 沢山の人や物に囲まれているのに、私は。
 ひとりだった。
 キュウべえと一緒にいるということ自体が。
 孤独だったのよ。
 
 
 
 
 なにも出来ない子供だった私は、なにも出来ない子供らしく、なにも出来なかった。
 幼い子供がひとりで生きていくために必要な事は、すべて、キュウべえがやった。
 キュウべえがやってくれた、のではなく。
 キュウべえが、やった。
 私はそれを呆然と、見ていただけだった。
 本来なら、親戚なりなんなりが後見として色々とやるべきだった諸々のことを、キュウべえは私に
 魔法少女の力を使わせて、すべてキュウべえが出来るようにした。
 私は沢山の書類を書いた。
 私は、キュウべえの言う通りに、言われるままに、様々なものに意味もわからずにサインした。
 なにも問題ないよ、キミはただボクの言う通りに書けばいいんだ。
 私には、キュウべえしかいなかった。
 キュウべえに対する感謝も、疑念も、なにも無かった。
 
 キュウべえしか、無かった。
 
 
 
 きゅう きゅう と
  嫌な音を立てて なにかが締まっていくのが みえた
 
 それは、殺意、だったのだろうか。
 それとも、愛情、だったのだろうか。
 それはどちらも、私にとってはあまりに必死で、そして避けては通れない感情だった。
 キュウべえに見て欲しい。
 キュウべえに言われた通り、私、ちゃんと全部書類にサイン出来たよ。
 魔法
 魔法
 私の想いが くるくると螺旋に飛び跳ねて 溶けた青い水の中に なにかを黄色く描き出していく
 巻き付き、巻き付かれる。
 私の側にいてくれたのは、キュウべえだけだった。
 たったひとりの、友達だった。
 そう
 友達だったのよ。
 私にとっては、キュウべえは、私のすべてではなかった。
 あくまでキュウべえは、私の周りにいるものの、そのすべてでしかなかった。
 キュウべえに取り囲まれた私は、確かに此処にいた。
 キュウべえにより、如何なる他者との接触も遮られた、孤独な私。
 キュウべえ自身は、私にとっては、無、だったのよ。
 いいえ
 それは 私の目の前をすべて包んでしまうくらいに大きな そして唯一の鏡だったのかもしれない
 だから
 私は
 その無の世界に感情移入して
 それを
 私の友達にしたの
 
 それは、キュウべえというぬいぐるみを抱き締める女の子の、無残なひとり遊びの始まり。
 キュウべえを友達なんだと認識し始めた時、私の演技は深まった。
 キュウべえをすべての他者に見立てて、私は、私という自分を飾り、魅せることを始めたわ。
 キュウべえに対する感謝の念をこね上げて、いつもありがとうの言葉をひとつひねり出すことで、
 私は魅力的な、ひとりの女の子の姿を完成させるのだった。
 キュウべえは、そんな私の、魅力的な自分の像造りのための存在だったのかもね。
 感謝の気持ちなんて、本当は欠片も無いのよ。
 私は、ありがとうと言える、そんな素直な女の子の自分に酔っていただけ。
 醒めたらそこですべてが終わり死んでしまう、恐ろしい泥酔。
 深く 深く
 いつまでも想いの中に居続けるために
 ありがとう
 いつもほんとうに
 ありがとう
 その言葉の数だけを、ひたすら積み上げていくことで、私はいつしかそれが、私の埋めがたい隙間を、
 ひとつずつ埋めることが出来るということに、気付いていったわ。
 
 道徳的な、女の子。
 
 おかしな表現だけれど、私が私を評するに、これ以上の言葉は無いわ。
 私にとっては、まさに道徳的な事柄は、生きるよすがにして、それ以上に死活問題の根源に位置
 するものだった。
 不思議な事に、キュウべえ自身は、道徳などという言葉とはかけ離れた、残忍無情なことをただ
 平静平常に淡々と言えるような存在だった。
 私は、全く逆に、振り切れていた。
 それは、私のキュウべえに対する反逆だったのかしら?
 それとも、私はキュウべえのいいなりになるという事を踏襲して、それを発展させた形で、今度は
 道徳のいいなりになることにしただけなのかしら?
 道徳
 道徳
 口にするだけで、吐き気がする単語なのに、それはたった二文字で括って終われてしまうような、
 私にとってはほとんど無価値で無関心であるはずの言葉なのに。
 私は
 それに縋っている
 命を懸けて
 しがみついている。
 
 
 
 
 − 佐倉杏子
 
 隣町に居座る、不良少女
 攻撃的で、好戦的な魔法少女
 自分の事しか考えず、自分のためになら同じ魔法少女は勿論、普通の人々さえ、平気で犠牲に
 する。
 格好の標的だった。
 彼女を見下し、すっぱりと切ることで、私は私の存在意義を手にすることが出来ていた。
 本当に、ありがたい事よね。
 私はただ、あの子と真逆のことをすればいいだけなんだから。
 そうして出来上がる私の姿は、どれも完璧に磨かれた、麗しいものだった。
 うっとり
 そうほくそ笑む私をやんわりと、そして優雅に窘めながら、私はまたその不良少女の前で、
 ティーカップにゆっくりとお茶を満たすようにして、滔々と説教を垂れ流し始めた。
 佐倉杏子。
 ほんとうは
 私が、一番恐れている存在。
 もしかしたらそれは、キュウべえとは全く別の意味で、私にとっては脅威で、そしてもしかしたら、
 私の救いになってくれる存在なのかもしれない。
 佐倉さんは・・
 どこか、変な子だったわ。
 魔女狩りで、たびたび鉢合わせして、そのたびに私につっかかってきて。
 私は程々に相手をしたり、適度にあしらったりしていただけだったけれど、彼女の突進はいつも、
 本気だった。
 たぶん、私の心根なんて、すべてお見通しだったのかもしれない。
 でも、彼女がいつも見ていたのは、そんな私の心の内じゃなかったような気がするの。
 
 彼女は
 私のくだらない、自分でも情けなく感じるほどの説教に、いつも。
 ひどく、心打たれていた。
 
 彼女は悪ぶっているだけだった。
 私に説教されるたびに、彼女は必死に反抗するも、いつも必ず、彼女は彼女の中にあるなにかに、
 強く惹かれていた。
 私の説教はただ、その彼女の惹かれるものを無理矢理喚起させてしまうだけの、そんなものだった。
 恥ずかしげもなく正直に言えば、佐倉さんは私のことを嫌いではないどころか、むしろ慕っている
 節があるように、私には見受けられた。
 恐怖
 私は、彼女の、誰よりもなによりも複雑なその表情を見たときに。
 罪悪感以上の、恐怖を感じたの。
 
  こわい
 
     嫌  いやよ
 
 
 佐倉さんの、彼女の偽悪を纏ったその胸の中に息づく、清冽な心。
 それがどうしようもないほどの本物、いいえ、それが佐倉さんの魂そのものと一致している事。
 佐倉さんが彼女の胸に喚起されたものを見つめていること、それが彼女のなにかと噛み合っている事。
 そのことが
 なによりも私の
 私の吐き出す言葉と私が纏っているもの、それと私の魂が完全にずれていることを映し出してしまう。
 それは、私の道徳心が上辺だけのことで、中身は邪悪な人間である、という事自体の後ろめたさに
 恐怖を感じているからのものではないのよ。
 私はむしろ、自分が邪悪なら、邪悪な人間として、そのまま生きたい。
 
   −− 邪悪でもなんでも 前に 進みたい!
 
 私にとっては、私の外面と内面が、凄まじくズレているのに、そのズレそのものを維持しないと生きて
 いられないということこそが、なによりも恐ろしかった。
 佐倉さんは・・・上辺では悪辣なことを言いながら、その内では清らかな心が煌めいていて、確かに
 ズレてはいるのだけれど・・・
 佐倉さんは、そのズレから、少しずつ脱出しているように、私には見えているの。
 その脱出の原動力が、他でもない佐倉さんの清冽な魂から生まれ出ているのが、私にはどうしようも
 なく感じ取れてしまう。
 彼女は
 確かに
 前に
 進んでいた
 
 
  私には そんなものは 欠片も無かった。
 
 佐倉さんが、複雑な顔をしながら私の説教を受け止めてくれるたびに。
 彼女が、子供じみた拳を振り上げながら、深く大人びていくその静かな笑顔を私に向けてくるたびに。
 私は、私のズレを認められてしまった気がした。
 大人ぶった笑顔を掲げながら、その内側で子供のようになにかに手を伸ばし続けている、私。
 おまえはそれでいい、おまえはそのままずっといろ
 
 私だけ
 置いて いかないでよ!!
 
 説教にしろ、道徳的振る舞いにしろ、端然優雅な言動にしろ、それはすべて。
 私をあの死の陽炎に包まれた車の中の隙間に捕らえるものだった。
 隙間を埋めるためだけに、私はずっと・・ずっとそうして根深い演技の積み重ねを延々と・・・
 私は、キュウべえとそっくりだった。
 薄汚れた心と、涼しい言葉。
 佐倉さんに説教をするたびに、私は、隙間を埋め立てられた私に追い詰められていく。
 もっと、もっと道徳的に、もっともっと端然と優雅に、麗しく。
 そして、そうではない佐倉さんの外面だけを論い、それを踏み台にして、低く飛ぶ。
 目の高さよりほんの少しばかり上でずんぐりと広がる、あの青い空にぶら下がるために。
 黄色く固まる私の髪は、キュウべえの真っ白な毛並みと同じく、まるで波立たない。
 私の怯えた瞳は、キュウべえの紅い瞳と同じく、まるで揺れない。
 ずっと
 そのまま
 掘り続け
 埋め続ける
 カナリアは、鳴かない。
 鳴かずに、泣き続けている。
 その涙が空との隙間を埋め、満たし。
 私はその青く湛えられた世界の中で、黄色く固められたまま沈み、そして咲き続ける。
 こんなに、魂の危機に晒され続けているというのに。
 その死を以てでしか、その危機を知らせることが出来ない。
 それなら
 私は
 死ぬ訳にはいかないじゃない。
 生きたいから、死にたくないんじゃ無いんだわ、きっと。
 
 私に
 私の危機を知らせるために、死ぬ前に、死ぬ以外の方法でそれを私に伝えるために
 
 私は
 鳴くために
 死にたくないと、思うのよ。
 
 幸か不幸か。
 魔法少女は、ソウルジェムを砕かれない限り、死なないわ。
 どんなことがあっても、どんなになっても、ね。
 どんな危険に陥ろうと、どんな風に私がなってしまっても、ね。
 この黄色いカナリアは、死なないのよ。
 初めから、ずっとそうだったのよ。
 馬鹿は死ななきゃ治らない。
 そんな言葉が、ズキズキと胸に突き刺さりながら、その胸の痛みを必死に隠して、済ました顔して
 賢明であろうとする私は、ほんとうに救いようがない。
 優雅に端然と端麗に、道徳的に、賢く、優しく、そして生き残る。
 でも、そうするしか出来ないのよ。
 どうしたらいいって言うのよっ!
 苦しくて、辛くて、自分の中に広がっていく澱みに、ずっとこのまま喰われ続けていくんじゃないかって。
 私が頑張れば頑張るほど、私のズレは広がっていく。
 埋めたかったのは、そのズレだったはずなのに。
 私はいつの間にか、私の中のなにかを削り取り、それを私の目の前の隙間を埋める事に使っていた。
 削り取った分だけ、私の中のズレは広がっていく。
 私は
 私の隙間を埋め続ける。
 演技し続ける。
 私のズレを隠し続ける。
 生きていく。
 死なないカナリア。
 おぼろに、それらがひとつの線に繋がっていく。
 
 
 佐倉杏子は きっと
 
 ひとりで寂しく死んでいく人の孤独に、寄り添って死んでいける人
 
 
 そして私は
 
 絶対に 
       死なない
 
 
 
 
  だって
 
 
    寂しいんだもん
 
 
 
 
 
 
 そしてそんな私は 誰かになにかに きっといつか殺される
 
 
 
 
 
 私は、いったい・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

− それは果てしない 憎悪の刺激 −

 
 
 
 
 
 
 
 今日もまたひとり、薄紫に溶けていく夕闇の世界を背にして、助けていた。
 もう大丈夫です、安心して。
 一体、なにが大丈夫で、なにが安心なのだろうか。
 撃つ
 撃つ 撃つ
 銃数を煌びやかに展開させ、銃身を握り銃床で穿ち、そして銃弾を果てしなくばらまいていく。
 敵
 敵はどこにいる
 魔女。
 私は彼女達を敵として認識したことは無い。
 彼女達は、炎みたいなもの。
 ただそこで燃えて、それに惹き付けられた、蛾のような人間達が、勝手に燃えて死んでいく。
 その炎は、敵なのかしら?
 私はその炎に群がるちっぽけな蛾達を助け、安心を与え、抱き締めて。
 そうして、感謝の言葉を貰ったり、涙で胸を濡らされたりする。
 狩り場
 可愛らしい蛾達を狩る、陰険な女の子。
 今日私が抱き締めた蛾から、私は一体どれだけのものを吸い取ったのかしら。
 私にとって、魔女はたぶん、共生相手。
 魔女がいるからこそ、私は人助けが出来るのよ。
 佐倉杏子が、グリーフシードを集めるために、魔女を育てているのと、全く同じよ。
 わたしは
 
 人間なんか 大嫌い
 
 
 だから今日もにこやかな笑顔を餌に、獲物を抱き留める。
 私にとって、人間なんか、餌にしか過ぎない。
 激しい憎悪が、激しい愛情を呼び起こす。
 轟々と濁流のように光り輝く暴力が、胸の中で小さな暴発を繰り広げていく。
 それが、私の戦う力。
 そして、私を死へと導く力。
 誰も、助けてくれない。
 私が、誰かを助けても、私を、誰かが助けてくれる事は無い。
 だから私にとっては、いつのまにか人間達を魔女から守るこの魔法少女の仕事は、いつかこうして
 頑張っていれば、きっと誰かがそれを認めて助けてくれる、というためのものではなくなっていたわ。
 だれもたすけてなんてくれなかった
 ずっとわたしはひとりだった
 なんの感慨もわかない。
 私が助けたのは、蛾なのよ。
 蛾が、私を助けることが出来ないのは、当然のことでしょう?
 助けなんて、期待しない。
 私はただ、あなた達を助けることで、自分の中のなにかが満たされているはずだという、その幻想を
 糧にして、なんとか生存を図っているだけ。
 あなたが私を助けられないのなら、私はあなたを食べて、私を助けるわ。
 ふふ
 そうよね
 そうなのよね
 守らなくちゃ、人間を
 愛さなくちゃ、人間を
 その使命感と愛が、私を捕食活動へと駆り立ててくれる。
 その愛は、私の憎しみを隠そうとは、いつのまにか、しなくなっていた。
 憎んでいるから、愛するのよ。
 愛しているから、私はあなたを食べるのよ。
 食べて、私は生き残る。
 あなたが私を救ってくれないのなら
 
 私は 死ぬわけには いかないわ
 
 愛が、憎悪という名の食欲を刺激する。
 食することにより満たされたなにかが、次の愛を生み出していく。
 次々と生み出されていく愛を、食べては吐き、食べては吐いていく。
 結局のところ、だから満たされることは、ほんとうはなにも無い。
 満たされているはずという、願いよりもひどい幻想で自らを使役する。
 口を縛られたカナリアは、鳴くことが出来ないままに、化け物じみて肥えていく自らの幻影をぼんやりと
 目の前にしながら、ずっと細く、痩せこけて死に臨んでいく。
 どこが、優雅なのかしらね。
 もう、笑うことすら出来ないほどに、私の頭の中に響く嘲笑は目の前の世界を覆い始めていた。
 なんなのよ、これは
 そんな科白を棒読みしながら、私は従容としてただ、銃を撃ち続けている。
 撃つ
 撃つ
 死ね
 死ねっ
 
 死ねばいいのよ
 
 なにもかも
 
 全部
 
 
  死 に な さ い よ っ っ っ ! !!
 
 
 
 
 
 
 
 バラバラのグチャグチャにして吹き飛んだ魔女の残骸を、一切避ける事無く。
 全身で、浴びた。
 真っ黒で、まっかで、あたたかくて。
 きもちわるい
 ぱちくりと大仰に瞬いて、指をこそりと鳴らして呼び出した、無垢なティーカップ。
 なによりも今、その純白な手触りが、この時間の中で汚れているもののように感じた。
 そのカップに見合う薄汚れた魔法少女の姿を思い浮かべながら、またひとつ指を鳴らせば、
 私の肌にはさりとその姿はまとわりつき、そして飾られる。
 私が助けた女性は、私が血塗れの臓物まみれになった姿を見たときに、思い切り身をのけぞらせた
 ものの、私が瞬時に魔法でそれを払拭し、元の魔法少女の優美な姿を現出させた途端、
 ほっと、息を吐いた。
 でも、嘘よね、それは。
 その息を吐いて、落ち着いた振りを自分自身に示さなければ、こんな訳のわからない空間で、
 さっきまで化け物と血みどろの戦いを繰り広げていた得体の知れない奴と、ふたりっきり、という
 現実から逃れられなくなってしまうもの。
 端然と息を吐き、軽やかにティーカップに口を付ける仕草をこちらがオマケでつけて差し上げれば、
 その女性は、この空間の中に居場所をみつけることが出来るのよね。
 
 私には、もうどうでもいいことだったのだけれども
 
 私の目の前で、私を差し置いて居場所をみつけた女性に、胸の内で無数の銃口を突き付ける。
 そして、話しかける。
 もう大丈夫ですよ。
 一発
 落ち着きましたか?
 二発
 胸の奥で暴発した銃口の先から、無限の銃弾が乱れ飛ぶ。
 ひとつの相手への気遣いの言葉が、ひとつ、相手を殺していく。
 殺意に充ち満ちた、優しさ。
 ひとつ優しさを撃ち込むたびに、私はひとつの殺意を獲得していく。
 
 どうして
 殺してやる、って言えないの?
 
 私の殺意の銃口が、目の前の女性をすり抜けて狙っている、本当の標的。
 きっとその標的を、佐倉杏子はちゃんと狙い撃って、戦い続けているのよね。
 私は、それが出来ていない。
 佐倉さんは、殺してやるなんて、そこまでの事を言ったりしてはいないけれど、それは嘘を吐いている
 訳でも無く、隠している訳でも無く、ただ純粋に、毎日しっかりと、自分の憎悪を向けるべきなにか
 に向けて攻撃をしているからこそ、自分の憎しみがそこまで深まらずに、ちゃんと消化されていると、
 そういうことなのだと思うわ。
 私の憎しみは、海より深い。
 そのあまりの深さこそが、それを湛える水の圧力によって、その水面を安らかに落ち着かせている。
 私は、揺れない。
 私は、波立たない。
 揺れる事無く、波立つ事無く。
 死んでいく。
 殺して
 殺して頂戴
 黄色いカナリアは、泣きながら、必死にその首を横に振る。
 死にたくない
 私は、そのカナリアを、ずっと、見つめている。
 ああ
 そうか
 そのカナリアの口を縛っているのは、一体誰なんだろう。
 殺して頂戴と叫んだのは、一体誰なんだろう。
 私は、そのカナリアをどうすればいいんだろう。
 私は、誰に銃口を向ければいいんだろう。
 
  どうすれば いいのよ
 
 
 
 
 
 絶望に彩られた空に花を添える。
 臆病な私は、手首に刃を当てることも、その切っ先を誰かに向ける事も出来ないまま、
 ただそうした事すら出来ない自分自身を臆病者と責めながら、ずっと前に進もうとする衝動に
 突き動かされていた。
 自分を切れば、死ぬ。
 誰かを殺せば、自分も殺される。
 死にたくない
 その私の想いこそが、なにより私になにもさせようとしないのじゃないかと、どこかひとつ距離を置いた
 場所から、その自分の内面を、自分の事ながら勘繰っていた。
 私は
 死ななければ
 私は
 殺さなければ
 前には進めないんじゃないの?
 同時に、それは、死んだら終わりだ、殺したら終わりだという私の青白く磨かれた言葉によって、
 固く、封をされる。
 その封は厳重で、幾重にも、十重二十重に守られ、そしてずしりみしりと音を響かせながら、
 優美に、端然として私の目の前にいつも、それでもいつも、置いてある。
 嘘を吐きたくないくせに
 気付けばいつも嘘ばかりになっている
 ほんとうの事を正直に言いたいくせに
 気付けばいつもほんとうの事は胸の奥に仕舞われている。
 死にたい
 殺したい
 その私の衝動は、凄まじい力によって、その存在すら許されずに、隠滅されていく。
 私の生は
 ただ
 その隠滅の中に
 その封の上にあるだけのものにしか、過ぎないわ。
 
 
 
 妄想が
  幻想が
 弾け飛び続ける
 
 誰かを助け守るたびに、私の殺意は、形を持って私の目の前に描き出されていく。
 けれど、それはむしろ全く逆に、私のものとして私が捉えることをしないからこそ許されている、
 そんな野放しで、無力な幻実だった。
 それは、殺す勇気も死ぬ勇気も無いものという意味以前に、そもそも私にとって、その殺意は、
 ほとんど他人事だった。
 他人事過ぎて、他人事だから、いくらでも殺意に耽っていられた。
 その殺意で鳴らす銃口の向かう先は、憎悪そのもの。
 魔女だったわ。
 魔女という、他者だった。
 他人事なのよ。
 私は、他人である魔女という名の憎悪を打ちのめし、その憎悪に群がり勝手に燃え尽きていく
 可愛らしい蛾達を守って戦う、心優しき魔法少女なの。
 端然と、そして、深く、微笑む。
 優しい気持ちが渾々と描き出すその笑顔が、胸の内に溶け込み、私を一杯に満たしてくれる。
 その笑顔はだから、深まるばかり。
 そして
 その笑顔の素材である、私の優しさを鋳潰せば。
 そこに顕れるのは、巨大な憎悪の塊。
 憎悪の深みが、優しさと愛に深みを与えていく。
 その憎しみを覗けば覗くほどに、私はもう、その憎しみを否定する事無く、優しい気持ちに浸ることが
 出来た。
 地獄の窯で焼き上げられたその笑顔が、どろどろに溶けていくのを感じながら。
 微笑みに溶けていくその感触に愛おしさを感じながら、その溶けて崩れたものが冷えて固まったときに
 出来上がる、この世界で最も醜い私の憎悪を見てみたい。
 
 私は
 憎悪になりたい
 
 
 
 
 
  するすると解けていく服を抱いて、小さく折り畳んでいく
 
  素足で触れる冷たい浴室のタイルが、ひたひたと私の魂を揺らしてくれる
 
  私の中で揺れるのは
 
  魂だけ
 
  
   水玉を弾き丸みを帯びていく裸身を、鋭く磨いた爪でなぞりながら
 
   ぼうと浮かぶ 私の魂をみつめている
 
 
 
 
 ソウルジェム
 
 私の魂なんですって
 おかしいわよね
 なんなのよね
 死なないんだって、私
 死にたくない、なんて言う意味なんて、初めから無いはずなのに
 一体 なににしがみついているのよ、私は
 ソウルジェム
 馬鹿みたいに、ピカピカに輝いている
 何十年、何百年経とうとも、絶対に濁りそうもないほどに、それはまさに人工的な輝きを放っている。
 その鮮やかな輝きの皮一枚の下は、無よりも深い暗黒に支配されている。
 その光り輝く皮の厚さが、どれだけ潤沢なものであろうと、それは変わらない。
 この輝きを保っているのが、私の努力によるものだと思っていられるうちは、きっとその暗黒の支配は、
 私を救ってはくれないのかもしれない。
 私は必死にその支配を逃れるために、懸命にその輝きを保つために、誠心誠意、誠実一途に、
 そして、残虐無惨に狩りを展開する魔法少女を続けている。
 その継続が、持続的行動が、私を、私の魂を輝かせていてくれると、信じて。
 それは
 輝かせる以外能の無い代物で、そしてその先の無い恐ろしい信仰だったわ。
 輝かせて、どうするの?
 それを、誰かに魅て貰いたいの?
 そしてどうするの?
 それがなんなの?
 その魂は輝いていなければ意味が無い、存在している意味が無いと、そう頭の中を真っ白にさせ
 ながら喚き続けているのは、一体だれ?
 喚き続け、そうして必死にその魂を輝かせ続けているのは、一体誰のため?
 誰に、縋っているの?
 自分の力で輝けていることを、一体誰に対して誇っているの?
 魅せて、いるの?
 
 わたしは
 
  自分がほんとうに望んでいるものを
 
   盛大に    
 
         人生懸けて
 
 
  間違え続けているのじゃないの?
 
 
 
 
 
 蠢く
 闇
 真っ黒に
 その黒は
 閉じ込められ
 縛り上げられ
 雁字搦めに その首を締められている
 
 
  それなのに
 
 ああ
 
 
    生きている
 
 
 
 光り輝けなければ生きていられない、そんな真っ白な魔法に囚われている英雄的な私の物語より、
 それは、何千倍も私の魂を震撼させる、凄まじい事実。
 輝きしか生きるよすがを持たない、その私の圧倒的な惰弱さを、私の生の薄さをその事実は
 示していた。
 輝けなくなったら、死ぬしか無いじゃない。
 そう叫び続けていた幼い私のまま、ずっと私は固められ生き延びていた。
 輝く私を必死に求め続けて泣き叫んだ私は、なによりも、その輝きを必死に求め続ける私を止めて、
 深く生き直そうと願うその私に鳴き叫ばれ続けていた。
 真っ黒に目まぐるしく、活き活きと咲き乱れる、その生きた香りから耳を逸らし続けていたのは、私。
 五感のすべてを以て。
 思考と言葉のすべてを懸けて。
 私は
 私から
 逃げていた
 
  輝きなんか無くても
 
   生きている
 
    その私から
 
 
 
 
 
 
 
 『 ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな死ぬしか無いじゃない!
 
