~アニメ『マリア様がみてる』特別感想 

 

-- 040428 --                    

 

         

                                ■■聖抄■■

     
 

 

 
 
 
 
 『貴方に会いに来たの・・・貴方に会いたかったの。・・・この気持ち、迷惑?』
 

                             ~ 第十一話の聖のセリフより~

 
 
 
 
 
 
 日差しが眩しい事に慣れること無く、それでもそれが苦痛であることに拠り所を得て。
 少しでも雲がかかってしまえば、それ自体が私の姿を霞ませる。
 もっと光を。
 もっと我が身を引き裂く陽光を。
 私を切り刻む事を誰もしなくなってしまったら、私はもう。
 
 新緑が足下から忍びより、私の行く手を阻んでいく。
 お前は此処で待っていろと私に言い、私はその言いつけ通り佇んでいる。
 ささやかな他人達が私を追い越して行く中で、それでも私はひとり立ち止まる。
 嗚呼・・・ほら、また陽が射してきた。
 また、私の体を焼き尽くしてくれる。
 私を引き留めた新緑達の燃え尽きた亡骸を踏みしめて、私はまたこの道を歩み始めた。
 ありがとう、緑色の小さな友達。
 そしてさようなら、燃え滓よ。
 
 
 
 
 心の中で、小さな声が響いている。
 走れ、走れ、走れ、と。
 私はその叫びを聞き流しながら、そして懸命に走っている。
 走らねばならないのじゃなくて、走らずにはいられないから。
 みんなが私の先を行き、私の背は陽光で押し潰され、
 だから私は走りたい。
 なにもかもを滅茶苦茶にすることができないから、ただ走る。
 走って、そして心の中に走れというその言葉だけが響くことを確認して、私は走り続ける。
 私のこの衝動で、走り潰れたい。
 我が怒りの矛先は、すべて我が身に。
 もし誰も私を罰しないのなら、私が私を罰してみせよう。
 誰も私を取り残さずに、一切の陽光が私に届かないのなら、
 私は命枯れ尽きるまで走り続けよう。
 私の目に映るのは、私の一歩先を往く私の淫らな二本の足だけ。
 走れ、走れ、そして壊れてしまえ。
 
 
 
 
 
 嗤いが、止まらない。
 
 
 
 
 
 せせら笑う私の瞳は、私の体を何度も押し留める。
 誰が走るものか。
 いや、走って差し上げよう。
 だが、この走りは方便でしかない。
 私の欲望を、貴方は知らないだろう。
 私も、私が知るまでは知らなかった。
 神に救いを求めるこの私の指先に、どんな力が込められいるのか、貴方は知っているのか?
 私も、私が私の指を見つめてみるまでは知らなかった。
 嗤いが、止まらないんだ。
 私は走りながら、なによりも凄まじく高笑いしているのだ。
 私は、私が不幸だと思っている。
 なによりも誰よりも強く思っている。
 そしてだから、誰よりも救われる資格があるのだと、神に我が身を突きだして見せているのだ。
 私の不幸さが不幸であればあるほど、私の存在価値は重きを為していく。
 私を救ってみせよ、神よ。
 私を救ってこその神だ。
 私は救われて当然なのだ。
 私がなにも神の祝福を受け取れず、しかも私に見合う祝福を敢えて求めない謙虚さに、
 神は一体どのような素晴らしき救いを与えてくださるのだろうか。
 私はそれを考えると、嗤いが止まらない。
 愚かな他人達よ、笑いさざめくがいい。
 散々悪を為せば良い。
 私を思う様痛めつければ良い。
 それだけ、私の価値は重くなるのだから。
 私が、私で居られる証しを得られるのだから。
 
 硝子細工の嘲笑の中、私は私の淫らな欲望を抱きしめる。
 それだけは絶対に譲れないと、神の名に於いて誓った。
 私程度のものを救えない、という侮辱を神に与えないために。
 私が救われれば、それだけ神の名声もあがるのだ。
 
 私は、私が生きるためならばなんでもしよう。
 私が生きているということを侮辱しないために。
 私に生を与えてくださった神を冒涜しないために。
 清い生を生きられねば命を絶つなど、冒涜以外の何者でもない。
 神は自死を禁じた。
 ならば私は、どんなに汚れても生きていこう。
 どんなに淫靡な方便を用いてでも、絶対に生き抜こう。
 
 
 
 -- 嗚呼・・悔しい --
 
 
 
