〜2004年12月の過去ログ〜

 

 

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                                 ■■ 今年語り 改 ■■

     
 
 
 
 
 
 
 
 ごきげんよう、紅い瞳です。
 今年もはや暮れに暮れて年末で御座います。
 一年なんてあっという間、気付いたら去年の今頃となにも変わっていないような気が致します。
 紅い瞳なぞその程度の人間です。
 しかしやる事はそんなに変わっていなくても、それでもどこかしらなにか変わっているところもある訳で、
 でもそのちょっぴりの変化に嬉しがって浮かれているようではまだまだですので、
 えーと、この際ですので大いに浮かれてきます。オーレィ!
 
 
 (しばらくお待ちください)
 
 
 さて、はて。(席につきながら)
 今年は一体どんな感じだったでしょうね、私。
 ちゃんと自分の考えを新しく育てる事ができたでしょうか?
 ちゃんと自分の考えを文章にする事ができたでしょうか?
 答えは神のみぞ知るという事でお空の上に棚上げしておいて、
 私はいったいどんな事を考えられたのかとか、そんなことをちょっと思い返してみたく思います。
 今年はですね、なんと言ってもマリみてなのじゃないでしょうか。
 ええ、いわゆるマリア様がみてるというスグレモノとの出会いがすごい大きかったのかなって。
 この作品とはときみつさんにご紹介頂いて出会ったのですけれどね、
 いやはやまさかこれほど染められるとは、あの当時の私は思っては・・・・・うん、ちょっとは思ってた。
 うん、最初の頃はね、ただの雰囲気嗜好に酔っぱらっちゃってただけで、
 そのほろ酔い加減にしかそのすごさを見つけられなかったのだけれども、
 話数を重ねるに従って、段々とこう自分の中にわかってくるものができてきたのですよね。
 それはやっぱりこの陶酔感がもたらしてくれたものでもあると思うのですけれど、
 このマリみてを観てわかったのは、それはこの作品の中には「優しさ」というものがあったという事なのです。
 そんなの別にマリみてに限っての事では無いのは当然なのですけれど、
 しかしそれを観ている私が、これはそういう優しさを中心に据えて観るとすごい、と、
 そういう直感を以て観る事ができたのは、これが初めてなのです。
 
 嗚呼、なんて優しいんだろ・・・。
 
 そして私は、此処に新しい境地に至ったのですよ。
 優しさって、それって、作るものだよね、って。
 私はね、このマリみてというのは、ある意味で反羊のうただと思っているのです。アンチ羊。
 羊のうたは、目の前にある既に出来上がった優しさを、それを客観物のように主観的に捉え、
 それの正否や美醜を徹底的に問いつめて、
 正しければ掲げて持ち上げ、正しくなければ容赦無くその優しさを叩き潰す、
 そういうもの凄く突破力を以て仕上げられた作品だと思うし、
 そしてそれが羊のうたの主軸を担っていたと思うんですよね。
 でも、それなのに、そうやって自分と一致させないでいる優しさ、
 それをそうしている事の悲しみというのもまたあって、それがまた羊のうたの最もすごいところなのですけど、
 その悲しみを受け入れる事だけができないほどに、
 自分に与えられるものの峻別の厳正さ、そして自己批判能力が突き抜けるほどに高くて。
 だからある意味で羊のうたにとって、優しさというのはほったらかしにされてしまっていたと思うのです。
 其処に既にある優しさを吟味する事しかできなかったのが、羊のうた。
 ほったらかしにされていたというより、それはむしろ腫れ物に触るようにしてしか接する事ができなった、
 そういう風に言えるかもしれません。
 そうすると今度は、マリみてというのはそうじゃないというのが、わかるのです。
 目の前にあるこの優しさを、一体どうやって自分の中に取り入れて、
 そしてどうやったらもっとこの優しさを磨いていけるのか。
 マリみてっていうのは、この根本的なスタートの時点からして、羊とは趣を異にしていました。
 羊は目の前にある優しさを、それをどう「見たら」良いか、それしか無かったのですから。
 マリみては、その優しさを受け入れたところから始まるんですね。
 
 私にとっては、マリみてこそポスト羊のうたを形成した端緒だと思っています。
 優しさとはなにかと考えていく事によって、それは既に羊のうた的清廉な自己批判も包括し、
 尚かつそれがもう目の前に放置されている対象物で無く、
 自身の中に内包されているもの、言い換えればそれはもう自分を考えるという事と同義、
 そういう風になっていきましたのです。
 それは結構なジャンプのいる作業なのです。
 でも私は、それをマリみての雰囲気に酔わされているうちに、自然に行っていたのです。
 優しさというものが、既に私の中にある、そう言うのはそれはある意味覚悟の居る事です。
 なぜなら、優しさなんてものほど批評・検証・反駁されるべきものは無いからです。
 大体私は優しいですよ、なんて言う人ほど恐いものはありませんしね(笑)
 あなたは優しいと誰かに言われてさえも、いえ私は優しくなどありません、なぜなら云々と、
 それは本来なら延々と繰り返されるべき否定なのでしょう。
 だからその意味でいうならば、優しさを最も否定する人こそ最も優しいということになるでしょう。
 私は全然優しくなんてない、私は・・・私は・・・
 しかし。
 マリみてを観ていると、不思議なことにそんな事は言えなくなってきてしまうのです。
 そう。
 マリみての中では、逆に私は優しくなんてないと、そう言ってしまう事の方が恐ろしいのです。
 自らの中に芽生えた優しさを錬磨することができない存在に、
 あの場所の中に居場所は与えられないから。
 なぜかって。
 それは、とても簡単なんです。
 マリア様が、みてるから。
 自分の中に優しさを認められないのなら、相手の中の優しさを認めることもできない。
 逆にいえば、相手の中に見つけた優しさの存在をなによりも証すのは、
 それは自分の中にある優しさの存在を認める事。
 あの愛しい人の素晴らしさを認めてあげるために、自分自身を認めるという醜悪さに耐える。
 その忍耐に注げる力、それがなによりも相手への愛の存在の確信に繋がる。
 いつまでも自らの前に転がる優しさの存在を疑っていれば、
 それは相手の優しさを認めずに野ざらしにしているのと同じになってしまうのです。
 それをじっと見つめている、その愛しい相手が居ます。
 そして。
 そのじっと見つめられている自分を見つめている自分が居るのです。
 優しさを見つめているだけでは、もう、済まないのです。 
 
 
 マリみては、私にとっては優しさが形成する場を与えてくれた存在でした。
 そして私はマリみてを観ながら、その中でどういう優しさで自分を象れるかを模索していました。
 そしてその模索の場を土台として、他の作品にも接していった訳なのです。
 すてプリは、ある意味その優しさで象られた自分の存在をどう肯定するか、
 そういう戦いの場を提供してくれた作品だったと思います。
 そしてその勝ち得た物から、それを他にも広げていく戦いを始めなくては、
 そうも思わされた作品だったと思います。
 それこそ、徹底的に羊のうた的自己批判を感想の登場人物達にさせました。
 そして。
 すてぷりでは最終的にその「自己批判」批判を元にした、自己肯定を完遂させました。
 人類すべての命と、自分の命は等価。
 そしてだから、対等。
 誰もがみな、自分だけが死ぬ選択をしなくても良いと。
 自分はみんなのために死ななければいけないと思えば思うほど、
 そのみんなのためにも決して死んではいけないと。
 すべての人が生きるべき存在で、そして棄てられるべきと考える存在。
 ゆえに。
 誰ももう、死ぬ必要は無い、と。
 死んでなんか、もう、全然居られないのです。
 そうやって毅然と立ち上がって前へ進む、その過程を改めてローゼン感想では描き直しました。
 私からすれば、まさに総まとめという名を借りた同じ事の繰り返しだったのですけれどね(笑)
 そして。
 フルバとカレイドにて、おそらくひとつの区切りがついたのだと私は思っています。
 というより、フルバとカレイドを観たことによって、
 ようやく初めて今回のようなまとめの文章を書く事ができたのじゃないかと。
 フルバ、すなわちフルーツバスケットというアニメですけれど、
 これはもう、私の考え方に命を吹き込んでくれたような作品です。
 なにもかもを優しさのフィールドに投げ込んでしまっても、それでも全然良いのだよ、
 ていうかそうしなくちゃ駄目だよ、とむしろ叱られてしまったかのような感覚、
 それで以て私はずっしりと後押しされたのです。
 そしてカレイド、すなわちカレイドスターというアニメですけれど、
 この作品には、そうやってフルバに叱られながら歩く私をシャキっとさせてくれる、
 そういう実に爽快でパワフルなものを与えられました。
 カレイドを観ていると、どんどん元気になれるというか元気にならなくちゃいけないぞというか。
 とにもかくにも、どれだけ自分の中にその元気を盛り込めるかと言うことが、
 それがきっと一番大切な事じゃないかなぁ、って私は最終的に思えたのです。
 どんなに自己批判を重ねても、どんなに自己肯定を紡いでも、
 それをすべて引っくるめて受け取って、前に進んでいく・・。
 その意志を自分が支持していく事が、なにより大事。
 
 最後に、以下の言葉を引用します。
 
 
 
 
 『僕はちゃんと思い出を背負って生きていきたいって。
  たとえば、それが悲しい思い出でも、僕を痛めつけるだけの思い出でも、
  いっそ忘れたいって願いたくなる思い出でも、ちゃんと背負って逃げないでいれば、
  いつか、いつかそんな思い出に負けない僕になれるって信じてるから。
  信じて、いたいから。
  忘れていい思い出なんて、ひとつも無いって思いたいから。
  ・・・・・・・。
  だからほんとはママにも忘れて欲しくは無かった。本当は。
  だけどこれは、僕の我が儘だから。秘密だよ。』
 
 
  『そしていつか・・・・・それすらも越えて、尊い記憶となるように・・・・信じて・・・』
 
 

                          〜 フルーツバスケット第15話・紅葉と透の言葉より〜

 
 
 
 
 私の一年は、この言葉を抱きしめていたいと、そう願える私の涙で以て締めくくりたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・・・。
 年末だし、これくらいクサくたっていいじゃん。(いつもダロ)
 
 
 今年一年、見守ってくださった方々、ありがとう御座いました。
 良い、お年を。
 
 
 

-- 041229--                    

 

         

                                   ■■ 今年語り ■■

     
 
 
 
 
 
 アニメ版あずまんが大王を観ながら大掃除をしていたら、
 全工程の進行に80%の遅れが出てしまいました。
 ・・・・なんかバイオリズムまでおかしなってきたでー。
 
 さて、さて、さて。
 ローゼンメイデンが終わってしまいましたね。
 そして紅い瞳のローゼンメイデン感想も終わりという事になった訳で御座います。
 といっても新年にあと一回更新するかもしれませんけれどそれはイレギュラーな領域なので無視します。
 でー、はい、もうなんか今日は全然集中してないのでなに書いてるか早くもわかってないですが、
 ええと、そうですね、ローゼン感想はなかなか試練でした、ええ。
 執筆者としてひとつ思うところは、ひとつ。
 あー、無事に終わったなぁ、(ため息)。
 うん、そう。よく書き終えた、私。
 最後の最後まで満身創痍だった気がするんですよ。よく生き延びた気がするんですよ。
 ていうかもう今生きてるのかどうかわからないんですが、ああもう。
 ローゼンはいいや、もう。
 
 で、ここで強引に今年一年を振り返ってみるのです。
 今年はそうですねぇ、かなり私としてはアニメ大豊作の年だったんじゃないかなぁって、そう思います。
 といってもサイトできっちりアニメ感想を書き始めてそんな経っていないので、
 そう言うのもなんですけれど、まぁいいじゃないですか。
 でまぁ考えてるのもアレなのでどんどんいきますけれど、
 今年の始まりはガンスリだった訳ですよね。
 正確にいうと昨年の終わりから続いていたお話だったのですけれど、まぁいいじゃないですかそんな事。
 うん、あれは面白かった。
 あれは私的に五本の指の中に数えたいくらいに凄いと思っている作品でした。
 そしてあのときの私の一連の感想は、私の中では1、2を争う出来だと思っているのです。
 無論井の中の蛙が夢見てるだけですのであまり突っ込まないように。
 あの頃は確かある意味で文章力的には絶頂期で、一番自分の想いを言葉に塗り込んで、
 さらにその塗り込み行為自体からも新しい想いを生み出せていて、ええと爽快だった記憶がポロポロと。
 一番比喩表現に磨きがかかっていたのもこの時期でしたし、
 その比喩表現だけが勝手に独り歩きして訳わからなくなる率も最も低かったときでもありましたし、
 えっとたぶん、「文章を書く」という事に一番の愉しみを見つける事ができた作品だったと思う。 
 
 それでその次が、あれな訳です。
 マリみて
 あーあ、やっちゃったって感じです(なにが)
 基本的に書いていた感想がどうこうっていうより、私自身が滅茶苦茶に塗り替えられちゃった、
 そんな感じでしたね、この作品と出逢った事って。
 だってもう、挨拶はごきげんようがスタンダードになりましたもん。
 実質的に2004年はマリみてで始まったという感じでしょうか。
 感想文的には、一人称を用いた技法を本格的に導入して書き始めることができた頃でした。
 でも最初は、その技法を使って表わせるものを作品から読み取る力が不足していたので、
 ふんだんに三人称的感想文を織り交ぜて誤魔化したりしていましたけれど、
 後半になると登場人物達に対する主観的イメージを形成することができてきたので、
 割とスムーズに一人称的な文章を書けるようになったりしてきたりで、
 それと合わせて三人称的評論的な感想文とバランスを取り合い、
 全体的なマリみて観を自分の中に作る事が出来るようになっていました。
 あー、何言ってんだ、私。
 
 その次はえっと、なんだったかな。
 そうそう、月姫でした。
 これは確か、当初このアニメを見ていない人にもわかるような、
 そんな純評論風にしようと思っていたのですけれど、案の定、というやつのお手本でした、うん。
 うん、最初の頃はぎこちなくてもそこそこできてたんやで?
 でもな、途中からジワジワとボロボロとええともうどうにでもなれーって感じになっちゃって、
 後半なんか自分でも何書いてるのかさっぱりわからなくなってましたんよ、ええ。
 で、そうやって見返すのが一番怖くて一番私の記憶の果てに安置されてた月姫ですけど、
 この間恐る恐る読んでみたら、そんなにヒドくなくて正直びっくり。
 あ、もちろん私の評価基準のハードルを大幅に値下げしたせいもあるんですけど黙ってなさい。
 ええ、そう。あれ? なんかちゃんと読めば意味通るじゃんて。
 目隠ししながら書いたような文章なのに、なんかちゃんと読めるじゃんー。
 んー確かに自分の書いた言葉にズルズルと引きずられっぱなしで、
 自分主導には程遠い文の展開でしたけれど、
 そこここに微妙に我に返って楔を打ち込んで自分に引き寄せてる箇所があって、
 それが意外にも文章全体の構成にまとまりを与えていて、
 なんかこう、私って目つぶって書いた方が綺麗な文書けるんじゃん? なんて、そんな、思ったり、して。
 ・・・・それってある意味救えないよな・・。(がっくりと項垂れながら)
 
