~アニメ『マリア様がみてる』最終話「ごきげんよう、お姉さま」感想

 

-- 040401 --                    

 

         

                           ■■マリア様はみてる、貴方を■■

     
 

 

 
 
 
 
 『隠さなくてはならない。けれど一方では見つけて欲しいと願ってる。誰かにわかってほしいと。』
 

                                  ~ 最終話の静様のセリフより~

 
 
 
 
 恐ろしい空が、優しく待ちかまえている。
 私はただなにもできずに、それでいてなにかをしながらその空を見つめている。
 優しさの漂うささやかな光の内に居ること。
 それがどんなことなのか、考えることなんてできない。
 私の靴先から溶け出していく不安を、ただ体の中に押しとどめておくので精一杯。
 悲しいんです。
 なにも悲しいと思えない自分を感じるときに。
 なにもかも全部、悲しみに投げ出してしまえない自分が、其処に居る。
 さざめく陽光を言葉に換えて、懸命に見えない悲しみを隠してみても、
 なぜ自分がそれを隠すのか、それがわからない悲しみは止まらない。
 止まらなくて、止められなくて、それなのに涙はずっとずっと止まったまま。
 私は泣きたいんです。
 でも、泣けない。
 泣くことができなくて、そしてなによりも泣きたくなくて。
 心をさらけ出すことの恐ろしさを肌に浸み込ませて、靴先をきつく綴じ合わせる。
 恐ろしいのじゃない。
 私はただ、なにもわからなくて。
 わからないのに、なにかを少しづつ積み重ねていって。
 その積み重なっていくものに、私は自分を押し潰させていた。
 全部、全部私が悪いんです。
 そう考えながら、邪な懲罰を与え続けて、そしてそれと引き替えに私が此処に居て良い理由を得ていた。
 私はそのことは、どうでも良いと思っている。
 それが冒涜であろうとなんであろうと。
 だって、私にはそれが冒涜であるのかどうかすらわからないのだから。
 
 なにかを見つめ続けているのか、なにも見ていないのか。
 それすら、私にはわからなくて。
 わからない、ということもわからなくて。
 私のこの瞳に映っていく景色は、なんなのだろう。
 私は、お姉様が好き。
 好きだから、幸せ。
 でも、私にはその自分で築いた言葉の意味がわからない。
 もしお姉様が好きでそれが幸せの証しなのだとしたら、この瞳の中の世界はなんだというのだろう。
 静様は、いったいどういうモノなのだろう。
 わからないんです、私は。
 もし、ロサギガンティアが存在しなかったら。
 私の瞳に映る美しい景色はどうなってしまうというのだろうか。
 お姉様が居なければ、私にとってこの空の優しさというのは、やっぱりとても恐ろしいものなのだろう。
 そして、お姉様が居るこの世界はつまり、お姉様の世界でしか無いのだろう。
 私はだから、たぶんなにも見ていない。
 私の瞳の中に広がるのはただ、永遠の闇だけ。
 風に身を委ね、髪を靡かせ青空の優しさを感じながら、この瞳にはなにも・・・なにも無いのです。
 嗚呼・・・・静様の歌が聞えます・・・。
 でも・・・でも・・・静様の歌の優しさが・・・私には見えません・・・。
 こんなに・・こんなにも優しくて優しくて泣いてしまえる歌なのに・・・・。
 どんなに目を凝らしても、どこまでも広がる絶望が静様の向う側で嗤っています。
 
