〜アニメ『マリア様がみてる』最終話「ごきげんよう、お姉さま」感想 第2部

 

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                         ■■マリア様はみてる、貴方を  2 ■■

     
 

 

 
 
 
 
 『人生は青信号。焼き餅焼いて立ち止まってなんかいられないわ。
  GoGo由乃。行け行け由乃。』
 

                                〜 最終話の由乃さんのセリフより〜

 
 
 
 
 綺麗な青空が広がっている。
 どこまでも透き通る無意識に、興醒めしてしまう。
 激しくせき立てる動悸を弾ませ、カラダを調律する。
 落ち着けばそれで、変わらない自分が居る。
 問えば頭の中に響く答えが心地良くて、それだけで私は此処に立っていられる。
 始めの一歩をいとも簡単に踏み出せる。
 答えなんて簡単に出せるもの。
 出せる答えの数が多すぎて戸惑う事はあっても、答えが出ないなんて事は無い。
 そしてその中から選ぶ答えは、いつもと同じ答えだけ。
 なにも迷うことなどない。
 私には、令ちゃんだけじゃないのよ。
 私らしく、由乃らしく。
 誰よりもなによりも、私は私をよく知っている。
 私が、令ちゃんと離れて歩いていることを。
 離れて歩いていても、令ちゃんが必ず其処に居る事を知っているから、
 私は令ちゃんを見ないで歩ける。
 それは、令ちゃんを信頼しているから、とかじゃない。
 令ちゃんなんて、知らないんだから。
 ちさとさんと爽やかに笑い合ってる令ちゃんになんて、私は構っている暇は無いんだから。
 空がこんなに青いのだから。
 令ちゃんの事を無視できたら、それで合格。
 それで令ちゃんも帰ってくるのだし。
 
 令ちゃんから離れなくちゃ。
 私は私の足でしっかりと立たなくちゃ。
 それが私。
 私は私なのだから。
 ほら、空はあんなに青くて、綺麗で、そしてマリア様の歌声が街に満ちていて。
 私はそれだけで嬉しくて、だからその嬉しさを自分の鼓動に乗せて始めの一歩を踏みだした。
 ほらね、令ちゃん。私は独りで歩けるのだから。
 楽しくて、なんだか嬉しくて、独りで歩き回って綺麗な時間を私は過ごした。
 立ち止まってなんて居られない。
 私は私の道を往く。
 休みの日に、なにも考えずにただ買い物の出来る幸せ。
 私の動くようになったこのカラダの素晴らしさを甘受して、
 私は今を確かに生きている。
 
 
 『空はこんなに青いのに、私ったらなにしてるんだろう』
 
 
 
 なにを、考えているというのだろう。
 私は、令ちゃんの事を考えているというのに。
 私は、いつのまにか私の事を考えていた。
 私が私の事を考える事がどういうことか、もう充分わかっているくせに。
 動かなかった私のカラダに、何度問いかけをして、何度同じ答えを出したと思っているのだろう。
 私のこのカラダが此処にただ在ることそれ自体になんて、なんの意味も無い。
 私が私を楽しむことの意味を、なによりも強く知っていたはずなのに。
 あの空の意味を、知らないとは言わせない。
 私は、誰?
 私は、私じゃない。
 私は、令ちゃんと一緒に歩いている者。
 いいえ。
 令ちゃんと歩く道そのものが私なんだ。
 それを忘れたとは、言わせない。
 ちさとさんと歩く令ちゃんの事が気にならないわけがない。
 そして、それを気にしてはいけないという心懸けにしがみつくことが、馬鹿な事だってわかっている。
 令ちゃんを無視して、なにが独りなのか。
 私は令ちゃんと離れて歩いているだけで、決して違う道を歩いている訳じゃない。
 令ちゃんを無視する事に、それのどこに私の答えがあるというの?
 私が強がることに、なんの意味があるというの?
 私が令ちゃんに依存している?
 馬鹿、言わないで。
 それを依存している、というのなら私はそれでいいわ。
 依存することすらできない私という存在に、私はなんの興味も無い。
 令ちゃんを無視して、それでさも清らかに独りで生きることのどこに私のカラダが立っている場所があるの?
 令ちゃんを捨て、目の前の欲求を捨て、逃げて、それは一体なんなの。
 そんなの、全然意味がない。
 全然、強く無い!
 
 私が悪い。
 全部私が悪い。
 由乃の馬鹿!
 焼き餅を焼くことの意味を掴んで、ちゃんと使うことが出来ていない私が悪い。
 令ちゃんに焼き餅を焼くことを恐れているだけ。
 令ちゃんのことばかり考える自分を正当化しようとしている自分を、まだ肯定出来ていない。
 ただ令ちゃんの事で一杯になってしまう自分が怖くて、そこから逃げ出して。
 何とでも言えることだけれど、でもそこで何を言うのかが大事なのに。
 言葉こそ、力。
 令ちゃんと離ればなれになることが怖いのか、それとも令ちゃんとひとつになることが怖いのか。
 そのいずれから逃げているのかを決めるのは、私の言葉。
 そしてその相反するかに見えるふたつのことをひとつにしてみせるのも、言葉。
 それが私の答えだったはず。
 令ちゃんとひとつになりたくて、だから離ればなれになりたい。
 私は令ちゃんと離れて歩くことで令ちゃんのぬくもりを確信し、
 それでいながら令ちゃんとひとつになって、この世界から令ちゃんを奪い取りたいとも願っている。
 私は、その令ちゃんの世界の内からの喪失を恐れ、
 そしてそれでもその恐れから逃げずにちゃんと前を見つめている。
 そういうことで、いいのだと思う。
 なにから逃げて、なにと向き合っているのか。
 私は令ちゃんから逃げて、令ちゃんと向き合い、
 そして令ちゃんから逃げ出さずに、令ちゃんと離れて歩きたい。
 その自分の願いをすっかり忘れきって独りで歩く私は、ただの大馬鹿だったの。
 なによ、気取って服なんか買っちゃって。
 全然、全然楽しく無いのに。
 楽しくないのに、それなのに懸命に楽しもうとして、ほんと馬鹿みたい。
 独りで歩かなきゃ駄目なのよ、という言葉に踊らされて、
 自分が持っている答えの見方を忘れちゃうなんて。
 