   あなたも! 私も!! 』
 
 
 
 
 
 逃げ切れないのなら
 死ぬしか、無いじゃない
 殺すしか、無いじゃない
 なんて、生存可能性の低い世界なのかしら
 どんなに弱くて、どんなに薄っぺらな自分なのかしら
 私がなににしがみついていたのか
 そんなのは・・・もう・・・
 もう・・・嫌よ・・・
 頑張っても、頑張っても、報われない世界なんて
 嫌よ・・・
 頑張って報われなければ意味が無い世界しか、無いなんて
 私は
 その世界にこそ、そのたったひとつの世界にこそ、しがみついていた
 ひとり
 それしか、無かったのだから
 ひとり
 私はひとり
 私がひとり
 私はひとりぽっち
 私が
 ひとりしか
 いない
 たったひとつの私にしがみつくからこそ、私はそのたったひとつの私が生きられる世界と、その私を
 受け入れてくれる人しか得られなかった。
 キュウべえしかいない世界。
 キュウべえと一緒にいる私しかいない世界。
 その真っ白に歪む世界を守る魔法少女って、一体なんなのよ・・
 しがみついて 頑張って
 どんどん
 どんどん
 追い詰められていく
 
 
 
 
 後輩の鹿目さんを籠絡して魔法少女にしようとしていた私は、愕然として彼女の言葉を見つめて
 いた。
 
 「 ごめんなさい。
   やっぱり私、魔法少女にはなりません。 」
 
 その言葉に諾と頷く私の言葉が、まるで断末魔の叫びのようにして、青い空に引き摺り込まれていく。
 引き摺り込まれながら、最後の最後まで、その言葉は私に呪縛を遺していった。
 ここで彼女の選択をちゃんと受け入れられたあなたなら、これからも優雅に端然とひとりで戦って
 いけるわ。
 そう
 死なないカナリアが、殺されるそのときまで
 無惨に 潔く
 永遠に
 黙って
 死になさい
 
 
 
 
 
 
 ・
 ・
 ・
 
 
 私が
 
 
 救うべきは 誰か
 
   
  そのあまりにもわかり切ったことを
 
 
   光り輝く絶望の中で
 
 
    青に沈んでいく黄色い水中花を
    
 
 
 
   やっと私は  掬い上げることが出来た
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  −  巨大なカナリアが  −
 

 

−  鳴いた  −

 
 
 
 
 
 
 
 
 それは
 笑顔と涙の奥底で無限に喚き続けた、その生命の囀りが収斂精製された、珠玉の一声だった。
 空の溶け出した深い青を湛えた世界に激震が走り、千を越す深い亀裂が乱れ飛ぶ。
 動く
 変わり始めていく
 黄色いリボンに操られ、縛り上げられ、きちんと結い上げたこの魔法少女の姿に守られていた私は、
 その私の姿に裏切られることが、怖くて、こわくて。
 竦んでいた。
 魔法少女の仕事が出来なくなったら、どうしよう。
 いつもの私の笑顔が描けなくなったら、どうしよう。
 キュウべえに
 みんなに
 
  見捨てられたら  私・・・・・っ
 
 
 キュウべえに、みんなに受け入れられていくことの中に感じていく安堵は、その見捨てられる恐怖と
 一対のものだったわ。
 誰も
 優等生な笑顔の下で、私がその安堵と恐怖に凄絶に振り回され続けているなんて、気付かない
 いいえ
 誰にも気付けないほどに、その私の無惨な世界は固く構築されてしまっていたのよ。
 それはさながら、深く水中に沈められた堅牢な棺桶のよう。
 生きたい
 死にたくない
 私の願いは、なんだったっけ?
 魔法少女になる代償に叶えた願いは、なに?
 
 そうよ
 
 
 
 
 
 + 私の願いは
 
 
 
 
          ・・  生きること
 
 
 
 
 
 あの
 葬られた車の中に閉じ込められ、押し潰されて死んでいこうとする私を
 
 救うこと
 
 
 
 
 
 −声−
 
 
 
  誰かが
 
 
    はっきりと  鳴いている
 
 
 
 
 
 ああ
 
 
 
  ほんとうに もう
 
     ひとりじゃ ないのね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  その日 
 
    私は
 
 
 
 
 魔法少女を、辞めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆
 
  ◆
 
 
      ◆
 
 
 
 
 
  ・
 
  ・
 
  ・
 
  ・
 
 
 
 
 
 正方形に真っ直ぐと伸びているその空間は、白亜の壁に閉じ込められている。
 時が経ち、そのなにも無い空間の中に、揺らぎが生じる。
 茫洋としていながら、しかし初めからその揺らぎが現れ、それがなにものかの形をとっていくという決定が
 四方に宣言されている、それはそのような確かなものだった。
 ゆらり
 陽炎のように、日差しそのもののように、あらゆる火なるもの、その眷属のすべてが、形と熱度を変え
 るようにして、ゆっくりと、そして鮮明な像を結んでいく。
 
 それは一個の巨大な、カナリアだった。
 
 瞳に白墨と漆黒の渦巻く混沌を煌めかせ、ばりばりと羽ばたきだけでその像が乱れるほどに、
 その身のすべてを刃なる羽毛で犇めかせている。
 全身是れ諸刃の剣。
 無数の剣で成り立つその身を、ひとつ震わせ飛ばすその刃の群れは、黄金色の軌跡を柔らかく
 描きながら、その足取りを茫漠と具現化させ、一本ずつのリボンを紡ぎ出す。
 それは、その刃の切り拓いた道を追いかける、一匹の小鳥の囀り。
 飛び立つ剣の柄尻を目指して、懸命にその軌跡を辿る、黄金の叫び。
 豊穣に、突き立つ。
 剣が獲物を見つけ、肉深く突き刺さり、その動きを止める、そこに追いついた金色のリボンが結びつき、
 一瞬の輝きを以て。
 獲物を、対象を。
 − 縛り
 − 爆砕する
 
 その弾けた宴を守るかのようにして、堆く白亜の壁より這い出てる、無残に錆び付いたマスケット銃が、
 四方の壁よりそれぞれ一握ずつ、その銃声を響かせる。
 空砲
 しかしその莫大な音量こそが、爆砕させた対象のあった空間に反響し、四方八方に飛び散り、
 周囲の者を痛めつけ震わせていく。
 同時に、巨大なそのカナリアの像も揺らぎ、やがて消えていく。
 空
 無残に振りまかれ折れ散った刃と、くっきりと壁に黄土色の影を遺して焼け消えたリボンだけが、
 その真っ白に埋め尽くされた空間の中に揺れる、陽炎の再誕を指し示す。
 その刃とリボンの痕跡の数と量の分だけ、その像は再び現れる。
 残骸。
 散らばる刃がその無の空間に押し潰され、鋳潰され、そうして出来上がった鉄の塊が、壁に焼き付いた
 リボンに練り込まれている設計図の通りに組み上げられていく。
 車
 次々と組み上げられていく、その初めから壊れている車は、無限にその空間の中を走り回っている。
 そして、その軌跡が編み出す黄色いリボンに結ばれた、鋼鉄の、諸刃のカナリアの像を再び顕して
 いく。
 
  そのカナリアは
 
    決して  鳴かない
 
 
 
 その空間に、色鮮やかな叫び声が上がる。
 なにを 言っているの?
 青い風
 紅い光
 そして
 いるはずの無い
 桃色の
 誰か
 次々と降り注ぐ剣の雨を躱しながら、その声達は、戦いを繰り広げる。
 
  わ た し は そ れ を み て る
 
 刃の雨に濡れる、巨大なカナリアがみえた。
 乱れ飛ぶ剣と、咲き乱れるリボン、打ち鳴らされる銃声。
 車
 車
 カナリアは消えて、消えない。
 何度でも 何度でも
 弱いくせに どこまでも いつまでも
 やっぱり、あの子達がなにを言っているのかは、聞こえない。
 羨望 嫉妬 怒り
 怨み
 三人の魔法少女がカナリアの視界に入るたびに、その巨大な黄色い影は、深い感情に揺れながら、
 それでも何度でも諸刃の剣と呪縛のリボンと初めから壊れている車によって、再生される。
 も う  や め て
 どうしてだろう
 その声を発しているのは、カナリアではなかった。
 この声は、私の声だった。
 私・・?
 わたしは
 私は、何処にいるの?
 
 カナリアを見つめている者がいた。
 白亜の壁。
 けれど、それは魔法少女達がこの空間に入ってきた途端に、その彩りを変えていた。
 青く、紅く、そして桃色の実りのままに、まるでペンキを塗りたくり描かれた落書きのように、その色を
 変化させ続けていた。
 その壁は
 白くなど、なかった。
 その壁は、透明だった。
 ただその壁が取り巻く、内側の空間そのものが真っ白だったからこそ、その壁は白亜に映し出されて
 いただけだった。
 
  それは 鏡だった
 
 黄色にだけは染まらない、決してその姿だけは映さない、透明な鏡。
 私は
 鏡なんだ
 じゃあ、あのカナリアは、なに? 
 幻影。
 そのカナリアは、鏡に映る事無く、その鏡から抜け出して、目の前の空間にこそ、像を結んでいた。
 その巨大な黄色いカナリアは、そのカナリアのいる、真っ白な空間そのものが映し出され、具現化
 されたものだった。
 鳴くのは
 初めから、鏡の仕事だったんだ。
 魔法少女と戦い、ぼろぼろになりながらも、再生を繰り返すひとりのカナリアが、どうして戦っているのか
 を知っているのは、私だけだった。
 戦って、戦って、戦わなければ生きていけない、ここにいちゃいけないと、そうして戦う相手なんて
 初めから選ぶ理由さえ無いままに、それでも戦い続ける自分が報われない、その怨みこそを、
 まだそうして潔癖な魔法少女の姿を着て戦っている彼女達に、ぶつけている。
 怨めしい
 わたしだって
 わたしだって まだ
 戦えるわよ!!
 
 紅い閃光が奔る。
 
  『 ひとりぼっちは寂しいもんな・・・いいよ・・・・一緒にいてやるよ・・ 』
 
 
 やめて
  やめてっ
 
 私はまだ戦えるんだから!
 魔女なんかじゃないわ!
 待って 待ってよ
 私だって、まだみんなのために・・・・
 ひとりなんかじゃ・・私は・・・みんなのために・・・みんなだってわたしを・・・・
 あなた達なんかより、私の方がずっと・・ずっとみんなのために・・・っっ
 待って・・・やめて・・・・・っ
 殺さ  ないでっっ!!!
 そうして泣いている
 泣きながら戦っている、それがカナリアのすべてだった。
 鏡は、私は、そのカナリアのすべてを、ずっと、ずっと、生まれたときから見ていた。
 わかった 気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 +
   +
 
 
 
 ふぅ
 大きく息を吐いて、窓から見上げた月明かりの暖かさを感じながら、キーボードから手を離した。
 なかなか、慣れてきたようね。
 自分の思っていること、感じていることをこうしてお話仕立てにして書くなんて、私には絶対出来る
 はずないと思っていたのだけれど、なんだかこう、今なら書けるというこの確信めいた感じに乗っていると、
 こうもまぁ、すらすらと書けるものだなんて。
 自分でも、ちょっとびっくりよ。
 そしてなにより、こうして自分のことを書くことに、こんなに集中することが出来て、なおかつ、それが
 こんなにも私の魂を揺らしてくれるなんて、ほんとうに、想像も出来ないことだったわ。
 事実、私は今日一日、この文章を考えて、書き続けること以外に、なにもしていない。
 誰のためでもない、自分のためですらない、ただ一心不乱に、指の動くままに、体の赴くままに、
 じっくりと、そしてどこまでも深く誘われる眠りの世界の中で泳ぐようにして、書いていた。
 ただそれだけで
 
 今まで、全く触れられることの無かった
 触れることも無かった
 私の癒されるべきなにかが、抱き締められたような感触に包まれることが出来たの。
 
 
 ほんとうに、今日はなにもやっていない。
 勿論、学校も思い切りサボってしまった。
 食事も最低限のものを食べただけだし、着ているものも学校のジャージ。
 髪は
 そう
 髪は、ただ櫛を通しただけで、いつものようには結んでいない。
 流れるままに、緩いカーブを真っ直ぐに描いて。
 几帳面で潔癖症のきらいのある私だけれど、その自分の許せるギリギリの範囲で、部屋の中は
 散らかっていた。
 ふふ
 なにもしないって思っていても、こうして少しはやっちゃうのよね。
 それが私の限界なんだと思うと、なんだかかえって逆に、嬉しいような気がしたわ。
 ああ
 これが、私なんだ、って。
 だから、これ以上頑張る必要なんて、無いんだって、おそらく私は、生まれて初めて思えた。
 なにもしない、絶対頑張らない、そう思っているくらいが、一番いいのよ。
 
 だって
 この部屋が
 この家が
 初めて
 
  私の居場所だって 感じられたのだから
 
 
 毎日毎日、まるでモデルハウスのように綺麗に調えられた部屋の中で、どこのシェフよと言わんばかり
 に腕によりをかけ過ぎた料理を作り、一体あなたどこに出掛けるつもりなのよ、というレベルにきちんと
 飾った髪と服を纏って。
 そんな完璧な生活を紡ぎ続けることの中にあったかつてのその家は、私の居場所でも、そして
 住み処でさえなかったわ。
 そんな家の完璧な世界を作るために、大いに活用していたのが、魔法だった。
 なにも出来ない子供だった私は、なにも出来ない子供のまま魔法少女になったことにより、おそらく、
 同い歳の誰よりも大人びた生活を営むことが出来るようになった。
 魔法を使い、料理を作り、髪を調え、服を用意し、掃除をし。
 勉強だって、礼儀作法だって、みんな、みんな私は魔法の力を使った。
 私の願いは、「生きること」。
 だから、生きるために必要なことに関して、その魔法は発現したの。
 私にとっての、生きるということは・・
 
 縛られ
 縛る
 
 私の魔法を一言で表せば、「縛」に尽きる。
 完璧な生活、態度、言動、それはすべて、誰かを私に惹き付け、そして縛り付けるためのもの。
 なにより、私自身をその誰かに、そして誰かのための行動に縛り付けるために、私の魔法は
 生まれたのよ。
 もっと もっと もっと高みへ
 もっと もっと 私なら出来る
 その魔法の呪文を唱えれば、私は実際、なんでも出来た。
 その魔法を、なにより私自身にかけて、私は生きてきた。
 なんにも、本当は出来ないのにね。
 泣いちゃうほど、笑ってしまうわ。
 私の中で、ずっと私を嘲笑い続けていたのは、そういうことだった。
 なにも出来ない自分が許せなくて
 弱い自分が許せなくて
 私は、自分を雁字搦めに縛り上げ、他人をも巻き込んで、私よりも遙かに巨大な、私の幻影を
 組み上げようとした。
 それが
 カナリア
 生きるために
 死なないために
 生まれた いきもの
 
 生まれたときから
  棺桶の中に閉じ込められている
   あわれな そんざい
 
 棺桶の中に閉じ籠もって、その棺桶を磨いて固くすれば、それは死なないものね。
 でも、それは棺桶なのよ。
 いつか、燃やされて、消えていく、死を迎えるための、そんな場所。
 私が魔法を使ってやってきた、それが私が生きるために必要だと思ってきた、そのすべては、その棺桶
 を堅牢に磨き上げるだけのものにしか、過ぎなかった。
 寂しかったのよ
 ひとりが怖くて、ひとりじゃなにも出来ないから。
 だから
 誰かに助けて欲しかったのよね。
 それが、その激しい誰かへの執着自体が、私を縛り上げ、閉じ込めていた。
 どうして・・
 どうして、私は私ひとりで生きていけないだなんて、そんな風に思ってしまったんだろう。
 それは
 私の見ていた
 私の瞳に映っていた世界そのものが、
 
 あまりに、厳しかったから
 
 あまりに多くのものが求められていた。
 あまりにも、生きる事が許されるために必要ななにかの水準が、高すぎた。
 完璧にやり切らないと。
 みんなのために生きないと。
 生きては、駄目。
 生きる価値無し。
 だから、頑張ったのよ
 そんな高いハードル、ひとりで越えられる訳もないのだから、だから・・・
 だから、誰かに助けて貰って、それを越えようとしたのよね・・
 馬鹿よ・・・ほんとうに・・・私は馬鹿
 
 越えなければ、いい。
 
 越えるためにみんなの助けを借りたり、みんなのために生きなければいけないというのなら。
 越えなければ、いい。
 幻想。
 私の設定した、生存条件そのものが、初めから、私にとっては高すぎたのだから。
 私は、なにも出来ない子供らしく、なにも出来ないまま生きることが、出来なかったのね。
 
  だれも 
   その何も出来ない
    両親を失って たったひとりで生きることになってしまった 幼い私を
 
    無条件で  受け止めてはくれなかったのだから
 
 
 誰か達の出した条件をこなす事が、私にとってはだから、まさに。
 生きること。
 そういうことだったのよ。
 その条件をこなすためになら、私は自分の魂がどれだけ危地に陥っていようと、そのことを完全に
 無視し切って頑張り続けた。
 誰の助けも得られないと悟ってからも、ひとりでひたすら、頑張り続けた。
 他の誰でもない、みんなのために頑張れる、そのたった私ひとりに、しがみついて。
 やめよう。
 やめなさいよ。
 いい加減にしなさいよ。
 誰かの助けを得られるのなら、まだ頑張る?
 鹿目さんが一緒に戦うって言ってくれたら、まだ頑張る?
 
 ひとりでも戦い続けられる力を得られたら、まだ頑張る?
 
 
 いいえ
 もう
 自信を以て
 私は
 
 頑張らないわ。
 
 
 魔法少女を辞めたあの日、私は自分が一体どれだけのものを背負い込んでいたのかを、知ったの。
 逆に言えば、それまで全く、そのことに無自覚だった、ということね。
 もう魔法は、使わない。
 これも逆に言えば、魔法を使わないことで、自分が一体今までどれだけ魔法を使っていたかを知る
 ことが出来るようになる。
 家事一切に関して、私は物理的な魔法を使ってこなすことはもとより、魔法の呪文で自分を動かして、
 完璧にこなすことも放棄したわ。
 そうするとね、頼りになるものといったら、あとは私の気分しかないのよ。
 気分や、体調や精神状態によって、家事の内容と、その出来が変わる毎日。
 + 鮮彩だった
 世界が、変わった。
 あまりにも刻々と変化するその様相に、私は笑ってしまうくらいに、まるで対応出来なかった。
 でも
 これでいいんだっていう、とてつもなく深い開放感。
 今日はいい加減にやった分、明日は頑張らなくちゃ、というのは、それは実は魔法の範疇に含まれる
 ものだって、このとき初めて気付いた。
 −縛−
 それって、気分じゃないのよね? 一種の取引のようなもので、差し引きをして最終的に完璧になれば
 いいということで、結局は完璧をやろうとしてる。
 そうすると、その差し引きを成立させることに頑張っちゃうから、結局のところ、なにも出来ない自分を
 許せなくなっちゃう。
 今日がいい加減なら、明日もいい加減でも、いいじゃない。
 明日は明日の風が吹く、その言葉がこんなにもしっくりと感じられる日が来るなんて、今までの私からは
 想像も出来ないことだったわ。
 駄目だった分は、取り返さなくていい。
 それだけで、なんだかとても深く、赦されて、癒された気がする。
 
 勿論、初めの頃は、そんなことはとんでもなく怖いことで、不安極まりないことだったわ。
 そのときの気分や、体調や精神状態によってやることを決めるなんて、そんなことをしていて、もし
 ずっと気分が悪いまま、体調なんかもずっと駄目だったら、私は駄目なままなにも出来無いじゃない、
 そういう風にね、雁字搦めに思い込んでいた。
 思い込んで、追い込んで。
 だから、頑張らなくっちゃ、ってね。
 辛いときこそ、苦しいときこそ、頑張って、戦って、だから色んなことが出来るようになるんだって。
 だって
 だれもたすけてはくれないのだから
 
  ・ ・  わたしを 見捨て ないで
 
 
 もし
 もしあのとき、鹿目さんが魔法少女になって、私と一緒に戦ってくれると言ってくれていたら・・
 私はきっと、死ぬまで戦い続けていたんだと思う。
 そうよね・・・
 戦って、頑張って、完璧に、辛いときこそ、苦しいときこそ、ぼろぼろになるまで・・・
 要するにね・・
 私は、変化が怖かったのよ。
 辛いときこそ苦しいときこそ頑張るっていうのは、つまり、私がどんな状態であっても頑張り続ける、
 そういう変わり映えの無い、単調な自分の姿に縋っていたからなのだと思うわ。
 だから、辛いときこそ苦しいときこそ、その自分の精神状態や体調が反映されて咲き乱れる、
 その世界の変化を恐れている私の恐怖は高まっているから、 より頑張ることでいつもの自分であろうと
 するのよね。
 こわくて
  こわくて
 
  どうしようもないくらいに 怖くて
 
 
 目を瞑り、耳を塞ぎ、鼻を摘み、そして。
 口を、縛る。
 私は、魔法少女の自分に、酔っていたのよ。
 それに縋って、しがみついて・・・
 気付けば私には、その私しかいなくなっていた。
 魔法少女の私しか、その世界にはいなくなっていた。
 そして、魔法少女の、地獄よりも鉄壁に封をされた、その願いと契約によってのみその存在が許される、
 恐ろしく歪んで孤独な世界だけが、私の目の前には永遠に死ぬまで広がっていたの。
 それは、無限の憎悪の温床。
 それこそ、魔女の苗床。
 そうね
 私
 やっと一番大切なことに、気付いたのよ。
 
 魔女というのは、魔法少女であろうと永遠に思い続け、願い続け、そして。
 その想いに縋りつき、しがみつくことで、生まれるもの。
 いえ
 魔法少女そのものが、既に魔女なのよ。
 魔法少女でいられなくなるからこそ、魔女になるのじゃなかったのよ。
 魔法少女であり続けるからこそ、魔女になる。
 魔法少女でいられなくなったら、潔く綺麗に死になさいというその宣告に抗い、なんとしても魔法少女
 を演じようとし続ける、その魔法少女にしがみつく女の子の怨念こそ・・・
 
 
 だから
 
 魔法少女を自ら辞めれば、魔女には絶対に、ならない。
 
 
 
 そして私は
 魔法少女を辞めた私を
 誰にも
 私にも
 
 絶対に、殺させは、しない。
 
 
 
  + 今度こそ、生きたいという私の願いを、自分で叶えるために。
 
 
 
 
 
 ◆
 
 
 魔法少女を辞めようと思った瞬間から、私の魔法少女はその優しい仮面を放り投げ、魔女の顔を
 私に向けて、そして襲いかかってきた。
 魔法少女を辞めるお前に生きる価値は無い。
 魔法少女が、魔女という殺意を私に向けて発してくる。
 私はその殺意に翻弄されて、文字通り地獄の日々を送った。
 もういやだ
 そうはっきりと鳴いた誰かの声だけを頼りに、私は必死にその魔女の攻撃に晒される中をこそ、
 生き延びた。
 私だってまだみんなのために頑張れる、魔法少女に今からでも戻ればいい、私なら大丈夫、頑張れる、
 そう叫び続ける魔女は、どうみてももう、魔法少女そのものだった。
 みんなの幻影が飛び回り、その魔女としての魔法少女が、私をなんとかこれまでの世界に縛り付け
 ようと、たった一瞬も逃さずに、一日中、私を責め上げた。
 責め上げながら、おまえはまだやれる、やれる子なんだという褒め言葉をちらつかせ、陰に陽に私を
 戦いの物語の文脈へと回収しようと、その私の最悪の天使達は囁き続けていた。
 その囁きは今までずっと
 私の、生き甲斐だった。
 ひとりじゃ無いって、思えるために必要な、それは夢物語の奏でる響きだった。
 その響く語りの中にこそ、私はいて、私はそこに閉じ込められ、しがみついて・・
 
 一日中、部屋の中で蹲る。
 必死に、私は私を守り続けた。
 魔法は、絶対に使わない!
 考える。
 私を支えたのは、純粋な思考だけだった。
 思考にしがみついた。
 私の魂を守るために、必要なことはなにか。
 ソウルジェムを魂に比定して考える。
 ソウルジェムが濁ると、どうなってしまうの?
 濁り切ると、魔女になってしまうと言われている。
 じゃあ、ソウルジェムが濁る条件って、一体なに?
 キュウべえに問い質す。
 キュウべえは答える。
 それは、魔法を使ったときと、精神状態が悪化したときだ、と。
 精神状態が悪化するって、どういう意味?
 キュウべえは答える。
 質問されれば、キュウべえは嘘を吐けない。
 私が予想していた答えを、そして、本当は遙か昔から知っていて、でもずっと目を背けていた答えを、
 目の前の白い空間は、答えた。
 それはね
 
 
 自分がほんとうに求めているものが、わからなくなるという意味だよ。
 
 
 私を責め立てる激しい声に支配されたとき、ソウルジェムは、びちゃびちゃと綺麗な音を立てて、
 黒く濁っていく。
 みんなのためにがんばらなくちゃ魔法少女になっていっしょうけんめいにたたかわなくちゃ
 りっぱな人にならなくちゃ
 その魔法少女の囁きこそが、私の魂を危地に追い込んでいた。
 同時に、私なんてどうせ駄目なんだ、もう無理よ魔法少女なんて、どうせ私がなにしたって誰かが
 助けてくれるわけじゃないし、いいのよ私なんてもう、という私の上げる呪詛もまた、魔女の囁きを受け
 て発動するものだった。
 その魔法少女と魔女の囁きは、誘惑は、全く同じものだったわ。
 そのふたつの根底にあるものは、つまり。
 自分自身の喪失。
 魔法少女でも理想の自分でも、そういう像として造型された「自分」が無ければ生きられない、
 そんな惰弱な世界。
 「自分」にしがみつき、縋りつかなければ生きていけない。
 
 「自分」への、依存。
 
 
 魔法少女をやり続けていられるうちは、その甘美な自分の映し出す世界に酔い痴れることで、
 そのことを忘れていられるけれど、なんらかの事情で魔法少女の仕事が出来なくなってくると、
 再びその酔いによる忘却を手に入れるために、そのためにこそ、魔女になるの。
 求めて、求めて、求め続けて。
 同じでしょ? 魔法少女も魔女も。
 「自分」にしがみついて、それ無しでも生きている、生きていかなくちゃいけない自分から逃げ回っている、
 そしてそんな事が許される世界を守る魔法少女なんて、まさに魔女そのものでしょ。
 自分自身から逃げ回り、「自分」を探し求め、そうして逃げ続けた人達が蛾のように吸い寄せられ、
 その中心で高々と焔を上げて燃える魔女に焼かれ、火に葬されていく。
 魔法少女が救うのと、魔女が燃やすのと、それはどちらも同じこと。
 魔女そのものを滅ぼしたところで、そもそもその魔女は私達の私達自身から逃げ出したい、その
 願望を満たし願望に縋りつくために生まれてきた、まさに「自分」なのだから。
 魔法少女は、希望。
 でもそれは、私達が私達自身と向き合い、そしてひとりひとりを生きていくことから逃れるための、
 そんな理想郷にして、歪んだ光に飾られた棺桶の中の楽園としての希望にしか過ぎない。
 
 わたしは
 それこそが
 嫌だったのよ
 
 
 どうして
 どうして みんなと同じ場所に行かなくちゃいけないの?
 どうして、みんなと同じ風に考えて、感じて、求めなくちゃいけないの?
 それらみんなというものに求められている希望しか無いなんて、それこそ本当の絶望よ。
 でも、魔女の絶望は、その絶望では無かった。
 魔女の絶望は、あくまでその希望としての魔法少女に成り切れない、けれどその楽園を目指し続ける
 者の絶望にしか過ぎない。
 あくまで魔女は、魔法少女を肯定するための存在なの。
 その楽園に行けないのなら、魔法少女でいられないのなら、みんな死ぬしか無いじゃない。
 私は、そんな戯言を悲劇だなんて言葉で済ます訳には、もういかなかった。
 私は魔女にもなりたくないし、魔法少女にもなりたくない!
 私が求めていたのは・・ただ
 ただ・・
 
  私のままに  あるがままに 生きたいということだけよ!!
 