 私の小さな心の隅まで照らしてくださった静様の優しさ。
 簡単なものを難しいと言い、難しいものを簡単という言葉に換え続けていた私の心を、
 とても当たり前のように私に見せてくれた。
 隠さなくてはならない。けれど一方では見つけて欲しいと願ってる。
 誰かにわかってほしいと願い、そしてだからこそ隠したくて堪らない私の心。
 その仮面を被り続ける事が拠り所で、そしてそれでも素顔を誰かにわかって欲しくて堪らなくて。
 その様はあまりに浅ましくて、だから私は仮面を被ってその醜き素顔を覆い隠す。
 私は、私の醜さを許すことはできなかった。
 醜い自分を誰かに見せるなんて、もっともっと嫌だった。
 泣いている姿を見せるなど・・・。
 強がりなんかじゃないわ。
 私はただ、泣いている自分の姿を見られるのが堪らなく怖かっただけ。
 自分がなにもわからない、ということがなによりも恐ろしかった。
 泣くことも、泣けないことも、みんなみんなただ怖かった。
 その怖さが私の瞳の中を涙で埋め、そしてその涙はこの瞳を堰き止めた。
 だから、なにも見えない。
 なにもかもを感じていながら、なにもかもが見えない。
 わからないんです、なにもかも。
 わからないから、なにもかもを言葉に換えようとした。
 言葉に換えて、なにも無いはずの景色にカタチを与えようとしたのです。
 でも、出来上がり始めたその世界のカタチはあまりにもいびつで、そしてなによりも醜かったんです。
 私の中の醜さがすべて溶け出した、おぞましい光景。
 私は真面目で賢くて、優等生、なのだそうです。
 私は、もはやそれを笑う事ができません。
 私にはもはや、それは恐ろしいみなさんからの嘲笑としてしか受け取れません。
 なにが賢いというのでしょう。
 すべてを言葉に換えて、きっちりとおぞましく描ききった淫らな絵が描けることがそんなに賢いのですか?
 私は、なにもわからないんです。
 私にはこの目の前に歴然としてあるものがわからなくて、
 だから必死に偽物の世界を造り上げようとしているだけなのに。
 アヴェマリアの重さを靴先で踏みしめた大地のぬくもりと共に確かに感じていながら、
 ただのひとつもその素晴らしさを言葉に換える事さえも出来ていない私の、どこが優等生なのですか。
 私が唯一出来ることの言葉の羅列なんて、ほんとうになんの意味があるというのでしょう。
 嗚呼、ほら、空はあんなに私を嗤って・・・・・
 
 
 
 
 私は、だから空を無視している。
 私はだから、そんないやらしい空に縛られたくはなかった。
 私のいやらしさをすべて吸い込んで目一杯膨れあがった淫靡な世界になんか。
 あの空が嫌い。そして私の心も大嫌いです。
 私は空に見られたくなくて、私からも逃げ出そうとした。
 けれど逃げ出すことなど出来ないから、だから私は私の言葉で私のカラダを包み、そして仮面を被った。
 そして世界に言葉をかけて造り替え、そして世界にも仮面を被せた。
 だから、なにも見えない。
 なにも見えていないのに真摯に真っ直ぐに瞳を凝らし、それを真面目だと言われました。
 だから、私はそんな事を言う人達からは離れていきました。
 人を外側だけで判断するだなんて。
 入れ物を見て、中身までわかった気になるなんて。
 あの空を見て、私がわかるなんて。
 嘘、嘘、嘘です。
 でも、静様は全部わかっていました。
 私が描いた空が、私の中の色を使って描かれていたことを。
 そして。
 私がただなにもできずに、それでいてなにかをしながらその空を見つめているということが、
 それが同時にその空が私に対してもとてもたくさんのことを為していっている、ということを。
 たとえ私にはあの空が見えていなくても、空があると私が感じている限りそれは私に影響を与え続ける。
 と同時に、たとえ私が私の姿を空の下から見失ったとしても、私は世界に私の色を描き加え続ける。
 私はどうしたらいいのか、ほんとうにわからなくなってしまいました。
 わかっていたことだったんです。
 私が此処に居るということがどういうことかを。
 なによりも強く強くこの世界の存在を感じているから、私が此処に居るということを。
 そして私が此処に居るということを感じてしまえばしまうほど、この世界が無くなることもないということも。
 どんなに無視しても、逃れられないということを知っていたのだからわかっていて当然の事なのです。
 私は、全部を切り離して考えたかった。
 入れ物と、その中身とを別々に。
 でも、それは違ったんです。
 私が居るから世界がある、でも世界があるから私が居る。
 私は、ほんとうにどうしようもなくなりました。
 私が居て、だから世界もあるのに、なのにまだそれがどういうことなのかわからない。
 すべてがあまりにもはっきりしているのに、
 静様は私の愚かな仮面と素顔をすべて見せてくださいましたのに、
 それなのに・・・私は・・・・・私の瞳には・・・なにも・・・なにも映らないんです・・・!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 お姉様・・・・お姉様!?
 
