桜涙 〜最後ノ一枚〜
 
 
 
 
 
 
 まだだ。
 まだ、語り終えるわけにはいかない。
 もっともっともっと!
 涙を流してその意味を感じたい!
 薫の涙を感じたい!
 
 
 薫は絶望する。
 どんなに自分が努力しても変えられないことがある。
 剣心の過去とその生き方、それを変えることは薫には出来ない。絶対に出来ない。
 だから薫は、そのたびに苦しみのたうち回る。
 そして、薫の苦しみは永遠に消えない。
 なぜならば、薫には剣心の生き方を変えることは出来ないから。
 剣心の十字傷を薫が消すことは出来ないのだから。
 そして。
 剣心と薫がひとつになることなど、ほんとうはできないのだから。
 薫が剣心の病を受け入れたからひとつになれた、
 そう薫が思いそれが薫の真実になろうとも、薫は剣心とはひとつになれないし、
 そして薫自身その事をもまた、死ぬほど実感している。
 自分が、剣心とひとつになったのを真実と思い込んでいるだけということがわかってしまう、という事もまた、
 薫が逃れることの出来なかった、絶対的な真実。
 薫は、二重の真実を生きていた。
 人は絶対的に孤独な存在だ。
 「私」と「他者」という存在がある限り、
 そして、自分と全く同じ存在が、絶対に存在しないということを痛いくらいに感じている故に、人は孤独だ。
 薫は最後に、剣心の本質である心太を迎え、そして薫もまた薫の本質へと回帰した。
 薫自身もまた、この世に掛け替えのない、唯一絶対の存在なのだと、そう気づいたのだ。
 そしてだからこそ、薫は幸福の絶頂のうちに悲しみをも見た。
 自分と剣心はひとつにはなれないんだ、否、やっぱりなれなかったんだ、と。
 なぜならば、剣心は最後に自分にさようなら、と、言った。
 剣心は薫に最後にそういった。
 さようなら。
 剣心は薫に別れを告げた。
 剣心は、薫と「ひとつ」のまま死んでくれなかったのだ。
 薫は自分が剣心とずっとひとつになれると「信じて」生きてきた。
 でも、やっぱりそれは違った。
 わかっていたんだ、ほんとうは。わかっていながら、でもそれでもそう信じて生きてきた。
 なのに、剣心はさようならと言った。
 剣心は薫から離れていった。
 剣心の十字傷は、剣心の命の炎と共に消えた。
 剣心が薫に別れを告げて、そしてだから十字の傷が消えた。
 薫には、剣心の十字の傷を消すことができない。
 剣心の十字の傷を消すのは、清里と巴と、そして剣心にしかできない。
 だから、剣心と「ひとつではない」薫には、絶対に消すことは出来ない。
 自分には、結局どうしてあげられる事もできなかった。
 確かに十字傷は消えた。
 でも、薫はなにもしてあげられなかった。
 剣心の苦しみを、あの人の悲しみを、薫は最後の最後まで代わってあげることはできないまま、
 剣心の地獄のような人生は終わってしまった。
 かわいそうな、心太。
 薫は、心太の幸せを桜の中で夢見ただろう。
 でも、心太は十字傷の消えた心からの笑顔を浮かべたまま、消えてしまった。
 心太の、最初で最後の笑顔。
 かわいそうな、心太。
 薫が、薫こそが剣心の十字傷を消してやりたかった。
 薫こそが、あの人の代わりに罪を背負ってあげたかったのに。
 だからこそ、薫は剣心を守り、ひとつになりたいと願った。
 でも、それはどんなにどんなにどんなに!願っても叶わぬ願いだった。
 剣心の人生を代わることも、剣心とひとつになることもできなかったのだ!
 かわいそうな、薫。
 父に、死んだ母の代わりをしてあげようと頑張ったのに、結局出来ずに父を死なせてしまった、
 あの頃の幼い薫のままに、
 薫は原初の涙を流したまま、死んでいった。
 
 だが。
 
 人は孤独で、どうすることもできないことがあり、
 どんなに大事に想い愛している人のために生きても、その人とひとつにはなれない。
 そして、帰ってこない人を待つしかない。
 それはもう人生をかけて生きてきた今までの中で、
 そして人生の最後になって、改めてそれを激痛に苛まれながら思い知らされもした。
 わかってた。
 わかってたけど・・・・・・けど!
 けど薫は、剣心の十字傷が消えたことに、ちゃんと最高の幸せをも感じていたのだ!
 あの薫の泣き顔をもう一度みて見よ。
 薫はまさに、まさに驚き混じりの、どうしようもない安堵の微笑みを浮かべて泣いているじゃないか。
 自分がずっとずっと願ってきた、「剣心の頬の十字傷が消える」という事実を目の当たりにした薫。
 そのときの薫がなにを想ったか。
 なにを「強く」実感したか。
 言うまでもない。
 薫は、自分のその平凡で月並みだけど大切な真実の願いが達成した喜びに、打ち震えていたのだ!
 原作で言えなかった、とりあえずではない「ほんとうのお疲れ様」を言えるのだ!
 誰があの十字傷を消したかなんて、「ほんとう」はどうでもいい。
 人が孤独で、そして自分が剣心とひとつになれたかどうかなんて、「ほんとう」にどうでも良いんだ!
 薫はあの人の幸せを、あの人が心から笑うことを、
 そしてあの人の十字傷が消えることを、ただそれだけを願っていたのだ。
 理屈なんてどうでもいい。哲学なんてどうでもいい。「方法」なんてどうでもいいんだ!
 