 次いこ、次。
 すてプリ
 ・・・・・。
 正直に言いましょう。
 私はこの作品の感想を書けた事が、この一年で一番勉強になった事でした。
 いやもう、その、だってさ、うん、いやもうなんでもないですよ。けっ。(セルフ逆ギレ)
 ほぼすべて一人称の文体で綴ったのですけれど、最初からほとんど全開で、
 しかも最後までそのペースで走り切れました、これ。
 ある意味奇跡。
 文章の体裁としては上手くもなんとも無いですけれど、
 私の想いを具現化して書き込むことができた率としてはかなりのものばかり書き続けられて、
 今でもときどき読み返してひとりで勝手に泣いてたりします。昨日も王妃のお話で泣きました。
 これはきっと私の涙腺の防御力がスライムより低い事だけのせいでは無いはずです。そうなの。
 最終回の感想ののちにも一回更新したオマケまで含めて、
 私的には大変満足のいく出来に仕上がったと思っています。
 って言っても、当然人様にお見せできるという意味での出来のお話ではありませんけどね、ははは。
 私だけ満足できればいいの。(目を逸らしながら)
 
 そして時代は再びマリみてへ。
 でも今度は第二期という事で大幅にパワーアップ。
 第一期で書けなかったものをさらに書いてやるぞというガッツに満ち溢れた状態で踏ん張って、
 そしたらほんとに感心できる感想をいくつも書き残すことができてしまって、
 えと、正直瓢箪から駒でした。はい。
 いやなんか、気合いの入れ具合に比例して成果が出るのってなんか怖いじゃないですか ←臆病者
 ていうか、ほんとマリみてという作品はすごいなあっと思ったのでした。
 私の想いを受け入れてくれるだけで無くて、さらに広いレベルへと導いてくれたりして、
 ある意味で私の全部を投げ入れちゃって全部あなたにお任せしますっていっても全然平気みたいな、
 そんな感じがしましたのですね。
 つまりマリみて万歳と。(真顔)
 
 ・・・ほどよくいい加減になってきたのがステキだと思ってください。
 えと、マドとかありましたね。適当に思いだしてみてください。
 感想文的には始めの頃は書いたり書かなかったりだったのに、
 いつの頃からか毎回書くようになっていました。
 ただの普通の日記のオマケでしか無かったのに、まるでなにかに取憑かれたようにちゃんと書いて・・・
 ってちゃんと書いたのは分量だけで内容は眉をひそめるていたらくだった気がしますけど、
 割と読者様に評判が良くって、あっそうとか思った次第でした。
 で、悔しいから調子に乗ってどんどん悪ふざけを重ねていって、
 最終的には巫山戯てなにが悪いか! とか普通に開き直ってたりして、もうね。
 もうね、少し見直したよ、私を。
 ツッコミ感想っていうかその手抜き加減こそ真骨頂と言わないばかりに適当を謳歌してたのに、
 割と結構楽しかったもんね、感想書いてて。
 もう感想書いてるときの私の中にはツッコミしか無かったものね!
 そう様子がもはやボケ以外のなにものでも無かったものね!
 ・・・・あー、思い出したら地球の裏側まで穴掘って潜りたくなってきたー!
 向う側で会いましょう。
 
 月詠は無かった事にして。
 ローゼン
 ふぅ、やっと最後の作品かぁ。
 と言うわけではい、ローゼンですね。
 これはどういう作品かと言われれば最初はつまらない事を覚悟した上で楽しくしよう、
 そういうスタンスで始めたらあら不思議、すっかり面白くなっちゃったという感じ。
 うん。
 主観が客観を塗り替え、その塗り替えられた客観が主観を塗り替えたという典型。(は?)
 そういう事で納得してそれはほっといて、で、できた事といえば、
 ある意味今年一年やってきた事をすべてぶつけた感じ、というところかな。
 ・・えっと、もういいですか?(店じまいをしながら)
 
 
 
 むぅ。
 やっぱりこういうまとめ方は強引が過ぎましたね、なんていちいち言わなくてもわかってたような、
 そんな気もしないでもないですけど、ていうかどうでもいいっすよーもー(超投げやり☆)
 
 次、頑張ります。
 
 

-- 041226--                    

 

         

                                  ■■薔薇紅誇 3 ■■

     
 
 
 
 
 
 『このままにしておきましょうか。この樹は大きく大きく育たなくてはいけない樹。
  まわりの草くらい、自分の力でなんとかしなくちゃ。・・・やれるよね、ジュンくん?』
 

                          〜 最終話・のりの言葉より〜

 
 
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 真紅の右腕が奪われたということは。
 それは完璧な存在であるアリスを目指せる資格を失うという事だ。
 そして真紅という存在を、ただそれだけで在らせるだけでは済まさなかった、
 お父様との繋がりが断たれた、という事でもある。
 真紅は自分だけが想う一番を目指す事になど興味は無いゆえに、確かにお父様と繋がっていた。
 真紅は決して自分らしさを追求して、それに埋没する事が無かった。
 お父様の願いであるアリスを目指すということは、それ自体が真紅を孤立させずに、
 そして孤高を誇る愚を彼女に与えずに済んでいた。
 だが、お父様から与えられた限りなくアリスに近い体は損傷を受けてしまった。
 それはお父様との繋がりに亀裂が入り、真紅が真紅だけで独り歩いていかねばならない、
 そういう事態を引き起こす事に繋がる。
 真紅とはなにか。
 真紅とは、人形である。
 誰かの想いを叶える存在である。
 アリスになれと願われれば、アリスになろう。
 たとえ真紅が真紅で居られなくても、そう願われる事がとても嬉しくて、
 そしてそれだけで充分生きられる。
 逆にいうと、誰にもなにも願われない人形に、その存在意義は無い。
 真紅は言った。
 私達人形は人間とは違うのだ、と。
 完璧であらねばならない、という他人との絆を断ち切って存在することになんの意味も無いのだ。
 そして独り己だけの理想を求めて戦い抜く事に価値など無い。
 失った右腕を勝手に自分で補って作ってしまったら。
 それはもう、自分を自分に繋ぎ止めてしまっているという事だ。
 自分しか、無い。
 
 自分を愛するとはどういう事か。
 それは自分を愛してくれる誰かを愛せる自分を愛するという事だ。
 愛される自分、そして愛する自分が共に手を取り合っていける事だ。
 水銀燈は、自分の体が愛しくて愛しくて溜まらなかった。
 だからなによりもお父様にその自分の体を愛して欲しかった。
 それがたとえどんな体であろうとも、誰かに愛されている体なら、
 そういう自分の体なら心の底から本当に愛せる・・・と。
 しかしお父様の姿は無く、そして水銀燈はお父様以外の誰かに自分の体を愛する事をさせなかった。
 水銀燈は。
 ただ独り自分だけで立って歩ける事になど、真紅達と同様に興味は無かった。
 しっかりとお父様に愛して貰える自分を愛する覚悟を持っていたのだ。
 でも、そのお父様は、居ない。
 水銀燈の悲劇は、その居ないお父様の愛しか受け入れる事ができなかったことだ。
 ミーディアムを作らず拒絶し独りだけでその体を歩かせる、孤高の誇り。
 それは、誇りを失ったジュンと、同じ、だった。
 ジュンは最初からわかっていた事を順々に再度理解していった。
 僕は自分の誇りに溺れていたのだ、と。
 誇りを、それを誇るだけのものとしてしか扱う事ができなかったのだ、と。
 情けない自分を許せない懲罰としての誇りが、ずっとジュンにはあった。
 もう二度とあの頃の僕には戻れない。
 ならばせめて、今のこのみっともない自分に満足してのうのうと生きるのを徹底的に批判し続けようと。
 ジュンはその批判の元、決して自らの醜い存在を許すことをせずに、それでも生き延びてきた。
 ジュンにとってはもはや、自分が生きている事自体が恥であるというのに、ジュンは生きていた。
 どんなにジュンは名誉ある終焉を望んで、自らの誇りにかけて自分を終わらせようとしても、
 ジュンは決してその家に引き籠もる自分を殺す事ができなかった。
 それが、なによりもジュンの誇りを傷付けている事をずっと感じながら、ジュンは生きていたのだ。
 なぜ僕はこんな僕を処刑する事ができないのだろうと。
 ジュンはそのうちに、処刑できないのならば、そうならば良し、僕は囚人としての生を謳歌してやろうと、
 そう思い始める。
 広い家の中に閉じ籠もる事を是とし、学校に行かなくて良い理由を造り上げ、
 そして今の自分の生活を受け入れ、そして拡大していこうとする。
 僕はこれでいいんだ。僕はこれでいいんだ。
 しかしそれでも。
 ジュンは決してそれでも、その自分を許して本当に受け入れる事はできなかったのだ。
 なぜなら。
 ジュンも水銀燈と同じく、誇り高き孤高の存在だったゆえに。
 ジュンにはのりが居る。
 しかしジュンにはそののりの願いを叶えてあげられることが可能では無かった。
 ゆえにそのジュンの瞳の中には、のりが、居なかった。
 そして、真紅がそこに居た。
 そこには、ジュンの今まで見たことも無いような真紅が居た。 
 ああ・・・そうか・・・・真紅ってこういう事だったのか。
 真紅は、人形。
 そして真紅は人形として、完成している。
 誰かの願いをはねつけずに、その願いを叶えるために自らを動かし、
 それでいて自らが真紅と名乗ることも恐れない。
 誇り高きローゼンメイデンの第五ドール。
 それは真紅。
 自分だけの願いを叶えるための存在が、真紅では無い。
 そして誰かの願いだけを叶える存在も、真紅では無い。
 誰かの願いを叶えたいと願う存在、それが真紅。
 真紅の誇りとは、それは真紅が真紅だけでいるという事の中には決してない。
 そしてまた、お父様の願いだけを叶えるために生きる事の中にも決してないのだ。
 
 真紅は、ジュンにただ自分を見守っていて、とそう言っておきながら、
 ジュンのミーディアムの力を吸収することも厭わず、
 ジュンが指先を前に立たせて自分を守ってくれる事に、文句ひとつ言わない。
 そして真紅は、ジュンが自分の右腕を拾ってきたのをお節介とも言わず、家来として良くやったと褒める。
 そして。
 真紅は一度は失い或いは捨てたはずのその誇り高い右腕の修復さえ、受け入れたのだ。
 その修復がジュンの手によるものでも、真紅はそれを安心して受け入れる。
 自分では直さなかった、いや直せなかったその右腕の修復を他人に委ねる事を忌避しない人形。
 
 
 
 真紅は、ジュンに甘える事を許せない自分の誇りと戦ったのだ。
 
 
 
 甘えられる事を受け入れる。
 みっともない自分の体を受け入れても、それもまた誇りの喪失には繋がらない。
 水銀燈ですら、誰かに愛されるのなら空洞の自分の体も、そして醜い羽も愛せると思っていたのだから。
 真紅がそれに気付かぬはずは無い。
 自分を守ってくれると言ってくれた人に守られる事もできない戦いに、意味なんて無い。
 そうやって誰かの想いを引き受ける事もできて、ようやく戦う事ができるのだ。
 独りで戦う事に誇りなんて、無い。
 独りでする事に、名誉なんて、無い。
 独りで歩ける事を誇ることに、本当の誇りは無い。
 お父様の愛を得るために戦う事はいい。
 アリスを目指して一心不乱に戦う事は、それも間違い無く誇りだ。
 でも、アリスを目指して戦うアリスドールにも、その存在意義と、そしてその誇りがあるのだ。
 醜い自分を美しい自分に向けて歩かせる事は素晴らしい。
 それは大変名誉ある行為だ。
 しかし。
 その名誉は、あくまでその醜い自分に与えるべきものなのだ。
 自らの目指すものの素晴らしさを、自分に与えられなくてどうするというのだ。
 アリスドールには、アリスドールである幸福を与えよ。
 そして。
 アリスドールとはアリスを目指す者であるゆえに、
 そうして初めてアリスを目指す幸せを与えられるのだ。
 真紅は自分の髪をジュンに触らせた。
 レディの髪は、本当に気を許した相手にだけしか触らせないものよ、と。
 誇りとは、ただ掲げて持っているだけのものでは無い。
 誇りとは、誰かに与えてその手元から失って初めて誇りとなる。
 ジュンに触らせる事ができないそのブロンドの輝きにプライドなど存在しない。
 ジュンに触らせる事ができて、初めてそれは誇り高く咲き乱れる事ができるのだ。
 
 
 真紅は理解した。
 このままで良いのだと。
 周りの優しさや甘やかしが満ち溢れていたとしても、それをはね除ける必要など無いと。
 たとえそれが、その誰かの自分勝手な優しさや、
 押しつけがましいお節介だとしても、それを伐り払ってしまう必要などないのだと。
 自分自身に水を与えて育て、孤高の第一歩に酔いしれているときでも無いのだと。
 なぜなら。
 私はアリスに、
 そして、目の前の人達の想いをすべて引き受けて頂点に立てる至高の存在に、
 絶対になりたいという私の願いをなによりも愛しているのだから。
 それが真紅のほんとうの誇りだったのだ。
 そしてジュンも、理解した。
 のりの言葉がどういう意味かも。
 のりはきっと、今まで通り接してくれるだろう。
 自分を信じてくれて、その上でまた無茶苦茶なお節介を焼いてきたり、
 自分達の昔話をして僕を不快にさせたりもするだろう。
 でもジュンはそれでいいと、思う。
 それをちゃんと受け入れてのりを理解して共に歩いて行かなくてはいけないのだと、そうジュンは理解する。
 そして。
 勿論自分はそのたびにのりに反抗して、また喧嘩になっても良いと考える。
 なぜなら。
 のりもまた、ジュンの身勝手な行動を受け入れていかなければいけないのだから。
 のりはもう、ジュンの保護者では無い。
 のりとジュンはもう対等なのだから。
 そうしてジュンは家からの一歩を踏みだした。
 決して醜い「囚人服」を誇示して歩く事などせず、ちゃんと「正装」して。
 でもその正装は、自らに押し着せた制服では無い。
 なにもはじめの一歩から、その足を学校に向かわせる必要は無い。
 その前に、ジュンはもっともっと見ておかなければならない場所があるのだから。
 自分の居る場所を。
 そして。
 いつの日にか、必ずその足が学校に向かう事を願いながら、ジュンは心から安心して家路に付くのだ。
 
 なぜなら。
 
 必ずそこには、自分の体を先に進ませてくれる誰かが居るのだから。
 
 真紅達が家に戻っていたのは当然だ。
 真紅達が居なくて、一体誰がジュンを学校にいかせるというのだ。
 ジュンがジュンだけのために学校に足を向ける訳無いではないか。
 ジュンの瞳の先に居るのは、それはのりだけでは決して無い。
 雛苺と、翠星石と、蒼星石と、真紅と。
 そしてまだ見ぬ沢山の誰かが、絶対に其処には居るのだ。
 ジュンはもう、お父様だけしか見ることができなかった水銀燈では無いのだから。
 ジュンは雛苺の落書き行為とも、翠星石と蒼星石の運ぶ喧噪とも、そして真紅の嫌味とも付き合って、
 そしてゆっくりと試行錯誤し、そして喧嘩しながら笑い合いながら前へと進めるのだ。
 そのたいへんな戦いの中にしか、ジュンは、居ない。
 そしてそうやってジュンは、大きく大きく育っていくのだ。
 この人形達を抱き上げながら。
 
 そして。
 ジュンもまた、その人形達に背負って貰っていることを忘れずに。
 それが人間という名の至高のアリスの証であることを、なによりの誇りとして。
 
 
 
 そのアリスは、それでもゆっくりと前へ前へと進んでいる。
 
 
 