 
 
 
 
 
 
 『どうして・・・・お姉様・・・私・・・!』
 お姉様に会いたくて会いたくて・・・。
 一瞬前まで、お姉様の姿なんて私の中に無かったのに・・・なのに・・なのに!
 もう、お姉様の元に倒れ込むしか無かった。
 私にはもう、止められなかった。
 絶対に絶対に、そして止めたくはなかった。
 気づけば涙が溢れて、私のカラダと一緒にお姉様に向かって走り出していたのです。
 誰も居ないとずっと昔思っていて、或るときからは其処には誰かだけが在って、
 それなのに今、あの誰も居なくて誰かしか無いはずの空っぽの薔薇の館にお姉様が・・・。
 私・・・私はもうなにも考えられずにお姉様に飛び込んだ。
 想いをすべて吐き出して、泣きました。
 ぜんぶ、ぜんぶを私の中から懸命に絞り出して必死になって泣いたのです。
 取り乱した醜さも、そして今まで仮面を被っていた浅ましさへの羞恥さえも頭の中から消え去って。
 いいえ。
 醜さや、浅ましさ、そういう事に対する私の悲しみさえもすべてお姉様にお見せしたのです。
 恥ずかしかった。でも、その恥ずかしさと共に在り続けた悲しみを全部投げ出したのです。
 ほんとうに、全部・・・・。
 私のカラダの事も、セカイの事も、全部全部涙で示して。
 私が愛して憎んで羨んで求めて悲しんだ事のすべてを、お姉様に。
 誰にも言えなかった、言わなかった悲しみをお姉様に。
 
 この世界が全部お姉様のものだとしたら。
 私はそれでいいのだと、初めて思いました。
 だって、私にはもうわかっていることがあるのですから。
 私が居るから世界がある、でも世界があるから私が居る。
 お姉様が居るから私が居る、でも私が居るからお姉様も居る。
 私がどんなに世界を蔑ろにしていても、私の中身は外に溶け出していて、
 そしてまたお姉様の中身もこの空の下にずっと広がっていっている。
 お姉様が世界を作っているのだとしても、お姉様が世界の持ち主なのだとしても、
 私もまた絶対にこの世界に一色を描き込んでいるのです。
 それは、ただそれだけじゃ私にとってはただの言葉にしか過ぎなかった。
 でも、でも。
 お姉様に抱かれて、私はわかってしまったのです。
 嗚呼、お姉様は空の中で私をいつも見守っていてくださるのだって。
 そして私の瞳の中に残影を示すその美しい世界の景色もまた、私の外側で輝いていて。
 マリア様が、私をみていてくださいます。
 私の瞳の中には、確かに、確かにお姉様と、涙が止まらないほどに美しい世界の姿があったのです。
 マリア様が、空の上で微笑んでいらっしゃいます。
 私の邪な絵と言葉では決して描くことも綴ることも出来ない、お姉様とあの空のぬくもり。
 私とは決してひとつにならないで、絶対に其処に居続ける純然たる存在。
 すべてがマリア様の下に広がっています。
 私はひとつだけど、独りじゃない。
 そして本当はひとつじゃなくて、独りなんです。
 私は世界を私にすることは出来なく、そしてだからこそ独り。
 でも独りだからこそ、だから其処に誰かが居る。
 世界が在って、そして・・・・お姉様が居る。
 お姉様・・・。
 