 薫の願いは、まさに幻想だ。
 ほんとうは、薫の願いというものはどうしようもなく悲惨で、そして悲劇だ。
 自らが思い描いた、絶対に達成不可能の幸せを求めて生き続けた薫。
 そして薫は、そのことをよくわかってもいた。
 自らの願いが、どうしようもないことを願い、どうしてあげることも出来ない人の傷を消そう、
 そういうまったくの幻想であること、それは薫はわかっていた。
 でも。
 薫はその幻想を、否定することは絶対にしなかった。
 薫はその幻想を、信じることだけを糧にして生きたのだ!
 幻想が真実だったわけではない。
 幻想は真実に、そして真実は幻想に酷く影響を与え続けるだけだ
 薫は剣心のために生きる。それが真実どういうことなのか、薫はわかっている。
 だから薫は絶望するのだ。
 でも。
 でも、薫は必ず笑う。
 真実という絶望の淵から、幻想によって「創られた」最強の笑顔で必ず戻ってくる。
 あの人のために。あの人のために! 薫は笑わなければいけないんだ!
 それは、薫が自分の人生と想いのすべてを賭けて創造した微笑み。
 そして、最も固く最も強き信念によって支えられた幻想なのだ!
 
 桜が、舞い散っている。
 坂口安吾は小説「桜の森の満開の下」で、桜の下に広がる虚無の凄まじさを描いた。
 そうだ。
 人は孤独である、というどうしようもない虚無が、確実にこの世界にはある。
 しかし、その虚無があるからこそ、その空で桜は舞うこともできるのだ。
 幻想という名の桜があるからこそ、人はその虚無の中で生きていける。
 薫の幻想は、虚しくなんて無い。
 虚しいのは、桜の下で吹き荒れる、真実という名の冷たい風だけだ。
 幻想的に彩られた、桜舞い散る一本道。
 薫の創った微笑みに包まれた、心太の帰り道。
 それは、薫の世界。
 例えその桜を吹き飛ばす冷風が吹き荒れようとも、その桜はいつまでも舞い続けようとする。
 しかしそして。
 吹き散らそうとする風もまた、絶対に吹き止まない。
 だからこそ、薫は『桜・・・いつまで残ってるかしら・・』と心配する。
 薫の幻想は、幻想だけで成り立っている訳じゃない。
 真実という地面がなければ、幻想の桜は咲かない。
 そして、真実は幻想に影響を及ぼす。
 だから、桜がすべて散ってしまう事もある。
 幻想がすべて壊れ、どうしようもない虚無が広がってしまうこともあるのだ。
 薫の最後の最後の涙。
 あの涙の中に、実は虚無の浸食はあったはず。
 怒濤の勢いで、それは薫に襲いかかったろう。
 薫のあの涙は、複雑だ。混沌だ。幻想と、虚無という名の真実とのせめぎ合いだ。
 薫とは、なんだ?
 薫とは、信念に生きた女。
 いや。
 母に死なれ、父にお帰りを言えず亡くし、そして愛する剣心と出会ったその瞬間から、
 薫はまさに信念そのものに徐々に変化していったのだ。
 剣心のために生き、そして剣心とひとつになるという信念。
 剣心が救われ、十字の傷が消えて無くなって欲しいと願う女。
 