 
 
 私は
 
   魔法少女でも、魔女でもない
 
 
 
    私は    人間よ!!
 
 
 
 
 魔女の絶望。
 私の魔女は、カナリア。
 そのカナリアは、決して鳴かない。
 だって、鳴いて危険を知らせてしまったら、そのカナリアはもう、魔法少女になれないでしょ?
 魔法少女そのものが、まさに危険そのものなのだから。
 そのカナリアはただ、魔法少女になるために、ただ泣きながら苦しみに耐えて、黙って頑張っていただけ。
 そのカナリアは、私の魂に対する背信者。
 こんなに苦しいのに、辛いのに、この魂の危機を私に知らせずに、死ぬまで魔法少女を目指し続ける。
 それを、ずっと嘲笑い続けていた声があった。
 その嘲笑こそ・・
 本当の
 私の大切な、隠されていた、カナリアの声だった。
 
 いつまで、そんなぼろぼろになってまで戦い続ける気?
 
 その嘲笑の示すものを無視して、私は逆にその嘲笑に反発することで、戦う力を得続けていた。
 私がほんとうに求めているものを、見失い続けながら。
 そうね、それなのに私のソウルジェムが、その輝きを馬鹿みたいに保ち続けていたのは、一体
 どうしてなのかしらね?
 私が魔法少女として頑張り続けていたのは、そうするしか無いと思い込み、そしてそれが私の幸せ
 なんだと、それが私の本当に求めているものなんだと叫ばなければ、自分がそんなことをしていては
 いけない、それが自分の幸せではない、それが私の本当に求めているものではない、という現実
 から逃れることが出来なかったから。
 ええ
 みんなのために頑張るってことは、誰にでも一番手っ取り早く見つけられる、そういう自分からの逃避
 手段なだけだったのよね。
 今なら、よくわかるわ。
 今私は、もう二度とあんなことはしたくないって、はっきりと思えるもの。
 そしてね、だったらじゃあ私は、なんでそうして自分から逃げて自分を見失い続けていたのに、
 こんなに優等生なソウルジェムを持っていられたのかしら。
 答えは、驚くほどに簡単。
 グリーフシード。
 それの御陰よね。
 嘆きの種。
 魔女を倒すと、それは手に入る。
 
 嘆きっていうのは
 
  自分の ほんとうの叫び
 
  魔女の絶望の、そのさらに奥深くに仕舞われている  魂の叫び
 
  カナリアの鳴き声
 
 
 − もう魔法少女なんて嫌
 ただ誰かのためだけに頑張り続けて自分自身から逃げ続けている事、それ自体に向き合うための、
 その魂を救うためのものを、嘆きと言うのよ。
 そしてそれを、魔法少女は。
 他人から奪う。
 そのために魔法を使い、戦う。
 笑ってしまうわ。
 どうすればよかったかなんて、あまりにも簡単過ぎて、本当にもう・・・
 自分で、嘆けばよかったのよ。
 なにもかも放り出して、一日中引き籠もって、迫り来る魔法少女の誘惑に負けずに、もう魔法少女
 なんて嫌だと、どうして私は今までそんなことしてたんだと、その私があまりに可哀想じゃないかと、
 そうやって嘆く、それ自体がつまり、私の精神状態を安定させるために、なにより必要なことだったのよ。
 逆に言えば。
 
 自分でそれをせずに、それを他人から盗んできたからこそ
 いつまで経っても、魔法少女で居続けることが出来てしまったのよ。
 
 
 魔女を倒して嘆きを手に入れることが出来たから、私は魔女を倒すという使命をもった魔法少女を
 やり続ける事が出来た。
 これも逆に言えば、魔法少女を辞めたいという自分の嘆きを隠して、他人から代用品を得ることで、
 魔法少女でいる事が出来た。
 自分で嘆いた瞬間に、魔法少女ではいられなくなる。
 そしてね
 魔法少女を辞めるためには、きっとたぶん、魔女になることは不可欠だったのかもしれないのよ。
 魔女というのは絶望であり、それは同時に呪いでもあるの。
 呪いっていうのは、まだ諦めていないのよね、希望を。
 希望に縛られて、必死に手を伸ばして、それ以外に目を向けなくなる状態。
 それはつまり、魔法少女が最も先鋭化した、魔法少女の究極だとも言えるわ。
 誰かのために頑張って、頑張って、辛くて、苦しくて。
 そしてそれが募って、脇目も振らず、誰かを傷付けてでも、誰かのために、誰かのために。
 魔女の呪いは、そうして突き抜けていく魔法少女の祈りそのものだし、そして、だからこそ。
 もう嫌だ
 もうこんなこと 嫌だ
 そういう自分のほんとうの気持ちに繋がるための糸口を、それは見つけてくれるものなのかもしれない。
 呪って、呪って、呪い続ける。
 心ゆくまで呪い切り、暴れて、無茶苦茶に。
 それがきっと、自分の限界を、自身が「自分」をやることの限界を、知ることに繋がっていく。
 私
 それ やっていたのよね
 誰かを助けながら
 誰かを呪ってた
 どうして私は助けて貰えないの、って。
 私は魔法少女をやりながら、ずっと同時に魔女をやっていたのね。
 だから私は、その自分の魔女を書き出すのに、それほど苦労はせずに済んだ。
 私のカナリアは魔法少女を守るために口を縛られていたけれど、でもそれは、そうして口を縛られて
 いる事自体への怒りを深く醸成することで、それが叫びへと、鳴くことへと、嘆く事へと昇華されていく
 事が見込まれていたものだったのかもしれないのよ。
 
 そうね
 
 私に足りなかったのは
 
  そうして私を取り巻く世界に対する、怒りそのものだった。
 
 
 怒りが足りなかったからこそ、依存した。
 ううん、自分ひとりで生きる自信が無かったからこそ、怒りを自ら剥奪してしまったのかも。
 だからもう、魔法は使わない。
 魔法少女にはならない。
 魔法を使わなければ、魔法少女にならなければ、ソウルジェムが黒く濁ることはない。
 そう
 自分の力で生き、自分のために生きれば、私の魂は健やかに輝いていられる。
 そして、自分のために生きようと、自分自身と向き合って生きようと思えば、自分の力以上のものを
 得て、自分以外のなにかに逃げ出すことも無くなるわ。
 私は考える。
 こうしてずっと思考の海をたゆたいながら、なんとかその自分の語りにしがみついて今日を生きている。
 いいのよ
 しがみついたって
 それ自体は悪いものではないのよ、依存も。
 勿論
 呪いも、希望も。
 
  自分を
 
      生きるためには ね
 
 
 むしろ、その自分を生きるためにこそ、私は今こうして、必死に生きているのよ。
 私は、あの日、車の中で死に瀕したときから、私自身の生を奪われた。
 ええ
 私の生を生きるための、そのための命は与えられなかったの。
 私に与えられたのは、私以外の何者かに私がなることが条件で与えられる、そんな命だけだった。
 私が、生きることが、命を持つ事が当たり前だという観点からすれば、私はそんな雁字搦めの命で
 私を縛り上げたキュウべえを憎んでいるわ。
 それはとっても、私には必要な怨みだった。
 だって
 その怨みを昇華することで、私はそのキュウべえに縛られた、私に突き付けられた地獄のような世界
 に対して、否と鳴き叫ぶ、その私の怒りに満ちた嘆きによって、本物の私を誕生させるのだから。
 そしてその怒りこそが、私を私自身を縛り上げていた呪縛から解き放ち、私を私に向き直らせて、
 深く生き直すことへと、私を導いてくれるのよ。
 そのときにはもう、私は呪いから手を離している。
 だって、もう必要ないんだもの。
 私はもう、キュウべえを憎んではいないわ。
 
 
 
 
 ・
 ・
 ・
 
 と、いう物語を、さっきからずっと、全く休まずに書き続けていた。
 椅子に座り、机の上にひっそりと置かれた小さなパソコンの画面を凝視しながら、私は瞬くのも忘れて、
 真っ直ぐに固まった体のまま、必死になにかを綴っていた。
 ああ
 こんなに腰が痛いのに
 こんなに頭がくらくらするのに
 こんなに 意識が朦朧としているのに
 私は、それを無視して、書き続けてしまう。
 頑張り続けてしまう。
 気付いたときには、どうしようもなくカチコチに固まった体に縛り上げられて、その場にいることさえ困難
 な苦しみの底に叩き落とされる。
 そして
 その苦しみの中ですら、凄まじい精神力を無理矢理発揮して、ただひたすら書き続ける。
 書いて
 書いて
 どんどん私は、私から解離していく。
 言葉と魂が離れていく。
 ああ
 駄目ね
 まだまだ、全然駄目ね。
 
 自分のほんとうに求めているものなんて、それこそちょっとしたことに沢山犇めいている。
 私は今、腰が痛い。
 私は今、頭がくらくらする。
 意識が朦朧とする。
 だから
 休みたい 治したい
 私が今ほんとうに求めている、その当たり前の、そして真の欲望を叶えることをせずに、私が書いている
 それは、それは、今本当に、それらの欲望を無視してでもやり遂げなければならないものなのかしら?
 私は、そうした人間としてあまりに当たり前な、生理的欲求のほとんどを素通りしてしまうの。
 今日は気分があまりぱっとしない、だから今日は無理をするのをやめよう。
 今日は朝のニュースで見た女の子の髪型が可愛かったから、ちょっぴりそれを真似してみよう。
 私は、そういう欲求を、リアルタイムな欲望を、すべて、無視する。
 無視して、そして。
 魔法少女の、道徳的で、頑張り屋で、しっかり者で。
 黄色い髪をくるりと綺麗に巻いて、リボンで閉じた水中花を、型通りに咲かせる女の子。
 それから、一歩も動かない。
 こんなに苦しいのに、やりたいことは他にあるのに、その黄色い魔法少女の「自分」に沿って出来
 上がる、それこそ設定通りの時間を、1ミリたりともずらすことなく生きている。
 いいえ
 演じることを、生きていたの。
 
 私に蓄積されている、魂の痛みは、とてつもない質量を以て私を蝕んでいるのに、私はずっと、
 その体に全霊の力を込めて無理矢理操り、動かし続けていた。
 ふふ
 魔法少女をやっているときの、その苦しさといったら生き地獄以外のなにものでもなかったけれど、
 でも、そうして無理矢理頑張り続ける「自分」にすべてを込めていられた分、それはある種の快楽が
 あったわ。
 でも今は、それが切れた。
 私は、魔法少女をやらないと決めた。
 他の人のことなんて、知ったこっちゃないわよ。
 それはその人達が向き合うべき問題で、その人達自身が負うべき責任よ。
 自分達で、なんとかして頂戴。
 私も、自分に向き合って、その責任を取るわ。
 
  + 他人を助ける快楽に、私はもう、溺れたりしない。
 
 その途端に、今まで蓄積されていた、そして堰き止められていた私の痛みと苦しみと、変化と時間が
 押し寄せてきた。
 ああ
 私って、こんなに・・・・こんなにも・・・・・辛かったのね
 こんなの・・・ほんとうに・・・魔法少女に縋りついた私の気持ちも・・・わかっちゃうわよ・・・
 私は日々、そうして次々と舞い降りてくる痛みとひとつひとつ向き合い、そしてそれを癒すための、
 そういう戦いを続けている。
 我慢するのではなく、癒す。
 目を背ければ我慢出来る、でも癒すためには目を背ける訳にはいかない。
 なにひとつ、出来ない日もあったわ。
 一日中、部屋の隅で頭から毛布を被って、真っ黒に染まっていくソウルジェムの幻影に怯えながら、
 必死に蹲っていたときも、あった。
 訳もなく、ぼろぼろと涙が零れ落ち続ける日も、あった。
 そして今もまだこうして、自分のほんとうの欲望を叶えずに、ひたすら文字を書き続け、自己分析を
 重ね、自分をなんとかしようという、そういう「自分」にしがみついてしまったりする。
 自分を変えようとしてしまうのよ、ええ、自分が時々刻々と変化していく事を、全く受け入れることが
 出来なかったから。
 私は私を、変化から逃れられる自分にこそ、変えようとしていたのよ。
 ソウルジェムが黒く染まっていくのは、なにもせずに部屋に蹲り続けているときではなく。
 なにもしない自分を責め、そしてなにかをせずにはいられない自分に駆り立てられるときだった。
 それが、魔女であり、魔法少女の誘惑だったのよ。
 
 
 ほんと、おかしいわよね、結論がキュウべえを憎んではいない、だなんて、またそんな優等生なことを
 言っちゃって。
 そうして「前向きな自分」を開発出来る、その優位性をなにかに誰かに対して示しながら、私はただ
 そのまたひとつの優等生な「自分」にしがみついているだけなのよね。
 
 キュウべえへの怒りにこそ、全く染まれていないくせに。
 
 ただの一度だって、正面切って、私がキュウべえにされてきた事のひどさと向き合ったことなんてないのに。
 感謝の気持ちなんかこれっぽちも無いのに、感謝の気持ちを持っていない事を責められる事が怖くて、
 だからキュウべえに感謝出来る物語を自分の気持ちに上書きして、操作して・・・
 
 私だけは
  キュウべえに、感謝しちゃいけなかったのに
 
 私こそが、私自身のキュウべえへの怒りを、受け止めてあげなければいけなかったのに。
 
 キュウべえに感謝出来る、そんな素敵な女の子の自分にしがみついて。
 そうする事で、誰からも批判や否定をされないと学習してきた。
 私の今までの人生なんてそれこそ、それこそ、キュウべえへの怒りの隠蔽工作の積み上げそのものよ。
 私の人生すべてを重しにして、厳重に封をしてあった、その怒りの上に私の人生はあった。
 怒れなかった。
 誰も、その怒りを受け止めてくれる人はいなかったから。
 ううん
 誰もいないと思っている、私しかいなかったから。
 私の怒りを受け止めてくれる人なんて誰もいないと、そう私が思うのは、つまり。
 私自身が、私の怒りを理不尽だと考えることしか出来ないからよ。
 私は
 私の怒りを
 受け止められない
 怒りなんて・・・
 理屈でも、ましてや道徳とはなんの関係も無いのに
 怒りに善悪なんて、無いのに。
 この怒りは良くて、この怒りは良くない。
 私はそうして、私自身の怒りを査定されることを恐れて、その怒りを私自身の奥に仕舞い込み、
 そして、怒り自身もまた私の中に引き籠もった。
 そうね
 私は、私の怒りを受け止めることは出来なかったけれど、守ることは出来ていたのかもしれないわね。
 
 いつか
 
 私が、自分の怒りを受け止めることが出来るようになる、その日まで

 
 怒りを受け入れた私の瞳こそが、この世界に、その私の怒りを受け入れてくれる人の姿を映し出すまで
 
 
 
 ああ
 
  ほんとうに
 
   私って
 
 
 
 
 
 誰かに 聞いて欲しかった
 
 
 
  キュウべえ・・
 
  私はあなたのせいで・・・あなたに感謝しなくちゃいけないって思わなくちゃいけなくなって
 
  私はただ あなたに優しくして欲しかったのに
 
  私を見て欲しかったのに
 
   あなたは魔法少女の仕事の話ばかり
 
  
  悲しくて、悔しくて、どうして私があなたのためばかりに頑張らなくちゃいけなかったのよ
 
  どうしてそれが、私のためだなんて言ったの?
 
   嘘吐き!
 
    あなたは嘘しか吐かなかったじゃないっ!
 
 
  あなたは
 
   あなたの世界のことしか考えてなかったのよ!
 
 
 
     私は
 
        あなたの世界の住人じゃ無い
 
 
 
  私には    私の生きる世界があったのにっっ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 おとうさん・・
 
 
   おかあさん・・・・
 
 
 
 
  どうして
 
 
 
    死んじゃったの?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

「 その嘆き 」

 
 
 
 
 

「 私達の前で もう一度 魅せてくれないかしら? 」

 
 
 
 
 
 

 

 
 
              +
 
 
 
 
 バネに弾かれたように、固まり切った体が後ろを振り返る
 冷えた夜の帳に包まれた、暗い部屋に差し込む月明かりの中には
 白い
 少女がいた
 
 あ・・・あなた・・・・・
 誰? 
  どうやってこの部・・・
 
 
 
 
 
    「 随分と
 
 
 
 
 
 
 
      素直に生きられるようになったのね
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

泣き虫みーちゃん 」

 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 私の封が
 
 ひとつひとつ
 仄白く解かれていく姿が
 月光に映えて
 とても
 
 
  綺麗だった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 中途半端に散らかった部屋の有様を背で見つめながら
 その白い少女は
 ひんやりと 咲くようにして座っていた。
 
 窓の彼方に嫋々と浮かぶ明月の囁きが、そのすべてを克明に濾過され、部屋の中へと舞い降りてくる。
 さらさらと玲瓏な響きに包まれ、その少女の身を彩る細身の黒衣と流れる黒髪は、ただその白い肌の
 影のようにして、彼女に付き従っていた。
 − 闇より深い白
 その肌に率いられ、その姿は月明かりの中に溶けているようでありながら、確実にその輪郭を保って
 そこにいた。
 それはさながら、生気を帯びた、一刻の刃紋のよう。
 けれど、彼女そのものからはむしろ朧な儚さ、そして今にも消えてしまいそうな幽き鼓動しか伝わって
 こない。
 今彼女は本当にそこにいるのだろうかと不安がらせるような、そんな、畏れ。
 もし、私が今、なにか言葉を発したら、その懐に潜り込まれ、一刀の下に斬り捨てられるのじゃないか
 という、それは剽悍とも呼べる、戦慄だった。
 月光に濡れる黒髪だけが、抜き身の白刃の煌めきを収める鞘となって、ひっそりとその長い影を足下に
 滑り込ませていた。
 にも関わらず。
 幽霊じゃ・・・ないわよね?
 私の胸に浮かぶ言葉は、すべてそれだけだった。
 瞬きひとつでその姿が掻き消えてしまいそうな、或いは、落ち着いてよくよく見れば、髪型が似ている
 暁美ほむらと、見間違えているのじゃないかと、そういった私の思考が、決定的に私のなにかを堰き
 止めていた。
 なに・・・なんなのこの感覚は・・・
 
  思い出す
 
 目の前に座る少女のその顔に浮かぶのは、無表情ではあっても、無機質のそれでは無かった。
 
 思い出せ
 
 私をあの呼び名で 呼ぶ人は・・・
  
 思い出していた。
 
 泣き虫みーちゃん
 そう呼ばれた瞬間に、私は彼女が誰であるかを既に理解していた。
 
  −私が 誰であるのかも
 
 でも
 目の前に座る、その人の姿は・・・
 どう見ても、私の記憶にあるその人の姿とは一致していなかった。
 思い出の中のあの人が成長した姿とも、どうしても思えなかった。
 別人のよう、というよりも、本当にあの人は、あの子は昔、私の目の前にいたんだろうかと、存在自体
 を疑わせるような、それはあまりにも絶対的な隔絶だった。
 
 隔絶と
 
  そして
 
 
 
 
   − 別離
 
 
 
 
 待って
  嫌・・
 
  おねえちゃん・・・・・
 
 
 
 
 
 「つきよ・・おねえちゃん・・・・?」
 
 
 
 忘れていたくせに。
 顔だって、姿だって
 私があの人に抱いていた想いだって、全部。
 忘れていたのに。
 あの人しか呼ばなかった私の呼び名が響いた瞬間、私の胸に灯ったあの人の名前が、ひとつひとつ、
 私のすべてを解除していった。
 あの人の存在自体、私は忘れていたのに。
 私は・・
 あの人に、ずっと会いたかったはずなのに。
 顔や姿が違っていようと、たとえ目の前の人が別人だとしても。
 私は
 おねえちゃんの名前を、呼ばずにはいられなかった。
 
 「そうね、あなたにそう呼ばれていたこともあったわね。」
 
 宮森月夜。
 私が両親を失う直前まで、幼馴染みとして一緒にいてくれ、そして私にとっては家族以上の存在だった。
 私より、三つ年上だったから、今は高校生のはずだ。
 −− 学校に 通っているのならば
 通っているはずだ、月夜おねえちゃんが通っていないはずない、あのおねえちゃんが通っていないなんて
 あり得ない。
 私は激しく、しがみつくようにして、その記憶の中の月夜おねえちゃんに取り縋っていた。
 月夜おねえちゃんは、私と同じ小学校に通い、私とは違い、学年一位の成績優秀者であり、
 そして間違いなく学校一の優等生だった。
 私と違い、バスケットボールという情熱を傾けられるスポーツとも出会い、無論優秀な成績を収めた。
 −− 学校に 通っていないはずが無い
 おねえちゃん おねえちゃん 月夜おねえちゃん
 目の前にいる、おねえちゃんの幻影が、それが本物であっても偽物であっても、私の頭を支配する
 物語の交錯は止まらない。
 当時、おねえちゃんは髪を鮮やかに短くカットしていて、ショートカットのカッコ良さをその瑞々しさで
 示していた。
 気さくで、強気で、そして同時に繊細な優しさがあって、その嫌味の無いカッコ良さが女の子達の人気
 はもとより、男子達からも共感を集めていた。
 完璧人間。
 − 恥ずかしかった。
 おねえちゃんの家は、いわば中の上から或いは上の下くらいの経済的豊かさを示す感じで、丁度
 目の前の通りに面する私の家とは、お向かいさん同士だった。
 ウチも同じくらいの家だった。
 でもお隣さん同士ではなかったから、家同士は特別付き合いがある訳ではなかった。
 私は、小さいときから、ほんの小さなときから、丁度私の部屋の窓から見える、向かい家の部屋の窓
 に映る、淡い女の子の影をずっと見つめていたのに。
 
 −−−−  そのシルエットに靡く髪は まるで濡れているように黒く 流れるように長かった
 
 私が小学校に上がるまで、あの子とは実際に会ったことも無ければ、そして名前すら知らなかった。
 そう・・
 あの頃、ほんとうに、あの子の姿を、外で見たことは無かったんだ・・
 揺らぐ
 揺れる
 ああどうしよう 繋がっていくのを 止められない
 おねえちゃんは、月夜おねえちゃんは、いいえ、宮森さんは。
 
 私の一家が交通事故に遭う、その直前に引っ越したんだ。
 
 両親はその理由を言わなかった、というよりも、私とおねえちゃんがそれを伝えるに値するほどの仲
 だったとは知らなかったゆえに、私は少なくとも誰からも月夜おねえちゃんの一家が引っ越した理由を
 聞いていない。
 当人、以外からは。
 
 
   「わたし・・・・・お化けなんだ・・
 
      もう     人間やるの   無理なんだ  」
 
 
 あの日
 あの 真っ青な日差しに照らされた部屋の中で
 おねえちゃんは・・・
 笑っていた。
 へらへらと、なんだかもう、どうしようもないくらいに、笑っていた。
 爽やかな笑顔が綺麗だった、あのおねえちゃんの笑顔とはかけ離れた、死にそうな笑い顔だった。
 
