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■■桜涙 〜参枚目〜■■ |
なんだろうか。 |
涙を流すということは、こんなにも複雑なことだったろうか。 |
私はひたすら泣いていた。 |
泣くことによってしか、このお話を受け止めるすべを知らなかった。 |
そしてまた、最後の最後で、薫も涙を流した。 |
あの涙はなぜ彼女の目からこぼれ落ちたか。 |
私には、たぶんまだわからないだろう。 |
あの涙は、心太に捧げたのか、抜刀斎と剣心に捧げたのか、 |
それとも薫自身に捧げたのか。 |
私には彼女のあのときの想いを実感することは出来ないが、 |
しかしもし私が彼女の立場なら、同じく最も大粒の涙を流しただろうと思うし、 |
少なくとも画面の外側の私は、狂ったほどに泣いていた。 |
あんなの、凄すぎるよ。 |
薫の涙、あれはおそらく、人生最大の重みを持った涙だったろう。 |
そして、彼女のすべてがあの涙に含まれていたのだろう。 |
抜刀斎へ、剣心へ、心太へ、そして薫自身へとあてた涙。 |
もちろん、悲しみの涙とか、喜びの涙とか、そういったひとつの涙でもない。 |
まさに、悲しみも喜びも安堵も幸福も不幸も、、そしておそらくは後悔をも含めた涙だったろう。 |
十字傷が消える。 |
そして消えることによって、今我が身と愛する人の命も共に消えていく。 |
薫の人生は、本当にあっという間だった。 |
それは時間的な事じゃなく、十字傷と向き合うことだけで彼女の人生が終わってしまったという事。 |
そのことで彼女は自分の数奇な人生に、さぞかし驚いたことだろう。 |
でも、彼女は彼女の思いを遂げられた。 |
なにしろ、最後に「あの人」がこういってくれたのだから。 |
今までありがとう。そしてさようなら、薫、ってね。 |
私には、この「るろうに剣心 星霜編」という作品を評価することなど、とてもじゃないができない。 |
なんだかこの作品を言葉に代えて表現してしまうと、もの凄く間違ったことをしているように想えてしまう。 |
今回ほど、私の文章表現の下手さ加減を呪ったことはない。 |
むしろ自分を殺してやりたいくらいだった。 |
色々なことを書きたいのに、でも全然まったくダメな事しか書けない。 |
自分の得た感想ですらこんなんだから、評価するだなんて、とても・・・。 |
ただ、私がどれだけの物をこの作品から受け取ったのか、そういうことだけは書きたかった。 |
恥も外聞も、良心もプライドさえもかなぐり捨てて、こうして無様に書いてみた。 |
矛盾だらけになるだろう文章を、それを承知で書きまくった。 |
以前の私だったら、こうはいかなかったろう。 |
「羊のうた」を読んだときも、結局大した感想も書かずにそれ以上なにかを書くのを止めてしまった。 |
でも、今回は違った。 |
こういうふうにすることを、私は薫、神谷薫から受け取ったんだ。 |
彼女の「生き様」に、ただ感動する、それだけじゃ今回だけは終われなかった。 |
なぜって? |
それはね、私が薫の生き方を「実感」しちゃったからなんだよ。思いっきりね。 |
もちろん、薫と私とじゃ生きた時代も積んできた経験も違う。 |
だけど、生きるということが大前提にあって、それが自分のなかにあるからこそ苦悩できる、 |
そういった感覚、それをね受け取ったんだ。 |
でも、それは今までの私のわかりきった事とのシンクロ、 |
つまり単純な共感っていうのとはちょっと違う。 |
だって、今の私はその薫の考え方とはまったく違う考えをしているのだから。 |
じゃあ、違うのにそれを実感できたのはなぜか。 |
それは、今現在の自分の在り方に疑問を抱いている、もう一人の自分が居るからだ。 |
そしてそのもう一人の自分が、うすうすそれがいいんじゃないかと感づいている別の生き方、 |
それのまさに理想型が、薫の笑顔(桜がそれの象徴)と涙にあったのだ。 |
ああ・・・なんて美しいんだろう、 |
私はまさに見とれた。 |
そのあまりに美しすぎて、そしてあまりに自分が欲している生き方がそこにあるという奇跡。 |
泣いたね。 |
泣いたよ。 |
一分一秒を惜しんで、全力で涙を流したよ。 |
そしてその私の涙も、実は非常に複雑だった。 |
おそらく、その涙の意味を真に理解できるのは、その涙を流していた、ほんのわずかの時間だけ。 |