 妖艶なる自らの有様に嫌悪感をもよおしながら、
 必死にその嫌悪に耐えることを美徳として生きてきた。
 自らの汚辱にまみれた体を見つめるたびに意識が遠のいても、
 懸命にみだらな我が二本足を見つめて走り続けている。
 走ることで怒りをぶつけて生きている。
 私のうちにある、激しい怒り。
 その怒りの矛先を自分にぶつけることで神に救われる権利を手に入れる。
 私は、私の怒りを決して絶やさない。
 憎悪を以て愛を得るために、私は我が怒りを浄化することをしない。
 消えない怒りがあることを、生き甲斐にしている。
 そして。
 そしてその怒りの矛先が、しっかりと神に向かっている事を私は知っている。
 私に向けた刃の反対側で、神の喉元に突きつけた黒い切っ先が輝く。
 その輝きがあることの怖ろしさを微塵も感じずに、私は薄く笑いながら我が身を切り刻んでいる。
 私は私を憎むことで、神をなによりも憎んでいる。
 だから、私は神に救いを与えて貰う、という権利を神から奪い取ろうとしている。
 私は、悪い人間だ。
 だから、私は罰せられなければならない。
 そうして、私は神に従順になることで神の命を握る事に執心した。
 私はあの空から、神の瞳を奪い取っていたのだ。
 
 
 水色に落ちぶれた空が泣いている。
 その空の敗北の涙を我が身に染み込ませて勝利の嗤いを高らかに謳う。
 私の戦利品が、かつて栄華を極めた廃墟の中で待っていた。
 大事な大事な、戦利品。
 神から勝ち取った、完璧な祝福。
 私の持ち得なかった潤いに満ちた、完全な人間がそこで私を待っていてくれた。
 
 私は勝ったのだ、マリア様に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 『当然のように栞は其処に居た。この世界に愛された、白く輝く存在として。』
 
 
 
 
 
 
 
 嘘は、もうお終い。
 
 嘘なんてもう、いらないんだ。
 
 
 
 怒りという言葉で彩らせた私の心は溶け、
 私はふと青い空を見上げていた。
 私は、とても優しい気持ちになれた。
 私は今、あの空がなによりも愛しい。
 私は今、なによりも神を信じている。
 そしてなによりも今、私の中にある数々の方便を使用せずに空を見上げることができた。
 怒りなど、方便にしか過ぎない。
 私はただもう、この陽光に初めて暖められていた。
 そこに、確かに貴方が居るのだから。
 私は今、確かに神の御姿を拝している。
 私は今、確かに救われた。
 私は、神と争うことで神の御姿を確かに視た。
 神に勝ったという私の敗北宣言を我が耳が受け取ったことで、神の御言葉を確かに聴いた。
 汚辱にまみれることなく、あらゆる淫靡さからも解放された存在が其処に。
 私を突き動かす衝動が、ただそれだけである事を私は感じた。
 いかなる方便にも利用される事のない、ただそれだけの衝動。
 私は、ただ、愛されたかっただけなんだ。
 私は、ただ、貴方に会いたかっただけなんだ。
 私のために生きたかったのでは無い。
 貴方のために生きたかったのでも無い。
 私はただ、生きたかったんだ。
 私が生きることで誰かを傷つける事の辛さ、
 私が誰かを傷つけてしまう事で感じる私の生きづらさ。
 私は私が誰かを傷つけてしまうことが許せなくて、
 だから私は私の身を刻んだ。
 でもそれは、なんの意味もない。
 私はその許せない自分のカラダを罰する快感に、ひとりで酔いしれていただけ。
 誰かを想うことは自分で自分を思っている事だけにしか過ぎない。
 そしてなによりも、そう思っているだけにしか過ぎない、という言葉それ自体が方便なのだ。
 私はその誰かの姿を自分とひとつにしてしまっていた。
 私は誰かに私が生きることの責任を押し付けていた。
 私は誰かのために生きてるんじゃない。
 私の体は、私だけのものだ。
 そしてだから、私は誰かのために生きている、
 そして私の体は私のだけでは無いと、初めて言える。
 だからもう、嘘は要らない。
 
 
 『貴方に会いに来たの・・・貴方に会いたかったの。・・・この気持ち、迷惑?』
 
 
 私の気持ちは、受け入れられた。
 最初から、神は私を見ていてくださった。
 私は最初から知っていた。
 私はその事を知っていたということを。
 私は、私を言葉で塗り替えていた。
 神の祝福を受け入れられない自分の姿を描いて、
 そして神に挑戦した。
 その私の姿勢は私が私の最初から知っていた想いを塗り替えただけのもの。
 私はただ、神の祝福を受けたかった。
 ただ、それだけの事を私はずっと前から知っていて、ずっとずっと知らなかったのだ。
 私の心の中に確かにありながら、違う色で描き続けたためにわからなかったのだ。
 そして今。
 目の前に、私のために用意された真っ白な祝福が現われた。
 貴方に・・・会いたかった・・・・。
 私が生まれたときから私の中に宿っていた特別な涙が、生まれて初めて流れていく。
 どうしようもなく、嬉しい涙。
 嗚呼・・・其処に貴方が居て・・・・・此処に私が居る・・・。
 私はただもう、貴方を求めた。
 貴方のためでも無く、私のためでも無く、ただ貴方を愛するが故に。
 愛するが故に貴方が其処に居る訳でも無く、愛するが故に私が此処に居る訳でも無い。
 神に感謝することでこの出逢いがあった訳でも無く、出逢いがあったから神に感謝するのでも無い。
 私は、貴方を愛している。
 ただ、それだけで充分なんだ。
 私が此処に居て良い理由が誰かを愛せた事に由来する訳でもない。
 私は、ただ生きてるから此処に居るだけなんだ。
 全部・・・・全部私は知っていた・・。
 だから私は誰も愛さなかった。
 だから私は死ななかった。
 そして神の正しさも知っていた。
 清く正しい姿こそ求めるべきものだということも、ちゃんと知っていた。
 だから私はそれから逃げたのだ。
 