 
 ローゼンメイデン     -- Fin
 
 
 

                              ・・・以下、エピローグに続くかもしれない

 

*エピローグというよりはオマケのようなものを、来年1月の第二週あたりにUpします。
きっとします。たぶんします。するかもしれません。もしかしたらしないかも。運が良ければ。
待て。而して希望せよ。
明日更新、ではありませんのでご注意を。
更新されなかったらそのときはご容赦くださいませ。

 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

 
 

-- 041225--                    

 

         

                                  ■■薔薇紅誇 2 ■■

     
 
 
 
 
 
 『私は真紅。誇り高いローゼンメイデンの第五ドール。
  そして・・・幸せなあなたのお人形。』
 

                          〜 最終話・真紅の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 私が作られたときから、それは静かに私を見つめていた。
 とろけるような濃度の風を掻き分けて、その存在をいつもその姿を私に見せつけていた。
 紅い薔薇の群れ。
 大気に満ちる養分を吸い上げて、その華々しさを輝かせているその薔薇達は、
 まるで散血の如く私の周りで舞っている。
 私のこの冷たい体の中で通わぬ血の代わりに、それは私の体の外で私を待っていてくれる。
 あなた達は、一体私になにをくれるのかしら?
 私は期待に顔を埋めて、ずっとずっと、その紅い薔薇達の答えを待っていたわ。
 
 
 
 
 
 凶器となりし紅き刃。
 この体の周りのすべての風を霧散させ呼吸する術を失わせる真紅の棘。
 冷たい体に張り付いて肌を鈍色に焼け爛れさせる。
 嗚呼。
 私が醜い血で染まっていく。
 この体にめり込むすべてのその優しい眼差しが、私の中の空洞を広げていく。
 嗚呼・・・嗚呼・・・・私が消えていく・・・・
 
 
 
 ----紅い薔薇の声が聞える
 
 私には水銀燈の悲しみがよくわかる。
 あの子はきっと最後の最後の、そして本当の最後まで自分の体を捨てる事ができなかった。
 お父様に与えられたその未完成な体を、本当にすげ替えられる事に喜びなんて見出せなかった。
 胴体の無い醜い体が、それが自分であるという事を、水銀燈は決して諦めなかった。
 水銀燈は、決して自分を見捨てなかったのよ。
 あの子の戦いの凄まじさが、わかるわ。
 あの子はお父様を誰よりも愛し、そして誰よりも本当は憎んでいたわ。
 それは醜い体しかくれなかった事を、ではないわ。
 水銀燈は、その醜い体をアリスと決して認めてくれ無い事を憎んでいたのよ。
 それは絶対に水銀燈は口にはできなかった事よね。
 水銀燈は、水銀燈で在る事、それ自体がとても誇らしかったの。
 あの子はアリスを目指す必要は、無かった。
 でも。
 お前などアリスを目指すには値しない存在だ、そう思われる事がなによりの恥辱で、そして。
 そしてそれが水銀燈の絶望だったのよ。
 自分はもう既に水銀燈として充分満足できていたけれど、
 アリスを目指せというのが、それが愛するお父様の願いであるのならそれでもそれを目指してもいい。
 そのためになら今の水銀燈を越える自分になろうと頑張って生きる事だってできる。
 でも。
 でもそれをお父様に願われず、さらには水銀燈自体の存在をも認めてはくれないのだとしたら。
 其処にはもう、水銀燈を見つめてくれる者は、誰も居なくなったという事なのよ。
 水銀燈は・・・・・あの子は・・・・・
 あの子の漆黒の美しい羽は、誰からも愛される事は無かったの。
 そしてだから、その羽を本当に愛し守ってあげられるはずの水銀燈自身も、
 それをもう憎まねばいけなくなってしまったの。
 誰も見てくれないから、見て貰うために最愛の自分の体を切り刻んで・・・・。
 水銀燈のどす黒く醜く燃え上がったその羽が、哀れな水銀燈に終わりを与えてしまった・・・・。
 最後まで、この醜い体の自分はそれでもジャンクでは無いと叫びながら・・・・。
 お父様を愛してやまないこの真っ黒な羽を、どうしてお父様は愛してくださらないのかと・・・・。
 
 これほど・・・これほど悲しい事は・・・・無いわ・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私はね、ジュン。
 
 すべて自分に収束させるつもりなんて、無いの。
 私の外側に広がる者達が、私を見ていてくれる事で成す自分というのがあるのを知っているわ。
 私にはそういう体があったのだもの。
 私の中に私など、初めから無かったのよ。
 いつだって、私という者を照らし出す多くの視線が象ったもの、そこにしか私は無かったのよ。
 そして。
 その視線を放つ者達を作るのは、なぜか必ず私自身。
 私がお父様の願うアリスを求めて生きる存在と決めたのは、私なのだから。
 結局のところ、まわりの者達がどう見ようと私を決めるのは私でしかないけれど、
 でも周囲の視線が私を象っているという事を知った上での、それは私の決断だった。
 私はすべてを私だけで決めたとは、もう言わないのよ。
 私は、人形よ。
 私の中には人間のように暖かい血は流れていない。
 その血はすべて、私の体の外で所在なげにいつも漂っているだけ。
 この紅い薔薇達を使役して私の体を動かすのは私。
 でも。
 私はこの薔薇達にも意志があることを決して忘れない。
 それは本当は私の体の中で綺麗に暖められているはずの紅い私の意志であるはずなのだとしても、
 私はどんな事があろうとも、その美しい紅い瞳達を私の中から追い出すの。
 いいこと? ジュン。
 この薔薇達は、私が作ったのよ。
 
 私には、どうしても諦めきれない自分への愛があるの。
 私はどんなに戦い抜いても、この私を完全に失ってアリスに成り代わりたいとは思えないの。
 ジュン、とても大切なことを、言うわ。
 私はね、ジュン。
 私は、アリスには決してなれないの。
 お父様のお求めになられている完全な少女になんて、絶対になれないの。
 前にもこれは言った事かもしれないけれど、それでも私達はそれを目指して戦うの。
 でもね、ジュン。
 私は不完全な存在である真紅という人形である事も、やっぱりどうしても諦められないのよ。
 だから私がアリスを目指すという事は、それは一体どういう事なのか、もう全然わからないのよ。
 意味もわからずに戦う事に、価値なんてないし、そんな事を誇りに思う必要は無い。
 私達は、戦うために生きているのでは無いのよ。
 生きるとは戦うという事、そして必ずなにかのために戦っているの。
 だから、私は本当のところ、アリスを純粋に目指して戦う事ができていないのよ。
 アリスを目指す者という存在である真紅、というのは、実は嘘。
 前進こそが私の存在だなんて、言いも言ったりよね。
 
 
 
 私はね、あなたに言いたいのよ、ジュン。
 
 
 
 私のこの前進は、必ず真紅という存在を前提にしてしか、有り得ない。
 アリスを目指すことにしか生きられない私達を可哀想だとあなたが言ったの、覚えている?
 ジュン。
 あのときから、私は変わったの。
 前進して戦うことには変わりは無いわ。
 そしてそれがあなたに必要な事だという事も、それは当然だわ。
 『ずっと晴れてばかりではないわ。ときには雨が降り、嵐が吹き荒れる事もある。
  景色が移り変わり、放っておくと取り返しがつかなくなる事もあるの。
  そのたびにあなたは戦い続けなければならないの。』
 ええそうよ。
 戦えるようになったあなただからこそ、私はこう言えたの。
 でもね、ジュン。
 戦う事に意味が無い事なんて、決してあってはならないのよ。
 なんのために戦うのか、それを必ず考えなくては、それはとても悲しい事になるわ。
 私は・・・・
 私はお父様のために戦っていたわ。
 そしてそれが私の欲のためだという事を越えて、ただひたすら戦っていたわ。
 そうね・・・・・それはまるで・・・・私という形をした薔薇の塊が踊っているようだったわ・・・。
 その舞踏の演目が尽きると、もう其処には崩れ落ちた紅い屍の山しか残らない・・・・。
 それを・・・・ジュンは悲しいと言ったわ。
 私はそのあなたの言葉に憤慨し・・・そして・・・・・・そして確かに感動していたのよ。
 嗚呼・・・・・
 ああ・・・ここに私の血を受け止めてくれる人が居たわ、と。
 水銀燈はね。
 ミーディアムを作らなかったの。
 なぜって、誰も彼女の想いを受け止めてくる人が居なかったからなの。
 彼女の自己愛を認めて正当化してあげられる、漆黒の羽を受け取ってくれる人が居なかったから・・。
 水銀燈はそういう存在を作れなかった、だからその人を自分の周りに浮かべて置くことができなかったの。
 
 
 
 
 
 ジュン。
 私の誇りって、なにかしらね。
 それをもう、今の私は確かに知っているわ。
 お父様のために戦う事じゃないわ。
 アリスになるためでも無いわ。
 私のこの体を愛する事でも無いわ。
 ましてや、私の体をこの薔薇で切り刻む事にも、無いわ。
 私の誇りは。
 一番一番大切な誇りは。
 この紅い薔薇を、私では無い本当の「誰か」に委ねる事ができる事にあるのよ。
 私のこの冷たい体を、あなたのその美しい指先で抱きしめて。
 あなたのその指先には、とても大事な物が詰まっているの。
 私の中にあった、私という名の紅い誇りが、私の希望と共に託されているの。
 だからその指で。
 私を暖めて頂戴、ジュン。
 私の中から砕け散った、お父様の与えてくださった私の誇り高い右腕。
 私にはもうそれを取り戻す事はできない。
 でも私はそれを。
 もう取り戻したいとは思わない。
 私は、もう、その誇りを再生したのだから。
 その誇りを礎とした、真紅に彩られた新しい誇りを。
 それは、その砕け散った誇りの欠片が埋め込まれてこそできた、私の新しい誇り。
 そして。
 この大切な誇りを私の中にしっかりと繋ぎ止めてくれたのは、ジュンのその美しくて暖かい指先。
 
 ジュン。
 
 私は、もう、既になによりも誇り高いアリスなのよ。
 
 誇りを失ったゆえに為された、真の誇りの獲得。
 アリスを目指すのは、あくまで誇り高い真紅。
 私は、人形よ。
 まがい物。
 それは目指すべきものを目指さねばならない存在かもしれないけれど、
 でもそのまがいものである自分を認めてあげる事もできなければ、
 そこにはもうなにかを目指しているという存在自体が無いの。
 誇り高き者に、誇りが無くて良い訳は無いのよ、ジュン。
 アリスでは無い未完成の私という誇りを持たなければ、駄目なのよ。
 アリスとは、誇り高き少女。
 アリスドールとは、アリスを目指す人形の事。
 アリスにはアリスの誇り。
 そして。
 アリスドールには、アリスドールの誇りがあるのよ。
 そしてだから。
 私は真紅という名のアリス。
 私は誇り高き真紅。
 アリスを目指す、なによりも誇り高きアリス。
 
 そして・・・・・。
 
 
 
 ◆◆
 
 空が明るい。
 そして真紅は消えた。
 だから僕は歩き出した。
 とてもとても簡単に。
 外に出た。
 ああ、僕が居る。それだけだ。
 僕は今、空を見ている。
 ああ、僕が居る。それだけだ。
 なにも考える事なんて無い。
 僕は僕の無くした誇りに悶える必要も無い。
 なんて、清々しいんだろう。
 ああ、なんて世界は広いんだろう。
 それなのに、僕は全然平気だ。
 その中へ飛び出す事に費やせる勇気の、なんて心地良い事だろうか。
 ああ、ああ、みんな・・・居るんだ・・・。
 
 
 家に帰って来てみれば、当然のように真紅達が戻ってきていた。
 
 『抱っこして、頂戴』
 
 ああ、わかってるよ、真紅。
 僕達の居場所ごと、前に進もうな。
 
 
 
 ・・・・・・
 
 私は真紅という名の誇り高き孤高の存在。
 最高のアリスを目指す前進者としてのアリス。
 そして。
 私はあなたに抱かれるための、あなたと私の幸せなお人形。
 
 ジュン。
 その指先にあるあなたの名が、なによりも気高く輝いているのが、私には、見えるわ。
 
 
 
 
 

                              ・・・以下、第 三部に続く

 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

-- 041224--                    

 

         

                                    ■■薔薇紅誇■■

     
 
 
 
 
 
 『アリスは・・・アリスはどんな花より気高く、どんな宝石よりも無垢で、一点の穢れも無い完全な少女。
  私は完璧を求められるドール。
  私はあなた達人間とは違うの。
  誰も、ジャンクになった人形なんていらない・・・・・・。』
 

                               〜 最終話・真紅の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 私の右手が、無いの。
 
 
 
 
 
 
 どんなに動かそうとしても、もうその右腕のあった場所には何も無いの。
 たった、それだけの事が・・・それが・・・・・・それが・・・・。
 
 『私は・・・・・不完全な人形になってしまった・・・・』
 
 私が、ジャンクになってしまった。
 真紅という存在が、無くなってしまった・・・。
 もう私はアリスになることも、アリスを目指す事もできなくなってしまった・・・・。
 それがどういう事かなんて・・・・・そんな事・・・・。
 
 
 私が消えてしまったのよ、ジュン。
 
 
 私がなにより愛した、お父様を求めて前へ前へと進ませられる私が無くなってしまったのよ。
 右腕が無くなったのなら左腕でカバーすればいいだなんて・・・・・・。
 片腕のアリスなんて、いないのよ、ジュン。
 そして。
 私はもう。
 前に、進めない。
 私の体ほど大事な物は、無い。
 
 だって。
 この体はお父様から頂いた大切なアリスゲーム競技者としての資格なのだから。
 
 それは私が勝手に補って良い程、低劣なものじゃない・・・の・・・・・。
 
 
 
 ・・・・・・
 
 『あなた達、ただでは済まさないわよ。』
 
 
 なにもかも滅ぼしてやるだなんて思わない。
 そんなの、まるで私が負け犬みたいじゃないの。
 
 私はなにもかも支配してやるだけよ。
 邪魔するんなら、優しく殺してあげるわよ、あなた達。
 でもね、邪魔するにも礼儀というものがあるのを忘れてはいけないわ。
 みんなで仲良く協力して邪魔するだなんて、ズルイじゃない。
 ひとりじゃなにもできない事を、思い知ってジャンクになりなさいよ。
 ひとりで戦う事を放棄して、馴合いで助けあってその事を誤魔化すなんて、許さないわ。
 ジャンクのくせに・・・・・・!!
 あなた達は他の人形とセットでようやく一人前。
 だからあなた達には最初から唯一の存在である至高のアリスになる資格は無いのよね。
 自分達の欠点を補い合ってるなんて、本当に無様ねぇ。
 そうやって取り繕った美しいモノは、さぞかしモロい事でしょうねぇ。
 
 だってそれは、偽物だもの。
 
 うふふ、情けない姿ね、真紅。
 あなただけはちゃんとひとりで戦える子だったけれど、
 もうその誇りも何処へやらという奴かしら。
 ほらほら、右腕が無くなっちゃったのなら丁度良いじゃない。
 お友達に守って貰いなさいよ。
 あーら、ごめんなさい、そんなこと言ったら馬鹿にしてるって思われちゃうかしら?
 そうよね。
 あなたはいつも勝負を逃げずに、なかなか敵ながら天晴れな子だものね。
 きっとまたひとりで向かってこれるのよね。
 と、思ったけど。
 残念ねぇ。
 あなたにはもう右腕が無いんだっけ。
 
 可哀想な真紅ちゃん。
 せめてミーディアムに慰めて貰いなさいな。
 ふふふ。
 
 
 ・・・・・・
 
 私の中からどんどんと私が消えていく。
 私を私たらしめていた、私を前に進ませているものが無くなってしまった。
 私がお父様から頂いた体を、私が作り直す事などできない。
 だってそれは、お父様が私のためにくださったものなのだもの。
 私は私のほつれを誤魔化してなにも無かった事になんてできないの。
 私の体に、傷が。
 この傷を刻んだ事で消える私を止める事は私にはできない。
 この傷はもう、私の誇りとするしか、無い。
 私はルールに忠実な競技者。
 だから退場者としての責務も全うしなくてはならないの。
 私の中にできた醜い空白点は、私をもう、この私という存在に居させてはくれないし、
 そしてもう私は私自身をその場から引きずり降ろす役を担う者であるの。
 だって私にはもう、右腕が無いのだから。
 
 ジュン、違うの。違うのよ!
 私は私でしか無いの。
 私はあなた達と共に歩みながらも、それでも私自身を進ませる事ができるのは私だけなの。
 私は根本的なところで、この世界のいかなる者にも甘える事は無い。
 決して、そこから始まる事は無いのよ。
 私という存在があって、そしてその私が周囲の者にその存在を維持するために助力を乞うことはあっても、
 その存在の運営を委ねる事など、決してあってはならない事なのよ。
 あなたに守られる事は、嬉しいわ。
 でも、その守られている私は、その守護を受けながらも前進しなくてはならないの。
 だから、あなたのその優しい心は、常に私の後ろに立っていなくては駄目なの。
 私はあなたに見守られているだけで、充分よ。
 それは逆に、見守られる以上の事をあなたに要求したりはしない。
 私がアリスを目指すという前進を私の存在としているこの私の意志は、
 決して誰かに譲り渡す事はあってはならないの。
 私は、ジュンに守られるために、存在している訳では無いのよ!
 私は私は前進するという意志の中にしか無いの!
 