私はそのことがよくわかっていたので(羊のうたのときがそうだったので)、 |
だから、泣けるだけ泣いた。 |
そして、この涙の真意を誰かに伝えようとするのはやめよう、そう思った。 |
私だけが、今こうして流している涙を、大事に受け取ればいい。 |
私には剣心も、そして薫も居ないのだから。 |
でもたぶん、それでいいんだと思う。 |
薫、そして剣心は私に大事な物を与えてくれた。 |
おそらく、私はその薫から貰った物を活かせることなく生きていくだろう。 |
精一杯に生きて、でも、薫と違ってそうやって生きた分だけ、私は後悔し続けるだろう。 |
それは私の業で、そしてそれが私が背負った私自身に対する罪なのだろう。 |
私が今まで考えてきたこと、やってきたこと、それが私の今を形作っている。 |
その作られてきた自分から逃れることは、おそらく出来ないだろう。 |
だから、私は逃げない。 |
逃げないで、私は自分の負った罪と対峙し続ける。 |
改正できる物は改正して、出来ない物は玉砕覚悟でぶつかっていく。 |
でも。 |
私は決して自分を捨てたりはしない。 |
罪という名の今までの自分を、「私」から切り離す事はしない。 |
あれも、唯一無二の私だったのだ、と私は自分で認めてあげたい。 |
そうして認めた上で、では今までの自分のどこが「悪」かったのかを考える。 |
今の自分が生きるためには、罪と向かい合うことが必須だ。 |
だから、間違っていると思った物は、自分の責任において改善していきたい。 |
改善して改善して、そして自分が正しいと思えることをしていきたい。 |
「正しき」事をするという、それ以外の他の可能性を断ってしまう行為を恐れたくない。 |
私は一人。そして、私の人生はひとつっきりしか生きられない。 |
私にとって正しい事。私にとって大事な物。それを抱えて生きていきたい。 |
そう願って生きることも悪い事じゃないと、私はたぶん薫の生き方をみて初めて分かったんだと思う。 |
薫は、決して剣心を見捨てなかった。 |
それは自分を見捨てなかったということに等しい。 |
薫は剣心のために生きていると同時に、自分の人生も生きてきた。 |
その人生は苦しみに満ちていただろう。 |
でも、薫はその苦しみという物を、すべて自分のものとして受け止めることが出来た。 |
世界を自分の物に。自分を自分のものに。 |
『痛みを絆に。苦しみを希望に代えて、愛しい人を待ち続ける。』 |
それが、薫。神谷薫。 |
高荷恵が薫をこう評して、だから自分もがんばらなくちゃね、という想い、まさに同感だ。 |
薫は、凄い。ほんとにすごい。 |
私は薫に感謝なんかしない。慰めたりなんかしない。 |
がんばれ。私もがんばるから。そうとしか私は言わない。 |
いや、そうとしか言えないじゃないか。 |
ありがとうの言葉は、剣心だけが言えばそれで充分。 |
必死に生きてる人間に、休むことを勧めるなんてできやしない。 |
自分の世界を、自分の愛する人のために全身全霊をかけて生きてる人に、他の生き方もあるんだよ、 |
なんてそんな無慈悲なこと、言えるわけないじゃないか。 |
でも、私はそういうことをずっと言ってきた。 |
私の今までの信念の元、他の人に、そして他ならぬ自分自身にずっとずっとそんなことを言ってきた。 |
だから私は、自分の生きるべき世界を、本当の意味で持つことが出来なかった。 |
世界の狭間で、力無く浮遊していただけ。 |
そしてその無情な自分を正当化して慰めようとして生きてきただけ。 |
そんなのってないよ。あんまりだ。 |
でも、私はそれがあんまりだ、ということに気づいた。 |
それはやっぱり虚しい事なんだ、ということを改めて「実感」できたんだ。 |
薫の、あの苦渋の上に浮かぶ悦びに満ちた所作を見て、そういう境地に立ち戻れたんだ。 |
薫の人生は、虚しくなんてない。 |
悲しみと苦しみの人生だったかもしれないけれど、絶対に虚しくなんてない。 |
薫の流した、最後の涙。 |
あの涙の中には、絶対に「虚無」の居場所は無かった。 |
後悔は、やっぱりあったろうと想う。 |
人生の最後になって、自分が剣心の十字傷のためだけに生きてきた、ということを、 |
もしかしたらありえたかもしれない、他の人生の可能性と比較して絶望したのかもしれない。 |
その後悔は、ほんというと今までの中でもあったのかもしれない。 |