 
 
 だから、ただいま、マリア様。
 
 
 
 ◆◆◆◆
 
 聖様は野望家なのだと思う。
 快楽的なのだと思う。
 そしてなによりも、厳格な人だと思う。
 自分の快いものを得るためにあらゆる努力を尽し、徹底してそれを求めることに妥協をせず、
 そしてどこまでも求めることをやめなかった。
 自分の姿を言葉で書き換え、自分の在り方すら欲望を前提にして定義し、
 そしてその定義に基づき、圧倒的な推進力を以てまっしぐらに突き進んでいた。
 そのあまりの勢いに、聖様はいつしか本来の目的である欲望を見失ってしまった。
 突き進むことで様々な言葉が紡がれ、
 そしてその紡がれていく言葉の流れが、その流れに準じたまた新しい流れを作りだし、
 聖様はその流れに乗っていくことがいつのまにか目的になってしまっていた。
 乱暴な言い方をすれば、目的と手段が入れ替わってしまったのだ。
 誰かのためになりたい、という原初の想いを達成するという欲望が満たされる前に、
 でも誰かのためになりたいと思う自分の想いを遂げることは、
 それは結局は自分のためになることをしてるに過ぎないじゃないか、という問いを導き出して、
 そしてその問いに答えるという欲望を新たに生成してしまう聖様。
 そうして次々と問いが重ねられていくうちに、本来にあった純粋な欲望は姿を隠し、
 結果その欲望自体を否定する事になってしまう。
 
 難しい問題ではあるのです。
 特に、自分と他人の関係というのは。
 ただの自己満足の優しさの存在意義がどういうものであるのかは、
 実は私もまだ明確にはわかっていません。
 そもそもそれを自己満足、といってしまっていいのかすらわかりません。
 誰かのためを思って行動する、それが一体どういうことなのか。
 それは逆に自分の行動の責任を他人に押し付けてるだけじゃないのか。
 貴方のためを思って、私はこうしました、と言われたら、
 それは素直に喜べることなのか。
 或いは、それは喜んで貰えればそれで良いのか。
 基本的に、聖様の中にあるのはこういう類の苦悩だったと思っています。
 自分が居て、そして自分がなにかをするということはどういうことなのか。
 自分の中に、それを厳格に問い求め続ける声が、聖様にはあるのです。
 どこまでも徹底的に考え続け、清らかにも淫らにもなりながら、
 あらゆる手段を以て考えて続けているのです。
 問題はなにも栞さんとの関係だけにある訳では無いのです。
 すべてが問題なのです。
 徹底的に問い、求める事それ自体がなによりも強い快楽を聖様に与え、
 そしてその快楽に溺れてしまった聖様。
 でも、その溺れた快楽の中に聖様は生まれて初めて大切なものを見つけたのです。
 それは、聖様が今まですべてをかけて問い続けてきたことへの明確な答え、なのです。
 私には、その答えをうまく言葉で説明することができませんでした。
 栞さんと出逢い、そして次に逢ったときに得た、あの聖様の涙。
 私は、ほんとうはそれで充分だと思っています。
 けれど、どうしても言葉で説明したい、という欲求もまた私の内にあって、
 ですからこのような文を書いてしまったのです。
 
 聖様という人の姿から問いを抽出して、書き表わしてみたのが今回のこの文章です。
 あまり上手く書けなく、かつ肝心要の問いの姿がはっきりと現われないまま終了となってしまって、
 少し残念でしたけれども、これもまたひとつのキッカケとして、
 また別の場面でこの問いの姿を浮き彫りにしてみたいと思っています。
 ちなみにタイトルの「聖抄」というのは、上でもちょっと書きましたけれど、
 「聖様という人の姿から問いを抽出して、それを別のカタチにして書き表したもの」という意味です。
 元々「抄」という言葉は、抜き書きして書き写すという意味がありますので、
 それをちょっと転じてこのような言葉として使ってみました。
 
 それでは、色々と中途半端でしたけれども、
 皆様のうちになにか問いのようなものが生まれる事を祈りつつ、
 この文章を終了とさせて頂きます。
 
 
 
 
 ◆◆
 
 参考文献 : 紅い瞳「マリア様がみてる白い薔薇」 / 「マリア様がみてる白い薔薇 2」
 
 
 
        

                          ◆ 『』内文章、アニメ「マリア様がみてる」より引用 ◆

 
 
 
 
 

 

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