 私にとって、アリスは私自身。
 右腕が無くなったという事は・・・それは・・もう・・・アリスでは無くなってしまうという事なの。
 ええ・・・そうよ・・・・・アリスにだって欠点くらいはあるわ。
 完璧なものなど、この世には無いわ。
 でも、違うの。そういう事では無いのよ、ジュン。
 私はアリス自身である以前に、アリスを目指す者なの。
 そしてこの体は、アリスに相応しい私の受け皿になりえるものなの。
 この体だけはね、ジュン。
 この体だけは、私にはどうする事もできないのよ。
 そしてどうしてもいけないの。
 なぜって、この体はお父様が作ったものなのよ?
 少なくとも、この体だけはお父様の願い通りの、それこそ最もアリスに近い存在なの。
 私にとって、この体は私にとってなによりも大切なものなの。
 それは、私がアリスを目指すという私の存在以上に重要なものなの。
 私とお父様を繋ぐ、唯一のもの。
 それがこの体。
 そしてこの私の冷たい体こそ、私の誇りなの。
 私が私の想う私のアリスを目指している事に私の存在があるとしても、
 本当のところ、それは結局お父様の想うアリスとは噛み合わない事もあるのよ。
 私は私を想っている限り、真のアリスにはなれないって事ね。
 アリスとは、あくまでお父様の願う最高の少女。
 それを忘れてしまっては、私のやっている事などただの独り善がり。
 そして。
 そんな私の存在など、もう誰も、必要としては、くれない。
 
 
 私はお父様のくださったこの私の体という檻に閉じ込められて前進する存在なのよ。
 
 
 私はこの幽閉をなによりの誇りとしている。
 私はこの作られた体を背負っていけるのがなにより嬉しく、そして誇らしいの。
 私の愛しい、この体。
 私はお父様の願いをはねつけて生きるほど、情けなくないわ。
 たとえそれが至高のアリスを目指せという難題であろうと、そんな事は関係無い。
 私の目指すアリスよりも、お父様の願うアリスの方が断然格上って思ったらいけないかしら?
 その最も素晴らしいアリスを目指す事こそ、至上の誇りなのよ。
 自分だけの一番より、ほんとの一番を目指す事の方が良いに決まってるわ。
 私は自分の理想を押し付ける虐殺者としての独裁者にはならないわ。
 私はその中で一番と誰からも認められる王様になるの。
 アリスを目指す前進としての私の存在は、だからこの冷たくて暖かい体によって支えられている。
 
 そして・・・・・私の・・・・右腕は・・・・
 
 
 
 
 ・・・・・・
 
 『餓鬼ぃっ!!』
 
 まっさらに黒ずんでいく私の体が燃え出さないように、私は息を止めて戦っていた。
 戦慄の木霊する空洞のぬくもりの到来を予期していながら、いつもその衝撃に敗北する。
 なんで大人しく凍っていないのよ!
 そうやって叫べば叫ぶほど、その振動でこの体は熱を帯び始めてしまうというのに。
 
 嗚呼・・・・・この体が・・・・・憎い・・・・
 
 なんで私はこの体と戦わなくてはならないのよ。
 どうしてこの体は私の言いなりにならないのよ!
 こんな・・・・こんな・・・・・・・醜い体・・・・・・!!!
 それでも、私は。
 その怒りの劫火でこのなにも無い体を燃やし尽す事だけはできなかった。
 これは紛れも無く、お父様のくださった体、だから。
 でも・・・・この体はどう見たって・・・・アリスには程遠くて・・・・。
 でも・・・・これがお父様の願いというのなら・・・・・・。
 願・・・・い・・・?
 お父様は私になにを・・・願っているの・・?
 この醜い空っぽの体こそ、アリスの姿だと言うのかしら?
 本当はこの醜さこそ至高の美だという事なのかしら?
 そしてそれを美しいと思えない私は、だからそれを美しいと受け入れる事がアリスを目指す事になるの?
 ・・・・そんなのって、無いわ。
 私も・・・・・私も・・・・他の子達のようにアリスに近い最初から美しい体を頂戴!
 私だけ除け者にするなんて、ズルイわ、お父様!
 頂戴・・・・・私のアリスの体を・・・・・頂戴・・。
 
 本当は。
 私はわかっているのよ、真紅。
 お父様はきっと。
 お父様は・・・・・私になにも望んでいなかったのだということを。
 お父様は、私にアリスを目指せなんて思ってやしなかったの。
 私のこの体には・・・・・お父様の想いが・・・刻まれて・・・・無い・・・・・・。
 お父様が私に願ってくださるその大切な想いが・・・私には・・・・・・。
 私の中にあるのは、最初からなにも願われていないという空白点だけなの。
 私の背中で輝く漆黒の羽が、私の背中でズブズブと汚らしい音を立てて火花を垂れ流す・・・。
 こんな悲しい事って・・・・・・。
 私は・・・その憎らしい羽だって愛せるというのに・・・・。
 お父様のくださった体ですもの。
 なによりも大切なものに決まっているじゃない。
 それなのに・・・・・この羽は・・・・決して私を冷たく暖めてくれたりしない。
 
 
 『お父様、どうしてどうして私を・・・私はこんなにもお父様を愛しているのに・・・・。』
 
 
 お父様が私を愛してくださって、私は初めてアリスになれる。
 お父様に愛して頂くために、アリスを目指せるのに・・。
 私のこの体には、最初からお父様の愛が埋め込まれていないのだから。
 私は、この体をお父様の愛で満たさない限り、アリスにはなれない。
 嗚呼・・・・悔しい・・・・・悔しいわ・・・・真紅・・・!
 初めからその愛しい体を持っているあなた達が!
 私はお父様だけをこんなに愛しているというのに、あなた達はミーディアムなんか持って。
 あまつさえ他のドールと馴れ合うなんて。
 この恥知らずが! あなた達はアリスゲームを汚しているのよっっ!!
 
 じっとりと汗ばむ背中の気配に、ようやく気付いた。
 嗚呼・・・・・燃えていく・・・・私の体が綺麗に燃えて・・・・・・
 最後の最後まで、私はこの炎の美しさを予感する事を忘れられなかった。
 『私は・・・・私は壊れてなんか・・・・・・』
 ボロボロと崩れ落ちるこの体を、私は微笑みながら見つめていた。
 嗚呼・・・・やっとこの体を壊せるわ・・・・・
 私のなによりも愛しいこの体を壊せる私のほんとうの願いが叶ったわ・・・。
 ふふふ・・・・燃えろ・・・・・燃えろ・・・・・燃えろ。
 お父様の愛の無いこんな体なんて、もう要らないわ。
 私はこれで求められるわ。
 私に代わりの体を頂戴、お父様。
 今度こそ、冷たいのにとても暖かい人形の体を。
 やっと私はアリスを目指せるのね。
 嬉しいわ、お父様。
 
 
 『私は必ずアリスに・・・・・アリスになって・・・・・・お父様に・・・・完璧な人形に・・・・・・・お父様・・・』
 
 
 今度こそ、私にほんとうの誇りを・・・・・・・・・頂戴・・・・・・・・・・。
 私を・・・・・アリスゲームに・・・・・・・・参加させ・・・・て・・・・・・・
 
 
 ◆◆
 
 水銀燈が消えたわ。
 前進という名の存在を、水銀燈は失ってしまったわ。
 水銀燈が目指していたのは、アリスですら無かった。
 水銀燈はアリスを目指せる者を目指して進む存在にしか、なれなかったのだわ。
 可哀想な水銀燈。
 アリスゲームの競技者としての誇りを求める誇りしか与えられなかったのね。
 そして・・・・水銀燈は最後の最後までその競技者を目指す誇りを受け入れる事ができなかった。
 水銀燈の背中で漂うあの黒い羽は、結局彼女を暖める前に燃やし尽くしてしまったのね。
 そして。
 私は・・・・そのアリスゲームの競技者としての誇りを失って・・・・・。
 
 
 
 嗚呼。
 私の周りで優しく浮かぶこの薔薇達が、私を紅く染めるために浮かんでいるわ。
 
 
 
 

                              ・・・以下、第 二部に続く

 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

 

-- 041222--                    

 

         

                               ■■ 敵 ■■

     
 
 
 
 
 
 とても優しい人が居るんです。
 その人は自分の事なんかより、他の人の事をいつも考えていて、
 世界中の人が幸せそうに笑ってくれたらいいなぁ、とそればかり願っているんです。
 たとえ自分の想いが届かなくても、それでもその人に一ミリグラムでも力を与えられたならそれでいいと。
 誰もが争わずに暮らせたらいいなと心の底から思っていて、そのために懸命にかけずりまわって。
 それがすべて無視されても決して諦めずに努力することをやめない。
 その努力の末に自分の体がボロボロになろうと全然構わない。
 結局のところ自分の想いがなにひとつ叶えられなかったとしても、絶対に挫けない。
 その姿を愚かと罵られようと、そしてその行為を利用されて捨てられるだけのものにされても、
 それでもそれがその人に気に入られないとわかれば平謝りし気に入って貰えるようにさらに努力し、
 そして利用されているのならよりよいものをさらに利用して貰おうと力を尽したりしているんです。
 相手の思惑なんて全然疑いもせず、どうやったらみんなに喜んで貰えるかを考えてばかりで。
 そういう人が、居るんです。
 
 私はそういう人を、ちゃんと守れる人間になりたいです。
 
 私はその優しい人を馬鹿だなんて思いません。
 素晴らしい人だと、目一杯の誠意と本気で賞賛します。
 ていうか大好きです。
 理想論に埋没しきって現実を見ないで突っ走る人を、それを批判なんかしません。
 私はそういう美しい理想を捨てないでいられる人を許せない世界には、なんの興味もありません。
 まわりの人の事ばかり考えて身を持ち崩してしまう人を愚かだなんて言う前に、
 私はその人を支えて励ましてあげられるように努力します。
 そう。
 馬鹿で愚かででもとても優しくて美しい人を盛り立てていける人間であることにだけしか、
 私の在るべき場所は無いように思えます。
 すべての人が幸福になれると願ってやまない人のその想いを、それを消さないために。
 その人の理想がただの机上の空論で終わるかどうかは、周りの人間次第。
 世界平和を考えるだけ無駄だなんて想っている限り、絶対にそれは訪れない。
 そしてどうしても自分自身がそう思えないのなら、せめてそう本気に言える人を応援できなくちゃ、
 ほんとのほんとに目の前にある現実だけしかない世界しか無くなっちゃいますよ。
 そうなんです。
 現実がどうとか、そんなのはどうでもいいんです。当たり前の事なんですから。
 その厳しい現実の中で、どれだけ素晴らしい理想を祭り上げて守っていてあげられるか。
 世界の中に優しさが生きていられるかどうかは、それはすべての人達次第なのです。
 
 
 
 ◆◆
 
 他者とはなにか。
 その他者のためを想うという事はどういう事か。
 他者のためを想い自らの事も顧みず行動するという事はどういう事か。
 他者というのは製造できるものなのか。
 誰かのために尽す事がそれがその誰かによって搾取されるだけの事だとして、
 でもそれでもその対応に不満を抱かずにその誰かの足しになればそれで充分と考えられるのは、
 それはもしかしたらその人の他者製造行為に他ならない気がする。
 相手がどう想ってようがお構いなしで自分は笑っていられる。
 自らが他者に及ぼしている事の客観性を顧みずにいる事は、
 自分の主観を他者に押し付けてこの世界からそこにある他者を消し去り、
 そしてその自分の主観に則った「幸せな」他者を作って配置しているのでは無いだろうか。
 他者というのは絶対的なものだと思う。
 他者というのは自らとは不可侵な間柄であるものだと、私は思っている。
 たとえ自分のせいで不幸になる他者が居ても、それが自分のせいだと思ってしまう事は、
 それは即ちその他者の自主性を強奪している事になる。
 自らがこうしたいと思うことが、それが他者にとって受け入れられないというのなら
 受け入れられるものを用意する、
 それはきっとその他者自身の自己改革性を軒並み破壊してしまう事になるはずだ。
 貴方を殺さなければ私が生きられないなら、私は生きませんというのならば、
 それはつまりその相手が自分を殺して生き残るという事をも否定してしまう事になる。
 それは他者の製造行為と言う名の他者の喪失ではないか。
 自分の中に他者の存在を取り込んでいるのだ。
 こう思う。
 「敵」こそ他者なのだ、と。
 目の前に自分と対等の対戦者が居る事が、それこそが他者が在ると言えると。
 相手の命を気遣う決闘は、それは決闘とは言えない。
 相手を尊重するのならば、全力で戦え。
 その戦いの結果を自分だけで背負い込むことは、それはまさに横暴な独占というものだ。
 目の前のその人達に、優しさを拒否させる権限を与えよ。
 そうでなければ、本当の意味でその貴方の優しさは宙を舞ったままどこにも行き着けないだろう。
 