ほんとは、後悔の連続だったのかもしれない、とここまで書いてきて迂闊にも思ってしまった。 |
でも。 |
薫は、ただの一度たりとも、その後悔というものに負けなかった。 |
そうだ。薫は後悔してもそれでも前に進むことだけは、決して諦めなかったんだ。 |
そして、常に後悔の念をうち払ってきた。 |
負けない女。 |
そこには、剣心と出会った頃の明るくて強い薫の精神が息づいていた。 |
だから、敢えて言い換えよう。 |
後悔しないなんて言わない。 |
後悔はする。後悔して後悔して、後悔し尽くしてやる。 |
そして、私も絶対に後悔に負けない。 |
後悔することから、逃げない。 |
自分が生きた人生の、それ以外の人生の可能性を思いっきり思い描いて後悔して、 |
そしてそれでも、その中から今自分が生きてる人生を敢えて選んだことを誇りに思えるような、 |
そんな人生を生きてみたい。 |
そして、もし後悔に負けて、自分の人生に自信を失ったからといっても、 |
絶対に絶対に、自分を捨てたりしない。 |
捨てねばならないなら、逃げてやる。 |
逃げて逃げて逃げ回ってやる。 |
私が私を生きるためならば、なんだってしよう。 |
生きるために逃げ、生きるために怠け、生きるために大敗北もしてやろう。 |
そんな私は、美しくないかもしれない。 |
巴のような、清廉で峻烈な美は私にもないかもしれない。 |
でも、その美しくない自分を美しいと感じようとするのは、もうやめだ。 |
私は、醜い。 |
そして、それでもいいじゃないかなんて言うのは、もうやめだ。 |
私は醜い。でも、美しくなりたい。 |
美しく生きることを諦めたりはしない。投げ出したりもしない。 |
そして、美しくならなければならないのに、いつまでも醜い私はもう嫌だ、なんて絶対に言わない。 |
醜い私がいるからこそ、美しい自分の可能性がありえるんだ。 |
私は、醜い。 |
だからこそ、私は美しさを目指して生きていける。 |
私が生きたいと思った人生を生きていける。 |
自信は、美しくなった分だけ得られるものじゃない。 |
どれだけ美しさを求めながら生きてこられたか、そういうことにある。 |
醜い人生にも、自信は得られる。 |
それは醜さの中に美がある、ということとは違う。実は違ったんだ。 |
醜さの中に、美を求め続けるという美がある、そういうことだったんだ。 |
そういう、当たり前の事に気づいた。 |
『それが私の、平凡で月並な、でも私にとってなにより大切な真実の答え』に、ようやく気づいたのだ。 |
私はその「自分が信ずる」真実を大事に大切にして生きていきたい。 |
そして、自らが美しく生きることを諦めたりしない。絶対にもうしたくない。 |
それは薫の選んだ、薫のほんとうの生き方。 |
剣心のために。剣心のために! |
悩み苦しみのたうち回り命を削りながら、その想いを薫は決して捨てなかった。 |
薫の人生は、最高に美しい。 |
美しいものを求めることを絶対に諦めずに生き抜いたゆえに、薫は恐ろしく美しい。 |
そして最後に、薫は涙した。 |
剣心の頬の十字傷が消えた事に、涙した。 |
薫がずっとずっと願ってきた、この世で一番凄いこと。 |
ずっと信じて、永遠に求めて、そして幾星霜も待ち続けたその奇跡。 |
その奇跡が今、どうしようもない現実となって目の前に現れたんだ。 |
『やっと・・・・やっと・・消えたね・・・・・・・。』 |
薫の美は、ここに完成した。遂に遂に願いが叶ったんだ! |
もう、なにも言うまい。 |
薫は、涙した。 |
私も、慟哭した。 |
顔をぐしゃぐしゃにゆがめて泣いた。 |
涙、涙、涙。 |
良かった。ほんとうに、良かったね、薫。 |
剣心はあなたにありがとう、って言ってた。 |
あなたは、間違ってなかった。 |
間違ってなかったんだよ! |
ほんとうにお疲れ様、薫。 |
そして私も、迷わないなんてもう絶対に言わないから。 |
私も私の信じる道を生きるよ。その道を探してくるよ。 |
『だから、私も諦めない。負けられないもの。医者として・・・女としてね。』 |
高荷恵は、こう言った。 |
私も、そう想う。 |
私も薫のような涙を、絶対に流してみせるからね。 |
〜『』内文章は作品よりの引用〜 |
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