 私と月夜おねえちゃんは、私が小学校に入学し、初めて登校した日の朝に、初めて出会った。
 「おはよう。」
 互いの家の前の道の上で、そうおねえちゃんが言ったのを、今でもわたしはきっと・・
 まるで昔からの知り合いのようにして、こともなげに、さりげなくそのショートカットの女の子は言ったのよ。
 私が、ずっと小さな時から、向かいの家の部屋の中に咲く、肌の白い、そして流れるように長く黒い髪
 の女の子の姿を眺めていたように・・・
 おねえちゃんも・・・向かいの家の玄関から出て、家の前の通りを歩いてどこかに行く、そんな女の子の
 姿を、ずっと・・ずっと見つめて・・
 日の中を・・・それでも歩いている・・・その女の子のことを・・・
 そして・・私は・・・・目の前にいる髪の短い女の子が、ほんとうに、あの窓の中の女の子なのかと・・・
 ずっと、互いの気付かぬ間に見つめ合っていた、それはすれ違いの幼馴染み。
 私は弱虫で、すぐ泣いて、とにかく泣き虫だった。
 でも、私はなぜか、両親に甘えた記憶が無かった。
 両親は娘をそれなりに深く愛していたのかもしれないけれど、どうしてか私にはそれは全く届かず、
 だからどんなに苦しくて辛いことがあっても、両親に抱き締めて貰おうと思ったことは無く、ただ自分の
 部屋に逃げ込んで、お気に入りだったクマのぬいぐるみを抱き締め、そしてずっとひたすら泣いて、
 泣いて、泣き続けていた。
 ぴんぽーん
 はーい  あら、確か宮森さんのお嬢さんよね? なにか御用かし・・・・
 どたどたどた 階段を駆け下りる
 おねえちゃんの手を掴み、そのまま階段を上がり、私の部屋に連れて行く。
 ふふっ
 部屋に入った途端、おねえちゃんは愉快そうに、そしてちょっといたずらっぽく頬をひくつかせながら、
 後ろからゆっくりと滑るように腕を回して、私を強く抱き締める。
 強く、深く、ただその強度と深度を測る中で、私は今まで流した涙を全部拾い上げて、自分の瞳の
 中に戻していった。
 ひっく
 だ だれが泣くもんか
 「まーたそんな無理しちゃって、泣け泣け、なに私の前で見栄張ってんの。」
 「それに、せめて階段降りてくる前に、顔は拭きなよ、正体バレバレです、泣き虫みーちゃん♪」
 そうしてますますおねえちゃんの腕の中で鼻をすすり上げて泣くのを我慢する私を、ぱっと突き放して、
 おねえちゃんはいつも、こうあっさりと言った。
 
  「自分に素直にならないんなら、私は必要無いよね?」
 
 その笑顔が、私は怖かった。
 嫌 いかないで おねえちゃんっ
 おねえちゃんは、ただちょっとからかって言っただけなのかもしれないけど、私は・・わたしには・・・・
 わたしには・・おねえちゃんしか・・・
 おねえちゃん、宮森月夜は、私にとっては家族以上の存在で、そして姉以上の存在だった。
 ううん・・・私にとっては、たぶん、月夜おねえちゃんが初めての家族で、初めて出来た姉妹で・・・
 友達だった。
 宮森さん。
 私は学校では、そうおねえちゃんのことを呼んだ。
 おねえちゃんも、私のことは学校では、巴さんと呼んだ。
 中学校に上がったら、きっと私はおねえちゃんのこと、宮森先輩って呼ぶのかな・・
 おねえちゃんは・・・後輩の私のことを・・・さん付けで呼んだりしないで、マミって呼んでくれるのかな・・・
 あ・・・でも私とおねえちゃんは・・・三歳違いだから・・・・一緒の学校にいられるのは小学校だけ・・
 友達って、なんだろう・・・おねえちゃんにとって、私との関係ってなんなのかな・・・
 ずるいな・・
 本当にずるいのは、私なのに・・
 きっと・・・おねえちゃんにとっても、私は初めてで・・特別な存在で・・・
 私達は、必死にお互いを試し合っていたのかもしれない。
 本当の自分を、みせても大丈夫なのか。
 どんな事があっても、自分を見捨てないだろうか。
 少なくとも私にとっては、おねえちゃんは特別で、そして最も大切な存在だったのだけれど、だからこそ、
 絶対に失いたくなかったからこそ・・・
 自分を、みせなかった。
 見捨てられないかどうか、試し続けた。
 結果。
 私は、いつのまにか、おねえちゃんを試す以前に、おねえちゃんに見捨てられないためにこそ、必死に
 なっていた。
 自分をみせれば、おねえちゃんに軽蔑されて見捨てられてしまうかもしれない。
 でも、当のおねえちゃんは素直に自分をみせなければ、どこかに行ってしまいそうで・・
 だから私は・・・
 おねえちゃんに
 見捨てられないために
 そのためだけに
 おねえちゃんの前で、泣いた。
 気付けば私は、おとうさんとおかあさんの前でも、泣くようになった。
 抱き締めて貰いながら、学校での話をしたり、勉強の話をしたり。
 おとうさんとおかあさんは喜んでいた。
 私はそうして。
 取り返しのつかない演技を、覚えたのだった。
 
 
 あの日。
 おねえちゃんはへらへら笑いながら、私の部屋に座り込んだ。
 そして、私を抱き寄せながら、ゆっくりと話し始めた。
 
  「 私さ、ほんとはね、ずっと小さいときからマミのこと知ってた。
   マミは私のことなんて知らなかったと思うし、それもしょうがない。
  だって、ずっと病気だったんだ、私。
   生まれた時はわからなかったんだけど、少ししてから難病だってわかって。
  私さ、太陽の光に当たると、具合が悪くなっちゃうんだ。
   最初の頃は、具合が悪くなるだけで済んでたんだけど、段々と肌が火傷したみたいになったり、
  免疫力が低下して他の病気になっちゃったりもしてさ、大変なことになって。
   だから、四年生になるまでずっと、私は昼間は外に出られなくて。
  そのちょっと前くらいに、医者や家族の努力で、症状はかなり改善されてて、
   だから学校に行けるって知ったときは、もう世界が逆に全部終わって、新しい世界が
  始まるんじゃないか、っていうくらいに、 びっくり仰天して。
   うれしかった・・・嬉しかったんだろうな・・・だから・・
  私はもう、今までの分を全部取り戻す気持ちで、いや、もっとかな、とにかくもう今までの悲しさとか
   悔しさとか全部ぶつけて、全部全力でやってやるんだ!、みたいな、それはなんかもう、
  嬉しいんだけど、どこか憎しみみたいなものがあって・・
   色々、上手くいったよ・・・成績とか自分でもびっくりするくらいに良くて、バスケとも出会えたし。
  そしたら・・・・
      この間・・検査したら・・・・・
 
   どういうことなんだよ・・・・どうなってんだ私の体・・・
 
       また再発しそうだって・・・しかも今度は・・悪くなる一方で、改善する可能性は低いって・・・
 

下手したら

長くは、保たないかもしれない、って。 」
 
 
 淡々と気の抜けたように、けれど一気にそこまで喋ってから、ようやく月夜おねえちゃんは私の目を
 見た。
 おねえちゃんの目にはなにも映っていなかった。
 でも、今もし私がおねえちゃんに見て貰うためになにかしたら・・それこそ・・・
 でも、現実はもっと残酷だった、残酷な物語がただ、おねえちゃんの身の上に起きたこととして語られて
 いった。
 
 「死ぬ、ってことだよ。」
 
 まるで、死ぬことそのものよりも、今まで生きてきたことすべてへの、その諦めが滲み出ているような、
 そのおねえちゃんの言葉が、私が聞いた最後のあの子の言葉だった。
 
 
 
 
 +
 
  +
 
   +
 
    +
 
 
 
 
 
 「それで、返事は頂けないのかしら?」
 
 その目の前の少女は、どう見ても私と同い歳か、それよりも下にみえた。
 背は低いというより、小さい。
 髪型も違う。
 短くないどころか、とても長い。
 同じなのは、色だけ。
 口調も違う。
 こんな丁寧な喋り方はしていなかった。
 顔も、こんな感じではなかった気がする。
 少なくとも、こんなに無表情ではない、どころかあの頃はくるくると本当にピエロみたいによく変わる表情
 だった。
 なにが違うかと問われたら、なにもかも、違う。
 目の前の少女は、私がかつておねえちゃんと呼んだ、あの人ではない。
 
 そして
 
   私が  小さな窓の中にみていた
 
    長くて黒いシルエットを棚引かせた
 
     あの小さな女の子の姿が、私の目の前に、今、確然とその像を結んで、そこにいた。
 
 
 
 こちらも訊いていいかしら?
 
 「ええ、どうぞ。」
 
 あなたは・・・・宮森月夜さん・・・よね?
 
 「そうね。」
 
 それで、どうやってこの部屋に入ってきたの?
 
 「正々堂々と、そこから。」
 
 その白い指が指し示した先には、玄関ではなく、月明かりに染まる窓があった。
 綺麗に円が出来ている。
 堂々と、鍵が回されている。
 なにをかいわんや。
 そういう事をする人だったろうか、と記憶の中を探ることの無意味さよりも、ただ私はひたすら驚いて
 いた。
 あの子だ
 私が、おねえちゃんの前に出会った、窓の中のあの子が私の目の前にいる。
 私はおねえちゃんの事は知っているけれども、あの子のことは知らない。
 ようやく、私はそのことを自覚した。
 新鮮だった
 私の胸を締め付けていた感情が、実は恐怖だったということに、ようやく気付く。
 おねえちゃんが、あの最後の言葉を残して私の前から去ったおねえちゃんが
 あの頃の
 おねえちゃんな、はずがない。
 いいえ
 おねえちゃんは
 あの子に
 還ったのよ
 もし
 おねえちゃんが変わっていなければ
 もし
 おねえちゃんが今も変わらず、優等生な自分をやり続けているのだとしたら
 私は それが怖くて堪らなかった。
 
 会いたかったはずなのに
 絶対に会いたくなかった
 
 比較?
 そうね
 私は、あの日、おねえちゃんが去ったその日から、おねえちゃんをやろうとした。
 おねえちゃんとは違った形で、やり方で、私は私を演じようと。
 もしおねえちゃんが変わっていなかったら、私はそのおねえちゃんのカッコ良さと自分のそれまでの
 演技を比較せざるを得なかった。
 比較して、卑下して、自分を責め苛み・・
 そして
 魔女に取り憑かれ、魔法少女への誘惑に屈してしまうかもしれないという、底知れない恐怖。
 もっと もっと もっと高みへ
 もっと もっと 私なら出来る
 私はただ
 受け止めて欲しかっただけなのに
 なにも出来ない 泣き虫な私を抱き締めて欲しかっただけなのに
 
 月夜おねえちゃん・・・
 
 「なに?」
 
 私ね、怖かったんだ、おねえちゃんのこと。
 
 「ええ、知っていたわ。」
 
 おねえちゃんの頑張りって・・・あまりにも必死過ぎて・・
 自分の人生の全部賭けてやってるみたいで・・
 すごいって思ってたけど・・・ほんとはそれがとっても恐ろしくて・・・
 私も、ああいう風にしなくちゃいけないのかな・・・頑張るって・・努力するって・・そういうことなのかなって
 
  そうしなきゃ   私は誰にも抱き締めて貰えないのかな  って
 
 「そうね、私は必死だった。
  ずっと病気で、人並みの生活が出来なくて、だから人並みの生活を渇望して、それ以上を
  望んで・・・私の部屋の窓から見える人達が羨ましくて、絶対にあの人達に勝ってやるって・・・
  私には、それしか無くなっていて、だからその勝利への執念が、私自身が日の光の下で生きることが
  出来るという当たり前の喜びよりも、遙かに巨大になっていたわ。
  誰よりも何よりも優秀になれば、きっと私は幸せになれるって、それまで薄暗い部屋の中で生き延び
  ていた私の、それまでの人生もきっと無駄にはならないと、そう思っていたわ。」
 
 そう
 私はいつも、そのおねえちゃんに査定されている気がして・・
 
 「なにより、私こそが私自身を査定し続けていたから。
  私のその査定基準によれば、あの薄暗い部屋の中に閉じ籠もっていた頃の私は、
  その存在すら認められないものだった。」
  
 なのに おねえちゃんは、私には素直に泣けって言っていたのよね。
 泣けるわけ・・・なかった・・
 だって、泣きじゃくる私を抱き締めてくれる、その人こそが、泣くような弱虫の存在を憎むような目で
 見つめ続けていたのだもの。
 
 こわかった
 
  ほんとうに おねえちゃんの笑顔が 怖かったわ
 
 
 
 「ごめんなさい」
 
 
  「私はあなたに、ひどいことをしたわ。」
 
 
 
 ありがとう・・おねえちゃん・・・
 私ね、おねえちゃんにだけは謝らせないために・・・だから・・・ずっと・・・・ずっと・・・・・
 おねえちゃんは悪くない・・・・悪いのは・・おねえちゃんの期待に応えられない・・私・・だって・・・
 ごめんなさい・・・わたし・・・
 おねえちゃんを・・・・利用してた・・
 おねえちゃんに謝らせないために、おねえちゃんに認めて貰うために頑張る自分を止めないために・・・
 おねえちゃんに謝られたら・・・・わたし・・・もう・・・・頑張れなくなっちゃうって・・・・
 ごめんなさい・・・
 ごめんなさい・・・・っ
 ずっと・・・
 ずっと・・・・・
 私は・・・おねえちゃんが、おねえちゃん自身にしているように・・・
 私自身を査定して、頑張らせようと・・・その「自分」にしがみついて・・・・
 なにも出来ない
 泣き虫な私を、誰より受け止めることが出来ない・・・その私を・・・放り出して・・・
 
  私も
 
   おねえちゃんのこと  抱き締めてあげられなかった
 
 
     もう   頑張らなくてもいいんだよ  って    言ってあげられなかった
 
 
 
 ごめんなさい
 
  おねえちゃん
 
 
 
 月光の下で瞬く白い少女が、ゆっくりと解けていくままに、その黒い影を靡かせる。
 
 「ありがとう」
 「泣き虫みーちゃん。」
 
 「あなたのその言葉、今の私は受け取ることが出来るわ。」
 
 
  「謝ることなんて、なにも無い。」
 
  「あなたも、しっかりと自分の道を真っ直ぐに成長して進んでいたのね。」
 
 
 
 その少女は、そうして無表情に頬摺りをするかのようにして、小さく微笑んだ。
 それはあまりにもさりげなく、そしてあまりにも柔らかい微笑みだった。
 もう目の前には、おねえちゃんはいない。
 あれから病気のためずっと日の光に当たることの無かった事を凛然と示す、白く深い肌が、
 その白さこそを愛おしむ、その長くて暖かい髪に抱き締められている。
 ショートカットの優等生、月夜おねえちゃんになる前の、あの窓の中の小さな女の子が、私の目の前
 にひっそりと咲いていた。
 宮森月夜。
 重い病気を抱えながら、それを受け入れ今を生きている、その少女の輝きが、ただ。
 私の部屋の中で、甘く、息づいている。
 ああ
 やっと
 やっと
 会えたのね
 
 
 
  ・
   ・
    ・
 
 
     私と、友達になってくれないかしら?
 
      宮森月夜さん
 
 
 
   ええ
 
    そのために   私は此処に来たのよ
 
     巴マミさん
 
 
    ・
   ・
  ・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 
 「っつーか、おまえとマミって結局よく似てんだよなー、なんかこうして並んで座ってるとさ、
  ファッションも同じ方向性だし、髪だって飾り気のねーロングじゃん?
  言葉遣いとかも真面目っつーか堅物っつーか。
  それに、性格は一見違うように感じるけど、鏡の表と裏っていうかさ。
  マジでほんとに違うのは髪の色くらいじゃなくね? あ、それと胸のサイズか。」
 
 月夜は「鏡の表と裏ではなく、コインの裏表よ。」と、どうでもいいところにだけツッコミを入れている。
 胸のサイズについては完全にスルー。 というよりそもそもまともになにも答えてない。
 隣に座る月夜からは、今この場にいることの落ち着きが感じられて、そのエネルギーの流れに触れる
 ことで、私もまた、密やかに落ち着いていく。
 佐倉杏子よりも言葉遣いの荒い弓平なつひが、いつも変わらない月夜の黙殺っぷりにひとりずっこけ
 ながら、同じく穏やかに笑っている。
 きっとなつひも、その自分の笑顔を、とても大切にしているのかもしれないと思うと、私もまたそのふたりの
 やり取りを聞いて、ふたりの佇まいを見ているだけで、なんだか、そのままでいられる気がした。
 
 無理に、笑う必要なんて、どこにも無かった。
 読むべき空気も、なにも無かった。
 この場にいるために必要な資格も無ければ、認証を得るためにすべきことも無い。
 私の正面に座る木崎やまねが、こくりこくりと舟を漕いでいる。
 まだ参加して日の浅い水無島いつきが、所在なげに、斜め前に座っている私に視線を送ってきている。
 私はただ、月夜となつひのやり取りにやれやれという感じで、浅く微笑みを返す。
 ただ、それだけだった。
 みんなバラバラ、けれど誰がなにをしてもしなくても、それでいい。
 
 
 ここは、私の住む町、見滝ヶ原の市民体育館内にある、ミーティングルーム。
 週に一回私達は集まり、こうして共に時間を過ごしたり、自分の話をしたりする。
 その名も、見滝ヶ原女子会。
 味も素っ気も愛嬌も無いと、なつひには大不評のこのネーミングは、いつもなつひによって改名の
 危機に晒されている。
 けれど、名付け親の月夜の徹底無視によって、その名称は未だ存続の憂き目を見続けている。
 ちなみに、見滝ヶ原以外の人も、そして男子の参加も可。 名前の意味が本当にわからない。
 参加メンバー、というより参加者は固定ではないし、全くの出入り自由の自由参加。
 ネット上に設けたブログに、日時と場所が指定され、参加したい人は誰でも参加可能。
 お菓子やお茶の持ち込みもOK。
 私がいつも用意してくるお茶と手作りお菓子は好評だったりする。
 べつになにかを持ってこなければいけないという訳でもないし、お返しとかそういうものも必要ない。
 自分の持ってきたいものを持ってきて、したいことをすればいい。
 この会にあるルールは、たったひとつだけ。
 
  話し手は可能な限り正直に自分のことを話し、聞き手はその話を敬意を以て聞くこと。

 
 月夜はこの会を一年程前に立ち上げ、以来ずっと細々と続けていた。
 参加者の背景は様々だ。
 なつひは月夜よりひとつ年下の高校二年生で、隣町に住んでいる。
 両親の仲が険悪で、なつひはその仲裁で気が休まる事が無いまま、その上学校でも陸上部の
 部長を務め、ずっと先の見えないトンネルの中を走り続ける絶望を、あっけらかんとした笑顔で語って
 いた。
 木崎やまねは、その容姿や仕草からてっきり年下かと思っていたけれど、実は私よりひとつ年上だった。
 住まいは不明だけれど、少なくともこの町ではないようだ。
 あまり多くは語らないけれど、ヒラヒラしたまるでフランス人形のような格好、それともこれはコスプレという
 ものなのか、その自身の格好についてなにか複雑な想いがある様子。
 水無島いつきは、見滝ヶ原に事務所を構える弁護士で、歳は、不明。 その辺りは秘密でOKです。
 きりっとした如何にも仕事が出来るような容姿と出で立ちながら、少なくともこの会で見る彼女の
 様子はおどおどしていて、非常に弱々しさを感じさせるものだった。
 なかなか正直に自分の事を話せずにいる様子だけれど、そうして自分の事を上手く話せないことが
 彼女が話したい事のひとつのようでもあった。
 
 その他に、今回は参加していないけれど、風見千秋という生真面目な青年医師と、自らを資産家の
 隠居老人と嘯く片瀬光来のふたりの男性も時折顔を見せる。
 
 
 一回限りの参加の人もこれまで何人かいた。
 私が初めて参加した次の回に来た、アイシャと名乗った幼い女の子は、とりわけ私の印象に残っている。
 透けるような金の髪に、突き抜けるような青い瞳。
 ミーティングルームの入り口に立ち、「こんばんわ」と小さく書かれたB5のノートのページを見せた少女。
 日本語は読み書きは少し出来たけれど、喋ることは覚束なく、ほとんどが参加者との筆談だった。
 喋れないのではなく、或いは喋りたくないということだったのかもしれないけれど、彼女は小さく切られた
 文を、一枚一枚のノートのページに丁寧に書き綴った。
 
 私 は さ び し い で す
 ち ち と 母 は 私 の こ と が す き で し ょ う か
 私 は 楽 し く な り た い で す
 
 私は、答えられなかったような気がする。
 そしてだから、なんとかして無理矢理答えようとした。
 胸が締め付けられ、なんとかしてあげたいと想う心に支配されたとき、そっと、月夜が私の手に、
 そのひやりと沈む手を重ねた。
 月夜はそしてその手をゆっくりと離して、今度はそっと、優しく撫でるようにして、ミーティングルーム内に
 常備されているホワイトボードに、こう書き綴った。
 
 私 は さ び し い こ と は わ る い こ と で は な い と お も い ま す
 私 は あ な た の ち ち と 母 の こ と は わ か り ま せ ん
 私 た ち と 楽 し く な り ま せ ん か ?
 
 月夜は、その自分の書いた文字を声に出して読んだ。
 アイシャと名乗った、幼い少女は今にも泣きそうな顔をしながら、じっと、月夜ではなく、ホワイトボード
 を見つめていた。
 戦っているんだ。
 自分と。
 それだけで、その小さな女の子の姿を見ただけで、そのとき私の中で暴れつつあったなにかが収まった。
 「あなたは、あなたのために、よ、マミ。」
 私がその子にしてあげられる事は、話を聞いてあげて、そして今この時間を一緒に楽しく過ごすこと
 だけだった。
 なのに、その事にいたたまれなくなり・・・その子のために頑張らない自分の事が許せなくなってしまう。
 アイシャと名乗るその女の子は、それから唇を噛みながら自分の事をひとつずつノートに書き出して
 いき、そして他の参加者の話が簡潔に書かれていくホワイトボードを凝視し続けた。
 そして、メモを取っていた。
 小さな声で、読み上げながら。
 皆の話が終わり、私は持ってきていたポットで淹れた紅茶をアイシャに差し出した。
 ど う ぞ
 アイシャは、すぐにノートに あ り が と う ご ざ い ま す と綴ってみせ、紅茶をゆっくりと口にした。
 目の前の小さな女の子の嬉しそうな表情が、私の胸に染み込んでいった。
 
 わ た し は あ な た の こ と を だ き し め て も よ い で す か ?
 