 けれど。
 
 薫は、剣心のために生きたつもりが、しかし剣心とひとつになることはできなかった。
 そして、薫はなにひとつできないまま、剣心は救われ十字傷は消え、そして剣心は死んでしまった。
 薫は、信念とそしてそれを妨げる絶対的ななにかと共に生きてきた。
 薫は、笑顔と絶望とともに生きてきた。
 自分が剣心とはひとつになれると信じていても、それは「所詮」信念であるに過ぎない。
 そして、自分は剣心の十字傷を消すのを願い待ち続けても、
 自分が待ってることと、剣心の十字傷が消えることとはほんとうは関係がない。
 わかってた。わかってたけど・・・・けど。
 薫は自分のしていることが、叶うことがない儚い願いだと十分承知している。
 そしてなにもかも分かった上で、尚その上で剣心を待ち続ける。
 だから、薫は幻想を造り出したけれど、幻想だけを生きることはしなかった。
 薫はちっぽけでダメな自分である『こんな私』を封じ込めて、ずっと剣心を待ち続けた。
 苦しみもがき、そして死の香りに朦朧としながらも自分の笑顔に桜を咲かせ続けることを止めなかった。
 そして、剣心は帰ってきた。
 そして剣心、心太は薫の迎えを受け入れた。
 無上の、幸せ。
 薫は剣心が帰ってきた、ただそれだけを見つめ、桜舞う一本道を駆け抜けた。
 桜となった薫。
 剣心を抱きとめた、薫。
 そうだ。
 あそこで薫が抱きとめたのは、心太を名乗る剣心。
 心太になりたいと言った、剣心。
 でも十字の傷がある限り、絶対に心太になることができない剣心。
 それが、薫が愛し守ってあげたいと思った、剣心。
 かわいそうな、剣心。
 そして、剣心の頬から十字の傷は消えていた。
 そして、そして! そして剣心は死んでしまったのだ!
 なぜ!
 なぜ剣心は死んじゃったの!?
 なぜ、剣心は死ななければ心太になれなかったの!?
 なぜ剣心は生きて心からの笑顔を見せられなかったの!?
 なぜ!? なぜっっ!!!
 
 薫の体から、桜が零れていく。
 
 ああ・・・そうか。
 それが・・・・剣心という人だったんだ・・・。
 わかってる。わかってた。
 やっと消えた剣心の十字傷。
 剣心はその生涯をかけて、罪を償い戦ってきた。
 薫もすべてをかけて、剣心に尽くし罪が消えることを願ってきた。
 『思えば、あなたも、私も、消えない傷と共に生きてきた。十字に刻まれたあの傷と・・・・。』
 でも、剣心にも薫にも、この傷を消すことは出来なかった。
 剣心が、死んで傷は消えた。
 死んで初めて、剣心は赦された。生きることは、許されなかった。
 生の中に、心からの幸福を得ることなく、あの人は消えてしまった。
 それなら、剣心は、剣心はなんで生きてきたのっ!!
 剣心の、心太の存在ってなんだったんだ!
 犯した罪の償いのためだけの存在・・・・・・?
 そんなのそんなの・・・あまりにも・・・かわいそ過ぎる・・・・。
 やっと・・・・・やっと・・消えたね・・・・・・・でも・・・。
 でも、そんなのってないよっっ!
 薫はそう呟きたかった。否、叫びたかったはずだ。
 ずっとずっとわかっていた。剣心の罪は絶対に赦されないし剣心も絶対に自分を赦しはしないって事。
 薫には、剣心のそういう生き方を変えられなかった。
 だから、それが薫の中であまりに悲しいことだから、だから薫は剣心の幸福を願い守り続けてきたのに。
 命を賭して創造した笑顔で、あの人の帰りを待ち続けたのに!
 薫の大事な、大事な剣心。
 なのに、なのに剣心は死んだ。死んで、剣心が終わってしまったんだ!
 だから薫は涙する。
 薫は、自身の本質へと立ち戻る。
 剣心と出会った頃、この人の苦しみを背負っていきたいと思ったあの若い娘の自分に。
 あのときほんとうに、薫は純粋にこの人の幸せを願った。そして、愛した。
 あの頃の剣心へ抱いた悲しみが憐れみが、今再び姿を現した。
 剣心の罪は赦されない。薫がどんなに赦してあげたいと思っても、それはできない。
 この世界がある限り、どうしようもない虚無を受け入れ、
 そしてその上に幻想を創り上げて生きていくことしか、人にはできない。
 そしてそれが、「生きる」ということだ。そのことはよくわかっている。
 でも。
 でも!
 剣道着に身を包んだ若く幼い薫は叫ぶ。
 でも、そんなのっておかしいよ。そんなの嫌だよっ!
 かわいそ過ぎるよっっ!!!
 幻想と虚無の狭間で、否、の涙を流す薫。
 虚無という名の現実。
 それはあまりに辛く、そして、そしてそれはあまりに悲しいことなんだ。
 その現実をしなやかに生きていけるだけの信念を持てても、
 そしてそれが「正しい」ことだとしても、でも!
 私たちが今此処に存在するのって、そんなにも辛く悲しいことなの?
 どうしてそんな風にしか、生きられないの?
 薫の魂の涙は続く。
 私たちの掛け替えのない命は、そんなに冷たいもので包まれているの?
 世界は、私たちが安らかに生きてはいけないほど過酷なの?
 私と剣心はただ笑いたかった。
 強き信念を打ち立てて、必死にそれに殉じて生きるなんて、本当はそんなのは・・・・。
 そこに居て、あの国であの街であの桜の下で生きて、そしてただ笑い合いたいだけだったのに。
 なんで剣心は笑ってくれないの?
 剣心は、どこ?
 私を一人にしないで・・・・・。
 