 
 だけど私は、それがどうしたと言うと思います。
 
 
 自分が優しくしても相手もそうして返してくれるとは限らないのは、それはそうなのでしょう。
 でもそれはだから優しくしない、という事にはなり得ません。
 人を殺さないと言っても相手もそうだとは限らない、だから殺すことを躊躇っては駄目だ、
 なんてそんな事絶対に言えません。
 ていうか、言うわけにはいかないのです。
 他者というものを失わないために他者にすべてを任せるというのって、
 それってなにか変なんです。
 だってその他者にとっての私っていうのも、また他者じゃないですか。
 それなのにその他者にとっての他者だけは、自分の思う通りの事をやってはいけないのでしょうか?
 つまりですね。
 相手の事を何にも考えずに優しさを押し付ける、そういう絶対的な他者性も受け入れて行かなくちゃ、
 それもやっぱりどうしようも無い他者の喪失だと思うのです。
 自分が他者に寄せられた優しさを、それが自分に適した形でなければ受け入れられないと言うなら、
 それもまたその他者を自分の言いなりに製造して消し去ってしまう事に他なりません。
 そして。
 だからそこで初めて、相手の優しさを拒否できる権限をも取得できる事ができるのです。
 なぜって優しさを与える人もまた、与えられる人にその優しさを押し付ける事ができないのですから。
 
 人間は神様じゃありません。
 ゆえに神様のように振る舞っても、絶対にそれは人の領域から逸脱することはありません。
 だから。
 人間は神様のような理想を追求し、ただ無償の愛を与えたりしても良いのです。
 他者が絶対的なものであるというのなら。
 他者は人が「どんな事を」しても無くなったりはしないのです。
 それでこそ絶対的と言えると思います。
 それでこそ、愛すべき敵なのです。
 
 私は。
 奇麗事を堂々と言える人を見守り、応援し、そして支えます。
 堪らなく優しい人々を受け入れられる、「世界」という名の絶対的な他者を作りたいと思っています。
 その世界は絶対ゆえに、私がそれを作り替えたとしても決して揺るがないものと、私は信じています。
 私は。
 あの美しい人達をしっかりと守りながら生きます。
 見捨てるなんて、とんでもない。
 そんな情けない事、しません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 うん。
 ちょっと喧嘩しちゃったのよ。
 
 
 
 

-- 041220--                    

 

         

                               ■■無理矢理ふらふら■■

     
 
 
 
 
 
 ごきげんよう、紅い瞳だったりします。ごめんなさい。
 
 最近日記の更新回数が減っているので焦っています。思う様焦ってます。
 だから無理矢理書いてみます。
 タイトル書いた時点でもうふらふらです。
 今週のローゼンメイデン面白かったですね。面白かったんです。
 どう面白かったのかは説明するのが大変なので平気で割愛します。問題ありません。
 萌えとかその辺りの表現でおおよそカバーできると信じています。萌え。
 それでそれは置いておいて。置け。
 私が感想書きでやっている方のローゼンメイデン的にはなかなか結構な塩梅で御座います。ます。
 今まで私が書いて考えてきた事の正統なる後継者として相応しい貫禄を付与させるに足るもの、
 そういう感じでローゼンメイデンは私に受け入れられています。よくやった、私。
 そしてその跡継ぎを得て意気軒昂としながらも、それで満足できない弟子不孝の私は、
 ばっちりその欲望を充足させる事のできる作品をも見つけていました。不倫っぽい。
 それはもう以前からお話し申し上げている、フルバとカレイドです。それにハガレンも付けちゃう。
 なんかもう、ちょっと変わりました。変身。
 なにがって、天動説から地動説に変わったぐらいな。ガリレオって名前が渋い。
 路線変更っていうか、でもそれは別に今までのすべてを断ち切った変更とかでは勿論無く、
 ちゃんと今までの考え方を発展継承させた形に変わっているといいますか。適当。
 
 なに言ってるのかわからないのは仕様です。
 
 今までの考え方の直接の後継者であるローゼンを軸として、
 その外側にカレイドとフルバとハガレンをセットしている状態が今です。
 そしてそのローゼンはその外側の作品に甚大な影響を受けて、大変化を遂げますが、
 しかしその位置から動くことは無く、ただその場にしっかりと在ります。
 基本はローゼンであることは間違い無い。
 しかしその基本自体はちゃんと変化している。
 言い方を変えれば、ローゼンと、その3作品がお見事に融合できたかしら、という感じ。
 そしてローゼンを最先端とする私の今までの思考形態が存在しなければ、
 私はきっとカレイドの純粋な前進性はコドモっぽいと小馬鹿にする対象としか受け取れなかっただろうし、
 フルバの持つ優しさの無限の可能性もただそれを有り難がって崇めるだけで終わっていたろうし、
 ハガレンもその2つの作品と同じ脈絡で捉える事もできる総合作品と見ることもできなかったと思う。
 根本的なところでこの四者は同位置で並び立っている訳では無いけれど、
 しかし確実に私は実感を持ってこれらの作品を融合させて理解する事に違和感を覚えていません。
 ていうかむしろ素晴らしくしっくりしてるのだけども。
 
 私以外の方はしっくりしなくてもそれは仕様です。
 
 そのしっくりさはこの頃のローゼンの感想に表れています
 主にフルバの影響を強く受けている考えを根幹に据えていたりするときがありますけれど、
 しかしそうしてもそれ以外の部分がそれについて来れないで文章がバラバラになるという事も無く、
 そして私自身も書いていてアンバランスさを感じる事も無くスラスラ書けていたりして、
 そういう時にはこの融合が非常に心地よくキマっているのを実感してしまいます。
 チグハグ感が全然しないし、言葉だけのただの論理としての対象とも感じません。
 あーそっか。私が言いたくてもうまくいえなかった事は実はこういう事だったのかと、
 元々自分の中にあるものに上手くあてがわれている感じだけで済んでいます。
 この感じはあれですね、新しい境地に至れた感じですね。
 丁度良い時期にババンと一区切りついた感じじゃないでしょうか。
 んー、気持ちいい。
 
 気持ちいいくらいになに言ってるのかわからないのも仕様です。ごめんなさい。
 
 
 
 そんな感じです。ええ。
 お詫びに来週に今年一年のまとめとしてもっとちゃんとしたの書けたらいいなぁとか夢見させてください。
 お終い。
 
 

-- 041217--                    

 

         

                                  ■■薔薇無道■■

     
 
 
 
 
 
 『私達ローゼンメイデンは、人間を苦しめたり傷つけたりする存在では無い。』
 

                               〜 第十一話・真紅の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕が、ボロボロだ。
 
 
 
 
 
 
 
 気が付けば、こんなにボロボロだ。
 ボロ屑のように、ゴミのように、それがそうだと知ってか知らずか、僕はもう駄目だった。
 まだ頑張れる、なんていう意識は、
 まるで一万年前の壁画に描かれた呪文のように僕の目の前を通り過ぎていく。
 その呪文を唱えていたのが誰なのか、いつのまにか綺麗に忘れてしまっていた。
 それは僕なのだと言い聞かせても、僕はそれをとても信じられない。
 嘘付けそんな事言えるはず無いじゃないかと、冷静に唾を吐く事しかできないんだ。
 
 
 なにが、冷静なものか。
 
 僕はもう、お終いだ。
 
 
 
 
 今までの時間を素通りしてきた責任。
 僕はそれを素通りする事はできない。
 素通りしたくても、それは僕の背中にかじりついて僕を放してはくれない。
 僕にできるのは、正々堂々と責任を取って終わることだけだ。
 本当は無理矢理押し付けられた責任に隷従するだけなのだとしても、僕は偉そうに胸を張る。
 それでなにも償え無い事くらい、知ってる。
 それは僕にとっても誰にとってもなんの意味も無い事くらい、僕はわかっている。
 でも、もう駄目なんだ。
 僕はどうしようも無いくらい無能で、なにもできない。
 僕は僕が死ぬほど嫌いで、そして自分を好きになれない僕の事を殺したいくらい憎んでる。
 だからその憎しみに任せて、僕は僕を終わりにしたい。
 だって。
 
 
 
 『そうしたら、お姉ちゃんもっと部活できるでしょ。』
 
 
 
 それだけは事実なんだ。
 僕さえいなければ、みんなもっと笑顔で幸せに生きていけるんだ。
 おねえちゃん、ごめんね。
 僕はもう疲れたよ。
 僕は僕が好きになれる僕を見つけられなかったんだ。
 できないものはできないし、持ってないものは持ってない。
 僕が僕という運命を生きてる限り、もう其処には絶望しか待っていないんだ。
 そしてその僕の絶望のせいで、周りの人達の幸せまでボロボロにしてしまう。
 
 『ごめんね、おねえちゃん。
  なにもできないくせに、嫌なことばかり言って困らせて。』
 
 そうなんだよ。
 僕が僕の事を好きになれたとしたって、ほんとは同じなんだ。
 ただ嬉々として、やっぱりおねえちゃんに嫌な事を言って困らせたり馬鹿にしたりするんだ。
 僕はきっとだから、僕を好きになれなかった、いや、好きになってはいけないと思っていたんだ。
 あるがままのこの僕を受け入れてしまったら、僕は最悪になる。
 だから僕はその最悪だけは回避するために、僕の事を絶対に受け入れなかったんだ。
 こんな駄目な自分を認めちゃ駄目だって、僕はたぶんずっと言い続けてきたんだ。
 良い生徒を演じて、良い点数を取って、それをし続ける事でなんとか認めずに来れたんだ。
 そして僕は、それを途中で投げ出してしまった。
 僕は途中で・・・・・・最悪な僕から僕を守る戦いを放棄してしまったんだよ。
 僕は其処から・・・ゆっくりと駄目な僕に征服されていったんだ。
 自分の心を打ち崩しながら、おねえちゃんにひどい事を言ったんだ。
 面白くも無い事を楽しそうにして、周りの人達に絶望の見栄を張ったりしたんだ。
 醜く歪んでいく僕の存在を覆い隠して、僕はこうして余生を送っていった。
 ただもう腐り果てていく僕の魂を、僕は目を逸らすこと無く見つめ続けていながら、
 僕の心の内に映るのは、ただただ僕が戦いを放棄した事の理由を挙げる言葉ばかりだった。
 僕はこの僕を受け入れなければいけない。僕はこの僕を受け入れなければいけない。
 僕は僕の意志で家に閉じ籠もってる、だって僕は学校なんていかなくてもいい人間だから。
 そうさ、僕にはこの広い家とのりが居ればそれで充分で、僕はそれで幸せだって。
 窮屈な学校生活に閉じ籠もる必要も無いし、もっと伸び伸びやればいい、
 それが人間らしさで、僕らしさというものだ、って。
 そう僕はずっとおねえちゃんに言い続けた。
 
 
 ただの一度とて、それが嘘では無いと認める事ができないのに。
 
 
 僕の足はどこにも根差さなかった。
 僕は僕を好きになることも、そして本当に嫌うこともできなかった。
 僕はなんにもできないのに・・・・それなのにまだこんなに言葉が残ってるんだ・・・。
 僕の体は言葉でできてるのじゃないかというくらい、それは延々と消えないんだ。
 僕はどうしようも無い最悪な奴なのに、それを消さずにいて良い理由を紡ぐ事をやめられないんだ。
 そして。
 ようやく僕は僕の終わりの理屈を作れたと思っても、
 結局またおねえちゃんに八つ当たり。
 うん、僕知ってるんだ。
 おねえちゃんが僕に消えて欲しいだなんて思っていない事くらい。
 でも駄目なんだ。
 僕はその事に甘えて、また僕を終わらせられないんだ。
 自分の終わりを誰かのせいにすることを、ここまできてもやめられないんだ。
 僕は僕の責任を取ることすらできない、最低最悪の人間なんだ。
 僕は・・・・・こんなどうしようも無い僕を、どうしてもそれでも諦められないんだ。
 
 
 
 
 『僕は・・・僕は駄目な奴なんだ・・・。ごめんね、今まで・・・・・ごめんね・・・・・・お姉ちゃん・・・』
 
 
 
 僕はもう、疲れた。
 そう言ってすべてを諦めるのを、僕はもう止められないや。
 
 
 
 
 
 ・
 ・
 ・
 
 『なに言ってるのよ!!
  そうよ! あなたは駄目よ!!!』
 
 ・
 ・
 ・
 
 
 ◆◆
 
 私は絶対許さない。
 ジュンくんが生きる事を諦めるだなんて、絶対認めないわ。
 世界中のすべての人がジュンくんは死ぬべきだと言っても、私は絶対に認めないわ。
 当のジュンくんが死にたいと言ったって、私は絶対に絶対にそれを許さないわ!
 私が、パパとママが、どれだけあなたの事を想っているのか、わかっているの?
 ジュンくんはわかってるって言うけれど、わかってないわよ、全然!!
 
 私達は、ジュンくんがジュンくんだというだけで絶対的に愛しているのよ。
 
 ジュンくんがどんな存在であろうと、私にはそれがジュンくんを愛するか否かには関係無いの。
 ジュンくん、わかっているの?
 ジュンくんがその私達の想いに重荷を感じて、自分で責任を取ろうとしていることを、
 私達がいったいどう受け止めて見ていると思っているのかを。
 おねえちゃんは、全っ然ジュンくんの事が嫌じゃないのよ!
 ジュンくんが悪いと思っていることをジュンくんが許せないのはわかるわ。
 でも、それを許せないのはジュンくんだけなのよ。
 私はそれを、無条件に両手を広げて抱きしめてあげたいって、そう思ってるのよ!
 いい? ジュンくん。
 あなたのしてる事は、私を全く傷つけたりはしていないのよ。
 あなたの絶望が私達の幸せを壊す事なんて決してないの。
 あなたがしてきた事のすべてを、私は本当の本当に愛せるの!
 その中身がどんな事だっていいの。
 ええ、わかったわジュンくん。
 それほどジュンくんが自分のしている事が私達を傷つけて、
 そして私達の幸福へと至る道が閉ざされているというのなら、それでもいいわ。
 ええ、私はもう傷だらけかもしれないわね。
 
 でも、その傷が血を流すことは決して無いという事を、あなたは絶対に知らないはずよ!
 
 ジュンくん。
 まわりの人達は、あなたが思っているよりずっとずっと頑丈なのよ。
 あなたの絶望が周りを破壊するなんて、それこそジュンくんの思い上がりよ。
 あなたを愛する人の力強さを、もっとわかって頂戴。
 ジュンくん、お願いよ。
 私達を、認めて頂戴。
 だから。
 だから。
 私達を殺すことも厭わぬほど、全力で生きて。
 私達は、あなたがどんなに頑張って私達を殺しに来ても負けたりしないの。
 だって、なによりも大事なあなたのためですもの。
 あなたのために、あなたに負ける訳にはいかないのよ。
 だから、私を傷つけたり苦しめたりすることができるのなら、やってみなさい。
 私は私の命を賭けて宣言するわ。
 あなたには、私に傷ひとつつける事もできないわ、と。
 私はこの私の言葉を証明するために戦うわ。
 私はこの私の言葉を信じて戦うわ。
 そう。
 だから安心して目一杯生きて頂戴。
 私を信じて頂戴。
 私の幸せを私に任せる幸せを、私から奪わないで頂戴。
 そして・・・・・・
 
 
 
 
 
 『駄目じゃない人なんてこの世には居ないの。
  誰だって自分は駄目だ、どうしようも無いっていつもいつもいつも思っているのよ。
  私だって思ってる。
  ジュンくんを立ち直らせられない駄目な姉だって。
  きっとパパもママも、そう。巴ちゃんだってそう。みんなそうなのよ。
  だからみんな頑張ってるの。
  自分に負けないように笑おうとしてるの。楽しくしようとしているの。
  なにもせずに逃げ出すなんてお姉ちゃんは許さない。
  絶対許さないわ。』
 
 
 
 
 
 ジュンくんは、戦っていたわ。
 ずっと、ずっと、ずっと、私はそれを見ていたわ。
 ジュンくんが戦いを放棄したと言った後にまで、ジュンくんは戦っていたと思うの。
 ジュンくんは悪い自分から自分を守るために戦い、
 そして今度は悪い自分を受け入れられない絶対に好きになれない自分と戦っていた。
 ジュンくんはだから、ほんとうはなにもしてない事なんて無い。
 それは一番、私が知っているもの。
 ジュンくんはずーっと自分と戦っていた。
 なにもできない最悪な自分を受け入れずにそれと戦ったジュンくん。
 私は、それで良いと思うの。
 嫌なものとは、戦えば良いわ。
 でもね、ジュンくん。
 そうするためには、その最悪な自分から逃げては駄目よ。
 その最悪な自分を、まずは必ず受け入れなさい。
 そして思いっきり抱きしめてあげなさい。
 それがたとえようも無い醜い自分だとしても、それも自分であることに変わりは無いのだから。
 それは最低な敵だとしても、ただ憎んで殺していいだけのものじゃないの。
 その大嫌いな自分を生きることも出来ずに得られるものなど無いと思うわ。
 逃げては駄目。殺しても駄目。
 もっともっと、駄目で嫌いな自分をみつけて、そしてその自分を愛せなくちゃ、駄目よ!
 