 アイシャは一瞬目を瞠り、少し戸惑った風に首を揺らしながらも、意を決したかのように、ペンを取った。
 
    あ な た は 私 を だ き し め て も よ い で す
 
 思わず、笑ってしまった。
 そう・・・そうよね・・・・
 私は、あなたを抱き締めても良いのよね・・・
 本当に、私は私のために、生きていいのよね・・
 私のその笑顔は、アイシャを労るための微笑ではなく、私がアイシャを抱き締めてよいという事
 そのものに対する、私の喜びの笑顔だった。
 ありがとう
 そうアイシャに囁きながら、私はアイシャをぎゅっと抱き締めた。
 アイシャはおそるおそるという感じで、ただ抱き締められているだけだったのが、やがて私の腰にしがみつ
 くようにして、ひしと抱き付いた。
 それには、あまりにも懸命な、アイシャの命の炎が灯されていた。
 私はこのアイシャのぬくもりと、アイシャが抱き付いた私の腰に残る、その感触の逞しさを忘れない。
 アイシャは、泣いた。
 泣いて、泣きじゃくって、そして最後に。
 I'm sorry・・・mummy・・
 母親に、謝った。
 わたしは・・
 アイシャを抱き締めたまま、アイシャのノートを手に取り、そして書き込んだ。
 あ な た は な に も わ る く な い
 アイシャは、ただぼうとして、その文字を見つめていた。
 わたしは
 あなたが
 すきです
 私は、自分を指し、アイシャを指し、最後にノートを指しながら、そう言った。
 

 
 アイシャはそれきり、来なかった。
 たった一度の出会いだったけれど、彼女と過ごした僅かな時間は、鮮烈なものとして私の中に描き
 込まれている。
 ありがとう アイシャ
 私はきっと、アイシャに私を見たのだろう。
 幼い頃の私、そう、それはきっと、父と母が亡くなる前の、そして、まだ月夜おねえちゃんとも出会って
 いない頃の、ひとりぽっちの私の姿。
 私には、アイシャは救えない。
 でも私は、ひとりぽっちの幼い私を、あのとき確かに抱き締めてあげる事が出来た。
 誰にも、私は救えない。
 でも私は、ひとりぽっちの幼い私に、あのとき確かに好きだと言ってあげる事が出来た。
 アイシャの事を想い、煩い、一日中アイシャの事で頭が一杯になるような、そんな膨大なエネルギーを、
 私は確かに、私自身の中の幼い私のために使うことが出来た。
 
 私の魂の輝きが、微笑んだ気がした。
 
 此処は、そういう場所。
 見滝ヶ原女子会は、参加者がそれぞれ、自分の力を自分のために使えるようになるための場所。
 そして、そういう風にして生きることを戦っている自らの孤独を受け止め受け入れる事で、初めて、
 その戦いはひとりだけでやらなければいけないという、そんな絶望的なものではないという事を知る
 ための、そんな。
 私達の 居場所
 他の人がどんな風にして戦っているのかを知ることも出来るし、自分の戦いを聞いて貰うことも出来、
 なにより、自分で自分のことを語ることで、自分がしていることを客観視する事が出来る。
 
 そう
 今まで、誰も自分の話なんか聞いてくれる人はいないと
 誰も自分の話を信じてくれる人なんていないと
 私はただ甘えて、怠けているだけだと
 そのまさに幻想に囚われている、その自分を発見する事が、出来る。
 
 
 『無理してカッコ付けてるだけで、怖くても、辛くても、誰にも相談出来ないし、
  ひとりぼっちで泣いてばかり。
  いいものじゃないわよ、魔法少女なんて。』
 
 その魔法少女に囚われていた私を発見するところに、私の救済の始まりがあった。
 誰にも相談出来ないから、無理してカッコ付けて、自分に恐怖や辛苦が無いように振る舞った。
 自分の恐怖や辛苦と向き合い、解決しようとしなかったから、無理してカッコ付けて誰にも相談
 しようとはしなかった。
 ええ
 そういうことなのよ。
 相談出来なかったのじゃなく、相談しなかった。
 私にとっては、誰かに相談して主体的に問題解決するよりも、ひとりで不幸を背負って魔法少女を
 端然とやる事の方に切実な価値を感じていたのだから。
 その病み付いた価値観の転覆を図らない限り、私はもう、黙ったまま潔く死んでいくしかなかった。
 自分を語らず黙するのは、自分を語ってしまえば、自分から目を背けられなくなるから。

 
  ***  ほんとうの気持ちと 向き合わなくてはいけなくなるのだから  **

 
 強烈な、怒り。
 私の怒りは、本当はそうして自分の問題から逃げ続ける、そんな私にこそ向かっていた。
 そして、黙ったまま潔く死んでいく、その不幸を・・・
 私は、自分を含めて、誰かのせいにしていた。
 誰かに或いは私自身にその不幸の責任を背負わせる事で、その不幸を解決する私から遠ざけていた。
 怒り。
 
 そうね・・

 

 それは・・・
 
 
 
 + +  +
 
 
 私は、巴マミと言います。
 この町の見滝ヶ原中学に通う三年生です。
 そして、キュウべえという生き物と契約した、魔法少女です。
 
 私が魔法少女をやる事になったのは、私が事故に遭い、死にたくなければ契約しろと言う、キュウべえ
 と契約したからです。
 私は、生きたかったのです。
 生きるために、魔法少女をやっています。
 魔法少女は、みんなを魔女から守るために戦っています。
 みんなのために頑張り、そして魔女を倒すと手に入れる事が出来るグリーフシードの御陰で、魔法
 少女は命を繋ぐことが出来ます。
 だから、みんなのためにという事とは実は本当は関係の無い、ただ私が生きるための戦いなのです。
 だから他の人が魔女に喰われようが喰われまいが、それは私のしている事とは関係ない。
 
 私は、魔法少女をやっているという事を、他の誰にも言えませんでした。
 そもそも、友達すらいませんでした。
 どうして私は、魔法少女のことを話せなくて、そして友達がいないんだろうって思いました。
 魔法少女は、普通の人と違って、ソウルジェムというものが本体であって、体はただの人形のような
 ものです。
 ソウルジェムさえ壊れなければ、どんな傷でも魔力で治すことが出来ますし、おそらく病気や寿命で
 死ぬこともないでしょう。
 もう、私は普通の人とは違うんだ。
 私はもう、普通には生きられない。
 普通でなくなってしまったことが、怖くて、怖くて、堪りませんでした。
 でも、私は諦められなかった。
 たとえ私が魔法少女という、異質な存在になってしまったとしても、もし私がみんなのために頑張って、
 みんなの事を心から想える、そんな風になれれば・・・
 みんなは、私を受け入れてくれると思いました。
 普通で、いられると思ったのです。
 もしかしたら・・友達だって出来るかもしれないって・・・
 ずっと、ずっと、そのために戦い続けました。
 どんなに辛くても苦しくても、もう嫌だって思っても、私は自分の身を削るようにして、がむしゃらに、
 そして必死に戦い続けました。
 みんなのために、みんなのために、それはまさに、魔法の呪文でした。
 私は、みんなの事を想い、みんなのために戦い、みんなのために強く美しく、優しくあろうと努力し続け
 る事で、自分の存在を認める事が出来ました。
 わたしは・・
 
 そうして、「魔法少女」にしがみついていました。
 
 まるで、時間の流れが止まったような感じでした。
 私の中のなにかの成長が止まったまま、私は「魔法少女」という一部の力しか使うことが出来ずに、
 ただその力だけで生きていました。
 私は・・魔法少女になってしまった事で、普通ではいられなくなったけれど、同時に、魔法少女の力
 を使えば、みんなのために頑張れる、友達を作れるかもしれないという、可能性を手にしてしまいました。
 魔法少女になる前から、私には友達がいませんでしたし、正直に言うと、私には、他の人のために
 頑張るとか、他の人の気持ちを考えるという事が、そもそも本当の実感としてはわかっていませんでした。
 ただ、虚しかったんです、物心ついた頃から、私は・・・私はずっと・・・・
 
 そんな私が、「魔法少女」という力を得たことで、私は他の人のために頑張り、他の人の気持ちを
 考えるという、その方法と手段を手に入れたのです。
 それは、あまりにも激烈な色彩を放って、私の世界を深々と抉った体験でした。
 それまでの虚ろな世界を、饒舌に、激しく、そしてなによりも目まぐるしい劇的な世界に変えました。
 「魔法少女」に物凄い力を込めて生きると、その世界が私の目の前に広がっていったのです。
 他の人のために頑張る理由を私の中に紡ぎ出し、他の人の気持ちを想像し、その感情をひたすら
 自在に描き出していく。
 相手に感情移入して、まるで我が事のように想い、共感し、涙しました。
 ああ、やっと私は、みんなとおなじ、人間らしい感情を手に入れたのだと、思いました。
 こんなにも深く微笑むことの出来る自分の姿は、なにものにも代え難いものでした。
 それが
 私の、動機でした。
 私は、みんなと同じになりたかった。
 だから・・・
 他の人のために頑張り、他の人の気持ちを考えるという事の、その方法と手段だけを手に入れて、
 はしゃいでいたのです。
 みんなのために
 みんなのために
 
 その魔法の呪文によって、ずっと虐げられ、痛めつけられていた、私の中の私は
 ずっと ずっと
 助けてと 泣いていました。
 
 魔法少女でいられなくなれば、私は死ぬしかないと思い詰めた。
 みんなのために頑張ることも、みんなの気持ちを考えることも出来なくなったら、私が生きている理由は
 無くなってしまうと思ったりしていました。
 魔法少女でなければ、駄目でした。
 みんなと一緒じゃなければ、私は駄目だった。
 なのに・・
 魔法少女そのものが、既にみんなとは違う、異質な存在なのです。
 私はその異質さだけを隠して、人間の皮を被った魔法少女をやり続けたんです。
 魔法少女の事は、誰にも話せない。
 私が、虚しさを感じていることも、本当の意味での実感を、他の人のために頑張ることや、
 他の人の気持ちを考えることに感じていないということを、誰にも言えませんでした。
 話せる訳がありません、だって、それを言ったら、私は本当の、ただの化け物になってしまうのですから。
 
 私は
 みんなのために頑張り続ければ続けるほどに
 自分が魔法少女という異質な存在であるということに、打ち拉がれていきました。
 
 「魔法少女」という力の使い方に活路を見出しながらも、その路の先が塞がっていることが見えて
 しまっていたのです。
 魔法少女は、やがて魔女になります。
 袋小路の活路の、その終点に辿り着けば、私は魔女に堕ちてしまう。
 でも、その活路は初めから、行き止まりだとわかっていたのですから、それはもう、魔法少女自体が
 魔女そのものなのです。
 魔法少女と魔女は、シームレスな同じひとつの存在なのです。
 
 
 私は・・・
 ほんとうに小さな頃から、父と母が亡くなる前から、自分の異質さを感じていました。
 虚ろで、他人の事がよくわからない、自分のことで精一杯で・・・・ひたすら泣き虫で
 でも私は、そんな自分の事を受け入れることが出来ずに、ずっと人前で泣くのを我慢して、
 なんの問題も無いように見える家庭と、両親の愛情に感謝して、そしてそれに応えられない自分を
 責め続けていました。
 なんとかして、頑張らなくちゃ、私を想ってくれる両親のためにも、と。
 まだ本当に幼い、小さな女の子が、そうして感謝と謝罪の言葉を積み上げながら、生きていたんです。
 その女の子が、「魔法少女」に飛びついたのは、ある意味当然の成り行きであったのかもしれません。
 私がもし、あのとき事故に遭わなくても、きっとどこかでキュウべえと会っていたら、私は契約をしていた
 と思います。
 私にとって、「魔法少女」は、いずれにせよ、生きるためには必要だったのです。
 両親に・・・父と母に・・・感謝なんて・・・・ほんとはそんな気持ちは欠片も無かったのに・・・
 なのに、世間的に見ても、私の価値観から見てもなにも問題の無い、愛情深いとさえ言える両親
 に対して、感謝の念を抱けないという、その恐ろしさそのものに、私は竦んでしまったのです。
 極端に言えば、感謝出来なければ、私は両親から、世間から捨てられると思ったのでしょう。
 私の、両親に対するありがとうの言葉の意味は、私を見捨てないでという事と同義でした。
 そして同時に・・・
 私の両親に対するごめんなさいの言葉は、見捨てないでという事であると同時に、そしてそれ以上に、
 これ以上私になにも求めないでよという、その私の別ベクトルの恐怖の顕れでもあったのだと、
 今私は感じています。
 
 私が、みんなのためにという呪文にあれほどしがみついていたのは、もしかしたら、みんな以前に、
 両親にはもう私は受け入れて貰えないと、どこかで諦めていたからなのかもしれません。
 私は、みんな、すなわち世間的に見ての自分の姿や評価を、異常に気にしていました。
 泣いてはいけない、怒ってはいけない、悪いことはしてはいけない、太ってはいけない、などなど。
 父と母自身がどうだったのかは私にはわかりませんけれど、少なくとも私は、かなり早い段階から、
 両親には見捨てられている自分を感じていたのかもしれません。
 だから、「みんな」に拘った。
 父と母に捨てられても、「みんな」にだけは捨てられたくない、と。
 父と母は優しかったですから、私が謝ればすぐに許してくれましたし、そしてそれ以上に、そんなに頑張
 らなくてもいいんだよ、マミはマミらしく生きればいいんだよとさえも言うのです。
 
   私は・・・・そんな父と母こそが・・・・・・・心底・・・嫌だった・・・・
 
 私には、父と母の私への愛は、暴力にしか感じられなかった。
 両親の優しさが深ければ深いほど、私には、その優しさが私以外のなにかに向けられて、その本来
 私が受け取るべき優しさが、二度と私には与えられなくなった事を感じてしまうのでした。
 それは、ボタンの掛け違いというには、あまりにも残酷なことでした。
 マミはマミらしく生きていいんだよと、そう言われる私には、その肝心の私らしさが欠片もありませんでした。
 私の中で猛威を奮っていたのは、マミという私ではなく、「みんな」と同一化した、化け物じみた「自分」
 だったのです。
 私は、マミではなく、「みんな」にならなければならなかった。
 「みんな」に絶えず脅迫されていました。
 だから私にとっては、両親がマミはマミらしく生きていいのだというのは、すなわち両親による私に対する
 背信行為にしか感じられなかったのです。
 どうしてよ・・・私はこんなに懸命に「みんな」になろうとしているのに・・・
 どうしておとうさんとおかあさんは、そんな事言うの?・・・どうして私を助けて「みんな」にしてくれないの?
 どうして・・・
 がんばれって・・・・言ってくれないの?
 
 どうして・・?
 おとうさんとおかあさんは、私を見捨てたくせに
 今度は私から、「みんな」までも奪おうとするの・・?
 
 「魔法少女」は、まさにその「みんな」そのものでした。
 両親が死んだ後、私が「魔法少女」に依存したのは、やはり必然だったと思います。
 両親が死ぬ前に、それまで姉のように慕っていた月夜との別れもありましたしね。
 私にとって、私と月夜との関係は、私が両親との関係からは得られなかったものを得るための
 ものでした。
 でもそれも結局、私と両親との関係をまさに反復し、さらには増幅してしまった関係で終わって
 しまったのです。
 「みんな」にならなくちゃ、「月夜おねえちゃん」みたいにならなくちゃ。
 その私の呪いのような願いを実現するために、「魔法少女」は最適の道具だったのです。
 道具であり、同時に「魔法少女」そのものが、「みんな」であり、「月夜おねえちゃん」だったんです。
 両親は既に亡い。
 だから、私にはもう、「魔法少女」しかなかった。
 ぼろぼろになって、なにがなんだかわからなくなっているのに、必死にみんなの事を思い描いて・・・
 ひとりぽっちなのに・・・・それなのにまだずっと・・・そうやって・・・自分を傷付けながら・・・・
 苦しかった・・
 苦しいに、決まっています。
 でも
 なにより
 そのとき苦しかったのは
 
 
  そうして
    自分のその苦しみを正当化して
    それでもひたすら戦い続けてしまう
 
    そんな自分しか、私には無いということから
    もう目を逸らすことが出来なくなってしまっていたことだったんです
 
 
 私はただ、おとうさんとおかあさんに、愛されたかっただけだったんです。
 だけど、なんの因果か、私はおとうさんとおかあさんの愛を感じることが出来なかったんです。
 それは、私がどうこうではなく、両親の問題だったはずです。
 私がどう感じていたか、ということが重要であって、実際父と母が私のことを愛していたかどうかは、
 あまり関係が無いことです。
 問題は、幼い私が、両親に愛されていると感じられなかったという、そういう環境を作り出した両親に
 こそあった、という風にも言えるでしょうか。
 そう・・
 両親の愛や優しさは、私そのものの受容ではなかったのではないかと、最近気付いてきました。
 両親のそれは、きっとそれこそ両親の中の「みんな」から出てきたものでしかなかったのではないかって。
 だから、両親が、私は私らしく生きていいんだと言う言葉そのものが、既に両親の「みんな」の中の
 辞書に刻まれている言葉だったのでしょう。
 おそらく、両親の中の「みんな」から逸れて、私が真実私らしく生きてみても、両親はそれを受け止める
 事は出来なかったでしょう。
 幼い私は、敏感に、そして敏感以上にそれを察していたのかもしれません。
 両親の、いえ、両親自身気付いていなかったその欺瞞が、子育てにとって最も大事な時期に私を
 押し潰して、拉げさせてしまったのかもしれません。
 娘を愛していると言いつつ、どこか少しだけ腰が引けていた父。
 本当は娘への愛など実感出来ていなかったのに、愛していると言わなければいけないという想いだけで、
 なんとか娘に接することが出来ていたのかもしれません。
 そして、娘を愛していると言い、マミはマミらしく生きなさいと言いつつ、母が気に入った物以外を欲し
 がった私には、それは自分で手に入れなさいと早すぎる自立を強要した母。
 娘を自分と同じものだとしか見ることが出来なく、自分と違う物を求める娘を受容出来ず、けれど
 同時に「娘は娘らしく」という母の中の「みんな」の価値観にも縛られ、結果、矛盾した行動を娘に
 対して取ることしか出来なかったのかもしれません。
 
 父と母は、真面目な人でした。
 優しかった。
 そして
 歪んでいた。
 私は・・
 ずっとそれをどうしようもなく感じていながら・・・
 そのことを・・
 ずっと
 認めることが、出来なかったのです。
 
 おとうさんとおかあさんは、間違ってなんかいなかった。
 なにもおかしいことなんて無かった
 悪いのは、全部私。
 そう思うことで、私は
 私から、確かに両親の影響を受けて歪に育ってしまった現実から、目を背け続けていたのです。
 
 
 両親を、美化し続けていました。
 おとうさんとおかあさんが死んでしまった事を、しっかりと嘆くことも出来なかった。
 美化された両親の姿を踏襲する形で、私は「魔法少女」の自分を使って、私を飾り続けて
 いたのですから。
 そしてきっと・・
 心のどこかで、私は両親を頼っていたのだと思います。
 両親さえ生きていれば、おとうさんとおかあさんが助けてさえくれれば。
 私を、愛してさえくれれば。
 私はそうしてずっと、私が与えられなかったものと失われてしまったものを求め続けていたのでしょう。
 そう
 みんなに、それを求めていたのです。
 そのためにこそ、私は戦い続けていたのです。
 父と母に代わるものを、私はずっと、誰かに求め続けていた。
 私にとって生きるという事は、まさに両親の愛を求めるということと同義だったのかもしれません。
 愛されるために、生きる、戦う、たとえ傷だらけになっても。
 月夜おねえちゃんに、キュウべえに、私はそうして接してしまっていました。
 ・・・ちっとも諦められていなかったんですね・・
 私は・・
 わたしには・・・・
 
 
 本当の意味での、おとうさんと、おかあさんが
 初めから、いなかったということを
 
 その不幸な事実を受け入れることが、できなかったんです
 
 
 それなのに、私の目の前には、「可能性」が広がっていたんです。
 私の父と母を名乗る、血の繋がったふたりの大人の男女がいたのです。
 私は、それを、私のほんとうのおとうさんとおかあさんに変えようと、それこそ死力を尽くしていたのです。
 私を、私そのものを丸ごと受け止めて愛してくれる、そんな存在に。
 目の前のふたりが消えていなくなってしまっても、その代わりは次々と顕れたのです。
 月夜おねえちゃんに、キュウべえに、そしてこれからもまだまだそういう存在は顕れていくのでしょう。
 私が・・可能性を諦めない限り・・・
 私が・・・現実を受け入れない限り・・
 
 私は
 天涯孤独。
 その寂しさを、私は・・・
 
 許したい
 
 
 魔法少女になる代わりに、私達はどんな願いでもキュウべえにひとつだけ叶えて貰えます。
 私の願いは、生きるということでした。
 生きて、そして「おとうさん」と「おかあさん」を探し求め続けたかったのです。
 でもそれは、私が生きるということの本当の意味とは矛盾するものだったのです。
 私は、天涯孤独だろうとなんだろうと、ひとりの人間として、ひとりの女の子として成長しなければ
 ならなかった。
 私には、本当の意味での父と母がいなかったのだという現実を受け入れ、そしてそんな私でも、
 いえ、そんな私にこそ必要なものを得て、私なりに成長して生きていかなければいけなかった。
 極論すれば、私は私の「障害」を拒否し、否定してきたのです。
 だって、私には実の父と母がいたのですから。
 世間的に見ても、私の価値観から見ても、非の打ち所の無い両親のいる家庭にいたのですから。
 普通だった。
 私は、普通なのよ!
 だから私は、私の「障害」を否認しました。
 否定し、隠し続けるために、私は死力を尽くしてきました。
 普通であるために、ただただ普通であり続けるために。
 私によって否定されたそれは、その傷を癒すために、延々と私を裏から操り続けました。
 父と母を、本当の「おとうさん」と「おかあさん」に変えるために。
 
 そして・・
 なにより私は・・
 その父と母に、私の成長を任せてしまっていたのです。
 
 私は・・
 父と母にちゃんと愛されてきたという普通の女の子の皮を被りながら
 ずっと
 その裏で、父と母の愛を求め続けることに囚われ続けていたのです。
 
 
 幼いとき父と母から愛されなかったという事実を受け止めることが、出来なかったから。
 
 その事実を覆すことは、たとえ今から父と母に愛されても、決して出来ないということを・・・

 
  − 私は   ほんとうは 知っていたのです
 
                              − それなのに   私は
 
 
 私は、両親の愛を得られませんでした。
 それは、私に一生遺る傷で、取り返しのつかないことです。
 でも私は、そんな私こそを受け入れて、そしてそれに即した生き方をしていかなければならないのです。
 逆に言えば、その私の生き方を私自身が生きるという事こそが、私にとっての生そのものなのです。
 その生にそぐわない生き方などは、それこそが障害なのです。
 そんな自覚を持つこと自体が、私にとっては膨大な恐怖でした。
 怖くて、嫌で、だから今度は両親を責める自分に塞ぎ込んでしまいそうでした・・
 辛くて・・
 私が、これからも生きていかなければいけないということと、向き合うのが・・・怖くて
 でも、ようやく・・・ようやく、みつけたんです
 私の、私の苦しみの根源が、まさにそこにあったんです。
 
  受け止めたい
 
    癒したい
 
 
    − 生きたい
 
 
 私は 幸せになりたい!!
 
 
 それは、私を覆う恐怖の中でも、決して枯れることなく咲き続けた、私の大切な・・たいせつな・・・
 
  ああ わたしは・・
 
 
 私は、普通じゃ無い。
 それが、どうしたのよ?
 それの、なにが悪いのよ?
 私の魂は、天涯孤独。
 私の中には、本来いるべきはずの、私を根拠無く受容してくれる「おとうさん」と「おかあさん」が
 いません。
 だから根底のところで自分の存在を認める事が出来なく、自信も持ちにくい。
 虚ろで、現実感が無く、他者の気持ちを想うことに実感を感じなく、自分自身の感情さえしょっちゅう
 否認して抑圧してしまう。
 でも。
 
 それが、私なんです。
 
 それがどんなに周りの人達と違っていたとしても、それが私であることに他ならない。
 それはいわば、個性です。
 私は、それを受け止めることが、出来なかったんです。
 出来なかったから・・全く出来なかったから、だから私は、父と母の愛を求めても決して癒されることは
 ないその傷を、そうと知りながらも、治せると思い込むことで、その父と母の愛を求める行動に依存
 していたのだと思います。
 私は確かにみんなとは違うかもしれない、でも、今からでも遅くない、今からでも頑張れば、私は
 みんなと同じになれると、思って・・必死に・・・必死に私は・・・・父と母の愛を求めて・・・・
 
 でも・・・
 私は、魔法少女として自分を傷付けながらも、なんとかしがみついて生きてきました。
 その魔法少女に傷付けられながらも、私の中の私達は生き延びてきたのです。 
 怖くて、こわくて、滅茶苦茶で・・・・でも・・それでも私は、生きてきたのです!
 それが、すべて、私です、私の個性なのです。
 そのトータルの個性を認めて、誇りを持って生きられるようになるためにこそ。
 私自身が父と母の愛を得られなかったという事実を受け止めながらも、同時に父と母の愛を
 求めずとも生きていけるようになるためにこそ。
 きっと私は戦い続けてきたのでしょう。
 
 
 − 私の傷を癒すのは 父と母の愛でも 他の誰からの愛でもなく 
 
   + 私の 私自身への 愛 +
 
 
 そしてそれが。
 私の、願い。
 ええ
 私が、命を、引き替えにするほどの価値のある
 私が、人生を懸けて貫くほどの価値のある
 願い
 私は、その願いこそを、叶えていきたいと思います。
 
 
 
 
 私は、魔法少女です。
 私は、普通じゃ無い。
 私だって・・・
 私だって・・・・・みんなと同じように生きたかったっっ!!
 それもまた・・私の偽らぬ願いのひとつなのだと・・・・今は・・素直に認められます
 私は、キュウべえに怒りを感じています。
 私は、月夜おねえちゃんに怒りを感じています。
 私は、父と母に怒りを感じています。
 それを、認めます。
 みんな、みんな、殺してやりたいほどに憎みました!
 死ねばいいのにって、ほんとうのほんとうにおもいました!!
 