 幼い幼い薫は泣き続ける。
 永遠に永遠に幾星霜も泣き続ける。
 世界の中心で「私」を叫びながら・・・。
 桜はすっかり薫のうちから零れ落ち、そして薫の涙に覆い被さっていった。
 ああ・・・。
 私は・・・・・・・・・・私はっっ!
 私は薫こそを抱きしめてあげたい!!
 薫は、貴女はひとりじゃない。ひとりじゃないんだ、と泣きながら抱きしめてあげたい!
 薫は我が儘な人ではない。
 いくつもの人との関係の中で生かされ、薫もまた彼らの生を受け止めてきた。
 世の中で、すべてを自分のもの(責任)として生きてきた。
 人の悲しみも憎しみも、逃げずに受け止め命をかけてそれに答えてきた。
 そして、剣心の罪の重さも・・・・・・誰よりも、誰よりもしっかりと受けとめていたんだ!
 薫ほど、現実を真摯に受け止めた人間は居ない。
 現実を受け入れ、そして自分の信念を持ってその中を生き抜いた。
 薫は我が儘な人じゃない。
 でも。
 それは、薫の最後の涙は、この世で最初で最後の、そして絶対不可侵の我が儘の涙なのだ!
 薫は、現実も、その中で生きるための自分の信念も持っている。
 薫は、虚無と幻想を同時に常に、そしてしっかりと自分の胸に抱きとめている。
 だから薫は、その自分の胸に抱いているものを捨て去ることは出来ない。いや、しない。
 手放しで泣くことなど、薫は絶対にしない。
 そして、胸に抱いているものを手放すことが出来ないまま、薫は泣き続けている。
 孤独の渦に飲み込まれ、ただひたすら消えていこうとする自分に怯えながら、大粒の涙を流している。
 けど。
 けど私は、絶対にこの涙を絶やしてはならない、そう思った。
 この涙があるからこそ、私は私でいられる。
 そしてだからこそ、私は他者(ひと)と共に生きたいと思える。
 例え誰かが薫を抱きしめてあげたとしても、薫は絶対に泣きやまない。
 抱きしめられたって、その人とは絶対にひとつになれないのだから。
 そして、もはや泣くと言う行為自体が、自分自身の存在を保証してくれるのだから。
 だから、薫の涙は絶対に止まらない。
 そしてその涙があるからこそ、薫は確かにこの世界に生きていたんだ!
 どんなに孤独を受け入れ、強固な桜を咲かせて生きてみても、
 私たちは絶対的な孤独から逃れることは出来ない。
 だから、その孤独の上に咲く桜は、どんなに信じようとほんとうは虚無に咲く花なんだ。
 私たちは、その狂気の桜を見上げながら、虚無の中で泣いている。
 泣くしか、最後の最後に出来ることは無いんだ。
 でも。
 でも、私たちは生きている。
 否! だからこそ生きているんだ!
 その涙を流すからこそ、私は私を感じ、
 その涙を流すからこそ、私は他者を感じ、
 その涙を流すからこそ、孤独を感じながらも誰かと寄り添いながら生き、
 そして、その涙を流すからこそ、偽物の桜を懸命に咲かすことが出来るんだ!!
 
 私達は弱い。
 そして弱いゆえに、他の人と生きたいと願う。
 私は、やっぱり弱い人間。苦しみや悲しみに耐えられない。孤独に耐えられない。
 私はだから他の人達と苦しみと悲しみを分け合い、ひとりじゃないことを確認する。
 そして自分も人からそういうことを求められるようにして生きたい。
 皆で身を寄せ合いながら、人のぬくもりを感じあいながら生きていきたい。
 そして、私も泣き続ける。
 孤独であることを受け入れて、そしてその上で自分は孤独ではないと信じて誰かと寄り添い合い、
 でもその信念は虚であることを「実感」しながら、そして泣きながら誰かと共にそれでも生きていく。
 桜は、一度地に落ちて再び空に返り咲く。
 咲かせた者の内から零れ落ち、また再びその者の上に降り積もる。
 その桜を涙に乗せて、私達は未来永劫永遠に泣き続ける。
 それは絶えることのない、そして星霜を重ね続ける涙。
 薫の涙、私は確かに受け取った。
 
 私と共に生きてくれる人達に、心からの「ありがとう」と「すまない」、
 そして・・・・・そして、いつか「さようなら」が言えるようになるために、
 私は最後に薫にこう言いたい。
 
 「私たちは一人じゃない・・・・・・・でも、薫・・・・・。本当にお疲れ様。」、と。
 
 

                                 〜『』内文章は作品よりの引用〜

 
 
 

でぐち