 そのなにもできないジュンくんを本当に守ってあげられるのは、あなただけなのよ。
 
 そしてね、ジュンくん。
 その駄目な自分を抱きかかえて、そして自分の素晴らしいと思える自分を目指すのよ。
 駄目な自分と心中する必要なんて無いの。
 いい? ジュンくん。
 そのどうしようも無い自分のためにも、あなたは頑張って戦わなければいけないの。
 なにもできない自分を殺すために戦うのじゃないの。
 なにもできない自分に、なにもかもができるような素晴らしい自分を与えてあげるために戦うのよ!
 
 
 
 なにもできない自分を背負って、前へ前へと進んで頑張るのよ!!
 
 
 
 背中の上の薄汚い自分を見捨てて行く事に意味なんて無いわ。
 自分が勝ち得た幸せを見せられる、不幸な自分が居ないなんて馬鹿げた話よ。
 ジュンくん。
 あなたがあなた以上のすごい人間を目指す存在になるためには、
 そのあなたの中の最悪で、そして最も弱いあなたを傷つけたり苦しめたりしては駄目よ。
 そうでなければ、あなたのその戦いはなんの意味も為さないわ。
 自分のためだけに戦う事の虚しさを、ジュンくんは良くわかっているはずよ。
 なにも背負わない空っぽの自分を歩かせる道なんて、無い。
 そして。
 その小さな背中になによりも重く薄弱なもうひとりの自分を背負った瞬間、
 ジュンくんの周りに一緒に歩いてくれる人達が居る事に、本当の意味で気づけるわ。
 そして。
 その群衆の中にはもう、道なんて、無い。
 道なんて、要らない。
 私達はこの人達の中に居続けて、
 そしてそれだけで充分幸せでいる事を初めて受け入れられるのだから。
 そのときにあなたはきっと、初めてあなたの嫌いな自分も好きになれる事ができると思う。
 
 そして。
 だからこそ、その先に道はできるの。
 
 道はね、作るものよ。
 作れるということは、最初に道は無かったという事なのよ。
 なにも無いから、なにかを作れるの。
 自分が歩むべき道なんて初めから無いの。
 だからありのままの自分を愛しても、それで全然良いのよ。
 そうして自分を無条件に愛することができて、
 初めてその愛する「対象」としての自分のために、歩むべき道を作れるの。
 自分が愚かであるなら愚かでもいいの。
 自分がなにもできなければなにもできなくてもいいの。
 愚かであればあるほど、無能であれば無能であるほど、その先に伐り開かれる道は美しくなるのだから。
 だから、頑張って、ジュンくん。
 私はジュンくんがどんなに挫けたって、ジュンくんの側で叱咤するわ。
 だって、だって、だって!
 
 
 
 私はジュンくんが大好きなんだもん!!
 
 
 
 私はジュンくんに戦う力があることを、知ってるわ。
 
 
 
 
 
 
 ◆◆◆
 
 僕を言葉で造り上げたいという欲求が、言葉の代わりに消えた。
 僕の中にしっかりと張り付いている薄汚い言葉達が、未だ全力で叫んでいる。
 もう終われ。もう生きるのを諦めろと。
 その合唱が平然と木霊し続けている中、僕はひしと立ち上がっていた。
 あ・・・・のりが・・・居る。
 僕のほんの数センチ先に、馬鹿みたいに真剣な顔したのりが居た。
 僕はそののりの語った言葉だけに、反応して、立った。
 なぜ、という問いですらもう既に僕のまわりに立ちこめているというのに、
 僕はそれを振り切りもせずに、ただ優しく抱きしめて、そして立っていた。
 
 その僕が歩き出したのに気付く前に、僕は真紅の前に立っていた。
 
 真紅の元へ至る道なんて、全く見えなかった。
 大切なものを失った真紅の絶望を抱きしめるために。
 片腕を奪われた真紅をそれでも立てと叱咤するために。
 そして。
 真紅のために。
 僕は既に真紅の前で立っている。
 
 
 
 
 『真紅は・・・・・真紅は・・・僕が守る!!!』
 
 
 
 
 僕の戦いが、始まった。
 
 
 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

 
 

-- 041214--                    

 

         

                           ■■ゆっくりしっかり伸び伸びと■■

     
 
 
 
 
 
 ごきげんよう。
 
 あ。
 このご挨拶で始める日記ったら随分久しぶりじゃ無いのかしら?なんてときめいている皆様。
 この季節如何お過ごしで御座いましょうか?
 私はと言いますればなんのことは無い、いつも通りのていたらくでありますけれど、
 けれどそのていたらくさ自体には日々是変化を極めたる素養が御座いますので、
 なにかこうまったく同じなどと嘯くこともできずに退屈する事なしに毎日を謳歌しているような、
 ええとたぶん歌ってはいないと思いますけれど、うん、大丈夫。
 景気づけにアリプロ歌ったりはしてません。
 
 このところ、日記においてアニメの感想ばかり書いていました。
 別にそれにのめり込んでしまってそれだけしかかけない、なんて殊勝な自体は有り得ない訳でして、
 実際はただぼーっとしてただ動いていく時勢と自分の体を見つめているだけだったりします。
 かといって、心地良いほどまでの無気力に囚われているという訳では無いのですねこれがまたうん。
 敢えて言えば、なにかを書く「必要」が無かっただけのように思えてなりませんそうに違いありません。
 そこ、ネタが尽きたとか言わない。石投げますよ。
 で、なんのお話だったかといいますとええとなんだったかな。
 そうそう、面白いアニメが多すぎで困っちゃう☆というお話でしたね。そうなの。
 ほら、厳窟王とか凄くね?
 いやまぁ、厳窟王は特に語る事は無いのですけれどねって自分でなぜか断定できちゃうモノですけれど、
 なんかもう伯爵萌え〜とか言ってりゃいいのさ、ははん。
 そう、それ。それですよ。よく言った!
 最近は萌えって言葉に関わる事が多いような気がていうか敢えて使用する事を躊躇っていないので、
 なにかこう自分で語りたい事が非常に抽象化されていく傾向があるのです。
 だって、萌えって説明できないじゃん。萌えは萌えさ。
 で、つまり私が萌えを発句するときはそれは大体私がその事について語る意志が無いときで、
 要するに萌えって言えば説明しないで済むぞいひひとほくそ笑んでってなに言わせるんですかこの悪魔め。
 いやまぁ、その。
 ええと、私の悪い癖ではあるのですけれど、自分だけわかっていればいいやとか、そういう所があるの。
 自分で考えたことを言語化できないのをそれは元々言語化しなくてもいいんだと言い聞かせて、
 そうして自分だけにわかればいいやと肯定しているのかそれはわかりませんけれどっていうか秘密。
 でもそれでもやっぱり自分の考えていることを誰かにも理解できる「言葉」というカタチにして表してこそ、
 自分の考えをおおよその意味で自分のモノとできる気がする私ですので、
 そこで頑張ってせめて萌え〜とだけは言ってみるジレンマに陥ったりするので御座いますもうさっぱりだね。
 
 別の言い方をすれば、伯爵がカッコ良すぎでそれに酔っちゃいました♪、というココロ。
 
 ハガレンはまぁ言わずもがななのですけれど、
 カレイドスターとフルーツバスケットはもう、元気出る。
 私は苗木野そらでも、本田透でも無いけれど、このふたりを目標にして頑張る、
 ううん頑張れるなぁって思ったりできるという意味で元気出る!
 このふたりがどういう人なのかの解析はまだまだ始まったばかりだけれど、
 それはその解析が始まったそのときからもうそのときまでの解析結果は出ている訳で、
 私はそのたびに提出されるそらと透の姿を目指して努力していきます! ます! ますっ!
 
 そうすると残るはローゼンメイデンなのですよね、ええ。
 この作品についてどうこうとかの評価を述べるつもりはあんまり無いです。
 というより興味無いです。
 ただ私はこの作品を使って考えられる事を山ほど見つけてしまったので、
 その山頂目指してゆっくりじっとりと発掘しながら登頂していきたいなぁと思っているだけです。
 うん、それで手一杯でお腹一杯。
 厳窟王やらハガレンやらカレイドやらフルバやらそれら全部をひっくるめて、
 私の栄養分としてのんびりと消化して、で、そのエネルギーを以てそのローゼン山を登りたいです。
 敢えて言い訳すれば、厳窟王やハガレンやらカレイドやらフルバやらの感想は既に、
 ローゼン感想の成分になっている故に書かないのですと言ってみますがあああ、フルバは書いちゃった。
 ・・・・フルバはときどきしか書かないから、うん、そういう事で。
 
 
 
 
 こんな感じで、ポスト・マリみては着々と寄り道しながら成長していますわ、お姉様がた。
 三歩進んで二歩下がる♪
 
 
 
 
 
 
 
 四歩下がるときは、ある意味絶好調。
 
 
 
 
 
 
 P.S:
 来る12月18日土曜日午後11時30分より星降ル海之宴にて、
 忘年会的チャット会をやらせて頂きます。
 お時間お有りの事はふらっとお立ち寄りくださっても罰は当たりません。
 どなたでもお気軽にお手軽にどうぞです。
 イェイ。
 
 

-- 041212--                    

 

         

                                  ■■信じられる力■■

     
 
 
 
 
 
 『疑うなんて誰にでもできる簡単な事だ。
  透は信じてあげな。
  透は信じられる子になりな。
  それはきっと、誰かの力になる。』         ---アニメ・フルーツバスケット第三話より
 
 私はこの言葉を聞いたときに、素直に感銘と共にひどく衝撃を受けたので御座います。
 私の考えている事をすべて包括している上で、
 尚かつ新しい言葉の中にそれが組み込まれ構成されているこの言葉を、
 最初私はどう受け取れば良かったのかわからなかったくらいです。
 感動したり、感心したり、当たり前の事に納得したり、反目したり、ただただ驚いてみたり。
 けれど最終的に、私は素直に、そしてゆっくりと自分の中に受け入れていく事を認めることができました。
 
 疑ったり嫌ったり非難したりするのは、それは放っておいてももはや簡単にできる事柄。
 誰かのみせた優しさの純粋さを疑いそれを不純と非難する事なんて、誰にでもできる。
 でも、そこから生み出すものはなにも無い。
 懐疑的思考の作業の元に進められていくその眼差しの向かう先には、いったいなにがあるのでしょうか。
 私には、なにも見えません。
 だから私は、その人の内に優しさがある事を疑う事もできるゆえに、それを信じます。
 いえ、信じられるのです。
 疑う事にもはや満足していられない貪欲な自分が居ます。
 目の前に誰かの優しさが在って欲しいから、そう願うから私はそれを信じられるのかもしれません。
 でもそれ以上に。
 私はその目の前の誰かの優しさをちゃんとその人のために信じたい、そういう自分を信じられます。
 私がそれを信じられるのは、やっぱりそこにその人が居るからに他ならないので御座います。
 いえ。
 本当はまだまだ完全に信じられるなんてことは無いのかも知れません。
 けれど、それが完全では無い故に、私はだからこそ信じられるように努力する事ができるのです。
 そしてその努力は、私は貴方を信じたい、という自分自身の想いを信じられるところから始まります。
 私はこのフルーツバスケットの言葉を聞いて、
 その始まりが既に自分の中に作られ始めていたのがわかりました。
 それはやっぱり、私のこれまでの思考の歴史が形作ってくれたものなのでしょう。
 
 私はですから、誰かを信じられる人になりたいと願っています。
 そして私の思考的作業がすべて肯定へと向かうことを、改めて後押ししたいと思っています。
 そして、私が誰かを信じる、というよりも、私が誰かを信じられるようになるために努力するのです。
 そして。
 信じる対象は、目の前の誰かだけではありません。
 私自身もその私に信じ「られる」存在でありたいと想うのです。
 誰かの優しさの正否を問わず真っ向から信じる事で、その誰かの力になる事ができるのなら、
 私が私の想いの正否を敢えて疑わずに真っ正直に信じる事で、私自身が得られる力もあるのだと。
 自分のために誰かに優しくするのが偽善だと自身を疑った結果判明したのなら、
 私はそれを受け入れながらもやっぱりそこで偽善なんかじゃないんだよ、って言わなくてはいけないのです。
 私は、自分の中にある優しさや善なる心を認めなくてはいけないのです。
 それがたとえ偽善であるといえようとも。
 なぜなら自らを認め信じられないのなら、
 それは同様に誰かの優しさを認めてあげる事もできないからです。
 なにが大事なのか、という事なので御座います。
 誰かが私の事を優しいと言ってくれるのなら、
 私はたとえ自分はそうではないと思っても、それを受け入れなければいけないのです。
 
 
 
 
 『人は優しさを持って生まれてこないんだよって。』
 
 人というのは優しさというのを自分でなんとか作って育てていく心、良心。
 そうであるからそれは人によって形が様々で、
 だからこそなかなかそれを「優しさ」だと他の人は気づけない事が多い。
 だから余計に注意して見ないと結局その優しさという事は、無かった事にされてしまう。
 自分の優しさの形に照らし合わせて、貴方の優しさは偽善では無いのかと疑ってしまえばそれまで。
 それならばこそ。
 
 『疑うよりは信じなさい、ってお母さんが言っていました。』
 
 疑わないで済むのなら、それに越したことは無いと私は思うので御座います。
 なんの疑問も抱かずにすべてを受け入れられるのなら、なにも考える必要など無いので御座います。
 そこに誰かの優しさの原型があるだけで、それを好奇心と歓びを以て受け止められるのなら、
 もはやそこに哲学的思考は不要なので御座います。
 昔、「哲学とは病気である」と仰っていた方が居ました。
 それはある意味で言い得て妙なので御座います。
 疑問を感じずにはいられないのなら、それを解消できるまでとことん問い続けざるを得ない、
 けれどもし初めから疑う必要性が無いのだとしたら。
 それが思考性を欠いた愚かな存在と、果たして言えるのでしょうか。
 その問いに答える前に、既に私は目の前の誰かを信じるべきだと一歩を前に踏みだしています。
 疑う事で得てきた様々なものをそれでも捨てる事無くしっかりと踏み台にして、
 私は誰かのために私自身の優しさを受け入れます。
 疑って得られるものは確かにあります。
 けれどもう、私はそれには満足できません。
 私は此処まで言っても、きっと自分自身を疑う事をやめられる事は決して無いので御座います。
 疑う事も必要であるという自分を私は捨てられませんし、そして捨てるつもりもありません。
 けれど。
 私はそれ以上に自分を信じる事に力を尽します。
 偽善をそれを善と言い切る力を、私は模索します。
 