 
 『でも、その一歩が踏み出せないんです』
 
 
 お姉様は居なくなってしまう。
 お姉様が居なくなれば、この美しい世界もまた醜い私の色だけに染まってしまう。
 けれどお姉様の色は、絶対にこの空の下から消えることは本当は無い。
 マリア様が空の上で私達を見ていてくださる限り。
 でも。
 それがわかっても、どんなに泣いてみても、私の背中にはずっしりとずっと消えない重みがある。
 どうしてもおろしてしまうことのできないモノ。
 私が今まで歩いてきた道の呪い。
 私は、私を先に進ませる力を持っていないのです。
 持っていない、と言いたくて言いたくて仕方がない呪いに取憑かれているのです。
 本当に持っていないのかどうか、それを一番一番隠したくて。
 だからお姉様。
 私の事を甘やかさないで。
 私は甘えているだけなんだ、って言ってください。
 マリア様の御名の下に私を叱ってください。
 叱って励まして、そんな事を求める私をこそさらに強く前に押してください。
 それが最高の甘えなのだという恥を、私はそれでも我慢して言います。
 ・・・お姉様、まだ私お別れしたくない。
 そうしてお姉様は、私の背中をそっと、そしてなによりも強い力で押してくれました。
 お姉様と出逢えた春が、また来ると・・・。
 春の来ない冬は無い。
 お姉様と共に私がその瞳に取り戻した世界の中に、新しい色彩を見つける春。
 それは、マリア様に祝福された美しい色彩。
 その祝福があることを教えてくれたのがお姉様。
 だから、お姉様に空の下で逢えないときなど、もう二度と無いんです。
 お姉様の色彩が、この空に刻まれ続けていることを、私は知っているのですから。
 そして。
 私は愛するお姉様を、変わらずに、
 そしてたくさんの変化を新しい出逢いから受け取りながら愛していきす。
 
 
 
 『もうすぐ春が来るよ。』
 『春が来たら変わるでしょうか。』
 『うん。桜が咲く。新しい出逢いがある。』
 『私がお姉様と出逢えた春・・・』
 『そう・・・私が志摩子と出逢えた春。』
 
 
 
 ◆◆
 
 志摩子の顔が消えない。
 消える事の無いその顔が、私の瞳を打ち続ける。
 打って叩いて斬りつけて、そして止まらない涙の入り口を制作する。
 静の歌を凝視する志摩子の顔が、忘れられない。
 無表情のうちに絶望の喘ぎをあげながら、それでも自分が叫んでいる事に気づかない。
 その瞳の先に、ただただ冷血な映像を浸み込ませて呆然とする。
 悲しみで口元を歪める事に気づく前に、世界に魅入ってしまう。
 どうしようもない、ただ絶望と形容するには悲し過ぎる呆然が、そこに。
 志摩子の瞳を見たか?
 なにかを見ていながら、決して見ることの出来ぬ恐怖を。
 志摩子の瞳に映った、極彩色の闇。
 それは儚さを裏に縫い付けた潔癖なまでの暗闇。
 今、此処で死んでも、この星の最後の日に死んでも同じ事というあの瞳。
 この先が見えない、のではない。
 先も今もかつて歩んだ道さえも見えない志摩子の瞳。
 なにも見え無いながら、それなのになにかが重く重く志摩子の背にのしかかる。
 自分が此処に居て生きている事、この世界の中で生きているということの重圧。
 その見えない重圧が加われば加わるほど、志摩子の瞳は恐ろしい存在となっていく。
 静の歌を聴いて、風に身を任せ髪を靡かせているときの志摩子の顔を見たか?
 世界の歓びを聴かされ、マリア様の視線を背に受ける志摩子の瞳を見たか?
 世界はたとえようもなく美しくて、そしてたとえようもなく重い。
 そして、優しくてだからこそ恐ろしい。
 私はあのたった数分間の映像を、忘れることが出来ない。
 
 そしてそんな志摩子さんを、薔薇の館で聖様が待っていたのです・・・・
 
 
 

                              ・・・以下、第二部に続く

 
 

                          ◆ 『』内文章、アニメ「マリア様がみてる」より引用 ◆

 
 
 

 

←第12話感想に戻る 入り口に帰る 続最終話感想に進む→

 

 魔術師の工房に行く