 
 
 
 
 私は、しっかりと立ち止まった。
 
 
 
 
 
 青い信号が赤になる前に、自分の足で歩みを止めた。
 よし、大丈夫。
 私は、此処に居るわ。
 其処にはっきりと令ちゃんが居るのだから。
 私の外側に、誰よりも愛しい令ちゃんが居るのを、私はしっかりと確かめたから。
 私は、焼き餅を焼くことをいったんやめた。
 そして。
 赤い信号が青になる前に、私は再び新しく焼き餅を焼き直した。
 「令ちゃん」という言葉を使わないで、令ちゃんの存在を感じるために。
 言葉は、力。
 言えばそれがカタチとなり、世界の色を書き換えてしまう。
 令ちゃんの姿を言葉に換えて、ただそれにすがりつくだけなのならば、それは確かに意味が無い。
 だけど、それは令ちゃんの姿を見ないでもいい、ということとは絶対に違うのよ。
 祐巳さんや祥子様達と過ごしたひとときの楽しさ。
 私はあのとき決して令ちゃんの事を忘れた訳じゃない。
 私は令ちゃんという言葉を、私の力の及ばない場所に引き離した。
 私と離れたその令ちゃんのカタチは、だからより激しく鮮明に私の目の前に立っていてくれたの。
 私の意志の通りにできない、私の力の及ばないヌケガラとしての確固とした令ちゃんが其処にいる。
 私とは絶対に溶け合わない、そして絶対に私に奪われない令ちゃん。
 そう。
 私は、また元に戻れたのよ。
 あのみんなで食べたケーキの美味しかったこと・・・・。
 私を包む広い広い空の下の中で、みんなが其処に確かに居ることを感じながら、
 そしてその中のひとりに令ちゃんのカタチもあって。
 私は、ひとりじゃないけど、独りなんだって思ったわ。
 でも独りだからこそ、私は世界の中にみんなの笑顔を感じる事が出来て。
 そして。
 その笑顔を感じることが出来るからこそ、私はひとりじゃないのだって。
 とてもとても、楽しかったわ、令ちゃん。
 
 
 
 
 だから。
 
 
 
 『令ちゃんが悪い。令ちゃんが一番悪い!』
 
 
 
 
 令ちゃんが悪い。
 全部を令ちゃんのせいにして、令ちゃんを責めて、そして私の全力の焼き餅をぶつける。
 私は令ちゃんが悪いと言い、令ちゃんはごめんと私に謝る。それでいいのよ。
 私達はお互いの存在を認められるのだから。
 令ちゃんは全然悪くなくて、だから令ちゃんが悪いと言える。
 令ちゃんの内心なんか全然知らないよ、って感じで本気で怒って、
 そうやって怒れるということは、其処に確かに令ちゃんが居るって事のなによりの証しで。
 私には令ちゃんの事が全然わからなくて、私の思い通りにならなくて、
 だから、だから私とは絶対にひとつになって世界から消え去ることの無い令ちゃんが居る。
 令ちゃんは、其処に居る。
 
 令ちゃんの、馬鹿。
 
 そう言えるのが、私の一番の幸せなのかもしれないわ。
 そして。
 私は令ちゃんが全然悪くないことを知っていて、
 令ちゃんがなにを考えているのかも全部知っていて、
 そしてなによりも誰よりも令ちゃんとひとつになりたくて。
 でも私は、その願いは絶対に言葉にはしないの。
 言葉にしたらそれはカタチになって、そして私はそれにすがりついてしまうから。
 でも、それはその願いを私の中から消し去っても良いという事では、絶対無いのよ。
 令ちゃんに甘えられない私の心なんて、絶対に絶対に間違ってる。
 令ちゃんを無視しなくたって、私はちゃんと独りで歩ける。
 いいえ、違うわ。
 令ちゃんをしっかりと見つめてるからこそ、私はちゃんと独りで歩けるのよ。
 令ちゃんに怒って、甘えて、一緒に笑って。
 散々令ちゃんを罵って、そうして令ちゃんに抱きしめられて。
 令ちゃんの胸の中に、そのまま吸い込まれることが出来ない哀しさは、
 それと引き替えに令ちゃんに抱きしめて貰える歓びを私に与えてくれる。
 その歓びは、その哀しさが無ければ絶対に有り得ない。
 どっちか一方なんて、なんの意味も無いのよ。
 離れている令ちゃんに涙を流して、そして私とはひとつにならないでいてくれる令ちゃんに涙する。
 私はだから、ずっと貴方と一緒に歩いていくつもりよ、令ちゃん。
 
 GoGo由乃、行け行け由乃。
 そして愛しているわ、令ちゃん。
 
 
 
 一番一番欲しかった令ちゃんの焼いたケーキと、
 令ちゃんと共に歩けるこの道と、
 そしてなによりも私に令ちゃんをお与えくださったマリア様に、
 深く深く感謝の念を捧げます。
 アーメン。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ◆◆
 
 参考文献 : 紅い瞳マリア様と戦うと云ふ事
 
 
 
 
 

                              ・・・以下、第三部に続く

 
 

                          ◆ 『』内文章、アニメ「マリア様がみてる」より引用 ◆

 
 
 

 

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