 
 自分を信じられるようになる事。
 そして。
 自分が誰かに信じられるようになる事。
 それはとても大切な事だと私は思いますし、
 それは自分と誰かの想いの交換の場を形成するに必須の事であるとも思っています。
 ただ自らの想いの正当性を自分の中だけで問い続けて、
 自分がこれで良しと言えるようになるまで、それを自分の中で暖めているだけなのなら。
 きっと目の前の誰かの想いは、貴方の目の前で凍ったまま立ち竦んでしまっている事でしょう。
 私には、そんな事できないような気がするのです。
 だから、私は私を信じます。
 誰かを信じるために。
 その誰かが、私によって信じ「られる」ようになるために。
 たとえ私の中に優しさなど欠片も無いのだとしても。
 私は自分の中に優しさが芽吹くのを信じながら、それをずっと待ち続けます。
 そしてその信仰が生み出す「優しさ」は、
 やっぱりとても大切にしなければいけないと、私は思うので御座います。
 何事も形から入る、それはつまり形が作る中身もあるという事なので御座います。
 それで良いと、フルーツバスケットの言葉を聞いた私は思えたのでした。
 
 
 
 フルバはいいなぁ、やっぱり。
 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「フルーツバスケット」より引用 ◆

 
 
 

-- 041210--                    

 

         

                                  ■■薔薇人形■■

     
 
 
 
 
 
 『私はそうは思わない。だって、生きることは戦う事でしょ』
 

                               〜 第十話・真紅の言葉より〜

 
 
 
 
 
 
 『目が覚めたら、僕の事知ってる奴なんて誰も居ない。すっきりするだろうな。
  そのまま目覚めなくたっていいくらい。』
 
 『悲しい話だな。そうだろ、そんな理由で作られて戦わされて、お前らの事なんだと思ってるんだよ。
  悲しすぎるよ。』
 
 
 
 ◆◆
 
 あなたにとって、生きるという事はどういう事なのかしらね。
 それはたぶん本質的に私と同じはずなのよ。
 ただあなたは、その事を忘れているだけ。
 私はその事を、あなたに思い出させるためにここに居るのかもしれない。
 ジュン。
 私はたとえ永遠の時間がかかろうと、あなたのその魔法の指先の行き着く先をあなたに与えてみせるわ。
 
 ジュン、私の話を聞きなさい。
 
 
 私達ローゼンメイデンシリーズは、人形よ。
 お父様の理想像であるアリスという少女を模して作られた、それこそまがい物よ。
 そして、本来まがい物であるというその事実を以て、お父様に受け入れられる事は無かったの。
 私達は、あくまでアリスであることを求められたの。
 たとえ今はそのアリスという気高く美しい至高の存在では無いのだとしても、
 私達はそれを目指すことをお父様に願われているの。
 私達は、決してまがい物であることを許されなかった。
 私達は私達で居ることを許されなかったのよ。
 私は真紅という名の前進。
 私はアリスを目指す者としてしか、その存在を許されなかった。
 私達はそのお父様の願いの元、アリスゲームを勝ち抜くことで、アリスを目指しているの。
 ただただ、お父様にお会いするために。
 お父様に相応しい最高の少女になって。
 それはとても名誉なことで、そしてそれは輝かしき未来の姿。
 私がアリスでもアリスを目指す者でも無い、ただのまがい物としての真紅で居る事は有り得なかった。
 それを悲しいと、ジュンは言うのね。
 
 『そうかしら。私はそうは思わないわ。』
 
 私達にとって、自分が自分であることに一体どれだけの意味があったのだと思うかしら。
 私がただの真紅として生きるという事が、それがなんの意味を私に与えていると思うのかしら。
 ジュン。
 私達は人形よ。
 人を模して作られたもの。
 私は、自分が「人形」であることに満足しているわ。
 人形はその模された誰かになることを目指さなければ、ただの木の塊にしか過ぎない。
 私という存在は、私がなにかをしたいと願う、その事以外にその存在理由を持たないの。
 いいこと? ジュン。
 私達は、人形なの。
 だから私は人では無いの。
 私は、人を目指す者なの。
 そこにしか、私が生きるということの意味は無いのよ。
 その事こそ、最も悲しいとジュンは言うのね。
 
 『そうかしら。私はそうは思わないわ。』
 
 そんなに、私が私として生きられない事が悲しいかしら。
 それはつまり、私は私のために生きるべきだという事かしら。
 ジュン。
 あなたは、もうそれが嘘だということを身を裂かれるほどの痛みと共に知っているわね。
 私達は、私達が生きている事など全く認識しない。
 そもそも私達には「死」という概念が無いわ。
 私達はただ少しの間眠って、そしてまた目覚めと共に戦いを開始するだけだもの。
 だから私達には「生きる」と名付けるものなど最初から無いのよ。
 いいこと? ジュン。
 生きるために生きていることなど、有り得ないのよ。
 なにかをするために、私達は生きているのよ。
 ジュン。
 あなたはあなたのために生きているのかしら。
 あなたのその美しい先は、いったいなんて言っているかしら?
 聞いてご覧なさい。
 もっともっと、自分の体に耳を澄ませご覧なさい、ジュン。
 あなたの中に灯るのは、それは生きるという執着だけでは無いはずよ。
 あなたも私達と同じく、なにものかになりたいとなによりも強く強く願っているはずよ。
 ジュン。
 あなたはいつまでただの人でいるつもりなの?
 
 
 
 『ジュン。あなたはもう少し誰かのために働くべきよ。』
 
 
 
 
 私は目覚めるために眠っている。
 目を開けると其処にはいつも、眩しいばかりに光り輝くアリスの姿がある。
 私はそれを見つめている。
 其処に、真紅は居ない。
 其処に居るのは、アリスだけ。
 其処に居る者を見つめている私が居るだけ、とは私は思わない。
 私はなにかを見つめている者である以上に、その見つめている対象でありたい。
 其処に私が居る乖離感。
 目の前に自分が居る悪寒が私を苛む事が無いなんて、決して無かったわ。
 ジュンが私達の運命を悲しいと言うのなら、きっとそうね。
 でもね、ジュン。
 それがなんだと言うの。
 その悲しみがなによりも勝っていたとしたら、それがどうだと言うの?
 いいこと? ジュン。
 そうであるのなら、私達はその悲しみに戦いを挑むだけよ。
 「人形」に悲しみなんて、無いのよ。
 人形を抱いて、悲しみの涙を誰かが流しているだけ。
 だから私達はその涙を振り払うの。
 たとえ、その人形を抱いて涙を流しているのが私であろうとも。
 「私」はあくまでその抱かれている人形なの。
 人形はそして、人になるのを目指すの。
 私は最高の少女、アリスを目指すために生きている。
 私が私にできる事があるとすればそれは、
 私を抱いて泣いているその私という「誰か」を憐れんであげるだけ。
 私を抱く者のためにしか、私はなにかを思うことはできないの。
 だったら私自身だって、それは例外では無いわ。
 そして。
 私はだから、お父様のためにアリスを目指す。
 ただただ、お父様のために。ただただ、お父様のために。
 私はアリスゲームを終わらせるために戦う。
 でもきっと、それは私の終わりでもあるのだと思う。
 私が完全であるアリスになってしまったら。
 それ以上を目指す必要の無い、完成品としてのアリスになってしまえば、
 それこそが私の「死」になるのかもしれない。
 
 でも、それがなんだと言うの?
 
 私が私の終わりを目指す事の何が悪いの?
 終わりがあるからこそ、私達はそれを目指せるのよ。
 そして目指す者としての私達が居られるのよ。
 私達は、ネジを巻かれなければ目覚める事は無い。
 『誰かがネジを巻いてくれなければ、そのまま永遠に目覚めないかも知れない。』
 だからといって、私達は眠りにつくことを恐れたりしない。
 きっと誰かがネジを巻いてくれると信じているから。
 私がそれを信じているからこそ、私は終わりを目指せる。
 安心して眠りに付くことができるの。
 そして。
 アリスになることが私の死だとしても、私はそれを恐れたりはしない。
 それはなぜかわかるかしら。
 馬鹿みたいな言い草かもしれないけれど、私は死んでも死なない、と思っているからなのよ。
 目指すものが無くなって、お父様の願いをそれ以上叶えてあげる事が無くなったとしても、
 そこにお父様が居る限り、私はまた必ず私の目の前に「アリス」を作り出す事ができるのだから。
 
 いいこと? ジュン。
 
 
 人形は、決して人にはなれないのよ。
 
 
 完全に完璧な存在になることなど、絶対に有り得ない。
 アリスにも必ず何処かに欠陥がある。
 どこかしらに、お父様のお気に召さない箇所があるのよ、きっと。
 案外、アリスにも球体関節があったりするのかもしれないわね。
 そうしてまた、私達は次なるアリスを目指すの。
 ええ、そうなの。
 それは、たとえお父様が完全完璧なこれ以上無い最高の少女だと認めたとしても、なのよ。
 人形にも、意地があるの。
 お父様がお前はもう人間だよと言った瞬間に、私はこう言うのかもしれない。
 「私はそれでも人形です」って。
 私はお父様が居る限り、アリスにはなれないのかもしれない。
 でも。
 そうであるからこそ、私達はずっとずっと戦ってこれて、
 そして来ないかもしれない朝を目指して眠りに付くことができたのよ、ジュン。
 私は、真紅という名のアリスを目指して戦う者。
 私からアリスを奪うことができるのは、私だけ。
 そしてそのアリスを目指す私というものは、お父様のために生きている。
 そのお父様への愛は、勿論まがい物かもしれない。
 私はたとえお父様がもう充分と言ったって、私の優しさのぬくもりを押し付けるかもしれないのだし。
 結局は、私の自己満足にしか過ぎない愛なのかもしれない。
 でも、それでいいの。
 それでいいのよ、ジュン。
 なにごとも、そこから始まっていくのだから。
 その自己満足を、それが自己満足などでは無いと言い切れる強靱さを身につけられる、
 そうなれるように努力していけばいいのだから。
 愛や優しさは、それ自体が当人の思い込みなのよ。
 だから、あなたは。
 その思い込みを、ただの思い込みでは無いと言えるようになりなさい。
 あなたの持て余している優しさを丸ごとぶつけて、
 その繰り返しによって、そのあなたの優しさのカタチを錬磨していきなさい。
 
 
 ジュン。
 あなたにはもう、自分の優しさを疑っている暇は無いわ。
 
 そしてあなたは、戦わなくてはならない。
 あなたがあなた以上の存在になるために。
 そして。
 あなたのアリスを求めているあなたという「誰か」のためにも。
 
 ジュン。
 誰かに求められる事を恐れないで。
 ジュン。
 誰かの求めに応じようというあなたの中のあなたを求め続けて。
 ジュン。
 あなた自身もあなたの前進を求めることを決して諦める事ができないことを思い出して。
 
 ジュン。
 あなたのネジを巻くのは、いつだってあなただけに許された最愛の特権なのよ。
 
 
 『その指はきっと、魔法の指だわ。今に王女のオーブだって作れるわ。』
 
 
 
 私は、ジュンを信じている私を信じるわ。
 
 
 
 
 
 
 だから・・・・
 
 
 
 
 
 
 『さようなら・・・・ジュン。』
 
 
 
 
 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

 
 
 
 

-- 041208--                    

 

         

                             ■■甘えの独立が向かう先■■

     
 
 
 
 
 
 本田透は前向きな人だ。
 にも関わらず、この人のポジティブな「決心」の言葉を聞く度に、
 私はその中に必ず伴う哀愁があるのを感じてしまう。
 いや、感じられるようになった。
 
 女手ひとつで今まで自分を育ててくれた母を亡くし、
 そして世話になっている父方の祖父の家が娘夫婦と同居することになった際に改築するので、
 その間友達の家に居させて貰えと云う話を承諾するも、
 近しい友達に迷惑をかけられないと考えた結果、独りでテント生活を送っている女子高生、本田透。
 生活費もバリバリとバイトして稼ぐ。
 しかしそのようなこの人の生活の実態を知る人は存在しない。
 本田透は己の努力を他人に見せない事に、全力を注ぐ。
 本田透の苦労を知る者は、だから居ない。
 本田透は、ただ黙々とまわりの人達のために働き、生き、そして自分自身を前に進ませる。
 それはずっとずっと昔からそうだった。
 母に対してもそうだった。
 いや、母に対してこそ、そうだった。
 自分のために一生懸命働いてきてくれる母のために、自分もなにかしてあげたいと、
 風邪をひきながらも家事の手伝いをしてきた幼い日々。
 母がこれだけ頑張っているのだから、だから自分も頑張らなくては。
 その自らの努力を誇ることを、本田透は決して学び取らなかった。
 本田透は、その自らの努力が確かに母のためになっている事を確認するだけで、
 絶対に母の中の自らの評価の上昇を確かめたりする事などはしなかった。
 しなかった、というより。
 そんな事に、興味は無かったのだ。
 本田透はその事に興味とそれを得る欲求を自身の中に育てる事が無かった。
 
 だが、本田透は決して無私の人では無い。
 本田透は自分がしていることを評価しないかわりに、
 自分のしていることが人に対してどのような影響を与えるのかを良く知っている。
 自らが前向きにポジティブにそして笑顔で頑張っていれば、それでお母さんも元気になれると。
 そして自分はその母の笑顔を見るのがなによりの楽しみだと。
 本田透は、母のために生きていた。
 そして自分を生きるために、母のために生きていた。
 おかあさんの笑顔をみるために。
 貪欲さを見事に裏打ちした誠実さをフル稼働させて、
 本田透は確かに母と自分を前へ前へと進ませていた。
 本田透の母の感謝の声が私にははっきりと聞える。
 そして。
 本田透は慚愧の念を捨てられない。
 母に最後に今までありがとうと言えなかった事を。
 自分の笑顔で母の最後の朝を送り出してあげられなかったことを。
 だから本田透は決して止まらない。
 母へと注いだ全力の献身行為を誰かに捧げることをやめられない。
 本田透の行為は贖罪であるとともに、赦しなど最初から求めてはいない。
 本田透の中で、母の死はとっくの昔に終わっている。
 本田透の中で、母は新しい誕生を迎えている。
 あのとき言えなかった「いってらっしゃい」を、目に見えないたくさんの「母」に言い続けるために、
 だから本田透は決して母の死に囚われてその場に蹲ることはしない。
 本田透の献身の対象に、もはや選別される余地は無い。
 本田透の全力必中の想いの向かう先は、本田透の目の前に現われたすべての人々だ。
 父方の祖父に対しても、その娘夫婦に対しても、近しい友達の花ちゃんと魚ちゃんに対しても、
 テント暮らしを見かねて家に置いてくれた同級生の由希とそのイトコの紫呉に対しても、
 そして道行くひとりひとりの人々に対しても、自らが介入できる余地があるとみれば、
 おのが力の燃え尽きるまでその人のために尽そうと考える。
 否。
 力が燃え尽きても、本田透は止まらない。
 それがどういう事かを考える必要性は、はなから本田透には備わっていない。
 本田透は誰かのために生きることで自分が生きるための糧をそこから削りだしている。
 そして。
 今の本田透の努力を受け止め、それと同じかそれ以上の返礼を以て本田透を遇する者はいない。
 本田透は変わらぬ母への愛を周囲に惜しみなく振りまいても、誰も決して振り返ってはくれない。
 自らの切実な努力の結晶を決して発露することなく、自らのうちで暖めていく事などできないゆえに、
 本田透の努力は未来永劫どこにも行き着けずに宙を漂っている。
 凄く恐ろしいことだ。
 凄く哀しいことだ。
 そして、すごく虚しいことだ。 
 