 わたしはもう
 その私の感情を、否定したりしません。
 
 私はだから・・・みんなと一緒に生きたくて・・必死に戦い続けた魔法少女の私を・・・
 許します
 いいえ・・・・とっても・・・・とっても・・・・・・・・ありがとう・・・っ
 今まで・・・私のために・・・・私のみんなと一緒に生きたいという願いのために・・・戦ってくれたのよね・・
 私は・・気付いたんです
 ああ・・
 この私の姿って・・・・・・私の父と母に、とってもよく似てるんだ・・・って
 優しいのに不器用で娘に対して腰が引けていた父は・・・それでもずっと・・娘を想って頑張り続けて・・
 母だって・・・自分自身の「障害」に自覚を持てない中で・・それでも・・・懸命に・・・私のために・・・
 魔法少女は、私の父と母の生き写しでした。
 歪でもなんでも、大切ななにかのために、あらゆる間違いを犯しながらも生き続けた両親の姿は・・
 私自身の、それでした。
 
 私の中には、私を無条件で愛してくれる「おとうさん」と「おかあさん」はいませんでした。
 でも、私には確かに、結果がどうであろうと、私のために生きてくれた父と母はいたのです。
 そして、その「父」と「母」は、私の中に確かにいたのですね。
 それが
 私の、魔法少女。
 滅茶苦茶だけれど、私を傷だらけにしてしまうものだったけれど、でも、それが、それこそが。
 私が求めていた、「おとうさん」と「おかあさん」に代わるもの。
 いいえ
 私は
 
 

 
 その魔法少女こそを、天涯孤独な私の魂を真実抱き締めて慈しみ、そして育んでいけるような、
 そんな存在にどうか変えていけますようにと、祈っています。
 

 
 
 
 私は
 私のほんとうの願いを 自分で叶えるために
 
 
 
 
 
   新しく魔法少女をやっていこうとおもいます。
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 
 
 
 
 
 白亜の壁に室内の灯りが当たり、ぼんやりと影を生んでいる。
 時間が止まりながらも、ただぐるぐるとそれは静かな攪拌にその身を委ねている。
 一体、何度語ったかしら。
 あの日、月夜と再会した夜にこの会へ参加する事を誘われてから、私はただもう、溢れる言葉の
 ままに、それまで溜め込んできた私の想いをぶちまけてきた。
 当初それは、聴衆に理解を求め、あわよくば助けを引き出そうという、そんな演説じみた語りでしか
 なかった。
 でも、語り続けるうちに、私は、ああ、これはひたすら語り続けること自体に意味があるのだという
 ことを理解していった。
 
 わかって貰う必要なんか、初めから無かった。
 なぜなら
 私を救えるのは、私だけなのだという自覚が、私には既にあったのだから。
 
 その気付きを得たからこそ、私はたったひとりで、自分の小さな部屋の中の壁に向けて、私の胸の
 中で凍り付きながらもその繁殖を続けていた嘆きを、やっと、十五年の時を越えて、吐き出すことが
 出来た。
 でも、それだけじゃ、駄目だった。
 その嘆きを、語りを、知っているのは、聴いているのは、私だけだったのだから。
 私はずっと、私にだけ語り続けることで、その私自身との関係の中からだけしか、その私の語りで得た
 私の自覚を、この世界の中に顕現させる事は出来なかったのだもの。
 誰かに、聴いて貰う必要があった。
 理解は不要。
 共感も、いらない。
 
 ただそれは
 私が、誰か達の前でそれを語ることで生まれる、その誰か達との関係の中から生まれる、
 私自身による、私の語りの自覚のために、語る意味のあることだった。
 
 それが、私が他者と繋がる、ということ。
 ううん
 
  他者の中に、そして世界の中に、確かに生きている、この私を獲得するということ。
 
 
    私という、現実に降り立つ、と言い換えても、いいわね。
 
 
 相手の理解を得よう、共感を得よう、説得しようというのは、まさに誰か達を私の中に取り込もうとして、
 私だけしか存在しない世界にしようという行為に他ならない。
 まぁ、今まで自分の部屋の壁に向かってぶつぶつと独り言を呟いたり、パソコンで文章を書くだけだった
 のだから、そうしようとしたのは当然なのかもしれないのだけれど。
 一体、何度語ったのかしら。
 この会に続けて参加していくうちに、私は自分を語ることに自信を持つことが出来るようになって
 いった。
 誰の目も気にせず、誰の認証も必要とせず、勿論論理的に道義的に間違っていようと関係のない、
 ただただ、純粋に私が感じ考えていることを、あらゆる価値判断を排除して語ることの、誇り。
 逆に、私はこれまでずっと、自分の事を誰かの目を通して、誰かの認証のために、そして論理的
 道義的是非に沿う形でしか語ることが出来なかったのだということを、なによりもはっきりと知ったわ。
 びくびくしてた。
 私の言ってること、なにか間違ってないかしら、おかしくないかしら。
 そうやって常に臆病な詮索を重ねながら、自分の感情さえ査定しながら、ただ延々と自分の発する
 言葉を練り上げ、飾り付けてきた。
 怖かったのよ、ものすごく。
 嫌われたくなかったから、ひとりぽっちは嫌だから。
 だから、間違ったことは言えなかったし、賞賛に値する事を考えられるように、感じられるように、
 自分を操作し続けていたのよ。
 で、挙げ句はそうして操作されて出てきた言葉を、それが私なのだという嘘の自覚を以て、
 私は私の中に取り込んだ。
 それが、私のかつての魔法少女だった。
 端然と、優雅に、流麗に。
 正しく、優しく、美しく。
 気付けば私にはそれしか無くなっていたし、それが無くなったら死ぬしかないとまで言い出す始末。
 それはほんとうに
 真っ直ぐに歪んだ 呪い
 
  私なんて
 
   ただ泣き虫で
 
    ずぼらで
 
  いい加減で
 
   甘えん坊で 寂しん坊で
 
     そしてふつうにひどいこと考えたり、冷酷だったりもするのにね
 
 私は、そのほんとうの私を、正直に自分に語り続けていたわ。
 ずっと、ずっと、自分に叫ぶように、嘲笑うようにして。
 そして。
 やっと私は、その愛すべき絶叫と、愛しい嘲笑を、私自身にだけではなく、他の人達の前でも、
 語ることが出来た。
 何度も、何度も、舐めるように、撫でるように、慈しむようにして。
 同じことを繰り返し、繰り返すことで、少しずつ、いえ、どんどん正直な言葉にそれは塗り変わって。
 気付けば私は
 
  堂々と みんなの前で
   私のすべてを話していた
 
  おとうさんと おかあさんのことも
 
   誰にも言えなかった魔法少女の事も、素直に、話していたのよ。
 
 私はそして、そのみんなの前に顕現した、私の姿を、私自身に取り込んだ。
 これが、私。
 ほんとうの、ほんとうに生きたかった、私の姿。
 私を救えるのは、私だけ。
 私は、私が魔法少女であることを、誰かに信じて欲しい訳でも、受け入れて欲しい訳でもない。
 これは、私の宣言のようなもの。
 私は、魔法少女。
 だから私は、魔法少女として生きるわ。
 そう
 自分の力で。
 もう誰かを操作して、その魔法少女たる私を生かすために、利用したりなんか、しないわ。
 
 
 私が語り終えたあとは、いつもしんとなる。
 この静寂が、今はなにより心地良い。
 なつひが、やまねが、いつきが、そして月夜がなにを感じて、なにを考えたのかは、私にはわからない。
 そして、わかるつもりは、もう無い。
 だから私はただ、自分語りを終えたその余韻に浸り、そしてその中で変化した自分を得て、次の一歩を
 踏み出していくことに、集中することが出来る。
 次に語り出したのは、やまねだった。
 話す順番は特に決まっていなく、話したくなった人が手を挙げていくだけなのだけれど、やまねが私の
 話を受けて話し出すことが、ここ最近多くなってきた。
 やまねの話を聞く限り、どうやら彼女も魔法少女絡みでなにかあるみたい。
 既に魔法少女なのか、それともキュウべえに声をかけられている段階なのかはわからなかったけれど、
 彼女が私の話になんらかの興味を示して、おもうところがあるのは確かな感じ。
 もっとも、それも私の思い込みなのかもしれないのだけれどね。
 でも、いいのよそれで。
 私は私、やまねはやまねだから。
 私は、やまねに私の話をもっと聴いて貰いたいとは思わないし、頼まれない限り、相談に乗って
 あげようとも思わないわ。
 私はもう、私の押し売りはしない。
 不当な代価を得て、そのお金で自分の価値を購うことは、もう嫌よ。
 他の人達は、私が私であるための、道具なんかじゃ、ないもの。
 
 
 見滝ヶ原女子会には、色んな人間が参加してくる。
 月夜は難病を抱える当事者だし、なつひは家庭問題を抱える高校女子陸上部の部長、
 いつきは弁護士、ふたりの男性はそれぞれ医師と資産家。
 やまねはまだ謎に包まれているけれど、彼女にもなんらかのものがあるはず。
 一回のみ参加した人達にも、それぞれの社会的立場が勿論ある。
 みんなそれぞれの悩みや苦しみを語る事が、この会の目的だし、だから助け合いのためにある訳でも
 ない。
 でも、だからと言って、それぞれが持っている能力や立場を使って、誰かを助けてはいけないという
 訳でもない。
 参加して、初めてわかったのよ。
 なんだ・・・・ちゃんと、当たり前の社会が、ここにあるんじゃない・・って
 私なんか、魔法少女よ?
 なのに、その魔法少女が堂々と自分の事を話して、居直っているのに、それを誰も排除したり、
 迫害したりしないのよ?
 こんなに色々な人達が参加しているのに、いえ、ある意味多士済々とさえ言える人達なのに、
 私はこうして、この会の一員としてちゃんと受け入れられているし、発言もまた許されている。
 
 私は
 私なんか
  この社会は、受け入れてくれないって、ずっと思ってたのに。
 
 私は、この会の誰のためにも尽くしていない。
 誰のためになることも、していないし、しようとすらしていない。
 自分の事だけ、思う存分、語り続けている。
 気をつけているのはせいぜい、喋りすぎて他の人が喋る時間が無くなったりしないようにする程度ね。
 私だけじゃない、参加者の誰もが、この会のためになにかしようとか、維持するためのことなんか、
 全く蚊帳の外。
 自分のことを話したい人が、ただそれだけで集まってきた。
 私達は、仲間じゃなかった。
 いいえ、仲間である必要が無かったのよ。
 それぞれが、それぞれの生を生き、そしてそれぞれがそれぞれの自分を抱えて歩いている。
 この会にあるのはただ、その他者の生に対する敬意だけだった。
 かつて自らをお化けと誹った難病に冒される月夜自身を、誹る人は誰もいない。
 誰もが皆、敬意を以て、月夜のどんな話も聴いた。
 それは当初誰にとってもただのルールだっただけなのかもしれないけれど、誰もがその進度に差はあれ、
 そうした他者の物語に対するリスペクトを必然的に獲得していった。
 
 
 
 ++
 
 だって
 
 私には、あなたの事を真実知ることは出来ないのだもの。
 
 私には、あなたを救うことなど出来ないのだもの。
 
 あなたを真実知ることが出来るのはあなただけで、あなたを救うことが出来るのはあなただけなんだもの。
 
 あなたは自分を語ることで自分を知り、そして自分を語ることで生まれる新しい自分によって救われる。
 
 あなたは、あなた自身に関するスペシャリスト。
 
 あなた以上にあなたを知りあなたを救えるものは、如何なる他者の中にも概念の中にも存在しない。
 
 そのあなたの助けとなるものがあれば、それが求められれば、手を貸すことは出来る。
 
                                                       ++

 
 アイシャは、私の求めに応じて、アイシャを抱き締めさせてくれたわ。
 私に出来ることで、なにか求められれば、応じる準備はあるわ。
 ただ、自分から助力の押し売りはしないだけ。
 ましてや、その押し売る商品を作るために、己が身を裂くなんて二度としない。
 私には、あなたを救うことは出来ない。
 私に出来るのはただ、あなたがあなた自身を救うことの助けになることだけ。
 無論、なんの助けにもなれないかもしれない。
 でも私には、もう
 
 
 誰の助けにもならない その私のことを許せる勇気があるわ。
 
 
 
 私は、魔法少女として生きることにした。
 私が魔法少女をやろうと辞めようと、この体はもう魔法少女仕様である事を変えられない。
 だから私はそれを受け入れて、そして、今度は私のためにこそ魔法少女を生きてみるわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
  ◆
 
  ◆
 
  ◆
 
  ◇
 
 
 
 
 
 まるで、水面に浮かぶ泡沫を全て吸い上げて柔らかく濾した光のように。
 夜に沈む時の流れは、青白いぬくもりに包まれ、清らかに澄んでいた。
 じわりと染み込む月光の重みを服に吸わせて、その内に佇む肌はただ甘く眠っている。
 静寂がどこまでも響く。
 いつまでも影が灯っている。
 濡れるように流れる黒髪の口付けに頬摺りを重ねながら、背に触れるぬくもりを感じていた。
 月夜はまるでしなだれ掛かるように、けれど同時に私を真っ直ぐと座らせるようにして、私の背に
 寄り添っている。
 とく
 とく
 とく
 月夜の聞こえない鼓動を私の胸の奥で感じる。
 私の頬を縁取る月夜の愛しい髪が、無限に私の体を這って流れていく。
 小さくて細い、響くほどに白い指先が私の胸に触れる。
 胸を伝い、緩やかに両の手を重ねた。
 背で、月夜の体温を、少しだけ感じた。
 けれどそれは、その白い掌の確かさに比べれば、あまりに朧な風合いだった。
 背で幽かな月夜を感じていたい。
 真白いその掌で、私の体に確かに触れて欲しい。
 掌で、指先で、伝うように、撫でるように、包むように。
 月夜・・
 
  もう少し、真面目にやってくれると嬉しいのだけれど。
 
 静かな夜の気配に誘われながら、私は月夜に髪を梳いて貰っていた。
 優しく、丁寧に、なにより臈たけた月夜の持つ櫛の滑りが、私を開いていった。
 櫛で髪を梳きながら、そして一方で月夜は私の体に触れていった。
 気付けば私を後ろから抱き締めている。
 しばらくしてまた、髪を梳き始め、そしてまたふと、私を抱き締める。
 皎々と月明かりが窓辺に臨む私達の姿を包みながら、その時をゆっくりと解き始めていた。
 髪を梳くその手つきは滑らかながら、ずっと同じところを梳いている。
 
  ねぇ、梳くか抱き締めるか、どっちかにしない?
 
   「嫌よ。」
 
 私は、嫌じゃなかった。
 髪を暖かく梳いて貰いながら抱き締めて貰う。
 私がずっと求めていたのは、ほんとうはきっとこういうことだったのだとおもう。
 月夜はただ、自分の好きなように、私をいじくっている。
 私もただ、月夜に触れられ、髪を梳いて貰っていることの感触を楽しんでいた。
 抱き締めたい
 抱き締められたい
 月夜が、たとえ今この場から消えてしまっても、私はこの月のぬくもりに満たされた窓辺を、
 生きていられる気がした。
 そう
 ひとりで
 月夜がいなくても、生きていける気がした。
 ふと寂しくなったときに、月夜の手触りを思い出して、暖かく揺れる自分の胸を抱き締めながら。
 なんだろう
 そう思える自分の事は、なぜか寂しいとは感じられない。
 それは、感じられないのか、感じたくないのかは、わからない。
 寂しいのかもしれない。
 だから寂しくないと感じるのかもしれない。
 わからない
 けれど
 
 それで いいのだと 
  私は背中を流れていく髪に、頷いていた
 
 
 月夜・・・
 
  「なに?」
 
    私ね・・月夜に今こうして抱き締めて貰って、髪を梳いて貰っているのが、嬉しいわ。
 
   「そう。 私もこうしているのは、好きよ。」
 
  私の髪・・・・そう・・まだおとうさんとおかあさんが生きてた頃・・・
  私も人並みに、おかあさんにね、髪を梳いて貰っていたわ・・
  でも・・わたし・・・・あんまり嬉しくなかった・・・
   むしろ・・・こわかった・・・
  私に優しく語りかけながら、おかあさんは色んな形に髪を結んでくれたりして
   おかあさんの化粧箱をね、いつも私の前に置いて、もうちょっとマミが大きくなったら、
    お化粧もしてあげるからねって・・・ほんとに嬉しそうに言いながら、私の髪を梳いていて・・・
 
  どうしてだろう・・
 
   すごく   すごくね       寂しかったのよ、わたし
 
 おかあさんに髪を梳いて貰って、嬉しいはずなのに・・・
  私は・・嬉しいとおもえなかった・・・
   私とおかあさんの間にあるはずの・・・・とても大切ななにかが、そこには無かったの
 髪を梳いて、抱き締めて欲しかった
 でも・・・でも・・・こんなのは・・・嫌・・・・
 
  「そう・・・」
 
   私は、おかあさんに、髪の結び方を教えて貰いたかった
    おかあさんに、メイクの仕方も教えて欲しかった。
    母と娘の、他愛ない、そういうやりとりを受け取りたかった・・・
    でも、実際におかあさんが私にしてくれたことは・・・
     見た目ではわからないところで、大きく歪んでいて・・・
      おかあさんは・・自分が良いと思っているものは、娘も良いと思うはずだって・・ずっと・・・
    だから私は、拒否するしかなかった。
     嫌だって・・
 
  なんとかしたくて、でもどうしたらいいのかわからないまま・・
   私は、おかあさんから学ぶ事を拒否しながら、それでいておかあさんから学ぶ事だけを目指して、
    他から学ぶことをも拒否してしまった。
     私は、おかあさんからこそ、髪の結び方を、メイクの仕方を学びたかった。
 
   おかあさんみたいに・・・・なりたくて
 
    でも・・私は・・私で・・
 
   結果、なにも出来ないまま・・
 
  気付いたら、おかあさんとおとうさんが死んで・・・
   だから・・・
 

 
 玲瓏な響きを奏でながら、白い指先が私の胸元をなぞるようにして離れていく。
 とさり
 月夜の小さな背が、私を包むようにして抱き締めた。
 
  「よく頑張ったわね・・・マミ」
 
 振り返ることなく、私は漆黒に濡れる海の中で、泣いた。
 涙が止まることを知らないまま、ただ声にならない声が、青く私の視界を埋めていった。
 
   「あなたは、なにも悪くないわ。」
 
   「そして、あなたのおとうさんとおかあさんもね。」
 
   「誰も悪くない。」
 
    「自分を責めることも、他人を責めることも、それは同じこと。」
 
   「自分は悪くないと思うことと、だから他の誰かが悪いということは、イコールじゃ無い。」
 
  「誰のせいでもない。」
 
   「ただマミにはマミがそう育ってきたという、その現実があるだけよ。」
 
 
  「あなたのおとうさんとおかあさんも、同じ。」
 
   「あなたのおとうさんとおかあさんも、きっとあなたと同じような問題に縛られて、それでも生きてきた。」
 
 
  − 「誰が悪いのかと、誰のせいなのかと、そんな事を問う意味はなにも無い。」 −
 
   − 「ただ問題だけが、問題なだけよ。」 −
 
 
 


 

 「 あなたは その問題の連鎖を 断ち切った 」
 

 
 
 
 「ほんとうに・・・・よく、頑張ったわね・・・・・泣き虫みーちゃん」
 
 
 
 

「あなたは、今、どう生きたいと思っているのかしら?」

 
 
 
 謳うその細い声が、静謐に部屋に広がり、やがてそれは私の涙を吸って胸の中に舞い降りてくる。
 わたしは・・
 誰かと・・一緒に生きていきたいわ・・
 もう・・ひとりは・・・嫌・・
 もう、充分よ。
 私はきっと、その私の本当の願いを、他ならない私自身の力で叶えるためにこそ、私が私だという、
 唯一無二の存在であるということを受け入れて、きっと戦っていたのよ。
 私は、おかあさんに支配されたくなかった。
 だから、おかあさんがいなくても、生きていけるように頑張った。
 そして・・
 私は、おかあさんと一緒に生きたかった。
 おかあさんがいても、おかあさんに支配されない、ひとりでもちゃんと生きていける、そんな私になるために
 私は頑張ってきた。
 おかあさんは、もういない。
 だから私は、もうおかあさんを拒否しないし、そして求めもしないわ。
 
  私は、私の目の前に燦然と広がっている、この世界の人達の中で、確かに生きていきたい。
 
 その人達の中でなければ生きられないなんて、そんな弱音を吐かずに済むようになっていたの。
 ねぇ月夜、私、自分でも知らないうちに、成長していたのよ。
 「そのようね、あなたに再会したあの夜、私にはそれがはっきりと感じられたわ。」
 私はもう、誰かを操作したり支配したりして、私とずっと一緒に居続けてくれるような、そんな他人を
 創り上げたりなんかしない。
 あるがままのその人達と、付き合っていきたいの。
 その人達こそを、私は愛せるようになるかしら。
 「さぁ? それは全く、あなた次第よ、マミ。」
 そうね、私がその人達を愛せるようになるために、その人達になにかを求めることを、私はもうしない。
 私がその人達を愛せるかどうかは、その人達の問題では無く、私自身の問題なのだから。
 「それは同時に、逆のことも言えるわね。」
 ええ、私もまた、その人達に愛して貰えるようになるために、その人達の求めに応じたりすることなんて、
 もう、しないわよ。
 

 
 月夜は私からゆっくりと離れ、そして冷蔵庫の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
 そのままそれを左右に揺らしながら、月夜は一言、こう言った。

 
    「それが、魔法少女の正しい生き方なのね。」
 
 
 私は、運命なんて信じない。
 でも、私の中には、私を正しく導くための、そんな力が確かにあることを感じているわ。
 その力はずっと、色んな形を取りながら、私を支え、守り、そして導いてくれていた。
 それは一見すると、私を傷付け、私を悪い方向に進ませているように見えるのだけれど。
 でも。
 今の私の気持ちはね。
 
   感謝の心で、いっぱい・・・・なのよ・・・・・
 
 
 
 涙が止まらないわ
 「止まるまで、泣いていいのよ。」
 どうして私は、こんなに嬉しいのかしら
 「そんなこと、私は知らないわ。 知っているのは、あなただけ。」
 私はきっと、自分を一切操作せずに、ただあるがままにありがとうって気持ちになれたのよ
 「そのありがとうは、誰に対してのありがとうなのかしら?」
 わからないわ、ただ、わかる必要は無いって感じるわ
 「そういう事ってあるわね。」
 わからなくてもいいのよね? 間違ってもいいのよね?
 「いけない理由が見つからないわ。」
 
 
 白々しいほどに、窓の向こう側には、月世界が広がっている。
 
 私、魔法少女の力を使って、自分のために生きてもいいのよね?
 
 真白い月が目の前で笑っている。
 
   「当たり前でしょう。」
 
 私、魔法少女の力を使って、人助けをしてもいいのよね?
 
 純白の月が私の前で微笑んでいる。
 
   「当然よ。」
 
 
 わたし
  
      この世界で、生きているのね
 
 
 
  
  青白い月光に染まる、黄色い髪がただ、愛おしく鳴いた
 
 
 
 
 +
 
 
 髪、もっと梳いてくれる?
 「いいわよ、好きなだけ梳いてあげる。」
 抱き締めて頂戴。
 「これでいいかしら。」
 ねぇ、夕飯作ってくれない?
 「嫌よ、面倒くさい。」
 月夜は私になにをして欲しい?
 「美味しいディナーを用意して欲しいわ。」
 じゃあ、手伝ってくれるかしら。
 「いいえ、一緒に作りましょう。」
 
  わたしのために
  あなたのために
 
   幸せな時間を過ごすために
 
 
 その時間を過ごすのが誰なのかを自覚していれば、自分のためだろうと、他人のためだろうと、
 自由に生きればいい。
 私はこれから、どうやって生きていこう。
 ソウルジェムが濁ることはかなり減ってきてはいても、やはり完全に濁らないとは言えないのよね。
 だから生き延びるために、魔女狩りはしなくちゃね、グリーフシードはしっかり集めなくちゃ。
 魔力をセーブする戦い方も学んでいくのが良いかしら。
 そして魔力に余剰が出れば、グリーフシードを落とさない使い魔も狩ってみよう。
 自分の魔力のバランス配分とその管理をしっかりするなら、私は全然、人助けをしても大丈夫。
 私はもう、誰かを助けられない自分を許せる力を得たのだから。
 魔力の残量から算出して、私の行動を決める、それはいっそ潔いわ。
 
 私は、女子中学生としての私も生きる。
 魔法少女のことは、可能な限り他の人に話していく、まさにカミングアウトね。
 私の話を信じるか信じないかは、その人達次第。
 そして私は、周りの人達がどうその私を受け止めるかに関係無く、私の道を歩いていくわ。
 やりたいこと、沢山あるもの。
 今度こそほんとうに、私は自分のファッションを自分の欲望に沿って高めていきたい。
 お料理だって、もっともっと、色んなところから学んで、勉強して、美味しくて綺麗なものを作ってみたい。
 恋愛だって・・・・ま、まぁそのうちね
 そして・・
 そしてね・・・・・・
 
 
  私は・・また・・・・あの子達に・・
 
   鹿目さんと、美樹さんに、会いたいわ
 
 
 鹿目さんに魔法少女になる事を断られて以来、全く私は彼女達と会っていない。
 学校では、学年が違うゆえに教室の階も違うから、会おうと思っていないと、本当に出会わない。
 彼女達がどうなっているのかまるで知らないし、あれからかなりの時間が経っている。
 キュウべえも、魔法少女を辞めると言い出した私の翻意を促すために、時折姿を見せていたけれど、
 最近は全くその姿を現さなくなった。
 私は、友達を失ったのよ。
 でも、私は・・・・
 友達が、欲しい。
 鹿目さんや美樹さん、そしてキュウべえがどう思っているかは、関係無い。
 私はまた、あの子達と一緒になにかしてみたい。
 勿論、キュウべえともね。
 キュウべえが人間を利用してるとかどうとか、それは私とは関係無いことだし、それはキュウべえ自身の
 問題なのだから。
 私は、かつてずっと私と一緒にいてくれた、私の大切な友達との間に、ちゃんと一線を引いて付き合う
 事がもう出来そうよ。
 それは、鹿目さんや美樹さんに対しても同じね。
 私はもう、あの子達の前で、立派な先輩を演じることなんてしないわ。
 私は、あの子達と友達になりたい。
 私はその私の願いのためだけに、あの子達にもう一度、会いに行くわ。
 その私を受け入れるかどうかは、あの子達が決めること。
 怒っているかもしれない。
 憎んでいるかもしれない。
 あるいは、蔑んでいるかもしれない。
 
 でも
 私はもう、そんな他人の気持ちによって、私自身の気持ちを歪めることは、絶対にしないわ!
 
 また、あの子達と一緒に生きてみたい。
 もし駄目だったら、そのときはそのとき。
 私は、誰かと一緒に生きてみたい。
 私には、月夜がいるわ。
 そしてまだ見ぬ沢山の友達候補、恋人候補、家族候補がこの世界にはいるのよ。
 あの子達しかいない世界なんて、もう無い。
 おとうさんとおかあさんしか、月夜おねえちゃんしか、キュウべえしかいない世界から、私は抜け出した。
 いえ
 解放されたのね
 
 縛られ
 縛る
 
 その魔法が、解けたのよ。
 
 
 
 自由の光が、月影に跳ねている。
 佐倉さんにもまた会ってみたいわね。
 彼女の中に私の幻影を見なくて済むようになった今の私が、一体どういう反応するのか興味あるわ。
 暁美ほむらとも、一度じっくり話してみたい。
 結局私はあの子にも自分を投影して切って捨ててしまっただけだったのだものね。
 あの子がどういう子なのか、私は全然なにも知らない。
 そうね、彼女を見滝ヶ原女子会に誘ってみるっていうのも、悪くないアイディアね。
 ・・・ま、まぁ、一蹴されそうな気もするけれど
 でも私は、そんな勝手な私の願いを、肯定するわ。
 というより、その願いを相手に押しつければ、それは勝手なものかもしれないけれど、私はもう、
 それを相手に押しつけたりしない。
 だからそれは、勝手なことではなく、ただの当たり前の、あるがままの願い。
 自分の願いと、相手の願いは違っていて当然、そしてその違いを認めるからこそ、相手の、そして
 自分の願いを尊重出来る。
 だから・・
 はっきりさせなければ、いけないのよね、自分の願いがなんなのかを。
 わかっていたことだけど、私はわかっていると自分に言い聞かせる事に縋って、本当は全然、
 自分の願いと向き合うことなんて、今まで出来ていなかったわ。
 
 「マミ、あなたの将来の夢は、なに?」
 
 将来・・そうね・・・はっきりとはわからないけれど・・たぶん、色んなことが出来る人間になりたい、
 ってところかしら
 私は、私の人生、というより、生き方を自分でデザインしていきたいって思うの。
 差し当たり今は、ファッションや料理のことをもっと勉強してみたいわね。
 その延長で、専門の学校に行ったり職に就いたりもするかもしれないけれど、それは選択肢のひとつね。
 月夜は?
 