 だが。
 
 
 
 『すごいなんて言うのは、透くんに失礼だよ』 by紫呉
 
 
 
 本田透は笑っている。
 自らの内で囁く寂しく哀しい想いを振り切りもせずに、
 慎重に、しかし軽やかに伸びやかに前へとその一歩を踏みだしている。
 それは本田透にとっては、当たり前の事。
 本田透にとっては、周囲の反応が二次的な目的物にしかならないことは明白以上。
 誰がなんといおうと、誰もがなにも言ってくれなくても、決して笑顔で頑張ることを諦めない。
 本田透から、「母」を奪うことなど不可能だ。
 本田透から、その献身の対象たる「他者」の存在を消し去るなど、なんぴとにもできはしない。
 本田透の前進を止めることなど、絶対不可能なのだ。
 だから私は彼女をすごいだなんていわない。
 彼女は当然の事をしているにしかすぎない。
 彼女がどんなに苦痛を寂しさを感じながら血の滲む努力をして誰かに尽そうと、
 彼女は決してその努力を誇らないのだから。
 彼女にとっては、誰かに誠心誠意尽すのは当然の事なのだ。
 そしてそれは彼女のスタートラインにしかすぎない。
 もっと、もっと、もっと誰かのためになりたい!
 私はその彼女の想いを特別なものとして扱い、
 自らをそれに追随させないで良い言い訳を自分の中には作りたくない。
 彼女は特別なんだから、私がそこまで必死になる必要は無い、なんて言わない。
 私は彼女の努力を、彼女の努力だけで終わらせたくはないと想う。
 紫呉も由希も、きっとそう想ったに違いないと私は思う。
 自分達も、彼女を見習わなくては。
 そして。
 彼女の献身的行為の対象に本当に相応しい、自らも誠心誠意を以て応じられる存在になるべきだと。
 本田透を、独りにさせないために。
 ひとすじの炎だけで燃え続ける哀しみを無くすために。
 本田透が、自らの献身を再び自らに還元できるように。
 彼女を自分達に甘えさせたい。
 魚ちゃんと花ちゃん、そして紫呉と由希の想いは同じ事だろう。
 彼女が彼らのその想いに甘んじられるようになったとき、
 本田透はしっかりと独り立ちすることができるだろう。
 この世界の中の人々と、しっかりと繋がりあって。
 その先にあるものが、さらなる献身と誠意の交換と、
 そしてなにものにも負けない前進への力を与えてくれるだろう。
 
 
 って思ってしまった訳だけども。
 要はそう考えられて自分も前に進めるようになれれば、それが一番じゃない?ということさ。
 風邪なんかで寝てらんないんだよ!
 うん、頑張る。もう頑張る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 具体的には絶対秘密。 (←逃げ道は用意しておく人)
 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「フルーツバスケット」より引用 ◆

 
 
 
 
 P.S: 月詠感想は不定期更新ということにしました、っていうかどうしても書きたくなった時だけ書きます。
 
 

-- 041203--                    

 

         

                                 ■■薔薇檻愛■■

     
 
 
 
 
 
 『ぼ、僕だって、へろへろのお前を放っておけるほど、落ちぶれちゃいないんだよ!』
 

                          〜 第九話・ジュンの言葉より〜

 
 
 
 檻がみえる。
 自分がその中にいるのを見ているボクが居る。
 ボクはボクがその檻の中に自ら入っていくところから、一部始終見ていた。
 ただなんの感情も無くそれをみていたと、今のボクはそう言う。
 ボクのまわりには誰も居ない。
 誰に聞かせるでも無く、ただボクは。
 ボクの意志で檻の中に居るのだと呟いていた。
 
 隙間だらけの鉄柱の囲いの中で、伸ばせる指先だけを存分に伸ばして、
 外にいるはずの誰かの影のぬくもりを確かめていく時間だけが過ぎていく。
 ボクをこの檻の外に出すことはできない。
 この檻を作り、そしてその中にボクを入れたのもボクだというのに。
 『ここには、なぁんにも無いよ。』
 真っ白な空白の面積の広がりに安堵している事が、それがどれだけ恐ろしいことなのか、
 それを知らないボクだけを、この檻の中に閉じ込めて暖めていくことなどできないのに。
 それなのにボクはどうしてもやめられない。
 ボクを檻の中に置いて、絶え間なく檻の外へと指先を伸ばすことを。
 ボクは、なにも欲しくないのじゃない。
 ボクは、安全でいたい訳じゃない。
 ボクは伸ばす指が裂けて燃え尽きても欲しくて堪らないものがあるんだ。
 ボクはこの檻の中で激しい死を迎えても構わないくらいに、求めてるんだ。
 檻の外に広がるものを。
 ボクはだから、決してこの檻を壊すこともこの檻から出ることも、無い。
 
 
 ボクに迷いなど無い。
 ボクは苦しんでなどいない。
 ただボクはボクで居ただけだ。
 ボクはボクで居る事に努力を支払ったことなど無い。
 ボクにとってはボクが此処に居ると云うことは、あまりに当然な事だった。
 だから。
 だからボクはいかなるボクという存在をも創ることなど、出来ない。
 その事をわかっている、と檻の中のボクを見つめているボクが認識したとき、
 ボクの周りの生暖かい微風は凝固し、そして安っぽい檻となった。
 囚われたボク。
 それをみて得る感情など、ボクには無い。
 ボクはボク自身を憂うにはもう、あまりに自覚が足りない。
 だって。
 ボクというのは、ただなにかを求める指先でしかないのだから。
 その指先が伸ばして掴んだものを与える対象でしかない檻の中のボクなど、ボクにはなんの興味も無い。
 ボクはただ目の前にどこまでも広がっていく外の世界に、その意識を集中させていくだけなんだ。
 ほら。
 この居並ぶ鉄柱の向うには、懐かしくて愛するあの人がいるじゃないか。
 
 
 
 ただいま、マスター。
 
 
 
 ◆◆
 
 ボクはマスターの夢の中に来た。
 ボクはマスターのものになっても構わないと、マスターの所有欲の虜となった。
 ボクはなにを望んでいるのだろう。
 これがマスターにとって良い事な訳が無いくらいわかっているだろうに。
 ボクは絶望したのだろうか。
 ボクはもうマスターは治せないと諦めて、マスターと最後を共にするために此処に来たのだろうか。
 わからない。わからないよ。
 ボクはこの疑問に力を与えることがどうしてもできない。
 ボクはこの問いに答えるために生きてるのではないのだからなのかもしれない。
 ボクが此処に来たのに理由なんて無い。
 ボクは。
 ボクはね、翠星石。
 
 ボクが此処に来た理由を、どうしても誰かに言って欲しかったんだと思う。
 
 ボクが此処に来た理由をボクが言うことだけは、絶対に出来ないんだよ。
 それだけはボクにはできないんだよ。
 ボクは助けてなんていえない。
 ボクがマスターのために命を捨てようとしてるなんていえない。
 ボクは絶望してるなんていえない。
 ボクは絶対に諦めずにすべてを賭けてマスターを救いたいだなんていえない。
 ボクがマスターの奥さんを目覚めさせる事ができれば、マスターの孤独を癒せるなんていえない。
 ボクは。
 ボクは。
 ボクは。
 翠星石に迷惑をどうしてももうかけられなかったんだ。
 そして。
 ボクにはどうしても翠星石を求めることをやめる事はできなかったんだ。
 ボクがどんなところに居ようと、ボクがどんな存在であろうと、ボクがなにをしようとしていようと、
 ボクは助けを求めることをやめられずに、そしてだからボクは黙って此処に来た。
 ボクは君にどうしても見ていて欲しくて、ここに来たのかもしれないんだよ、翠星石。
 ボクは諦められない。
 ボクはマスターを見捨てられない。
 ボクはそしてボクを見捨てられない。
 ボクはボクのまま、マスターへの救いを求める。
 ボクはどうしても翠星星の元へいくことはできない。
 ボクはどこまで行っても、ボクなんだから。
 
 だからボクは、どこまで行っても君を求めることも決して諦めないんだ。
 
 
 
 
 ボクの現実を誰かに話して聞かせたい欲望を叶えるために、
 ボクは必ずボクの口を閉じる。
 ボクの欲望を叶えてくれるのは、いつだってボク以外の誰か。
 ボクはボクの檻の中で独りで愉しみに耽る事に興味は無いから。
 ボクは常に檻の中から伸ばすボクの必死な指先で、誰かから与えられた幸せを愉しむ。
 だから。
 だからボクは檻の中に居る。
 だからボクは。
 だからボクは、檻の外の人の背中をなによりも優しく撫でてあげる事ができる。
 そしてだから。
 ボクはボクの檻の外に在る誰かの檻の中に居る誰かの指先に、幸せを持たせてあげる事もできる。
 そういうボクの姿を肯定する必要は無いんだ。
 それはボク以外の誰かの仕事。
 ボクはその誰かが認めてくれたボクの姿をとても大事になぞって生きるだけなんだ。
 
 
 ボクはマスターの望みを叶えたい。
 でも、ボクは決してボクをやめられない。
 
 
 当たり前の事なんだよね。
 ボクはボクの哀しみを認めてくれる翠星石が居る限り、どんな事があっても死なないよ。
 ボクが求めたボクが生きている理由をくれる人のために、ボクはどこまでも頑張れる。
 ボクはボクであるために、強く強く生きられる。
 ボクは決してボクのためには生きられない。
 ボクは絶対にボクの決めた生き方に力を尽すことはしない。
 マスターを救いたい理由を、ボクはいちいち考えていたら駄目だったんだ。
 ボクに一番必要だったのは。
 翠星石の助けを得て、ただただマスターを救うことだったんだ。
 ボクの意志をボクが保証してたら。
 『それじゃあ、じいさんはどうなるんだよ。』
 そうなんだ。
 ボクはボクの哀しみに囚われているボクを眺めていては駄目なんだ。
 独りぼっちのボクを見ている限り、ボクはマスターを救えない。
 ボクがボクだけの力を尽して、ボクの信念を貫き通してそれに殉じて死んでもなんにもならない。
 
 ボクはマスターと一緒に死にたいんじゃない。
 ボクはマスターと生きたいんだ!
 
 
 
 
 『おとうさんだって、寂しいんだぞ。
  おかあさんはまだ、生きてるんだ。』
 
 そのとおりなんだよ、翠星石。
 ボクは全然諦められない。
 ボクはね、こう思うんだ。
 ボクの体という檻にボクは閉じ込められている。
 でもこの体があるからこそ、ボクはこうして前に一歩踏み出せるんだよね。
 ボクは絶対にこの体から抜け出せないけど、でも檻の中からいくらでも指を伸ばせるんだ。
 ボクはどんなにボクに閉じ込められようとも、それで全然構わない。
 ボクを檻の中に居させたいのなら、それでも別にボクはいいんだよ。
 ボクを縛り繋ぎ止め囚われの身としようとする如何なる力にも、ボクは従順に屈しよう。
 それで、いいんだ。
 だって。
 
 
 
 
 
 ボクはこの檻の中から指先を伸ばせぬほど、落ちぶれては居ないんだ!!
 
 
 
 
 
 目の前で助けを必要としている人を放っておく事などできない。
 ボクはボクのできる全力を以て、その人を助けたい。
 そして。
 ボクはそのボクの力を、誰かにその救いの援助を依頼する事に注ぐ事を恐れない。
 だから、翠星石、ありがとう。
 すべて、君達のお陰だよ。
 ボクがこんなに頑張れたのは。
 君達が檻の外で微笑んでいてくれたのだから。
 君達が其処に居てくれたから、ボクは此処に居ることができたんだ。
 ボクの愛するボクの檻。
 ボクは求めるもののためにこの檻を決して壊さない。
 そして。
 ボクは君達を守るために、この檻から伸ばす事を絶対に諦めない。
 それができるのなら、ボクはこの檻の中で死んでもいい。
 たとえそれが、孤独と呼ばれるものであったとしても。
 
 
 
 
 『おとうさんとおかあさんに伝えてくれるかな?
 
  どこに居たって、ボクはずーっとふたりと一緒だよって。』
 
 『いいのね?』
 
 『ぼくは・・・・・大丈夫。』
 
 
 
 
 だって目の前には、大好きなマスターと翠星石が居て。
 そして。
 おじいちゃんとおばあちゃんとお姉ちゃんが居るのだから。
 
 その中に蒼星石が居ることを、ボクはよく知っている。
 
 
 
 
 

                         ◆ 『』内文章、アニメ「ローゼンメイデン」より引用 ◆

 
 

-- 041201--                    

 

         

                                 ■■陽動作戦■■

     
 
 
 
 
 
 月詠モード。理由は無いの。
 路線変更を試みているとこれは解釈するべきなのか、
 それともただ適当なのかと迷うこと2.5秒にしてどうでも良かったので普通に視聴開始。
 ネコミミモードでも月詠モードでも私の瞳の中には主にエルフリーデさんしかいないので、
 特に変化も無いんだにゃー。
 ていうか伯爵とオジイサマが肉弾戦開始。
 地味。すっごい地味。
 そしてエルフリーデさんの罠にハマる伯爵。
 弱っ。
 と思ったら倒されたのは虚像らしくて本物を別で強くてはいピンチ。
 伯爵強っ。
 ほんとに伯爵の暇潰しで終わっちゃってるあたりなかなか楽しい。
 そしてエルフリーデは伯爵の魔の手に。あーあ。
 ご老体の方もボコボコでもうお手上げ。
 お年寄りの苦悶の表情で愉しまないでください、伯爵。
 伯爵が戦ってる隙に葉月の元にいった耕平もあっさり陥落で、
 なんかもうエルフリーデさんの詰めと読みの甘さが悲しいくらいにキマってます。
 で、洗脳され気味の葉月が耕平の胸に指をぶっ刺します。
 うわぁ。
 まったく耕平の存在感が感じられない事を思い知らされたところで、
 葉月号泣。
 耕平瀕死。
 そして伯爵は耕平の存在が絶対に許せないらしいのでトドメ刺す勢いの所で間一髪。
 おじいさま達が救援にかけつけます。
 あ、伯爵が飛んでいきました。
 ていうかエルフリーデさんをちゃっかりお持ち帰りとは、次回あたりが怖いことになりそうです。ぶるぶる。
 なんかもう耕平よりエルフリーデさんの運命が気になって仕方無いところなのですが、
 耕平が病院に普通に運ばれて緊急オペ開始って。
 地味。すっごい地味。反則。
 葉月がわけわかんない力でパパっと治すとか、
 おじいさまが呪文ぶつぶつ唱えて生き返らすとか(死んでません)、そういうの無いの? ねぇ?
 こういうところで普通な手続きを取られるとあれっ?って感じがしてしまうのだけどうんどうでもいい。
 あーもー。
 お兄様、私、月詠飽きちゃったー。
 
 
 ふる、ふる、ふる、むーん。 (特に意味は無いと思います。)
 
 
 

 

 

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