 「私は、カウンセラーになりたいわ。」
 
 「私は難病を抱えてこれからも生きていく。
  勿論、治せるものなら治したい。
  でも私達は、治るまで、そして治らなくても、今を生きているのよ。
  それなのに、医者や周囲の人間は、ただ病気を治せ、すべては治してからの話だと、
  既に此処に生きている私達自身の悩みや苦しみについては、目を背けて・・
  私も、多くの問題を抱えている。
  でも、これからも生きていくわ。
  自分をもっと知るために、私はカウンセラーになりたい。
  勿論、私と同じような苦しみを抱える人達の、力にもなりたい。」
 
   「私は、私以外には、なれないもの。」
 
 
 ええ
 私が魔法少女である事は、どんなに変えたくても変えられない。
 でも私は、今確かに生きている。
 両親への怒りは、感じるわ。
 私は両親に償いなんか求めなかった、その代わりに、私を変えてくれることを、子供の頃の私が
 貰えなかった愛を復活させる事を望んでいたわ。
 今更、おとうさんとおかあさんに愛されても、私を変えることは出来ないのに。
 私の人生を遡って、今の私を変えて、これまでの自分を無かったことにするなんて事も出来ない。
 そして両親の愛を受けることが出来なかった、その子供が進む道を変えることも、残念だけど、不可能。
 私は、この道を歩くわ。
 私は両親に怒りを感じる。
 それが論理的に道義的に間違っていると言えるものだろうと、私は私の怒りを認めるわ。
 その感情の受容を以て、私は私を捕らえていた、端然端麗なる魔法少女を超克する。
 そして
 だから
 私はその怒りをもう、両親に向けて生きたりは、しない。
 私にも向けない。
 私は、怒りに拘る自分を、越えていく。

 
  + だって 私には自分で叶えたい願いが出来たのだもの +

 
 怒りは、必要があってそこにあった。
 私には怒りにしがみつく必要があった。
 私は自分の願うものと向き合えなかった。
 だから、なによりその事を自覚するためにこそ、私はそんな私を責め、そして両親に怒りを感じてきた。
 必要だったのね、ほんとうに。
 そして私は、もうその必要を感じなくなった。
 だって私が求めていたのは、責める事そのものではなくて、私の願いと向き合うことだったのだもの。
 怒りはただ、私が私の本当の願いに辿り着くまでの、その道案内を務めてくれていたのよ。
 そしてその怒りはもう役目を終えた。
 私は、私がほんとうに求めるものを、みつけた。
 私は、私の道を美しく、楽しく、美味しく、私こそが幸せにデザインして、生きていくわ。
 自分の道を、どう描くか、それだけがただ、今を生きる私が求めていること。
 自分の人生を、どう語るか、ただそれだけが、これからを歩いて行く私に必要なこと。
 私は、そう。
 そのためにこそ、頑張るのよ。
 私は、不幸に育ってきた。
 それはただの事実であって、そしてただ、それだけでしかない。
 ううん、違うわね。
 むしろ、全く逆のことが、今なら言えるわ。
 
 私は不幸なんかじゃなかったわ。
 私は、私を「不幸」という他人の価値観から解き放ち、自由に生きるためにこそ、必死に生きてきた。
 私は、確かに私がみんなとは違う、普通ではないことを怨んだ。
 自分が「不幸」であることを呪った。
 そして「不幸」じゃないようになるために、頑張った。
 でも今は、違う。
 私は、その不幸とか不幸じゃないという、その価値観そのものから脱却して、全く新しい、私の世界を
 生きることに辿り着いたのよ。
 
  すべてはただ  ただそのためだけに、あったのよ。
 
 だから
 私は
 頑張って、いいのよ。
 
 私がしたいことをするために、したくても出来なかったものを出来るようになるために。
 
  だって 私の目の前には 全く新しい 壮大な世界が広がっていたのだもの!
 
 私はその壮絶なまでに素敵な世界を開拓して、たくさんのものを手に入れていきたい!
 まさに、人生のボーナスステージに辿り着いた気分なのよ、今の私は。
 そしてこの私の世界というステージは、私が死ぬまでずっと、それを深めながら続いていく。
 私がこれから、自分のしたいことをしないのは、それは全部私の責任。
 出来ないものが出来ても出来なくても、挑戦したり逃げたりしても、それも全部私が背負って良いこと。
 私は失敗も成功も、なにをしてもしなくても、その自分の行動のすべてを受け止めていきたい。
 焦る必要も、急ぐ必要もどこにも無い。
 それは全部、私が決めて私が選んだことなのだもの。
 だから
 私は、なにをしてもいいのよ。
 やりたくないものはやらなくていいし、嫌なことには嫌と叫んでいいのよ。
 いいえ、やりたくないことをやらない自分と、嫌なことを嫌と叫ぶ自分こそを守る責務が私にはあるんだわ。
 自分のしたいこと好きなことのために頑張れたら、それはとっても素敵よね。
 そして。
 なにも出来なくてもいい、 なにもしなくてもいい。
 それもまた、素敵なこと。
 だって、それは
 他の誰のためでもない。
 私自身の、ために。

 
  私が、一生懸命選んで、決めたことなのだから

 
 
 

私はやっと

自分のために生きることが出来るようになったのよ

 

自分を背負うことの重みの
 

この暖かさを、私は今まで、知らなかったわ。

 
 
 魔法少女の戦いは、いつだって命懸け。
 いつ死ぬかわからない。
 そもそも、魔法少女として戦いながら、自分のやりたいことをこれからやっていけるかどうか、わからない。
 でも、大丈夫よ
 だって、そうして生きているのは。
 
 私だけじゃないんだから。
 
 それぞれが、それぞれの道を、ちゃんと歩いていく覚悟を決める事が出来たのなら、ね。
 
 
 
 −    人は必ず、いつか死ぬのよ、平等に、ね。
 
 
 
 月夜は、深々と微笑む。
 
 「私の体は、日の光の下を歩くことが出来ない。
  私にとって歩く道は、この月明かりに包まれた中にしか無いわ。
  だから正直、大学に入りカウンセラーの資格を取ることは難しい。
  でも、それで私がやりたいことが消えてしまう訳でも無い。
  資格が取れない、というだけのこと。
  私は、見滝ヶ原女子会を作ったわ、これからもこの活動を続けて、そしてさらに別の会も立ち上げて
  もっと裾野を広げていってみたい。
  心理的なことだけじゃなく、もっと単純に勉強会のような、そうね、私はこの国の成り立ち、文化、
  すなわち歴史に興味があるから、そういうものを学ぶサークルのような形で数を増やしていってみても
  いいかもしれない。
  スポーツなんかも出来たら、面白いわね。
  それになにより、なにをしてもしなくてもいい、ゆったりしたお茶会のような場も用意したい。
  そういった会を繋げていくことで、ひとつの小さな社会を作ってみたいのよ。
  この町に、そしてこの国に、ね。
  私のような人間が安心して、幸せに自分の道を歩いていけるように、たとえ日の光の中を生きられ
  なくても、それでも自分自身を生きていけるような、そんな世界を私は作りたい。」
 
   「勿論、夜を駆ける魔法少女達にも、その世界の一員になって欲しいわ。」
 
 
    「あなたには、是非ファッションや料理を楽しむ会のリーダーになって貰いたい。」
 
 
 
 
 
 
 
   ☆
 
 
  さみだれのように、激しく胸を奮わす、この光は、なに?
 
 
 それはあたたかく
  まぶしく
         ちょっぴりつめたい 感触
 
 
 なんだろう
  とっても 簡単だったんだ
 
 ただただ
  
  あたりまえのものが  わたしの世界には無かっただけ
 
 
 
 
   ◇  希望  ◇
 
 
 私が、私を生きていくことに、私の想いを込めることが出来る
 
 私の生きる力が、 私と噛み合って前に進んでいける世界
 
 私がずっと
 ずっと
 自分の命を削るようにして 作り出そうとしていたものが
 
 今
 
   目の前に あった
 
 
 私は
 私のすべての力を出せるようになりたい
 今までずっとバラバラだった私であることをよいことに、魔法少女は独裁を気取っていた。
 それは見せかけの統一で、魔法少女にすべてを支配された、そして魔法少女ひとりしかいない。
 孤独な、世界。
 魔法少女以外の私の力を全く使えないままに抑圧を重ね、たったひとりの力で生きてきた。
 
 
 「マミ。」
 
  「あなたは、甘えるのが、下手なのよ。 致命的にね。」
 
 
   「支配されるか、支配するか。」
 
    「拒絶するか、しがみつくか。」
 
   「その極端な二極化ぶりはいっそ感嘆ものね。」
 
   
    「マミ」
 
   「あなたはただ ずっと」
 

 
    − 「対等に付き合える人が 欲しかったのじゃないかしら」 −
 
 
 
 
 助けて欲しかったのに、助けを求めることが出来なかった。
 助けを求めたら、相手にしがみついてなにも出来なくなる、そんな魔女の私が怖かったから。
 だから助けを求める私を抑圧し、魔法少女の私は己が残酷な春を謳歌した。
 そしてその魔法少女の圧政に対して、魔女はずっと反旗を翻し続けていた。
 魔法少女と魔女の熾烈を極める戦い。
 その戦いそのものが、私を私自身から遠ざけるために仕組まれたもの。
 私は・・
 私自身に助けを求めることが出来なかった。
 そして、他の人達にも。
 
  「あなたには、助けを得る権利があるわ。」
 
   「それは同時に、助けを求める義務があるということでもあるわ。」
 
 
  「あなたが、あなたのすべてを取り戻すためにね。」
 
 
 バラバラだった私の中の私達を、ひとつに集めたい。
 その結集した力を使って生きることが出来たら・・・
 私はきっと、とてつもなく、深く大きく成長する。
 私が今観ている世界と私は、たったひとりの魔法少女の力が魅せているだけのもの。
 たったひとりで、身を裂きながら生きてきたわ。
 苦しかった。
 絶望が重かった。
 それは・・・そうよ
 だって
 
   たったひとりだけで   なんとかしようとしていたのだもの
 
 私は、月夜と、鹿目さん達と、生きていきたい。
 対等に、助け、助けられ、甘えて、甘えられたい。
 貸し借りなんかじゃ、ないのよ、そういうのは。
 どんな私であっても、助けて欲しい甘えたいと言ってもいいのよ。
 それに対して相手がどうするかは、それは相手が決めること。
 私が自分の欲求と、相手の決定を尊重して受け入れていく事の中に、ただ唯一の対等性があるの。
 まだ見ぬ沢山の人達との出会いの中に、新しい関係を見つけていきたい。
 やりたいことしたいこと、沢山ある。
 私は。
 その願いを
 叶えたい
 心の底から
 魂の奥深くから
 
   私はそれを、なによりも、求めているわ!
 
 
 
 渦巻く
 疼く
 私の中に深く閉じ込められていた私達が、歓喜の叫びを上げ始める。
 光
 重く封をされた私の胸の奥で、みしみしとなにかが音を立てている
 生
 私をここまで生き延びさせてくれた魔法少女は、その独裁者の衣を脱ぎ捨てていく。
 私の中に濁流となって溢れかえる、生きる力の煌めきが、燦然と希望の光に寄り添っていく。
 生きたい
 求めるもののために集まった、私の中の無数の私達が鬨の声をあげている。
 ああ
 なんて
 あたたかいのだろう
 ひやりと沈む月光に照らされた私の瞳が、静かに世界へと歩き出していくのを感じている。
 
 
 カナリア達の歓声。
 魔法少女が、それを愛しく見守っている。
 魔法少女の私も、私の中の私のうちのひとり。
 その私も今、確かに私に力を貸すと言ってくれている。
 カナリアの私達を守ってあげると、そう、言ってくれた。
 あんなに・・・あんなに憎み合っていた私たちが・・・・
 今、私のために、力を合わせようと・・・
 
 月夜が、私をゆっくりと見つめている。
 月夜も、私を助けてくれる。
 見滝ヶ原女子会の人達も、助けてくれるだろう。
 もし困ったことがあったら、きっと他の誰かも助けてくれるかもしれない。
 行政機関の相談窓口なんかも、ちゃんと私が話して頼めば助けになるものを与えてくれるはずよ。
 どんどん
 どんどん
 助けて貰おう・・
 私・・・
 助けを受け止められる、 そんな私になりたい・・・っ!
 もう
 ひとりは、嫌だから。
 ひとりに 閉じ籠もりたくはないから
 出会う人達の中で、変化して成長していく、その私こそを生きていきたい。
 もう
 私は
 たとえ
 ひとりでも
 助けが得られなくとも。
 自分のために、ちゃんと生きていけるわ。

 
     願いを叶える力を、私は遂に、取り戻した気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

『 も う な に も 怖 く な い 。 』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魔法少女。
 それはね
 やがて、魔女になるのよ。
 
 そう
 
 
   ひとりでは生きていけない幼い少女から
 
     ひとりでも生きていける大人の女に、ね。
 
 
 
 
 知ってた?
 
  大人の孤独って
 
  あたたかくて、でも、ひんやりして気持ちいいのよ。
 
 
 
 
 
 
 そのひとりの女の胸に揺れる窓辺には
 
  黄色いシルエットが 幸せに広がっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ありがとう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  − F i n −
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                      ◆ 『』内文章、アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」より引用 ◆
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

-- 120209--                    

 

         

                                ■■ 寒さ厳しき折 2 ■■

     
 
 
 
 
 お疲れ気味ですので、前略。
 
 
 えっと、前回に続きまして、今期アニメの感想をぬるっと。
 その前に、視聴リスト。 決定版。
 
 
 
 月: (銀魂’) ・ (未来日記) ・ 夏目4 ・ 男日
 火: (ぬら孫) ・ パパ聞き ・ シンフォギア
 水: ハイD ・ アナザー
 木: (ワーキング) ・ キルミー  ・ ブラロク ・ (ギルクラ)
 金: いぬぼく ・ (ラストエグ2)
 土: ブレ10
 日: 偽 ・ ゼロ使F
 
                              :全18作品 ()付きは前期以前よりの継続作
 
 
 結局前回切るとか切らないとか迷ってた作品は、全部観るということで解決しました。 私、賢い!
 ということで、改めまして感想の続きをば。
 
 
 
 
 
 
 ブラロク: 自分のために生きるということ。
 私の一番好きな色は、青。
 「色」というモノは不思議なもので、ついその名を口ずさみたくなる。
 青、白、赤、黒。
 つい、なぞりたくなる。
 詩とか歌とか、べつにそういう形式的なもので無く、私はただあるがままに、色に対して様々な想い
 と感触を手に入れている。
 そのことを、ぽっと口ずさむ、この作品の主人公マトの、ある意味でのなにかに対する素直な従順
 さに私はまず惹かれました。
 他人を嫌ったことも嫌われたことも少ないその綺麗な瞳。
 私達は、日々色んなことを感じて生きているけれど、たとえば怒りとか悲しみとかね、でも、私達自身は
 決して怒りや悲しみそのものでは無い、だからこうして日々を生きていける。
 もし、私達自身が怒りや悲しみと同一化してしまったとき、それは自分自身の怒りや悲しみを見失った
 ということが同時に発生する。
 なぜなら自分が怒りや悲しみそのものになってしまうのだからね、その怒りや悲しみそのものは怒りや
 悲しみを持っていない事になるからね。
 私達は、自分自身の事を見ることは出来ない。
 でも、自分がその自分を「何者」かに任せることによって、その自分のことを見つめることが出来るように
 なる。
 マトは激烈な他者の悪意を受けて、とてもとても怖いおもいをして悲しいおもいもしたけれど、でも、
 そういう風な想いを感じた「自分」というものを、みつめるもうひとりの自分を意識することによって、
 その怖い悲しいおもいをした自分が、その怖い悲しい想いそのものと同一化することを防ぎ、受け止め
 そしてさらにそれに拘ることなく、ほんとうに自分のしたいことのために、真っ直ぐに澄んだ瞳のままに
 生きていけるようになる。
 私は悲しい想いをした。でも私は、悲しみじゃ無い。
 それは言い換えれば、私は悲しい想いをした自分を持っている、でも私が持っている自分はそれだけ
 じゃ無い、ということ。
 悲しい怖い想いをした自分と、その自分を見つめて抱き締めて一緒に泣くことが出来、そして慈しみ
 愛する、もうひとりの自分がいる。
 そのもうひとりの自分こそが、そうした上で自分のためにこそ、自分のしたいものを目指すことが出来る。
 マトの圧倒的な健全さの正体は、そこにある。
 悲しみを引き受ける自分、その悲しみをその自分に「任せられる」自分。
 悲しみを引き受けることの出来る自分、それ以外のことをそれ以外の自分に「任せられる」自分。
 自己の複層性、多様性がマトの彩りを輝かせているし、あの能登先生の言っていたことはそういう
 事なのかなぁと私は思いました。
 悩みが無いこと、とっても良いこと、ってそれはすごい言葉ですよ先生、こんだけ悩んだり苦しんだり
 する事が賞賛されている世の中で、その言葉は極めて本質を突いている。
 悩みや苦しみは、決して本質じゃ無いものね。
 悲しみに囚われて身動き出来なくなる事、そりゃ誰でもある。
 だからその自分を許しましょう、あなたは悲しみ傷ついた、充分目一杯悲しんでいい。
 そうして悲しみを否定せずに受け入れることで、そうして悲しみを感じている自分を、「許す自分」という、
 他ならないもうひとりの自分を生み出すことが出来、その自分こそが真に自分のために生きていく
 ことに従事出来るようになっていく様を、あの第一話は見事に描き切っていました。
 マト萌え。
 そして私はなにより、激しい罪悪感と深い自責の念によって、自分が傷付けてしまった大切な人のため
 にすべてを捨てて諦めて生きていた、あの小鳥遊ヨミが、私は傷ついたけどほんとのほんとは傷ついて
 ない、つまり傷ついた自分がいることは確かだけどでも私にはそれだけじゃ無い私もちゃんといるよと、
 そう堂々と宣言したマトのその姿に、色鮮やかな世界を見出して涙を流した瞬間に。
 その世界に踏み出す勇気を一歩分振り絞った瞬間に。
 どうしようもなく、深く、共感を覚えました。
 っつーか、涙ぼろぼろ、やめて、もうほんとこういうの愛しすぎますので、ほんともう、最高。
 ヨミ燃え。
 で、どうやらマトの受けた傷はブラックロックシュータという、おそらく「もうひとりのマト」が引き受けてる
 っぽいので、その辺りをまた、マトが変な責任感感じて私も背負うみたいになっちゃうと、こう、逆に
 自己が単一化してしまうみたいな、境界線が曖昧になるみたいな、まぁそういうのはもういいので、はい。
 大人になるってことは、悲しみや苦しみをひとりですべて背負うことでは無く、そういうものに囚われずに、
 自分の本当の求めるもののために生きる、その自分のために生きられるようになることだと、私は
 思っております。
 むしろ自分のために生きる事と向き合う勇気が無いからこそ、悲しみや苦しみに縋るのかもしれません。
 ほんとうのほんとうに傷つくのは、あなたじゃ無い。
 だからあなたは、あなたのやるべきことを、しましょうね。
 マトのしたいことやるべきこと、それは。
 ヨミと一緒に、色んな色をみること。
 ・・・・。
 やっべー、マジ涙とまんないや。 (号泣)
 澄んだ青い瞳の安らかさに。
 紅い血に染まる瞳はただ、癒されて。
 ・・・かんぱい! ←言ってみてちょっと恥ずかしかった人
 
 
 いぬぼく: 今期最高傑作どころか。
 一、二年前の私なら、まず間違い無く連続感想を書いていたろうし、今の私もSSが書けたらいいなぁ
 とかこの忙しいときに自殺行為に勤しみかねないというか、あああ。
 や ば い 、 大 好 き 。 ←目をハート印にして
 私の好きな要素がこじゃんとみっちり敷き詰められているばかりで無く、さらに畳み掛けるようにそれが
 どんどんと深まっていくのが、視聴時間の経過のうちにリアルタイムに感じられていくという、まさに
 いたれりつくせりな完全接待アニメ! (私視点)
 やばい、まずい、もうはやくも言葉にならなくなってきた! 好き過ぎでまともに感想を言えない病が発症
 してきましたよ! やばい、りりちよ様もずっと眺めて一緒に感じて考えたくなってくるけれど、犬の人の
 ぬくもりもやばいくらいに心の臓を鷲掴み!
 ・・・なにが好きかとか言われても全部好き☆とか言いかねないというか言いますけど、うーん、強いて
 言えば、りりちよ様の真摯さと犬の人の素直っぷりが良いというか、うわ、そのまんまな!
 ・・・。
 ドツンデレお嬢様が、ドM自分の気持ちに正直な下僕に感化される、という構図はそうなのだけれど、
 この作品にはもっと深い「艶」があるというか、上手く言えないのだけれど、んー、りりちよ様の苦悩って、
 自分が正直になれないという事にあるようでいて、実はそうではなくて、そもそも「素直になれない」と
 いう自分はあってはならないという、自分を罰する気持ちに支配されている事こそに、実はある気が
 するんですよねぇ。
 そりゃ素直になれれば一番なのだろけどさ、でもじゃあなんでりりちよ様は素直になれないのよ?、
 それにはなにか意味があって、そしてそれ自体になにか効用とか必要があって、そうだったのじゃないの?
 つーか確か、名家である自分の家に囚われてその中で自分を失っていく事を守るためにこそ、
 そういうのが出てきたとかじゃなかったっけ? それってすごく大切なことだよね。
 りりちよ様が、犬の人の想いに「報いてあげたい」という思いにあんなにしがみつくのは、もしかしたら
 それは、自分が素直になれない事で、自分の気持ちを相手に伝えられないことのもどかしさから出て
 いるものじゃなく、素直になれない事の「悪さ」を犬の人に詫びているという、そういうものから出てきて
 いるのかもしれない。
 犬の人は、りりちよ様に一切の報酬は望んでいないし、既に自己完結出来ている、すなわち「足るを
 知っている」状態な訳で、だからそれで彼が自己犠牲なことやろーがりりちよ様にすべてを捧げよーが
 それは彼の勝手で自由だし、私もそういうのは許せるし、むしろ嫌いじゃ無い。
 けどりりちよ様の方は、なにか「報いないといけない」という、そうね、「自動的な律儀さ」に縛られて
 いて、肝心の自分の素直な気持ちを伝えたいという、報いとか関係の無い、純粋な自分の「欲望」
 を満たすことから離れちゃってるのね。
 で。
 犬の人はさ。
 りりちよ様の、全部がきっと、好きなんだよね。
 だから、まさにそのりりちよ様の「自動的な律儀さ」そのものも大好きだし、同時に、その自動的律儀を
 発動しない、そのままのりりちよ様も、そして悪態を吐くりりちよ様も、全部好きなのよね、きっと。
 どのりりちよ様も、それぞれに意味と価値のある、りりちよ様なのです。
 りりちよ様は、自分でも気付いていないうちに、自分がすべき「自分」はひとつだけという、それ以外の
 自己の否定を行ってしまっているんですね。
 りりちよ様の律儀さや、素直になれない自分の否定とかが、本来はそれ自体を認めていくだけで
 よいものが、他の「自分」を否定するためのものになってしまっている。
 そりゃ、苦しいよ、あの画面の中に満ちている「艶」って、そのりりちよ様の痛々しくも哀しい有様から
 ひっそりと溢れてきているものだとおもう。
 悪態をついてもいいのですよ、なぜなら、悪態をついたからといって、りりちよ様のお優しいお心が消えて
 しまう訳ではないのですから。
 たぶん、第二話ラストの自分の素直な気持ちを満たすために、方便として悪態を利用した辺りは、
 そうした犬の人によるりりちよ様全肯定が効いていたからなのかも。
 端的な話、りりちよ様が自分の悪態癖を治したいと思ったら、まずは悪態を吐く自分を許すところから
 始まると思うなぁ。
 悪態を吐く自分を否定するのはきっと、悪態を吐くと素直な自分が消えてしまうと思い込んでいるから
 だろうし、で、さらに同時にというか逆に、悪態を吐く自分そのものもその存在を否定されたくないから、
 否定されるとよりそれにしがみついてしまう。
 だから、両方。
 私は、ああやって自分の内面と向き合って、必死に足掻く人の、その真摯さをこよなく愛しています。
 すごいって、尊敬できるもの。
 だからいぬの人がお嬢様を愛する気持ちには滅茶苦茶共感しますしね。
 そしてなによりりりちよ様にひどく私にも通底するものを感じるからこそ、りりちよ様にとって、そして
 私にとっての、いぬの人の存在の大切さを感じるのよね。
 うん、私がこの作品に感じている「艶」の最たるものは、きっと。
 りりちよ様がいぬの人に感化して、いぬの人の真似をしたりあるいはただ従順に彼に報いるだけの
 ご主人様を演じるのでは無く。
 りりちよ様が自分の内面と向き合い、そしていぬの人を通して見つけたなにかを使って、深く深く自分
 のままに、そして自分のために生きていけるようになっていく事の、その「凛々しさ」にあると感じています。
 あとルックスとかフォルムとかパーツとかファッションとか性的な意味でね。
 あの清々しいほどに自分の欲望に素直な百合な人は同志と存じ上げております。
 追記:
 第三話を観たら、終わりました。 そして始まりました。
 たぶんSS書きます、ああもう、こんなん観ちゃったらもう駄目だろこれ! ぎゃー! (がんばってください)
 
 
 ラスエグ2: むぅ。
 最後にヴァサントさんが反乱起こしたっぽい回まで観たのだけども。
 んー、なんかこう、いまいちこう、ちぐはぐというか、もうちょっとこう煮詰めて色々描いて欲しかった気が
 しますのぅ、色々手を広げすぎてる気もします。
 それぞれのキャラが、ただ割り振られた役をこなしてるだけの印象ですね、キャラの掘り下げが中途半
 端で切り上げられちゃってる感じがあるから、キャラに対する思い入れの度合いが深まりにくい。
 私はファム×ミリアなのだけどさ、んー、もうちょいこう・・・・(溜息)
 まぁ展開としては非常にわかりやすくて好感は持てるのだけれど、その分、このわかりやすいストーリー
 に深みがあったらこれは傑作と言えると思うと、ちょと勿体無い。
 どこかでその辺りの切り替えがしっかり行われないと、このままダラダラと戦局を流していくだけの作品
 で終わっちゃいそうな心配を私はしておりますです、はい。
 
 
 ブレ10: 普通。
 もっとぶっ飛んでもいいと思う。
 今はただ適当に眺めて終わる程度かな、お酒のツマミ程度。
 もっと弾けていいと思う。
 もっと男共は色気出してけ。
 遠慮はいらん。
 
 
 偽: どんどん面白くなってきた!
 えーと、正義の第一条件は正しいことじゃ無い、強いことだ、ですっけ?
 まー、私もそう思うかな。
 そもそも「正義」ってさ、その人が正しいと思うことを自己と他者に対して行うことでしょ?、それって
 要するにそうしたいその人自身の欲望、すなわち私欲な訳で、で、その私欲我欲を満たすために
 自己と他者を動かすには、そりゃー当然強くなきゃいけないよね。
 自己中を押し通す、ってだけの話だから、正義ってのはただたんに。
 最終的に勝ち残った私欲我欲を正義と、ただ私は呼んでいる。
 その正義とやらの中身がどれだけ公平だろうと公共だろうと奉仕だろうと、それはそもそも関係無く、
 そういったモノを誰もが従うべきものだと思ってそれを実行する事自体が、私欲我欲な訳で。
 「正しくない」事を選ぶ権利を、他者から奪うことでもあるしね。
 奪いたきゃ、強くなるしかないじゃん。
 そういうこと。
 「正しい」というだけで誰もがそれに従うべきと思う事自体が、ひどい傲慢だと私はおもうし。
 と、そういった事を、正論振り翳してぼろぼろになって力一杯戦って回ってる阿良々木君は、よく弁えて
 いるなぁ、いいね、これ、みたいな。
 ・・・それはまた随分な上から目線な発言ですね、私。(はい)
 うん、あの忍と阿良々木君のシーンがねぇ、素晴らしくてねぇ、映像表現的にあそこまで繊細で力強く
 彼我の関係性を描き出してくるとは、いや畏れ入り申しました。
 まぁロリだけど。
 うん、阿良々木君って、一番根本のところで、他者との間にきちんと線を引けてるから、ブレないし、
 自分のすべき事を見失わない凄味が、何百年も生きる吸血鬼と対等に向かい合える、ある意味での
 強靱な意志を彼にもたらしてる気がする。
 阿良々木君って本質的に、他者には決定的に依存しないで生きていける人よね。
 まぁロリコンだけど。
 うん、あの坂本真綾な忍の演技は絶妙だったとは私も思いましたけどね、「かか。」とか実に良い。
 ロリだけど。
 この作品のロリとかフェチな表現は、本当にギリギリだと思う。 ほんとギリギリ。 がんばれ。
 あと委員長ちゃんの阿良々木兄妹への介入能力がハイクオリティ。
 なんかあの人、ほんとにするりと入ってきたよね、すごいっていうか、初めてあの人の怖さを認識したよw
 
 
 ゼロ使F: まぁうん。
 EDのルイズが可愛かったんだから、それでいいじゃないの。
 
 
 
 
 という感じです。
 うん、これ以上言うことないね。
 お疲れ様でした。
 あ、あとおまけ。
 読書リスト。
 
 ・西尾維新 「難民探偵」
 ・勝山実 「安心ひきこもりライフ」
 ・竹山洋 「火神 上」
 ・同上 「火神 下」
 
 
 
 以上。
 今期アニメもなかなか盛り上がって参りました、と最後に思い出したように付け足し。 いぇい。
 
 ごきげんよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

-- 120203--                    

 

         

                                 ■■ 寒さ厳しき折 ■■

     
 
 
 
 
 どーも、紅い瞳です。
 うん、紅い瞳とかいう人です。
 
 
 あー・・しばらく更新をサボっておりました。
 文章を書くことをスケジュールにいれないと楽になることを知った私は、更新をサボるというスキルを
 存分に発揮して、サボりをたのしんでいます。
 サイトやめたらいいと思う。
 
 
 はい。
 でまぁ、いい加減書きたいことも溜まってきた、といいますか例の如くアニメについてどさどさと書き連ね
 たくなってきましたので、はい、書きます、書かせて頂きました。
 つーか、書かなきゃ書かないで色々のぺーっとしてきて、なんかこう、自分のなにかがうすっぺらく
 そのままどこかに流れていってしまうのだなぁ(詠嘆)、みたいな感じになってきたので、割となにかを
 書くことで享受していたものが欲しくなってきましたのよ。
 なんか色々と日本語が不自由な感じで呂律がスパークしているやもしれませぬが、まぁ、うん、
 適当によろしくおねがいします。
 
 
 んじゃ、まずは今期視聴リスト。 暫定版。
 
 
 
 月: (銀魂’) ・ (未来日記) ・ 夏目4 ・ 男日
 火: (ぬら孫) ・ パパ聞き ・ シンフォギア
 水: ハイD ・ アナザー
 木: (ワーキング) ・ キルミー  ・ ブラロク ・ (ギルクラ)
 金: いぬぼく ・ (ラストエグ2)
 土: ブレ10
 日: 偽 ・ ゼロ使F
 
                              :全17作品 ()付きは前期以前よりの継続作
 
 
 前回のリストより、あの夏で待ってるを切りました。
 それと表記するのを忘れておりましたが、前期よりの継続作である、ちはやふるも人知れず切って
 おりました。 報告遅れてすまん。
 それと二月から遅れて放送開始のブラック★ロックシューター、略してブラロクを追加。
 現時点ではほぼこれで決定なのですけれど、微妙にブレ10が切り候補に上がるか上がらないかの
 瀬戸際で、キルミーも観るのがそろそろ辛くなってきたのでそれに耐えられなくなったら切り、という
 展開もあります。
 ので、視聴リスト決定版は次回に持ち越しということで。
 
 で、個別にさくっとここまでの感想をば。
 
 
 
 夏目4: 要するにこれは夏目のボーナスステージ。
 私的にはなんか足りないなーなんでかなぁと思っていたら、よく考えてみれば、要するに夏目が自分の
 問題の中でぐるぐるになってもその中でなんとか生き抜いていく、そういうサバイバル的なところにひどく
 共感して一喜一憂していた私なのだから、もうそういうところから抜け出して、逆に今までの自分の
 サバイバル技術にさよならを告げて、目一杯新しく辿り着いた境地を楽しんで生きている、そんな夏目
 に物足りなさを感じるのは当然なのだね。(一気に)
 でもそれは、そういう夏目が嫌なんじゃなくて、それはたんに私自身がサバイバルな夏目と同じような
 世界の中にいた時間の方が圧倒的に長かっただけで、だったら今の夏目の状態に共感を感じにくい
 というのは当然なのかなと。
 慣れの問題、頭ではもう夏目の今の境地が正しいことだとわかっているのだから、あとは夏目と一緒に
 その境地を生きる経験を重ねていけば、いつかきっと私もそこから共感を得られていくと思うなぁ、うん。
 
 
 男日: バカ男子の魅力。
 バカ、というか、際限の無いバカというか、とにかくギャグとかコメディとかそういうモノでは無くて、ただ
 ただそこら辺の男子高校生がなりふり構わなかったらだいたいみんなこんな感じになるのは必然、みたい
 な感じ? (なんですかそれは)
 素直というか正直というか、そうかこれは飾らないという事なのかな、ただひたすら暇潰しにバカをやり
 続けていたら止まらなくなっていく様は、観ているこっちが恥ずかしくなる以上に情けないほどに笑いが
 こみ上げてきます。 わはは、こいつらバカだ、こいつらは正しい。 ←笑い転げながら
 そしてこういうバカ達に対してのツッコミOrさらなるボケ返し機能として、女子達が非常に良く機能して
 いて、これはまたなんとも言えない調和に満ちているのじゃよ、この作品は。 
 うーん、今観てるアニメの中で、一番「観たい」と思える作品ですね。
 なんかもう、一日中部屋の中でごろごろしながら観てたい、そうしよう。 (ぇー)
 
 
 銀魂: 特になし。
 うん、特になし。
 銀魂は銀魂ということで、いつも通り営業しております。
 
 
 未来日記: 構図がはっきりしてきたのはよいのだけれど。
 要は、由乃とゆっきーが互いに依存しあってくんずほぐれず状態、みたいなのが明確に現れてきている
 、というか。
 これだから逆に、その問題の精神的解決という軸が出来ちゃって、それだけで終わっちゃいそうな気も
 してきたのだけれどね。
 由乃さんの「怖さ」の正体がほぼ完全に露呈されてしまったので、もうホラー的怖さは無くて、ただただ
 由乃さんの「残念さ」だけが出てきちゃってるから、これはもうある意味での純正ヤンデレへの回帰とも
 取れるのだけれど、それをさらに下回ってほんとに残念さだけが飛び出てきてしまっている気もする。
 なんかあんましもう由乃さん観ていてもゾクゾクしないのよ。
 で、そうして由乃さんという危険物がある意味処理されてしまった上で、一体この作品がどういった
 グロテスクなモノを描き出していけるのかは、うーん、なかなか難しい気がするなぁ。
 なんかあとはもう残敵掃討的な感じになっていくしかないのかなぁ、どうなんだろ。
 流れ的には感動系のノリになっていく必然性は感じるのだけれど、でもそれは、この作品の本質さ自体
 からは離れていってしまう気がするかな。
 要するに、ただのゆっきーの成長物語にしてしまうとつまらない、ってこと。
 
 
 ぬら孫2: ・・・・。
 ・・・なんかもう、羽衣狐様の微妙にエコーが掛かったお声を聴くくらいしか愉しみが無いんですけど、
 っていうかどんだけニッチな趣味だよおまえ。
 つーか羽衣狐様がお亡くなりになられた時点で、ほんとうにどうでもよくなっちゃったというか、つーか。
 ・・・山吹乙女の話は涙が出そうで出ない、というか私の胸にストライク過ぎて息が詰まったというか。
 やっぱり頭では愚かな女と思っても、私のそれまでの情念の蓄積、経験の世界の中ではそれに激しく
 共感して涙を流さずにはいられない、だからそれを必死に押し留めてしようとするのだろうなぁ。
 だからもう、認めちゃえばいいのだよねぇ、私はこういう女が好き、こういう女に胸を鷲掴みにされるよう
 な感じを受ける、涙が止まらなくなる、そういう私自身の魂を自覚した上で、じゃあ私はどういう生きて
 いくのかを考えて行く中で、きっとはじめて、あの山吹乙女の血の涙の先にあるものに歩んでいけるの
 かもしれないなぁって、なんかそんな事を理詰めで考えていたり。
 私にとっては、この女性に対して激しくなにかを感じる事と、逆に全くなにも感じなくなるという事は、同じ
 ことなのだなぁと改めて感じました。
 
 
 シンフォギア: 転びながら、転げ回る美学。
 自分で言うのも変だけれど、この作品を観ると不思議な美を感じる。
 まどかの人が理想論だとか役立たずとか、そういうところはどーでもよくて、ただあのまどかの人が
 こけつまろびつしながら、ただ前でも後ろでも無いところでずっと歩き続けている様を、ああ、なんだか
 美しいなぁと感じてしまう。
 たぶんそこに思想は無いし、共感とかも無い。
 なんていうか、でこぼこの小石が、他の石や固い鉱物、或いは宝石なんかと一緒に混ぜてゴロゴロと
 洗われて、そうして自然に研磨されて行く中で、小石が小石として美しく育っていく様がね、こう。
 こう、ああ、いいなぁ、これでいいのだなぁ、みたいな。
 小石は小石以外になる必要も無く、それは小石自身がどれだけそれを否定しようと、小石自体は
 自然に成長を遂げていく。
 誰かの役に立たなきゃ、誰かにならなきゃ、そうやって叫び、それが実現しないことの中に感じる悲哀
 それ自体とはなんの関わりも無く、人はただ、あるがまんまに、生きて磨かれていく。
 ああ
 美しいなぁ
 この作品の提出するけれん味で染め上げた、「人はこうあるべき」みたいな説教臭いカッコ付けが、
 逆に全く、より深くまどかの人のありのままの、そのままの姿を光らせている気がするなぁ。
 周りに囚われながらも、実は本質的には囚われていない、そのことをこの作品を観ている者が自覚
 したとき、この作品には今までのアニメに無かったなにかが見えてくると思う、ていうか今それを観ている
 真っ最中の私がお送り致しました♪
 
 
 パパ聞き: ぎゅっと胸を締め付ける自分の手が温かい。
 家族モノが好きである自分の事を、なんというかどこかでやだなぁと思っていた自分がいる。
 なんつーか、甘えてるみたいな?自立できてないみたいな?、それを隠すためにファミリー的な、
 仲良きことはよきことかなみたいな、そういうので誤魔化してるだけじゃん?私、みたいな。
 訳わかんないけど、なんかもぞもぞする。
 素直になれないとこがある。
 なんかね、この作品観てると、自分がたとえ家族だなんだに甘えて自立出来ていないのだとしても、
 ああ、それはそれで別に悪いことでもなんでもないどころか、とてもその気持ちは大切な事なのだなぁ
 とおもう。
 だって私、この作品観て、こんなに泣いてるんだぜ?
 私が、「居場所」としての家族、家庭を深くどうしようもなく求めていることは、真実。
 こうして血の繋がった者、繋がらない者同士が、互いの拠り所を求めて、ひとつひとつ丹念に自分と
 向き合っていく流れの中で、一体私はなにをしようとしていたの?
 自立、孤独、甘え禁止、抱き締め合うの禁止、禁止、禁止。
 私の中には、家族を禁止する呪いが犇めいている。
 家族への愛を憎悪をする縛りに満ちている。
 安心して、家族を求める自分を許せない。
 ああ
 それは、良くないことだ。
 私がそれを求めることの必然性を、私自身が受け止めて信じないでどうするのよ。
 それだけ求めているということは、すなわち実際はその求めが満たされた事が無かったということ。
 満たされているものをさらに求めるのならそれは甘え、というか依存だけれど、満たされていないものを
 求めるのはそれは甘えでも依存でもなんでも無く、必要そのもの。
 ではなにを以てして、それが満たされているか満たされて居ないかと判断するのか。
 そんなもの、私がこのアニメを観て流した涙のすべてが語っているじゃないの。
 そしてたぶん、私は自分が満たされていないと感じるものを満たすためのものがなにかを、取り違えて
 いる。
 子供として、家族を求める。
 大人として、家族を求める。
 私は、家族が、欲しい。
 大人の私が、未だに子供として家族を求めることで自分を満たそうと考えているからこそ、そこに甘え
 だの自立出来てないだのという、余計な禁止を寄せ付けてしまう。
 私が自分の満たされていないものを満たすために必要なのは、きっと、大人として家族を求める、
 ということ。
 ・・・・・だれか私と結婚してくださいもしくは養子に来てください (おまえ・・・)
 
 
 ハイD: 皆様お忘れかもしれませんけれど、私の基本は姉属性です。
 まずい、すっかり忘れてた。
 自分の属性を。(ぇ)
 だから思いの外にリアス先輩に呑み込まれてしまっていて、あれ?どうしたの私、あ・・・・あー!(なに)
 ある意味リアス先輩は私の数々の姉萌えの系譜からは少し外れた感じなのだけれど、でも逆に
 なんていうか、ああこの人に守られたいみたいな、そういうそもそもの姉属性の基本には忠実なキャラ、
 ああ私はこういう方向にもいけるクチなのかとか、まぁそのなんだ、言ってるうちに訳わかんなくなって
 きたぞ。
 まぁ要するに私的にはリアス先輩一択なのですが、しかし私はリアス先輩を観るためにこの作品を
 観ている訳でも無いんですよね。
 なんだろ、この作品はかなり私にとって吸着力があるというか魅力があるというか、なんだろう、そうだねぇ、
 たぶん「グレモリー家」という言葉の響きにそれが詰まってるとおもう。
 うん、まだよく自覚出来てないんだけど、私は保護されたいんだとおもう。(ぇー)
 だから悪魔の名門「グレゴリー家」に拾われて、その中で自分の居場所を得ていきながら、それぞれ
 の悪魔達と関係を築いていくことの、その「安心」「安全」さに癒されているのかもしれないね。
 主人公はなんか特殊な力を持っててそのせいで殺されて、んでその力が目的とかそれ以外が目的
 なのかどーでもいいけど、とにかく悪魔として蘇生させて貰って、グレモリー家の一員に召し抱えられる
 という、まぁ簡単に言えば、孤独でけれど自分の生き方を持っている人間が、今まで所属していた
 場所では無い、全く違う場所でその居場所と、そしてなにより自らの生き方を実現出来るように
 なっていく、そのなによりな僥倖が眩しいの。
 一番下っ端だろうがなんだろうが、動機がどうだろうが、必要とされていること自体も嬉しいのだけれど、
 それ以上に、獲得した「安心」「安全」を元にして、無論危険を大いに含む自分の向き合う世界へ
 と一歩一歩踏み出していける感覚に、ああ、私はかなり共感を覚えます。
 なるほど、もし私にとって求める価値がある「みんなのために」という言葉があるのなら、それはこういう
 関係にのみこそ有効に働いて存在するのか。
 最近の私の萌えor燃えワードは、「グレモリー家」「平家一門」だったりしますww
 だから改めてそれとは関係無しに本気出せるし、無茶だって出来ちゃう気がします。
 いいね、あの主人公結構好きだわ私。
 
 
 アナザー: 美人さん。
 ホラー好きな私には、このタイプのホラーは微妙というか、如何にもな効果音というか、たんに神経に
 触るような音やら演出やらで、怖さをひねくり出そうというのは、全然怖くない以前にイラっとさえ
 するのだけれども。
 要は、怖くない。
 怖くなければ、ホラーに価値は無い。
 と思っていた私にとっては、ヒロイン(?)の鳴の幽けき美しさは、なんというか、ほぅ、と静かに溜息を
 つきたくなる。
 彼女の語る背景説明なり怪談話なりの、その話の内容や語り口そのものでは無い、ただあの彼女が
 淡々と、しかしどんどんと静かに深く凍り付き消えていくその様を示すこと自体に、果てしない怖さ、
 というか、不思議さがある。
 ミステリアスという意味での「ミステリー」。
 トリックとか人間関係とか、そういう意味での謎としてのミステリーでは無い、彼女の存在そのものの
 不思議さとしての、「ミステリー」。
 存在理由とか、正体とかそういう事じゃ無くてね、彼女が今そこにいて、話をして、息をしている、
 そのこと自体の不思議さ、怖さに、こう、一握りの迫力がある。
 主人公を含めて他のキャラにそうした意味での一切の存在感が無い故に、それは圧倒的に際立って
 みえる。
 彼女の存在そのものが、まさにホラー。
 それは彼女が実際人間なのか幽霊なのかはたまたそれ以外のなにかであろうとも、関係の無い恐怖。
 しかもそれは、魅入られる恐怖。
 畏怖、に近いのかもしれない。
 美人さん。
 今のとこ、私がこの作品を評するにはその一語しか無いかな。
 
 
 ワーキング: よーわからんです。
 んんー・・面白いっちゃ面白いのですけど・・・・なんだろ・・
 普通に空気アニメになってる気もするのだけれど、私的には伊波さんのどーでもいい恋愛話に特化
 されるのは嫌だから、空気アニメ化する事自体はいいのだけれど・・・うーん
 なんかこう、パンチが弱い。
 もっとこう、キャラを上手く使ってそれぞれのポテンシャルを引き出して欲しい。
 なんていうか、笑いのレベルがずっと平行線のままだから、正直いうと飽きちゃうし、悪い意味でキャラの
 反応とその範囲が読めてしまうから、その辺りはもうちょっとなんとかならんと・・
 たぶん新キャラの使い方が中途半端なところに原因があるような気もします。
 んー・・まぁ、特に語りたいことがないということなのだと思います。 (なげるな)
 
 
 キルミー: これは難しい。
 お酒飲みながら観てると、次の日まるで内容を覚えていない作品第一位を獲得。 (私調べ)
 うん、覚えてない、ほんとに覚えてない、ほぼすべてのキャラの反応が先読み出来て、ただ淡々と
 そのまま原作を丸出しでアニメ化してるだけみたいな、これマジで原作をまんま朗読してるような
 感じよね、全然アニメとして面白いモノに昇華出来てないというか・・・観てて結構苦痛。
 が、実は素面のときに観ると、特にやすなの声の演技が結構上手かったり面白かったりして、で、
 相変わらず忍者の人の独特なリズムはやっぱり多少癖になるというか、要するにおまえ、このアニメ
 観るときお酒飲むなって話だろ。 (そうですね)
 
 
 ギルクラ: 類をみない作品。
 主人公への感情移入が出来ないと仰る方も多いようですけれど、私は逆に、その他人からも、
 そしてなによりも自分自身こそが自分に対して感情移入出来ないという、あの主人公集の有様に
 物凄く惹き付けられます。
 以前にも書いたけれど、集は徹底的に「自分」を見失っているし、その見失っている状態を一切
 克服せずに、また全く顧みられる事無く、徹底的に上辺だけ走り抜けていく衝動のままに突っ走り
 続けているという、その事に於いて私はこの作品は稀有のものだと思う。
 集はおそらく自分がなにをしているのかに対して、一切の実感も自覚も無いし、それらが無いという
 事すら受け止める事が出来ないままに、激しく自分の前に提示された他者の「物語」を全霊で演じ
 させられ続けている。
 無論、その自覚も無い。
 要するに、骨と魂の髄までロボット化している人間が、ただ「物語の主人公」という役を担わされた
 事だけに脊髄反射して、その勢いのままにひたすら壊れたまま動き続けている感じ?
 私も、集には一切の感情移入が出来ないし共感も感じない。
 けど、こういう人は沢山いるし、身近にもいるし、その人と接するときに、私の中には実に沢山のものが
 ざわつきながら湧いてくるということも、よく知っている。
 この作品は、究極のアイロニーのひとつ。
 私達の、実感とは、生きている自覚とは、なにか。
 おそらくそれは、私達が想定しているようなドラマチックななにかでは無いし、人生の「主人公らしい」
 形として現れるものでも無い。
 集はさ、集自身が感じていると「思っている」実感とか自覚と、ひどくドラマティックに描かれているけれ
 ど、あれらのほとんどが、集以外のなにかによって語られた、「実感」「自覚」という物語をやはりなぞって
 いるだけなんだよね。
 端的にいえば、集は自分が本質的になにも感じることができない、いや、なにも感じないと感じている
 自分がいる事から目を逸らして、ただドラマティックな展開自体に支配され、ある意味図に乗っている
 だけ。
 で、その演じ振り自体に惚れたり好感を持ったりする周囲の人に囲まれて、どんどんとその中で弾けて
 いく集の有様が・・・わたしは無性に、悲しく感じる。
 生きるって、生きてるって・・・そういうことじゃ・・・ないよね・・
 集自身にはなにも無い、いや、周囲や他者の物語の演者としてのいくばくかの才能以外にはなにも
 無い、ということをなにより集こそが気付かない限り、きっと集はそうして他者の物語、すなわち「人とは
 こう生きこう感じこう考えこう行動するものだ」という言葉に導かれるだけの、ロボットで終わってしまう。
 そういう集、そして集を象徴として描かれるこの社会に属する人間が、その死に至る病に冒されて
 いる様を見事に突き付け続けている点に於いて、やはりこの作品は傑作だと私は思います。
 私が集を見て感情移入出来なかったり、共感出来なかったり、そして胸の中にざわざわしたものを
 感じるのは、それは。
 必ずしも、私が集とは違う人間であり、集とは違うということとイコールでは、無い。
 なぜならきっと。
 集と同じような人間もまた、そしてなにより集自身こそも、集の有様に感情移入及び共感も出来ない
 のだから。
 そしてだから・・そうね、集の有様に、集こそが、なによりざわざわとしたなにかを感じてくれるのが、
 やはり彼にとっての救いの始まりだと感じています。
 
 
 
 という辺りで、今回は一旦終わり。
 ちょっと一気に書くには多すぎたようですので。
 次回に続きます。
 
 それでは、また。
 ごきげんよう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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